(65)いざ出発ですよ!?
「お、お、お前なぁ、私の依頼を放ったままで王都へ行こうっていうのは酷くないか!?」
ライラ姫が駆け込んで来たのは、一通り挨拶回りも終えて、準備が出来れば王都へと出発するというその日の事でした。
まぁ、準備と言っても警備とお客様への対応用に、全身鎧一領を仕上げようというのですから、一日仕事では有りますけれど。
ライラ姫が慌てて持ち込んだ双剣とその素材、ククさんの弓の素材を使って、双剣と預かったままの弓をささっと仕上げてしまいましょう。
と、その前に『鑑定』です。
あの後、一眠りすると私の『識別』結果が視界から消えていましたので、もう一度自分自身に『識別』を試したところ、前には見えなかった『儀式魔法』が増え、各種知識系技能が増え、としていたのです。
そうなると、『鍛冶』だとか『木工』だとか私自身が使える物に関してなら、『鑑定』だって出来るのですよ?
「『鑑定』」
私の傍らに転がしているのは、見た目は頭程の鉄の玉です。
実際には内側から、空洞、色を抜いた私の輝石、色付きの私の輝石、鉄と、多層構造になっています。
空洞部分に色を抜いた私の魔力を充満させておけば、態々『儀式魔法』を使う度に、魔力から色を抜く事を意識する必要も無いのです。
『識別』や『鑑定』も色々と種類が有るみたいですけれど、何か限定する事情が無ければこれも指定する必要は無い様ですね。魔物素材の武具なんて、それこそ『鍛冶』か『錬金』か
神様技能が便利過ぎますね。これでは『根源魔術』が後回しにされる筈ですよ。
――ランク四【蟷螂双剣】対のギョモスフィンソー
『修復+』『鋸歯刃』『流血』『気刃』
――ランク六【硬猫脚弓】ギィルマンの三番弓
『修復』『頑強』
……名前とかランク以外は、何となく私でも感じていたものと大きく変わりませんね?
ランクなんかは世の中との摺り合わせが必要ですが、それ以外で自分の感覚と大きく変わらないなら、余り神様技能に頼るのも考え物かと、一晩寝たらそう思う様になりました。
便利なんですけどね。私自身の感覚が鈍る様な気がするのです。
まぁ、でも、思っていたよりも皆さん、自分のランクよりも低いランクの武具ばかり使っていますね。私も金床や鎚の事が有るので人の事は言えませんが、ランク二のライラ姫が使っている武具がランク四は低い様に思うのですよ。
ククさんの弓に至っては……これでは今のククさんには只のお荷物でしか有りません。躊躇いなく置いて行く訳ですね。
で、同じ素材の破損品やら何やら、結構大量に集めてきてくれていたので、それらを使って強化してみたのがこちら。
――ランク二【蟷螂双剣】対のギョモスフィンソー ディジーリア改
『専属|(ライラリア)』『修復++』『頑強』『鋸歯刃+』『流血+』『気刃+』
『蓄魔+』『魔法出力+』『魔力増幅++』
――ランク三【硬猫脚弓】ギィルマンの三番弓 ディジーリア改
『専属|(ククラッカ)』『修復+』『頑強+』『長射』『雷纏』
『蓄魔+』『魔法出力+』『魔力増幅++』
ライラ姫からも魔力を絞り出したので、今もまだライラ姫は応接室でぐでっとしています。
ですが、赤蜂の針剣で分かっていた事ですけど、魔物素材の武具には他の魔力は練り込み難いですね。下手に練り込むと、能力を損ないそうなのも悩み処です。
それに、強さを引き上げようにも、これも限界が有る感じです。
初めから或る程度強く何らかの特殊能力も有る代わりに、強化が難しいのが魔物素材の特徴なのかも知れません。
それでも、ククさんの弓に『雷纏』なんて付いたのは、強化する前は元々の能力を引き出せていなかったからでしょうか。大量の“気”と魔力を籠めれば、黒毛虫も斃せるかも知れない雷を纏った矢を放つ事が出来そうです。その分弓の張りが強くなりましたが、そこはククさんの頑張りに期待ですね。
『蓄魔』とかの魔法関係は、あしらった輝石の効果でしょうかね。
「これは……これはいいな! 感動だぞ!」
私が魔紋とかに通じていれば、もう少し違う強化の余地も有りそうなだけに微妙ですけれど、ライラ姫は甚くお喜びの様子です。
「『気刃』の能力も上がっているので、今迄と同じ調子で手加減してもスッパリといきますから、注意して下さいね?」
「おお! 分かっているとも! こいつは実戦でしか使わないから大丈夫だ!」
「……斬線の延長に味方がいると斬れてしまうかも知れませんよ?」
「何!? そこまでか!? 分かった。重々注意しよう!」
ちょっと今の浮かれたライラ姫に、ククさんの弓を預けるのは心配なので、ククさんの弓は後でオルドさんに預ける事にしましょう。
なんて思っていましたら、警備鎧が出来上がる頃に、雨に濡れたククさんがやって来ました。
「弓はもう出来ていると聞いたんだが」
「おや? 姫様に会いましたか?」
「参ったぜ。家にまで突撃されて、姫さんに自慢されてな」
「……それはご愁傷様です」
そう言いながらも、もしかしたらククさんとライラ姫は、いい飲み友達なのかも知れません。
「これか……」
「弓の張りは強くなりましたが、気と魔力を籠めれば矢が雷を纏う様になりましたね」
「何っ!? ……悩ましいな」
「ですねぇ。双剣に較べると見劣りしますし、矢もそれなりの物が必要でしょうし。ランク三ですから頑張れば
「…………おい、ちょっと待て!?」
待てと言われて暫く待つと、考え込んでしまっていたククさんがその頭を上げました。
「……どうやら、ディジーさんの双剣が凄すぎて、自分の実力を見誤ってしまっていた様だぜ。俺はまだランク三にも至らなければ、この弓だって格上だ。目が覚めたぜ。ディジーさん、この弓は有り難く使わせて貰うな」
「ククさんがいいなら、それでいいですよ?」
すっきりした顔でククさんは帰っていったのです。
ガズンさん達のもライラ姫のも、対価は魔石としていますから、どれだけ頂けるかは王都から帰ってきた時のお楽しみですかね?
ところで造り上げた警備鎧ですが、大きさは大人でも少し見上げるくらいで、でも例によって例の如く強度を考えていない形だけの鎧の、張りぼて警備鎧なのですよ。
素材は使い余った銀を全てと言いたいところでしたが、正直重くし過ぎても足跡とか床とかが心配になるだけですので、残った銀の半分程は秘密基地の中に仕舞い込んでしまいました。装飾は金と私の輝石です。鎧だけでは動かすのが難しかったので、中にはサルカムで作った
見た目は白銀の騎士ですので、こそ泥なんかには負けませんよ?
留守の間に一つだけ心配な事が有るとすれば、それは私の土地の水捌けですね。ですが、これはもうどうしようも有りません。壁を含めて至る所に私の輝石を仕込みましたので、いざとなれば「斥力」や「流れ」を使って雨水を弾く事も排出する事も出来ますから、この雨期の間は様子を見るしか有りません。
まぁ、雨水除けは、その気になれば侵入者除けにもなりそうです。
少し悩みましたが、鎚は二本とも持って行く事にしました。荷物にはなりますけれど、『亜空間倉庫』が使える様になれば、その中に入れておけばいいのです。持ち運び出来る金床ばかりは作る必要が有りましたが、腕に着ければ小盾になる様にして、普段から使える様に工夫しました。
瑠璃色狼の要望で、幾つか大猪鹿の魔石を追加で確保しておきましたが、その中の幾つかは輝石に纏めて、これも他の私の輝石と一緒に秘密基地の中に仕舞ってあります。
――と、ここ迄来れば、流石に遣り残しは無いと思うのですよ。母様にはノッカーを渡しましたし、研究所にも大きめのノッカーを置いておきました。いつもは採集物を入れるために空けてある背負い鞄の中に、着替えを何着か入れておけば、後は学院で必要になりそうな書類くらいです。
細かな事を言うのなら、手元に残る金貨を掻き集めれば小袋二つ程になりましたし、輝石も色々取り混ぜて小袋一つ分くらいは用意しています。道中の手慰みに『ステラコ爺』の最新刊も放り込みました。海魔の水衣を玉に纏めた物も入れていますので、大抵の事には対応出来ますよ?
普段森の探索に出る時よりも充実しているのですから、これで問題が有る筈が無いのですけど、どうにも旅をするというのも初めてで、これでいいのかと悩んでしまいます。
ですが、もう夏の三月十一日です。初めの予定では、昨日には出発していた筈なので、余りのんびりとしてもいられません。
もういいですよね? いいに決まっています。いいと言う事にしちゃいましょう!
