(66)血髪玉砕の呪木子 フルボッコ

 朝になりました。

 雲は黒々と垂れ込んでいますが、何とか薄明かりは確保出来ている、そんな感じですね。


「今朝も蛙だよ! 飽き飽きした蛙でも、美味しそうに食べてくれたら嬉しいもんだね!」

「ソースが絶品でした。少し包んでくれませんか?」

「ソースをかい? あいよ! おまけにしておくよ! ここから先、蛙は幾らでも出てくるから、楽しんでおくれ! ――でも、盗賊も幾らでも出るから、気を付けておくれよ?」


 食事を終えたら宿を出ました。

 こんな雨ばかりの季節ですけど、旅人の姿はちらほらと見受けられますね。デリラ方面へ向かう人も居れば、商都方面へ向かう人も居ますけれど、誰も彼もがしっかり雨具を着込んでいますので、顔立ちなんて分かりません。

 いえ、獣車の中から目を丸くしてこちらを見ている子供が居ました。小さく手を振ると、手を振り返してくれますね。そろそろ私も出発しましょうか。

 

 折角ですので、てくてくと歩きます。普段よりも水が多いこの季節ですから、ちらほら見掛ける獣車も舟獣車が多いですね。村の片隅に、大毛虫張りの背の高さと、巨大な角の毛むくじゃら、大牙牛モウドラスが寝そべっているのは、これも村の大事な収入源なのでしょう。背中の上が少し凹みが有るお陰で、獣車ごと背中に乗せて運ぶ事が出来るのだとか。

 村を出ると、ずっと二列の丸太で作った道が延々と続いています。丸太を外れると足首処か膝まで埋まりそうですね。更に外れるともう丸で湖ですよ。水はとても澄んでいると聞きますけど、今は豪雨で水の中の様子なんて何も分かりません。

 辺りを見回してみれば、デリラと同じくお椀を伏せた様な山々が立ちはだかり、猛烈な雨の中、雷が幾筋もその頂上に落ちて轟音を立てています。この点在する山の一つ一つが水の界異点からの噴出口というのですから、当然湿地になる訳です。


 その山の形と頂上から水を吹き出す在り方から、名付けられたのが「おっぱい山岳地帯」。酷い名前も有った物ですけれど、その山の一つ一つに実在した女の人の名前が付けられているというのですから、これまた酷い話も有ったものです。


 そんな水に溢れて雨に降られて水煙が立ち籠もる道を、雨具も無しに行く私ですが、偶に追い抜いた旅人達も、ぎょっとした後、宙に浮く鉄球を見て納得している様子です。

 私は段々この鉄球も邪魔に思えてきているのですが、こうなるとやめる事も出来ません。『亜空間倉庫』を試してみればいいのでしょうが、『瞬動』と同じで決まり切った神様技能に引き摺られそうな気がするので、中々試す事が出来ません。地力で為し得ないと、使い勝手が悪過ぎるのですよ。


 なんて思いながら、私にとっての軽い急ぎ足で追い抜き追い抜き進んでいると、その内追い抜く旅人の姿も無くなってきました。

 そうなると、十歩を一歩に、百歩を一歩に、千歩を一歩にと宙へのぶら下がりも併用しながら歩幅を広げ、ぴょんぴょんぴょんと、時には湖の上を跳ねながら、どんどん先へと進みます。


 と、トントンと、ノックです。


『ファルアンセスだよ。ディジー、ちょっといいかな?』


 ノッカー越しの会話は、別に口に出して喋っている訳では有りません。頭の中で作った言葉を、輝石の向こうで再現するのです。


『何でしょうかね?』

『王都の研究者達だけどね、昨日は食事にも来ないと思ったら、朝になったらもぬけの殻だったよ。部屋の中は滅茶苦茶だったけどね。他の研究者によると、食事の頃から音が鳴り止んでいたそうだから、昨日の内に出て行ったみたいだね』

『それは当てになりませんね。あれだけ煩いと迷惑でしょうと、食事時から私が音を遮りましたから。夜はその部屋で寝ていましたし、出て行ったのは朝方ですね。私も夢現ゆめうつつでしたけど、多分その部屋以外に悪さはしていないと思いますよ?』

『ああ、ディジーがしていた事だったのか。でも、悪さをしていないというのが分かって助かるよ』

『……領城にもノッカーが有った方がいいんでしょうかねぇ? でも、正直領城にはノッカーを置きたくないですし、私に頼らない連絡手段にして欲しいのです』

『それは大丈夫だよ。ベルも届くし、領城の“鳥”も慣れさせるさ』

『おお! 便りの“鳥”ですか! 私は見た事が無いのですよ。――でも、その調子ならファルアンセスさんも、もう大丈夫ですかね?』

『ああ、農家のファルアンセスには引っ込んで貰ったよ。時々出て来ようとするけれど、そこはまぁ切り替えるさ。そうそう、壊された家具は証拠として王都に送る事になるね。あれだけしっかり壊されていたら、『判別』も逃れる事は出来ないよ。壁が無事だったのはディジーの御蔭かい?』

『まぁ、強化はしましたね』

『一応建てた大工に見て貰う事にするけど、多分大丈夫だろうね。傷は付いてしまっているから、壁紙を貼る事になるだろうけど。また何か有ったら連絡する』

『はい、宜しくお願いしますね』


 もう、研究所も大丈夫みたいですね?

 心残りが有ると王都へ行くのにも気持ちが悪くなってしまいますけど、すっきりして良かったです。

 でも、夜の見張りは“黒”にも協力をお願いした方がいいかも知れません。起きていれば視界の隅をちらつく様に意識の端には引っ掛かるのですが、流石に寝ている間は朧気です。瑠璃色狼は時々寝ている感じがするのですが、“黒”には寝ている気配が有りません。輝石越しに何かをする事は出来なくても、見る事だけなら出来ないですかね?

 そこで“黒”に聞いてみると、


 ――『任せて!』


 と、返事が有ります。何処から“姫”が出て来たのかは、“黒”も良く分かっていない様子でしたが、何とも頼りになる相棒なのですよ。


 行く手を遮るおっぱい山を、躱す様に蛇行しながら水気の中を進みます。尤も獣車が通るのはもっと山際に在る別の道なんですけどね。流石にこの季節にその道を行き来する獣車の姿は見掛けません。見掛けるのは開き直ったかの様に水の中を行く舟獣車ばかりです。

 そんな旅人の姿を横目に通り過ぎながら、視界が塞がれ、また開けてと、確かにこれでは盗賊が出てもおかしくないでしょう。

 時々ぴょこんと水面から跳ねて、その後アザロードさんみたいにブブブブと空気を噴射しながら突撃してくるのは角飛蛙モノケロプップ。別名屁き蛙は宿でも出て来た美味しい蛙です。

 喉袋からの噴出口が尻の辺りにも有り、跳ねると同時に噴出することで、角を先端とした流線型の形となって飛ぶのですね。

 同族や魚を倒すには足りても、人相手なら悪くて大怪我が関の山。角は炙ればコリコリとした珍味。肉も鳥肉の様と、ドルムさんが見付けたらいいおやつだと大喜びしそうですよ?

 飛び渡る私に向かって来たのは偶然でしょうけれど、私も丁度いいおやつと捕まえて、内臓を抜いたら雨水集めて水洗い。「活力」でこんがり炙ってコリコリと。宿でソースを貰ってきたのは正解でしたね♪


 ぴょんぴょん行くのも厭きてきたので、『瞬動』の改良をしながら行けないかと思った頃に、もう次の村からの旅人の姿が見えてきてしまいました。

 この調子では、どうにも先には進めませんね?

 そう思いながら、私は煙る道の向こうを、ふと立ち止まって見遣るのでした。



 おっぱい山岳地帯の街道沿いに点在する村々には、中心付近に大抵集会場が有りました。

 村民の交流の場でも有りましたが、軽食屋と冒険者協会の出張所も兼ねているので、旅人も良く訪れます。

 そんな場所で壁に貼られた買取表を眺めますけれど……。


「やっぱり、蛙なんて幾ら捕まえても小遣いにもなりませんねぇ」

「うむ。網を掛ければ勝手に掛かっているからな」

「動物も魔物も少ないですねぇ。蛙以外にも興味が有ったのですが」

「いや、丸木橋を壊す様な魔物も出るぞ? ただ、滅多に出会う事も無ければ、それ以外の被害も無いから依頼になっていないだけだな」

「ほほう、薬草は有るのですか。これが狙い目ですかね」

「そうだな。薬草採取に行く者も居ないから、この時期は高値が付いているぞ」

「…………それより、小父さんは私に何か用ですか?」


 私は、何故か私に付き纏っていたその小父さんを見上げます。

 すると見た目は普通の村人の小父さん、にかっと笑って言いました。


「うむ! この辺りでは毎年この頃に祭りが有ってな。旅人も含め訪れた者皆で扮装するのだが、君はそのメイヤ役にぴったりなのだよ。どうだい? 祭りは三日後だが、それまで此処に居る様なら、是非とも参加してみないかい?」

「……明日には湿地帯を抜ける予定なので、無理ですねぇ」

「――残念だ。それはとても残念な事だよ。この辺りでは美味しい魚も捕れるんだよ? ちょっと予定を延ばしてみても、損は無いと思うんだがなぁ」


 どうやら、私がデリラ方面に向かうと勘違いしたらしい小父さんから、何だかよく分からない勧誘を受けてしまいましたけれど、私は先を急ぐのですよ。


 そこからは、獣車道を横目におっぱい山を巡りつつ、薬草を集めながらの道行きです。デリラには無い薬草や水草も多いですけど、山へ入ればハーゴンも拍子草もヒノオイ草も有りますね? べるべる薬もばんばばん薬も作れそうなので、自分用にも確保しましょう。

 薬草達にも力が有りますから、水の界異点が近い魔の領域には違わないのでしょうね。

 湖を見れば、確かに魚の姿もちらほらと。今は何が美味しいのかも分からないので、次の村で教えて貰いましょうと思いながら、ひゅんひゅんと宙を渡り、ぴょんぴょんと地面を跳ねて、うろうろとしながらでも村から村へ一時二時間程も掛かりません。

 次の村でそれらの薬草を納めたら、随分と感謝されてしまいましたが、まぁ何と言うか小銭も増えてしまいました。協会出張所の片隅にある資料をぺらぺらと捲ったら、軽食屋のお姉さんにも美味しいお魚の話を聞いて、次の村へと出発です。


「ああ、メイヤが!」

「なんて惜しい事を!」


 謎のメイヤ推しですね。少し気になってきてしまいますよ?


