(39)ダイジェスト化の裏側で

 竜鬼ドラグオーガの頭の上で、ディジーリアが居住まいを正す。

 こほんと一つ咳払いをして、節を付けて切り出すのは、次なる続きのお話だ。


「では、次なるは毛虫殺しの活躍の回、鬼哭の妖刀はよよと泣く、の段でございます。

 ――こほん。

 さてもうっかりディジーリアでございましたが、どちらにしても日が沈むまで探索に繰り出した今日は、慌てて出発する気も有りません。それに湖で過ごした時間も無駄だった訳では無く、ドルム大人の課題を熟して身に付けたわざで、確実に数段上の実力を手に入れたと思えるものですから、ドルム大人との出会いも僥倖と、納得の心持ちで準備を進めるディジーリアだったのでございます。

 そもそも、獣の力を手に入れる前のディジーリアでは、よしんば森の奥で毛虫共の親玉と出会ったとしても、手も出せずに見送るばかりでございましょう。手間暇掛けて首魁見物とはそれもまた一興ではございますが、征くならば討ち斃すが本懐というものでございました」


 と、ディジーリア。チチン♪ と小気味良く拍子木を打ち鳴らす。


「空が白み始めた頃に湖の畔を発ち、救援と討伐の為とは心に置きながらも、特に急ぐ訳でも無く光の森と闇の森の境を奥地へと向かうディジーリアではございましたが、そんな小柄なディジーリアが森の道を行くのは、迷い込んだ斥候職が頼り無げに行きたるが如く見えていた様子。

『おお、何処の斥候が紛れたるか。ここから先は戦士の領分。悪い事は言わぬ、引き返せぇ』

 闇の森の入り口に陣取る若衆冒険者達とは、経てきた年期が違うとでも言うのでしょうか、同じ道を征く冒険者が流石の貫禄で忠言を飛ばします。

 しかし此処で引き下がっては何の為に森を訪れたのか分かりません。ディジーリア、そっと姿を隠すと、

『忠言有り難く、しかしこれも必要な試練なれば口出しは無用でござる』

 試練だとも思っていなければ、闇の森の事も忘れていたディジーリアですが、そっと答えた後は度々の受け答えの煩わしさに、少しずつ足を速めていきました――」


 そんな出だしで始まった新たな段を、聴衆達も騒ぎながら楽しんでいる。


「「「「「うおおー! 消えたぜ!?」」」」」

「「「「「ディジーちゃん!? 大丈夫!?」」」」」


 北門入った直ぐ其処に、巨大な竜鬼ドラグオーガの頭を舞台にして、見上げられる程度に隙間を空けて、其処からは並み居る観衆十重二十重とえはたえ

 冒険者協会の出張所の屋根の上や、宿屋の張り出し、屋上と、更には後ろの街壁も、今や立派な見物席となっている。

 大通りなどは猶の事分かり易く、ディジーリアが見える範囲までが人集り。其処を超えれば見える所へと走り回っている有様。

 そしてディジーリアが一つ技を繰り出す度に響めきが起こり、今も消えたディジーリアの姿を探して目を擦る人、しばたくく人。

 そんな中で、不思議と誰もがディジーリアの声を捉えられているのは、これもまたディジーリアが『根源魔術』に声を乗せて届けているものだったが、しかし皆舞台に夢中になる余りに、誰もその不可思議さに気が付かない。


「――木の根の間に頭を出した、石蹴り渡るディジーリアの前に、やがて姿を現したのは、ドルム大人たいじんさえも鼻で笑える大巨人、身の丈にしてドルム大人の倍程もある、ひしゃげた頭の傴僂せむし男でございました。

 そんな傴僂の大巨人が、身を丸めて地上に目を凝らしながら、のたりのたりと歩いてきては、何やら物言いする様子。

『ぐぎょお、ぐぎょお。見つからぬー、見つからぬー。それそなたらもー探し申せー。見つからぬー、見つからぬー』

 二体と離れて別に三体、これだけ揃って何が一体見つからぬと申すのか、今になっても分からぬままではございますが、背を丸めて下ばかり見て、ぐぎょおぐぎょおと繰り返す巨人を前に、ディジーリア、思った事は一つでございます。

 上を取れれば隙しかござらぬ。

 しかし討伐するにも初めての生き物、誠にこれがにっくき毛虫の眷属なるかが分からぬ所が困りものでございました。

 そんな悩めるディジーリアの前で、悪戯な風に捲れ上がったは大巨人の腰布でございます。不意を突かれたディジーリアは、確りと見てしまったのでありました。

『何と傴僂の癖をして、何も付いていないとはこれぞ化け物の証左なり。うぬれ全身毛虫の大毛虫、ここより異界の果てへと還してくれるわ!』

 傴僂の婆さんで有る可能性に思い至らず、ディジーリア、立木を足場に跳び上がったのでございました――」


 身振りと共に語られる言葉にも、返される反応は千差万別。


「なぁ、下ネタはあかんやろ。誰か彼奴あいつに教えたれや」

「いや、ありゃ反応を見て挿話を考えとるな」

「あー、赤蜂の顛末で盛り上がっちまったからなぁ……。お、姉ちゃんこっちにも串焼き盛り合わせで頼まぁ!」

「気が利くねぇ。ま、きっと子供達の前でやるなら変えるのさね」

「いやいや、がきんちょ相手の方が馬鹿なノリかも知れんぜ?」


 と、諫める調子で見るガズンガル達も居れば、


「ぐほぉ! ゼ・ン・シ・ン、毛虫!!」

「うひゃひゃひゃ、もう大鬼オーガを真面に見れねぇ!!」

「臭そうだぜ。うーむ、俺の剣は名剣ち○ち○斬りだぁ!!」

「ぐひひひひ! 違ぁ! 毛虫斬りだぜ毛虫斬り!!」


 と、片や大盛り上がりで囃し立てる冒険者達。


「……うーむ、確かに大鬼オーガに一物は付いておらん」

「黒大鬼になると、形ばかりは付いているらしいな。小便の穴は無いみたいだが」

「ふむ、育ち方すら分からん魔物故気にした事も無かったが……」

「いや、それが正解じゃ無いか? ゴルム坑道の鬼族は岩の塊らしいじゃないか」

「……ボソリ(岩のち○ち○)」

「ぐふぅ!? ………………おい……」


 一方で、真面目に議論している振りして失敗するのは引退した冒険者だろうか。

 しかし、彼らを含めて皆が皆、この辺境の端も端、魔の領域が目の前の街で、嘗て無い冒険の興奮を舞台にした極上の娯楽を心から楽しんでいた。

 多少の創作は気にもせず、寧ろ「本当のところはどうなんだい!?」と、後に登場人物達を問い詰める事さえ、後の楽しみにしている様子。


「――跳び上がった途中で魔力の腕を四方の立木へ伸ばしては、魔力の手応え手掛かりに、体勢整え飛び越えながらの一回転。落とせと言わんばかりに垂れていた首元を斬り裂かれ、さても醜き大毛虫、そのままズドンと倒れ伏したのでございます。

 歓喜の声を上げる【妖刀】毛虫殺しに、やはり毛虫と納得のディジーリア。木の幹蹴るは二度手間と、二匹目の大毛虫は、伸ばした魔力の腕で直接枝を掴んで己の体を引き上げズンバラリ。そうしてみると、離れていた筈の他の三匹まで寄ってくるものですから、これは毛虫の神通力かと思いつつ、三匹纏めてズバラリバラリ。

 五匹の大毛虫を掻っ捌いてみれば、毛虫と良く似たその有様。毛虫と違ってしっかり三角の角然り、頭の中の黄色い魔石然り、胸の汚い緑の魔石然りでございます。

 これは毛虫の眷属に間違いござらんと、ディジーリア、深く頷いたのでございました――」


 と、そこで首を傾げるガズンガル。


「……そういや、最後の方は魔石も無かったが、ディジーが取っていたのか」

「いや、五匹どころじゃ無かったから、盗られたんだろうぜ? ま、俺らでもそうするな」

「そりゃあ、死体が落ちてればな。しっかし、行き成り大鬼オーガの首狙いとは――」

「ディジーじゃないと無理さねぇ」


 それを聞いて納得するのは、ディジーリアを知る冒険者達。

 領主ライクォラスは首を捻るが、


「ほら、さっきも消えてみせたさね。気取けどられないから出来る事だよぉ?」


 と聞いて、はたと膝を打つ。


「成る程、確かに儂が出会った大鬼オーガ共は、見境無く暴れ回る化け物じゃったわ」


 同じく首を捻っていた残りの冒険者達もそれを聞いて納得し、ディジーリアを馬鹿にしていた者達も含め、見えない事の恐ろしさに呆れ、改めて或いは初めて気付いて身を震わせた。


「――其処から先は、出るわ出るわ大毛虫、うじゃうじゃうじゃうじゃと行列を作って森の道を行進する有様でございましたから、最早大地に足を付けるのも面倒と、伸ばした魔力の腕で木々を渡りながらの大掃除。森の小路を奥へと向かって落ちるが如く、しかしその通り過ぎた後にはこうべを垂れた――否、頭を無くした大毛虫共の平伏したる大行列。花道と言うには道の真ん中でも土下座する有様故、どうにも常識というものが足りておりませぬが、中々殊勝な心構え――」


 そう演じるディジーリアは、宙に魔力の腕を伸ばし、観客達の上を揺れ渡る。伸ばした魔力に沿って白い靄を作り出し、ゆっくり渡る空の道行き。その度に歓声が飛び、時に帽子や果物が飛ぶ。

 帽子はそっと投げ返し、果物は有り難く頂いて、竜鬼の頭に帰ってくる頃には小枝に見せた靄にも薄ら茶色く色まで付いて、更に舞台の完成度が上がっていく。


「ほらね? 言った通りだよ、色が付いたさね」

「昼間だから靄なんだろうな。夜ならまたどうなる事やら」

「けど、空を飛ぶっていうのはどういう気分なのかねぇ? 楽しそうでもあり、怖そうでもあり」

「まぁ、聞いて見た感じじゃ、飛ぶっていうより伸縮自在の鉤縄をっている様だがなぁ。まぁ、俺もよく吹っ飛ばされたりもしているが、あん時ゃあ、それこそ落ちるのと変わりなかったかね?」

