(113)蜂蜜採取名人リアンカリカ
さて。秋の一月の最終日。
この日はロルスローク先生の研究室にお呼ばれしていたのですけれど、約束の時間までにちょっと暇が有るからと向かった冒険者協会で為出かしてしまった一件で、他にも重要な用事が出来てしまいました。
「――という訳で、何とかなりませんかね、オルドさん」
「そうは言っても、最近は黄蜂に気に入られる奴も少ないぞ? 前に赤蜂を引き込んだ件もまだ尾を引いている様だからなぁ。寧ろお前が一番気に入られている可能性が高いな。
――いや、ちょっと待て? ……そう言えば、昔、蜂蜜採取の名人が居たな」
「おお! そ、その人を紹介して欲しいのですよ!?」
「紹介しろと言われても、それは恐らくお前の母親だぞ? ふん、生誕祭で見掛けてずっと引っ掛かっていたが、漸くすっきりしたわ。それにしても十年以上過ぎているのに、お前の母親は変わらんな」
「へ!? ……母様、ですか?」
黄蜂蜜は、特別製の回復薬の他にも、特製ドリンクだ何だと需要が有るのに、つい格好を付けてサイファスさんの娘の為に、全部使い切ってしまったのです。
普通の蜂蜜では活性化も出来ませんから、ちょっとしたピンチでした。
それで冒険者ディジー人形をデリラに飛ばして、オルドさんと相談してみたのですけれど、そこで出て来たのが母様です。ちょっと吃驚なのですよ。
ですけど、ちょっと母様に会いに行く勇気が湧きません。母様にはちゃんとノッカーも渡しましたのに、今迄一度も連絡が来ないのです。
それに、今はこんな人形の姿なのですから、母様に何を言われてしまうのかが、ちょっと怖かったりもしたのですよ。
まぁ、そんな不安が有っても、ふよふよと空を飛んで実家へと向かうのですけどね。ここで何とか前に進めるのは、学院で色々な人と関わった成果とは思いますけれど、私の本体が勢い込んで研究所へと歩いているその勢いに乗せたというのが真実でしょうね。
まだ朝ご飯を終えた程度の早い時間ですから、母様も家に居ると思うのですけれど、今頃何をしているのでしょうかねぇ。母様はお婆様から教わった裁縫で、時間が有れば私の服を沢山作ってくれたりもしたのですよ。
言ってみれば、私の装備造りの原点の様なものなのです。
――と、そんな事を考えている間に着いてしまいました。
でも、何か変ですねぇ? 静か過ぎますよ?
「母様ぁ?」
コンコンと叩いたノックの音に反応が有りませんけれど、家の中に居るのは確かなのです。
扉を開けて、家に入って、母様の気配がする居間へと向かいます。
「母様?」
居間に入ると、母様は何をするでも無く、食卓の椅子に座っていました。
そして私を見ると、ふにゃりと笑って言ったのです。
「あれ? リア、帰って来たの? お帰りなさい」
……あれ? ちょっとそれだけですか?
え? ……ちょっと!?
…………。
き、緊急事態ですよっ!!
