(38)ダイジェスト化 其の二なのですよ!!

    なんと芋虫大将軍、食欲に殺されるとは



 さて、街へ戻ってきたディジーリア、毛虫共の動向へと頭を思い巡らせます。

 街の医業を担う薬草を探し出しては踏み躙る毛虫共。加えて人に取り憑き操るとあっては、見過ごす事など出来ましょうか。

 否、出来る筈も無いと、ディジーリア。毛虫を葬る決意を硬く固めたのでございます。


 しかしながら、それを為すには如何にも腰のなまくら毛虫殺しは心許無く、そもそもが毛虫殺しをより強くする為に、毛虫の魔石を集めに森へと入ったので有りました。

 畢竟詰まる所、やる事なんていうものは決まっているものだと思いつつも、ディジーリア、集めに集めた毛虫の魔石を小山と成して、火床ほどには目を灼く程に燃える炎、そして手には毛虫殺しを打ち上げた、愛用の鎚を再び握り締めたのでございます。


 ――チチン♪


 潔斎を済ませて鎚を振るうこと丸二日。

 まずは手始めに造りし赤蜂の針剣。

(ここでディジーリア、すらりと腰から赤蜂の針剣を引き抜く)

 赤蜂組のお尻の短刀打ち重ね、毒液、魔石を練り込んだ、極道赤蜂毒針剣。

(ヒュンとディジーリア、針剣を振り抜いた)

 ですがこの針剣、未だに使われたのは僅かに数回。しかしそれでも構いません。針剣打ちしは本番たる毛虫殺しへの布石。

(ディジーリア、針剣を鞘へと戻す)

 火床の炎も弥増して、小山成す魔石の全てを打ち込み、いずれ研げぬと冴え渡りしは鎚の業。自ら振るいし妙技で以て鍛え直した毛虫殺しの薄皮一枚剥がしてみれば、現れ出でたる黒きやいば

(ディジーリア、奇怪な大刀と成り果てた毛虫殺しを、無理矢理短刀の形に押し込める。響動どよめく群衆)

 これぞ新生魔刀毛虫殺し。妖しくぬめる輝きを透かし見て、ディジーリアは満足気に一つ頷くのでございました。

(ディジーリア、さっと毛虫殺しを一振りして、短刀のまま腰の鞘へ)


 ――チチン♪


「ぐふふふふ……随分と余裕の御出座おでましよのう。長の間姿を見せなんだが、ゆるりと休ろえたかえ? 主の休みの内に闇の森が溢れた。他の者共は疾うに討伐へと赴いておるわ。行け! 行って己の為すべき事を為すが良い!!」


 絶食していた腹心地を満たしに来た協会で、大女御リダリダにいざなわれて、飛び出してみれば森の縁まで迫るは毛虫共の軍勢か。

 おどれ毛虫共めと血気に逸る強者共の乱戦模様に、直ぐ様単身奥地にての間引きを決めたディジーリア。当たるを幸い手当たり次第に毛虫共を葬りながら、森の奥を目指してみれば、魔の森の一角に、黒くわだかまる影五つ。


「ワレは一の毛虫ケムーラ」

「ワレは二の毛虫ケムーリ」

「ワレは三の毛虫ケムール」

「ワレは四の毛虫ケムレバ」

「ワレは五の毛虫ケムロー」

「「「「「我ら毛虫五ケム衆。今こそ愚かなる人族に鉄槌を下す時!」」」」」


 いかめしいなりをして、気炎を吐く武士張もののふばりの毛虫共が五匹。

 ディジーリア、そっと手元を見るも、新生毛虫殺しは既に多くの毛虫を屠ってきたにも拘わらず、血糊すら残さず怖ろしい程に冴え冴えとした輝きを宿してございます。いつの間にやら血道が如き紋様を宿した新生【妖刀】毛虫殺し。まだまだ毛虫の血を吸い足りぬと見えて、妖しく脈打つばかりでありました。

(ディジーリア、再び毛虫殺しを抜き放ち、一度ひとたび透かし見た後は、ここからは語りと共に宙を蹴っての大立ち回り)


 ならば良し、と、ディジーリア。毛虫共の行く手を遮る様にするりと躍り出たのでございます。


「おっと、ここから先は行かせませんよ」


 ディジーリアの押し止める声に、ズザっと毛虫共が足を止めます。


「「「「「オノレ、何奴!!」」」」」


 声はもらせる誰何すいかの声。

 しかし、毛虫に語る名など有りやしょうか。


「毛虫に語る名など無し」


 ディジーリア、腰の妖刀毛虫殺しを、抜き放ち様に駆け抜ければ、

(ここでディジーリア、宙に浮かせた光の玉を毛虫の首になぞらえて、刈り取ると共に宙を舞わせて弾け飛ばす)