そう思ったところで、今度は研究所のノッカーから呼び出しが有りました。
『ディジー、まだ街にいるのかい?』
「ファルさんですか? 何の御用でしょう?」
『研究所の職員を募集したら、沢山人が集まってね。折角だから所長とも顔合わせしておきたいと思ったんだよ』
「……ファルさんでは駄目なんですかね?」
『はははは、ディジーの学園での仲間も一杯来ているからね。是非ともディジーには来て欲しいのさ。明日の朝とかは大丈夫かい?』
「もぉ~……いいですよ。でも、明日の昼には王都に向けて出発しますから、そのつもりでお願いしますね」
そんな事で、デリラ最後の日は、研究所に寄ってから行く事になりました。
その日の内に荷造りを終えて、早めにお休みしたのです。
そして次の日、降り続ける雨風を魔力で弾きながら、言われた通りに研究所まで出向いてみたのですけれど……。
「ちょ、ちょっとファルさん、どういう事ですか!?」
「うん? 学園の仲間が応募していると言ったよね?」
「だからと言って、殆ど学園の子供じゃ無いですか!」
「ははは、新人を募集するのに、学園の子が多くなるのは当然だろう? 必要なら協会に依頼を出して現役の冒険者を一時的に雇うぐらいさ」
引退した冒険者なんて集まらないと言い放つファルさんの言葉通り、研究所の大広間できらきらした目を向けて集まっているのは殆どが学園の子供達です。
私は確かに、研究所は昏い森の魔力を扱う危険な場所になると伝えた筈ですが。
「領城で研究のお手伝いをしてくれた人はどうしたのです!?」
「あー、あれも領城のメイドに手伝って貰ったんだよ。ほら、そこに居るのがそうだね」
「ちょ!?」
吃驚して見てみると、確かに若いメイドさんが三人居ます。
慌てて駆け寄って、ぺたぺた触りながら診察してみて、まぁ大丈夫そうだとほっと息を吐きましたけれど、ちょっと認識が甘くないですかね?
「私が提案した内の一つに、魔の領域の環境を再現して、畑で薬草を育てる研究が有ります。何故、魔の領域の環境を再現するかというと、それが薬草にとって毒だからです。毒に打ち勝つために産出している成分が薬効を持っているからですが、それは人間にとっても毒なのです。恐らくは毒煙の毒と同じ物。それなりのランクが有って、魔力と“気”の業でどうとでも防げる人ならいざ知らず、只の一般人に耐えれるものとは思えません」
「いや、魔石の魔道具は何処でも使われているじゃ無いか?」
「魔石入れの中に魔石屑が封じられる魔道具と、直接魔力を吸うのが同じだと思うのなら、ファルさんも魔石を崩して魔力を吸ってみればいいのです。そういうのを世の中では毒煙吸いと言うのですよ!」
「!?」
「昏い森の深部に入った事が無いなら、あの異質な感じも分からないのかも知れませんけれど、ガズンさん達が今の話を聞いたら、猛烈に
「ちょ、ちょっと待って! 私はお花ハンターになりたいの! 研究所が無くても森の中に行くつもりなの! でも、研究所が有ると凄い助かるのよ!」
集まっていた子供達に混じっていた花屋のリューイが、そう叫びます。
「私は野菜が美味しくなる研究をしていると聞いてきたんだよ! 研究所まで無くす事は無いと思うよ!」
クルリも一緒に声を上げます。
「今弱くても、これから強くなるから大丈夫!」
「魔石を扱わなくても出来る事は色々有るよ!」
「段階を踏んで進んでいくから、何とかなるって!」
他にも見覚えの有る子供達が声を上げます。
……数人混じる大人の人達が、居心地悪そうにしていますけれど、感じる気配からは子供達と大したランクの違いが有りません。思った事が全部子供達に言われてしまって、所在が無くなってしまったのですかね。
ですが、これは結構大きい問題ですよ? 毒煙の治療にばんばばん薬を作り出したりしている研究所が、毒煙患者を量産するなんて話にもなりません。しかも数十年後まで分からないとなっては
「まぁ、研究所には色々な人が関わっていますので、今更取り止める事は出来ませんが、少なくとも薬草の栽培については暫く凍結ですね」
「いや、それは――」
「無理ですよ? クルリに毒煙吸いながら薬草を育ててくれなんて言うのですか? ですから募集するのは少なくとも引退した冒険者で、何が有っても大丈夫な様に街から離れたこの立地なのです。薬草栽培は、敷地の中の人間が、毒煙に晒されても平気になるまでは手を付けられない案件ですね」
ファルさんは頭を抱え込んでしまいましたけれど、ここははっきりさせておく必要が有るでしょう。
「皆さんも、勘違いしている人も居るかも知れませんが、この研究所で扱うのは、どれもこれも冒険者協会支部長のオルドロスさんが頭を抱える危険物ですよ。それでも私が死蔵しているよりは世の中の為になるからと、研究所を創る事を勧められたものなのです。
例えば大猪鹿。幻と言われるお肉だけでも戦略物資に成り得ますが、それよりも幻と言わしめた能力が問題です。王城に誰にも気付かれず潜り込める力の秘密を知ってしまえば、只の研究者だなどと言い募ろうと、狙われずには済まないでしょう。
偶然の産物であるべるべる薬も、毒煙の治療に開発したばんばばん薬も、どちらも本人の意志に関わりなく、体の自由を奪う薬です。これも犯罪者に奪われたら大変な事で、今でも冒険者協会ではそうしている様に、厳重な管理が必要な物なのです。
鬼族の角の利用法にしても、前に王都に提出した論文は閲覧制限が設けられる事になりました。
一番ましなのが鬼族の死骸の肥料への利用ですが、それも長期的に見て影響が出ないかはまだ分かっていないのです。
薬草の栽培なんて言うのは、いざとなれば冒険者に採取依頼を出せばいいのですから、優先順位は一番低いですね。それでも栽培法自体が、これは研究者に危険の有る方法ですから、危険で無い物なんて無いのですよ」
あ、ちょっと空気がぴりっとしてきましたね。そうですよ? 私が言えた事では有りませんが、危険に敏感にならないと、平和な暮らしは遠退いてしまうのです。
「そんな研究所ですから、本当なら学園を出たばかりで戦う力の無い人には厳しいと思っています。家族を人質に取られて、研究の秘密を迫られる事も無いとは言えません。領城の肝煎りとして此処に居るファルアンセスさんは、所長代理として研究所を動かすのに必要な色々な手続き代行してくれていますけれど、一番重要なのは研究の監視と事件があった場合の対応に有ると考えています。私は別にこの研究所で稼ぐつもりは有りませんので、不要とは言いませんが、商売っ気は要らないのですよ」
そう告げると、視界の隅でファルアンセスさんが、やってしまったという風に顔を顰めていました。……妹の友人だからと、別の方向に力を入れてしまったのですかね? そんな事で、領城は動かないと思いますよ。
「と言う事で、この研究所の研究に関しては、監視が入りますし、何か事件が起きれば『判別』の技能等を使って事情聴取もされますね。大抵の案件に『根源魔術』が関わっていますので、『根源魔術』だけで
そこでファルさんを見ると、情け無い表情でこちらを見遣っています。
「ファルさん、今日のお昼はどうする予定でした?」
「昼? ……あ、ああ、昼食なら食堂を開ける予定だったよ」
「私の預け金で? ――なら、それはそのまま進めて下さい。他に領城からの職員は?」
「それならそこのビアンとリジルだ」
見れば、青年に入り掛けの男女のペアです。
「……貴方達は、甘い考えをしていましたか?」
視線を向けた途端に、ビシッと直立した男性がビアンで、女性がリジルですかね?
「は! 甘い考えを持っていました!」
「美味しい仕事と思っていました!」
「……む、素直で宜しい。ですが、研究所の警備としては、人数的にも少し頼り無いですねぇ。肥料に鬼族の死骸を使うとなると、引き寄せられて魔物の襲撃が無いとも限らないのですから、警備態勢も見直しですかね」
そう口にすると、目の前の二人だけでは無く、ほぼ全員がぎくりと体を震わせました。
「いえ、可能性は有るのですよ? 私が見た
まぁ、魔の領域を出れば、強さも半減するとは聞きますがね。
それにしても、街を出ると決めたその日に、何とも面倒臭い事ですよ。
街を出る前に知れただけに、良かったのかも知れませんけどね。
「聞こえていた通り、お昼は食堂で出るそうです。私は、甘い考えをしていたらしい所長代理と一緒に、これから領城で打ち合わせです。この研究所に馴染めないと思う様でしたら、引き上げて頂いて構いませんが、その場合はそこのビアンさんとリジルさんに伝えてからにして下さい。それでも研究所に勤めたいという方は、夕方までには戻って来ますから、それまでは残っていて下さいね」
背負い鞄だけ所長室に置かせて貰って、ファルさんをぶら下げながら、雨風の中を領城へと宙を渡ります。
「あの子達は皆ディジーに恩義が有って、何より裏切らないいい人材だと思ったんだよ」
「私はあんなに大勢とは関わっていませんよ? それに、それを聞いたら余計に同意は出来ませんね」
「何故だい? 気心が知れているのは大切な事だろう?」
「花畑の大将を気取っていた仲良しグループと、私を同じにしないで下さいよ。……やっぱり、認識を摺り合わせる必要が有りそうですね。領城に着いたら、ファルさんは直ぐに会議を招集して下さいよ?」
領城へ着く前に思い立って、私はノッカー越しにオルドさんへと連絡を取りました。
『オルドさん、オルドさん! 今いいですか? ちょっと緊急の用事なのですよ!』
「んん、ん? ディジーか? ああ……ノッカーか。何か用か?」
『今日研究所で新人候補と顔合わせが有ったのですけど、各方面で色々思い違いをしている様なので、認識合わせとご意見を伺いたくて、緊急で会議を招集したいのですよ。これから領城に来られますか?』