~※~※~※~
冒険者協会を出た足で、そのまま研究所の門を潜ろうとしていた私は、余りの事態に一瞬身を強張らせました。
本当なら今日の予定をキャンセルしたいところでしたけれど、そういう訳にも行きません。
「ロルスローク先生の研究室はどちらでしょうか?」
それならば一度ロルスローク先生にお会いした上で、一旦中座を申し出るしか有りません。
学院とは違って、細長い建屋が何棟も建ち並ぶ研究所の中を、教えて貰った棟へと小走りで駆け抜けます。
棟の受付でロルスローク先生との約束を告げて、ロルスローク先生の研究室へと階段を駆け上がりました。
「ああ、ディジーリア、待っていたよ」
と、両手を広げて歓迎してくれているロルスローク先生と研究室の面々ですけれど、今はその歓迎に応えられないのです。
「ロルスローク先生、お早うございます。そしてご免なさい。
私も今日を楽しみにしていたのですけれど、家族の一大事で直ぐに出ないといけません。
昼には一度戻って来れるとは思うのですけれど、ちょっとそれも分からなくて。
一応魔力を見る為の光石箱を作って来ましたから、それを置いて行きますけれど、ちょっと申し訳有りません」
ロルスローク先生に隠していても仕方が無いと、『亜空間倉庫』から用意してきた光石箱を取り出して、近くの机の上に置きました。一辺が両腕を広げた大きさは有りますから、光石と言ってもちょっとずしりと重いです。
これは砂利粒程の光石を箱の中に敷き詰めて、軽く溶かして一体化した物です。光石の層構造を崩さない様にして、気泡を巧く取り除くのがこつですね。
「初めは光石板でも良いかと思ったのですが、光石が光るのは魔力が層を通り抜ける時なので、板を潜らせるのでは大本の丸い形しか見えません。ですが、通り抜けず留まるだけなら光石は光りませんから、箱で完全に覆って固定してしまえば、妨害術式で崩れた部分だけを見る事が出来るのではと考えたのです」
ですが、そんな説明をしている間にも、焦りばかりが募るのです。
「こんな物を置いていくだけでお任せするのは心苦しいのですが、申し訳有りません、昼には戻りますので、今は失礼致します」
「ああ。行っておいで。戻って来るのを待っているよ」
ロルスローク先生が優しく言ってくれたその言葉で、私は研究室を飛び出しました。
そして人目が無い事を確認したら、そのまま「通常空間倉庫」へと飛び込んだのです。
そんなディジーリアが去った研究室。
ささっとロルスロークが視線を左右へ走らせると、次々と研究員達が宣言しながら動き始める。
「私は台車を取ってきます!」
「私は念の為、巻き揚げ機を!」
「暗幕の追加だ! 木枠も探せ!」
ディジーリアが心配する事も無く、その品物は彼らの目をぎらつかせるのに充分な代物なのであった。
~※~※~※~
ロルスローク先生の研究室を辞した私は、デリラの家の応接室に「通常空間倉庫」の出口を開いて、直ぐ様家を出て空へと飛び立ちました。
向かう先はお婆様の居る小さな村です。行った事は有りませんが、場所は聞いていますし、空からなら見付けられるに違い有りません。
そしてそんな私の気持ちが届いたのか、眼下に百軒にも満たない家が建ち並ぶ、小さな村が見えてきました。
「済みません、この村にクリセルカお婆様はいらっしゃいませんか? クリセルカお婆様のお家をご存知でしたら教えて欲しいのです」
「クリセルカ? んなら、そこの青い屋根の
「あ、有り難うございます!」
教えて貰った工場に飛び込んでみれば、良く見知ったお婆様の姿が。
ただ、想像していた一人で服を仕立てている感じでは無くて、部下を使って大々的に事業を展開している様に見えます。
とても気になるのですが、今はそれは後回しですね。
「お婆様!」
と、飛び込んだ私を出迎えて、クリセルカお婆様は目を
「おや? まさかディジーリアかい? 一体どうしたのさね!?」
クリセルカお婆様も私が王都へ行った事を知っているのか、少し呆然としています。
「母様が大変なのです! 一大事なのですよ!」
それを聞いたクリセルカお婆様は、表情を厳しく革めたのです。
「ほれ、行っておやり、家族の一大事なら仕方無かろうて」
「うむ、後の事は任せんしゃい」
そんな部下の姿にクリセルカお婆様が苦笑を漏らします。
「そんな事を言って、さぼるんじゃ無いよ!」
さっと身を翻して、直ぐ様着替えて戻って来たクリセルカお婆様は、とても格好良かったのですよ。
そんなお婆様でも、丸太に跨がる様に言われた時には目をパチクリとさせたのですけれどね。
「空を飛んで行きますから、気をしっかり持って下さいね」
前に跨がる私に掴まって貰って、母様の下へと一っ飛び。
「おやま」と一言口にした他には叫びもしないお婆様。楽しげに辺りを見渡していますから、空を飛ぶのにも適性なんかが有るのでしょう。
私も毎回丸太では無く、そろそろ跨がり易い乗り物でも用意した方が良いのかも知れませんけれど、中々他人と空を飛ぶ事も無いのですよ。
実家の中では母様は穏やかに、でも人形の私と普通にお喋りしているのです。
お婆様だけが頼りなのですよ!