「「「「「グギャーーーーっっっ!!!」」」」」


 憐れ毛虫五体の首が飛び、弾け飛んだ胴体が小山を為したその上にぼとりと落ちました。

 【妖刀】毛虫殺しには、一筋のこぼれも無く、ぬらりと光るばかりです。


「ふふふふふ……我こそは必殺の毛虫殺し人ディジーリア。今宵も漆黒の【妖刀】毛虫殺しがケム血に逸って大暴れ……なのですよ、ふふふふふ……」


 妖しき短刀を払い、腰に納めた影が去ったその後は、静寂が広がるのみ。

 毛虫殺し人ディジーリアの後ろに毛虫無し。全ての毛虫は【妖刀】毛虫殺しの露と消えるのでございました。


に怖ろしきは【妖刀】毛虫殺し……いえ、【妖刀】毛虫殺しを生み出した人のわざというものでしょうか、ふふふふふ」


(「……おい、……おいおい、何黙ってんだよ!? ってんじゃねーとか、リダリダって誰だとか、何とか言えよ!」

「……チッ、黙っとけ、聞こえねぇだろ」

「おぃいい~~!? マジかぁ!?」

「…………」)


 ――チチン♪


 自画自賛に、含み笑いを溢しながら先へと急ぐディジーリアでしたが、更にその行く手を遮る様に、昏い森に蠢く影。


「「「「「「「我ら昏き森の七ケム!! ――グギャーーーー!!!!」」」」」」」


 姿も見せずに掻っ切って、


「「「三ケムの前に人は……ゲヒャーーーー!!!!」」」


 口上諸共斬り捨てて、


「「「「「「「「「「ケムシKMC四十八!! 我らが死出の踊りが冥土にいざな……――グギャゲヒャーーーーーー!!!!!!」」」」」」」」」」


 ばったばったと薙ぎ倒し、築き上げたる毛虫共の屍山血河。


(「……おい。何か、聞いた話だな?」

「一撃で斃されていたケム……じゃねぇ、小鬼ゴブリン共、か」

歪豚オークが出てくれば当たり、かな」)


 五ケム、八ケム、四十八ケム、果ては八十八群ケム衆入り乱れてのケム死の宴。当然ながら正面からなど相手には出来ぬと、身を隠して死角から一突き一薙ぎ、ケム目に留まらぬ早業で摺り抜ければ、ケム間から血飛沫が跳ぶ、頭が飛ぶ。到頭その辺りから、動く毛虫の姿が無くなってしまいました。


 ――チチン♪


 しかし、ケム血煙ちけぶる森の中、一人佇むディジーリア、残心の儘に強い眼差しが向けられるのは、更なる森の奥へと向かう闇の中でございます。


「……グボ……ボ……ラァ……」


 ディジーリア、耳を澄ませば聞こえてくるのは、闇の奥底から轟く様な魔物の声。

 構えた【妖刀】毛虫殺しが、強烈な忌避感を示すからには、毛虫では無い何かであると悟ったディジーリア。毛虫専用の毛虫殺しでは毛虫では無い何者かの相手はつかまつらんと、はっと気が付き身を隠した所に、ズバンと闇を飛び抜けて現れたるのは、ぶよぶよとした体躯の見上げる巨漢、二本の巨大な牙を持ちし強大なる芋虫大将軍で有りました。


(「おいこら芋虫!」

「当たり、だな」)


「ぐぼらぼらー!! 儂の可愛い手下共が、これは何としたことか!! おお、おお、お前達! ぐぼらぼらー!!」


 一つ吠えると横たわる毛虫達に突進していくのはよいとしても、「お前達ー! ……んま、ぐ、あむ……」と、そこにねちゃついた咀嚼音が混じるのはどうした事か。


「待て……うぬれ何をしているか?」


 思わず隠れ場所から足を踏み出したディジーリア、声を掛けて問いただして見れば、びくりと体を震わせた芋虫大将軍、がばりと音すら立てて跳ね上がり様に振り返ると、


「ぐぼらぼらー、よくぞここまで辿り着いたわ。だがソレもここまで、儂の腹のあぶらにしてやるぐぼらぼらー!!」


 その大きな牙を毛虫達の血の緑に染めて、誤魔化すが如く吠え上げたのでございます。


 その芋虫大将軍の落石が如き突進に、荒れ狂う竜巻が如く振り回される両腕に、慌ててディジーリア飛び退きながらも、透かさずこれは正面から相対あいたいするは下策と一計を案じて曰く、


「むおっ! よくよく見れば、おぬし、アブダ殿では御座らんか。行き成り飛び掛かって来るとは何事ぞ!?」


(「おお! アブダが出たな」

「下手物食いのアブダって、自作の法螺話までぶっこむんかいな」)


 すると芋虫大将軍、仰天して目を見開くも、僅かな脳みそでは理解も何も及ばぬ様子。


「ぐぼっ!? 儂はアブダドノなどという者では無いぞ、ぐぼらぼら!? 勘違いもはなはだしいぞ、ぐぼら!?」

「いやいや、おぬしがアブダ殿でなくて、誰がアブダ殿だと言うのか、間違いなどでは御座らぬよ。アブダ殿は今日も森のご馳走を探しに来たのでは御座らんかな? ――おお! ほれ、そこにも森のご馳走が!」

