(62)本番前の練習なのです。

 幻の大猪鹿狩り肉祭りの後、森の探索をしてから帰るつもりだったのですが、結局オルドさん達と一緒に街へと帰る事になりました。

 ククさん達との会話から、商都で魔石を集めて送って貰う事を思い付いてしまったからです。

 今から直ぐに頼めば、スカさん達に運んで貰う事も出来るかも知れません。ですが、その手続きをするのもオルドさんが居ないと進まないので、一緒に帰る事にしたのです。

 で、協会まで一緒に戻って手続きをしましたが、正直何が有るのか分からないので、二千両銀を使って手に入るだけ色々な種類でとお願いしてしまいました。二千両銀はスカさん達が運んでいる大猪鹿の代金から支払う事にします。内百両銀分が手数料だとかスカさん達に依頼する運送料だとかそういうのですが、それを除いても黒大鬼や大森狼と同等の魔石が四十個分にはなる筈です。

 同じ種類の魔石には上限を定めました。鬼族の魔石は上限も低く少なめです。その結果、二千両銀分が集まらないなんて事になれば、宝石扱いをされる事も有る魔晶石や宝晶石、宝魔石なんかからも見繕って貰う事にしたので、何が届く事になるのか少し楽しみなのですよ?


 そんな手続きをしてお家に帰れば、今度はククさんからの依頼です。

 応接室の出番ですね? スリッパに履き替えて貰って、天井の光石に灯を入れます。

 ククさんの依頼を受けるのに、まずは今、ククさんが使っている短剣を見せて貰いましたけれど、鉄では無く魔物素材です。魔物では無く魔獣かも知れませんけれど、魔力を帯びた生物の素材という事で、魔物素材と呼んでいる物です。つまり、普通の遣り方では鍛える事が出来ません。私が鍛えるとしても、同じ魔物素材が欲しいところですね。


「鍛え直すのでは無くて、新調するのですね?」

「ああ。長さも倍は欲しいぜ。正直今のままだと俺は役立たずだ」


 確かに、ランクが魔物を斃す力で決まるとすれば、ナイフの様な短剣ではランクも上がらないに違い有りません。

 それに、今はガズンさん達も巨獣領域を探索しているというのですから、そういう意味でも短いナイフでは致命傷を与えられないのでしょう。


「片刃ですか? 両刃ですか? 厚みはどうしますか?」

「両刃の直剣だな。折れなければ細くてもいいが、重さも有るだろうから正直分からんぜ」

つば護拳ナックルガードは?」

「無くしてくれ。その方が好きに扱えるぜ」

「ふ~ん……握りは、前のままでいいですかね?」

「……少し太く……いや、調整出来る様に、今と同じで頼むぜ」

「柄は一体で作ってしまいますので、布を巻くなりはククさんにお任せしますけど、調整位なら後でもしますよ? まぁ、何回か通って貰いますから、その間に形は詰めましょうか」


 と、そこで黙って見ていたガズンさん達に視線を向けました。


「ガズンさんとドルムさんは、今の装備の強化でいいですよね? ダニールさんは杖でも作りますか?」

「えっ!? 俺達のか? いや、無理はしなくていいぞ?」

「俺のは大剣とハンマーが有るが、鍛えたところで余り変わる様には思えんなぁ」

「……武具のランクを余り軽く見ない方がいいですよ? 鍛冶仕事にランクなんて設定されてませんし、『識別』も『鑑定』も出来ないので感覚的なものですけど、守護者を斃せる【妖刀】毛虫殺しを打った私は、恐らく鍛冶師としては特級です。その私が、それまで使っていた恐らくランク九か十の金床と鎚でなら二ヶ月掛かると見ていた毛虫殺しの鍛え直しが、金床と鎚を特級まで鍛え上げてから取り掛かると僅か数日で終わってしまいました。これが武具なら、百も切り掛かって何とか傷を付けていたのが、只の一撃で斃せる様になるっていうことです」

「ハンマーでそんなに変わるとも思えないが……」

「“気”は分かりませんけど、魔力を通し易くするだけで別物ですよ? そこは出来上がってからのお楽しみという事で、私としては実験材料が増えるのは大歓迎です」

「実験材料かぁ……なら、協力も吝かでは無いなぁ」

「何を気取ってるのさ? 分からなくも無いけどねぇ。あたいも気にならない訳じゃ無いけど、杖なんて使った事無いよぉ?」

「多分……作りたくなりますよ? ですけどこれも、お楽しみにしましょうか。出来上がってから拵えなんて幾らでも変えられますからね」

「そうかい? なら、楽しみにしてようかねぇ」


 なんて会話を続けながらも、殆ど私が言った儘に進んでしまっています。

 ……何だか、私の提案が素直に受け入れられ過ぎて、居心地が悪いですね。

 私が言葉を重ねても仕方が無いと、今までの私は何処かで思ってしまっているのでしょう。一度は私の思うところを言いますけれど、それが受け入れられなかった時は、そのまま引き下がってしまう、そんな振る舞いが染み付いていました。

 ですから全ては駄目元で、受け入れて貰えなくても当然の事と思っていたのですけれど……。


 酒場の与太話ならばいざ知らず、今話をしているのは自分の命を預ける武具の事だというのに、全面的に受け入れられてしまっては、どうにも気持ちが落ち着きません。

 期待されていないなら私も好きにするだけですのに、信じられてしまっては途端に不安になってしまいます。

 失敗出来ませんね、これは。責任重大なのですよ。

 ですがまずは、深呼吸です。心が乱れていては、何も出来はしないのです。


「で、あたいらは何をすればいいのさね?」

「ああ、出来る事なら何でもするぜ?」


 そうですね。まずはそこをはっきりさせましょう。


「皆さんには、それぞれ魔力を提供して貰います。見せられない事も多いので、目隠しをして貰いますけど、その状態で魔力枯渇間際まで魔力を放出して欲しいのです。なので、探索が終わってからか、お休みの日ですかね? 夜に来て貰えばいいですよ?」

「……それは、『魔力操作』が出来んと無理じゃないか?」

「…………出来ませんか?」

「俺は出来るぜ?」

「あたいも大丈夫さね」

「俺も、まぁ、それくらいはなぁ」

「俺だけか!? って、知ってたがな!」


 ガズンさんは、やっぱり魔力を操るのは苦手みたいですね。その代わり、“気”を扱うのは大の得意の様ですけれど、特化したからと言って強くなれる訳では無いと思いますよ?