「儂が金鉱掘りを頼んでおる空飛そらとびのアザロードは、それこそ空を飛びよるな。まぁ、彼奴あやつも巫山戯た男じゃが」

「と言うのは?」

「物凄い屁をひり出す感じで空を飛ぶとか言っておったわ」

「…………臭そうだぜ」

「将軍が動けば――」

「儂の『倉庫』は小さい。こういう事には相性が有るものじゃよ」

「う~む……」


 ちょっとした事柄でも、見る者の間で話題は広がり、常に騒めきは収まらない。


「――そうしてどんどんどんどん森の奥へと落ちて行けば、一日掛からず闇の森の裏口に在る花咲く草原へと辿り着いたのでございます。

 しかし、其処には怒りに駆られた大毛虫の暴れ狂いたる姿有り。

『ぐぎょお、ぐぎょお。我の兄ぃを討ち斃しよるは、何処の誰じゃー。ぐぎょお、ぐぎょお。赦さぬぞー、赦さぬぞー、手足引き千切ろうかー、頭捻じ切ろうかー、誰じゃー、誰じゃー、ぐぎょお、ぐぎょお』

 腕振り回し、足踏み鳴らし、花咲く草原の真ん中で数多の花を踏み躙る様は、それこそ毛虫が薬草を陵辱するが如し。

 直ぐ様掻っ首斬り裂いて、討ち取りたいものではございましたが、如何せん大毛虫の居るのが花咲く草原のど真ん中、辺りに木立の姿も無ければ、魔力を引っ掛ける場所も有りません。

 しかし此処こそ修練の成果の見せ所。湖で目醒めた“気”と魔力の技の一つ、しっかと魅せてやりましょう。

 と、ディジーリア、さっと大毛虫の足下に忍び寄り――」


 と、ここでディジーリア、靄で出来た大鬼オーガの姿を作り上げる。


「――魔力でもって道を作り――」


 ディジーリアから靄の大鬼オーガの首元まで、これまた靄の柱が伸びる。


「―その道へと気を纏って飛び込めば――」


 ディジーリア、台詞と共に一瞬で靄の大鬼オーガの首元へ移動する。


「――一瞬のうちにディジーリアの姿は大毛虫の首の上。

 さらりと毛虫殺しを一振りすれば、他と変わらず大毛虫の首も只ポトリと落ちるかと思いきや、何と毛虫殺しが黒い炎を噴き上げたのでございます――」


 ディジーリア、宙に立ちながら毛虫殺しを一閃してくるりと回り、黒い炎の輪を作り出す。

 それと同時に、靄の巨人、首を断たれて宙に消え行く。


「――このディジーリア、湖で“気”の業を覚えしも、毛虫殺しと共に“気”の業を使った事はこれが初めて。一瞬の移動術『瞬動』の余波から見出せし毛虫殺しの能力ですが、これが後々毛虫の親玉、竜毛虫を仕留めるのに、重要な役割を果たす事になるとは、この時のディジーリアには思いも寄らぬ事でございます。

 さて、何を大毛虫暴れていたかと見渡せば、其処には巨人の形に崩れた小山がございます。

 ディジーリア、『成る程』と一唸り。

 ここに来てディジーリア、漸くおっぱいガズン達の痕跡を見付けたのでございます」


 ここでディジーリア。チチン♪ と拍子木を一鳴らし。

 ぺろりと唇を舐めてから、そっと竜鬼の頭に降り立った。


「……だぁ~……おっぱいはどうにかならんかね」

「諦めな。道化処の役回りだ。今更おっぱいで無くなっても違和感だぜ」

「おっぱいガズンでいいじゃあないかね。そのままさね?」

「酷ぇぜお前ら。しっかし、『瞬動』ねぇ?」

「見る限り、斥候職にも見えれば、武闘派にも見えるのう?」

「暗殺者寄りっぽいのに、派手だねぇ?」

「記憶のほとんど無い記憶持ちだ。色々有るんだろうぜ」

「おいおいお前ら、変な目でじーさんを見るんじゃねぇぞ? ――って、どうしたお前ら」

「う~ん、ぞわぞわする」「何だか、ドキドキ?」「わー! って叫びたくなる感じ?」

「ったく、夢中じゃねぇか。ま、楽しんどけ」


 ディジーリアをよく知る仲間内ではそんな感じで話をしても、中には平然と聞けない者達も居る。


「あ、彼奴、学園にも来ていないのに、何でこんな!」

「えー? ディジーちゃんは、卒業資格持ってるから、もう行かなくていいんだって聞いたよー?」

「それはただの噂だろ! 魔術だって真面に使ってるのを見た事無いぞ!」

「先生に聞いたも~ん」


 と、事情を知らずに驚く子供や、


「ディジーちゃん、冒険者に成るって言ってたけれど、冒険者ってこんな危ない事をしないといけないのかい!?」

「うちの宿六の稼ぎが悪いと何時も文句を言ってたけれど……うぅっ……」

「ちょ、お止しよ、これから優しくしてやればいいじゃないか」

「そうだよ、冒険者なんて、そんなもんなんだからさ!」

「う、うぅ~~~~!!」

「ちょ、あんた!?」

「あちゃあ。余計な一言だったかい?」


 なんて、英雄的ながらも生々しいディジーリアの実演に、今更ながらに冒険者の現実を見てしまった住人達。


「……俺達も、噂を聞いてぼろ儲けだと境の小路へ向かったんだ。そこでロドウィが……くそぉ!」

「おいおい、出て来ても大鬼オーガだろう? 逃げられなかったのか?」

「俺達も、大鬼オーガは鈍いから出て来ても全力で逃げれば大丈夫だと思っていたさ! でもな! 俺達の十歩が奴の一歩なら、鈍く見えても逃げられねぇんだよ!!」


 八つ当たりとは知っては居ても、当たらずには居られない冒険者。

 数々の想いを呑み込みながらも、舞台は先へと続いていく。


「一夜明け、闇の森の入り口に立ったディジーリア。思わず顔を顰めて目を背けましてございます。

 魔の領域には風に流れる蜘蛛の糸の様に、ひずみが宙を漂っているものでございますが、闇の森奥地となると、その入り口でも見渡す限り蜘蛛の巣が張られし如くして、分け入らねば入る事も厳しい模様。

 魔力で退ければ押し流され、“気”に当たれば消滅する歪では有りますが、此処まで濃いと掻き分けるにも一苦労。とても木の間を飛んで行く訳には行きませぬ。

 魔力を厚く纏えば無理に押し入る事も出来るやも知れませんが、ここはじっくり腰を据えて掛かるべきと、ディジーリア、てくてく歩いて闇の森へと踏み入る事を決めたのでございました。

 そんなディジーリアの歪を見る目。どうやらこれは、鍛冶仕事をする内に鍛えられたものの様でございます。魔の領域の歪みとは違えど、鉄の中にも歪有り。それを鎚で打つ事で編み込み編み込み強く鍛える事こそが鍛冶の極意。ならばこそ、ディジーリアにも歪が見えるというもので有りました――」


 何だかんだと、やはり真っ先にディジーリアを心配するのはガズンガル。


「……ディジー、ちょいと手の内晒し過ぎじゃねぇか?」

「言わなきゃ言わないで、教えろなんて言う奴らも居そうだけれどねぇ?」

「自分の技能も分からんで、教える教えないも有ったもんじゃねぇぜ」

「まぁ、真似なんて出来ないさね」


 何か為出しでかす度に、細かい突っ込みを入れている。


「――昏い昏い闇の森の中では有りますが、ディジーリア、そもそも鍛冶をするときには目を開けてすらおりませぬ。夜の森でも魔力で探り、光石要らずの夜目以上。目には見えずとも、葉の裏、木の後ろまで捉えられますれば、闇の森の昏さなど何の妨げに成りましょうや。

 しかし、踏み入れてみねば分からぬ事。

『む、これは只の暗闇ではござらぬぞ』

 ただ昏いのでは無く、これは黒い魔力の為せる業と看破したディジーリア。流石に闇の森の汚れた魔力を吸い込むのは御免と、身の回りに厚く己の魔力を纏いて、黒い魔力を押し退けるので有りました。

 これならば、蜘蛛の巣が如き歪も纏めて押し退け、身を守る事が出来ましょう。

 そうして再び歩き出してみれば、黒い魔力に気を取られ、徒や足下を疎かにしてしまっていたのか足下取られて『ぎゃぁ』と叫んで倒れましてござります。

 これぞ油断というものでしょうが、どうにも木の根を踏んだその足が、その根に張り付いて取れない様子。鋭い痛みすら走る有様に、ディジーリア、木の枝に伸ばした魔力で体を持ち上げブーツを脱いで確かめてみれば、何と靴底を貫いた木の針の所為で、ブーツの中は血塗れでございます。

 只の木に見えて表皮は軟らかく、その軟らかい中に硬い針を残す。身を預けたり踏んだりすれば、その針の餌食になるという闇の森の吸血樹。

 ブーツの爪先には尖った鉄片を仕込んでいても、靴底は履き心地を優先したのは、油断と言えば油断。木石すら牙を剥くのが闇の森の恐ろしさというものでございますれば、これも改善処と思いしも、今此処でどうとも出来るものでもございませぬ。

 さて困ったとディジーリア。流石に此処で引き返しては、何の為に此処まで来たのか分からぬ所存。

 何ぞ無いかと鞄の中を検めたところ、見付けたのが街を出るときに手に入れた、三つの回復薬でございました」


 ディジーリア、チチン♪ と拍子木を一鳴らし。


「それまでディジーリア、一度も回復薬を使った事がございません。十日が期限と言われた回復薬の、その十日目まであと数日というところですから、吝嗇けちはそれこそ無駄の極み。好奇も含めて此処が使い所と一息に仰いだのでございました。

 すると喉奥をつつと流れ落ちた回復薬。腹で弾けてディジーリアの体の中を、力の波が伝播します。その波が足の傷口に引っ掛かったと思いきや、緑の光を発して見る間に傷が癒えて行きまする。