「ぐぼ~~!! ご馳走じゃ~ぐぼらぼら~!!」


 さても芋虫大将軍。ディジーリアが示した毛虫の死体に、我も忘れてかぶり付いてしまったのでございます。

 そこへここぞとばかりにするりと忍び寄ったディジーリア、振り乱す芋虫大将軍の頭に狙いを定めて、打ち上げたばかりの赤蜂の針剣、耳の穴よりぐいと突き刺してぐるりと掻き混ぜれば、さしもの芋虫大将軍も、びくりと体を震わせて、その場にドウと倒れ伏したのでございました。


 これぞ昏い森の動乱、毛虫禍の先鋒の先鋒、強大なる力を持ちながらも食欲に沈んだ芋虫大将軍討伐の顛末でございます。


(「耳の穴、か」

「やべぇ。普通に面白おもろい」

「てか、演出が派手だ」)


 ――チチチチチチチチチ、チチン♪




    危うし! むほほ脳筋の魔の手はむんずと掴む



 斯くして芋虫大将軍を討ち取りしディジーリアでは有りましたが、その胸の内には穏やかならざる大嵐が吹き荒れてございました。


「うぬぬ……芋虫毛虫はどうともなっても、他が出ればどうにも出来ぬ。【妖刀】毛虫殺しは業物わざものなれど、毛虫にしか使えぬとなれば毛虫殺しだけでは事足りず、然りとて赤蜂の針剣では頼り無し。急ぎ毛虫殺しを仕上げたが、まだまだ足らなんだか」


 事勇んでまかでただけに、半端な有様にじらいしものの、何、ならば次こそ見事に調えようと、直ぐ様街へと蜻蛉返りしたのでございます。


 ――チチン♪


「――うーむ……ならば、これを使うがええ」


 と、大女御リダリダから託されたのは、半ば砕けた大森狼の大魔石。何処の誰が手出し無用の大森狼にちょっかいを出したのかは知らねど、訳あり価格の大安売りに、ディジーリア、迷うこと無くこれを鍛えの核とせんと受け取りました。

 併せて手に入れるだけの魔石を買い集めて、打ちに打ったり丸四日。大森狼の魂宿す、深き森の大業物。名付けて【大刀】瑠璃色狼。精錬に精錬を重ねた清漣の如き清めの刀。纏うは浄炎退魔の光。天下に名立たる大聖刀が生まれ出でた瞬間でございました。


(ディジーリア、瑠璃色狼を一薙ぎ二薙ぎと薙ぎ払い、“気”を通しての白炎で幾つもの円を宙に描きます。どよめきの中で刀を納めてディジーリア一言、)


「……なんてな」


(「――おい!」

「お、お、俺は感動していたのに!?」

「ディジーちゃんらしいわねぇ~」

「いや、騙されるなよ!? あの剣がとんでもないことに変わりはねぇからな!?」)


 序でに一日加えてざっくり造った剥ぎ取りナイフに背負い鞄、細かな装備も付け加え、これにて漸く不足は無しと、重い腰を上げたディジーリア。しかし、表に出てみれば時刻は夜。大挙して森から戻ってくる武人の群れに、流石のディジーリアもこの日の出立は諦めて、細かな買い足しに店を覗きながらも、やがて噴水広場の縁石に腰掛けて暫し体を休める事にしたのでした。


 しかし、その油断が命取り。


「むほー! これはいい剣が落ちておるのじゃ!」


 突如手を伸ばしてきたのは、白銀に輝く鎧に身を包んだ女丈夫。しかし、むっはー、と頬をにやつかせたその様子からは、どうにも知性というものが感じられませぬ。


(「誰や?」

「いや、分からん。女?」

「誰かな?」

「誰?」)


 肩を組んで「ぐはは」と笑い歩く冒険者達と似た野卑さと粗暴さを宿したそのまなこがディジーリアを丸で無視するのに、「何用でござろうか」と声を掛けようとしながらも伸ばされた手に飛び退いたディジーリア。それを目にして、その濁った目を真ん丸に見開くと、むんもむほむほとむほむほ笑いをする始末。


「むふ~っ! チビこくて、見えなんだわ! むほほ、チビこいのに大剣遣い。これは良い拾い物じゃ~」


 挙句の果てには、さっと踵を返して脱兎を決め込んだディジーリアの背中をむんずと掴み、お手玉の様に放り投げ、「戦利品じゃ」とわめきながら街の中心にある城への道をのしのしと登って行く有様。流石のディジーリアも平静では居られませぬ。


(「……あ」)


「ええい、無礼な! なんとふてぶてしいかどわかしじゃ!! 狼藉者ぞ! 出会え! 出会えい!」


 と、ディジーリア、声を張り上げるも、薄らとんかち薄鈍うすのろの馬鹿、脳味噌総じて筋肉で出来ているが如くにて、丸で言葉が通じません。


(「……おい、どうした?」)


「むほほー、元気のいいチビじゃ、ほ~れ! むふふ、よく飛ぶのぅ!」

「ぅぐ……人を放り投げるとは何事か! おぬしの頭には藁でも詰まっておるのか、ええい! 其処に直れ!」

「むほむほむほー! 生きのいいチビじゃ。ほ~れ、もう一飛び!」

「おのれおのれ! 一度ならず二度までも!」

「むほほほむほー! ほ~れ! 三度目! 四度目! むほむほほー!」

「ぎゃーー!!」


(「…………俺、これ見たかも知れん」

「おお! 誰だ!?」)