 ドルムさんに“気”も扱えないなら湖から先へは行くなと言われたのは、記憶に新しいついこの間の事です。私に言わせれば、魔力も纏えないのに魔の領域へ踏み入るのは自殺行為、なのですけれど。


「ガズンさん、魔力はそれなりに動かせる様になっていた方がいいですよ? 界異点からの歪は、“気”に出会えば消滅し、魔力に出会えば押し退けられます。どちらでも身を守る事は出来るのかも知れませんけれど、“気”は放出するのは得意な力でも、体の周りに留めるのは難しいのでは無いですか?」

「まぁ、そうだな」

「それなら、やっぱり魔力を操れる様になった方がいいです。魔力なら体の周りに留めておくのも楽ですよ? 纏っているだけで消耗も無く歪を防御出来るのですから、魔の領域に踏み入るには必須の技能と思いますよ。何と言っても“気”で何とかしようとしたら、ずっと気を放出し続けて消耗も大きいですし、何より目立って仕方が有りませんしね」


 じっと考え込んでしまったガズンさんに、ここで更に駄目押しです。


「それに、私が使える様に成った『瞬動』にしても、魔力と“気”の複合技です。魔力で目標までの道を作ったところに、“気”を放ちながら飛び込む事で、一瞬で移動する技能です。私の大した事のない“気”でそんな事が出来るのですから、ガズンさんが魔力の技を覚えたら、手数が一気に倍増するのではないですかね?」

「……だがよぉ、俺には魔力を操る力はねぇんだ」


 ……何か歪んだ顔で情け無い事を言っていますね?

 でも、何となく分かりました。ガズンさんはガズンさんで、魔力を扱おうと色々試して来たのでしょう。

 それで色々有って諦めてしまったのでしょうけれど、早合点し過ぎですね?


「何が有ったのか知りませんけれど、ガズンさんは結構な魔力持ちの筈ですよ? べるべる薬の解除をする時、オルドさんや冒険者の皆さんにあれだけ抵抗出来たのですから。それに魔力を操る感覚にしても、べるべる薬の影響を受けていた時の事を思い出せばいいのでは無いでしょうかね? べるべる薬で木の気持ちになった時、水を吸い上げている感じとか、引き倒そうとするのに抵抗するのが、魔力を動かす感覚らしいですよ? 今私が受けている依頼も、べるべる薬を参考に、魔力の流れを良くするお薬の開発です。多分、べるべる薬でも参考になるんじゃ無いですかね?」


 それを聞いたガズンさんは、一瞬呆けて、次に大きく目を見開き、そして目に光を取り戻していくのでした。



 さて、始めるとなったら目隠しをして貰わないといけないでしょう。

 輝石の作り方を公開するつもりは無くても、輝石自体は隠さなくてもいいかと思い始めていますので、本当は見せてもいいのかも知れません。

 でも、まぁそこは雰囲気です。

 勿体振った方が、秘伝か何かの様な感じで、凄そうな気がしませんか?


 目隠しをして貰ったら、ガズンさん達の体の周りを私の魔力で覆います。いつもの様な擦り抜ける感じでなくて、しっかり閉じ込める壁の様に。私が自分の魔力を扱うのと今回は違います。彼等の魔力を取り零さない様にしなければいけません。何と言っても、制御出来ないで駄々漏れにされている魔力なんていうのは、纏まりも無く扱うのにも一苦労なのですから。


「…………」

「すぅ~~ふぅ~~」

「ぬぅ~~~~~~」


 それでそれぞれ魔力を放出して貰ったら、やっぱり出来ると言った三人は優秀ですね。

 無言で集中するククさん。

 魔力の流量はそれなりですけど、一番安定していて、やっぱり『根源魔術』の心得が有ると、魔力の扱いに抜きん出てきますね

 呼吸でコントロールしているみたいなダニールさん。

 呼吸と共に流量が変わって、平均するとククさんより少し下です。ですが、瞬発力は有りそうで、一瞬で放出出来る量は、きっとククさんを遙かに上回るのでしょう。流石の魔術師という事かも知れません。

 ちょっと力みが入っている様なドルムさん。

 何となく、振り絞ろうとしてそうなっている様な気がします。森での戦いでは、息をする様に魔力を扱っていた様な気がするのですけれど……。力んだ方が良いのか、自然体の方が良いのか、今見ている分だけでは分かりませんね。流量はククさんより少し下。安定性はククさんに迫るものが有るかも知れません。

 そして肝心のガズンさん。


「ぬぐぅ!! んがーーーっ!!!! ぬぐぉおおおお!!!!」

「力んでも駄目ですよ? 魔力は筋肉の力では無いので、力んでいる時点で間違っていますよ? ……ドルムさんもちょっと力んでいますかねぇ?」

「ぅう! ふぉお! ふーーーー!!!!」

「ほら思い出すのですよ、べるべる~~べるべる~~」

「ぅぉおおお! べるべるー!! べるべるー!! 俺は木だ!! 俺は木だぁー!!」


 まぁ、そんな風に騒いでいるのが直ぐ横にいると、集中なんて出来ないみたいですね?


「ぶふっ!? ……全く、煩いったら無いぜ。静かにやれ」

「ガズンは本当に魔力を操れないんだねぇ? 光石を光らせるのには苦労しないのに、おかしなもんさね」

「全くだ。ほら、じーさんが言う通り、体の力を抜けよ。まぁ、あれだ。お前もやるだろう? 大技を放つ前に、精神統一して集中している感じの方が近いわ。ああいう時って、魔物を叩き切る挙動をイメージしていたりするだろう? そのイメージそのものが力を持つと想像して、集中すれば感覚も掴めるんじゃ無いか? それこそ、べるべる薬で感じた何かとかな? 魔力が流れていくイメージをすればいいんだろうなぁ」

「ふぅーー!! ふぅーー!! ふぅううーーーー!!!!」

「……あ、少しだけ流れましたね。ドルムさんは先生に向いているのでは無いですかね?」

「な、何っ!? 本当かっ!!」

「……ま、学園の講師は何度かやってるがなぁ。ガズンは集中しろよ」


 そんな感じで、何とか全員、魔力を絞る事が出来ました。

 ククさんとダニールさんは二時間程で枯渇寸前まで絞れています。時間が経つ程慣れてきたダニールさんが、最終的には流量もククさんを突き放して、ククさんは渋く銀色掛かった輝石が十四個、ダニールさんは明るい橙色の輝石が二十三個です。

 私の場合は一日で籠が一杯になりますし、放出し切る勢いに歪擬きの生産が追い付く様になってからは、一刻三十分ばかりも掛かりません。魔術師のダニールさんと比べても隔絶していたのですねと、今更の現状認識です。それだけ魔力を自在に操れたからこそ、“気”が鍛えられる機会が無かったのかも知れませんね。