「んん? 何が有った? まぁいい、分かった。今から向かおう」
そんな遣り取りの儘に、丁度領城の入口で雨具を着たオルドさんと合流しました。
「おい、会議を招集したお前が何故ここに居る?」
「これから招集するのですよ。と言う事で、ファルさん急いで下さいね!」
雨具越しでも少し濡れてしまっているオルドさんの水気を、ぴぴっと弾いてしまってから、一緒に領城へと入ります。
こんな雨の日に、本当に面倒な事ですよ。
先に空いている会議室に入ってしまえば、三々五々領城の重鎮達が集まってきてしまいました。
雨の日は誰も出歩かないので、事件も事故も火事も起こらないからでしょうか。領主様にライラ姫、他にも見た事の無い厳つい方々が連れ立ってくるのは、頼もしいと言えば頼もしいのですが、少し吃驚してしまいます。
そこで経緯だとか、招集した意図だとか、研究所でも述べた話だとかを説明したのですけれど――。
「…………良かった……ディジーが危険物だとしっかり認識してくれていて、本当に良かった……」
振り絞る様にオルドさんに言われると、ちょっと考えてしまいますね。
「もう! べるべる薬だって管理をお願いしたでしょう! 伝えてもいい相手は、ちゃんと理解しているのですよ!」
「お前は! 気軽に危険物ばかり持ち込んでくるだろうが!」
「ちゃんと様子を見て小出しにしていましたよ? 本当に危なそうなのは出してもいませんし」
「何!? 何だと!?」
「……ノッカーなんて、説明も何も出来ませんよ?」
「お、お前!?」
「まぁ、待て。冒険者に秘密は付き物よ。理解した上で出せない情報だというなら、寧ろ安心じゃわい。それより認識の摺り合わせとの事じゃが、研究所の認識はディジーリア殿の認識でいいのかの?」
「……俺は全面的に賛成だな。正直ライカが勝手に推し進めようとした時には大丈夫かと危ぶんだものだが、ディジーの方が真面な感覚でいたとはな」
「む、それは済まなんだの。しかし、これはディジーリア殿が受けて然るべき栄誉では無いのか?」
「はぁ、それが余計なお世話というのだ。ほら、ディジー、言ってやれ」
「私ですか? えー、私は私の必要としている分については自力で何とかしていますので、研究所の成果とかには別段興味は無いですね。望む人が望む結果を得られたなら、それがいいのではと思いますよ?」
「しかし、それはお主の栄誉じゃろう?」
「違いますよ? 私は私の使える技術を提供しただけで、それを誰かが他の人にも使える技術にしたのなら、それはその人の成果です。それに、栄誉とか分かりません。冒険者が背負うのは、背負い鞄に入る分で充分です。ちょっと気分が良くなるだけの事に、面倒事を背負い込むのは御免です」
「な? こいつはこういう奴なんだよ。と言うよりもだ、冒険者というのがこういう奴らだ。この件に関してだけはな、俺達がディジーに余計な気を回させている立場だ。管理体制の見直しも、警備の引き締めも、ディジーがそれが必要だと言うのなら受けるべきだと俺は思うぞ。何より、俺が聞くにもディジーの言っている事が全て正しいわ」
珍しくオルドさんが全面的に味方に回っています。
いえ、何時もの小言も、心配して味方でいてくれているからでは有ると理解しているんですけどね? ちょっと心配が過ぎると感じる時も有るのですよ。
「……ちょっと気分が良くなるだけの事か。確かにのう、ちょっと気分が良くなるだけの事かも知れんなぁ」
「ふむ、第三研究所と名付けたのも嬢ちゃんだったか。姿形に惑わされて、儂らの
「くくく、己に爺馬鹿の気が有ったとは知らなんだわ」
何とか、上手く話が纏まりそうですね?
それでは、思ったよりも早く終わりそうですし、そろそろお暇しましょうかね?
「昏い森の魔力の危険性なら、ガズンさん達に話を聞くのもいいかも知れませんね。私よりも奥地に入っていますし、ガズンさんは身を以てその危険を体験していますからね? ファルさんとも昔の仲間ですから、指名依頼で相談するのも良いでしょう。……ファルさんは殴られてしまうかも知れませんけれどね」
「く、確かに。奴が聞いたら目を剥くわ」
「それでは話は纏まりそうですし、後は皆さんに任せて私はお暇しましょうかね?」
「ああ、そうだな。――いや待て。研究者を目指していない新人の説得は、任せた」
「む。仕方有りませんねぇ。私に関わりが無い訳でも無さそうですし。説得したら、そのまま王都へ向かいますね」
ですがそれでもまだ収まらないのが領主様です。
いい加減しつこいのですが、これはどうも性質の違いを理解していませんね。
「じゃが、お主は本当にそれでいいのか? 何の誉れも無いままで」
「……そう言えば、ゾイさんが言ってました。冒険者には一人で行動するのを好む者と、集団で行動するのを好む者が居るのだと。騎士はきっと集団寄りなのでしょうね。ですから、集団の中での位置付けを気にして、栄誉なんて求めるのです。一人を好む者にとって、栄誉なんて言うのは集団の中の位置付けを押し付けられる様な物で、煩わしいだけですね。冒険者の栄誉なんてランクだけで充分ですし、それなら私も鬼族限定でランクBですからもう間に合ってますよ?」
「おいちょっと待て! 途中までは納得したが、最後にまた危険物を混ぜ込んでいくな! 何だその鬼族限定のランクBというのは!?」
「私の『短剣術』は大したことが無いのに、総合力で守護者を圧倒したりしたから、実績でのランクで暫定なんだそうですよ?」
「だから、それは何処の情報だ!?」
「『儀式魔法』で神々に問い合わせた答えです」
「「「「「……は?」」」」」
暫し沈黙が訪れた後に、オルドさんが席を立って、片手を上げて告げました。
「……それでは、決を採ろうか。俺はやはり、このディジーリアこそが一番の危険物ではないかと思うのだが、どうだろうか」
「「「「「異議無し!」」」」」
いや、ちょっと待って下さいよ!? 皆さん『儀式魔法』で、神々と対話しているのでは無いのですか!?
いえ! 『儀式魔法』ってそういう物の筈ですよ!? ちょっとその扱いは酷くないですかね!?!?
辞去してから一度家に荷物を取りに行って、それからファルさんと一緒に研究所に戻ると、大人の人と殆どの子供達が残っていました。
まぁ、まだお昼を過ぎたところですからね。引き上げるつもりでも、ご飯は食べていくでしょう。
そこで私は、顛末と私の立ち位置を説明したのです。
私が所有していますが、研究所への思い入れは薄い事。研究所が成果を上げようと、それは私には関わらない事。やりたい事が有って研究所に入るならいいですが、そうで無いなら辛くなるだけだろうという事。研究所で何かを成し遂げたならそれは喜ばしい事ですが、街のお店で大成しても同じく喜ばしいのだという事。
そういう事をつらつらと述べると、あれだけ居た子供達が十数人まで減りました。
そうなると大人の人の方が目立つ事になりますが、殆どは見学しているだけの、王都や商都、隣領の研究者達でした。他人事の様な顔をしているのが居る訳ですよ。
ちょっとこれには頭を抱えてしまいましたけれど。余所の研究者の前で、研究予定の内容を喋ってしまいましたよ?
ですが、それもファルさんが既に喋っていた事だった様で……。ファルさんに対処と報告はお任せですね。
それで残った大人の人は六人です。メイドさんも入れると九人ですけどね。メイドさんも領城からの職員扱いで、食堂とか洗濯だとか、諸々のお手伝いをしてくれるらしいです。
個別に話を聞いていくと、まぁ、残っているのはそれなりにやりたい事が有る人達みたいで、何よりですね。
「私は野菜をもっと美味しくするんだ」
「お花ハンターになって、未知のお花を届けるのよ」
「私も農家だから、やっぱりね」
「僕もそうだね」
クルリとリューイは魔物肥料への期待ですかね。
クルリのところのアリンお姉さんとイリスお兄さんも居ます。
「新しい事を生み出すって言うのが何よりの魅力だろ」
「「「うん、そう思うんだよ」」」
こんな感じの人も居ますけれど、まぁそれもいいでしょう。
「わ、私は、特にやりたい事が有った訳じゃ無いけど、でも、お肉屋さんだもん! 動物の事なら任せてよね!」
「おいおい、死んだ動物のことで出しゃ張られちゃ困るな。俺は牧場勤めだが、黒岩豚の相手は体力的に厳しくなってきてな。大猪鹿は図体の割に大人しいんだって? いや、大猪鹿と聞けば他の奴らも大挙して来そうだが、目敏く情報を集めた俺の勝ちってもんだ。親方の動きに気が付いたのが鍵だったな」
「俺も現役の頃は騎獣持ちだ。騎獣持ちの冒険者っていうのは結構横の繋がりが強くてな。騎獣の鍛え方や珍しい騎獣の世話の仕方も色々と聞いてきた。是非、ここで雇って貰いたい」
「あたいもだよ! あたいは現役で走り兎を乗り回しているけどね、どうせなら他の動物も飼い慣らして、もふもふ天国を作りたいね!」
意外と牧場が人気の様ですね?
顔を真っ赤にしている女の子が頑張っていますけど、覚悟を決めて残っているならそれもまぁいいと思うのです。
「俺は冒険者になるしか無いと思ってたけどさ。働けるなら働くのもいいと思ってたのさ。さっきの話を聞けば、
「私は! ディジーちゃんの研究所の専属冒険者になるの! そして伸し上がって、ディジーちゃんの一の部下になるの!!」
「私は、まぁ、引退した冒険者という奴だな。背中をやってから現場には出られなくなったが、短時間ならまぁ問題無い。正直に言えば、ここで作られるだろう新しい錬金薬にも期待しているところが有る」
研究よりもその手伝い組ですね。おかしなのも混じっていますが、中々に強かです。最後の人なんかは、こちらを見ながら正直に話した方が良さそうだと見抜いた感じが有りますよ?