 と、そんな大騒ぎをしながら城まで辿り着いた訳ですから、さしもの狼藉女丈夫も、見咎められぬ訳にはいかなんだ様で、


「姫様。何をしていらっしゃるのでしょうか」


 響き渡るは氷の声。凍り付く眼差しで女丈夫を見るのは、音に聞く城主の娘、姫騎士ライラライラに仕える爺。氷のリリンジーヤその人でありました。


(「「「「……え!?」」」」)


 ――チチン♪


 姫様と呼ぶのに、さてはこの狼藉女丈夫が噂の姫騎士かと思いしも、何というふてぶてしさ。脳味噌が筋肉で出来ているという喩えで脳筋なんて言葉も有り申すが、この脳筋姫騎士、さては髄まで筋肉で出来ているのでは有るまいかと、ディジーリア、怖気おぞけに背筋を震わせておりましたら、漸くにして、ぽぽんと投げ飛ばす勢いで、練兵場の真ん中へと降ろされたのでございました。


「むっほっほ! 爺や! 今宵の戦利品は中々見込みが有りそうじゃぞ? ほ~れ! 掛かってくるがよいぞ、むっほむほっ!」

「姫様! お戯れは其処までに!!」


(「うおおおいっ!?」

「そこ! そこに領主様もいるぞ!?!?」

「くくく……リリンが爺さんになって出て来やがったぜ」

「ほんまエラいところに突っ込みよるな、彼奴」

「将軍……あいつも何時もは……って、聞いちゃいねぇ!?」)


 氷の爺やが必死に止めるのも何の其の、脳筋姫騎士ライラライラは長めの木刀一つ投げて寄越し、後は泰然と身構えるばかりです。

 ディジーリア、これは上々、この不埒な暴虐の狼藉姫騎士に、一撃入魂一矢報いる時が来たとばかりに、「ヤーッ!」と打ち込んではみたものの、其処は脳筋、流石の姫騎士、「むほーーー!!!!」と木刀打ち払うその一撃は、コの字に囲む建物の左翼の上まで、ディジーリアを弾き飛ばしてしまいます。


(「あの時の娘かーっ!!」

「うお! 将軍どうされた!?」

「うーむ、……むむむむ……」

「??」)


 天地無用の猫の体術とばかりに建物の壁を地面と見なして降り立てたからいいものの、何という馬鹿力。これは脳味噌ばかりでは無く、筋も骨も皆筋肉なのではないかと思いつつ、忍び寄りながらのもう一撃。


「むほほーーーー!!!!」

「ぎゃーーー!!!!」


 然う然う上手く行く筈も無く、右の建物の壁に飛ばされたかと思えば、次は左の壁、そしてまた右の壁と、ぽーん、ぽーんと気前良く、人を手鞠か何かの如くかっ飛ばしていくは脳筋姫騎士。

 しかし、それもやがては満足が行ったのか、一つ頷いて曰く、


「むほむほ……中々やるのじゃ。そう言えば聞いていなかったが、名を申せ」


 今更ながらに今更な言葉なれど、此処で拒んで卑怯者呼ばわりされるのも業腹と、ディジーリア、口元を引き結んで答えること只の一言。


「……ディジーリア」


 しかし、それがどの様な連鎖反応を引き起こしたのか、むほほの姫騎士は目を真ん丸に見開いて、


「むほほーーっ!! ディジーリア!! 毛虫殺し人のディジーリアなのじゃー!?」


 一つ叫びを上げた後は、次第に吊り上がっていくその口元に、押っ広げられていくその鼻の穴、気持ち悪く歪んでいくその目元。それは、脳筋の同志を見る目付きでした。


(「ぐふっ……くっくっく、くはっはっはっは、ぐはははははは!!」

「おいおい将軍……こいつはやべぇぞ?」

「どっちだ? 怒り心頭に発したか?」

「ええい! 馬鹿を抜かすな。くくく……むほほの姫騎士、良いでは無いか! あの馬鹿娘にはいい薬じゃな! うわっはっはっはっは!」

「ほ……吃驚したさね」

「……やれやれだぜ」)


 よだれまで垂らし始めたその口元が、何事かをのたまう前に、ディジーリアは必死に声を張り上げるのでございました。


(「おい、涎……」)


「あい待たれよ!! 我は脳筋ではござらん!! 姫様の仲間ではござらぬぞっ!!」


 怖ろしき脳筋集団『一番星』とそっくりな反応を見せ始めた脳筋姫騎士を前に、焦燥に駆られながらも視線を走らせるディジーリア。

 見遣れば城の門も通路も兵士共で騒ついていましたが、城壁の前は空いています。

 今やディジーリアを摘まみ上げて拐かしてきた狼藉女丈夫の巨大な掌も背に無ければ、姫騎士となったむほほ脳筋狼藉女丈夫とも十分な間合いが保たれて、ディジーリアの逃亡を阻止するものはございません。