 そしてまた薬草を集めて、山をぐるっと回って進みます。

 この迂回しながら進まないと行けないところも、旅路が嵩む理由なんでしょう。

 おっぱい山の頂上にも興味は有りましたけれど雷は怖いので輝石を飛ばして見学しました。

 本当にこぽこぽと大量の水が湧き出ているのですねぇ。デリラの街もこうなんでしょうか? 確かにこれは誰が見ても、おっぱい山に違い無いのです。


 しかし、それにしても気になるのはメイヤです。

 次の街でもメイヤの声が漏れ聞こえてきましたけれど、聞いても何故か目を逸らされてしまいます。

 気になりながらもカランと扉を開けて入った村の宿屋。


「おう、いらっしゃい」

「お食事だけですけど、大丈夫ですか?」

「おう、昼は食堂だ。まぁ、今は蛙――って、おいおい、何だそりゃ!?」


 宿屋の主人が、私が後ろに浮かせた水球を見て叫び声を上げました。


「食材は持ち込みで。美味しいお魚が食べたくなったのですよ!」

「おおう、しかしこりゃ、カラス魚がひのふの……十二匹か!?」

「一匹はご飯で、一匹は持って行けるおやつにして、残りは食事代に充てて下さいな」

「おお!? しかしそりゃ、お釣りがえらい事になるぜ!?」

「お釣りはいいですよ? そこは幸運だったと言う事で。私は美味しいお魚が食べれて幸せ。皆も美味しいお魚に有り付けて幸せ、なのですよ?」

「うははは、良し来た! 腕を揮ってやらぁ。おう、お前ら! 小さなメイヤがカラス魚を差し入れてくれたぜ! 今なら一朱金でも四両鉄でも構わねぇ。滅多に食えない高級魚、先着八名まで振る舞ってやらぁ」

「おいおい親父! 二尾はどうした!」

「そりゃ、俺らの分に決まってっだろ?」

「わはははは、ちゃっかりしてやがるぜ」


 やっぱりここでもメイヤなのですね?

 出て来たお魚は、色は真っ黒でしたけれど、身は白くて蕩ける様な舌触りで、とっても美味しかったのですよ。


「うはは、嬢ちゃん、有り難うな! 俺らも蛙にゃ飽き飽きしてたのよ」

「ふーん……ところで、メイヤって何でしょう?」

「ぅえっ!? いや!? そんなこと言ったっけか?」

「小さなメイヤって言ってましたよ?」

「うぐ……メイヤってのは、メイヤってのはなぁ、そ、そうそう、嬢ちゃんみたいな赤髪の、いい女だったって話だな!」

「そうそう! この辺りじゃおっぱい祭りって言って、おっぱい山のモデルになった女に扮する祭りが有るんだが、メイヤは何故か大人気なんだよ!」

「おい!? ――ま、昔の領主の囲われだ。美人だし、気立ても良かったってんで、まぁ、悪口じゃ無いな、悪口じゃ」


 ……何だか微妙な口振りですねぇ。

 ただ、悪口では無いと思っているのは、本当にそう思っているみたいなので、気にしないでいようかとも思ったのですが……。

 村の集会場に貼られた地図に、確かにメイヤさんの名前を見付けました。

 大体湿地帯を半分少し過ぎた辺りのちょっと奥まった所に有りますね?

 でも、他が山なのに対して、メイヤさんだけは「メイヤの丘」です。

 ――ちょっと!?

 更に地図の落書きにしても、『メイヤだって昔は!』とか『紳士同盟』とか、そんなのばかりですから、人気にしても方向性が酷いですよ!?

 全く、黒革鎧が胸の形に膨らむ筈が有りませんのに、全く呆れた人達ですよ!


 でも、次の村の集会所に、この辺りの昔話が置いて有りました。

 それによると、メイヤさん、中々悲惨な人生を送った人みたいです。

 見目麗しさを理由に、攫われる様にして領主の妾となったメイヤさん。ですがそこは諦めたメイヤさんは、領主の館でも細々と、自分に出来る事をして過ごします。

 そこに惹かれてメイヤさんは領主のお気に入りに。ですがそれを面白くない人も居る訳で……。

 或る時、領主の館から、メイヤさんが姿を消してしまいます。逃げ出したのだろうと思われていましたが、時同じくして不気味な唸り声を上げる様になり、人が近付かなくなった呪いの木の虚から、後日メイヤさんらしき遺体が下手人不明の儘発見される事になるのです。

 陰惨で悲惨な物語ですが、それからもメイヤさんは、気立てが良く優しい娘として褒め言葉になっている様ですから、確かに悪口では無いのでしょうね。


 ちょっとしんみりしながらも、薬草を集めて、魚を捕って、村と村を渡っていきます。

 四つ目の村を抜けた辺りから、山間に旅人とは違う人影を見掛ける様になりました。


 多分、盗賊なんでしょうね。


 正直、盗賊の対処というのには悩んでしまいます。殺人への忌避感、みたいなのには正直首を傾げるのですが、ここへ盗賊を討伐に来ているのなら兎も角、そうでは無いのですから悩みどころなのですよ。

 何と言うか、私の中では盗賊に限らず、人と魔物の区別が余り有りません。仲良く出来るのなら仲良く出来ますし、そうで無いなら仲良く出来ないというそれだけです。関わらないなら見逃しますし、敵に回れば斬り捨てるのにも躊躇わないでしょう。躊躇うとしたら、しがらみだとかのそんな面倒な物が付き纏う時なのでしょうね。

 逆に言えばそういう柵が多過ぎるので、人間相手は面倒なのでしょうけれど。こんな場所の盗賊なんて、湿地帯の村から出奔した人の可能性も高いでしょうから、そういう意味でも討伐だとか、面倒な事この上無いですね。

 襲ってくれば返り討ちにしますけど、なるべく捕獲の方向で。そういう事にしておきましょう。


 五つ目の村を抜けたなら、少し東へと針路を取ります。『垂れてきちゃった』リリムミシャの横を通り抜けて、『美麗ツン』のレイムカリンを右手に見ながら、『とんがり姉妹』のアルルカミュとカミラミンの間を抜ければ其処に……其処に!?


「ど、どういう事ですか!? 何も有りませんよ!?!?」


 メイヤの丘が在る筈の其処には、ぽっかり開けた空間に、満々と水を湛えた湖しか在りません。

 ちょっと雷が怖いながらも上空へ移動してみても、ここに間違いは無い筈ですよ!?

 湖の上をひゅんひゅん飛んでみても、魔力で探った湖の中は寧ろ窪地になっていて、丘なんて何処にも在りません。

 折角のメイヤに会いに来たというのに、何だか化かされた様な気持ちです?


 首を傾げながらも、六つ目の村が在る方向へと戻ります。

 こう、ぴょんぴょんと。メイヤの丘を目指していた分薬草採取もしていませんので、辺りの薬草を集めながら向かいます。

 今日は六つ目の村に泊まる予定ですから、集められるだけ集めながら行きましょうと、見知った薬草も見知らぬ薬草も合わせて採取しながらぴょんぴょんと。

 そして街道と合流する辺り。晴れていれば六つ目の村が見えている辺りに辿り着いた時、そこに彼等が居たのです。


「…………!」

「……!?」

「………………! ……!?」


 ひそひそと会話しながら村の方向を見ていますけれど。まぁ、村人では有りませんね。

 素通りしようかとも思いましたが、その村には私も泊まる予定なのです。

 まぁ、仕方が有りませんね。


「もし? もしもし? そなた達、何ぞ良からぬ事を考えてはいませんでしょうねぇ?」

「な、何だこいつは!?」

「何処から出て来た! ち、見られたからには生かしておけねぇ!」

「いけませぬよ~……良からぬ事は~……良からぬ事など考えては、いけませぬよ~~」


 ……ちょっと怪談風にアレンジしてみましたけれど、こういう事には観衆の協力というのも必要なものなのです。

 相手は非協力的な共演者ですから、今回上手く行かないのは仕方が無いのですよ?

 私の周りを取り囲んだのは八人。女の人も混じっていますけれど、小母さんですね。

 この歳までこの秘境と言ってもいい場所で隠れ暮らしていたのでしょうか? 中々に考えさせられるものが有るのですよ。


 ところで、今回は捕獲です。捕獲方法について、実は前から考えていた事が有るのですよ。

 元はべるべる薬が捕獲にも使えるかもという話が出たのが始まりですね。確かにべるべる薬は捕獲にも使えそうですけれど、強い魔物には何本も必要になりますし、鬼族になると体を崩れさせてしまいます。闇族にも使えるかどうか分かりません。そんな捕獲薬とするには欠陥も多い薬だったのですよ。

 そこで、通常の魔獣の捕獲を考えてみました。すると、幾つかの方法が思い付きます。投げ網、落とし穴、罠、薬、他にも兎に角弱らせるとか、打撃武器で昏倒させるとか、四肢を折って動けなくするとか。つまり、自由に身動き出来ない状況に追い込むのです。

 弱らせるとか、昏倒させるとか、四肢を折るとかは、無傷で捕獲する場合には向きません。投げ網も扱う人に技量が必要です。罠もそう簡単に用意出来ないと思えば、優秀なのは落とし穴と薬です。

 この場合、落とし穴に嵌めて行動を制限されたところを、眠り薬や痺れ薬を使って捕獲する訳ですが、もう少し簡単で確実にする事が出来そうですよ。

 薬は工夫の仕様も有りませんから、落とし穴が肝要です。

 まずは通常の落とし穴。獲物を落とすために、獲物より大きな穴を掘る必要が有ります。それを落ち葉などで偽装して、更に獲物を其処へ誘導しなければなりません。労力と確実性の点で問題が有りますし、追い込みなんて一人では難しいでしょう。更に言えば、穴に落としたところで、暴れ回って危険です。魔獣の捕獲は中々に難しい物なのです。

 ですが、魔法が有れば話は別です。必要最小限の穴を瞬時に空ける事が出来るなら、労力も追い込みの手間も要りません。獲物の脚下に脚だけすっぽり入る穴を空けて、すぽっと穴に嵌めましょう。棟梁と一緒に柱の為の穴を空けた、あの経験が活きてくるに違い有りません。土に隙間を空ける様に、ぎゅっと押し広げるのがこつなのです。暴れる余裕が無いならば、危険度だって激減ですね。

 更に確実を期すならば、穴を空けた瞬間に、魔力で脚首を掴んで穴の中へと引き摺り下ろすのです。跳ねる地面が脚下に無ければ、最早逃げる事は叶いません。

 そうして穴に嵌めてから、ぎゅっと押し広げていた力を抜けば、きっと穴が狭まって抜け出る事も出来なくなるに違いません。

 おお! 何と言う完璧な捕獲法でしょう! 惜しむらくは、『根源魔術』が必須なので、もふもふ天国を作りたいと言っていた新人さんには、まだ無理な事でしょうかね?


 では、ご協力者様方。ご準備は宜しいでしょうか!?


「良からぬ事は~~いけませぬよ~~~!!!」


 さぁ! 今ですよ!!


「「「「「「「「ギャーーーー!!!!」」」」」」」」


 おお……おおおお!! 見事に捕獲出来ましたよ!!

 皆さん、見事な嵌まりっぷりです! 穴に落ちる時に両手を挙げるのは様式美でしょうかね!?

 ここで早速お薬です、よ?


「「「「「グ……グ……ググ……グガ……ガ……」」」」」


 ……おや? べるべる薬を飲む前から、両手を挙げて不動です?

 …………まぁ、薬も無しというのも信用置けませんので、ここはやっぱりべるべる薬ですよね?

 問題有りません。材料は充分に採取してあるので、ここで作ってしまえるのです。


「「「「「――べるべるべるべるべるべるべらぎゃばーーー!!!!」」」」」


 そうです! こうでないと、信用なんて出来ません。


「「フ……フ……フヒ……フヒ……フヒ……フハ……」」


 こちらは何でしょう? ばんばばん薬でも無いのに、上体を悶えさせて踊ってます?

 …………やっぱりばんばばん薬でないと信用なんて出来ませんよ?


「「――バババババババババババババババババババババ!!!!」」


 おや? 激し過ぎますね?

 あ! 雨ですか。雨の刺激で踊り狂ってしまうのですね?

 私の周りは雨除けをしているので気が付きませんでしたよ。


「う……ぐ……うぐ……」


 小母さんの人だけは、呻きながら上体を倒していますけれど……ここは仲良くばんばばんですかね!


「――バババババババババババババババババババババ!!!!」


 それにしても突然落とし穴に落ちると、こうも錯乱する物なのですね。確かに突然足首を掴まれて引き下ろされれば、吃驚する事間違い有りません。

 ですが、べるべる薬もばんばばん薬も優秀ですけど、捕獲用には喧しいですね。

 新人さんの希望を叶えるには、もっと別の薬が必要そうですよ?



「――ほう、そうか。落とし穴に嵌めて薬で自由を奪ったと」

「八人もいて面倒ですし、他にも色々面倒そうなので全部お任せします」

「ふむ……成る程な。英雄は伊達では無いか。配慮有り難く受け取ろう」


 盗賊の回収を話する為に、冒険者協会の認識証を見せる事になった出張所の職員が、顎を擦りながらそう言いました。

 やっぱり、そういう配慮は必要になるんですねぇ。面倒な事ですよ。


 話が終わったので、宿へでも行って、得意料理でも聞いてから材料を調達に行こうかとも思ったのですけれど……。


「やあ、君。もう直ぐこの辺りでお祭りがあるんだけど、一緒に参加しないかい?」

「君にぴったりの役が有るんだよ?」

「そうそう、楽しいお祭りだから、絶対に気に入るとも」


 湧いて出て来ましたね?


「またメイヤですか? 見に行きましたけれど、丘どころか寧ろ凹んで湖になっていましたよ!?」


 すると、集まってきていた小父さん達。大袈裟な身振りで悲嘆してみせながら、


「「「メイヤだって昔は!」」」


 ……ちょ、ちょっと待って下さい!? そういう事ですか!?

 そういう事なんですかね!


「こらー!! 私のこの服は革鎧ですよ!! 革鎧が膨らむ訳無いですよ!!」

「「「皆、そう言うんだよ?」」」

「あー! もう怒りましたよ!! そんなにぺったんこのメイヤが見たければ、可愛い男の子に女装でもさせればいいのですよー!!」


 そう叫んだら、何故か周り中からガタンと椅子の鳴る音が響きました。


 愕然とした顔で「天才だ……」と呟く髭の紳士。

 頭を抱えて「悪夢だ……」と嘆く禿頭の小父さん。

 悪夢だなんて言う人には、お姉さん達が詰め寄って、「何を言っているの画期的よ!」「私達にも祭りを楽しむ権利があるわ!」とてんやわんや。


 ちょっと怒りが拍子抜けしてしまいましたね。ですが、どうもこの辺りに長年続いたお祭りに、妙な一石を投じてしまった様に思います?

 何だか変わってしまったお祭りの方は、見てみたい様な残念な気持ちを抱えながら、私は宿へと退散したのでした。


 そして次の日の朝。

 どうやら盗賊達は無事に回収されたらしく、集会場の隅で縄を巻かれて転がされていました。

 目に光が無かったり、ぶつぶつ何やら呟いているのは些細な事です。でも、べるべる薬にもばんばばん薬にもそんな効果は有りませんので、未だ落とし穴に引き摺り込まれたショックが続いているのでしょうかね?


「おう来たか。……内の村の出身が居たよ。隣の村の奴も居るかも知れん。世話を掛けたな」

「いえいえ。村を見ながら悪巧みしていなければ、素通りしていたかも知れませんので、偶然ですよ?」

「しかしなぁ、回収してきた奴らによると、横倒しにすれば解除されるという事だったが、穴に嵌まったままでは倒す事も出来ずに難儀したらしいぞ? 結局引き抜くしか無かったらしい」

「おお!? それは大丈夫だったのですか!?」

「いや、大変だったらしいがな。ふふ、引き抜けば絶叫するわ、その後気を失うわで、雨の中だ、心音も確かめられんから、殺してしまったと思ったらしいぞ?」

「はぁ。それであんなに放心しているのですね」

「いや、あれは……ふ、気が付いてないなら、まぁ良いか。何にせよ助かった。道中気を付けてな」

「はい。お世話になりました」


 なんと、落とし穴に嵌めると引っこ抜くしか無かったなんて、それは気が付きませんでした。

 盗賊達にも、回収した人達にも、悪い事をしてしまいましたね。

 それにしても、しつこいメイヤ押しの理由も知れてしまえば、村に寄るのも億劫になります。九つ目の村が特産品を作ろうと、色々と手を掛けているらしいですし、其処で早めのお昼にすることにして、後は素通りしてしまいましょうかね?

 おお! 何だかそれがいい考えの様に思えてきましたよ? 今日は商都まで行く予定ですし、湿地帯の先は道だって分かりません。早めに行くのが良さそうですよ!


 思い立ったが幸いと、集会場を出たその場で私は空へと飛び立ちました。

 向こうの空には晴れ間も見えていて、今日は何だかいい日になりそうですよ!



 ~※~※~※~



 ディジーリアが立ち去った集会所では、見送る男達が溜息を吐いていた。


「嗚呼……メイヤが行っちまった」

「あんなメイヤはそうそう居ないんだがなぁ」


 女達は、そんな男達を見てからかいの言葉を口にする。


「何? あんたが今年はメイヤをしたいのね?」

「ふふふ、ごついメイヤが出来上が――」


 しかし、そんな言葉は、ガタッと激しく壁にぶつかる何かの音が遮る事になる。

 その後に、繰り返されるメイヤの名。


「メイヤ……メイヤ! メイヤー!!!!」


 縄で縛られた、盗賊の女が目を見開いて叫んでいた。


「お、おい? 一体どうした!?」

「そ、そうだ、メイヤだよ! メイヤだったんだよ!! 確かに彼奴は、メイヤの丘からやって来ていたよ!! ――おかしいと思ったんだ、あたしらの後ろから現れるなんて、どう考えてもおかしいよ! 彼奴がメイヤだったんだよ!!!!」


 錯乱する女盗賊に、薄笑いを浮かべた男が何を馬鹿なと集会所の扉を開ける。

 そして、そこで動きを止めた。


「……居ねぇ。今、出て行ったばかりだよな?」

「ほ、本当だ! どういう事だ、足跡もねぇぞ!?」

「いや、足跡なんて一杯有るじゃないか――」

「あんな小さなあんよの足跡を、俺が見間違う筈はねぇ!!」


 ぞっとした顔で、動きを止める男達。


「あ、彼奴は、メイヤは、あたし達を前に顔色も変えずに、『良からぬ事はいけませぬよ』なんて、巫山戯た事を言っていたんだ。あたしらは馬鹿にして、あのメイヤを取り囲んじまった。あの血の様に赤い髪のメイヤを! そしたら、こいつらが、こいつらが! 玉を砕かれた上で木にされちまったんだよおーーー!!!!」

「お、おい、こいつ、さっきからぶつぶつ言っていると思えば、延々『俺は木だ』と言ってやがるぞ!!」

「まさ、か……木の虚で、生きながら殺されたメイヤの……!?」

「あ、あたしも、メイヤに、メイヤに目を付けられて、ああーーー!!!! 悪い事なんてしなければ良かった!!!! 悪い事なんてしなければ良かったよーーー!!!!」


 しんと静まり返る集会所。

 はっと気が付いた男が口を開く。


「……そう言えば、メイヤ役を男にやらせようとしたのは」

「は! 玉を砕かれて!? ま、まさかメイヤは領主を恨んで、男を恨んでいるのか!?」

「ま、待て、俺達も玉を砕かれるのか!? それとも、男に、男に!!!!」



 おっぱい山岳地帯の中央に近いメリーピアの村に、新たなメイヤの伝説が生まれようとしていた。

 呪われた再来のメイヤ。血髪玉砕ちがみたまくだき呪木子じゅぼっこの伝説が!

 呆れ果て黙っておく事にした冒険者協会出張所の、バータルオイン所長が口を割る時までは!!

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