リアがお家に帰って来て、楽しくお喋りをしていたら、玄関から呼ぶ声が聞こえたんだ。
リアを抱っこして玄関に向かうと、お義母様が遊びに来てたんだよ。
今日はお客様が一杯ねってリアの手を取って振ったら、お義母様がどうしてか心配そうに見詰めてくるんだ。
「……暫く振りだね。元気にしていたかい? お前さんが大変だってディジーリアが駆け込んできたけれど、一体何が有ったんだね?」
「え? リアが? ――リア、何時の間にお義母様の所へお邪魔したの?」
そう言って、リアの手を握って聞いてみる。
でも、リアがそれに応えてくれる前に、お義母様が空を仰いで、深い溜め息を吐いたんだ。
「嗚呼……確かにこれは一大事だよ。全くどうして……。――ほら、上がらして貰うよ。今日はお前さんの気が済むまで、じっくり話を聞かせて貰おうじゃ無いか」
そう言って、お義母様が玄関から入って来たから、私はいらっしゃいませと、お義母様を出迎えたんだ。
お婆様を母様に引き合わせたら、直ちにお婆様も諒解して、母様の相手を引き受けてくれました。
母様に何が有ったのか知りませんけれど、私では何をどうすれば良いかも分かりませんでしたから、これでちょっと一安心です――なんて言いたかったのですが、母様が抱き締めている人形が冒険者ディジー人形です。全部聞こえてしまうのですよ!?
初めの内は、穏やかに、でも夢でも見ているかの様に話をしていた母様ですけれど、父様との約束の話になってから声が震えだして、今はお婆様に軽く抱き締められながら堰を切ったように言葉が溢れ出ています。
……これ、私が聞いてちゃいけないんじゃ無いでしょうかね?
でも、気になるのですよ!?
それに話が進んでいく方向がこれまた危険で、……父様、捨てられてしまいそうですよ?
『――はいよ。漸くお前さんの事が分かったさね。全く一途ないい子じゃ無いか。あの子には勿体無さ過ぎるよ。
いいかい? 真面目なのは悪くは無いが、お前さんのそれはあの子を甘やかしているだけさ。一緒に旅をしようって結婚したんだろう? 小さい子供を連れ歩くのは可哀相だと言われて、子供が大きくなったら二人だけの約束だと言われて、それで子供が独り立ちすればいつまでも夢を見ているんじゃ無いって、そんな馬鹿な事を言う男はこっちから捨ててやればいいんだよ!』
『でも、今、生活出来ているのはディルバの御蔭で、それに、ディルバは、悪い人じゃ無い……』
『いいや、悪い子だね! お前さんの様な子を、騙して、期待を持たせながら裏切ったんだ。悪くない筈が無いじゃ無いさね! そこを不安になるのは、あの子がそれを悪いと思っていないからさ。卑怯者で、間違っていて、正しくない、酷い子なんだよ。序でに愚か者も付けるところさ!
いいかい? 悪いのは、自覚が有ろうと無かろうと、悪い事をしたあの子なんだ。お前さんは何一つ悪くなんて無いんだよ。
それに生活の事にしたって……。
お前さん、確か余所からデリラに来て、暫くは生活していたんだろう? その時と同じにすればいいだけなんだから、気にする事なんて無いじゃないか』
『あ……』
『どうせその時の仕事を辞めたのだって、あの子が何かを言ったに違い無いけどね、仕事を続けていればそんな悩みを抱く事も無かっただろうさ。それこそ子供達が独り立ちしたのなら、また仕事を始めて好きに生きる事だって出来るんだよ』
『で、でも家事だってしないと』
『子供も居ないのに約束を守らない男の為にかい? そんな終わりの無い苦行をしたところで誰が喜ぶのかね。それに、それはいつまで続けるつもりなんだい?
