(47)トロッコ! トロッコ!!

 リベンジです!

 先に訪れた際に、領主様から礼儀作法がなっとらんな、的なことを言われてしまったのが、どうにも突っ支え棒の様に引っ掛かっていたのですけれど、約束のトロッコにお呼ばれしたと有りましては、おめかしする他は有りません。

 ふはははは、無作法者などと言われては、このディジーリア、後に引けなどしないのですよ!

 髪を飾るのは、目の色に合わせた黄色っぽい緑のリボンです。青味掛かった黄色と言われることも有りますけれど、柑橘系の美味しそうな色で、透き通る赤い髪には良く映えます。

 服も、しっかりドレスです。オドワールさんの美髯屋で、さらっとした感じの軽い布を手に入れました。色はリボンと揃えて少し濃い目、腰回りをふんわり膨らませたお嬢様風です。

 そして口元を隠す扇は髪と同じ煌めく赤。と言っても、扇にはちょっと違和感が有りますので、お姫様的前世ではこんな物は手にしていなかったのかも知れませんけれど。でも、物語の中のお嬢様には、必須の小道具には違い有りません。

 靴は少し悩みました。何と言ってもトロッコに乗りに行くのに、お嬢様的なヒールの靴なんて履けません。仕方が無いのでふんわりスカートで隠れると踏んで、靴ばかりは何時もと同じブーツです。


 こんな格好でも、或る意味完全装備。城に乗り込むにはこうでなくては!

 なんて思っていたのですけれど、領城の門を潜る時に、『御免遊ばせ。ほほほほほー』とやったら、痙攣して引き付けを起こす程に噴き出されてしまいましたので、折角作った扇もほほほ笑いも封印なのです。

 それでもレースの手袋を嵌めて、背筋を伸ばして楚々と歩けば、もうこれはお嬢様ですよ! その証拠に、騎士様達が二度見三度見に振り返ります。

 あー、でも少し失敗したかも知れません。本当のお嬢様なら、日避ひよけを持って付き従う、従者の一人も欲しいところです。

 でも、まぁ、そこまでするのは逆にやり過ぎな感じもしますけれどね?


 そんな感じで見た目は清楚に、心の中は意気揚々と、乗り込んだ領城のその中では、思いの外に領城の中へ案内される事も無く、直接トロッコの乗り場へと連れられてしまいました。

 ありゃ? と思うまでも無く、よくよく考えれば、トロッコに乗りに来た私を、態々領城の中に招く意味が有りません。

 と、いう事は、私は場違いにもドレスでトロッコに乗りに来た……これはやってしまいましたですかね!?

 しかし、少々意気消沈して心の内はは項垂れながらも、外見そとみはお嬢様然としていたのが功を奏したのでしょう。案内されたトロッコ口で仁王立ちで待ち構えていたライラ姫に、無様を晒さずに済んだのですから。

 そうです。礼儀作法を指摘されたのは領主様とは雖も、お嬢様っぷりを競い合うのはライラ姫を置いて他には有りません。

 むほほだろうと何だろうと、姫様には違い無いのですから。


 そうと決まれば話は簡単です。

 さぁ! 姫様、勝負ですよ!!




 さて、そのライラ姫が何故そこに居るのかは、前日に遡ることとなる。

 あの会議の場で、ディジーリアが城へ来ると聞いて直ぐに、ライラ姫は内管二課の執務場所を訪れていた。内管二課は、城の敷地の中で建屋以外の部分を管理している部署である。