 ドルムさんは、三時間近く粘っての深緑の輝石が十三個です。どちらかというと、ドルムさんは魔力よりも“気”の業に長けている様な気がしますので、こんなものかも知れませんけど。

 そして問題のガズンさん。三時間経って半欠けの輝石です。色は金色で綺麗ですけどね。疲労困憊の様子ですけど、魔力は殆ど放出出来ていませんね? 半欠けの内訳にしても、半量近くが自然放出された駄々漏れの魔力です。それでも半欠け、輝石ですから集積率は高いので、大毛虫の魔石の半分程は有ることになります。十日分も集めれば、ガズンさんの大剣でも多少の強化は出来そうですね。


「そうですね。この分なら、十日分も有ればそれなりに何か出来そうです。来る時を決めて、教えておいて下さいね?」

「……なぁ、消耗した状態で魔力を振り絞っても、高が知れてるぜ? 金には困ってねぇんだ。俺は暫くこれに専念したい」

「あたいも賛成だねぇ。多分だけどね、お金に換えられない何かになるよぉ?」

「まぁ、商都まで買いに行く事を考えりゃ、日にちも値段も遥かにお得だな」

「俺は、実戦で魔力の制御を鍛えたいが……」


 ガズンさんはまだまだ勘違いしている様で、そんな事を言いますけれど、直ぐにドルムさんが口を挟みました。


「おいこらガズン、そいつは“気”なら通じるが――」

「そうだぜ? 魔力の鍛錬なら静かに瞑想しながら精神統一だぜ」

「何ならあたいも付き合うよぉ? 改めて訓練なんて然う然うしないけどさ、今の二時間だけで魔力の通りが随分と良くなった様な気がするからねぇ」


 集めた輝石は既に箱の中で見せてもいませんけれど、ダニールさんは目隠しをしていても何となく感じていたのでしょうね。


「気の所為じゃ無いですよ? ダニールさんは初めの内はククさんより流れが悪かったですけれど、最後には一番になっていました。安定性ではククさん、ドルムさん、ダニールさんの順ですね。でも放出量ならダニールさん、ククさん、ドルムさんです」

「俺は順位も付けられんのか」

「ガズンさんは、そもそも一割も絞り出せていないので、総量も何も分かりませんよ? 今回はお試しの実験なので、絞り出せた分だけで強化はしてみますけれど、次はガズンさんが三時間で魔力枯渇まで絞り出せる様になった頃に、調整含めてのメンテナンスですかねぇ? 夏の三月には王都へ行ってしまいますので、それまでには何とかして下さいね?」


 王都へ行ってしまえば、そう簡単には帰って来れません。期限は決まってしまっているのです。


「え!? 王都に行ってしまうのかい?」

「学院に行ってみたいのですよ。『儀式魔法』も使える様になりたいですし、魔道具も面白そうなのです」

「夏の三月か。豊緑祭が有る事を考えると、後一月少ししか無いのか。……分かった。俺は魔力の鍛錬に全力で集中だな。正直魔力の事は良く分からん。済まんが色々と教えてくれ!」


 がばっと頭を下げたガズンさん。ククさんもダニールさんもドルムさんも、そんなガズンさんを温かく見守っていたのでした。



 そんな訳で、次の日からは、朝は森で探索と魔力集め、昼になったら戻って来て自分の装備の更新と諸々の細かな事、夕方になったらガズンさん達がやって来て、夜になったらお休みです。

 商業組合からの指名依頼も初日に終わらせてしまいましたし、その後は色々な場所を巡って、様々な植物の魔力を集めて、時には魔石擬きに、時には輝石に纏め上げて、三日で結構な量が溜まりました。別に木を切り倒さなくても魔力を抜き取る事は出来ますし、魔力を抜いただけなら次の日にはそこそこ回復していましたので、採取した薬草から魔力を集めるよりも効率的だったのです。

 ガズンさんの魔力も同じ様に引き抜く事が出来ればいいのですけれど、動物に同じ事をするのはちょっと怖いですし、ガズンさんが自分で操れる様になった方が余程いいですよね?

 四日目からは湖の周りで魔力を集めます。珍し処を主に狙って、五日目からは湖にも潜って。湖の中には水の雰囲気を持った魔力も漂って、これも中々面白いですね。それに「流れ」を使えば水の中を飛ぶ様に移動出来て、ちょっと夢中になってしまいました。

 次の日から、水に魔力が有るならと試してみた、土の中の魔力も回収したりしながらの、湖の周りでの三日間。そこで目ぼしい魔力は大体集まりましたので、そこから十日目までは、森の探索を進める内に目を付けていた、幾つかの植物を使っての実験です。

 べるべる薬に代わる毒煙の毒の特効薬。これが中々の難物だったのですよ。


 最初に決めた、体を動かしながら満遍無く魔力を流すという方針には問題有りませんでした。ですが、何と言っても動かないべるべる薬とは違って、動くという事そのものが、特効薬の作成を、非常に難しくしていたのです。

 音に反応して葉を閉じる拍子草。触れると破裂して種を飛ばす鳳仙楓。他にも温度で葉の形を変える針葵や、光へ常に花を向けるヒノオイ草といった、多くの動く植物達。それらを配合して「活性化」で薬を作るのですけれど、その組み合わせの多い事多い事。それに合わせて協力者さん達の動きも代わるので、最適な配合を見付けるのに随分と時間が掛かってしまいました。

 何とか十日目の夕方までに、これはと思う配合の薬を作り上げて、慌てて家に戻ってから、少しお待たせしてしまっていたガズンさん達から最後の魔力を搾り取って、そして次の日の朝に冒険者協会へと駆け込んだのです。


「ばんばばん薬です!」


 ――と。

 直ぐ隣の窓口に来ていた冒険者達が、見逃す心積もりだった協力者さんを討伐してきていたのには驚きましたけれど、已むなく諦めていたその魔石を手に入れる事が出来たのは僥倖でしょうかね?

 ともあれ、これで残る指名依頼は、研究所を建てるお手伝いと、ククさんの短剣にガズンさん達の装備の強化、まだ話は来ていませんが黒大鬼の死骸を運んで来る事くらいです。

 もしかしたらもう少し大猪鹿を欲しがられるかも知れませんけれど、今のところは大きな話は有りません。

 これなら心置きなく鍛冶仕事に打ち込めるというものでず。そう、お家で瑠璃色狼が待っているのですよ!