「私は商都で研究所に居たんだけどねぇ。競争ばかりでぎすぎすしていて疲れちまってね。田舎に引っ込んではみたんだが、やっぱり研究が懐かしくてねぇ。ここなら頑張れるんじゃないかと思ったんだよ」
そういう人が混じってくれるのは安心ですね。
研究の遣り方とかに、助言なんかもしてくれそうです。
「僕は研究には興味は無いけど、世界を動かす新しい技術が生まれる場で、その情報を手に出来るなんて、ぞくぞくして来ないかい?」
事務方志願でしょうか。色々な人が集まってくるものです。
それと、どうやら募集の際に、研究の内容もある程度広めてしまっていたようですね。
それはまぁ仕方が有りませんが、ここから先は部外者には無用の話です。
「いやいや、それは無いだろう!? 私達はこれでも経験豊富な研究者だ。話を聞かせて貰えれば有用な助言も出来ると思うのだが、どうだね?」
「そうだよ? まだこれからの研究所じゃ無いか。ここは先達の言葉を聞くものだよ?」
……面倒臭い呆れた研究者達です。余所の研究所の中で口出ししようとしている事と、言っている事は真面そうに思えても、この人達は先程からの態度の悪さが頂けません。
権威だとか何だとか、かなり面倒そうな人達では有るのですが……。
ですが、今回ばかりは領主様達とも認識の摺り合わせが出来ている事と、この研究所が私の持ち物である事、彼等に対して大きく優位に立てるねたを私が握っているのですから、交渉なんて物にもなりませんね。
「いえ、ここはどうぞお引き取りを。元々ここは私個人の研究所でして、私が領城から鬼族の死骸調達を指名依頼された際に、住民から目隠しされた丁度良い解体場所として、この場所をお貸ししただけのこと。何故新人を迎えるこの場に紛れ込んでいるのか存じませんが、これより先は
それを聞いてぎょっとしたのが、王都ではない所から来た研究者達。一斉にファルさんに目を向けていますけれど、ファルさんは真っ青になっていますよ?
ちょっとファルさんを苛め過ぎかも知れませんけど、それでファルさんの失策がちゃらになるなら安い物ですね。
ただ、それを聞いて余計に顔を歪めたのが、王都から来た研究者です。
「ふん、何だ、個人経営の弱小研究所か」
「そんな場所に俺達は押し込められていたのか! 馬鹿にしよって!!」
「ははは、ならばあの
色々と喧嘩を売られている訳ですが、……困りましたねぇ、私の『識別』結果に、『確殺』だなんて物騒な技能が有りました。前代未聞の初戦闘からの一撃必殺を続けた結果、私が殺すつもりで闘いに挑めば、相手は死ぬんだそうです。何処に閾が有るかが分かりませんので、迂闊に敵意を向ける事も出来ません。
「……成る程、それが王都の研究所の遣り方ですか。それでは今後、王都の研究所とは付き合い方を考えなければなりませんね」
「な、何だと!?」
「弱小研究所が生意気な!」
「折角場所をお貸しした縁と思って、今回大猪鹿の飼育現場を公開するなんて大サービスをいたしました。王都の研究所から当時からすれば無茶振りな指名依頼を頂きましたが、これにも応えて、粗く解体した角付きの大猪鹿はそろそろ王都へ着く頃合です。これだけ便宜を図っては来ましたが、別段こちらは王都の研究所の下請けでも無ければ使い走りでも有りません。何を勘違いしたか知りませんが、傍若無人なその振る舞い。とても王都の研究者のものとは思えません。
それに大猪鹿が偽物かも知れぬと思って怒り出すその様子。もしも本物と思っていたなら
「な……何を!?」
「そこでその様な事は無いと即答出来ないところが、信用出来ないところでございます。これでは最早王都からの依頼なぞ受けられる筈が無い。妙ないちゃもんを付けて成果を掠め取ろうと為兼ねない輩と、どうして取り引きなど出来ましょうか。今この時も後悔しているところ。大猪鹿の飼育が確立出来れば、
「ば、馬鹿な!」
「無礼だぞ!!」
力で排除が出来無いならばそこは言論でと言葉を繰りますが、明らかに見下している王都の研究者を相手にしてはどうにも詰問する調子が抜けません。
いえ、こうも芝居掛かった悪役振りを示されると、私も止まらなくなるのですよ。無礼だぞなんて実際に言い出す人には、私も初めて会いましたよ?
「さて、無礼なのは果たしてどちらでございましょうか。今日は朝から所員候補との顔合わせと勢い込んでおりましたところ、その中に三名程、丸でお
王都の研究所がどういう所かは知らねども、果たして同じ振る舞いが許されましょうか。いや、そもそもが王都の研究所に立ち入る事など叶わず、
そう思わせる貴方方の振る舞いこそが、失礼千万、無礼極まり無い行いだと知るがいい。
幸いにして、私は王都へ呼ばれた身。名君と名高い王への謁見も叶いましょう。王都の名に胡座を掻いての地方へ対するこの振る舞い。果たして王はどの様な裁定を下されましょうや。
しかし少なくとも貴方方にとって面白い事にはなりますまい。残り僅かな時間で有りましょうが、己が身を悔い改めて、各々お覚悟召されるが宜しかろうぞ!」
まぁ、いつもの講談調が混じってしまうのは、もう仕方が有りません。これはそれこそそういう場面なのですから。
しかし、私が言いたい事を言い切った途端、他に訪れていた研究者達からは激しく拍手が上がりました。
皆さん余程思うところが有ったのでしょうかね?
僅かな間しか目にしていない私でも、見苦しいと思うものが有ったのですから、普段からの所業が知れるというものなのです。
そして普段なら失笑されかねない講談調も、今この場面に限っては正解だったに違い有りません。無礼な、なんて言ってしまう人達ですし? 噛み合ってしまったのですね。
あー、それに幾ら敵意を抑えようとしても、少しずつ『威圧』も掛かっていたみたいですねぇ? 私自身では『威圧』を使う事は殆ど無くても、毛虫殺し――今の“黒”が結構便利に使っているのを見ていますから、それなりには使う事だって出来るのですよ。
その結果として、違和感を感じさせる事も無く、引っ立てられた咎人へ沙汰を申す場が作り上げられてしまいました。
ですけど、私だって何も無しに、ここまで言い切る事は出来ません。
彼等の振る舞い然り、要所で相槌を打つ他の研究者の反応然りです。
そしてこれこそ誰に言う事も出来ませんが、毛虫殺しという私のナイフや、瑠璃色狼という恐らくは嘗て大森狼だった魂と、思念で会話を重ねたその経験が、彼等の駄々漏れの思考を私に読み取らせる事となったのです。
その結果が有っての今なのですよ。
釘を刺しておかないと、傍若無人に何を為出かすか分からない輩というのが私の読み取った印象ですし、後顧の憂いを断つ為にも報告とか根回しとかは必要ですから……まだまだ私は出発出来そうに無いですね。
まぁ、今日は湿地帯の入口まで行ければいいでしょう。其処までならば直ぐですし、一度輝石を飛ばして探ったりもしていますので、迷う事も有りません。
そうと決まれば、まぁ、初めの予定通り、部外者の皆さんには席を外して貰いましょう。
「おい! お前ら! こんな事をして只で済むと思っているのか!」
「お前達の顔は覚えたぞ!」
「王都の研究所を馬鹿にした事を、思い知らせてやる!」
……今迄提出した報告書は、ちゃんと対応して貰えていたので、これが王都の研究所全体の事とは思いたくは無いのですが……。
あれですかね? 声の大きい威張り散らした人間が、デリラ行きの席を独占した結果だったりしますかね?
「さて、典型的な悪役の去ったところで、今後のお話を致しましょう」
拳を握って興奮している人も居れば、どん引きしている人も居ますけれど……。
おや? そう言えばファルさんはどういう予定を立てていたのでしょうか?
今となっては任せ切りにも出来ませんけど、そもそも報告を受けていませんね?
「ファルさんはどういう予定を考えていたのですか?」
「……ああ、僕は、既に成果が出ているのが鬼族の肥料だったから、まずは鬼族の肥料に合うのが何かを調べるのに、畑を作る予定だったよ。薬草も合わせて栽培するつもりでね。それとディジーが集めてくれた大猪鹿との二本柱で、暫くやっていく予定だった」
「それにしても、あれだけの子供は必要無いと思いますけど」
「成果が出そうなら、直ぐに大規模に展開する予定だったからね。人手は幾ら有っても足りないと思っていたんだよ」
……まぁ、私が研究所所長として報告を受けれる様にしていなかったのも有りますけれど、そもそも研究所関係の会合とか私抜きで進められていた事に問題が有る様な気がしますねぇ? 声も掛けられていませんでしたので、ファルさんが勘違いしても仕方が無い気がしてきましたよ?
