(40)おや……何かおかしいですよ……うひゃあっっ!?!? ――なのです。

 竜毛虫の頭の上から、街の人々を眺めてみれば、見渡す限りの群衆です。

 そんな群衆が皆して私に視線を向けてくるのは、素に戻ってしまうと慣れることが出来ません。

 拍手もずっと鳴り止まず、どうにも居心地が悪いのです。


 どうして誰も切り上げようとしないのかと考えて、漸く演者が演台に残って居るままだからなのではと気が付きました。

 そこでぺこりとお辞儀をして、竜毛虫の頭から飛び降りると、それが正解と拍手は収まっていったのです。


「よぉ! じいさん、偉い人気じゃねぇか。しかし、おっぱい呼ばわりは兎も角、芋虫は勘弁してくれぇ」


 ガズンさんは、まだそんな甘い事を言っています。

 私はむっとしてしまいましたが、諫めたのはククさんでした。


「其処までだな。支部長も言っていたじゃねぇか。魔石病なんて掛かるのは、魔の領域で無茶をする奴らだと。ディジーさんの話を聞いて合点がてんがいったぜ」

「ドルムを見倣って、のんびり程々に行くしか無いわさ。鬼族狙いは暫くお預けさね」

「それに、ほらよ! 鬼族の魔石はいびつで角ばかり目立ちやがる。ガズンの魔石病も鬼族の領域で出来た魔石だ。安定するとはとても思えんぜ」


 ガズンさんの様子から、単に芋虫扱いを嫌がっているのでは無く、どうも懲りずに昏い森の深層の攻略を進めようとしていると見て取ったのか、仲間達は皆辛辣です。

 ただ、躊躇いがちにドルムさんが、


「いやな、俺ものんびり程々にがいいとは思うんだがな、ランクが上がってどうにもぬるく成り過ぎてな、毛虫退治に行く気はねぇが、巨獣領域なら付き合うぜ?」


 と、そんなことを言ったので悄気しょげていたガズンさんも、顔を明るくさせて持ち直したみたいです。

 その後は、ちょっとそっちの方は盛り上がっていたのですけれど、私は其処には関われなくなってしまいました。


「そ、素材の扱いはっ!?」


 領主様でさえ押し退けて、勢い込んで転がり込んできたのは冒険者協会出張所の職員です。

 時間が経つと、大部分が土塊つちくれになってしまう毛虫即ち鬼族の素材ですので、やきもきしながら見ていたのでしょう。

 実のところ、放散されようとする毛虫の魔力は私の魔力で留めていましたので、其処まで劣化はしていないとは思うのですけれど。


「残りのからだは何処にっ!?」


 ま、それも森の中に残してきた物については言わずもがなというものですね。

 職員さんは焦っている様ですが、焦ったところでどうなるものでも有りません。

 それでも主張するべきところは、申し立てておくべきでしょう。


「私が使う角と魔石は渡せません。瓶に入った目玉は全部、ガズンさん達の分です。ガズンさん達に聞いて下さい。頭と回収してきためぼしい素材は換金します。残った魔石からガズンさん達の分を取り分けたら、余りは街の皆でパーッと使っちゃいましょう! 大宴会ですよ!」


 ガズンさん達は、命の恩人から分け前なんて貰えねぇ、なんて言っていましたが、そんな事を言われても、こちらが困ってしまうというものです。私一人なら、確実に昏い森の奥にすら入ってはいませんし、道中斃した毛虫の魔石もきっとそのまま放置です。

 ガズンさん達が盛り上がっている内に、押し付けてしまうのが一番ですね!

 なら、早い内に自分の取り分を回収しておきましょうと、再び跳び上がって、竜毛虫の大きな角に飛び付いた時に、大きな笑い声が響きました。


「うわっはっはっは! 英雄に似付かわしき豪気な若者よの! よいよい、細かなことはこのライクォラスがうけたまわろう。お主も大役ご苦労じゃった。後は儂に任せるが良い!」


 中々に領主様は頼りになります。

 冒険譚の御披露目が終わってみれば、どうにも半端に終わらせていた鍛冶仕事が気に掛かります。御披露目の内容が内容だったからか、毛虫殺しからも責付せっつかれている様な気までするのです。


 飛び付いた一番大きな角に、ぐいぐい力を掛けながらこくこくと頷き、魔力の業も使いながら角をズボリと引き抜いては、領主様への敬語なんて分からないので「かたじけない。宜しく頼み申した」とか言って周りを慌てさせたり、少し毛色の違う小さな角を同じくボコリと毟り取ったり、角を取った穴を手掛かりに竜毛虫の頭を二つに割って、中の魔石を回収しては響めきを起こさせたり。

 そうして角と諸々の魔石を回収したら、投げ込まれた果物やらと一緒に魔力の腕で浮かせては、荷物を背負ってぺこりとお辞儀して、さぁおいとま――


「ああっ!! どうせならもう少し切り分けていって下さいよ!?」


 職員さんに呼び止められてしまいました。

 荷物を浮かせたまま、言われる儘に切り分けていきます。

 生きているなら兎も角、死んでいるなら強化は解けていますので、態々毛虫殺しを抜かなくても、魔力の業で断ち割る事は容易です。

 見た目は細腕でゴリッと割っている様に見えるのかも知れませんが、やっているのは森の木を伐り倒したのと同じ事。……ですが、チビ大鬼オーガだとか不名誉な呟きが漏れ聞こえてきますので、素直に毛虫殺しを抜いた方が良かったでしょうかね?


「荷車はガズンさん達がいいと言えば、好きにしてくれていいですよ?」


 折角せっかく作った荷車ですが、車輪の径と幅が同じ大重量用の特別品ですので、普段遣いは出来ません。車軸も軟らかい辺材を削ぎ落としただけの極太仕様ですので、人が引っ張るには重すぎます。

 私の様に魔力で牽ければ遣い道も有るのかも知れませんけど、解体して昏い森製の木材とした方が遣い出が有りそうです。


「助かりました! お疲れ様です!」

「いえいえ、宜しくお願いしますね?」

「うむ、ゆるりと休むが良い」


 調子のいい職員さんと、鷹揚に頷く領主様に別れを告げて、他に呼び止められる前に荷物ごと『隠蔽』で姿を隠しました。

 寧ろ冒険譚が終わってからの方が、包囲網を詰めてくる観衆に、捕まってしまえば抜け出せる気が丸でしません。

 一番捕まえに来そうなガズンさん達が、未だ別の話題で盛り上がっていますので、その隙にとんずらです。

 一旦宙にぶら下がって、忘れ物が無いのを確かめてから、騒めく大通りを後にしたのでした。


 裏通りに入ってしまえば、そこはもう人も疎ら。『隠蔽』は掛けたまま、地面に降り立って、てくてく歩いて行く事にしました。昼迄はまだ間の有るこの時間ですが、日差しには暑さを感じるくらいになっていて、生誕祭には遅い位の陽気です。

 通りを隔てた向こうからは、明るい騒めきが聞こえてきます。そんな裏通りから更に農園地区との境の小路に入り、リダお姉さん達の宿の前を通って、冒険者協会へと登る道の途中で、魔力も使って壁の上へと跳び上がります。

 そこからは、壁の上をてくてくてく。


 禍々しい毛虫達の魔石や角を大量に浮かせて歩く、黒尽くめの少女。む、事案ですかね?

 ……おや? 過ぎる私の影に、きょろきょろ辺りを見渡している人が居ますね?

 影にも隠蔽を掛けないといけないのでしょうか? ……どうやら今は、浮かせた荷物が大量且つ壁の上の道行きなので、影が隠蔽の範囲から外れている様ですね。

 これからは空の道行きも増えるでしょうに、面倒ですが何か考えないといけないかも知れません。

 なんて思いつつもてくてくてく。


 大通りでは、勢いの儘にノリではっちゃけてしまいましたが、元々私はそんなに表に出る様な性格では有りません。そんな性格なら、『隠蔽』が外れないなんて事も無かった筈です。

 コルリスの酒場とか、そんなお店の中くらいで丁度良いのですよ。

 それを弾けてしまったが故の反動か、どうにも感情が動かない様な、後悔では無いですけどどうにもならない想いの様な、極々小さく途切れずに続くピリピリとした緊張感の様な――


「…………いえ、おかしいですね?」


 気が付いてみれば、単なる反動とは違う、拭い難い違和感が漂っています。

 何かがおかしいのに、何がおかしいのか分からない。

 丸で見えている景色が、全て幻と入れ替わってしまっている様な、そんな違和感。

 その小さな違和感が不安を招き、しかもそれが少しずつ大きくなっているのです。


 酷く現実感が欠けた中を、秘密基地へと向かう道。

 途切れる事無く益々強くなっていく違和感に、息苦しささえ感じ始めた頃、私は秘密基地の真上まで辿り着いたのです。


「よっ、たぁ!」


 壁の上から横に倒れて、頭を下に落ちる途中で壁から突き出た棒を掴み、そのままぐるんと壁の凹みに体を引き入れ、凹みの奥を蹴って勢いを止めたら着地です。左の陰の黒い扉を、鍵を開けて中へ入れば、そこはもう秘密基地。浮かせた荷物を細く連ならせて秘密基地へと引き込んで、しっかり扉を閉めました。


 秘密基地の中に入っても、違和感が治まりません。

 荷物を適当に入った直ぐの作業場へと並べて、奥の居住区画へと向かおうとして、ふと――振り返りました。


 離れてみて分かりましたが、違和感の一つは置いた荷物からしています。

 竜毛虫のその角から、毛虫特有のちりちりとした違和感。死んでかなり小さくなっていますけれど、その違和感に間違い有りません。

 街に着いて一度そばを離れたのに、気が付かなかったのは浮かれていたからでしょうか?

 そして、直ぐ近くのその違和感に邪魔をされて、今迄分からなかったもう一つの違和感は――


 ……視線を戻した私の前には、居住区画へと続く石の扉。魔力で探ってみても、特におかしな物は無さ気なのに、送り込んだ魔力の制御が持って行かれそうな感覚がして、一層気持ちを引き締めます。

 それが歪なら、魔力に会えば押し退けられる筈。その感覚は、魔力を伝って捉える事が出来る筈ですから、それが無いという事は、部屋の中に歪が溢れているという訳では無い筈です。


 静かに静かに石の扉の把手を手に持って、ゆっくりゆっくり、じっくりと見ていないと分からない位ゆっくりと、その扉を引き開きます。

 その間も、秘密基地の中なのに『隠蔽』は全開。ちりちりとした違和感も遮断出来ないものかと、纏う魔力をがちがちに固めて、その魔力で漏らさない様にしながら、気も体の中に充実させて。中の様子を探る為に送り込んだ魔力でさえ拙かったのではと思いつつ、開いたその扉から見えたのは、棚に収められて今にも弾け飛びそうな黒い玉の姿でした。


 それは確かに毛虫の違和感を発していてもおかしくない物。街を出るその前日に、大量に余った毛虫の蔕の、髄を纏めて蔕タールで包んだその玉です。

 玉の中でどんな変化が起きているのかは分かりませんが、魔力も通さぬ蔕タールで包んだ事で、ぎりぎりの均衡を保っている様に見えます。それとも蔕タールで包んでしまったが故に、反応を促進させてしまったのでしょうか。

 今は、蔕タールの殻の外にひずみも出してはいませんけれど、僅かにでも刺激してしまえば途端に弾けて、この辺り一帯が昏い森の様にゆがまされてしまう予感が有りました。


 息をするのも控えめに、寧ろ止めてしまってもいい程に、慎重に慎重に躙り寄る様に動きながら、気取られない様魔力も伸ばして、包囲網を築き上げます。

 今にも弾けそうなその玉が、仮令たとえ弾けてしまっても、押さえ込める様に厚く厚く、『隠蔽』された魔力でがちがちに、毛虫殺しの刃を差し込む分だけ隙間を空けて、幾重にも幾重にも重ねて固め――


 そっと宛がった毛虫殺しの刃は、音も無く差し込まれました。

 それは気合いでも無く、意志でも無く、

 そうで有るのが当然の如く、刃がそれを求めるが儘に。

 今迄してきたのと同じく、命の隙間に刃を滑り込ませる様に。


 今迄と違うのは、籠めた魔力と気の総量。

 滅ぼし尽くすとの思念を込めて、暴虐たる破壊を注ぎ込まんと、

 その刃は差し込まれたのです。



『ぅおっ?』

『ん? どうしたのじゃ? “剣の”』

『……街の中にな、異核が在った』

『は? 何を言っておるんじゃ。異核が在るのは界異点向こうの異界じゃ。剥き出しで転がっとる訳無かろうに』

『だから、おかしいのだと……ええい! “輪廻”よ!』

『ふむふむ、どう致しました』

『『『で、出たぁっ!?』』』

『ほうほうほう……ほほう! これは中々に興味深い』

『うむ、“輪廻の”よ。やはりあれは異核だな?』

『ええ、ええ。成る程、鬼族はこうして縄張りを広げていたのですね。異核の種を眷属に運ばせて、運んだ先で異核を活性化して異界を創り、現界との接点に界異点が作られる。鬼族が蔓延る訳ですね』

『今回の件は、あの少女が悪い訳ではあるまい?』

『ふむふむふむ…………そうですね! 自身で処理した様ですし、何より同じ物を作っても、二度同じ事は起こらないでしょう』

『ほほう、それは?』

『ええ、ええ、鬼族というのは向こうにとっては単なる兵器の様ですが、今回ばかりは直接向こうに、天敵から高密度の死を大量に流し込まれた様なものですからね。あのナイフに流れ込む魂の質と量を考えると、向こうは中々面白い事になっていそうですよ』

『うむうむ…………うむ、消えたか。“輪廻の”は相変わらずだな』

『びっくらしたぞい、“剣の”よ』

『本当よ! もう!』

『待って下さい!? 彼女のランクが!?』

『ぬお!? これは界異点を征伐した扱いになったのか!?』



 毛虫殺しを差し込んで分かったこと。

 これは途轍もなくやばい代物です。

 毛虫殺しが伝えてくる事には、これは毛虫の拠点の種となる物です。

 つまりは界異点を造り出す物であり、ここに存在してはいけない代物なのです。

 なのに、とどめが刺し切れていません。

 これ迄、全てが一撃必殺。斃れぬ毛虫は無かったというのに、それこそ一撃で仕留めなければならない災厄の種を、葬る事が出来ていません。

 今も大量の気と魔力を流し込まれ、毛虫殺しのきっさきからはケム死の黒き炎が轟々と噴き上がっている筈なのに、何処に抜けているのか手応えが有りません。

 これは駄目かと思いつつも逃げる事など出来る筈も無く。この場を動く事も出来ず、焦燥ばかりが募ります。


 ああ、これは拙いです!? ああっ、どうすれば!? とてもとても拙いのですよ!!




 そんなディジーリアが焦っている時から、少し時は戻っての大通り。

 ディジーリアが去った少し後で、ガズンガルが気が付いた。


「おいおい、ディジーはもう帰っちまったのか? 水臭みずくせぇなぁ」


 そこへ領主ライクォラスと、ディジーリアと交渉した冒険者協会の職員が合流する。


「何、明日になれば元気な姿を見せるだろうて」


 そんなライクォラスの言葉にも、顔を見合わせるガズンガル達。


「いやぁ~、きっと二三日は出て来ねぇなぁ」

「鍛冶場に籠もってトンテンカンってところだぜ?」

「きっとまた、やつれた様子で現れるんじゃね?」


 それを聞いてライクォラスも職員と顔を見合わせるが、それはまぁよいと素材の扱いについての打ち合わせを始めるのだった。


「――ったく、ディジーめ。俺らの分はいいと言ったのによぉ!」

「そうは言うてやるな。彼奴あやつの気持ちも考えよ。分け前は等分が冒険者の鉄則では無かったかの?」

「~~っ!」

「今回は、有り難く貰っておくのがいいさね。あたいは兎も角、二人とも装備の更新も必要じゃね?」

「俺もそれでいいぜ? 魔石は全部供出するってのが、いい落し所だな」

「……ぐぅぅ、じいさん呼びが出来なくなるじゃねぇか!?」

「まだ言ってやがる。ディジーさんだぜ?」

「あっはっは! ま、そういう事でいいさね?」

「ふむ。では、そういう事で進めてくれるかの? 瓶に入った目玉は此奴等に、魔石は一旦儂が預かろう」

「荷車は?」

「ディジーがいいなら好きにしたらいいさね?」

「だな」

「荷車が要るなら、その場で作るわ」


 職員が去った後には、ライクォラスだけが残った。そのライクォラスの周りに、三々五々騎士姿の者達も集まってくる。


「先はああ言ったが、斃した竜鬼ドラグオーガが守護者とも限らねば、一匹だけかもまだ分からぬ。三日は様子を見る必要が有ろうの。

 領都の備蓄も目減りしておる。三日の間に街の店から注文を取って、商都へ発注すれば生誕祭にも間に合おう。材料費だけでも受け持てば、店も住人も満足が行こう」

「おいおい将軍、それをその魔石に頼るのは違うくねぇかぁ?」

「仕方が無かろう。いずれにせよ、十日後迄は冒険者共には気張って掃除をして貰わねばならぬ。宴会などと気が早いわ。ならば生誕祭と合わせるしか無かろう? 娘御には褒賞の上乗せで応えるわい」


 その際には吝嗇けちなことは言わぬわと、高笑いを上げるライクォラス。

 因みに商都とは、デリリア領の中程に在るデリリア領の商業の中心地だ。領都はこのデリラの街だが、鬼族に対する防衛陣地でもあるこの街を商業の中心とするリスクを鑑みて、別に商都を定めたものであった。

 そんな事を会話している間にも、職員達は忙しなく働き、既に竜鬼ドラグオーガの素材は頭も含め、魔法陣を刻まれたつるりとした幾つもの箱に納められている。

 一目間近で守護者の姿を見てみようと、詰めてきていた住人達も、漸くにして散会を始めていた。


「まぁ、仕入れを受け持ってくれるのは助かるのだろうが、街に畑を持っている奴らを忘れんでくれよ。知り合いの食堂で出されるのは、自分の畑の産物だったりするからなぁ」


 魔の領域の氾濫に足止めを喰らっていた商人達が、慌てて出立の用意を始めるのを、目の端に眺めながらドルムザックが口を挟んだ。

 共にディジーリアの公演を観ながら言葉を交わしたその事と、コルリスの酒場のマスターフィズィタールや、ドルムザックにとっては親代わりな冒険者協会の支部長オルドロスと嘗ては仲間だったという事もあって、言葉にも既に遠慮が無くなっている。

 それを聞いて、ふむ、とライクォラスが頷いた。


「成る程のう。街の食材も一旦は買い上げとするかの。近隣への見舞金も必要じゃな。まぁ、そこいら辺は追い追い調整するわい」


 先走る商人達には、壮年の騎士達が、まだ森から出た鬼族達が討伐された訳では無いと大声で注意を促している。魔の領域を離れれば、大幅に弱体化するとは言え、小鬼ゴブリンならばいざ知らず、大鬼オーガとなれば只の商人には脅威となる。

 それでも気をはやらせた商人達は、先を競って巨大な北門を潜り抜けていく。彼らにとって今一番の商材は、きっと氾濫が終焉に到った情報そのものなのだろう。


「どれ、儂もそろそろ戻ろうかの。いい知らせじゃった!」


 と、全てが片付いた其処に、領主の娘ライラリアが、ガズンガルの弟リリンガルを伴って現れた。


「親父殿、こんな所に居たのか! 突然飛び出していくから、随分と捜したぞ?」


 そんな自分の娘を、ライクォラスはめた目で見遣って言った。


「なんじゃ、むほほか。今頃のこのこやって来るとは、随分と鈍いのう」

「のこのことは何だ!? 私は親父殿に何が有ったのかと心配して――……むほほ?」


 同じ時、直ぐ隣ではリリンガルがやって来たのを見て、「爺やが来たぞ」と囃し立てられていたりもするのだが、ドルムザックと一緒に居た子供達は、少し離れてその様子を見ていたので、ライラリアの言葉にも気が付き、びくりと体を強張らせた。


「「「むほほって言った!?」」」


 何の事だか分からないライラリア。首を傾げながらも、また、


「……むほほ?」


 途端に凄い物を見たと鼻息を荒くする子供達。


「「「また、むほほって言ったっ!!」」」


 そのまま顔を見合わせて、「皆に教えてこなくちゃ」と走り去る。

 それを眺めながら、ライクォラスは踵を返す。


「ほれ、戻るぞ、むほほよ」

「だから親父殿、むほほって何だ? あの子達は何処へ行ったんだ!?」

「ええい! 父上と呼ばんか! 全く脳味噌が筋肉のむほほは仕様が無い奴じゃ……」


 そんなライクォラス達を途中から見送っていたガズンガル達も、場所を大通りの隅へ移して、未だ残る冒険者や街の衆を相手に、再び彼らの冒険譚を語り始める。

 誰某だれそれとも無く酒や摘まみを持ち寄って、語り合う彼らの話題に終わりは無く。

 流石に夜になるとお開きとなったが、次の日はコルリスの酒場に場所を変えて、療養兼ねての語り手と成ったが――


「なぁ、あれは一体どうなってんだ?」

「ん? お姉ちゃんは元々乙女な人なんだよ? 可愛くなったでしょ!」


 隅の席で食事を摂る恥ずかしそうな受付のリダと、優しく見守る支部長オルドロスの姿に困惑していると、


「それでは、次は私とお姉ちゃんの冒険譚ね!」

「おお! それは是非聞きたいな」

「ちょっと、ディー!?」

「いや、私にも聞かせてくれないか?」

「えぇ!? う……うん」


 ディジーリアの影響を受けて、本当か嘘か入り交じった様な冒険譚が、語り手を変えて次から次へと語られていく。

 冒険者達は昼は森へと鬼族共の残党狩りへと向かっては、日に日に鬼族が姿を消していると、明るい表情で語っている。


 そんな日々が、三日過ぎた。


 ガズンガル達が予想した、その三日が過ぎてもディジーリアはその姿を現さなかった。

 その次の日になっても、更に次の日になっても、そのまた次の日になっても、

 ディジーリアはその姿を現さなかった。

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