『むぅ、これは奇怪な。薬草の力だけではござらぬぞ!?』

 しかし薬草の力で無いなら、それは“気”か魔法の領分。“気”と言われるとまだまだ入門者なディジーリアではございますが、ディジーリアの勘はそれを魔法だと捉えてございます。

『魔法というなら再現出来ぬ筈が無い。何と言っても闇の森も薬草の類には不自由せぬ。喩え効果が小さくとも、作れるという事が何に幸いするか分からぬものよ』

 何と言っても、このディジーリア、何処へ魔力を捧げれば良いか分からぬ神様技能もとい『儀式魔法』は使えませぬが、『根源魔術』ならお手の物。錬金術屋は錬金の神ディパルパスに魔力を捧げて回復薬を作って貰うと聞きますが、そんな何処に居るか分からない神に頼らずとも、どうとでもし様が有る筈と、回復薬の作成を再現する事と決めたのでございます。

 これは後に、二つの大きな意味合いを持つ事と成りました。

 一つはおっぱいガズン達の回復と、もう一つは――いえいえ、それはその時に述べる事と致しましょう――」


 時折挟まれる一呼吸分の間が、観衆の語り合いを促し、また緊張感を持続するのにも役立っている。


「……色々突っ込み処が満載だけれど、動きの無いシーンのディジーは動きが大袈裟になって可愛いねぇ」

「その台詞が突っ込み処だわ! ったく、儀式魔法が使えないとか、其処まで明かしていい事なんざねぇのによぉ」

「油断は誘えるぜ?」

「『根源魔術』なら、やり方を教えろなんていうのも無理じゃろなぁ」

「…………逆に依頼が集中しねぇか?」

彼奴あいつやったらそんなん気にせんやろ。つーか、捕まえんのがまずでけんわ」

「目の前に居ても、きっと分からんなぁ」

「……考え過ぎか」

「くふふ、下手をしたら、ランクだってディジーに抜かされてるよぉ? 心配し過ぎさね」


 ディジーリアを無謀と諫めたい気持ちを持ちながら、聞けば聞く程自分達こそ考え無しに思えてしまうガズンガル。「分かったよ」と小さく答えを返すのだった。

 そんな思いは、後のコルリスの酒場での反省会へと繋がっていく。


「――三つ有った回復薬の小瓶の内の、空けた一つに本の少し、別の小瓶から小分けに分けて、実験用と掌の中で転がしながらの闇の道行き。

 さて、薬草の癒しの力を魔法へと転換しているなら、名付けるなら「活性化」か、と思いながら、出て来た大毛虫の首をさくりと落とし、「活性化」と言うならば、細かく掻き混ぜてみるのはどうかと魔力で掻き混ぜながら、群れ成す毛虫の首を刎ね、そうこうする内にまた大毛虫の首を落とし、毛虫共の首を刎ねる。

『ええい、毛虫共が鬱陶しい!』

 そう思えども、此処へ来たのがそもそも毛虫共の殲滅の為でございます。仕方が無いと思いつつも、また大毛虫の首をさくり。

 予め魔力の道を作る『瞬動』ならでは歪を押し退け引っ掛かる事も無いが、何と言っても切れ間が無いのが困りもの。片手に小瓶、片手に毛虫殺しで鞘にも納めず歩みを進め――これもまた、後へと影響を与えた一手でございました。

 毛虫殺しを振って大毛虫をほふり、小瓶を振って「活性化」を促し、また毛虫殺しを振って毛虫共を殲滅する。

 そんな道行きを続ける内に、到頭現れた大大巨人。大毛虫に倍する黒き巨漢が、木の間から顔を覗かせたのでございます――」


 その言葉に盛り上がる冒険者達。


「おお! 黒大鬼くろオーガか!?」

黒大鬼くろオーガを単独で斃せるなら、ランク四は堅いな」

「いや、そもそもあの足下のがな……」

「…………おおう! そう言えば!」


 ディジーリアの足下に頭を晒すのが竜鬼ドラグオーガと見て、冒険者達は底が抜けた様に笑う。

 そんな冒険者達には、ディジーリアを侮る響きは既に無い。


「――闇の森の中で出会ったからには、確かめる迄も無く毛虫の眷属。『瞬動』一度で届かぬならば、二つ続けた『瞬動』で肩まで上がり、毛虫殺しを一閃すれば、黒い炎が半ば裂けた黒毛虫の首を灼く。

 流石に元採取ナイフの毛虫殺しでは、貫き通すには足りませぬが、灼き捨てるならばそんなことは些細な事とばかりに有無を言わせぬ死出の送葬。

 しかし、やはり毛虫と思うディジーリアとは別に、どうやら毛虫殺しには黒毛虫殺しは感慨深いものだった模様。どくんと震えるその様子に、ディジーリア、此処は一肌脱ぐ事を決めたのでございます」


 と、ここでディジーリア、またもやチチン♪


「黒毛虫の体を探って抉り出した、大小様々な魔石を手にし、流れるせせらぎのほとりで野鍛冶と決め込むディジーリア。鍛え上げる事は出来ずとも、魔石を用いた強化ならば問題ないと、魔力の熱を炉と成して、大毛虫共の魔石も加え、更に森の黒い魔力も手繰り寄せ、絡め取っての叩き込み。

 何処までも吸い込む毛虫殺しは、到頭用意した魔石を全て呑み込んでござります。

 こんな事も有ろうかと背負い鞄の横にぶら下げていた、鎚で叩いて打ち込む時間。さっと魔力で一炙り、軽く焼きを入れてみれば、闇の森の魔力の仕業か、刀身の黒さにもより深みが出ている様子で、更には血筋の様な紋様も今はほぐされ見えもしないが、直ぐにも浮き出てくる気配がいたします。

『ふむ、見違えたり』

 ディジーリア、満足気に頷くも、まだまだ作業は終わりませぬ。

 強化を済ませてしまえば、次なるは鞘の調整。街で毛虫殺しを【妖刀】と呼んだのには確たる論拠も有らねども、今や紛う方なきケム血吸いの【妖刀】毛虫殺し。ケム血を浴びる度に艶々として、それどころか今や鞘一杯に肥え太りたる有様。鞘から抜くにも収めるにも、軋みが気になる程に成ってござります。

 仕方が無いとディジーリア、鞘持ち緩め調える内に、強化した直後で曖昧模糊としていた毛虫殺しの気配もはっきりとしてございます。鍛える度に明確な意思の芽生えを感じさせる毛虫殺し。

『此度の強化では、感情ばかりのあやふやなものが、確りとした形を得た様子。共に旅する仲間が増えたと考えるならばこれもまた心強い。これからも宜しく頼もうぞ』

 と、ディジーリアが語り掛ければ、毛虫殺し、『合点承知之助!』とぞ妙な応えを返した様に思われたが、その時のディジーリアは気にもせず、うむ、と一つ頷いたのでございました――」


 ディジーリアの語る冒険譚故に、今迄コルリスの酒場で馴染んでいた聴衆も、初めて聞くと言っても既にここ迄聞いたご新規さんも、皆一様に首を捻る。


「……これは何処どこ迄が本当だ?」

「あー……彼奴あいつのナイフは勝手に動くで? 森へ行く前でそんなんやったから、これ迄と同じで八割方ほんまとちゃうか?」

「だー! 二割が何処とか言う前に、帰り道でもばんばん宙を飛んで黒ケム……違う! 黒大鬼くろオーガの首を刎ねて回ってたぞ!?」

「……となると、湖で『威圧』を掛けたのも、だぜ?」

「でもなぁ、ディジーは『悪い子に成るなら躾ける』とか言うてるから、問題が起きて無い内から俺らが口を出すのも違うしなぁ」

「口を出したらあかん。信用してへんことになる」

「あー、そういうところがお前は偉いわ。流石親分肌」

「ま、ディジーと敵対なんて出来ないさね」

「お主らとも仲が良いんじゃな」

「それも有るがね。真面目に敵対する奴らが出て来たとして、ディジーに気を取られている間に、遊撃に出た毛虫殺しが首をこう……」

「洒落にならねぇ!?」

「いや、流石にじーさんも止めるだろう!?」

「……やべぇぜ。今回の遠征でナイフの格が上がったのだとして、前のままにディジーを貶める馬鹿が出たら……」

「ディジーならスルーするんだろうけどねぇ」

「こいつはどうにも口を出すとかでは無く、釘を刺しておかねばならん様だ」

「馬鹿とディジー、両方にだぜ?」

「騎士には儂から話しておこうかの」

「……そう、だな。騎士の中にも、逆恨みか八つ当たりする奴が居そうだ、な」

「ディジーへの風当たりが弱まれば、そっちも治まるといいんだけどねぇ」


 ここに居る奴らは大丈夫そうだと思いながらも、お話と結論付けて楽しむばかりの聴衆を見て、ガズンガル達は恨めし気に溜め息を吐くのだった。


「――さて、装いを新たにした毛虫殺しの試し斬りと、ディジーリア、数を増やす黒毛虫を屠って参ります。

 『瞬動』二回で跳び上がっては斬る。

 『瞬動』二回で跳び上がっては斬る。

 合間に変わらず小瓶を振りながらも、『瞬動』二回で跳び上がっては斬る。

 斬る度に、震える様な毛虫殺しを怪訝に思いながらも、『瞬動』二回で跳び上がっては斬るを繰り返す。

 その内に、手の中の小瓶が緑の光を強めるのを見て、やはり「活性化」は魔力で揺り動かすので為し得る事かと思いしも、これでは時間が掛かって仕方が無い。仕方が無いから別の方法も模索しようと、力を取り戻した回復薬を呷っては、再び少量取り分けて、熱の無い「活力」を与えてみたり、「流れ」でぎゅっと圧縮してみたり、色々と試しながらも、『瞬動』二回で跳び上がっては斬る。