「色々と摺り合わせをしましょうか。
この研究所は、私が発案した色々な思い付きを、冒険者協会支部長のオルドロスさんや領主様が、そのままにしておくのは勿体無いと領城の片隅で実験をしていたのが始まりです。私自身は、私の思い付きでも誰かが形にするならそれはそれでいいと思っていたのですが、領主様がディジーリア研究所なる物を創って成果だけ私に渡そうとしていると聞いて、それならばとオルドさんの提案も有って私自身の出資で私の研究所としてこの研究所を創る事にしたのです。正直私にとっては余計な事でしか無いのですが、オルドさん曰く冒険者の事を良く分かっていない領主様ですから、そこは仕方が無いと諦めました。
ですが、幾ら私の研究所で、私が所長だと言って…………懲りない人達ですねぇ」
話の途中でしたが、私は扉の有る壁へと目を向けます。
「“黒”、殺さない様に」
そう声を掛けて、旅装束の儘の腰から“黒”を引き抜くと、壁の向こうで何かが倒れる音がしました。
再び“黒”を鞘に納めて視線を元に戻します。
「――えー、ですが、幾ら私の研究所で、私が所長だと――」
「ちょ、ちょっと待って!! ディジー、今のは何!?」
「こ、怖いよ!?」
「……不届き者が魔術で覗き見をしようとしたので、お仕置きしただけですよ? 死んではいませんから、大丈夫です」
「「「か、格好いい……」」」
「もう! いいから続きです! 建物自体の防衛も考えないといけないので、時間が無いのですよ!」
壁の向こうが騒がしいですけど、無視ですね。
毛虫殺しを『鑑定』すると、ランクDの【黒刀】黒姫となっていました。やけにシンプルですけれど、装飾過多の派手三昧と扱き下ろした事を未だ気にしているのでしょうかね。“姫”の出所も気になりますが、今重要なのはランクDというところです。
覗き見れば、ランクDの妖刀が殺意を向けているのですから、それは気も失うというものですよ。ま、覗くのが悪いのですけどね。
「えー、私が所長だといっても、デリリア領として放置出来ない研究所ですし、色々私に押し付けている事も配慮してか、信用の出来る人間をと領城から派遣して貰ったのが、このファルアンセスさんですね。私の代わりに経営に関わる諸々を処理してくれる所長代理ですが、私が雇っているのに変わり有りませんし研究所としての上司は私です。研究所の監視と言う事では領城かも知れませんがね。――ですよ? ファルさん。報告出来る体制に成ってなかったかも知れませんが、私に一言も無いまま研究所の方針を決めるのはやめて下さい。今はノッカーを置いてますから、何か有れば連絡して下さいね」
「あ、ああ。そうか、ディジーが上司か。そうだな、色々と間違えていた。分かったよ」
「はい。その上で、この研究所の方針ですが、研究所で作った産物を元に儲ける事は考えていません。研究所で大規模農場を始めようなんていうのは無意味です。研究所では、安全に魔物を肥料として用いる方法を確立するところ迄です。それが出来れば、その成果を領城に売って対価を貰います。其処から先、領城が領内にその方法を広めるかどうかは領城任せですが、その方法が広まれば、権利者として税と同じ仕組みで権利金が徴集され、私達に支払われます。この研究所は領城の肝煎りですので、領城の許可無く王都や他領へ成果を売る事は出来ません。ですが、許可が有るなら王都や他領でも、対価と権利金を得られる可能性が有ります。この対価と権利金の二つが、研究所の主な収入になりますね」
ファルさんは頭を抱えて戻って来ませんね。
「で、採算を気にしなくていいと言った理由です。まずこの研究所を建てるのには、私が
あ、ちょっと皆さんの顔が引き攣ってきましたね? 爛々と目を輝かせている人も居ますけれど。
そうです。この研究所に入ったその時から、皆さんは篤志家になる運命しか無いのですよ。
「そこで直近のやる事です。
まずは大猪鹿牧場ですね。今は適当に屋根の有る場所を作って飼い葉を積んでいる状態ですけど、それで弱っている様に見えないので多分それ程手は掛からないと思っています。ただ、生き物の事ですから、何か問題があれば報告を上げる様にして下さい。商業組合のラルカーラさんや牧場主のドリルムングさんが協力を申し出てくれていますので、ファルさんと話をして、必要が有れば牧場の方に依頼して来て貰うのもいいです。私が見たところ、大猪鹿は草木の魔力を食べている様子ですので、元気が無い場合は飼い葉に植物系魔物の魔石を混ぜ込んでみるとか、回復薬などの魔法薬を混ぜてみるなどして様子を見て下さい。研究ですので毎日しっかり記録を取って、大猪鹿の好む餌や行動の傾向も調べ、ゆくゆくはお肉がより美味しくなる育て方へと繋げて欲しいです。当然ミルクも大事ですよ?
錬金薬は『根源魔術』が使える様になってからですし、鬼族の角の加工は『根源魔術』が出来てもそれだけで出来るものか分かりません。ですのでこれは後回しです。
魔物の肥料化については、ちょっと危険は有りますが、今は
薬草の栽培は、本当は後回しにしたいのですが、進めざるを得なくなりました。王都の研究者があのような人達とは思いませんでしたから。権利関係がどう『判別』されるか不明なので、敷地の隅に魔力を洩らさない処置をして、小規模ながら栽培を試みる事にしましょう。これもお守り必須ですし、用が無ければ近寄ってはいけません。
これらと平行して、メイドさんと騎士さん含めて全員に、『魔力制御』と『魔力操作』の鍛錬をして貰います。最低でもレベル六を目指して下さい。必要なレベルに到達していなければ、街の中で事務方に移って貰う事も有り得ます。冒険者はそんな物が無くても魔の領域に入っていきますが、日常的に深部と同じ環境に身を曝すかも知れない事を考えると必要です。鍛錬の方法はまた後で説明しますね」
結構私一人で喋り続けていますけれど、皆さん真面目に聞いてくれています。
ファルさんも顔を上げて、聞いています。
「と、色々と喋りましたが、実のところそれらを差し置いて今日中にしなければならない事が有ります。余所の研究者の前で迂闊に喋ってしまった研究内容を、論文にして王都へ提出する必要が有ります。余所と競い合おうという気は有りませんが、みすみす成果を掠め取られるのは業腹ですからね。
書き上げなければならない論文は三つです。
一つは大猪鹿の能力についてと、角無し大猪鹿の飼育について。これについては私が書きます。ですが、後で牧場や騎獣に詳しい方に見て欲しいです。
一つは鬼族の死骸の肥料化について。これについては私は把握していませんので、ファルアンセスさんとメイドさんで手分けして書いて下さい。一番重要な論文です。生長記録等を領城に置いていましたら、取りに行きましょう。雨空ですけど空の旅です。
一つは薬草が薬効成分を作る過程と、魔の領域の再現による薬草の栽培の可能性ですね。これも私ですけれど、出来るだけ早く続報として栽培が実際に出来た事を示したいので、先の小規模ながらも研究が必要になるのです。続報は生えてきた薬草を『鑑定』なりして貰ってから、皆さんで書いて下さいね。
他にも毒煙の毒に関する考察も有りますけれど、薬草の論文に紛れ込ませますし、鬼族の角の加工法については説明出来ませんから、盗まれる心配も有りませんね。
私の分はそれぞれ紙一枚で済みますが、肥料の分は既に結果を出しているだけに分量が多いと思いますので、皆さんで手伝って書き上げて下さい。
ファルさん、論文用の用紙は有りますかね? それとメイドさん、生長記録とか有りますか?」
「あ、ああ、用意してあるから大丈夫だ」
「日記帳も持ってきているから、取って来るね」
「あ! 待って下さい。ビアンさん、護衛に付いて下さい。もし外の人に何か言われたら、顔を
それにはぷっとビアンさんが噴き出してから、軽く胸を叩いてメイドさんと部屋から出て行きました。
ちょっと騒ぎが起こっていますけれど――ちゃんと収まった様です、ね?
実はこの間、所長室に置いた鞄から輝石を幾つか外へと飛ばして、既に敷地の片隅に壁で覆われた一画を造り上げてしまっています。壁に使った分、内側がかなり掘り込まれていますけれど、昏い森を再現する事を考えると丁度いいかも知れません。
「ファルさん、倉庫に有る小鬼の角は、使ってしまっていいのですか?」
「ああ、あれは研究のためと協会から譲り受けた物だよ。何かに使うのかい?」
「鬼族の角は魔力を通しませんので、薬草栽培場所の壁に塗り付けて、魔力が洩れるのを防ぐのですよ」
「それなら構わないと思うよ」
「なら、扉を付けると其処から洩れるので、階段を付けて壁を乗り越えるのがいいですね……こんな感じでしょうか? いっそ土はガズンさん達に昏い森で採取してきて貰って、鬼族の魔石だけ散蒔くのが一先ず確実かも知れませんね。昏い森の魔力に近いのは、
そんな話をしている間に、リジルさんが論文用紙を取りに行きました。勿論、論文用紙を取りに行った事は、気が付かれない様にとお願いしています。
「そう言えば、済し崩し的に仲間としてしまっていましたけれど、皆さんの契約はどうなっているのですか?」
「いや、まだだよ。昨日の時点で篩に掛けていたんだけどね、僕の甘さが原因とは言え、こんな事になるとは思わなかったよ」
「……契約がまだで助かりました。皆さんは、今日は怒濤の展開だったと思いますけれど、このままこの研究所に勤めるという事でいいのでしょうか?」
そんな事を聞いてみると、有り難い事に皆さん残ってくれる様ですね。
「「「格好良かった!」」」
「うむ! 痛快だったねぇ。いや、私も思うところが有ったものだが、溜飲が下がったよ」
「俺も不満は無いな。寧ろ、いや、頼もし過ぎるだろう? 『識別』出来ないと聞いた事は有るが、一体ランクは幾つなんだ?」
「あー、『儀式魔法』が使える様になりましたから、自分のランクも分かりましたよ? ランク一で、鬼族に対してはランクBですねぇ」
「おいおい……いや、守護者を斃すという事はそういうものか」
「「ディジーちゃん、凄い!」」
「取り敢えず、これからも一緒にやっていくのでしたら、怪我は治しておきたいものですねぇ。ちょっと見てみますよ?」
「お? おお……」
背中をやってしまったというその人の背中に手を当てて、魔力で探っていきますけれど……。ほぉほぉ……成る程ですよ?