 ここは脱兎のディジーリア、後ろも見ずに城の城壁飛び越えて、そのまま城から逃げ出したのでございます。

 脳筋なれば脳筋の『一番星』と仲良くしていればいいものをとディジーリア溢しつつ、振り返って「あばよ」と一言。ほとぼりが冷めるまでは戻らぬ覚悟で、ディジーリアはそのまま街を後にしたのでございました。


(「おい……これは俺らの悪口か?」

「う~む……姫様と仲良くするのは俺らと言っている様に聞こえるが」

「おお!! じゃあ、いい奴だな!」)


 これが、終わってみれば十日ばかりの遠征の、始まりの切っ掛けだったのでございます。

 しかし、さても脳筋の魔手の怖ろしきこと。ディジーリアは辛くも其の手を逃れることが出来たのでございました。


 ――チチチチチチチチチ、チチン♪




    毛虫殺し人、守人より獣の力を示唆されること



 白み行く地平の空を左手に、南へ向かってひた走ること四半刻、


(「なぁ、俺らの出番とか端折られたか?」

「シィッ! おっさん黙っとれや。余計な事言わんでええ!」

「でもな、俺らがディジーに助けられたのは芋虫大将軍の直後と違うか?」

「ええ! ええから気にすんな! ――……ちょ、……おい、こっち見んな! 何こっち見てんねや!? おいっ!」)


 ――さて、このまま森へ行くにも、毛虫の蔓延る闇の森では野営をするにも難儀すると、ディジーリア、闇の森の手前で一旦立ち止まってござります。

 このまま少しばかりの森の奥で、間引きに勤しむのは下策。毛虫殺しの宿業を果たさんには、ここは頭を叩くのが一番と、闇の森を大回りして、裏手からの敵陣落としを画策するものの、今正に毛虫が溢れる森をそのままにしていくのにも気が咎め、一人唸っておりますれば、騒がしい森の中から二人の若武者が姿を現して曰く、


「うむ、誰かと思えばディジーリアでは無いか。こんな所で唸り声を上げて何とした?」

「一人で森に来るとは剛毅やのう! 毛虫いてこますに物足りなげじゃわい!」


(「……やられた。あかん、おっさんの所為や」

「おお! 出番だな!」

「暢気やな、おっさん……」)


 見れば面倒見の良い兄貴分のゾイゾゾイゾと新進気鋭の若頭グディルディルの二人組。


(「おいおい」

「なんつー手抜きな」)


 然々しかじかと後ろ髪引かれる思いを打ち明ければ、それを聞いて声を合わせてかんらからりと嗤うと、


「何を思い煩っているかと思いきや、」

「無用の悩みに囚われとるな!」

「「どおれ! な気懸かりなど、儂らが吹き飛ばしてくれるわ!!」」


 ダンと地面を蹴ったグディルディルは高々と跳び、待ち構えるゾイゾゾイゾの肩車へとズボリと収まっては、森から溢れる毛虫の群に二面四臂の大暴れ。迫り来る毛虫共を近寄らせもせず、縦横無尽にばったばったと薙ぎ倒す。


(「来た……これや……やっぱりディジーやった……」

「肩車での合体技かぁ。発想がぶっ飛んでるなぁ」)


 あっと言う間に並み居る毛虫を仕留めては、「どうだぁ!!」と胸を張るのはこれぞ豪傑、武夫の華。

 誇らしげな二人を前に、ディジーリア身仕舞いを正すと、向き合って声を交わす。


「ならば、ここは任せ申した!」

「「うむ! 任されたぁ!!」」


 斯くして此処に盟約は結ばれ、憂い無くディジーリアは本陣狙いの奇襲戦へと身を投じる事となったのでございます。


(「――にしても、何でおっさんに肩車されて戦うことになるんや……」

「試してみっか!?」

「阿呆。自殺にはよう付き合わんわ。……しっかしなぁ……」

「おう、真面な役所やくどころ貰っておいて、何腐ってんだか」

「あ、ガズンさん。……ゆうても肩車で戦闘って……」

「俺よりはマシだろうが」

「え? ガズンさんも登場しとったんですか?」

「む!? ……ぐ……」

「くくく……さては聞き流したな? ガズンは事有る毎におっぱいと叫ぶおっぱい冒険者のガズン役だぜ?」

ひどっ!?」「ひでえ!」

「今のところ、真面なのは黄蜂とお前らくらいだぜ?」

「あれで、なぁ……」

「……ったく、それにしても、ディジーちょっと突っ込みすぎとちゃうか?」

「あー、何だかんだと、ディジーは基本ぼっちだからなぁ。そういう匙加減が分からんのかも知れんな」

「…………」

「……おやま? なんだか急に憐れみが漂い始めたねぇ?」

「不憫な」

「言うな将軍。あんたの部下が元凶だ」

「なぬ!?」)