 体裁としては抜き打ちの査察。実のところは当日の配置を確認する為に。

 何と言ってもそれが明日の事ならば、直ぐに動かなければ間に合わないから、と。


「……姫様……こんな事をせずとも、正直に願い出れば良かったのでは?」


 律儀に付き合うリリンが言うが、あの場の雰囲気で分かるだろうにとライラ姫は思う。


「甘いな。親父殿め、私を除け者にしようったってそうは行かんぞ。隠そうとしたところで人と金の流れを追えば…………」


 と、そこでライラ姫は一つの名前を見付けて、にやりと笑った。


「くっくっくっ……ほ~ら、見付けたぞ。しかも都合の良いことにディーンだ。全く、酒場には顔を出しておくものだな」

「……ディーンの奴も可哀想に。姫様、せめてその極悪人面をどうにかして下さい」

「酷いなリリン!? しかしどういう風の吹き回しだ? いつもより当たりが柔らかいぞ?」

「…………はぁ。姫様が良い様に転がされて終わるとしか思えぬ以上、今くらいは優しくしても構わぬでしょう?」

「酷いな!? 私の負けは決定か!?」

「嗚呼、せめて姫様がもう少しお賢くあらせられたならば!」

「酷い! 酷いぞ!? いつも通りのリリンでは無いか!? リリンはちょっと私に厳し過ぎやしないか!?」

「相性が最悪でしょうに。猪突猛進と言いはしますが、黒岩豚の方がまだ思慮深いですし。まぁ、明日になれば分かりますな」


 そんなリリンとのじゃれ合いを、何故か生温かく見守られながら、夜にはディーンを捕まえて、有意義な夕食を過ごすライラ姫。

 そして次の日の朝、各隊毎に別れた朝礼の場で、哀れなディーンは己の役目をしっかりと果たし上げた。


「ぐぁあああ! 喉が! 申し訳ありません! 昨日ちょっと無茶をして、喉を痛めて今日は喋れそうに有りません!!」


 腹を押さえながらそんなことを叫ぶディーンに、周りに居た騎士は訝しげな様子を見せるが、それも其処にライラ姫が現れるまでだ。


「おお、どうした? ふむ、体調が優れぬのを無理をしたところで拗らせるだけだな」

「これは姫様! 申し訳ありません! 喉がどうにも! 今日はお客人の案内が有るというのに!」

「む、それはいかんな。ならば、丁度今日は私の手が空いている。今から配置の調整も難しかろう。説明が必要な時は、私が付いている事にしよう。何、お客人も、騎士団統括の私が居て、失礼になる事は有るまいよ」

「はは! これは姫様忝く! 有り難き幸せ!!」


 場を纏めていた中隊長が、ライラ姫に付き従っていたリリンガルへとそっと近付く。


「何だこの小芝居は?」

「……今日のお客人が誰か知っていれば分かりそうなものですが」

「――!! ……そういう事か。全く、抑え役の怠慢ではないか?」

「適度に気晴らしをさせなければ、更に面倒臭い姫様で大変難儀しておりますな」

「ふっ、姫様遣いも大変そうだ」

「まぁ、今回は『大人の度量を見せてやろう』だとか何とか言っていましたから、大袈裟な事にはならないでしょうな」

「ぐふぅっ、大人の度量って、くっくっくっ……。いやしかし、そんな世話女房みたいな事ばかりしていたら、その内嫁に取らせられるぞ」

「……勘弁してくれ!」

「はっはっはっはっ、地が出てるぞリリン」


 掌で目を覆うリリンガルの背中を、中隊長が叩く。

 リリンガルが疲れた様に溜め息を吐いた。


 ライラ姫が、案内を代わろうというのでは無く、傍に付いていようとしたのも、その方が断り辛い為である。役目を代わるとなれば遠慮されても、フォローに回ろうとの善意|(?)からの行動は咎められようか。

 そんなこんなでライラ姫は、満を持してディジーリアの来訪を待ち構えていたのだった。




 そんな事はいざ知らず、再び場面はディジーリアへ。


 さて、お嬢様として振る舞うには、一番に姿勢が良くなければいけません。

 偶に姿勢を崩してみたとて、そんな姿すら美しく。それがお嬢様魂というものなのです。


 それで言うなら、目の前のライラ姫。いつも格好の良い騎士然とはしていますが、少し崩した感じです。お嬢様対決としてみれば、中々好調な滑り出し。現役姫様にも負けてはいませんよ?


「おお! よく来られたディジーリア殿。今日はトロッコの乗り放題をご所望とのこと、是非ともこのライラリアが案内仕ろうぞ」


 軽く両手を広げて歓迎の意を示してくれますが、それはお嬢様的では有りませんね?

 ここは私が渾身の淑女の礼で返すところ。そう思っていたのですが――


「まぁ! これはご丁寧――」

「しかし、ふふふふふ、トロッコに目をつけるとはやるでは無いか。トロッコ道は領主こと親父殿の発案で整備されたデリラの街随一の軍設備だ。作られてまだ三十年程だが、他領や王都からの見学者も多い。氾濫時以外でも、救援を求める発煙筒が焚かれた際にも、トロッコ道を使って緊急出動する。ディジーリア殿が花畑で発煙筒を使った際も、恐らくはこのトロッコ道が使われた筈だ」

「まぁ、そうなので――」

「でだ、このトロッコを使う為の監視台と……――」


 ちょっと待って下さい! もう、言葉を挟ませない矢継ぎ早のお喋りは、それも御令嬢の得意技かも知れませんけれど、どちらかと言えば悪役令嬢の持ち技ですよ!?