「おいおい、何か分かったのか?」
「……ええ、まぁ。これも論文のネタになりそうですけど……。この怪我はどうしたのですか?」
「ああ……結構森に入り込んだ先でな、多分闇族だろうが、影みたいな魔物に後ろから襲われて、撃退はしたんだがそれからどうにもな」
「ソロですか? 結構腕のいい冒険者だったんですね。そういう人は大歓迎です。……回復薬の効かない怪我には、こういうのも多そうですねぇ。取り敢えず治せるか試してみますね?」
「あ? いや、出来るのか?」
「魔物の魔力が入り込んで、毒煙か何かの様になってます。べるべる薬かばんばばん薬でも効きそうですけど、
「ぐ、つ――」
「どうですかね?」
「え、も、もうか? そんな、呆気なく!? いや、ちょっと待て、――ふむっ! ……ええ!? マジか!?」
「まぁ、冒険者に復帰するのもいいですけど、研究所の事は秘密ですし、なるべく研究所の依頼を受けて欲しいですね」
「あ、ああ。――……いや、いやいやそれは駄目だろう!? それこそ信義に
そんな遣り取りをしている内に、メイドさんが戻ってきて、ビアンさんとリジルさんも戻って来ました。
序でにそんな事をしている間に、外壁には私の輝石を等間隔で埋め込んで、防諜含めて防衛力も上げておきました。輝石は魔力さえ有れば作れますので、飛ばした輝石の先で更に輝石を作り上げています。曝け出してしまっていたなら泥棒に狙われるかも知れませんが、輝石は壁石の奥深く見えなくなる様に埋め込んでいますので、まぁ値打ち物だと盗られる事も有りません。
そこからは、時間との勝負とばかりにそれぞれの論文を書き上げます。
私が担当するのは、推測とその根拠を示すだけしか出来ないので、直ぐに終わってしまいます。
こんな感じですかね?
――大猪鹿の能力に関する考察と飼育の可能性について
推測一:大猪鹿の能力は、『隠蔽』の様な『認識阻害』ではなく、『亜空間倉庫』の様な『空間』系の力で異なる空間を作り出し、身を隠している物と考えられる。
根拠一:大猪鹿の居場所を探査可能な技能持ちによると、大猪鹿は完全に他の物体を摺り抜けて存在している場合が有る。(新王国歴百二十七年夏の一月六日冒険者協会主導による公開の大猪鹿狩りにて民衆と重なった状態での存在を確認)
推測二:大猪鹿の能力は不安定であり、大猪鹿自身も完全に制御出来ていない可能性が有る。
根拠二:同上公開の大猪鹿狩りにて、地面を摺り抜け地中へと落下した大猪鹿を確認。
推測三:大猪鹿の能力は、その角と背中の突起に寄るところが大きく、これらを失えばその能力もまた失う。
根拠三:デリリア領内で角と背中の突起を切り離した大猪鹿の飼育方法を研究中。
大猪鹿の研究は、推測二により地中への落下の危険を伴い、厳重な注意が必要である。
推測三で捕獲した大猪鹿は、一ヶ月の間通常の飼い葉で衰弱等が見られない事から、飼育の可能性は高い。繁殖方法が確立した後には、デリリア領の産業の一つと成る事が期待される。また、斬り落とした角と突起は放置すると魔力を放出しながら消失した。角と突起の保存には、魔力の放散を封じる特殊な処置が必要である。
なお、大猪鹿が多く確認された地域では草原が広がっており、森林の衰退に大猪鹿が関わっている可能性も考えられる。
いえ、オルドさんからサンプルとして前の機会に他の論文を見せて貰いましたけれど、一番初めの論文はそれこそ唾を付けておくだけの、推測混じりの簡単な内容なのです。
でも、正当な権利者がそれさえ出していれば、誰が何を企もうがまず覆される事は有りません。
逆に正当で無い人に先に論文を出されてしまうと、それを覆すには多大な労力と、時にはコネが必要になるらしいのです。
だから、簡単に手の内を人には話さない様にと、オルドさんからきつく言われているのですよ。
同じ様に書いた薬草の栽培と、魔物の魔力により回復しない怪我についての論文も見て貰いますが、皆さんからは余りぴんと来ない様子で首を傾げられてしまいますね。
植物が薬効を作り出す過程の根拠なんて、植物系の記憶持ちによる前世の記憶、なのですから、証明の仕様も有りません。その記憶持ちが誰かと言えば私ですけどね? 『識別』で技能に『花緑』なんてものが有ると分かってから、思い返してみれば、こう、嫌! って感じでそんな成分を作っていた様に思うのですよ?
今回ばかりは拙速ながら権利を掠め取られない様にする為の物なので、仕方が無いとは思うのですが、書き方についてはオルドさんにも相談しないといけませんね。
ファルさんも何とか書き終えたので、またもや領城へ……というより、今度は協会でいいのですかね? いえ、ノッカー越しに見てみると、まだ協会にオルドさんは戻ってきていないので、領城へ向けてファルさんと再び空を行きます。
朝と同じ会議室に、同じメンバーの気配がしますね?
ノックをして入室の許可を待ちますと、直ぐに
「どうぞ」
「ディジーリアです。研究所の件で来たのですが、今大丈夫ですか」
「お? ディジーか。何だ? 警備体制なら大体固めたぞ?」
「別件です。王都の研究者がどうにも
「……どういうことだ?」
「今迄の報告とかは真面に対応して貰えていましたので、部署にも依るのだとは思いますけどね、今回王都から来た三人は揃いも揃って他人の成果を掠め取ろうという性根の持ち主ですよ? 私が新人と顔合わせしているのを飯事でも眺めている様ににやにや見ておきながら、研究所内部の話に口出ししようとしますし、少し糾弾すると悪態を吐きますし、部屋から追い出せば魔術で覗き見する始末です」
「あれは、少しの糾弾なんてものじゃ無かったけどね」
「他の研究者は頷いていたのですから、日常的な振る舞いだったという事ですよ?
他の方相手ならそんな心配はしないのですが、『判別』でもどう判断されるか分かりませんし、他の研究者の反応からもやりかねないところが有りました。要するに信用出来ないので、成果なんて出ていない推測の段階ですけれど、苦情と一緒に王都の研究所へ釘を刺す必要が有ると思うのです」
「ふむ……確かに推測だが、一報入れられない物でも無いな」
「大猪鹿と肥料については研究所名義で。薬草と怪我については私名義です。肥料の成果をメイドさんから譲って貰ったのですが、報酬はどれくらいが適切ですかね?」
「ん? 手伝いでやっていた事なら気にする事は無いと思うが。……いや、そういうところこそしっかりせんといかんか。冒険者なら一両金というところだが」
「む、少な過ぎますね。二十両金を三人で分けて貰いましょう。
それと、王都へ行けば多分王様にお目通り叶うんですよね? ゾーラさんによると気さくな王様らしいですから、直訴したいと思うので、訴状の文案を一緒に考えて欲しいのですよ」
「ふむ、それは儂らか? 大胆な事を考えるもんだが、其処までの事かいの?」
「少なくとも私は、王都の研究所の対応が改善されない限り、王都の依頼を受ける気は有りません。今も王都へ送った大猪鹿が惜しいくらいですよ!」
「ふぅむ……」
「まぁ、王都へ送った大猪鹿は、研究所で解体した後の素材は協会で引き取るがな。職員も立ち会うからちょろまかし等出来んよ」
「そうなのですか? ……魔石や角に突起の行方が心配ですけど、それなら少しは安心ですかねぇ」
「ふむ、いいじゃろ。しかし、他の研究者にも話を聞いてみたいところじゃが」
「行きますか? それとも声だけなら、まぁ、私が仲介すれば遣り取り出来ますけど?」
「ほう! なら頼もうかの」
なんて事になりましたので、研究所へと意識を向けました。
新人達は契約書に記入を終えたところですね。一応収入の二割を私の分として、私が投資した二万両金に当てています。全て返済し終わったら、私の割合は一割ですね。どうもそれは少な過ぎだと思われている様ですけれど、私が殆ど関わらないならこれでも貰い過ぎだと思うのですよ?
研究者達は、既にそれぞれの部屋に戻っている様ですね。王都の研究者も目を覚ましてますが、部屋の備品に当たり散らしているのがちょっと信じられません。それとも“黒”に殺意を向けられて、まだそんな事が出来る事に感心すればいいのでしょうか。
まぁ、これだけ騒いでいれば他の部屋から呼び立てしても、気が付く事は無いでしょう。ビアンさんとリジルさんに早速動いて貰いましょうか。
そして再び研究者達に集まって貰ったその前には、拡声の魔導具に似せて私の輝石で作った置物が置いてあります。幻でも良かったのですけれど、何となく弄られそうな気がしたのですよね。私なら手に取りますよ?
ですがそこは王都の研究者の所業を見ていたからか、手に取らず眺めるだけで済ませてくれている様ですね。
『あー、聞こえるか? 領主のライクォラスじゃ。前置き無しに問うが、王都の研究所、あるいは研究者は、
集まった研究者達が、声が響くのに驚きますが、領城には道具も何も無いですからね。只声が響くのは遣り難そうなので、研究者達の幻も合わせてみますかね?
