(61)改良しました。

 今回は、私ことディジーリアが指名依頼やら何やらの対応をしている間に、冒険者達が目の当たりにした事件、そしてその顛末のお話です。



~※~※~※~



 初夏の湖の周りには、冒険者達の数も増え、多くの天幕が張られている。

 過ごし易いこの季節になると天幕の数が増えるのは例年通りだが、その数がいつもよりも多いのは十日前の幻の肉祭りが影響しているに違い無い。

 それまで通いで湖まで来ていた初級冒険者達は天幕を持って、主に湖周りばかりで活動していた中級冒険者は湖の先へと足を伸ばして、今迄よりも一段高い目標を目指す冒険者が湖を拠点にして、この賑わいとなっている。

 確かに肉は旨かった。数日前に街の住人向けに執り行われた大猪鹿肉のオークションも、あの日の噂を聞いた住人達がこぞって集まり、大盛況だったと聞いた。

 だがそれよりも、冒険者達は、あの祭りで見た上級冒険者達の技の数々に魅せられた。

 ランクAである支部長オルドロスの技は言うに及ばず、筆頭であるガズンガル達の最大攻撃や、姫騎士ライラリア様の目で追う事も出来ない斬撃。それらを差し置いて、唯一人大猪鹿を狩る事が出来るのが毛虫殺しの英雄だけというのに納得出来ないものは有ったが、相性だと感心する上級冒険者を目にしては考えを改めざるを得なかった。

 そんな天上の技は別としても、無謀にも力試しに挑んだランクの近い仲間達が繰り出す技に、焦りとも昂揚とも付かない感情を憶えさせられた。

 飛ぶ斬撃に見知らぬ魔術。お前、何時の間に、との声が溢れ、同じランクに有ってもその隔たりを思い知らされた。

 そんな冒険者達が、湖の周りに溢れ返っている。


 この俺もその一人。幻の肉祭りの次の日には、天幕を担いでこの湖にやって来た冒険者の一人だ。

 手本としたのは、毛虫殺しの英雄ディジーリア。年下の少女に倣うのは思うところも無いでは無いが、僅かな間で並み居る冒険者達を追い抜いていったのもまた事実。一足飛びに成り上がろうと思う俺にとって、これ以上の手本は無かった。

 だが、そんな毛虫殺しの英雄は、僅かな期間で上り詰めただけ有って、それ程多くの逸話を残してはいない。その数少ない逸話の中で、取り入れる事が出来そうなのは、たった一つしかなかった。

 ――毛虫殺し人のお嬢は、湖に来た次の日から、全力疾走で森犬共の屍の山を築いていたぜ?

 森犬なら、この俺でも一対一で問題無く狩れる。大森蜘蛛でも何とかいけるだろう。だがそれを、全力疾走でとなると話が変わる。しかしここで怖じ気付く訳には行かなかった。

 何と言っても、遥かに年下の少女が同じ事を成し遂げているのだ。それを支えに、次の日から森の中を駆け回った。


 初日は何とか十匹。走って近付くと、大抵逃げられてしまって数が稼げない。

 次の日は少し増えて十二匹。だが、足音に気を使ったこれでは、全力疾走とは言い難い。

 三日目は初日の気持ちに立ち返り、兎に角追い掛け続けての十五匹。これまでの単独での討伐成績を越えてきた。

 四日目、連日の無茶に体が悲鳴を上げている。何とか朝の内に六匹仕留めて、湖の畔へと帰り着く。先達にあやかって、毛虫殺しの英雄ディジーリアや、目醒めた巨人ドルムザックが使っていたという皮剥ぎの木に森犬共を引っ掛けていると、後ろから声を掛けられた。


「ここ、使ってもいいですかね?」


 振り返ってみれば、噂の英雄、毛虫殺しのディジーリアだった。


「あ、ああ……いや、俺こそ使ってしまっていてすまない」

「別に私の場所という訳でも無いのでいいのですけど、血染めの現場を他に作るのも躊躇われるのですよ」


 確かに、皮剥ぎの木の下は、血が染み付いて赤黒い。

 ぼうっと眺めている内に、見慣れない獣を何頭も手早く捌いてしまったディジーリアは、「お肉のお裾分けですよ~」と湖の冒険者達に惜しげも無く振る舞った後に、皮等の素材だけを手にそのまま街へと帰って行った。