 その繰り返しの中で、拮抗する力こそが「活性化」の本分と見出してからは、今度は薬草から回復薬を作り出してみせようと、上級傷薬と水を小瓶に封じ込め、暗中模索の五里霧中。「活性化」の遣り方が分かっても、薬草から回復薬を作り出すのはまた別物。「活性化」する要素を間違えれば、どろどろと腐った様な何かに成ったり、橙色の謎の液体に成り果てたり。

 そんな事を繰り返しながら、『瞬動』二回で跳び上がっては斬るをしていると、腹具合からそろそろ夕飯時と見て、直感の赴く儘に大木の梢まで登って見れば、そこはもう闇の魔力の支配圏外。此処ならば休むに適うと、ディジーリア、朝までぐっすりと休みを取ったのでございました」


 と、ここでまたディジーリア、チチン♪ と拍子木を打ち鳴らした。

 ガズンガル達の居る一角は、一瞬会話が途切れて静かになっている。


「…………また爆弾が出たぜ?」

「はぁ……本当に。でも、試してみようかしらねぇ?」

「『根源魔術』で掻き混ぜるだけなら、ククの方が出来るんじゃねぇか?」

「ちっ……簡単に言ってくれるぜ」

「他は兎も角、掻き混ぜるだけ、なら出来たとしても、なぁ」

「ああ、掻き混ぜのはまた別だぜ」

「だが、成功すれば探索距離が格段に伸びる」

「魔術の腕も上がるかもだねぇ?」

「………………ちっ、直ぐには無理だぜ」

「何を言ってるのさね? 試すのは、皆でだよぉ?」


 ディジーリアの公演は、見る人が見れば秘術の塊の様なものだった。


「さて、一夜明けてみれば、益々ケム出も多くなり、毛虫大毛虫黒毛虫と大賑わいでございます。

 斬って斬って突いて斬って斬って斬り捨ててと、並み居る毛虫が首無しケム死。さてもケムの地獄と思えしも、不思議なことにケム足が止まりませぬ。その先に在る黒き炎獄を知らぬが如く、悉く毛虫殺しの黒炎に焼き裂かれに行列を成しては、毛虫殺しの露と成り果ててございます。

『ケム間に無情の煉獄が見えよるわ!』

 かぶいて見せても聞く者もおらず、寄ってくるのは其処が縄張りと気が抜けているのか虚ろ気な足取りの毛虫の眷属ばかりなり。只の毛虫はまだ騒がしかれど、身を大きくする程に、時折呻くばかりの木偶と化して、直ぐ目の前に迫るケム獄にも気付きませぬ。

『ふん……仕様も無い』

 興奮しているのは毛虫殺しばかりなる中で、ディジーリア、毛虫殺しを振るっては、掌の小瓶に力を込めて、小瓶を軽く震わせては、毛虫殺しに力を込める。

 そうした中で、行列を作ると言ってもこれ迄は一匹ずつ行儀良く順番に現れていた黒毛虫、到頭三匹揃って現れる様になったのでございます。

 既に数多あまたの黒毛虫を屠った上では、数を揃えたところで敵には成らじ。しかれども、無為に気取られ手間取られるも業腹と、ディジーリア、一計を案じましてございます。

 さて、此処で思い浮かべますのは、夢幻の如く宙を漂うディジーリアの操りナイフ。只のナイフであるならば、ディジーリア、魔力で掴んで振り回したるものですが、ことディジーリアが自らの魔力を叩き込んで作り上げた幾本かに到ってはその限りではございません。魔力で掴まずとも、ナイフは空を飛びまする。

 即ち、魔力が途中で途切れている。途切れているのにナイフが浮くとは、浮くのに支えは必ずしも必要では無い。ならばディジーリア自身とて、浮かぬ道理が有りましょうや。

 ディジーリア、サッと黒毛虫共の左の後ろに回り込み、その背中越しに向こうの細木目掛けて腕を一振り、手頃な石を放り投げた。

 投げた石が見事細木を圧し折って、鳴り響いた音にそちらへと頭を向ける黒毛虫三匹。

 『瞬動』二回で一番左の黒毛虫の首後ろまで跳び上がり、毛虫殺しを振り抜いたら更に二回の『瞬動』で上空へ。

 其処で魔力を宙にちょいと引っ掛けますれば、これぞ直観の為せるわざ。ディジーリア、見事宙へと降り立って、睥睨するが如くに黒毛虫共を見下ろすばかりでございます。

 喩え失敗したとして、その時は操りナイフの上に立とうかと考えていたディジーリアでございますから、まぁ、何とでも成ったのではございましょうが、出来たと成ればそれは上々、手間が省けたとはこの事でしょう。

 さて、木々にも並ぶ黒毛虫ですから、何時も下ばかりを見て歩いている。必定、頭の上は死角に成ってございます。

 ぼんやりと右の木立を眺めていた二匹の黒毛虫。しかし左端に居た黒毛虫が歩いていた勢いのままに倒れると、今度は左へと顔を向けてございます。然為さすればディジーリア、今度は右の黒毛虫の肩に降りて毛虫殺しを一閃。次は間を置かずに、足下へしゃがみ込む動きを見せ始めている真ん中の黒毛虫の首後ろに跳び込んで、『えいや!』と気合い一閃、首裏に毛虫殺しを鍔元まで突き刺したのでございます。

 何れの一撃も黒炎絡めた焦熱の一撃。最後の一匹に到っては、目口鼻から黒い炎を噴き上げて、さながら黒きたいまつの如くなり。

 黒く燃える黒毛虫の頭から跳び離れ、其の儘ゆっくりと折り重なって倒れる三匹の黒毛虫の上に、ディジーリア、悠然と降り立ったのでございます」


 と、またまたディジーリア、何度目になるかも分からぬ拍子木を、ここでチチン♪ と打ち鳴らした。

 会場からは、ほぅ、と詰めていた息が漏れる音が零れている。


「こりゃ、敵わねぇなぁ。俺達が黒毛虫を仕留めたときは、ランク三が見えてきたと持て囃されたもんだが」

「ぐふっ……おいガズン、黒毛虫になってるぜ?」

「ぐ、黒大鬼くろオーガだ、黒大鬼くろオーガ。分かってて言うなって」

「あっはっは、毛虫呼びが流行りそうだねぇ」

「「「ねぇ? お姉ちゃんって、すっごいの?」」」

「ん? ああ、ものすっごいなぁ」

「「「ものすっごいんだー」」」

「本に、目をキラキラさせちゃって、まぁ」

「相性ってのも有るんだぜぇ~? ま、俺らにとっての将軍達みたいなもんか。俺らもまだ現役なんだがなぁ……」

「子供らに取っちゃ、大人が成し遂げたって言うより、感動が大きいのかも知れないねぇ」


 そうして話す一角が有れば、受け入れられない連中も当然の如く居るものである。


「茶番だな」

「ああ、ガズンガル達はあの半端者に甘過ぎる」


 其処彼処そこかしこで聞こえてくる彼らの声曰く、黒大鬼くろオーガを斃したのはガズンガル達だというものから、装備の力で勝てただけだというもの、当たりの記憶を引いただけだというものまで、それは結局ディジーリアの実力なのではと思うものも含みながら、決してディジーリアの力だとは認めようとしない。

 プライド故に拒絶する他無く、それはそれとして発憤の材料とするならば上へと伸し上がる力にも成るのだろうが、ねたそねみでくだを巻くだけならば、何れ潰える事にも成るだろう。


「いや、それじゃ駄目なんだって! 今はあの毛虫殺しが居るんだからな!?」


 周りの様子に眉を顰めて、同じく因果応報に報いを受けるだろうなんて結論に到った仲間達の会話に、ガズンガルが突っ込みを入れた。


「そうは言ってもなぁ、親父さんの事が無かったとしても、頭角を現す若手を忌む奴らってのは何処にでも居るもんだぜ?」

「ガズンは愛するディナさんがディジーを可愛がっているから、ガズンもディジーを妹分の様に思ってるんだよお、分かってやりなよ」

「む、おっぱいの面目躍如か? ま、味方をしたくなるのも、ディジーの力なのかもだぜ」

「い、い、い、い、今はそんな話はしてないだろう!? お、俺が言っても逆効果だろうから、ゾイ! 何かねぇのかよ!?」

「俺か!? 無理だぞ、今はディジーの頼まれ事で手が回らんわ」

「ディジーのかい?」

「ああ、支部長と受付の嬢ちゃんをくっつける作戦がだなぁ――」

「……ちょ、おっさん」

「「「「なにー!?」」」」「なんじゃとーっ!?」


 そんな話をしている間にも、物語は進んでいく。


「三匹仕留めてみれば、それが一先ずの打ち止めだったのでございましょうか。次なる毛虫の姿が見当たらぬからと、ディジーリア、ふと手元へ視線を落とせば、実験中の小瓶が僅かに翡翠色の光を帯び始めてございました。

 これはシダリ草では無くマール草で作り上げた回復薬ならば、効果の程も期待出来ると、ディジーリア、ほくそ笑んだその時――」


 ここでディジーリア、くるりと一回りしながら毛虫殺しを引き抜き、一振りして大剣とする。更に宙に飛んで、下向きに毛虫殺しを構えて気合を入れると、毛虫殺しが根の様に枝分かれして、柄を頂点とした根のドームを作り出した。


 にわかに掻き鳴らされる、耳をつんざく割れ鐘の音。


 ――グワラガラガラガラガラガラガラ!!