デリラの街の住人なら、私が幻を使う事を知っているので動揺も有りませんが、実際には私がその幻を操らないといけないですし、声だって言ってみれば私による声真似です。
中々にしんどい作業なのですよ。
「商都研究所のファルカッツだ。商都研究所からは、王都研究所に対し思うところは無い。論文を盗用される事も無ければ、産物を送っても権利を主張される事は無い。但し、王都から研究の為にやって来る人間は別だ。決まって何故この様な者がと疑う者ばかりが送られてくる。所長殿の懸念は一々尤もであり、全面的に賛成する。我々も、王にお目通り叶うなら、訴えてみたいところだよ」
「ライセン領のオドワケルだが、全て右に同じだ。こちらでは騒ぎを起こして捕まった奴も居るがな。脱獄して王都へ逃げ帰った様だが、それ以来王都の研究者は受け入れておらん」
「同じくライセン領、ミリアル。ここに集まる前に、王都の研究員が居る部屋から凄い音がしていたわ。貴方達も捕まえてみればどうかしら?」
「デリアライト領、ジーライゲン。私の所に来た者共は、丁度王都の視察と重なっていると知った途端、見苦しく尻尾を振ってきたな。案外奴らは王都ではしおらしくしているのかも知れんぞ」
そんな言葉を聞いて、領主様も唸ります。
「う~む、王都の目の届かぬ所で好き勝手に振る舞う輩が目に浮かぶのう。よし、王に一筆
「オドワケルだ。研究所としては今は無理だが、個人としてなら幾らでも書こう」
「ミリアル。私も書きましょう」
「ジーライゲン。同じく書くぞ」
「ファルカッツだ。私も問題無いが、商都に話を通せれば商都研究所としても名を連ねられると思う」
おお……仲間が増えるというのは頼もしいものですね。
「商都には寄りますので、一筆戴ければ研究所に赴きますよ?」
「おお! それなら所長に記名頂けるな。それなら我々と一緒に商都へ向かおうか」
「明後日には商都へ着く予定ですので、ご一緒は出来ませんねぇ」
「まぁ、疾うに出ている予定だったからな。明日の朝に出発するのか?」
「今日出ますよ? 引き延ばしても居られません。なので、お手紙も早く仕上げたいのです」
「忙しないの。待て、書くのは所長のお主が良い。紙を持て。来るまでに文案を練ろうかの――」
そうして王様への訴状と、論文と合わせて送る苦情を認めたのです。
「――願い奉るもの也。デリリア領都デリラ第三研究所所長ディジーリア=ジール=クラウナー、と」
「ふ~む、お主は何とも綺麗な古字体を書きよるの」
「刷字体は味気なくて嫌いなのですよ」
「まぁ良い。後は儂が、デリリア領主ライクォラス=リリア=ガランチ=デリリアーラ、と」
「俺もだな。冒険者協会デリラ支部長オルドロス=ミリム=ラインザット。後は研究者達に書いて貰え。論文は先程書いた抗議文と一緒に直ぐに送ろう。直ぐに出るのか? 気を付けて行けよ」
「ええ! ファルさん、少し待っていて下さいね? ちょっと荷物を取ってきますから」
「また、空を飛んで戻るんだね……」
「ん? 何だ忘れ物か?」
「王様の前に出るのに、ドレスくらいは要りそうですから」
「……おい、余計な装飾は要らんぞ? 付け髭も必要無いからな!?」
「そ、それは思い付きませんでしたよ!」
「だからやるなと言ってるんだ!」
そうして研究所へと戻って来ましたけれど、新人さんには随分とお待たせしてしまいましたね。顔合わせだけの筈が、もう直ぐ日が沈みそうですよ。
「――よし、私達の記名もこれで良いな」
「商都の研究所長に、この手紙を渡して貰えれば、所長にも記名頂けるだろう」
「はい、ありがとうございます。本日は長い時間お付き合い頂き、ご協力ありがとうございました」
「まぁ、これで王都の研究所の対応が良くなると思えば、な」
「研究所設立の目出度い日に、あれの相手をしなければならない仲間と居合わせれば、協力もするというものさ」
「うはははは、そこでそんな仲間達に、お祝いの乾杯だぜ! 大猪鹿共を見て回っていたら、乳の出るのが一頭だけ居やがった」
「俺達もまだ味わってない。美味いか不味いか毒が有るかも分からんが、この研究所の祝いの席でこれ以上の物は無いだろう」
「おおおお! それは私の唯一の心残りだったのですよ! ……て、あなた達ずぶ濡れじゃ無いですか。もうっ――」
「わ! 凄い、乾いちゃったよ!?」
「雨もちょっと混じってるかも知れないけどね、ほら、皆コップを取って!」
「おお! 私達もか?」
「ははは、これは中々の役得だね」
「そうだね。じゃあ、所長からお言葉を戴こうか」
「あ、はい、そうですね。こほん!
えー、今日はデリラ第三研究所に皆さんが来て頂いた、門出の日です。第三研究所というのは私が名付けた名前です。第一や第二だと競い合う感じが忙しないので、一歩引いた第三です。成果ばかりに目が行くと、此処に居ない人達の様になってしまうかも知れませんからね? 第一と第二は皆さんの中でそれぞれに決めて下さい。第一が家の畑で第二が台所でも、第一が豊穣の森で第二が昏い森でも、好きな様に。私の場合は家を出て隠れ住んでいた秘密基地の作業場が第一で、守護者を斃したその後で自分で建てたお家の作業場が第二でした。皆の幸せを第一や第二として、それを裏から支える第三研究所を一緒に造り上げていきましょう。では――乾杯!」
喉を滑り落ちる大猪鹿のミルクは甘く濃厚で、割れんばかりの拍手はとても暖かだったのです。
……まぁ、私は研究所には、殆ど居ないのですけどね?
研究者達が引き上げたその後で、その場に残る人達に、お守りを作って渡します。
最初に家に戻った時に取ってきた二百両銀塊。それを元に、冒険者協会の認識証と同じサイズのプレートを作ります。左側に研究所の外観の浮き彫りを。右側に「デリラ第三研究所」それから職名と名前を透かし彫りにします。文字は出来るだけ流麗な古字体で、抜け落ちを防止する支えも斜めに入れるなどして目立たなくして。真ん中の少し上、研究所の浮き彫りに寄せて、私の小さな赤い輝石。
小さな輝石ですが、研究所の中に居るのなら、ノッカーが近くに在る事も有って充分認識出来るでしょう。魔力制御の拙い内は、歪や魔力に対する強力な助けになる筈です。
「ふぉおおお、これは凄いコレクターズアイテムだね!」
「何を言っているのですか、お守りですよ?」
当然、メイドさん達や、ビアンさんとリジルさんにも渡します。彼等は「職員」、ファルさんは「所長代理」、新人さんは「所員」ですかね? 「所長」で私の分も作っておきますよ?
更に加えて、普通の大きさの輝石をあしらったペンダントを十個。
「ここからは、私の手の内を晒す事になりますので、秘密に出来ない方は退出して下さいね。ファルさん達も、領城にも内緒ですよ?
――皆さん秘密にして貰えるようですので、説明しましょう。
私が輝石と呼んでいるこの石は、私の魔力を固めた物です。何が出来るかというと、魔力の扱いに長けていれば、輝石越しに物を見て、また魔術を使う事が出来ます。つまり、魔石を扱う前や、森へ入る前に、ノッカーで私に伝えてくれれば、輝石越しに私が皆さんの魔力的防護を受け持つ事が出来るのです。ただし、私に知らせず行動した場合は、只の綺麗な赤い石です。
研究所の敷地内での作業なら、プレートの小さい輝石で充分でしょう。ですが、魔石を扱う場合や森に入る場合には、輝石のペンダントを持って行く様にして下さい。街の人に依頼して作業して貰う場合の貸し出しも、ペンダントを使って下さい。ペンダントの貸し出しは、しっかり管理して下さいね」
そんな言葉に、「ディジーちゃんの魔力」と、涎を垂らしそうな表情をしているのが混じっていて少し怖いですけど、続けます。
「外壁には既に幾つか輝石を埋め込んでおきましたので、外敵が来た際には助けになるでしょう。研究所の中にも幾つか仕込むつもりですが、防諜の仕掛けは建物の壁までですね。内壁まで全部となると大変なので、不埒者は建物の中に入れない様にして下さい。已むを得ない場合はノッカーで知らせてくれれば私の方でも監視します。
問題は宿舎ですけど、どうしましょう? 輝石を仕込むと私に筒抜けになるので、宿舎までは要らないかとも思っているのですが、何か希望は有りますか?」
「あぁ、いいか? 筒抜けったって、このプレートを持ってると、どのみち筒抜けなんだろう? なら、私は安心を取りたいが」
「ディジーちゃんにみんな見られちゃう……それ、イイ!」
「うわ……。街にも帰る場所は有るし、あたいは気にしないよ?」
「俺は住み込みにしたいが、それでも別に構わんぞ?」
「それより、プレートって呼ぶのもなんだから、何か名前を決めましょうよ?」
済し崩し的に宿舎の防護も追加になりそうですけれど、ええい、もう仕方が無いですねぇ!
輝石が丸で足りなくなりそうなので、私の秘密基地の作業場から、山となっていた輝石が列を作ってこっちへ飛んできていますよ!
「研究所のプレートでいいじゃないですか。所員に配るのもペンダントにしたら、無くす人が出そうなのでプレートにしただけですよ? 所員プレートにするとメイドさん達も居ますし、精々研究所プレートですけど長いからやっぱりプレートですね」
そう強引に決めてから、丁度コップが有ったので、『魔力制御』と『魔力操作』の練習方法についても伝えます。
「まず最初に必要なのは、魔力を動かす感覚ですね。これが分からないと先へ進めません。ですが、今は私が創ったべるべる薬とばんばばん薬が有りますので、取っ掛かりを掴むのは早いと思います。
べるべる薬を飲むと、木の気持ちになれます。何の木になるかは、自分のイメージですので、べるべる薬を飲む前に植物図鑑でも見ておいて下さい。草花でも良いみたいです。飲んだ後、木の気持ちになった時に、根っこから水を吸い上げている感覚が魔力の動いている感じです。木のイメージを切り替えて幾つもの植物を経由すると、自然に効果が解除されるのも早まるらしいですが、途中で解除する場合は、別の人が横倒しに押して下さい。決して引っこ抜こうとしてはいけません。横倒しされるのに抵抗しようとするのも魔力の感覚です。
ばんばばん薬は、バンバン
どちらも効果が切れる時には魔力枯渇状態になっていますので、ゆっくり休んで下さいね」
突っ込み処しか無いと呟かれていますけれど、ガズンさんが『魔力操作』を覚えた取って置きですよ?