このままじゃあ、いつまでも続いてしまうんだよ。そして何処かで堪えきれなくなって、爆発してしまうのさ。それでは誰も幸せになんか成れやしないさ。
あの子は考えもしていないみたいだけどねぇ、お前さんは昔から変わり無さ過ぎなんだよ。どう見ても長命種の血が入っているじゃ無いか。
これからまだまだ生きていかなきゃいけないのに、こんな所で馬鹿な男に引っ掛かったからって躓いていてどうするんだい。こういう時はね、いい勉強になったって見切りを付けて、さっさと次へ進むもんさ。
お前さんより先に私の方があの子と親子の縁を切りたいぐらいだけど、お前さんがあの子と夫婦の縁を切ったとしても、お前さんが私の娘なのは変わらないよ。ディオールやデュルカ、それにディジーリアがお前さんの子供に変わりない様にね。
子供達の方が余程分かってるよ。ディジーリアは父親と一緒には居られないと言っていたけれど、お前さんの様子がおかしいとなると大慌てで私の所に駆け込んで来たよ。ディオールやデュルカもそうなんじゃ無いのかい?
もういつだってこの家を出ていいんだよ。そして好きに生きればいいのさ。
この家にどうしても思い入れの有る物が有るなら、私が預かってあげるから、気にせず自分が一番に思っている事をちゃんと考えな』
思いを全部吐き出した母様に、お婆様自身も思う所が有ったのか、怒濤の勢いで一家離散へと追い込んでいる様な気がします。
流石にちょっと実家が無くなってしまうのは、と慄きつつも、父様しか居ない家だとしたら其処は実家とは思えなくなっていたのに気が付いて、どうにもお婆様の言葉に反論が出て来ません。
全ては母様次第と推移を見守っていると、また少し状況が動くのでした。
『私の今の一番?
…………家族、に、会いたい、かな……』
『家族? ――と言うと、キャラバンかい?』
『うん……色々と、お話もしたいし、相談も……。でも、皆、何処に居るか分からないから、探しに行ったら何年掛かるか分からないし……』
『ほう……いい理由だねぇ。元々旅をする約束をしていたんだ。家族と会うにも旅をしないといけないと分かっても身勝手な事ばかり言う様なら、もうそんな意味の無い言葉に耳を貸す必要なんて無いね。見切りを付けるのにも丁度いいさね。
でも、これで何をしないといけないかが見えてきたんじゃ無いのかい?』
『う……あ、旅の資金を、そう、まずは仕事を再開して、お金を貯めるの。それから、もうちょっと強くなる。ランク六くらい』
『そうそう、その調子』
『子供達と、ちゃんと、話をする』
『うんうん、それが重要さね』
『うん……ごめんね、リアぁ』
『ちょっと待ちな。何でそこで人形に話し掛けるんだい!?』
『え? ……だって、リアは、リアだよ?』
『…………どういう事だい、まだまだ全然おかしいじゃ無いか!? ちょいと、ディジーリアや!?』
うあ!? お呼ばれされてしまいましたよ!?