 折角の会話の機会を逃した事を悔やんでいると、次の日は朝からディジーリアは湖へと来ていた。

 何度も湖へと潜っては、魚や水竜を捕まえてくる。この湖にいたのかと思う巨大な水蛇を仕留めてくる。その水蛇を皮剥ぎの木に引っ掛けるに当たって、意を決して声を掛けた。


「なぁ、あんた、湖の周りで森犬を一日に何十匹も仕留めていたと聞いたが、何かこつはあるのか? 真似をしようとしてみたが、逃げられてしまってどうにも数が稼げないんだ」

「……逃げられるという事は、『隠形』が出来ていませんよ? 足音が消せないなら、魔術も使って音を消すなりしないと不意打ちは出来ません。気付かれる事無く斃す事が出来なければ、狩れる数なんて知れていますよ?」

「……魔術も俺は苦手なんだ」

「なら、足音を消す事から始める他は無いですねぇ。私の場合は我流ですけど、地面の上に置いた足の裏で、地面を受け流す様にしています。柔らかく受け止める様にして後ろへ受け流すのです。一歩一歩が修練ですね。走っていても受け流しのわざに問題が無くなっていれば、足音だって消えています。序でに言うと、これは受け流しの業なので、足でのこつを腕に用いれば、戦いでも役立ちます。敵の攻撃を受け流せば隙だらけなので、急所を狙えば一撃ですよ? 更に言うなら、蹴り出す時に“気”を籠める事を意識すれば、“気”の修練も出来ますね。お薦めですよ?」


 無茶を言われた気はしたが、兎にも角にもやってみた。歩く事から始めるなんて悠長な事はしてられないから、全力疾走の中に聞いた話を織り込んで。ディジーリアはその間も殆ど毎日朝の内だけ湖に来て、見慣れぬ獣を捌く傍ら、俺も目醒めた巨人直伝の甘辛ソースの作り方や、薬草を炒めて食べるのが良い等教えて貰ったり、時には回復薬を奢って貰ったり。

 俺の剣を見た時だけは、顔を顰めて「武具の手入れは怠らないこと」と窘められたが、その後、俺の剣に手を翳して、ギャリギャリと何かの業を使った後には、俺の剣が新品以上の別物になって戻って来た。


 どれもがそう簡単に返せる恩でも無ければ、ディジーリア自身が返される事を丸で期待していない。それらはディジーリアがドルムザックやガズンガルといった先達から受け取った事を受け渡しただけで、気になるなら続く誰かに返せばいいのだと、そう告げられた時に、俺ははっきりと彼女が上位者なのだと理解した。

 全くこいつは反則だ。こんなにちっこくて可愛らしいなりをしながら、心意気は確かに上級冒険者だ。それも後に続く俺達に、道を示そうとしてくれる、頼れる先輩っていう奴だ。

 こんなにちっこい先輩に憧れるなんてどうかしていると思いながらも、どうにも胸の感動が抑えられそうには無かったのだ。


 そんな先輩の教えに従いながら、別物の切れ味を示す様になった愛剣と共に、何とか一日三十匹を斃せる様になった昨日、『人物識別』持ちの冒険者にランクが六になっていると教えられた。

 ランク六の冒険者と言えば、一人前に数えられる腕前という事だ。実のところ、ランク六の壁は高く、多くの冒険者がランク七で燻っている。

 あの目醒めた巨人ドルムザックが、まだ眠れる巨人だった頃にランク六だったと言えば、その高さも分かるだろうか。

 そのランク六になったという事は、多少の森歩きが許されるという事だ。

 まだ“気”を使えているという実感は無いが、これもディジーリアの逸話に倣い、俺は森の奥を見に行く事にした。

 そこで俺は――森に起きている異変を、目の当たりにする事になった。

 理解のし難い、森の異変を。



 湖に注ぎ込む川沿いに、南へと辿ると幾つもの丘が有る。その丘を迂回する川の流れのままに、上流へと進んでいった時、俺の耳は奇妙なリズムを捉え始めていた。

 ――……ン! ンン! ……ン! ……ンン!