 書店や貸本屋に入荷される本は、知識系技能が有る所為で、物語本が殆どを占めているのですけれど、昔から細々と続いている悪役令嬢物を、一度は私も手に取った事は有るのです。

 ですが悪役令嬢も令嬢は令嬢。でも、お嬢様的に対抗しようとしても手が思い付きません。話に入るタイミングとか、気を惹く話術とか、ソロの私には厳しいものが有るのです。

 なのでここはにっこり微笑み、佇まいで勝負する他有りません。

 と、にこにこするしか無かった私なのですけれど、思いの外にライラ姫のお話は、興味を惹くものだったのです。


「――この魔導ベルと伝声管の組み合わせで……」

「まぁ――」


「――出動時の動線が無駄の無い様に配置されて……」

「それは――」


「――同時に黒岩豚の出動準備が……」

「あら――」


 ふむふむ……新しい拠点の警備に役立てられないでしょうか?

 ナイフ一本置いておけば事足りる様な気はしても、警報くらいは鳴らしてもいいかも知れません。どちらも集中していれば気が付かないかも知れませんが、不審者への警告にはなりそうです。


「――と言う訳でだな、親父殿の作ったこのトロッコ道が迅速に騎士を運ぶことで、防衛力を引き上げているのだぞ!」

「まぁ。そうですのね。素晴らしいですわぁ」


 おっと! 漸く言い切れました。

 領主様への賛美が入り交じって、随分と余計な時間を費やした様な気もしますけれど。

 お嬢様対決の行方はもう分かりませんが、そろそろトロッコに乗れそうです。


「そうだろ、そうだろ! 親父殿が凄いのは、何も騎乗戦に限った事では無いぞ! 親父殿が凄いのは、街造りの細かな心配りにも顕れているのだぞ!」


 おや? まだ続くのでしょうか。 私はトロッコに乗りに来たのですよ?

 ちょっと軌道修正が必要ですかね?


「はい! 是非とも、その素晴らしいトロッコ道を、拝見させて頂きたいですわぁ」

「む? うむ、そうだな! ではトロッコに乗り込もうか!」


 そうです。そう来なくてはいけません。

 では、ここで最後にご挨拶を!


「はい♪ ご一緒させて頂きますわぁ。本日は、どうぞ宜しくお願いいたしますわね」


 スカートを軽く摘まんで膝を折る。その瞬間に、足裏から地面へと“気”を通す。

 “気”で強化して蹴り出すなら兎も角、“気”を通すだけなら特に何も起こりません。精々“気”に当てられた地面が、ズズっと小さな音を立てるくらいです。

 でも、そんなフェイントでも、達人のライラ姫には効果は抜群です。いえ、達人のライラ姫だからこそ、でしょうか。

 気を抜いているところへの不意打ちで、後ろへと素っ転んでいきました。

 お嬢様対決は、完・全・勝・利! なのですよ!!



 しかし、そんな勝った筈の私ですけれど、何故か捕獲されています。

 両脇に、ライラ姫様の膝でがっちりと固められて、後ろから回された両腕でお腹の辺りをしっかりと押さえられてしまっています。

 これは勝利者のポジションでは有りませんよ?

 そんな事も言いたくなりますが、今をもって途切れる事無く喋り続けるライラ姫には、言っても駄目な気がします。


「トロッコ道はサルカムの木で出来ている。武器にも使う硬い木だからな。鉄を使う所も有るらしいが、鉄は錆びるし、ここは目の前に魔の森があるんだ。サルカムで十分だ。――こら! 立つな! しゃがんで前の縁をしっかり掴んでいろ!」


 しゃがめば私の背丈では、トロッコの縁に遮られて、何も見えなくなってしまうじゃないですか!

 せめてものをと膝立ちだけは死守します。

 折角のトロッコなので、これは譲れないところなのですよ!