どういう顔をして行けばいいのか悩み処ですけれど、こそっと居間の扉を開けて、こそこそっと歩いてお婆様達に近付きます。
こそこそっとはしましたけれど、『隠蔽』は抑えているので、お婆様達の視線も私を捉えているのです。
「ほら、ディジーリアはこっちだよ! 人形なんかに話し掛けるんじゃ無いよ」
「あれ? リア、王都じゃ無いの?」
「え? あれ? 母様、気が付いていたのですか?」
何だかぐだぐだです。
眉間を押さえていたお婆様が、パンパンと手を叩いて、状況を整理しました。
「ちょいと待ちな。お前さんはどうして母親の一大事だと思ったんだい?」
「えっと、私が人形を飛ばして母様に会いに行きましたら、人形なのに母様が普通に話し掛けて来ましたから、これは緊急事態ですと」
「……人形を飛ばして?」
「ええ、こんな風に――」「母様ぁ」「――って」
途中でディジー人形に手を振らせて喋らせながら、お婆様に答えます。
私が此処に居るのに人形に喋らせるのも微妙ですね。それでまぁ、お婆様を連れて来てからはディジー人形にも喋らせていなかったのですけれど、やっぱり私が此処に居るなら私が喋った方が自然です。
「………………吃驚したよ。
私がリアンカリカの一大事と思ったのは、人形に話し掛けたりなんてしていたからだよ。まぁ、それは誤解だったみたいだけれどさ。一大事は確かに一大事だったから、私を呼んでくれて本当に良かったよ。
で、お前さんは?」
「え? 私は、リアがお人形で遊びに来たから、お喋りして、そしたらお義母様が来て――」
「だから、どうして人形なのに普通にお喋り出来るのさね!?」
「で、でも、お人形でも、見ればリアだって分かるよ!?」
その言葉を聞いて、私は何故か、気持ちの生まれる心のもっと奥の方が、ドコドコと揺さ振られる様な感じがして、思わす母様に抱き付きました。冒険者ディジー人形でもぎゅっと抱き付きましたから、ダブル抱き付きです。
正直、私は母様の事は、父様よりもましと感じていただけのところが有りました。父様の様に否定はされませんけれど、助けてもくれないのが母様でした。時々甘えたくなったら甘えさせてくれるけれど、何を考えているのか分からないのが母様だったのです。
でも、違ったのです。何がどう違うのか自分でも良く分かりませんが、兎に角母様は違ったのです。
「もう……リアは甘えん坊ね」
そうでは無いのですよ! 分かってません! 全然母様は分かってないのですよ!!
「まぁ、おかしいと言えばディジーリアがここに居るのもおかしいかね」
「それは確かにおかしいので、ここに私は来ていない事にしないといけないのですよ。なので、ここは一つ内緒という事でお願いしますね」
「……どういう事さね」
「王都とデリラを一瞬で行き来出来るなんて知られたら、色々と面倒事に巻き込まれそうで嫌なのですよ。私を心配しての事とは知っていますけれど、冒険者協会支部長のオルドさんにも、こらーって怒られてしまいます。
だから、初めは人形を使って母様に会いに来たのですけれど――」
「私にまで人形で会いに来るのは、流石に憚られたんだね」
「まぁ、そういう事ですね」
母様に抱き付きながら顔だけちょっと横を向いて、お婆様とそんな事を話していましたら、母様がディジー人形を抱き締めながら、んふ~と鼻から息を吐きました。
「ふふ~♪ じゃあ、これからはリアといつでもお喋り出来るのね」
「……その人形は回収しますよ? それに、お喋りなら今迄だって出来ました。母様が全然ノッカーを使ってくれませんから、私も来るのに気を使ってしまったのですよ」
「え? ノッカー??」
忘れているらしい母様に呆れて、手の内に軽く作ったノッカーを掲げました。
「ほら、こういうのをお渡ししませんでしたか? 私に繋がるからとお渡ししたのに、すっかり仕舞い込んでいませんかね?」
「あ、ああっ!? 見た事有るよ!」
「これを優しくノックすると、私に伝わりますから、それでお喋り出来る様になるのですよ。――ノックは優しくですよ? 吃驚してしまいますからね」
ただ、そんな風に掲げたノッカーを興味深く見るのは、お婆様もでした。
「へぇー? 私の分は無いのかい?」
「え、お婆様も欲しいのですか?」
「そりゃあ、王都の流行は気になるさ。暇な時でいいから、どんな服に人気が有るのか教えて貰いたいもんだよ」
何だかそんな事を言うお婆様に、その場で銀貨を使ってノッカーを飾り立てて、そのまま渡してしまいました。
今日みたいな事が有ったらと思うと、確かにお婆様の助けは必要なのです。
ちょっと