 何処か音楽性すら感じるそのリズム。ただ、森の奥地で響いている事が、その異様さを示していた。


「……何だ?」


 夕暮れが近付く時間帯だったが、好奇心に駆られて川筋を離れて足を延ばす。

 既にうっそりと暗い森の木々の下を、聞こえてくる音へと向かって進む。

 自らの音は立てない。ディジーリアの教えが生きていた。

 そして木々を抜ける。草原が広がっている。

 茜空の下で小高い丘を背景に――


 俺はさっと物陰に身を隠した。


「……何だ、あれは!?」


 再びそっと覗いたその先には、草原に何十体も立ち並ぶ魔獣達の姿。

 そう、魔獣達は二本足で立ち上がっていた。『バンバンババン』とリズムを口遊くちずさみながら、体を揺すり手を振り乱して踊っていた。

 森犬や大森蜘蛛は言うに及ばず、牙を剥く兎や、立ち上がるのには無理が有りそうな熊猪まで、有りと有らゆる魔獣が集まり、バンバババンバンと踊り狂っていた。


 俺は身を隠しながら後退あとずさる。完全に森に入ってからは、踵を返して走り出す。森を抜けて川筋へと出てから、拾った光石に魔力を籠めて、空高くへと投げ放った。

 何度か光石を投げながら、湖へと向かって直走ひたはしる。

 様子を見に来た冒険者と行き合ったのは、川が湖に流れ込む河口部分だった。


「おい! 救難信号を上げたのはお前か!?」

「あ、ああ! 魔獣が群れを成していた! 何十頭も居て俺では手に負えんがそれだけじゃ無い。種類の違う魔獣が集まって、儀式めいた事をしていた。とても口では説明出来んが、放置するのはやばそうだ!」