「――突如割れ鐘の様な音が辺りに響き渡ったのでございます――」


 ディジーリア、耳を押さえて驚きの声を上げる聴衆が、落ち着くのを待って次を続けた。


「――掻き鳴らされる音に何事かとディジーリア見遣れば、其処に在るのは黒毛虫の首に突き刺したままの毛虫殺し。何やらおどろおどろしい気配を振り撒きながら、枝分かれし脈打つ棘針から黒毛虫の血肉を啜り上げ、産声と言うには耳障りな呱々ここの声を上げる恐ろし妖刀ケム死獄牢死ごろし

 はしたなくも見窄みすぼらしい髭を生やして黒毛虫の死骸に根を張りては、啜り上げる血肉に刀身を妖しく脈動させる生物なまものが如きにて、浅ましくも我を忘れて黒毛虫を貪り喰らうその様は芋虫と何ら変わるところがございません。

 ディジーリア、そんな毛虫殺しの様子を鼻で嗤って、その柄をむんずと掴む。

『喩えおぞましき気配を撒き散らしていようが、おのが打った得物を懼れる鍛冶師が居ようものか。得物が直ぐに折れるならば鍛冶士の腕が足りぬだけ。得物が手に馴染まぬなら鍛冶師の見極めが足りぬだけ。得物が暴れるというならば鍛冶師の躾が足りぬだけよ。どれ、毛虫殺しには躾が足りなんだと見える。しからば仕置きするが我が務めなり。いざやよいよい畏みて参られい!』

 ディジーリア、ええいとそれこそ“気”を込めて、併せて魔力も天こ盛り、纏いし気炎を噴き上げて、引き抜いたりしは牛蒡抜き。伸びたる鬚根も引き摺り出して、千鞭万針の有様に、こぼれるは呆れ混じりの苦笑い。

『仕様も無し。剣姿を離れ何処へか行かん。誰が鞭なぞ望んだか、己の姿を思い出すがいい!!』

 吠えると同時に籠めた魔力を熱と変えれば、伸びた鬚根の先から金色こんじきに熔けて、鬚根の付け根へと熔けた玉が逆走さかばしり、最早ナイフとは呼べぬ髭棍棒と化した毛虫殺しに、べちゃりべちゃりと貼り付きゆきてございます。

『与えた形が気に入らなんだか。我が手から離れたくなったか。それが人の子なれば独り立ちの顕れとも言えようが、剣の身では只の増長。いざや有りし姿へ還らせん!』

 ここに到ってはディジーリア、情け容赦の欠片も無く、太りに太った毛虫殺し、その贅肉を元のナイフの形へ戻さんと、魔力の全てと気の力も振り絞り、力の限り押し込めたのでございました。

 しかし相手は鉄の塊、ぎしりぎしりと軋みしが、然う然う押し込める筈も無し。むぎゅむぎゅと手を替え品を替え無理を通さんとばかりに力を込めると、到頭その毛虫殺し、

『――むぎゅう……』

 と、情け無い声を上げたのでございます――」


 此処まで一息に語って述べたディジーリア、此処でふぅと一息吐いた。

 並み居る観衆、ここがクライマックスとばかりに声も無い。

 怪しい言葉の昔語りは、最早ディジーリア調とでも言うが如く、気にする者も居ない様子で皆一様に手に汗握って息を詰める。

 再びディジーリアが口を開くと、詰めていた長い息を吐き出して、少し身を震わせたりしながらも、すっかり没頭している様子。


「――『ふむ、何れ妖刀ならば口を利くのに不思議無し。どれ、聞こうか』

 ディジーリア、仮令たとえ離叛せしも、己が打ちし物には違いは無いと僅かに慈悲を示してみれば、語られるのは余りに健気なその心。

 曰く、

『始めに打たれしなりしも見栄えふるわず、見縊られては嘲笑われ、これではあるじの障りであると、お荷物であるとさいなまれた。見目調え鍛えられし後も、主を失望させたか明くる日には気取り狼を打たれる始末。あちきが主の一番である! あちきが一番役に立つのである! 気取り狼では無く、あちき一番なのである!』

 曰く、

『小さき毛虫なら役立てしも、大毛虫にはぎりぎりで、黒い毛虫には丸で足らず。何れこの短き身に届かぬ毛虫が出でたならば、主も腐れ狼を手に取り兼ねぬ。それは断じて認められぬ。有象無象は知らねども、毛虫を捌くはあちきが役目。せめてこの身が長ければと、毛虫の血啜り肉喰らいしが、望む丈へは遙かに遠く、しかしそれでは間に合わぬ。毛虫の森の深奥へ到る、此度は一世一代の見せ所。此処で立たねば立つ瀬も無いと、届かぬ腕を伸ばすばかり』

 曰く、

『そんな折に身を焚き付ける震え有り。魂魄昂ぶらせる波濤有り。寄せては返す波の如く、心揺さ振る力有り。其れが何かと知る間も無く、煽られ上げられ叩き落とされ、また遥かに高く突き上げられる。何が何だか分からぬ内にも、このびっぐうぇいぶに乗るしか無いと、盲滅法我武者羅に、突き進んでみればじょう毛虫御膳の三重盛り。主手ずからの大御馳走と、勢い込んで掻っ込むは、身の震える悦びなり。しかしあちきは一体何を間違えたのか。あちきは何を誤ったのか。嗚呼、嗚呼、これで手が届くと思いしものの、あちきは、あちきはっ――』

 聞いてみれば、余りにいじらしく一途な想いに、さしものディジーリアも昂ぶっていた怒りを引っ込めて、己の所業を検めた。

 何より幼児おさなごの舌足らずさで、悲痛に叫ぶのが心に痛い。

 加えてディジーリアの行いが誤解を招いたというならば、これはどうにも居た堪れない。

 打ち上げし当初が鈍鑢なまくらやすりの有様だったのは、これはもう仕方が無い。初めて打ちし刃物なれば、未熟なのはどうしようも無く、況してや砥石が利かぬ等とは思いも寄らぬ。

 これはディジーリアの腕が問題なのであって、毛虫殺しが思い悩むものではあろうまい。

 そんな毛虫殺しを鍛え直した次の日に、瑠璃色狼を拵えたのも、只々毛虫以外の対処を考えたもの。毛虫殺しの気持ちを勘案していなかったのは確か成れど、気にするもので無いのも言うまでも無く。

 瑠璃色狼への可愛い嫉妬に到っては、どうにもこれは的外れ。すらりと長身美人な先の話ならいざ知らず、今のディジーリアの相棒は【愛刀】毛虫殺し意外には有り得ない。

 そんな事を滔々と伝えれば、毛虫殺しも漸く落ち着きを取り戻したのでございます――」


 観衆達には「良かったねぇ」と溢すものも居たが、まだ其れでは毛虫殺しの有様の説明にはならないと、多くの者は聞く姿勢のままに待っている。


「――しかし理解はしたところで現状に変わりなく、其処に有るのは見苦しく変貌した毛虫殺しのその姿。只押し込んでも押し込めないのはくだんの通り。だが毛虫殺しを惑わせた、波濤の力有れば、浮かぶ瀬も在ろうものと毛虫殺しに活を入れるディジーリア。

『誤解や行き違いを重ねてはしまったが、汝の忠心、甚く感じ入った。しかれども、汝が己が姿を見失っているのもまた事実。忠心偽りないと申すならば、集めし血鉄を己が身と取り込んで、見事元の姿を取り戻してみせるが良い!』

 然う声を掛けてみれば、惑い慌てし毛虫殺しも、今はぐっと覚悟を決めて、ディジーリアからの力の導きを待つ様子。

 ならばとディジーリアも心を定め、先に倍して気と魔力で締め付けた。

 其処に混ぜ込むは「活性化」の力を少々。

 そもそもが、毛虫殺しを翻弄せし波濤の力というのがこれ以外には考えられぬものでございました。まだ手探りの状態から、片手に回復薬、片手に毛虫殺しで、さぞや酷い心持ちだったのでは無いかとディジーリアは想像する次第であり、酒は呑まぬディジーリアであらば分からねど、潰れる程に呑んだ後で、大通りを駆け下りながら胴上げされている様なものと思えば、其れはもう訳が分からなくなったところで仕方が無いものと納得したのでございます。

 為ればこそ、ここは見出した「活性化」の力を正しく使い、毛虫殺しの身を高める助けとするのがディジーリアが務め。

 然うして次第に「活性化」の力を強めながら力を掛ければ、或る時急に抗う力が弱まって、纏いし血鉄、ぐいと其の内に引き込まれた。

 残りし物は、元の姿の毛虫殺し。惑乱した様子もすっかり鳴りを潜め、静謐を保つ様子は、見事一段上の何かへと至れた模様。妖しき気配も弥増して、中々の面構え。

 これぞ、毛虫殺しの狂乱と和解、そして目醒めの顛末でございます」


 と、ディジーリア。ここでチチチチチチンと拍子木を打ち鳴らすが、どうにも観衆達が一息吐こうとは動かない。


「……だぁ~、息が詰まるな」

「莫~迦。まだだぜ?」

「ああ?」

「鉦の音も少ない上に、結局ナイフの謎がそのままだぜ」


 観衆達も、なかなか分かってきている様子である。


「さて、一皮剥けた毛虫殺しは如何なる物かと、ティジーリア、再び現れた黒毛虫へと体を向け、やることは同じと『瞬動』二回で跳び上がっては斬――」


 ディジーリアが作り出した靄の巨人に跳び上がり、毛虫殺しを振るったところで、

『ぐふぅ』

 奇妙な声が辺りに響く。

 じっと手元を見るディジーリア。


「――……『瞬動』二回で跳び上がっては斬――」


 再び同じく跳び上がったディジーリア。

『ぅぷ!?』

 同じく響くは、可愛らしくも切羽詰まった呻き声。


「なぁ、今、剣が伸びなかったか?」

「いや……俺には分からんかったが」


 中々目の良い観衆も居る模様。


「――気の込められた刀身から黒い炎の迸るのは変わらねど、振るった拍子に刀身が伸びて、『ふぎゅぅ』『むぐぅ』と呻き声が漏れるというのは、情け無くも気が抜ける。

 食い過ぎ妖刀、腹が苦しい?

 戒めた姿形の変形なれど、どうにもこれは叱れない。必死でこらえる毛虫殺しが、刀身の変化を瞬きの間に抑えた為に、取り回しにも問題なく、してや伸びた刀身が黒毛虫の首を余裕で断つのに到っては、便利と言うに申し分なく。

 込めた魔石の為せる技か、鍛えもしないなまくらながら、毛虫を断つのに不足無き事も、これもまた責めきれない理由でございました。

 しかしディジーリアが持つ刀として、その成りは余りに無様。

『致し方無し。鍛え直す迄の僅かな間の事なれど、其の儘にはしておけぬ。野暮は言わぬ。思うが儘に形作るが良い!』

 言われた毛虫殺し嬉々として、形作るは炎の様な刃の形――」


 ディジーリアが刃先を上に振り掲げると、毛虫殺しは刃先を幾重にも枝分かれさせながら伸ばし、さながら黒い炎を象りしが如き有様で、其処彼処そこかしこから悲鳴の様な呻き声が漏れ聞こえてくる。

 しかし、それもディジーリアが、その先を続けるまでの事。


「――ディジーリアの身の丈を遥かに超える、実用性皆無の装飾過多の派手三昧。さながら実戦を知らぬ絵巻物作家が描いた途轍もなく恐ろしい最強の剣とでも言いたげな様子は、どうにも恥ずかしいやら情け無いやら。

 これにはさしものディジーリアも、思わず頭を抱え込んだ。

 しかし多少とも毛虫殺しを苛めた自責が口出しするのを押し留め、鍛え直すまでの僅かな事と、まぁそれまではとディジーリア、肩を落として息を吐いたのでございます。

 目を覆わんばかりの趣味を露わにした、恥ずかし妖刀毛虫殺し。自ら動き獲物を狩るなら、何れ我に返る時も来るだろうと生温かくも見守りつつ、ディジーリア、其の形の儘に火を通し、焼きを入れては調える。

 やがて其の身を顕わにした、妄想の塊を前にして、ディジーリアは困ったものだと苦笑い――」


 そんな所感を聞いてしまえば、同じく微妙な眼差しを向けざるを得なくなる。

 炎な形の毛虫殺しに怯えた観衆も憧れた観衆も、同じく顔を赤らめて、そっと視線を脇に逸らす。

 堪らず身を捩った毛虫殺しが『むぎゅー』と声を上げるのにも、今や笑い声がこぼれている。


「上手いもんじゃのう」

「いや、将軍、ありゃ分かってやってる訳じゃねぇな」

「ああ、敵意を逸らそうなんて考えちゃいねぇぜ。下手すりゃ、起きた事をそのまま演じているつもりかもだぜ」

「有り得そうなのがまた、なぁ。……ま、有り得そうだなんて言っている時点で、相当毒されてるのかも知れんが、人の手の内なんて敵対する訳でも無いなら、面白い方がいいわな?」

「そうさね」


 最早、帰りの道を共に駆け抜けたガズンガル達でさえ、何処迄が本当なのか、さっぱりと分からない。


「――しかし、此れにて全ては出揃ったり。

 一つは手製の回復薬。『根源魔術』の業を頼りに、試行錯誤で導いた、期限知らずのお手製品。森の奥で大怪我負いしおっぱい達を、無事に返す必需品」


 と、ディジーリア、小気味良くチチン♪

 此処が山場の大一番と、ディジーリア、節まで付けての軽妙な語り出し。

 しかし、ガズンガル達三人は、「おっぱい達」と一纏めにされて、聞いてガクリと姿勢を崩す。


「一つは宙に引っ掛け魔力のわざ

 此れ無くしては、宙を自在に行けましょうか。後々憎き竜毛虫の、首を刈るには欠かせぬ力」


 と、ディジーリア、チチチン♪

 更には宙でステップを踏んだり、ぶら下がったり、そのわざを魅せつける。

 観衆からも歓声が飛び、拍手が鳴る。


「一つは毛虫の天敵毛虫殺し。

 振る舞いに残念は混じれども、その名の通りの毛虫殺し。まごう事無き天下一品の名刀でございますれば、此れこそが胆となる一つでございます。

 気を通せば黒炎が迸り、自在に伸びる其の刀身。毛虫の魔石と闇の森の魔石を注ぎ込んで、鍛え上げし妖しの刀。

 毛虫の首魁を葬るに、全ては必要無けれども、此度ばかりは話は別。全て揃ってこその大団円でござります」


 毛虫殺しを手に舞っていたディジーリア、静かに姿勢を正すと、チチチチチチチチチ、チチン♪ と強く拍子木打ち鳴らす。

 観衆達も居住まいを正し、息を詰めて次を待つ。

 今に成って駆け付けてきた者が騒ぐのも、取り押さえられ押し込められ、辺りには静寂が広がるのみ。


「では、次なるは弥々いよいよ最後の段にして、大団円でございます。

 ここまで語るに長きを割けど、最後は瞬く間に全てが流れてございます。

 どうぞ皆皆様方、一瞬の間に状況は変わりますれば、お聞き逃しの無いよう、耳掻っ穿ってお楽しみの程、宜しくお願いいたします。

 ――こほん」


 そうして始まった最後の段に、観衆達は既にして鼻息も荒く、今にも雄叫びを上げようと待ち構えている様子。

 それを横目にガズンガル達は、肩を落として見守っている。


「……悪い予感しかしないぜ」


 何と言ってもここからはガズンガル達と合流してのシーン。戦慄する彼らを置いて、物語はいよいよクライマックスへと入っていく。


「さて、ディジーリアと愉快な毛虫殺しの探索行も、大詰めというところでございましたが、闇の森の入り口で大毛虫の成れの果てを見た後は、とんとおっぱいガズン達の痕跡を見る事がございませぬ。

 はて、これは道を違えたかと怪しみながらも、ディジーリア、目に付いた薬草を採取して、覚えた「活性化」で手製の回復薬を作りながら、視界を横切る毛虫達はみなごろし

 其の度に毛虫殺しが伸びること伸びること。ケム血に触れれば吸わずには居られないのか『ふぎゅぅ』『むぎゅぅ』と情け無く呻きながらも、止める事が出来ぬ様子。

 ディジーリアも、こればかりは仕方が無いと、見逃す事にしたのでございます。

 何と言っても仕舞えるならば、何れ役立つ時も有りましょう、と。

 そうしながらも、作り上げた回復薬。

 街から持ち出した三本限りの小瓶には、買った儘に「活性化」で期限を延ばした通常品が一本に、闇の森のマール草を使った特製傷薬を「活性化」して作った特製品が一本。最後の一本は、特製品に更に黄蜂蜜を加えて「活性化」したらば黄金色の輝きを宿す様に成った謎回復薬でございましたが、其れを作り上げていざ試さんとしたところで、行先いくさきから遠く木々の薙ぎ倒される音が聞こえてきたのでございます。

『ふむ、虚ろ毛虫共の為す事にしては聊か騒がしい。どれ、何が在るか調べて見ん』

 そこでディジーリア、タッと梢に跳び上がっては、木々の上から見渡すこと暫し。ディジーリアが目にしたのは、思ったよりも近くでかしいでいく大木の姿でございました。

 其の倒れた木々による間隙が、闇の森の中心部へと続いているのを見れば、何が起きたるかは一目瞭然。恐らくは黒毛虫を遥かに超える化け物毛虫が、真っ直ぐにこちらへと向かって来ている模様でございます。

 そしてその先、倒れる木の根元を走る影。

『――……置いてぇ……行けぇ……』

『出来るわきゃあ、ねぇーだろー、がぁあ!!!!』

 微かに聞こえる其の声が、捜しに捜した捜し者の無事の姿を、ディジーリアへと伝えてきたのでございました」


 と、ディジーリア、おもむろにチチン♪ 手を握り締めた観衆達が息をく。

 腰を下ろしたガズンガル達も、弥々いよいよ合流するとあって、買い込んだ摘まみを摘まみながら、その時の事を思い出していた。


「成る程ねぇ? 木の上に居たんだねぇ」

「木の下に居ても、気が付かなかっただろうぜ?」

「……捜しに捜したって、忘れてたんだろうが……」

「そう言ってやるな。心配されぬのは或る意味信頼のあかしじゃ。無事を信じていても黒大鬼くろオーガの跋扈する森に、幾日も入り込む事など出来ぬよ」

「……物見遊山気分なのが何ともあれだが、将軍の言う通り心配なんざしてなかったんだろうなぁ」

「ディジーの気紛れに助けられたのさね?」

「ああ、気紛れ様々だぜ」


 そんな一同を、一度見渡してから、ディジーリアは話の続きを語り始める。


「梢から飛び降りて、そっと近付く其の儘に、ディジーリアが木の間から垣間見たおっぱいガズン達の姿は、思いも寄らぬ酷い有様でございました。

 繁みの中に身を隠し、満身創痍の有様で、身に着ける装備もボロボロの、見るからに敗残の兵といった趣でございます。身の内の痛みに顔を歪めるおっぱいガズン。そのおっぱいガズンに背負われた、全身え木のクッククッククー。見た所、一番マシなのは疲れた顔のダニーダニールでございましたが、其の全員が全身蜘蛛の巣に突っ込んだかの様に、闇の森の歪で覆い尽くされていたのでございます――」


 ここまでは、ガズンガル達が自らの冒険譚を披露していた時から居た観衆達は聞いていた。

 しかし、そこで語られなかった、外から見たガズンガル達の描写に、ただ英雄譚を聞いているつもりだった者達は居住まいを正す。

 これは決して、主人公達が無事に帰り着く事が当然な英雄物語では無く、帰り着く事など何も保証されていない、場合によっては人知れず喪われていた物語であることに気が付いて。

 尤も語り手はディジーリアであるからして、ククラッカは「俺は何処の朝告げ鳥だ!?」と嘆き、「おっぱいが外れんのなら、せめて名前を変えてくれんかね」とガズンガルが嘆いてと、決してシリアスに浸かりきる事もまた無いものだったが。


「ここでも蜘蛛の巣のような歪が出てくるなんて、あれはやっぱり只の軽口じゃあ無かったんだねぇ」

「……まぁ、何かを剥がされた時は、確かに楽になったかもな」

「探索明けに休みを入れず、湖から直行したからなぁ。只の疲労と思っちまったのが間違いだったわ」


 周りの人は不思議そうにそんなガズンガル達を見るが、そのシーンもこれからディジーリアが語るのだった。


「――近寄れば近寄る程に、蜘蛛の巣に掛かった羽虫が如き有様に、さしものディジーリアも顔を強張らせてございます。闇の森の歪に捕らわれた生き物の行く末は、さては牙持つ芋虫か等とちまたで言われておりますれば、繭にも見える其のなりにはおぞましき想像ばかりが先に奔るというものでございました。

 驚愕を顕わに振り返ったダニーダニールを手始めに、覆い尽くす歪の網を、魔力の指で剥がさんとするディジーリア。その手つきにも流石に緊張が走ってございます。

 まずは魔術師ダニーダニール。流石の魔術師、体の内で常に魔力を回していたのか、体の中まで喰い込む歪は本の僅かでございました。

 お次は斥候クククククー。見れば負傷は大きけれど、斥候の技が森の歪も避け得るのか、酷い絡まりは無い模様。怪我負いし後も背負うおっぱいガズンが盾になったか、芯まで届く食い込みは皆無でございます。

 しかし問題はおっぱいガズン。此処まで来るのに毛虫の死骸が無い事からも分かる通り、ケム目を避けての探索行と推測出来れど、どうもこのおっぱいガズン、気と魔力を抑える事で気配を殺していた様子。魔力に会えば押し退けられ、気を当てれば消滅する歪では有りますが、其のどちらも無ければ妨げられぬのは物の道理。其の道理の如く、おっぱいガズンの全身には、闇の森の歪みが深く深く大量に喰い込んでいたのでございます――」


 と、ここまで聞いて、ガズンガルが「げぇ!?」と動揺の呻きを漏らす。


「マジな話だった様だねぇ?」

「というか、思ったよりも深刻だぜ? ガズンばかりが魔石病に悩まされるのも、関係ないとは言えなそうだぜ」

「おいおいおいおい、スタイルから見直しになるのかよ!?」

「次への指標が見えたと思えば、羨ましい限りさね?」


 ガズンガル達の一角では、この手の話はディジーリアの創作では無いと、奇妙な信頼が築かれていた。

 尤も他に高ランクの冒険者が居れば、そこでも違う話で盛り上がったのではあるだろうが、もう一人のランク三であるゾーラバダムがスカーチル、ラターチャの兄弟と共に王都へ護衛の旅に出た今となっては、昏い森深くに通じた冒険者は数少ない。

 それはランクBで有っても魔の領域で名を馳せた訳では無い領主ライクォラスでも違いは無く、どこか感心したような表情でガズンガル達を見遣っていた。


「――そうは言っても、そこはそれ、魔力の扱いに関してはそれなりとの自負がございますディジーリアでありますれば、慎重に慎重を重ねた魔力の指先の業で以て、深く喰い込んだ歪のことごとくを摘まみ出してござります。

 此れで一安心と言いたいところではございますが、未だ予断は許せませぬ。

 街でゆっくり休息を取って貰うのが一番ではございますが、今の彼らに言うのは酷な話。

 まずは回復薬を使って貰うのが一番と、ディジーリア、懐から取り出したのが、先の三つの回復薬でございました。

『さて、ここに三本の回復薬が有る。一本は、街の回復薬に活を入れて長持ちさせた通常品。一本は、森の薬草でそれがしが作った特製品。最後の一本は特製品に手を加えて作った特別品、何が起こるか分からぬ謎の逸品よ! ささ、お好きな物を使いなされ』

 此れに始めに応えたのが、怪我も見えず疲労ばかりなダニーダニール。

『あたしゃ一番ましだからね。普通の回復薬でいいよ』

 確かに言う通りであると、ディジーリア、通常品を手渡した。

 次はおっぱいガズンのせなから苦しい声を上げたククククッククー。

『お、俺は、特製品、だ。何が、起こるか、分からん、特別品は、荷が重い、ぜ』

 負傷の具合は酷けれど、歪の影響はそれ程でも無い。さてどうしたものかと思えしも、本人の言う通り、確かに効果が分からぬならば不安も有るかと、ディジーリア、此れも言われた通りに特製品を手渡した。

 さて、残るはおっぱいガズンのみ。残る回復薬も特別品のみでございます。

 その状況に焦ったのかおっぱいガズン、

『俺は謎の逸品か!? ばぁさん、本当に大丈夫なんだろうな!?』

 抗議の声を上げたのでございました。――」


 ここで観衆達首を捻る。


「ばぁさん?」

「……ばぁさんって、何だ??」


 辺りに騒めきは広がっていき、ガズンガルは頭を抱えた。


「――これを聞いて焦ったのがディジーリア。言うことには、確かに、と訴えを理解はしたのでございますが、しかしここで騒ぐは悪手も悪手。状況が見えておりませぬ。

 何と言ってもディジーリアも見ない振りをしていたものではございますが、直ぐ其処を行き過ぎた先で、ディジーリアが斃してきた黒毛虫共を見付けた毛虫の親玉が、大地を揺るがす大暴れをしてございます。

 其れはもう、見た目は頭が木々の梢に届く大蜥蜴。いやいや毛虫の親玉が蜥蜴の筈は無い、竜毛虫と名付けようとぞディジーリア、内心首を振ったりしてはございますが、其れはもう尋常では無い化け物毛虫でございます。

 其の目と鼻の先とは言えませぬが、まぁ竜毛虫からすれば一飛びだろう其の其処で、大騒ぎする程愚かな事はございません。

 更に加えて、ここで何故かのばぁさん呼ばわりでございます。

 考えてみれば今この時も、ダニーダニールはにこにこと緊張感が無く、おっぱいガズンはおかしな事を口走り、ククククククッククーはいつも通りに見えると雖も、酒でへべれけになっている時も変わらず見えますれば、此れも当てにはなりませぬが、さては歪の影響が既に頭に出ているのではと、ディジーリア心胆寒からしめておりましたが、その様な状況では確かに何が起こるか試してもいない特別品はまずかろうと、一度空けて作り直さんとした其の時、

『要らねぇとは言ってねぇぞぉ!』

 ギッと表情を引き攣らせたおっぱいガズン、眼をひん剥きながら、ディジーリアの手から思わぬ強引さで、特別品回復薬の小瓶を奪い取ったのでございます。

 そしてあたふたと蓋を開けると、何故か三人揃って呷る次第。

 これは最早手遅れだったかと、ディジーリア、注視して見守る中で、ダニーダニールとクククククククッククッククーの二人、『腹が減った』と丸で芋虫な言葉を吐きしものの、安らかな様子でその場にしゃがみ込んだのでございます――」


 そこで微妙に顔を引き攣らせたガズンガルが、


「おい、俺は?」


 と口にするのを、先程まで頭を抱えていたククラッカと、楽しそうなダニールシャが、何とも言えない目で見遣っていた。


「「「クが多いよ!」」」


 子供達は大喜びで聞き入っている。


「――何ともぎりぎり最期の瀬戸際ではございましたが、未だ二人は人の様子にて、何とか間に合ったかとディジーリア、安堵に胸を撫で下ろしたその横で、カロンと小瓶の落ちる音が響いたのでございました。

 振り向けば、口の端から涎を垂らしたおっぱいガズン、体をふらつかせながら宙へと視線を飛ばしてございます。

 これは薬が効きすぎたかと思うディジーリアのその前で、おっぱいガズンの口から漏れたその言葉。

『グボ…………ラ…………ボ……ラァ……』――」


 きょとんとする子供達の横で、頭を抱えるガズンガル。


「おいおいおい、やめてくれぇっ!?」


「――それは呪われた芋虫の言葉。歪まされた冒険者の歓喜の産声。新たなる芋虫大曹長の誕生の時。

 おっぱいガズンは次第に妖しい光をその眼に湛え、引き攣った笑みをその顔に浮かべ、再び口からその言葉を溢れさす。

『グボ、ラ、ボラァ……』――」


 子供達も気が付いて、恐怖で顔を強張らせる。


「イ……イ、イヤーーッ!!」「ふぅー!! ふぅー!!」「ひっひっひ、ふにー!!」


 ガズンガルとの間で行き来するその目に、ガズンガルは膝立ちになって訴えた。


「勘弁してくれえ!」


「――それはギリギリ間に合わなかったのか、将又はたまた謎の回復薬が悪い方向に後押ししたのか、憐れなりしおっぱいガズン、昏い昏い闇の森で、両腕を振り上げて吠え上げしは――」


 そこでディジーリアが背後に創りし靄の巨漢が、おもむろに立ち上がって大音声で吠え上げた。


『グボラボラーーーーッッッ!!!!』


 叫んでそのままどたどたと、ディジーリアの頭の上を飛び越えて、右往左往と宙を駆ける靄で出来たガズンガル。

 観衆達は阿鼻叫喚の巷と化し、目を瞬かせもせず靄の巨漢に見入っている。


「――今や芋芋ガズンと成りぬりし、おっぱいの運命如何に、と見送る事など出来るものではございませぬ。ディジーリア、透かさず木の枝に魔力を飛ばし、宙に体を引っ張り上げての木々渡り。まだ見た目は人なれば、戻せぬ筈が有りませぬ――」


 そこで再び靄の巨漢が、


『グボラーッッッ!!!!』


 と、雄叫びを上げる。

 靄の巨漢が大通りを蛇行しながら観衆の端まで辿り着くその時に合わせて、ディジーリアが追い付くと、其処からは身を返しての戻り道。

 先には果物野菜と飛んできたのが、今度ばかりはおののきと共に見上げられ、飛び交うものは恐怖の叫びばかりなり。

 しかし其れすらもディジーリアの掌の上。


「――さても逸散走り出した芋芋ガズン。何を目指して走っているかと見てみれば、其の先に待ち構えるは毛虫の親玉、竜毛虫――」


 ここで観衆達は、「ひっ」と息を呑み込んだ。

 先程までディジーリアが舞台としていた竜鬼ドラグオーガの頭が、何時の間にかずずいと宙に浮き上がり、睨め付けるように観衆達を睥睨していたとくれば、身動きすらも出来るもので有る筈は無く。


「――そうと見て取る間にも、やおら芋芋ガズンの体が光り始め、これは変身の前徴かと思いし時に、件の竜毛虫が口を開いた――」


 流石に突っ込みを入れるガズンガル。


「違う、違うぜ、その光は『賦活法』で溢れ出した“気”の光だっての!」


 しかし、膝立ちでぶつぶつ言っても誰も聞いてはいない。

 観衆達は、全て浮かんだ竜鬼の頭に、意識が引き付けられている。


『ぐゎんらぐぁらぐぁら。何処より紛れ込んだかは知らぬが、一目散に馳せ参じるは、中々に見所の有る奴よ。どぉれ、我が祝福ブレスを受け新たなる芋虫三等兵として生まれ変わるが良い!!』


 死んでいる筈の竜鬼の頭が、生きているかの如く口を開き言葉を発するのを見て、突如目の前に生きた竜鬼が現れたが如く気を遠くする者も見受けられるが、全てはディジーリアの仕業である。


「――ランク三が祟ったか、大曹長と思いきや、何とまさかの芋虫三等兵。いやいやそんな未来は御免蒙ると、ディジーリア、更に木の間を飛び急ぎ。

 『グボラー!!』と叫ぶ芋芋ガズンは益々纏う光を強め、『ぐぁらぐぁら』と愉悦混じりの竜毛虫は口元から祝福の闇を溢してございます。

 光と闇が合わさる時、どんな悍しい未来が待ち受けるのか、いやいやそんなことはさせませぬ! ――」


 ふと我に返ったダニールシャが、


「声まで再現するんだねぇ」


 と言ったところで、ククラッカも正気に戻る。


「紛らわしい奴だぜ」


 ガズンガルは膝立ちで拳を握り締めて訴えているが、誰も聞いてはいなかった。


祝福ブレスじゃなくて吐息ブレスだろう!?」


 眩しく光る靄の巨漢は到頭竜毛虫の足下に到り、靄の顔に喜悦を湛えて手にする大剣を捧げ持つ。

 宙を漂う竜鬼の頭、口元から闇の炎を溢しながら、今にも祝福を与えんとして――


「――あわやここまでというその瞬間、ディジーリア、木々の枝無き竜鬼の上に、素早く魔力の腕を伸ばし、勢い儘にぐるんと回れば、そこはもう竜毛虫の首の裏。

 降り立つ勢い其の儘に、毛虫殺しを振り降ろせば、

 ――ザグンゴリゴリブヅンッ!!

 毛虫殺しの刀身は伸び、黒い炎が身を焦がし、ディジーリアの手に骨を断ち切る手応えを残し、怪異大太刀毛虫殺しは確と振り切られたのでございます。

 流石のディジーリアも、こうも全力を越えたものを絞り出せば、暫くは動けませぬ。

 ふぅ~~っと、大きく息を吐き、

 はぁ~~っと、思い切り息を吸い込み、

 また、ふぅ~~っと、息を吐き出すと、

 竜毛虫の頭が、ガクンと一段ずれ落ちたのでございました――」


 観衆達は、緊張感と共にしんと静まり返っている。

 痛い程の静寂が、辺り一面を支配している。

 果たして芋芋ガズンはおっぱいに戻れたのかと。

 いや、そこにガズンガルが居る事からも無事は決まっているのだが、其のガズンガル自身を含めて手に汗握って続きの言葉を待っていた。


「――果たして芋芋おっぱいの運命は如何にと、落ち行く竜毛虫の頭の向こうを覗き見れば、其処には既に光も無く、惚けた顔で見上げるおっぱいガズンの其の姿。

『おーい、奇遇だなぁ。そんな所に居ずに降りてこんかね?』

 何とも暢気な其の台詞に、ディジーリア、ほっと一息吐いたのでございます」


 と、ここで漸く久々のチチン♪ を鳴らし、呆けた観衆をその前に、締めの顛末を語り始めるディジーリア。


「終わってみれば呆気なく、後は只管帰るだけでございます。

 ダニーダニールとクックククを回収し、木の梢で飯を食って一眠りすれば、次の日は朝の内にも台車を組み立て、目ぼしい魔石や素材の類を回収し、竜毛虫討伐の証拠の頭をどどんと載せて、ガダゴトガダゴトダガンドゴン――」


 ここで大通りの其処彼処に靄の巨木が現れて、流れる様にディジーリアの後ろへと抜けていく。台車もガタゴト動かして、其れはあたかもディジーリアの乗る台車が森の道を行くかの如く。

 おっと、木の間から靄の巨人が――


「――ディジーリアが魔力の業で台車を走らせ、現れる毛虫共はそら飛ぶ毛虫殺しがばったばったと薙ぎ倒し、剥ぎ取りにおっぱいガズン達が駆け回り、闇の森を抜けたならば其処でまた一休み。起きて後は湖まで一路北へとひた走り、湖へと辿り着いたらここで最後の休息を取りしが、しかし夜が明けてみれば跪礼きれいにて控えたる冒険者衆の姿有り。

『あっしらも、お供いたしやすぜぇ!!』――」


 と、ここでディジーリア、身振りでガズンガル達に、台車の周りに集まるように促した。併せて車座に控えていた冒険者達にもその場の起立を促している。

 尤も、幻の道行きに落ち着きを取り戻しつつあった、一般の観衆は気が付いていない。僅かな身振りで意思の遣り取りをする冒険者ならではの符号であって、あからさまなものでも無ければ、冒険者の大部分も突然動き始めた熟練の冒険者にきょとんと目を瞬きながら、促されて動いている状況だ。


「……ま、『威圧』に負けてへたばってたのを跪礼と言われちゃ、仕方がねぇなぁ」

「うへへへへ……親衛隊ってか?」

「くくく、美味しいところに参加させてくれるとは粋な計らいだぜ」


 合図も無しに息を合わせて動き始めたように見える冒険者達を見て、観衆達は驚きつつも期待に表情を輝かせる。


「――鬨の声と共に湖から走り出でれば、光の森を抜けるまでにも次々と合流していく冒険者達――」


 そこで透かさずディジーリアの合図に合わせ、走っている振りをしているガズンガルが大声を上げる。


「走れ! 走れ! 凱旋だあ!!」


 それに合わせて同じく走る振りを始めた冒険者達が、つい先程実際に森の道での自分達の如く鬨の声を上げる。


「「「おおー!!」」」


 見守る観衆達も、嬉しくなってきたのか徐々に体を揺らし始める。


「――邪魔する木の枝を斬り払いつつ、ディジーリアの竜毛虫の頭の上での舞い踊り。引き返す向きだというのに合流する冒険者は後を絶たず、一緒になって走り出してございます――」


 と、ここでガズンガルの逆側を走っていた冒険者が声を出す。


「オラオラオラーー!! ディジーリア様のお通りだぞおお!!」

「「「おおー!!」」」


 辺りを過ぎる幻の情景は、端折はしょられながらも現実の風景を模して、其処彼処で「あれは豊穣の森入り口の大岩だ」だとか「森を出てサシャ草の群生地に出たな」等と、連れに教える言葉がこぼれている。

 そこまで来ると、台車に乗り込んだククラッカにダニールシャ、足踏みをする冒険者達も、自然にまだ持っていたサシャ草を振り始めた。


「おら! 声出していけよー!!」

「「「「「うおーーー!!!!」」」」」


 一緒に森から走ってきながら、何が始まるのか察せずに、輪に入らず見守っていた冒険者達も仲間に入り、肩を叩きながら声を上げる。

 ディジーリアは、やって来た時と同じ様に、宙を踏んで舞い踊りながら、光の球を飛ばし、黒い炎や白い炎の輪を作り、掛け声と共に闇と光で賑やかし。

 それを見て、今度は観衆達が、


「「「「「うおおおおおおーーーー!!!!」」」」」


 と、大きく声を上げる。


「――光の森を抜け、闇の森の表口を駆け抜けて、街の南門が見えるころには率いる冒険者も膨れ上がり、これは竜毛虫討伐の凱旋か、将又はたまた生誕祭の先触れか――」


 幻の道行きは、南門の前を通り、外壁沿いに進路を変えて、今この北門へと向かっている。

 それを見て取った観衆達も、「やっやったー! はっはっとー!」の掛け声に合わせて手拍子足拍子。

 率いる冒険者達はリズムに合わせてジャンプして、サシャ草振り振り紛う方なき生誕祭のパレードな様子。

 泣いていた子供達ももう笑い、飛び跳ねながらはしゃいでいる。


 そんな観衆達の頭の上を、大通りの後ろから、巨大な門構えが煽り過ぎていく。

 その幻の門が現実の北門と重なったところで、ディジーリアは舞い止めて、冒険者達も足を止める。


「――ようよう辿り着いた北門で、待ち構えるは街の衆」


 ここでディジーリア、チチン♪ と鳴らす。


「さぁ! ここが正念場。

 長らく患いし毛虫禍の、終わりを告げる時が来た」


 と、またまた、チチン♪


「『竜毛虫、仕留めてござる!!』

 とディジーリア、大音声で呼ばわると、何故か街の衆、

『おお! 毛虫禍よ!』

 と感嘆符で祈りを捧げ――」


 何人かの観衆が「違う、毛虫扱いにだよ」と吹き出した。


「――続けて問われし『お主の話を聞かせてくれや!』の唱和に、ディジーリアも居住まいを正す」


 合いの手のように、チチチン♪ の音が鳴らされる。


「ならば語って聞かせましょうと、ディジーリア、口を開いて声高に曰く、

『お求めに依りまして、毛虫殺し人ディジーリアの一席を申し上げます』」


 激しく掻き鳴らされる拍子木代わりの打ち鉦の音。

 ――チチチチ♪ チチチチ♪ チチチチ♪ チン♪


「其処から後は、皆々様方も知っての通り!

 毛虫殺し人ディジーリアの物語、これにて落着とさせて頂きます!!」


 ――チチチチチチチチ♪ チチチチチチチチ♪ チチチチチチチチ♪ チンチンチン♪


 拍手は万雷。足踏みは轟き。歓声は万里の先まで響き渡る。

 これより後、幾度か公演された毛虫殺し人ディジーリアの初公演であり、後々伝説的に伝えられる様になるその初めの初め。

 魔の領域の氾濫という大災害の終わりを告げる、絢爛たる独り舞台はここにその幕を下ろした。

 歓声も拍手も中々鳴り止まず、其処には何処迄も晴れやかな笑顔が広がっていた。

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