そして、私が参加した事で、お婆様と母様との会話は自然と落ち着いた物になりました。
ちょっと当たり障りの無い話でここ最近の話題をちょこちょこお話しする感じです。
「お婆様の服はとても人気が有るのですよ? お婆様の作品だというと、皆、残念そうにするのですよ」
「残念?」
「お店が有るのなら教えて欲しかったのにって」
「ああ、それは嬉しい事を言ってくれるねぇ」
まぁ、そんな感じの話です。
それでもそんな話も次第に落ち着いて、お昼になる前にはお婆様も切り上げる気配を見せ始めていました。
そこで初めて、私が今回母様を訪れた理由が話題に上って、どうしようかと思いながらも黄蜂蜜が必要な事を話しました。
「――それでオルドさんから母様が黄蜂蜜取りの名人だと教えて貰ったのですよ」
「ふふ、懐かしいわ。黄蜂達が喜ぶ事をするのがこつよ」
「暫くは結構な量が必要なのですけれど、母様にお願いする事は出来ますか?」
「ええ!」
それに応える母様は、とても嬉しそうな笑顔をしていたのでした。
~※~※~※~
「遅くなりました!」
と、ロルスローク先生の研究室に戻った時には、朝には見られなかった台車や滑車が研究室の中に取り付けられ、暗幕を垂らした囲いの中にロルスローク先生達が顔を突っ込んでいるところでした。
声を掛けても反応が無くて、暫くしてから詰めていた息を吐いた様な表情で出て来た人達は、何だか晴れ晴れとした顔をしていました。
「おお! 戻って来ていたのかい。いや、良いねこれは。最高だよ! 君も見てみるかね?」
そんな言葉に誘われて、暗幕の中へ顔を突っ込むと、ロルスローク先生が「『光明』」と唱えると、『儀式魔法』の玉になった魔力が――おっと、いけませんね、意識して『魔力視』を抑えないと、何を見ているのか分からなくなってしまいます。『魔力視』を意識的に切ってみれば、見えるのはぼんやりとした玉の形と、そこに浮き上がってくる紋様の姿。期待していた魔法陣の視覚化は、これで何とかなったのでしょうか?
「君が言った通りにまずは球状の魔力が立ち現れ、一拍遅らせて遅延術式を掛けると魔法陣の姿が浮き上がってきた。これは私達が求めていた正にその物だよ。全く、蓄魔器を作る時に光石の性質は分かっていたのに、何故これを作らなかったのか」
「いえ、教授。この時は確か――」
「いや、言わなくていい。まだ呆けてはおらんよ。しかし、彼女は昨日の今日でこれを作ってきたのだ。それでもあの時の判断が正しかったと言えるのかね?」
「そうは言ってもその子も大分とおかしいですって。巻揚げ機が必要なこんな光石の塊を、どこからともなく取り出してドンと置いた時には目を疑いましたよ?」
そう言われて、初めて思い至ったかの様な目でロルスローク先生は私を見ました。
ちょっと背中がむずむずしますね。
「これでも私は特級の冒険者なので、『亜空間倉庫』だって使えるのですよ。
――でも、誰にも特級だって初見では気付いて貰えないので、特級らしい威厳を醸し出せる様になるまでは、この事は絶対の秘密なのですよ。
ロルスローク先生にまで秘密にしては話が始まりませんので打ち明けてしまいましたけれど、他には絶対に秘密にして下さいね」
そう言って唇を指先で摘まむ真似をした私に、ロルスローク先生は朗らかに「いいだろう」と答えました。
でもですね、そんな事をしている間も、輝石越しの母様とお婆様の会話が進んでいっているのです。
お婆様が、母様の蜂蜜取りにはちゃんと報酬が必要だと言い始めて、母様はそれに対して私がデリラの家に置いたままの包丁が欲しいと言い出しました。武器の代わりにするつもりらしいです。
私はその包丁は私の魔力を練り込んだ物なので、母様が使うなら母様の魔力を練り込んだ母様の武具にしないといけないと言うと、それが報酬という事になりました。なので、今日からでも母様の魔力を集め始める事になったのです。
そんな母様は、今準備を調えて、花畑へと出掛けようとしています。渡したノッカーでは豪華過ぎて持ち運べないと言われてしまい、遠隔で金の台座を鎖に変えて、首飾りにしてしまいました。
その格好は、何だか普通の普段着です。母様には私が防具も造らないと駄目かも知れません。
そして、着々と進んでいく話が、黄蜂蜜採取名人リアンカリカの復活を
でも、それが示すのは、私の実家が無くなってしまうという事。
楽しい魔道具の時間の筈なのに、私の頭の中にはそんな想いが渦巻いているのでした。
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