 さて、トロッコです。

 トロッコに乗る場所は、街の壁と一体になっている建物の中です。

 建物の中には光石のランプが吊り下げられていますが、目の前で呑み込まれそうな暗い下り道は真っ暗です。

 それを照らす投光器が、トロッコの前面に四箇所。トロッコの前面には、今は跳ね上げられて金具で固定されていますが、衝角の様な鉄の突起が設けられて、ははあ、成る程このまま魔物に体当たりする為の物ですね、と思わせる物になっています。


「ええい! それ以上立つなよ! ……と、ブレーキ、と、これもか……」


 トロッコに乗り込んだのは、先頭から私ことディジーリア、ライラ姫、そして最後に騎士様の三人です。

 もぞもぞ動いていた気配が収まると、「では、行くぞ!」とライラ姫の声が掛かりました。


 そして私は、洞窟を抜ける風となったのです!


「ほらそこ! トロッコ道は南門まで直通な分、隔壁が幾つも設けてある! 南地区の道が基本迷路なのとは思想から違うぞ!」

「ひゃあわーー♪♪」

「気付いてたみたいだが、衝角を倒しておけば、紛れ込んだ魔物もイチコロだぞ!」

「きゃうあーー♪♪」

「出口を開け放てば、南門の外で出待ちする魔物にも突貫だ――って、着いたな」

「ひょわあぁ?」


 トロッコは、直ぐに麓まで降りてしまいました。ライラ姫が早口で叫ぶのの三回分しか有りません。

 そのライラ姫はブレーキでトロッコの速度を落とすと、鉤爪の様な物が付いた棒をトロッコ道の脇に立っていた棒に引っ掛け、薙ぎ倒します。するとそれがスイッチになっていたのか、脇へと抜ける分岐路の扉が開き、トロッコもゆっくりとその扉を潜り抜けていきます。

 扉を抜けたそこからは、正面に黒岩豚が闊歩する騎士団用の騎獣舎が見えます。そしてその後ろから左手に掛けて、街の北側とは違って物々しく砦の建物がり出す威容が。そして切り立った斜面に設けられた巨大な水車と、その水車の上側から流し込まれて勢い良く水車を回す水の流れが有りました。

 飛び散る水飛沫で、少しひんやりしています。


「よし、降りるぞ!」


 そう言って、私を抱き締めていたライラ姫が腕を解いて立ち上がったので、合わせて私も立ち上がりました。

 騎士様が一番に降りて、それにライラ姫が続きます。

 私もそれに続こうと身を乗り出しましたけれど、トロッコはまだゆっくりと動いていました。

 このトロッコは、一体何処へ行くのでしょうか?


「通常はスイッチを倒して騎獣の居るこちらから出る。真っ直ぐ南門へ抜ける出口はまず使わない。普段遣いの出口が態々スイッチで切り替えるようになっているのは、南門を抜ける出口の方が緊急性が高く――」


 ライラ姫の声が、どんどん遠く、小さくなっていきます。

 私がまたトロッコに膝立ちに座り直してみると、トロッコは緩やかな傾斜をコトコトゆっくり進んでゆき、巨大な水車の下、水車に連動した籠がぐるぐる回って巻き上げられている場所の手前で止まりました。

 そこに次の籠がやって来ると、コトンと車止めが外れたようにトロッコが再び動き出し、ぴったり籠に収まると、そのまま宙吊りで上へ向かって運ばれます。


 余り重いのは拙かろうと、ちょいちょい体を浮かせながら、私もトロッコと一緒に――


「コラーーーーーー!!!!」


 走り戻ってくるライラ姫が叫んでいるので、私は思わずトロッコの中に隠れました。

 再びそっと顔を覗かせた時には、駆けていくライラ姫の後ろ姿が見えました。


 ふぃ~と気を取り直して、私はトロッコを検分するのです。


 水車が回るのに合わせて、どんどん高く持ち上げられていくトロッコ。そこからの眺めは格別でした。徐々に背の高い南の街壁の向こうが顕わになっていくのです。

 勿論、そんな高さを水車一つで上がっていく事は出来ませんので、六つの水車を乗り換えて一番上まで上がっていきます。一つの水車を上がり切ると、また自動的にトロッコが籠から降ろされて、櫓のように張り出したその場所から、また斜面までコトコト動き、またそこで次の水車に乗り移るのです。

 そういう中で、私も新しい技を覚えました。トロッコが吊り上げられていくのに合わせて、私も宙に引っ掛けた魔力の支点を、ずりずりと上にずり動かして、トロッコに負担を掛けないように一緒に上がっていく、そんな技です。

 そうなると、水車が私を吊り上げているのか、私が自分で持ち上がっているのか、分からないところでは有りますけれど、そういうのは言いっこ無しです。風情というものですよ風情!