 ――チチン♪


 さて、闇の森の奥へと向かうならば、ここは大回りに光の森を抜けていくところでございましょう。


 光差す豊穣の森は、闇に沈む昏い森と肩を並べる様に南の大森林で隣り合っていましたが、その性質は真逆。毛虫ばかりが闊歩する闇に塗れた森とは違って、漂う朝靄までも光を胎んでいる様子で、其処彼処そこかしこから様々な生き物の鳴き声羽撃き繁みの擦れる音が聞こえてきます。


(「ちょいと待て、元凶が儂の部下とはどういうことじゃ!?」

「――あ? ほれ、最初の方に言っていただろう? ディジーと反目し合う冒険者嫌いの親父殿が、まぁ、言ってみれば砦の騎士だったっていうこったな」

彼奴あいつは学園の卒業資格を得たら、さっさと単独行動始めたらしいから、元々の性格も有ったんだろうがね」

「それでも将軍が憐れんでいいものでは無いだろうな。街の人間に知れたら後が怖い」

「人気者だからねぇ」

「今回で一部の冒険者の心もガッチリ掴んだ様だから、もしもディジーを軽んじる様な事が有れば……」

「――うむ、皆まで言わんでいい。元より侮る気持ちは無いが、褒賞は公正にという事じゃな」

「ああ。見た目があれだからな。其処はしっかり頼むぜ?」

「無論じゃ」)


 森を行く道からそんな光の森へと分け入っては、数多あまたの子を背負う巨大な蜘蛛で瑠璃色狼の試し斬り、ナイフを魔力で掴んで操りナイフの技を編み出して、更には黒き猫犬馬の獣の王との邂逅と、このディジーリア、何だかんだと言って憧れていた冒険者の道行きを満喫しながら、光の森の中程に有る湖を目指して進んでおりました。


(「…………おい。猫犬馬ってさらりと混ぜ込んできたが、馬王か?」

「この辺りに来ているとは聞かねぇが……」

「あ? 何だ馬王って?」

「…………まぁ、伝説だよ」

「はぁ?」

「(……けだものでランク二だとか、言えるかよ……チッ)」)


 そして到頭輝きの湖を打ち眺めん――とした所で、その視界を巨大な影が遮ったのでございます。


 ――チチン♪


あい待たれいっ!! お主そんな成りで何処へ行く!!」


 見上げるばかりの巨体は巨人が如し。湖の守護者、眠れる巨人、奇術王、徘徊する森の主と、幾つもの異名を持つドルム大人たいじんその人の御出座しでございました。


(「お? 今度は俺か」

「ドルムタイジン~♪」

「アイマタレイ~♪♪」

「…………おい、ドルム。その膝の上のがきんちょは何だ!?」

「んあ? そりゃあ、チビ共だって居るわな」

「「オッパイ~♪」」

「くぉら!!」

「ふふ……ドルムも相変わらずだねぇ」)


「うむむ!? そんな成りとはどんな成りぞ!? ……おい、何故なにゆえ我の前を塞がんとする? ちょ、湖が見えぬでは無いか! もういい、脇を通らせて貰――こら付いて来るな、抜けられぬでは無いか!? おいおい、何を巫山戯て……ええい! 其処を退くがいい!」

(ディジーリア、光の人形ひとがたを相手に右へふらふら、左へうろうろ、台詞通りの立ち回り)


(「凄いもんだねぇ」

「あ? どれの事だ? 宙を歩いたり、幻術っぽいのを使ったり、色々有り過ぎて分からん」

「光のドルムだよぉ? 初めは周りの空気をゆがませる怖ろしげな火の玉だったけれど、今は只光っているだけだよぉ? その内色も付きそうさね」

「言われてみれば……この僅かな間にも腕を上げてんのか?」

「大したもんさね」)


 このドルム大人、粗暴な冒険者の中では極々珍しい人格者として知られておりましたが、一方お調子者としても大いに知られてございまして、此処でもしかつめらしく顔を顰めた真面目顔ながら、体は巫山戯た通せん坊の蟹走り。行く手を塞いでみせる度に、んふー! と鼻息で挑発するものですから、ディジーリアの中で否応無しに苛立ちが募ります。

 さしものディジーリアも、毛虫芋虫ど腐れ赤蜂むほほ脳筋姫様の乱と続き、其処に又しても巫山戯た振る舞いの通せん坊。幾ら温厚なディジーリアと雖も、感情が爆発したとして、何責められる事が有りましょうや。


 ずいずいずずいと押し寄られて、焦ったディジーリアの勢い付けて振り抜いた右拳が向かう先は、ドルム大人のその右腿。しかし、ガツンと重い音がするのは、どうも石甲でも仕込んでいる模様。


「ふむぅーーっっ!!」


 難しい顔をしながらの態とらしいドルム大人の唸りに、思わず拳を出してしまったディジーリアにもカッと負けず嫌いの火が灯ります。しかし、ならば全力でとディジーリア、魔力で拳を強化しても、


「ふむぅ!?」


 ドルム大人が御座なりに上げた膝で軽くあしらわれてしまいます。

 ディジーリア、ドルム大人の右側面に回り込んで膝の裏に抉り込んでみても、これまたドルム大人が高く上げた靴の踵に抑えられ、体が開いたと見て股座を潰さんとしても、ドルム大人の下げた掌に止められて、死角へ回っても察せられ、跳び上がっても受け止められ、ならば踏み付けんとしても蹴飛ばされる。