 何と言っても瑠璃色狼は、毛虫殺しとは少し毛色が違います。

 毛虫殺しは元々が鬼族毛虫の素材からなりますので、素材としては実のところ反抗的で、何かの拍子に敵対側に回ってしまうかも知れない代物です。ですから、私の魔力を叩き付け、叩き込んでの調伏をしなければならなかったのでは無いかと思うのです。

 私の大量の赤い魔石擬きに輝石の山は、毛虫殺しを私の側に引き寄せる為の、首輪か何かの様な物なのでしょう。

 ですが、瑠璃色狼にそんな物は着けられません。瑠璃色狼の元になっているのは、誇り高き豊穣の森の主。仲間達を守って戦い抜いた大森狼が、瑠璃色狼の礎となっているのですから。

 刀となっても、森狼達がそっと寄り添いに来る様な、そんな優しき大森狼。この十日の探索の中で、何処かで見た様な森狼にいざなわれ、幾つもの森狼の魔石を託されたりもしてしまいました。

 この魔石を、調伏する様に打ち込む訳にはいきません。それぞれの魔石をその性質を歪めない様に、そっと溶け込ませていかないといけないのです。

 それは他の魔石も同じ事です。瑠璃色狼の中に、豊かな森を作る様に。木々や草花、虫に鳥、魔物も居れば動物も居て、豊かな大地に、魚達が泳ぐ川や湖。

 それは寧ろ、大森林デリエイラと付けても良いのかも知れませんけれど、やはりここは見守っている大森狼に敬意を示して、銘は瑠璃色狼なのですよ。


 そんな瑠璃色狼を鍛え上げる練習に、ククさん達からの依頼は最適だったのです。

 今日までの間に、必要な情報は全て調いました。

 ククさんの短剣の握りには、角タールで様々な形を作り出し、何度も握って貰って最適な形を割り出しました。短剣自体も形だけ鉄で作り出して、バランス含めて同じく何度も形を確かめました。

 ククさんの短剣だけで無く、ダニールさんの杖の握りや、ドルムさんやガズンさんの武具の強化も、目処を付けてしまいました。


 素材についてもばっちしです。

 必要なのは鉄とサルカムの木ですけれど、普通の鉄は手元にありますし、サルカムの木も庭に転がしてあるので、折角なのでと昏い森で普通では無い鉄を手に入れてきてあります。

 黒毛虫鉱山の、魔物の鉄です。

 毛虫殺しと違って啜り上げる事は出来ませんので、死んだ黒毛虫を『根源魔術』で擂り潰してから、同じく『根源魔術』で魔物の鉄を選り分けてしまいました。

 そんな地獄を創り出してしまったからか、それから出会う毛虫達が何かに怯えている様に見えたのも、気の所為では無かったかも知れません。

 何にせよ、今考え得る最高の素材が集まっているのです。


 それでも心配が有るとすれば、それはやはり鍛冶をするのに私の魔力で打つ必要が有るという事でしょうか。

 これには、色を抜いた私の魔力を使う事で何とか成らないかとは考えていますけれど、上手く行くかは分かりません。色々と試してみて分かったのですが、色を抜いた魔力というのは、痺れて感覚の無くなった手足の様な物で、私に所属はしていますけれど切り離されている様なものなのです。

 私の意志が通っていないなら、そういう意味での汚染は無いと思うのですが、結局は私の魔力なのですから、鍛えた後には抜き取る必要が有るでしょう。

 色を抜いた魔力を上手く取り除く事が出来るのかといった、課題は幾らでも有るのです。


 さて、そんな課題の多い試練が待っているのですから、まずは問題の少ない物から仕上げましょう。

 ダニールさんの短杖です。

 ダニールさんの輝石は、握り拳大の宝玉状に纏めても、まだじゃらじゃらと余ります。数にして三百個少し。この余った分を、サルカムで作った杖部分に練り込んで、その頭に宝玉状の輝石を嵌め込むのです。

 嵌め込み部分は上向きに開いた爪です。『根源魔術』で変形させて嵌め込むので、外れる事はまず有りません。杖部分は手で握る為だけですので短いです。握り易い様に滑り止めの細工を施したら、腰にでも引っ掛けられる様に柄頭に金具を設けます。

 サルカムの木は熱も魔力も通し難いので、ダニールさんの輝石を練り込むのは結構無理矢理になってしまいましたけれど、練り込んでしまえば後は落ち着くのを待つだけです。ダニールさんの輝石を練り込んだ事で握りの部分から宝玉まで魔力の道筋も出来ましたけれど、使い勝手はダニールさんに試して貰ってからですかね?

 握り拳大の橙色の宝玉は、眩しい位に輝いていますので、余っていた高級布の端切れでカバーも作ってしまいましょう。


 お次はドルムさんのハンマーと大剣です。ドルムさんは、搾り取った魔力を付加するだけと考えていた様ですけれど、そんな半端な事はしませんよ? 

 柄も木製だったので、魔力を通す為に鉄の棒と入れ替えてしまう事までは会話済みでしたが、当然ハンマー部分も含めて鍛え直してしまいます。精製済みの魔物の鉄を二体分、更にドルムさんの輝石の三割程、これだけ混ぜればそれなりに、魔力だって通るでしょう。


 と、そこまで金床と鎚に嵌め込んだ私の輝石を、色を抜いた物と換装していたりもしたのですが、結局元の色付きに戻してしまいました。制御出来ない私の魔力を使うよりも、私の意識が行き届いた魔力で影響を及ぼさない様に注力する方が、遥かに上手く行ったのです。


 赤い魔力で打ちながらも、その足跡を残さない。そんな事を心掛けながら、ハンマーの素材を鍛え直します。それが終われば元の形に整えて、凸凹の打面とそれとは逆側のピックに残りの輝石の一割を更に練り込み、鎚頭に残る一割の輝石を埋め込めば完成です。


 思ったよりも、さくさく行きますね。

 既に恐ろしい程の魔石を呑み込んでいた毛虫殺しを鍛えるのとは、訳が違うかも知れませんけれど。

 長年使い込まれていたと言っても、只の鉄ならこんなものかも知れません。


 お次は大剣ですねと手に取ろうとした時には既に夕方。私の家へと向かって歩いてくるガズンさんの気配を感じ取ったので、一旦作業は中断です。


「ガズンさん、成果はどうでしたか?」


 殺風景な応接室も、家を建てる時に作った箱庭模型を飾り付けたので、少しは華やいだでしょうか? 銀が届いたら、私の輝石をあしらった細工物でも置いてみようかと思っている、そんな応接室でガズンさんと向き合います。


「手応えは有るが……直ぐに始めてもいいか?」


 既に目隠しを付けたガズンさんに問題無い事を告げると、直ぐにガズンさんは深呼吸しながら集中を始めます。

 随分と、初めの頃とは変わりましたね。今でも力んではいますけれど、精々鼻息レベルです。


「ふぅ~~~~……んふぅ~~~~……ばんばん……」


 ちょ!? 噴き出す所でしたよ!? ばんばんは要りません!