 そして、上がり切ったそこから眺めるその景色! 昏い森も豊穣の森も一望出来て、遠くにクラカド火山も見る事が出来ます。見る向きを変えると、遠くに在るという海まで見渡せそうな気がするので、素晴らしいばかりの景色なのです。

 流石に自分で宙を行けないならば、震えが来そうな高さの事は有るのですよ!


 そんな景色に打ち震えている間も、水車から降ろされたトロッコは、ゆっくりと進むのでした。


「おい、邪魔だ」


 不機嫌そうな声に振り向いた時、そこはもうすっかりと砦の敷地の中でした。

 柄杓ひしゃくとブラシを手に持った少年が、ぶすっとした顔で見ています。


「邪魔なんだ! 早く降りろ! 水掛けるぞ!」


 言った少年が柄杓を持ち上げますが、それはまさか汲み上げたばかりの源泉に一番近い水!?

 それを只、掃除に使うのは勿体無さ過ぎですよ!?


「ほ~ら、水だぁ……って、何で近づいて来るんだよ!? ああ~、もう!」

「うひゃあ♪」


 思った通り、冷たくてぷるぷるした水ですよ!

 トロッコは私を乗せたまま、呆れた様子の少年に洗われて、栓を抜かれて排水されたらそのままトロッコが何台も有る一角へ。

 濡れたままの自然乾燥とは、車輪も鉄では無いのか知らと思いながら、建物の中に入ったなら先に詰めてるトロッコの上を飛び越えて、建物の中で先頭のトロッコに乗り込んで、そのまま前に進んだら、其処には腰に手を当てて仁王立ちするライラ姫が待ち構えていたのです。


「何をしてるんだ! お前は!」

「きょ、今日はトロッコ乗り放題の日です! 私が勝ち得た権利ですよ!?」

「だから!?」

「乗り放題と言うことは、乗りたいだけ乗っていていいという事です! 降りなくてもいいのですよ!」

「な、なにっ!? ――そ、そういう事か!!」


 納得するライラ姫を見ていると、何故だかほっこりとしてしまいました。

 おや? そう言えばリリンさんが居ませんね? 何処に行っているのでしょう。


「ええい、分かった! 二週目だ! 行くぞ!!」

「にゃひゃあー♪♪」


 分岐口から外に出たところに、リリンさんは待っていました。

 ですが、今度はライラ姫が立ち上がろうとしません。

 後ろの方で騎士様が、立ち上がる気配を見せて、また座りました。


 トロッコはゆっくりと進み続けます。

 先程と同じ様に水車の下でカコンと止まり、しかし先程と違って、籠が通り過ぎてももう動こうとはしません。


「重いのですよ! 降りて下さい!」


 体ごとトロッコを揺さ振って、ライラ姫に降りるように促します。


「な、何だと!? ――ふ、ふふふ、それは聞けんなぁ。トロッコに乗っている事には違い有るまい?」


 今度は一緒に吊り上げられるつもりだったのでしょうけれど、私一人でも何処か怪しかったのですから、姫様も一緒で上がる筈が有りません。

 恐らくは安全の為に、重さで動かなくなる仕組みが組み込まれているのでしょう。

 そこは流石というところですが、このまま動かないというのも迷惑以外の何物でも有りません。

 だから私は、キッと姫様を睨み付けてやったのです。


「何を言っているのですか!? 動かないトロッコは只の箱です! 姫様、約束を破るつもりですね!!」


 そうです。こういう時こそ竜毛虫討伐の報酬を、突き付けてやればいいのです。


「む!? ……た、確かに。――ちっ、く、くそぉ!!」


 ライラ姫は騎士様と一緒に、動かないトロッコから飛び降りて駆けていきます。

 私だけが残るトロッコは、かこんと音を立ててゆっくりと前へ進み、そのまま吊り上げられる籠の中へ。

 昇り行くトロッコから見えるのは、何処までも続く広大な森。

 広い広い世界が、私の前には遠く果てまで広がっていたのです。

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