「ふむむ!」


(「「「フムゥー!!」」」

「お、がきんちょが増えたぜ?」

「いや、ふむぅなんて言ってねぇからな? つーか、こんな風にアレンジされるのかね」

「な! な! アレンジしてるよな! ったく、ディジーはしょうがねぇ奴だぜ」

「いやいや、ガズンはおっぱいって言ってるさね?」

「おいーっ!?」)


 ディジーリアが跳ね上がる様にして蟀谷こめかみを狙った膝の一撃ばかりは、ドルム大人も僅かに目を見開いたものの、受けた其の手でそのまま軽く投げられる。

 右かと思えば左から。魔力の気配だけ上に飛ばして足下を。声だけ反対側に飛ばしてみたりと、ディジーリア、有らゆる手立てを尽くしてはみたものの、これはどうにも旨く有りません。

 何をしても通じない事にディジーリア、業を煮やして無理な一撃を繰り出してみれば、そんな不用意な一撃でディジーリアがバランスを崩したところを、到頭そのドルム大人の大きな足で踏み付けられてしまう次第で有りました。


「ぐはははは! 召し捕ったり! 未熟過ぎて片腹痛し、己の腕を見てみるが良い。そんな成りとはその成りじゃ! 満身創痍で凌げる程、冒険の道は浅くは無いわぁ!!」


 言われて自らの腕に目を向けたディジーリア。何と、腕全体が溢血して血斑ちまだらに変色しておりました。

 さてはむほほの馬鹿力に、剣で受けるだけでは足りなんだかと思いしも、そこはそれ、これは脳筋を凌いだ証。何より痛みなど感じぬ程に中身は完治しておりますれば、ドルム大人の言うことは的外れと言うしか有りません。


「これは異な事。気付きもせなんだ血痣如きが、何の障りになろうものか! 人の冒険に上からけちを付けるとは何事ぞ!? 暴君め! 妄言者め! ええい! 早うこの足を退けるが良い!!」


(「…………ちょいと待て。血痣、じゃと?」

「おうよ。酷ぇ有様だったぜ? 俺の時も脳筋を凌いだ証だとか何の事だと思ったがよ、酷ぇむほほも居たもんだぜ」

「…………あの馬鹿娘めが……。全く碌な事をしないむほほじゃな」)


 兎角その踏み付ける足から逃れようと、暴れながらディジーリアが言い捨てた言葉ではありましたが、それでも何か感じ入るものが有ったのか、ドルム大人、呵呵と大笑して曰く、


「何とも威勢のいい女童めのわらわじゃ! 両腕の血斑けっぱんに、引き処を知らぬ成り立ての類かと思えば、その意気や良し! しかし儂に丸で敵わなんだのも又事実。どぉれ、暫し付き添いて、汝の真贋を見極めん」


 結局のところ、ディジーリアを心配してのドルム大人でございましたが、それから丸一日湖の周りで準備を調えるディジーリアに付いて回る事となるのでした。

 それ即ち、ディジーリアが森犬を見付けて、腰の針剣で狩って見せたら、


「ふむぅ!?」


 とドルム大人一唸り。

 ディジーリア、狩った森犬を木の枝に引っ掛けて、するりとナイフで皮を剥げば、


「ふむむっ!?」


 とドルム大人更に唸り。

 ディジーリア、森犬の肉が焼けるまでの間にと、湖で魚を釣り上げていたら、


「ふむむむむ!!」


 ふむふむふむむと喧しく、しかし何ぞ気が付いたのか、ドルム大人、はたと手を打って曰く、


「成る程、お主、魔力頼みの力業で解決しておるな? しかし魔力だけでは片手落ち。“気”のわざが使えねば、森の奥では務まるまいぞ。どぉれ、見せてみるがいい!」


 そうは言われてもディジーリア、“気”の業などこれまで触れた事もありませぬ。知らぬ事をやって見せよと言われても、ディジーリア、戸惑うばかりで何も返す事は出来ずにいたのでございました。

 それ見た事かとドルム大人。


「ぐはははは、“気”の扱い方も分からぬか? “気”に長けるのは野生の獣よ! お主には野生が足りぬ! 見るが良い!」


 言って、大木の前に陣取ったドルム大人。大きく両腕を広げて、吠え上げたのでございます。


「これが暴風熊の拳じゃ! グオーー!! ガオガオガオガオガオーッッッ!!」


(「おいおいおいおい……なんだそれは……」

「ディジーがガオガオ言っても怖くないねぇ」

「てーか、暴風熊って何だ?」

「ほれ、おっさん解説や」

「え、俺か!? あー、あー、分からんが、知られてる魔獣じゃ突っ込みが入るから、適当に作ったんじゃねーか? いや、知らんけどよ?」

「それだな。如何にもディジー的だぜ」)


 ガオの一振りで大木の幹は抉れ、更なるガオで半ばから圧し折れ、ガオガオガオで落ちる端から木屑となって、元大木はその場に変じて今はたっぷりの木屑の山。


「これが大森狼の拳じゃ! ウワオワオーー!! グアアアアアーーーーッッ!!!!」


(「草原猫ノ拳~!」「草原栗鼠ノ拳!!」「山彦梟ノ拳ー!!」

「ニャ! ニャ! ニャ!」「リッ! リッ! リッ!」「ヤッ! ホッ! ホー!」

「おいこら、見るなら大人しくな」

「栗鼠ってリッリッて鳴いたっけか?」)


 吠えた次の瞬間姿を消し、木々の間を影が走ったかと思えば木々の根元に切れ目が生じ、バタンバタンと倒れ行く、恐るべし疾風の拳。


「お主には森狼もまだ早い! 森犬から始めるがいい!!」


 そう言ってドルム大人、ディジーリアへと手渡したのが――


(ここでディジーリア、いそいそと背負い鞄から森犬寝袋を取り出し着込んでいく)


 ――この野生溢れる森犬装備。


(「おいこら。…………だー! お前ら、期待した目で見るんじゃねぇ! あれは、俺じゃ無くて、じーさんが自分で作ったんだよ!」

「……ジーサン?」「ジーサン……」「ジーサン??」

「いやいや、じーさんてーのはだなぁ、ほら、あれだ」

「ディジーさんだぜ?」

「ドルムよ。本人の居ない所でのじーさん呼びはやめようや」

「あれま!? ガズンが真面な事を言ってるよ?」

「酷ぇな、おい!?」)


 無知蒙昧で野生も知性も怪しい事この上ない森犬ではございますが、入門者としては妥当なところでございましょう。


「ふぅ~む! 良い面構えじゃ! これより汝は一匹の森犬となりて、野生の頂点を目指すのじゃ! 野生を磨き、“気”の業を会得するまでは、森の奥へ立ち入る事儘ならぬと心得よ!!」

「ワオワオワオーーン!!」


 ――チチン♪


 ドルム大人と別れてのそれからは只森犬の如く、森の中を駆け巡りては手当たり次第に獲物を狩り、共食いとばかりに焼いた森犬の肉を貪り喰い、野生を身内に取り込んでは、また森の中を駆け巡る。

 全力の全力を越えたところで力を振り絞る、そんな生活を三日も続けていますと、少しは“気”というものも分かってくる次第でございます。

 振り抜いた腕の先で、叢が揺れる。

 踏み締めた足下から、体がグンと加速する。

 数十回に一度のそんな現象を、精度を高めて確実に発動出来る様に鍛錬を重ねます。切っ掛けさえ掴めれば、丸一日掛ければ調整も成り、ろくな筋肉の付いていない体ではまだまだ威力は知れたものですが、思いの儘に気を放てる様に成ったところで、ディジーリア、はたと思い付きました。


「これだけ出来れば一先ずはドルム大人の課題も熟せたであろう。ならば一つ、森の奥の様子でも拝んでいこうぞ」


 普段よりも少し足を伸ばした丘の上、見渡す地平は限りなく広がる大森林。彼方には噴煙を上げるクラカド火山の姿。流れる川辺では、遠近感がおかしくなったとしか思えない巨大な獣が、小さく見える大木をし折ろうとしているのか、ゆさゆさと豪快に揺さぶっていました。

 何もかもが雄大で、ディジーリアも感動の余り茫とすること暫し。込み上げてくる何かを抑えられずにディジーリア、天へと両腕を掲げ、高らかに叫び上げたのでございます。


「天よ轟け! 森よ唸れ! 今ここから始まる我が冒険の日々をご覧じろ!!」


 すると俄に空が掻き曇り、丘の麓に目も眩む太い稲妻が轟き落ちたのでございます。

 薄曇りではあれど、これぞ正に青天の霹靂。見れば稲妻の落ちた其処には巨大な獣のふらつきたる姿まで有りました。


「うはははは!! 天も我を祝福しておるわ!!」


 ここに冒険を始めて二十九日目にして、毛虫殺しの冒険者と成りしディジーリア、天に己が身を立てて宣誓す。

 天、これを認め、祝轟と共に恩寵の獣を賜う。

 いずくんぞ、ディジーリア、冒険の果てを知らんや!


 ――チチン♪


 さて、ディジーリア、透かさず狩った獣と共に湖まで戻ってみれば、密やかに囁かれたる噂あり。


「――十日は前に闇の森奥へと向かったおっぱいガズン達が、まだ帰って来ねぇ」


 「おお」とディジーリアは声を上げます。

 毛虫だとか、毛虫の親玉だとか、隙を突いての敵陣落としだとか、すっかり忘れていたのを思い出して、ようようにしてディジーリアも、闇の森奥へと向かう事となったのでございます。


 ――チチチチチチチチチ、チチン♪


(「おいおい、こらぁ! だぁ~~、格好良く決めたと思ったら」

「決まらないんじゃ無くて、決めないんだねぇ?」

「流石ディジーさんだぜ。ククッ」

「いやお前ら、おっぱいガズンが名前になってる事に何か言えよ!?」)

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