 昨日出来上がったばかりのばんばばん薬を、お試しにと渡してみましたけれど、こつを掴む切っ掛けになったのでしょうかね? また少し、魔力の流れが良くなっています。

 今日の四個を合わせて、全部で何とか二十個というところですね。


「ガズンさん、お疲れ様でした。まだまだ安定はしていませんけど、量で言うなら初めの頃のククさんやドルムさんの三割程度は捻り出せているので、かなり進歩していますよ? でも、強化に使う分としては物足りないので、今回は刃先の強化に絞った方が良いですかね?」

「あいつらと較べて、どれくらいなんだ?」

「……一割位ですかねぇ? でも、ガズンさんの場合は、魔力を使える様に成ったことがとても大きいと思いますよ?」

「はぁ~~……実戦で確かめるしかねぇなぁ」

「多少の強化でも、使い勝手が大分変わると思いますので、慣らしてからにして下さいね?」

「ん、ん、どういうことだ?」

「今迄のが半分鈍器だったとするなら、今度のはすぱっと斬れてしまいますよ?」

「んんー!? つまり、剣をぶち当てた反動で逃げたりが出来なくなるのか」

「剣の腹で打つなら兎も角、刃を当てたら斬れますね」


 と、そこで考え込んでしまったガズンさん。頭の中で、戦場を思い浮かべてでもいるのでしょうか。

 この十日でガズンさん以外も好きな時間にやって来ては魔力を提供してくれていましたけれど、ガズンさんに限らずこんな事はしばしば有りました。実際に柄の模型を握ってみたりしてみると、色々と要望が出てくるものですね。

 でも、それは私を否定するものでは有りません。私を認めた上で、より良い方向性を模索して、思うところを述べているのです。

 交渉が苦手なのは変わりませんけど、こんな意見の出し合いが、こんなに楽しいとは思ってもいませんでしたよ?


「なら、斬る側を決めて、反対側は今と同じ程度になまくらにします? いっそ背を付けて片刃扱いにも出来ますよ?」

「いや、それはそれこそ扱いが変わるからなぁ。切りたい時に切れるのが一番だが、そう便利にはならんか」

「魔力の扱いが上手くなればそれも出来るんですけどねぇ。刃の部分にガズンさんの魔力を練り込むので、その魔力を通して『根源魔術』の「斥力」を発動すれば、鈍器と変わらなくなりますけど」

「今は、無理だが!? んむ~~、よし! 折角魔力が使えそうになってきたんだ。ここは俺も『根源魔術』と洒落込むか! よし、両刃で刃の部分に魔力を練り込むのだな? その通りにやってくれ!」


 何だか、そういう遣り取りが、一緒になって取り組んでいる感じがして、とてもとても嬉しかったのですよ。



 結局それからドルムさんの大剣をハンマーと同じ様に鍛え直して仕上げに輝石を埋め込み、次の日にはガズンさんの大剣を鍛え直しました。

 ガズンさんの大剣には、流石に輝石を埋め込む余裕は無かったのですが、夕方にまたやって来たガズンさんが、もう出来ているというのに驚きながらも輝石の追加を提供してくれたので、結局ガズンさんの大剣も輝石付きです。

 夕方から次の日に掛けてククさんの二本の短剣に取り掛かり、次の日の昼過ぎにはククさんの短剣も出来上がりました。一本は少し長目の短剣で、一本は短目で刃も厚くしています。これはしっかり全体に輝石を練り込んだ自信作です。埋め込んだ輝石も大きめで、魔術の発動にも効果有りですよ!


 それにしても、出来上がった武具を見れは、魔力の色も色々と有りますね。

 ククさんは闇に溶け込む黒髪なのに魔力は派手な銀色です。

 ダニールさんの髪は黄色みが入った赤系の枯葉色ですので、魔力の色と近いです。

 ドルムさんは青味掛かった黒髪? ですので、これも髪と魔力の色は似通っています。

 ガズンさんもかなり明るめの茶髪ですので金色の魔力に違和感は有りません。

 私の髪も赤色で、魔力の色も赤ですから、ククさん以外は魔力と髪の色が関係している様な気がしますけれど、どういう意味が有るのでしょうね?


 そんな事を思いながら、一休みした夕方に、ガズンさん達がやって来たのです。

 まぁ、ガズンさんには進み具合も話していましたし、様子見に来てもおかしくは有りませんね。

 ただ、まだ鞘や何かは手も付いていませんので、目の前で作る事になりそうでした。


「――と、言うことで、鞘はまだ出来ていません。皆さんせっかちさんですよ?」

「いやいやいや、出来上がってるなんて期待してなかったからな!?」

「本当だぜ。手抜きはしてねぇと信じちゃいるが」

「しませんよ!? それに、鞘も重要なのですよ? ――まぁ、鞘は直ぐに出来ますから、さっさと作ってしまいますかね」


 なんて言いつつも、ガズンさん達を鍛冶場の中には入れません。単に私の仕事場だからという以上に、今の鍛冶場の中には特級の何やかやが転がっていて、そうと知らずとも私以外には恐らく落ち着く空間では無いのです。

 なので作業場の屋根の上に上げていた机と椅子を中庭に下ろし、しゅるっといた果物をお皿に盛り付けて、そこで待って貰う事にしました。

 その間に、私は鍛冶場の中で角タールの精製です。鞘にするだけなら大毛虫の角タールで充分ですね。黒毛虫の角を使うまでも有りません。

 それに、漆黒の色が抜ける程に精製すると、魔力を通さない角タールの性質がどうなるか分かりません。私と違って『隠蔽』はそれ程でも有りませんから、鞘の助けは必要でしょう。ですから、、角タールの下準備も軽く叩いて調整すれば終わりです。後は盥に空けたまま、中庭で作業をすればいいでしょう。


「ん? 何だそれは?」

「そう言えば、大猪鹿狩りの時にも見たぜ?」

「これは鬼族の角タールですよ? 魔力を通さないので、これで鞘を作れば、練り込んだ魔力を漏らす事も無いのですよ」


 鍛冶場から運び出した盥の角タールに、目敏く目を付けたガズンさんが聞いてきますけれど、これは大した物では有りません。

 初期の毛虫殺しの鞘と同じく、魔力が鞘の内に戻る様に内側は螺旋を描く様に細工する必要が有るでしょうけれど、どちらかと言うと自身の魔力を『隠蔽』出来ない武具達がまだ未熟なだけなのです。

 謂わば、『魔力制御』の素人武具用の疑似『隠蔽』装備ですね。


「では、初めは大して仕上げられなかったガズンさんの大剣ですね」

「おい!? 酷ぇな!」

「台詞だけ聞くと、不安になるなぁ、おい」

「今のディジーのしっかり仕上げたっていうのが、どういうのだか分からないからねぇ」


 そんな事を言われながら鍛冶場の中へと取りに戻り、そして布を巻いたガズンさんの大剣を手に抱えて庭へと戻ります。

 何故か皆さん立ち上がって、テーブルを挟んで向う側へと並んでしまいました。

 丁度いいので、果物のお皿を片手で下げて、もう片方の手で大剣をテーブルの上へと載せました。

 ガズンさん達は、それをじっと凝視しています。

 何だか緊張しているようですよ?


「見ても、いいか?」


 唾を飲み込む音が聞こえてきそうな様子で告げるガズンさんに、最後に残っていた果物をしゃくしゃくと咀嚼しながら、私は片手でどうぞどうぞと促します。

 そんな軽い気持ちで私は居るというのに、やたらと厳かな雰囲気で巻いた布を捲ろうなんてしていましたので、ちょっと魔力で布地をもぞもぞと動かしてみたい気持ちになりましたけれど、そこはぐっと我慢です。


「――こ、こいつは……」


 布を外した大剣を目にして動揺して、柄を両手で握って目を見開いて、目の前に掲げて呆然とするガズンさん。

 ……そんな伝説の大剣を目にした様な反応をされると、次のドルムさんの武具を出しにくくなるのですよ?


「……ちょっと待て。強化するだけと言っていたが、どう見てもこれは別物だぞ!?」

「搾り取った魔力を打ち込むだけなんて事はしませんよ? ちゃんと鍛え直していますので、素のままでも強くなっている筈ですね」

「軽く、なったか?」

「いえ、寧ろ少し重くなっていると思いますよ? 軽く感じるのは、ガズンさんの魔力が練り込まれているからですかね?」

「重い?」

「魔力の通りを良くする為に、黒毛虫から採れる魔物の鉄を少し練り込んでいるのですよ。元の大剣にも不純物が結構ありましたので大きさ自体はそんなに変わっていないですけど、若干重くなった筈ですよ?」

「……わからん。が、物凄く手に馴染む感じがするな」

「そりゃあ、ガズンさんの魔力を練り込んでますからね。“気”にはどう反応するか分かりませんので、そこを含めての実験ですからね? 黒毛虫を一撃で斃すには足りませんから、ランク三の大剣というところですかね?」

「…………分かった。まず慣らしからだな」


 随分と殊勝な様子のガズンさんです。

 そんなガズンさんを見守っていたダニールさんやククさんは、興奮した様子を隠さずにいますけれど、どうやらドルムさんは自分の武具がガズンさんと同じ様な出来上がりと思っているのか、感心した様に頷いているばかりです。

 ドルムさんのは、またガズンさんのとも別物なんですけどね?


「何だか横で見ているだけでも、ぞくぞくするねぇ」

「ああ、いやが上にも期待が高まるぜ」


 まぁ、そんなドルムさんのとも、ククさんやダニールさんの分は更に別物なのですが。


「さて、残る問題は鞘ですかね?」

「鞘か? 確かに、これだけ鋭いと必要だな」

「その剣と一緒に担がれるのは御免だぜ」

「と言うより、寧ろ練り込んだ魔力を洩らさない為ですね。装備ごと『隠蔽』出来ないなら、鞘は重要ですよ? 曝したままだと、隠れられません。鞘の形が使い難ければ、直ぐに直せますので、遠慮せずに仰って下さいね?」


 そう言いつつ、角タールをさくっと変形させて、鞘に仕上げます。

 今迄は、抜き身の儘に肩から襷掛けにした剣帯に引っ掛けていた様です。見せて貰いましたけれど、鉤状の金具が幾つか有るだけで、案外外れないものですね?

 ですが今度は鞘付きなので、ドルムさん式に鞘の横が開く様にしたのですが――


「……駄目だな。何が駄目かというとな、鞘が背中に残るのが思いの外に動き難い。これなら鞘ごと一旦外して、鞘を投げ捨てる方が余程いい」


 そんな事を言われてしまいましたので、普通の鞘に作り直せば、ガズンさんは何度も背中の剣帯への吊り下げと取り外しを繰り返すのでした。


「しっかしなぁ。あれで大した事が無いのかよ……」

「全力だったらどうなるのか分からんぜ」

「ガズンさんの魔力が充分用意出来ていたなら、今頃金色に輝く大剣の御披露目でしたよ? 気と魔力を籠めたら、天をも焦がす黄金色の炎を噴き上げて、守護者だって真っ二つ――」

「ええっ!?」

「――に出来るかも知れない片鱗くらいは見せれた感じ? ですかねぇ?」

「紛らわしいぜ、おい」

「ちゃんとした強化をするには、段階を踏まないといけないのですよ。今のままでも明日には充分派手にはなるんですけどね。さて、次はドルムさんのですかね」

「おう!」

「ちょっと待ってて下さいよ」


 そんな事を言いながら、一旦鍛冶場に戻って取ってきたハンマーと大剣は、打ち上げたのが一昨日だった事も有ってか、既に魔力の緑色が浮き出ています。面倒なので、もう布で包んだりもしていませんよ?


「なんだそりゃ? 俺のハンマーだよな?」

「丸で錆びた青銅だねぇ?」


 言われてしまいましたが、この緑色はドルムさんの魔力の色ですよ?


「ガズンのよりも上物じょうものに思うが、迫力は無いぜ?」

「そうなんですよ。この緑色は練り込んだドルムさんの魔力の色ですけれど、『隠蔽』に近い事を自らしているみたいですね」

「……それで、なんでそんなにつまらなそうな顔をしているのさ?」

「つまらなそうな顔をしていましたか?」

「そうさね」

「ああ」

「面白く無さ気な顔をしているぜ」


 声を揃えて言われてしまいました。


「……それはこの二つの武具がどうにも残念だからかも知れませんね」

「おい!?」

「折角黒毛虫も一撃のランク二程度には潜在能力ポテンシャルが有る様に鍛え上げたのですけど、どうにもドルムさんはその二割も使わずに満足してしまいそうで……。それに、武具自体も低調で、眠っている感じなんですよ」

「ドルムあるあるだねぇ」

「よく見ていやがるぜ」

「おいお前ら!? そう見えなくても俺は何時だって全力なんだぜ!? ――ってこら! その目は信じちゃいないだろう!?」

「ドルムさんの全力は、散歩としては全力、に思えるのですよ。でも早足や駆け足になればまだまだ先は有るのに、陸に使って貰えなさそうな武具達が可哀想で、残念なのです。なのでドルムさんには、自分で思う全力の二割増しでこの武具達を扱って欲しいですね。それで問題無ければ、次はまたその二割増しで。武具も今は眠っているのかこんなですけど、起きたらまた様子が変わると思いますよ? まぁ、今のままでも危ないので、鞘だけは作っておきますね?」


 憮然とした様子のドルムさんですが、魔力が寝てしまっているのですから誤魔化せません。寧ろ、ドルムさん自身が気が付いていなかったのかも知れませんね。


「流石眠れる巨人だぜ。武具まで眠ってるとはな」

「ドルム本体は起きたとか言われているのにねぇ?」

「無理をしたところでいい事なぞ無いんだがなぁ……」

「ちょっと無理をしただけで息切れするのも考え物だぜ?」

「ぐむぅ……」


 そんな話をしている間にも、元々のドルムさんの鞘に合わせて、こちらは横が開く大剣の鞘を作ります。ドルムさん曰く、ドルムさんの場合は大剣を抜いてもハンマーが有るから、鞘の有る無しは気にした事が無いのだとか。

 ガズンさんも、鞘の具合を確かめ終えたのか、興味深そうに覗き込んでいますね?

 でも、それはガズンさんのの数倍魔力を叩き込んだ、格上なのですよ。

 ハンマーの頭に被せるケースも作りましたけど、流石に長柄の武器を全部覆うケースは作れませんね。


「ハンマーは頭だけ被せるケースを作りましたけれど、柄はどうします? いっその事、角タールを塗布コーティングしてしまっても良いかも知れませんし、武具ごと『隠蔽』出来るというならそもそも必要無いですし」

「塗布するのとしないのと、どっちがいいんだ?」

「……分かりません。それも含めての実験ですね」

「まぁ、柄だからなぁ。と言っても、それをすると魔力が通らなくなるんだよな? 今のままでも目立って何かを感じ無いし、別にやらなくても良さそうだなぁ」

「分かりました。ガズンさんは、鞘に不具合は有りませんでしたか? 有ればドルムさんのも併せて直してしまいますけれど」

「いや、大丈夫だ! いいな、これば。直ぐにでも探索に行きたいぞ?」

「まずは慣らしでお願いしますよ? ドルムさんも一応具合を確かめておいて下さい。さて、残りはダニールさんとククさんの分ですね。取って来ますけれど、これは少し自信作なのですよ」


 「はいよ」と答えるドルムさんを後に、鍛冶場の中へと戻ります。

 鍛冶場に溢れていた私の輝石は、流石に眩しいのでサルカムの箱に入れてしまいましたけれど、作ったばかりのダニールさんとククさんの装備は別です。

 ダニールさんの短杖は高級布のカバーが輝石の宝玉を覆っていますが、ククさんの銀色の輝石は剥き出しのままです。

 ククさんの輝石の光は面白いのですよ? 輝いているのは分かるのに、そんなに光を投げてはいないのです。銀灰色の輝石だからでしょうかねぇ? 昏い森の黒い魔力で黒い輝石を作ったら、光では無く闇が覆うことになるのでしょうかと、少し楽しみだったりするのですよ。


 そんな二人の武具を手に、彼等の下へと戻ります。

 皆さん呆けた顔をしていますけれど、ククさんは目が短剣に釘付けですね。


「こちらの二本がククさんので、この短杖がダニールさんのですね。ククさんの短剣も、時間が経てばドルムさんの大剣の様に、練り込んだ魔力の色が出てくる筈ですけれど、魔力の色も銀色なのでそこまで変わらないかも知れませんね」

「俺のにも色が付くのか?」

「ガズンさんのは、刃先をなぞる様にぐるっと一周、金色のラインが浮き出てくると思いますよ?」

「ガズンのやドルムのにも付いていたけど、この魔石の様なのは何なんだい?」

「これは魔力を固めた物で、私は輝石と呼んでいます。これについては口外しないで下さいね?」

「魔力を固めた……魔石じゃねぇのか?」

「歪で固めた訳では無いのですから別物です」

「……吸い付く様に手に馴染みやがるぜ」

「おっと、私のも有ったね。何だかカバーが付い…………ねぇ、ディジー、こりゃ何だい?」

「ダニールさんのは、輝石を支える柄が付いただけですからねぇ。その大きさの輝石では腕輪にするのも首飾りにするのも厳しいですから、短杖以外有り得ませんよ? それにしても、持ち主の手に有ると、やっぱり輝石の輝きが違いますねぇ」

「持ち主……ま、まさか! 魔力を固めたっていうのは、俺達の魔力か!?」

「そうですよ? ですからこれは、絶対に口外禁止で、口止めも込みでの最大二百両金と魔石の約束なのですよ」


 そんな事を言えば、少し沈黙が訪れました。

 ややあってからダニールさんが口を開きました。


「ねぇ、ディジー。森の宝晶石デリラは、赤子の頭程の大きさで十万両金近くになったと聞くけどねぇ、ディジーならこの宝玉に幾ら付けるさね?」

「おお! 十万両金! ですけどこれは、ダニールさんの魔力で作ったダニールさんにしか扱えない輝石ですから、値段なんて付きませんよ? 付けるとするなら、ダニールさんが好事家に幾らで売るかですけれど、私は自分の魔力を誰かの見世物になんかしたく有りませんねぇ」


 ドルムさんも引き攣った表情で口を開きます。


「俺のもランク二だと言うなら、相場は千両金を超えるぞ? 流石に二百両金はやり過ぎだ」

「ランク二だとは言いましたけれど、それはドルムさんが扱うからで、魔力を打ち込んでいない鍛え直しただけの状態なら、大毛虫を一撃が精々のランク四、他の人が扱おうとすると練り込んだドルムさんの魔力が邪魔をして、ランク五か六、下手をすればランク七がいいところですかねぇ。魔力も含めて胆になる素材は提供頂いた物ですし、黒毛虫の魔物の鉄なんかは自分で仕入れてきましたけれど、言うなれば知られてもいない得体の知れない素材ですし、技術料から実験に付き合って貰う分と口止め料とを差っ引いたら、いいとこ二百両金で充分ですよ。何より私は打てはしても、経験が全く足りていませんので、じっくり実験に付き合ってくれそうな皆さんは本当に貴重なのですよ」


 ガズンさんは、やっぱり他のを見ると羨ましげな表情で口を開きます。


「俺のが万全の状態だったなら、どうなってたんだ?」

「ククさんのと同じ位に全体的に魔力を練り込んで、ダニールさんのと同じ位の輝石の宝玉を埋め込みますね。でも、有ったとしてもまだしませんよ? 魔力が扱えない内は、手に余る代物です。調子に乗って先走ったら、死んでしまうだけです。持ち主を殺す武器なんて、作りたくも有りません」


 ククさんは手元の短剣から目を離しません。でも、少しピリピリとしているようですね?


「俺も、ランク六だ。どう見ても特級の武器は身の丈に合わねぇぜ?」

「それは、まぁ、頑張りました?」

「おい!」

「まぁ、ククさんなら大丈夫だと思ったのですよ。今も警戒していますし、畏れを持って慎重に扱ってくれるなら、問題無いですよ。私という実例も有るのですし? 急所を狙えば一撃で斃せる武器ですから、後は如何に身を潜めて死角を付くかの問題ですね。斥候の技術の延長線上ですし、私とも同じスタイルです。強力な武器を持つのは一つの回答だと思うのですよ」

「あたいのはどうなんだい?」

「ダニールさんのは、殆どダニールさんの魔力を固めただけで、杖で殴る訳でも無いですからね。文句を言われても困ってしまうのですが、敢えて言うなら、大きな輝石で魔法も一杯練習出来る様になって、ランクも上がり易くなるのでは無いですかねぇ、としか?」

「雑だねぇ」

「ダニールさんはガズンさん達と違って前に出るとは思えませんからね。切り札が有ってもいいと思うのですよ」


 そんな事を言いながら、短杖用には頭を受けるお椀部分と、蛇腹状に窄めることが出来る柄部分を合わせたケースを作ります。蛇腹の幾つかに、紐を通せる環を設けておけば、腰に下げることも出来ますね。

 ククさんの短剣用の鞘も直ぐに拵えたのですが、固定方法が分かりません。ククさんは前のナイフも使うようですし、弓も使うみたいですからね。吊す場所も有りませんよ?


「気にしなくていいぜ。後は俺がやるから、括れるようにだけしといてくれ」


 と言われましたので、紐を掛けれる凹みだけ付けておきます。

 そんな事までしていると、もうすっかり暗くなってしまっています。


「いい時間ですし、ご飯も食べていきますか? 輝石だとか魔力を練り込んだ武器の使い方も教えますよ?」

「く……それは気になるぜ」

「そいじゃあ、お呼ばれしようかねぇ」


 それから場所を移して、応接室で真ん中の大皿に積んだ厚切りのステーキやサラダ、パンに果物を取り分けながら、輝石は『根源魔術』と相性が良いのだとか、輝石を通して魔術を発動させると効率がいいのだとか、寧ろ輝石が魔力の出口になっているかも知れないなんて話だとか、武器に付けた輝石も下手な魔力の発動体より上等なのだとか、魔力を練り込んだ武器は『根源魔術』で動かし易いのだとか、ククさんとダニールさんのには魔力を練り込み過ぎていて満腹で呻いている状態だから安定するまでは控えめにだとか、寧ろ撫でるくらいにだとか、ちゃんと育てれば皆さんの武器もその内喋り始めるかも知れませんねぇだとか、そんな事を会話しながら夕食は楽しく過ぎていきました。


「それにしても、ディジーの料理は豪快だねぇ。パンにステーキを挟むなんて初めてだよぉ?」

「気が向けば手を掛けますけど、今日は時間も無いので手抜きなのです。コルリスの酒場に行くにも、ちょっと目立ってしまいそうですし」

「まぁな。職人爺共の巣窟に持ち込むのは、控えめに言っても厳し過ぎるぜ。ま、これはこれで美味いぜ?」

「ふふふ……お遣いして貰った果粒が役に立ちましたね」

「お? チビ共のか? 役立ってるのならいいが。そう言えばチビ共が貰った鞄を拝んでたな」


 容易に想像出来てしまうだけに、何を考えているのか不安ですね。

 こう、動物的な素直さで、祭り上げられている様な気がしますよ?


「……何をしているんでしょうかねぇ」

「あれでじーさんの事は尊敬しているみたいだからなぁ? 一体何をやったんだ?」

「只のお遣い好敵手ライバルですよ?」

本当ほんとにねぇ、この春になる迄は街の中を駆け回っていたというのにさぁ」

「全くだ。やすりみたいななまくらで喜んでいると思っていたら、その次の探索で無茶やらかした俺らを助けに、恐ろしげな剣を手に昏い森の深部に現れるったぁ何だ? 有り得ねぇぞ」

「しかも今や俺らの装備まで作って貰ってるぜ?」


 そんな事を言われても困ってしまうんですけどね。

 あれは本当に、諸々のタイミングが合った偶然の産物としか思えないのですから。

 偶々使っていた「活性化」が毛虫殺しの進化を促したりだとか、むほほの姫様と遭遇したタイミングとか、そもそもを言えば毛虫の魔石で毛虫殺しが強化出来るだろう事を教えてくれたのはガズンさんです。

 何かが絶妙に噛み合った結果なのですから、私を責める様な物言いはお門違いもいいところです。


「言い方が酷いですねぇ」

「だがなぁ、あれでそれぞれ二百両金はやっぱ釣り合ってないわ。暫く探索で得た魔石はじーさんに渡すしか無いな」

「だな。ククの分を精算しても、巨獣共なら稼げるだろう」

「んもう。ドルムさんはじーさん呼びをやめませんねぇ!? ……それに巨獣だなんて、暫くは慣らしでと言いましたよ?」


 ころころと話題が変わるのは別にいいのですけれど、軽いノリで危険な方針を打ち出すのはやめて欲しいですよ!?


「大丈夫だ。はぐれ共相手なら、前のままでも格下だ」

「安定して狩れる様になってるよぉ?」


 って、何ですかそれは!?

 結構酷い物言いをする割に、ちびっ子達並の謎の信頼感ですよ!?

 これは少し危険なのです。釘を刺しておかないといけないのです。だからこそ、


「ランクが変わらないままのそれは、過信の様な気もしますけどねぇ」


 そんな言葉を言ってみると、彼等も少し顔を引き締めたのでした。

 ただドルムさんが、


「つまり、俺達もランクアップしたということか」


 とか言うものですから、直ぐに空気が緩んでしまいましたけれど。

 まぁ、ランクがどうのなんて自分のランクも分からない私が言えた話では有りませんけどね。

 それに、彼等は四人でパーティを組んでいるのですから、私の考える様なソロでの危険とは無縁なのかも知れません。


「まぁ、何にせよ俺達の方が貰い過ぎだ。何か出来る事が有れば手伝おう」


 まぁ、ガズンさんがそんな事を言ってくれて、その日はお開きになったのでした。




 そしてそれからは、本番でも有る瑠璃色狼の鍛え直しが始まるのです。

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