 湖に残っていた中で、ランク六以上の者が早速向かう事になった。

 付き合うには癖が強いが、戦闘では頼りになる『一番星』から三人。

 それ以外にも売り出し中の冒険者パーティから六人。

 ソロで活動していた冒険者が四人の、合わせて十四人。

 最初から殲滅を目的とした布陣では無い。一当てして敵を探る、威力偵察を目的とした布陣だった。

 ランク六に届いていなかった『一番星』のメンバーが、夜明けになっても俺達が戻らなければ応援を呼びに走る事になっている。

 まずは状況の確認が必要だった。


「ここだ、ここから森に入る」


 既に薄闇が支配している時間だ。森の中には暗闇が広がっている。


「で、結局何が起きているんだって?」

「……分からん。見て貰う方が早い。今も耳を澄ませば聞こえるだろう? 森の奥から聞こえる魔獣達の鳴き声が」

「……確かに。だが、鳴き声にしては妙だな?」

「それも、見て貰わねば説明出来ん。……いや、見ても分からんかも知れんな」

「……いいだろう。まずは案内して貰おうか」


 森を抜ける頃には、まだぎりぎり薄明が残っていた。

 草原には、変わらず何十もの魔獣達が、バンバンバンと叫び踊り狂っている。


「何っだこれは!?」

「応援を呼びたくもなるだろう?」

「……聞いた事が有るぜ。最近、森で異変が相次いでいるらしい」

「異変、だと?」

「嗚呼、始まりは氾濫の前だ。森の奥に、生皮を剥がれた獣の死体が、何百と野晒しにされていたらしい」

「……放置されてただけじゃねぇのか?」

「何百だぞ? 何百。で、その後には氾濫で、ついこの前には光石の謎の発光現象だ。森に何かが起こっているというのは皆が言っている事だぜ?」


 光石の発光現象は、俺も知っている。それも何度か起こっていたらしいとも。

 だから俺には、そいつの言葉を否定する事は出来なかったんだ。



「よーし、良く狙えよ」


 人を率いる才能という物を、持っている奴は確かに居るのだろう。

 俺達は、パーティを率いていた一人の男をリーダーに、まだ明るさが残る内にと威力偵察を開始し始めていた。


「何時でもいける」

「良し。だが、何が起こるか分からん。撤収のタイミングは誤るなよ? ――やれ」


 次の瞬間、引き絞られた矢は放たれたが、狙われていた膝丈程の牙兎は、信じられない事にその矢を避けた。


『バンバーン!』


 上体だけを捻って避けたその態勢で、歪んだ顔をこちらに向けながら謎の叫びを上げる牙兎。


「やれ! やれ! 黙らせろ!」


 二の矢、三の矢が続いたが、どれもが避けられ、『ババンバーン!』と謎の叫びを招くばかり。


「俺がやろう。少々派手になるがな」


 杖を持った魔術師の男が、ぐっと牙兎を睨み付けて「『火炎弾』!」と叫ぶと、握り拳より少し大きな火の玉が牙兎へと飛び、その足下で弾けた。流石にこれは避け得なかったのか、牙兎は黒焦げとなって横たわる。


「おい! 派手過ぎだ! ……が、反応が薄いな」


 火炎弾が炸裂した瞬間には、『『『『バババババーン!!』』』』と激しい叫びが沸き起こったものだが、それ以上の動きが無い。

 じっと考え込んでいた男が、はっと何かに気が付いた様に表情を変える。


「……そうか! そういうことか」

「何だ? 何か分かったのか?」

「ふっ、いいから俺に任せな」


 そう言った男は、無防備にも次に近かった直立する森犬の前に進み出る。

 魔獣達の反応は無い。

 男はすっと、バンバン踊る森犬を指差して、そして宣言した。


「踊りで勝負だ!!」


 ババン! と森犬が反応する。


「あ、あいつ何を!?」

「まぁ、待て。魔獣共の様子を見るには丁度いい。助けに入る準備はしておけよ」


 リーダーに抑えられて、渋々ながら俺はその場に留まった。

 草原の中、男の腰に付けられた光石の光に照らされたステージでは、今にも前代未聞の勝負が繰り広げられようとしていた。


『バンバババンバ♪ バンバババンバ♪』

「ババンババンバンバン♪ ババンババンバンバン♪」


「何だありゃ。酷ぇ、自分から勝負を持ちかけておきながら酷ぇぞ!?」


 声を落としてリーダーが口にすると、皆揃って頷いた。


『バンバババンバ! バンバババンバ!?』

「ババンババンバンバン♪ ババンババンバンバン♪」


「呪われていやがる……」

「おい、誰か代わってこいや」


 まだ素振すぶりの方がましな動きで、先鋒を買って出た男が踊り――いや、うごめいている。


『バンバババンバ!? バンバババンバ!!』

「ババンババンバンバン♪ ババンババンバンバン♪」


「……なぁ、あの森犬、苦しそうにしていないか?」

「呪いの踊りで息も絶えそうってか?」


 森犬の動きに余裕が無くなってきていた。


『バンバババンバ!! バンババ……クハッ』

「ババンババンバンバン♪ ババンババンバンバン♪」


「「「呪い殺しやがった!!」」」


 まだ踊る男のもとへと集まると、森犬は泡を吹いて倒れていた。

 冒険者の常で、仲間の一人が無意識の動作でとどめを刺す。

 酷ぇと思ったが、思えば当然の事である。


 光石の光に照らされた、次なる相手は猪熊、牙兎、袋狸の森の三匹だった。


「ふっ、お前達に本当の踊りって奴を見せてやるぜ!」


 二番手を買って出たリーダーが自信ありげにそう告げる。

 俺は、その流れに危機感を抱いていた。


『『『ババンバババンバ♪ バンババン♪ ババンバババンバ♪ バンババン♪』』』

「ババンバババンバッ♪ バンババンッ♪ ババンバババンバッ♪ バンババンッ♪」


 同じリズムで、しかしキレを増してお返しをするリーダー。


「そうじゃねぇだろ! 何を馬鹿な事をやってんだ!!」


 俺は牙兎へと突きを放った。


『バーン!!』


 牙兎は仰け反って突きを躱した。

 俺は袋狸を横薙ぎに斬り掛かった。


『ババーン!!』


 袋狸は地面すれすれに身を伏せて、それを躱した。

 俺は猪熊を袈裟斬りに斬り掛かった。


『バババーン!!』


 猪熊は上体を躱した瞬間、肘打ちで俺の剣を叩き落とした。


 俺の肩に、リーダーの手が置かれた。


「野暮は止せ」


 敗者には、言葉など無い。

 俺は、他の皆と一緒にリーダーの後ろへと並んだのだった。


「さぁ、行くぜ! お前らも合わせやがれ!!」

『『『ババンバババンバ♪ バンババン♪ ババンバババンバ♪ バンババン♪』』』

「「「「「ババンバババンバッ♪ バンババンッ♪ ババンバババンバッ♪ バンババンッ♪」」」」」

『『『――ババンババ!?』』』『――プヒッ』『――クキュッ』『――キャパッ』

「「「「「――ババンバババンバッ!! バンババンッ!!」」」」」


 猪熊、牙兎、袋狸を斃した。


『『『『――バンッバンッバンッババッ!? ――ゥパッ』』』』

「「「「「――バンッバンッバンッババババババッ!!」」」」」


 大森蜘蛛四蜘蛛衆を斃した。四蜘蛛全てがリズムを変える強敵だった。


『『『『『ババババン! ババババン!! バンバン!? ババババン! ババババン!? バンバキャ』』』』』

「「「「「ババババンッ♪ ババババンッ♪ バンバンッ♪ ババババンッ♪ ババババンッ♪ バンバンバンッ♪」」」」」


 森犬五ワン衆を斃した。五体が違う動きをする、高度な敵だった。


「お、俺はもう駄目だ。俺を置いて先に行け!」

「馬鹿を言うな! 勝利は全員で掴むんだ!!」

「ぐ、ぉ、ぅぉぉおおおおお!!」

「そうだ! その意気だぁ!!」


 脱落しようとする魔術師を引き留めつつ、戦いは続いた。

 そして、最後の丘の頂上に待ち受けるのは、激しく腰を振り動かす、森の暴虐デリラジャガー。


『ババババババン♪ バババババババン♪』

「こ、こいつは、デリラジャガー!! 音も無く忍び寄る森の暗殺者だと!!」

「お前ら、ここが正念場だ!!」

「行くぜぇ!!」

「「「「「踊りで、勝負だぁ!!!!」」」」」


 白み行く空を背景に、俺達の最後の戦いが始まった。


『ババババババン♪ バババババババン♪』

「ぐぁああ! 足が、すまねぇ! 後は任せたぜ!」


 デリラジャガーとの戦いは、今迄の戦いの集大成だった。

 思えば、これまでが全てこの戦いの為に有ったかの様に、段階を踏んでいた。


『ババババババン♪ バババババババン♪』

「ふ、ふぐっ……こ、腰が、ぬ、ぬぁああ!」

「もう止せ! 後は俺達に任せるんだ!」


 足の動き、腰の捻り、背骨でリズムを取り、腹筋で踊る。

 関節は自由に、時に固めて、また解き放つ。


『ババババババン! バババババババン!』

「まだだ、まだまだ! こんな所で俺達が!」

「「「負けるものかー!!」」」


 長い戦いだった。

 既に何時間かが過ぎ、太陽がその姿を現そうとしていた。


『ババババババン!! バババババババン!? ババ――グルハァッ!』


 そして、夜が明ける。

 俺達の掴んだ勝利だ。


「「「「「俺達の勝ちだ!!」」」」」



~※~※~※~



 冒険者協会の扉が、ガタンと音を立てて開かれる。

 南門から帰って来た冒険者達が、獲物を掲げて入ってくる。

 極稀ごくまれに支部長が受付に座る事が有るが、今日はその支部長の居る受付しか開いていない。だが、冒険者達は怯む事無く、一挙手一投足まで揃えて支部長の下へと歩いて行く。

 気取った様な足取りで、何処か誇らしげな冒険者達のその姿。


「支部長、森の異変について報告が有る」


 ふっ、と息を吐く報告者に合わせて、喋っていない後続の冒険者も、ふっ、と息を吐いた。


「あ、ああ、どうした?」

「最近立て続けに起きていた森の異変。生皮を剥がれた何百もの獣の地獄の光景、光石の謎の発光現象に続く、新たな怪異を俺達が発見し、そして解決してきた、その報告だ」


 途端に支部長オルドロスが、何とも言えない顔をする。


「ふふふ、気に病む事は無い。解決したと言ったろう。森の奥で何十もの魔獣達が謎の儀式を繰り広げていたのを俺達が発見し、そして打倒してきたのだ。恐るべき事に儀式の力で弓矢も剣も通じず、踊りで斃すしか無かったがな」

「な、何を言っているのか分からんぞ!?」

「ふふふふ、確かにあれはじかに見ないと理解出来そうに無い。牙兎や猪熊、森犬や大森蜘蛛といった奴らが、二本足で立ち上がり、『バンバン』と口遊くちずさみながら踊り狂っていたんだよ。こいつがその首魁たるデリラジャガー。激しい腰遣いの強敵だった」


 報告するリーダーの仕草に合わせて、後続の冒険者達も肩を竦め、首を振る。

 だがそんな彼等を置いて、支部長は『バンバン』の辺りで頭を抱えてしまっていた。

 そのまま隣の受付を親指で指し示す。


「……まぁ、ご苦労だったが、取り敢えず隣の窓口の報告を聞いてみろ」


 そんな隣の窓口では、赤髪の冒険者が興奮した様子で窓口の女性に詰め寄っているところだった。



「ああ、リダお姉さん! 漸くべるべる薬の改良が出来ましたよ! 毒煙の治療に特化した、ばんばばん薬です!」

「あら、ディジー、何よそれ?」

「全身に適度に魔力を流す事を目的に作ったお薬です! 毒煙の病の人には、べるべる薬より直接的に効くと思うのですよ! ばんばん言って体を動かしながら全身隈無く魔力を流すのでより効果的ですし、べるべる薬と違って体を動かす分、適度なところで自然に解除されるのですよ!」

「……また変な薬を作ったわねぇ」

「こう、拍子草と鳳仙楓を「活性化」して作ったのですけど、音だけで無くて、色んな刺激に反応してひょいと動くのですよ! 自分で口遊むばんばんという声にも反応するので、勝手に体を動かしながら魔力を巡らせる優れ物なのですよ! 配合によって動き方もまた違って、色々と面白いお薬なのですよ!」

「でも、何だか使うのは怖いわねぇ。注意点とかは無いの?」

「あー、お歳を召した方に激しいのは厳しそうなので、スローテンポからアップテンポの五種類用意しましたよ? あと、刺激に対して逃げる様に動きますから、捕縛用には使えなくなりましたねぇ。効果を途中で止めるのも、柔軟に動く様になりましたので、引き倒して終わらせる事が出来なくなりました。刺激に反応するので、周りでどんちゃん騒ぎをすれば効果も早く終わるでしょうけれど、それしか無いですかねぇ」



 そんな遣り取りを横目で見て、支部長オルドロスが無情に告げる。


「――……あれではないのか? 因みに生皮を剥がれた獣は後始末を怠ったドルムザックの仕業で、光石の発光現象はそこのディジーリアが光石を集めていたのと時期が合う。まぁ、本当にご苦労だったな」

「「「「「…………」」」」」


 表情を消したリーダーが、おもむろに隣の受付から、一番激しいという薬の瓶を掴み取った。そして、それを後ろの男に渡した。


「な、何をするのですか!? ――て、ああ! それは私の実験に三日も付き合ってくれた黒助さん! なんて、なんて、――……魔石を売るなら、買い取りますよ?」


 後ろの男は瓶を手にしながら口元を歪める。


「ああ、確かに話を持ち込んだのは俺だな。落とし前を付けるなら俺か。それにしても、先輩あんたこんな薬まで作るなんて、本当に凄いお人だよ」


 そして、一気に薬を呷る。

 その口元から、激しいリズムが溢れ始め、そして残る冒険者達がそれに続いた。


「……バン……バン……バン……バババン! バン、バン、バン、バババン!」

「「「「「バババババン♪ バババババン♪ バババン♪ バンッババンバンバン♪」」」」」



 ここは、デリラの街。この街の冒険者達は、日々、冷静な思考を試されている。

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