「魔力の感覚が掴めたら、実際に自分で動かしてみましょう。体の中の魔力を自由に動かせる様になれば、次は体の外へ出した魔力を操ります。コップに入れた水に魔力を流して動かしてみましょう。渦を作る程度から始まっても、その内水の蛇を作って、自由に宙を泳がせる事が出来る様になるでしょう。この時点で、既に私が『根源魔術』の「流れ」と呼んでいる力です。高い所に有る物を取るのに便利です。コップの中の水に熱を与えてお湯に、熱を抜いて氷にも出来ます。私が「活力」と呼んでいる力です。実際に火を扱って、火の感覚に親しければ感覚を掴むのも早いかも知れません。これが出来ると火傷をし難くなりますね。他にも「引力」や「斥力」、私が魔法薬を造る時に使っている「活性化」等有りますが、聞いていた通り『根源魔術』は『魔力制御』と『魔力操作』の感覚が全てです。人によって感覚は違うので、同じ遣り方になるとは限りません。しかし同じ遣り方しか出来ない『儀式魔法』と違って、新しい発見は幾らでも出てくると思いますので、皆さん『魔力制御』と『魔力操作』はしっかり鍛えて下さいね」
コップに水を入れて実演しながらの説明です。既にコップの水を動かそうと頑張っている人も居ますね? この遣り方なら、何処ででも出来る分、手軽で丁度いいと思うのですよ。
「其処まで出来れば、魔法薬を作る「活性化」も出来る筈です。私の場合は「流れ」の行くと戻るを同時に、あるいは「活力」の与えると抜くを同時に掛ける感じで、動きは無いけど緊張が高まる様にすると、「活性化」出来ました。他の人には他の遣り方が有るかも知れません。ですがその前に、まずは感覚を鍛えて下さい。例えば薬草を「活性化」して回復薬にしようとしても、薬草の中の回復薬になる要素を見定めて「活性化」出来なければ、正体不明の謎の物体しか生まれません。べるべる薬も、元はそうした失敗薬から生まれた薬です。逆に言えば、「活性化」したい要素を見定めて「活性化」出来る様になれば、幾らでも新しい薬は生まれます。新薬の実験には、森犬さん達に協力して貰いましょう」
協力者に話が及ぶと、皆さん変な顔をしますけれど、自分で確かめる訳にもいきませんよ?
「さて、少し戻ります。「流れ」が扱える様になれば、体の周りに魔力を纏う事も出来る様になっている筈です。その状態を維持出来る様にして下さい。魔の領域の魔力や、漂う歪は纏う魔力で防ぐ事が出来ます。『魔力制御』と『魔力操作』がレベル六以上で魔力も纏える様ならば、魔物肥料や薬草栽培にも漸く安心して手が付けられる様になります。ここ迄来ればお守りに頼らず、地力を鍛えるのをお薦めします。また、それだけ『魔力制御』が出来れば、魔物の魔力が入り込んでも自分で排除出来ますし、『魔力操作』が有れば他人にも同じ事が出来るでしょう。引退しても毒煙の治療にと引く手数多ですね。
魔力の感覚は、薬草栽培にも重要です。昏い森と同じ環境を整えようとしても、知覚出来なければ分かりませんからね。鬼族の角の加工には、魔力とはまた違う歪を認識出来なければいけないのですが、これについては分かりません。私は『鍛冶』をする中で歪を捉える事が出来る様に成りましたが、他の方法も有る筈です。分かったら私にも教えて下さい。先程した様に、魔力を当てる事で診察も出来ます。大猪鹿の飼育にも必要となるでしょう。
と言う事で、ほぼ全てに『魔力制御』と『魔力操作』が重要で、それが出来れば『根源魔術』は自然と出来ていますので、頑張って下さいね!」
もう、輝石の配置も終わりましたし、壁の防衛も高めました。言いたい事は言い切りましたので、それこそ後はファルさんに頑張って貰うしか有りません。
所長室に置いていた荷物を背負って、研究所を出ます。
「行ってらっしゃーい!!」
「所長、お元気で!!」
「早く帰ってきてねー!!」
手を振りながら、真っ黒な雲の下へと飛び立ちます。雨は弾いていますけれど、鬱陶しい事に変わりは有りません。旅立ちには最悪の天気ですけど、この時期は皆こうです。
もう一度後ろを振り返りましたけれど、殆ど人影は分かりませんね。向こうからは見えているのでしょうか? 輝石越しにはまだ研究所の前で手を振ってくれていましたので、もう一度手を振り返してから、私は北へと急ぎます。
お見送りは思ったよりも嬉しいのですけれど――
『そろそろ建物に入らないと、風邪を引いてしまいますよ?』
輝石越しに声を掛けると、慌てて辺りを見回してから、研究所の中に入っていきました。
序でに水気も弾いておきましょう。
それにしても、これはちょっと問題かも知れません。
『ファルさん、研究所で屋根付きの獣車を一台買って下さい。牧場も有るので騎獣も付けましょう。御者を一人付けて、何時でも街へ行ける様にしないと問題ですし、これから運搬にも必要になる筈ですよ』
「あ、ああ、そうだね。でも、一応研究所はベルの魔道具の範囲内だから、街から獣車を呼ぶ事は出来るんだよ」
『それでも必要になりますよ? 直近で考えられる事は、大猪鹿の餌集めです。豊穣の森で大繁殖しているのですから、其処に大猪鹿の好む餌が有ると考えるのが理屈です。折角護衛が出来そうな冒険者や冒険者志願の人も居るのですから、獣車を駆って湖まで行くのも手ですよ? 魔法薬の研究でも、新たな騎獣の捕獲でも、有って無駄になる事は有りません。暫くは送迎だけでも。でも、騎獣は黒岩豚の様な、森へも入れるのにしないといけませんね』
「ははは……規模が違うなぁ」
『…………ちょっとファルさん! 何を言ってるんですか! 何かおかしいと思っていましたけれど、ファルさん、農家のファルアンセスとして此処に居てるつもりでは無いですか!? 違いますよ!? 農家のファルアンセスは要りません! 研究所の所長代理に、農家を派遣する筈が無いでしょう!?』
ちょっと輝石越しに絶叫してしまうところでしたよ!?
輝石越しの会話は、声を出している訳では無いので、音量が際限なく大きくなりそうで注意ですね。
『いいですか、――って、ちょっともう! 何をショックを受けているのですか! 所長代理に派遣されたファルアンセスさんは、農家では無いファルアンセスさんですよ! 領城でそういう事をやっていたのでは無いのですか!? 何度も言いますが、研究所で扱っているのはどれもこれも危険物です。言ってみれば災害です。何が起こるか分からない災害です。さぁ、災害が街に迫ってきました。ファルアンセスさんは、災害への対抗策を研究する対策班を上手く動かさなければいけません。研究の為には移動手段が必要です。さぁ、どうしよう。よし、街の獣車を呼んで、来るのをのんびり待っていようか。って、それは違うでしょう!?』
「あ……ああ……」
『森の魔物がどうやら肥料になりそうだ。でも、もしかしたらその肥料が原因で、その作物を食べた人が皆病気になるかも知れない。死ぬ可能性だって無いとは言えない。さぁ、どうしよう。やった! いい肥料が手に入ったぜ! 作物を量産して大儲けだ! って、それも違いますよ!!』
「ああ! ……ああ!!」
『魔の森の薬草が栽培出来るかも知れない。しかしそれには魔の――』
「いや! いい! 分かった!! ……分かったよ」
『…………もう。本当に分かりましたか?』
「ああ。畑の作物だからって、農家の僕が頑張ってしまったんだね。本当に、言われるまで気が付かないなんてなぁ。浮かれ過ぎていたんだろうね……」
『農家にしても、相当に頭の悪いのが出て来ていましたよ? 新人の募集も、研究者への対応も、私への報告も、どれも及第点に届いていません。全てお任せ出来るという約束で研究所を作ったのですから』
「ああ、全く、面目ない」
『もう……これからは農家では無いファルアンセスさんに期待してもいいですかね?』
「あ、ああ!」
『報告も忘れないで下さいよ?』
「勿論だ!」
『これからの事は任せても大丈夫ですよね?』
「ああ! 任せてくれ!」
ファルさんとの会話を終えた頃には、湿地帯入口の村の
最後まで今日は何だか大変でしたが、流石にこれ以上は無いでしょう。
私は、村で一軒しか無い宿屋へ向かって足を進め、そしてその扉を開けます。
――カランカラン♪
「おや? ……おや? 獣車の音はしなかったけど、何人だい?」
恰幅のいい女将さんに声を掛けられました。訝しげに眉間に皺を寄せています。
「一人ですよ? これでも冒険者ですから」
「ほむん、外から来たにしては全然濡れてないねぇ」
「魔術ですよ? それより部屋は空いてますか?」
「ふむふむ、成る程ねぇ! ま、この季節なら、部屋は幾らでも空いてるよ!」
「食事もお願い出来ますかね?」
「蛙でいいならね! 嫌と言ってもこの季節は蛙しか出ないけど、お代わりは自由だよ!」
私が後ろに浮かせた鉄球を見ながら納得している女将さんを見て、こんな鉄球でも実力の証明代わりになるのだと知りました。
細かいお金を言われましたが、面倒なので一分金をぺちりです。
「お釣りはいいので、おかずが増えると嬉しいですねぇ」
「あはは、しっかりしてるねぇ。はいよ! 蛙に合う何かを出したげるよ! 直ぐに食べるのかい?」
「はい、お願いします。私、蛙は初めてなんですよ」
「そうかい? 少し癖は有るけど、鳥肉に似て美味しいよ! 毎日だと厭きるけどね、あっはっは!」
何だか今日はとても疲れましたけど、漸く私は王都へ向かう旅の第一歩を、踏み出す事が出来たのです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます