(21)神々の事情と廻る輪廻

 どこか懐かしい気配を感じて、幻想の火床ほどの火を落とした。


『はて?』


 と、下界を打ち眺めやる。

 下界と言っても、ここ神界が雲の上に在る訳では無いが、そこは下界の民に合わせて呼び慣わしたものだ。

 その神とやらに成ってみれば、そも神界との呼び名すらどうかと思うのだが、そこはまあ仕方が無いのだろう。

 この感覚は、恐らく神に成った者にしか分かるまい。どれだけ知識系の技能で教わろうが、字面では量れぬものは幾らでも有るという事だ。


 ここ神界は、何処いずこでも有り、何処いずこでも無い。儂が認識した対象との距離は近くなり、意識を離すと距離は遠退く。物理的な位置関係の意味を成さない世界だ。そもそもここに物質は無く、我々神々の様な意識だけが漂う世界。先程まで向き合っていた火床にしても、儂がそうと意識したからそこに在る様に見せかけていただけのまやかしで、火を落とさずとも既に物の形も無い。態々火を落としたのは、それが長年の習慣で習い性となっていただけの事だ。


『大陸の、中央部とな? 何故なにゆえこんな所に?』


 その気配を感じたのは、大陸中央部に有る魔の森のほとりからだ。

 その事にもはてと首を傾げた。言っては悪いが、大陸中央部の鍛冶のレベルは低い。


 そもそもの話、『鍛冶』というものを最初に見出したのは、生前の儂ことグログランダである。しがない金物屋の小倅こせがれだった儂は、親父殿の手により様々な姿に造り替えられる、銅や鉄といった金属達に、すっかり魅了されながら大きくなった。

 熔けて型に流し込まれてあらゆる形に姿を変えるその様は、幼い儂の目には無限の可能性を秘めている様にも思えたものだ。


 しかしながら当時の金物の扱いは、鍋釜の様な日用品が精々で、武具に用いようとする者は皆無だった。

 然も有りなん。町や村の中ならば兎も角、武具を必要とする魔の領域では、只の甲虫すら鉄のナイフを噛み砕く。そんな物に命を預ける戦士は居ない。

 そんな中で、若かった儂は多くの者達から馬鹿にされながらも、金物の可能性を追い続けたのだ。


 始めに思い付いたのは、虫に喰われるのなら喰われない様な物で覆う事だった。

 しかしこれは、直ぐに破綻している事に気が付いた。

 鉄よりも柔い何かで覆ったなまくらなど無意味。鉄よりも硬い何かが有るのなら初めからそれで剣を造れば良い。虫の喰わぬ毒を塗り付けるのは有りかも知れないが、そんな物騒な手入れを好む戦士は居るだろうか。

 結局の所、別の何かで覆って何とかしようという方法は、金物の可能性を信じ切れていない儂の逃げでしか無いと悟ったのだ。


 月日が経ち、親父殿の跡を継いだ儂は、心を入れ替えただ只管ひたすらに金物と向き合った。

 硬さで言うなら鉄の鋳物はかなり硬い。他の金物とこすり合わせれば、大抵相手側に傷が付く。しかし脆く力を加えれば直ぐに割れる。

 銅の鍋は柔らかく、割れるより先にぐにゃりと曲がる粘りが有るが、鉄と変わらぬ程度の力で、やはり千切れて壊れてしまう。

 そのどちらも甲虫には喰われてしまうのだから、硬さは余り重要では無いのだろうと考えた。


 一つの結論から述べるなら、金物は叩けば強くなる、だ。

 当時の金物造りと言えば、岩や特殊な土で造った型に、熔かした金属を流し込み、後は磨いて軽く叩いて形を整える。刃物なんかにはその後研ぎが入りはするが、概ねそんな造り方をしていた物だった。

 叩いて直す金物屋は三流だ。出来る金物屋は型の作り込みで全てが決まる。だが、店を継いだばかりの未熟な儂は、叩いて捏ねるはパン屋の主人、叩いて割るは金物屋、なんて世に広く揶揄される通りに、どうしても上手く行かなかった鍋を直そうとして、叩いてみればそれが道理と罅が入った。


 普通ならば、そこで歪んだ金物は直せないと、やり直しだと学ぶものなのだろう。だが儂はその手応えに、暫し目を見開き、届かない何かを感じ取ろうと、息も詰めて全身の感覚に意識を集中させたのだ。

 一打ち目より二打ち目、またそれよりも三打ち目。次第に手応えが硬質に、撥ね返される様な心持ちなのはどういう事だろうか。

 それは、ただ硬くなるというのではなく、明らかに強くなっていると感じ取れた。


 それからの日々は、語るに尽きる事は無いだろう。

 銅の鍋は叩くことで倍は強くなった。だが、それでもまだ魔の領域で使うには足りぬ。

 ならばと鉄の鍋を叩くと直ぐに罅が入る。熔けず流れずで金物には向かぬ鬼子砂鉄を使って漸く、今迄に見た事が無い強い鉄が出来上がった。

 流れぬ鉄では鍋は作れぬ。しかし、剣や鎧板を造るのには問題は無い。

 だがそれでも、馴染みの傭兵に試して貰った結果、魔の領域の虫達には勝てなかった。


 失意の中、遣り方を変えながら何度も鉄を鍛え直す日々。その日もまた出来上がった失敗作を、炉で赤熱させて戻してから、手近な水桶に放り込んだ。

 単にその日はもう仕事をする気にもなれず、火事に成らぬようにとだけの、自棄になっての振る舞いだった。

 次の日、水桶の中に謎の硬剣を見付けた儂が、混乱の内にも熱して冷やした鉄が強くなることに気が付くまでに、どれだけの月日を掛けただろうか。

 今でこそ神と崇められてはいるが、始まりは只の偶然だったのだ。


 斯くして儂は魔の領域にも負けぬ鉄の業を得、それは『鍛冶』と呼ばれる事になった。

 儂の業は大陸の端々にまでも伝わり、儂が下界でのお役目を終えた時には、態々“輪廻の”が拾い上げに来た程だ。

 儂は初めて『鍛冶』を見出した“鍛冶の”神として、神界に棲まう事となった。

 同じ様に“輪廻の”に見出された多くの神々と共に。


 それから既に幾星霜。数百年では効かぬ年月が流れた。

 だが、儂の見出した『鍛冶』の剣は、長らく“繋ぎ”の装備としか見られなかった。

 幼い戦士が、魔物素材のナイフを手に入れる迄の、繋ぎのナイフ。

 年若い傭兵が、魔物素材の剣を手に入れる迄の、繋ぎの剣。

 壮年の剣士が、普段使いの相棒を手入れに出している間の、繋ぎの大剣。

 それ以上には、決して成れない、“繋ぎ”の装備。


 その状況に、変化の兆しが見えてから、まだ百年も経っていない。

 西域で、一人の几帳面な黒狼族の男が、愛すべき執着心でもって更なる鉄の世界を切り開いたのだ。

 熱して冷ませば硬くなる鉄には、一定量の炭が含まれていることを解き明かし、それを刃金と名付けて剣に最適な配合を解き明かした。

 限界を試す様にその刃金を鍛え続け、打っては薄くなるその板を何度も折り曲げ重ねては、鉄の持つ力を極限まで引き出した。

 熱して冷ます焼きを入れる温度も言うに及ばず。全てを最高に調え、刃金に最適な剣の形も突き詰めて、ついに生み出したのが刀と呼んだ芸術品だ。


 生前の儂が常日頃から追い続けていた鉄の可能性。その完成形を突き付けられたと思ったのも、仕方が有るまい。

 神と言われようが、結局の所は時代後れのふるい職人の一人に過ぎぬ。新しい時代を築き上げる、その刃の煌めきを前にして、心が震えてしまうのはどうしようも無い。


 ここ神界ではあらゆる存在は形を持たぬ。形を持たぬということは、他者との境界もそこには無い。

 つまり神々というものは、雑多な意識の集合体であり、神に成るということは、巨大な意識に呑まれ、その内在する一つの人格としての在り方を受け入れるという事だ。

 その中でも似た意識を持つ者は一つに纏まり、時には融合もすれば再び分かれる事も有る。

 儂は初めての“鍛冶の”神として神界に在ったが、儂に続く鍛冶師達もまた儂と同じく“鍛冶の”神の一部と成り、今は“儂ら”が“鍛冶の”神だ。


 その儂ら“鍛冶の”の内の半数近くが、刀の完成を見届けた後、神で在ることを辞め再び下界へと降りていった。嬉々として新たな地平へ武者震いながら。

 神となった者が再び下界に転生する時は、全ての記憶を置いていかなければならないのを知りながらも、降りていく元“鍛冶の”には、何れも愉しげな様子が覗えたものだ。


 職人系の神は、そういうところが在るから、実に入れ替わりが激しいものだ。斯く言う儂も、どれだけ下界に降りたいものかと思いはしたが、それよりも刀匠を名乗り始めた新たな天才と、この神界で心行くまで語り合いたいという想いが、儂の足を踏み留まらせた。

 まあ、その天才も、あの一つの出会いが無かったならば、ただ闇雲に鍛えた鉄で打った強い剣で満足していたに違い無いとは思うのだが。


 まだ修行中だった若き鍛冶屋と出会ったその者は、並外れた魔力操作で打たれる鉄の成り立ちを読み取り、「鍛冶は丸で織物の様ね」とにこりと笑ったのだ。

 「鉄を打つには鉄の言葉を聞かにゃあのお」と格好を付けてみせた若い刀匠に、「それでは」と応えて鉄の有様を読み取っていたその時の様子が、今もまざまざと思い起こされる。

 打てば鉄は強くなる。しかしその仕組みが見出せずに悩んでいた若者にとって、その言葉は天啓とも言うべき物だった。

 彼はその瞬間から、本質を追う為に積み重ねていく鍛冶師となったのだから。


 大陸の中央部から感じたのは、その刀匠の刀鍛冶にも通じる『鍛冶』の業、その気配だ。

 “鍛冶の”神である以上、『鍛冶』の気配は必ず儂に触れてくる。

 それに戸惑うのは、ここにはまだ刀鍛冶のわざは届いていない筈だという事だ。

 儂らも職人であるからには、人生を削って生み出した奥義とも言える技術を、その者が生きている間に広めようとは思わぬ。

 儂がした鍛冶の業の流布は、そもそも鉄の地位を向上させねばならなかったからであるが、そんなものは職人一人一人の思想に因るものだ。

 刀匠はそのわざを広めず、未だ刀の技術は西域に留まっている。突然大陸中央部に現れる様なものでは無い。

 技術を盗んだ輩が居たとしても、馬車で何ヶ月も掛かるだけの隔たりが有るのだから、その痕跡は何処かに残る。


『ふむ……記憶の継承という事も…………いや、無いな』


 若き時代の刀匠には、揶揄されるばかりで態々その技術を盗もうとする者も居なかった。

 人の口に上る様になった最近は、工房を覗き見る輩も増えた様だが、そんな誰かが転生するには日が浅い。

 そもそも刀匠に弟子は居ない。

 まぁ、見てみるのが早いと、儂はその気配の源を辿ったのだ。



『あら、もう覗きに来るなんて、随分と鼻が利くのね』


 どうやら先客が居たらしい。


『“裁縫の”か』


 姿形は無くしてしまった儂らだが、伝わってくるイメージは背の高い背筋の伸びた女史というところだ。

 確か、どこぞの王宮御用達の服飾職人だったフィズスロッテだろう。

 “裁縫の”は皆こだわりがそれぞれ強いらしく、刺繍をする時、ボタン付けをする時と、表層の人格がころころと変わるが、裁縫以外にも興味を持って、より技術を高めようとするのは、元王宮職人の矜恃きょうじというものだろうか。


 鉢合わせするということは、彼女もこの妙な気配の持ち主に、注目しているということだ。意識が近くなれば距離も近くなる。神界は、そういう場所なのだから。


『お主と搗ち合うとは珍しいな。さてはこの気配は雑貨屋か何かか?』


 問うてはみたが、“裁縫の”は何とも言えない微妙な顔付きで、見るのが早いと促してきた。

 見てみれば、そこには予想外の状況が広がっている。


『な……何じゃこれは!? 工房では無い? 壁の中か!? 何でこんな所で、しかもまだ幼い子供では無いか!』

『父親と反りが合わなくて、家出中なのよ』


 儂が騒ぐのに合わせて、過去の経緯いきさつの記憶を儂に渡しながら、困った様に“裁縫の”が微笑む。

 同じ意識の下におるにも拘わらず、記憶はそれぞれの人格に属しているが、こういう時に映像含めて記憶を受け渡し出来るのは面倒が無くて良いが、それにしても――


『職人が身内におらん……記憶持ち、で、じゃと!? 道具も鎧も全部お手製か!? 積んである壁土や木板は、部屋の内装も自分でやるつもりなんじゃな!?』

『部屋を整えている途中で、我慢が出来なくなったみたいね。……私よりもあなた寄りの子みたいね。嫉妬しちゃうわ』

『むぅ……やはり刀鍛冶のわざか……』


 今、火鉢程度の小さな火床ほどから流れ出た熔けた鉄を棒状に纏めて、小さな少女は其の手に似合わぬごつい鎚を、絶え間なく打ち続けている。

 熱を逃がさず更に熱を込めるのは、雁字搦めに纏わり付く魔力のわざに外ならない。

 それでも鉄の温度が下がり、鉄の色が赤く落ち着く度に、再び炉にべて金色に輝くまで熱しては、更に打ち鍛えていく。

 平らに引き延ばされた板を折り曲げ畳み、何度も何度も鍛え行く仕事。

 それはまさしく刀鍛冶の業であった。


 魔力の扱いに長けた記憶持ちの刀鍛冶。何とも言えぬ予感に儂は震えが来るのを感じながら、その少女の技能を確かめていく。


『うおっ!』


 儂が思わず叫びを上げると、予想していたのか悪戯気に“裁縫の”が笑う。


『凄いでしょう? 殆どは『集中』の恩恵が利いたのでしょうけれど、『裁縫』も『鍛冶』も、もう一人前よね』

『むむぅ。『鍛冶』に『刀鍛冶』が含まれとるのはいいが、この『魔鍛冶』とは何じゃ? それに、『刺突貫通』とはまた物騒な……』

『あはは。私も、黒岩豚の革の加工で、そんな技能に目覚めるだなんて、吃驚びっくりだったわ』

『……『隠形』に『隠蔽』、『運足』、『軽身』、『魔力知覚』、『魔力制御』、『魔力操作』…………やはり……かのう。“輪廻の”に訊いてみたいもんじゃが……』

『あら? この子の前世に心当たりでも?』

『…………まぁ、の』


 『鍛冶』関係で付く祝福ギフト技能の『耐暑』なんていうものも付いてはいるが、不自然にレベルの高い技能の多くは、暗殺者か何かとも思える様な物ばかり。

 若き刀匠の未来を変えた彼の者は、当時の戦帝国に攫われた後に、洗脳されて戦争の道具とされておった。

 益々確信が強まるが、“輪廻の”はいつも忙しくしていて、なかなか出会う事が出来ない。会えたところで会話が成り立つかは分からんが……。


 我々の中で、“輪廻の”だけは別格だ。異質と言ってもいい。

 “輪廻の”以外は、転生を経て下界と神界を行き来してきた魂だが、“輪廻の”だけは根っからの神界の住人である。

 “輪廻の”が言うには、下界すなわち表の世界で、混沌の中に星々が生まれ、地上に生き物が発生したのと同じ様に、神界すなわち裏の世界でも、混沌の中に意識が生まれ、幾つもの人格が生じたのだということだ。

 それらの人格も初めの頃は、ただの反射で動くばかりの獣にも劣る存在だったそうだが、表と裏の関わりの中でやがて知性を手に入れ、自ら考えるようになった人格達はそれぞれの道を歩み始めた。

 或る者はこことは違う別の世界へ。或る者はいつも眺めていた下界へと。

 別の世界へ行った者など、こちらの世界に侵略してくる界異点の先の輩と何が違うと言うのだろうかとも思うが、妖精シーなどの様な者も居る事から、悪い輩ばかりとも言えないものなのだろう。

 下界へ行った者は、謂わば儂らの先駆けだ。“輪廻の”が言うには、生き物が記憶を持ったまま転生するのも、意識のみで存在可能な神界の存在が溶け込んでいるからという事だから、今の儂らは下界へ降りた者らが里帰りしている状態なのかも知れぬ。

 そんな中で、ただ独り神界に残り、ずっと表と裏の調整をしてきたのが“輪廻の”なのである。

 意識のみで、生き物として存在した事が無い“輪廻の”とは、根源的な部分で何かが違うのだ。


 地上では輪廻の神リィンエイル等と呼ばれることも有るが、当然の事ながら下界に降りた事の無い“輪廻の”に名前は無い。

 昔は界異点からの侵略も放置していたらしいが、今は独特の美意識で他世界からの侵略は排除する様に動いている。

 とは言っても、直接手を下す訳では無い。界異点からの侵略を防ぐように、転生した生き物の配置を決め、祝福技能が与えられる条件を整備する。それ以上の事はしないで見守るばかりである。

 当然、この神界の主人格である“輪廻の”がそうなのであるから、儂らも直接下界に手を出す事は出来ない。出来ていたなら、戦帝国なぞは、悪さをする前に滅ぼしていたに違い無いのだが。

 まあ、手出しが出来なくて正解なのだ。


 そんな“輪廻の”だからこそ、訊いてみたところで真面な応えは返ってこない。

 “輪廻の”は、喩えるならば、剪定をしない庭師だ。

 種を植える場所は厳選する。水を遣る条件も、肥料を施すタイミングも、そこはきっちりと決めてしまう。それでいて間引きはしない。

 そして出来上がった花時計の具合を見て、今度は上手く行ったと悦に入るのが“輪廻の”なのだ。

 今度の事にしても、知れば知ったで『上手く行きそうですね』とでも話すのだろう。


 儂ら神々の仕事は、そんな“輪廻の”の趣味を手伝い、それぞれの得意分野で水や肥料を遣る条件を決めるのを仕事にしている様なものである。

 “輪廻の”の手が回らないという訳では無いのだろう。儂らも配置される何かに違い無――


『ちょ、ちょっと!? 何だかふらふらしてるわよ!!』


 随分と考え事をしていた様だ。

 “裁縫の”が慌てた様子で注意を促すのに、儂は一心不乱に鍛冶仕事に打ち込む少女を見遣る。


『ふはは、寝食忘れてのめり込むとは、将来が楽しみじゃわい』


 あの薄幸の若者が、今こうして好きな事に邁進出来ている事に、儂は胸が温かくなるのを感じていた。


『え? ちょっと違う様な……。あーー!! 倒れちゃったわよっ!!』

『んん? ――――ぬぁああああ!!!! 馬鹿者がーーーー!!!! 密室で鍛冶をするなぞ死ぬつもりかーーーー!!!!』

『どうするのよ!? 手が出せないわよ!?!?』

『ええい! 何ぞ祝福出来る物は無いのか!!』

『そんな物が有ったら、とっくに祝福してるわよ!! ――あっ!』

『おっ!』


 気が付けば、慌てる儂らを余所に、少女に『仮死』の技能何ぞが付いておった。

 『仮死』は『身体運用』から生じる『省力』の更に派生。『身体運用』も『省力』も無い少女に行き成り生える筈が無いものだが、つまりはこれも継承技能という事なのだろう。

 前世を考えると、そんなものを持っていても全くおかしくないところが哀しいが、今回はそれに助けられたと見るべきか。

 『仮死』は環境の影響により死に至ろうとする際、生命活動を一時的に停止する事で乗り越えようとする技能だ。『仮死』のレベルにも拠るが、軽い治癒の力も働いている為、発現さえしてしまえば酸欠程度はどうとでもなる。


『全く、ヒヤヒヤとさせてくれるわ』


 儂らは二人して、ぐったりとくずおれるのだった。



 それからも、兎に角目を離せなかった。

 他の仕事に手を付けていても、いつも意識の片隅では若い刀鍛冶の少女を気に掛けていた。


『ほら、もうすぐ打ち終わる様よ?』

『ふむ、ナイフか。初めの選択としてはまぁまぁじゃな。――しかし、此奴の手に有ると、普通のナイフが小振りの短剣にも見えるわ。――――ん? 何じゃ?』


 見れば、少女は最後の仕上げとばかりに、ナイフに散っていた熱を鍔際に集めて赤熱させる。そのまま熱した領域を次第にきっさきへと移動させながら、どんな業が有るのか小刻みに鎚を打ち付けていく。最後に鋒まで至ると、鎚を打ち付けながらぶわりと溜まった熱を解き放った。


「出来ました~……」


 げっそりとやつれながらも、やりきった笑顔で少女はそのまま倒れた。

 打ち終えたナイフは、既に露で濡れる程に冷えている。

 その段になって、儂は漸くいつの間にか詰めていた息を吐き出した。


『…………『魔鍛冶』、か』


 “鍛冶の”神が儂であるからして、鍛冶に係わる技能を定めるのは儂の仕事だ。

 だが、何でもかんでも儂が決めなければならないという訳でも無く、他との組み合わせで自動的に決まる技能も有る。

 『鍛冶』と『鍛冶知識』と『識別』とで『鍛冶鑑定』といった『識別』系の上位の技能を覚えたり、『鍛冶』と刀剣術系統の技能で『鍛冶打ち』という武具の損耗を抑えた上で威力を向上させる技能を覚えたりもする。こういったものは『鍛冶』が他の職人系技能になったとしても、それぞれに対応する技能が有るものだ。

 『魔鍛冶』と言うなら、恐らく『魔力制御』と『鍛冶』だろう。しかし、『魔力制御』をこんな形で鍛冶に生かすなど、今まで考えた事も無かった。


 ――刀匠よ。お主を超える逸材は既にここに居るぞ。


 真摯な気持ちで儂は思う。

 だが、この少女はそんな想いに浸らせる事もさせてはくれない様だ。


『…………ねぇ……『仮死』がまた働いているようよ……』

『ん? …………ぬぉおお!! 寝食忘れ過ぎじゃあ!!!!』


 何も出来ない儂らは、再び神界で右往左往するばかりだった。



『ねぇ、『仮死』ってこういうものだっけ?』

『んな訳無かろう? 毒沼の生き物くらいしか普通は持っておらんよ』


 そんな台詞を吐いてしまうのは、何とか再び目を覚ました少女が、壁に隠された小部屋から地上へ降りる段になって、落ちて再び『仮死』に陥っては治癒の力で目覚めるという事を繰り返したからだ。

 『仮死』の発動には体力を使う為、空腹で倒れたならば二度と目覚めないおそれも有ったのだが、少女は膨大な魔力で『仮死』を維持するなんて事をしてのけた。

 冬の寒空の下、空腹で壁から落ちての『仮死』なのだから、普通はそれで終わりとなるのが道理だが、これでは丸で便利な回復手段でしかない。

 呆れ果てるのも無理は無いというものだ。


 それから少女は食料を補給し、燃料を補充し、再び小部屋でナイフへと向かう――と思いきや、床から拾い上げた四角い白石を手に首を傾げた。


「はて? 二つも買った覚えは無いのですが?」


 それは、『鍛冶』で打ち上げた刃物が、ランク十二になった時に与えられる様に設定した祝福ギフト、すなわち砥石だ。まあ、何処にでも有る普通の砥石よりは上質だが、そこまで代わり映えする物では無い。

 慌てて見てみれば、まだ研いですらいないナイフのランクは十一。なまくらとも言えない鈍器が、それなりに売り物となると判断出来るランク十二を上回る。一体研いでみれば、どれだけの業物になるのかと、儂らはどきどきとしながらその時を待ったのだ。


『…………“鍛冶の”?』

『ち、違うんじゃあ! あの砥石は、見習いなら十分な代物なんじゃよ!?』


 儂らの見詰める先で、少女は半分以下の大きさになった二つの砥石を放り出して、「役に立ちませんね」と溜め息を吐いていた。


『自然石で良い砥石などう有りはせん。自分に合った砥石を自分で作り出すのも鍛冶師の仕事なんじゃよ!』

『あー……知識系技能が使えていれば、分かるものという事なのね』

『“司書の”は何か言っておらんかったか?』

『ふぅ……やっぱり、基本的には『儀式魔法』だから、魔力を捧げられないとどうしようも無いって。加えてこの子の場合はもう少し複雑で、今迄自分の想いを否定され続けてきた弊害で、思考が自分の中で完結してしまっているのが知識系技能の伝わりを阻害しているかも知れないらしいわ』

『むぅ……職人も自分の拘りで他人の言う事など聞かぬ者が多いとは思っていたが、此奴を見れば、儂らはまだ協力というものを知っていた様じゃな。儂なら拵え何ぞは専門の職人に任せておるわ』


 儂らの若干哀れみの混じった視線の先で、小さき少女はちまちまと革を縫い、ナイフの鞘や腰ベルトを造っておった。


 魔術にそれ程詳しくは無いが、『儀式魔法』は神々に魔力を捧げて下される力だ。『錬金』や『四象魔術』は今や殆どが『儀式魔法』としてのみ実行されるばかりだが、本来これらは多少才能に左右されるとしても、自力で発動する事も出来るものだ。

 しかし、知識系技能ばかりは、神々に教わる他は無い力で有り、これの自力と言うなら多くの書物を読み自ら知識を蓄える事の他は無いであろう。

 だが、知識系技能の存在が前提となった世界では、深い知識を刻んだ書物自体の数が少ない。

 少女にとっては、随分と不利な状況だった。


『どれ……』


 外周を本の数ミリ研ぎ上げ仕上げられたナイフのランクは八。なまくらにしか見えないにも拘わらず、獣相手には十分な得物となっていた。恐らくしっかりと研ぎ上げる事が出来ればランク六にも届いていただろう。

 そこを拾い上げる事が出来なかったのは儂の不甲斐無さというものも有るに違い無い。

 だが、まあ、“鍛冶の”神であるからには、出来る事も無いものでは無い。


 ――ランク八【硬剣】無銘

   『採取+』『修復』『鑢刀やすりがたな


 ランク八では付けられる祝福ギフトは一つが精々だ。少女が「採取ナイフが出来ました」と嬉しそうに騒いでいるので、そこには採取物の品質が向上する『採取』を付けた。『+』まで付けられたのは、それだけこのナイフの潜在能力が高いという事だろう。

 種別の【硬剣】の特性として、『頑強』が付いていたが、それは『修復』に置き換えた。研ぐ事の出来ないナイフでは、こちらの方が恩恵もまさる筈だ。

 僅か数ミリでも研ぐ前には付いていた『なまくら』は消えたが、代わりに付いたのが『鑢刀』。まあ、これは仕方有るまい。

 他にも、長年使って手に馴染んだ得物や、カスタムメイドされた物、自らの手による物では、ボーナスが付くことも有るが、それは少女がナイフを始めに振るう時に付く事になるだろう。

 流石に銘が「採取ナイフ」というのはどうかと思い、無銘としたが、少女が名付ければそれで定着するから問題は無い。


 序でに言うなら、生き物と装備共にランクという言い方をするが、その意味合いは少し違う。また、技能にはレベルという言い方をするが、これにも幾つかの決まりがある。


 生き物に付くランクは、基本的にはその生き物の持つ最も高い戦闘系技能のレベルに等しい。

 これに、それ以外に持つ技能分を補正して、多少ランクが上がるかというところだ。

 ランク八程度までなら、戦闘系技能が無くてもランクは付くが、要は戦えない支援要員は後方部隊に引っ込んでおれという事だ。

 ランクとは、界異点からの侵攻に対抗する為に、“輪廻の”が設けた決まり事なのだから。


 生き物の持つ技能のレベルは、ランクと同様の数字や記号で表す事も出来るのだが、これは『技能鑑定』でも持っていないと確かめる事は出来ない。

 通常は、その生き物のランクを基本に、『+』や『-』を付けて表される。つまり、ランク八の剣士がレベル十の『身体運用』を持っていたら、『人物識別』程度で見れるのは『身体運用++』ということになる。『-』表記側は余程『識別』のレベルが高くないと埋もれて見る事が出来ないので、発現以前や低いレベルの技能については、知らないままの者の方が多いだろう。

 見えないからこそ、多くの者は見えている技能、即ち特技を伸ばす様な成長を遂げていく事になる。

 それが良いのか悪いのかは分からんが、この少女の手の広げ方は、見えないが故のものも有るに違い無い。


 品物に付くランクは、これも生き物のランクや技能のレベルが基になって決められている。

 ランク八の剣士がランク通りの力を発揮するには、ランク八の剣が必要という事だ。

 品物に付く技能は、寧ろ特殊効果とも言っていい物で、生き物に付く技能とは違い、レベルでは無く補正量をそのままに示している。

 『斬撃+』の技能を持つ剣士は、一段斬撃が鋭くなるということだ。

 『+』も『-』も付かない場合は、微々たる効果しか期待出来ない。だが、微々たるものでも、『修復』は絶大な力を発揮するだろう。


 少女の現在のランクは何と八。訓練も受けていないのにこのランクなのは、鍛冶仕事で鍛えた『鎚術』が戦闘系技能と判断されたのだろう。このナイフ造りの間にも幾つかレベルが上がってのこのランクだから、凄まじい勢いで成長を遂げている。


 “鍛冶の”神となって実感した事は、職人の仕事というのはただ一つの分野だけでは無く、複数の分野の経験を得る事でより練り上げられていくものだという事だ。

 ここ神界から見遣れば、次の段階へと進む者と、そうでない者の違いが良く分かる。

 そういう意味では、少女が下手に自身の技能を知らずに済んでいるのは、寧ろ少女の成長を加速させる要因となっているに違い無い。

 言っては悪いが、知識系技能にも通じず常識を知らない事が、自由な発想にも繋がっている様にも思えてくるのだ。


 それを示すかの様に、幾日か経って部屋の内装を整えた少女が、次に手を付けたのは鉄線を編み上げて造った鉄布の服だ。


『う~む……。これは儂が祝福を与えた方が良いのか?』

『いえ、私の様よ? “司書の”が鎖帷子の亜種で軽鎧に分類しているわ』

『じゃが、その内此奴こやつは鉄線に限らずとも、魔物素材でも服を作るのでは無いか? 何処が境界か分からんぞい?』

『あー、そういうのはもう過ぎた話よ。何で作ろうと、防御を期待すれば軽鎧、みたいよ?』

『“司書の”奴らも随分大雑把じゃのう。しかし、完全に金属で造られても“鍛冶の”の受け持ちでは無いというのも気持ちが悪いのう』

『素材には祝福を掛けられる様だけど?』

『ふむ。なら、鉄線に『しなやか』を』

『私は『清浄』でも付けようかしら』

『そこは『守護』とかでは無いのかい!?』

『女の子なんだから汚れが消えるのは重要よ? 『しなやか』なんて付けた人には言われたくないわ』


 そんな訳で、こんな物が出来上がった。


 ――ランク十二【軽鎧】鉄布胴衣

   『清浄』『消音』『隠形』

   生産者:『清浄』『消音+』『隠形+』


 因みに、生産者ボーナスとして、少女が身に着けた際は『消音』と『隠形』に『+』が付く様だ。

 元々は黒染め液の効果なのだろうが、可動域含め熟知する少女が、一番能力を引き出せるという事なのだろう。

 儂が付けた『しなやか』が消えてしまっているが、これは恐らく鉄線で編んだ服何ぞには『行動阻害』でも付いていておかしくは無いから、相殺されたという事だろうか。


 参考までに、少女がこれまで造り上げた製作品は、こんな感じだ。


 ――ランク八【胴鎧】黒革鎧

 黒岩豚の革と鋼板を用いた胴鎧。着脱し易い様、金具を工夫している。

   『行動阻害』『消音+』

   生産者:『消音++』『隠形+』


 ――ランク七【籠手】黒革籠手

 黒岩豚の革と鋼板を用いた小手。手首の動きを阻害しない。

   『行動阻害』『消音+』『頑強』

   生産者:『消音++』『頑強+』『隠形+』


 見るからに武具の類となっては、“裁縫の”でもフィズスロッテでは無かろうが、生産者ボーナス込みとしても『行動阻害』が消え、更に『消音』が掛かるまでとなると、余程頑張って祝福を与えてくれたに違い無い。

 更に、この冬の間にこんな物も増えた。


 ――ランク十【兜】黒革帽子

 黒岩豚の革帽子の内側に、頭巾の様に黒初めした鉄布を仕込んだ物。頭巾部分の顎紐を留めて脱落を防止する事が出来る。

   『清浄』『隠形』

   生産者:『清浄』『消音』『隠形+』


 ――ランク九【長靴】黒革ブーツ

 黒岩豚の革のブーツに、鋼板を仕込んだ物。爪先の鋼板は鋭く尖らせている。足首は黒染めした鉄布を用いて動き易く工夫されている。

   『行動阻害』『清浄』『消音』『隠形』

   生産者:『清浄』『消音+』『隠形+』『刺突++』


 直に素肌と触れ合う装備に『清浄』が付くのは“裁縫の”らの拘りなのだろう。鎧に祝福を与えた“裁縫の”のアルマンディスともこの時顔を合わせたが、やはり『清浄』は譲れない物らしい。

 しかし、一般向けでは影も無いのに、生産者ボーナスでブーツに『刺突++』が付くのはどうだろうか。初めから想定していたのだろうが、何度も足を振り下ろして確かめているその内に『蹴撃』なんて技能までが芽生えていた。


 少女の一挙手一投足に一喜一憂しながら見守る内に、少女が街の外の依頼に出る時がやって来た。


『それにしても、儂には結局子供が出来んかったからよう分からんが、親になるとああなってしまうもんなのかのう? 儂らの様に見守る位で丁度良いだろうに』

『まぁ! 手が出せたなら一番に手を出していそうな人が良く言うわね、おじいちゃん♪』


 随分気安く話をする様になった“裁縫の”と一緒に、少女の道行きを追い掛ける。

 花畑の冒険者に追い立てられるのを見て憤り、とぼとぼと独り森の中へ入る少女にはらはらとし、森の中で薬草の群生地を見付けた時には一緒になって喜んだが、しかしその群生地を踏み躙りながら現れた小鬼ゴブリンに背筋を冷やす。


 儂は、『蹴れ!』と叫んだ。少女は鎚を持ってきていない。今戦える戦闘系技能は『蹴撃』だけだ。

 “裁縫の”は『隠れて!』と叫んだ。既に見つかっていたとしても、少女の『隠形』や『隠蔽』は余裕を持って小鬼ゴブリン程度の目は眩ませられる。


 しかし少女は呆けて動かず、小鬼ゴブリンが振り上げるは石の棍棒。

 悲鳴を上げる儂らを余所に、しかし少女は石の棍棒をするりと擦り抜け、小鬼ゴブリンの首裏に突き立てたは【硬剣】無銘。


 見れば、『短剣術』レベル八なんていうのが付いていて、総合してのランクは一つ上がって七になっていた。

 継承技能と考えれば納得は行くが、小鬼ゴブリン一匹斃してランク七とはとんでもない。


『ほほう! やるじゃねぇか!』


 いつの間にか、剣闘で名を馳せた“剣の”が横で賞賛の声を上げていた。


『そんなにかね?』

『ふははは、初陣で小鬼ゴブリン相手にまだ発現もしていない『短剣術』で相対し、一合もせずに突き殺す。これは祝わねばな!』


 少女は何をか悔恨かいこんむせんでいたが、“剣の”によってこっそり『常在戦場』の祝福が与えられた。


『ちょっと! 縁起でも無いわよ!』

『がはははは! 常に戦場に在る心持ちで事に当たれというだけで、魔物を呼ぶ効果なぞは無いわ! 不意打ちを食らいにくくなるのだから気にするな!』


 少女は、最初の獲物に小鬼ゴブリンを仕留めたナイフは採取ナイフでは無くなってしまったと嘆き、新たな採取ナイフとして小さな刃物を作り出した。

 刃の長さは親指程。先の失敗を生かして、焼きを入れる前に研いで形を作った後に、焼きを入れての仕上げでも研ぎを入れた薄く鋭い刃のナイフだ。


 ――ランク十【小剣】二代目採取ナイフ

   『採取+』『植物特効』

   生産者:『採取++』『植物特効』『頑強』『活刃』


 採取ナイフとしては一級品だと思うのだが、小剣に分類されてしまった為にランクは十となっている。

 『植物特効』は、最初の薬草を摘み取った時に付いた物だ。『活刃』は摘み取る際に痛めず切り取る効果が有る様だ。僅かながら活力に近い物も与えられている様に見える。

 『採取++』と合わせてつまりは採取物が高品質になる技能である。


 さて、少女の居るラゼリア王国は、実のところ百と数十年前までは腐敗の温床であった。役人は涜職とくしょくに塗れ、教会は色と金に溺れ、市井に蔓延る掏摸暴行拐かし。

 時の王が血の粛清を行い、欲に塗れた教会を追放し、代わりに拾い上げたのが脈々と続きながらも当時は小さな勢力を保つばかりだった託宣教会。古くから神の声に従うことを第一とする、庶民の互助組織であった。

 王命により冒険者協会と名を改め、宗教色を更に薄めた元託宣教会は、やがて世界中へとその勢力を広げていく。そして冒険者達は庶民の助けになる何でも屋として、或いは困難な任務に立ち向かう強者つわものとして、その立ち位置を確かなものとしてきたのだ。


 このデリリア領都デリラの街もまた、冒険者の街だ。ここから確かに、少女は冒険者としての道を歩いて行くのだろうと、儂らは微笑ましく見守っていたのだ。

 しかし、その日から少女の日常の陰には、小鬼ゴブリン共の姿が付き纏う様になっていた。


『……のう、“剣の”。本当に『常在戦場』に魔物を寄せる効果は無いのじゃな?』

『む、無いぞ! 無い筈だ!?』

『ちょっと! はっきりしてよ!』


 既に少女は、その歩みの後に、小鬼ゴブリン共の屍山血河を築いている。

 全て一突き。一撃必殺。

 毛虫扱いはどうかと思うが、英雄の道程みちのりと言うには血塗れていた。


『うむ……うむうむ! 見てきたぞ! これは鬼族の氾濫だ! よし、俺の所為では無いな!』

『……恐ろしいのう。“剣の”の祝福は、そんな状況まで引き寄せるのか』

『ば! 馬鹿を言うな! これは俺では無い! 俺では無いぞ?』

『だから、はっきりしてよ!』


 だが、まあ、問題は無い。だからこそ、こんな戯れ言を言い合う事も出来る。


『お? もう百体か? 随分と早いな。――……いや、ちょっと待て?』


 “剣の”がそんなことを言う通り、少女は百体討伐の祝福ギフトである大光石を拾い上げ、「おおお!?」と感動の声を洩らしている。


『なんだこれは?』


 “剣の”に促されて見てみた少女とナイフの技能が、おかしな事になっていた。


 ――ランク六【冒険者】ディジーリア=ジール=クラウナー

 『識別』『看破』『集中』『空間把握』『気配察知』『気配操作』『隠形』

 『認識阻害』『隠蔽』

 『魔力知覚』『魔力制御』『魔力操作』『魔力強化』『根源魔術』

 『歪異知覚』『歪異干渉』

 『鍛冶』『刀鍛冶』『魔鍛冶』

 『裁縫』『手芸』『革細工』

 『木工』『什器』『彫刻』『大工』『泥工』『石工』

 『園丁』『調理』『採集』『馴致』『調薬』

 『身体運用』『運足』『無音歩行』『受け流し』『軽身』『省力』『仮死』『倍力』『隠密』『不屈』

 『鎚術』

 『短剣術』『短刀術』『投擲』『刺突貫通』『鍛冶打ち』

 『体術』『軽業』『蹴撃』『暗殺』

 『耐暑』『常在戦場』『殺陣』『必殺』『同調』『花緑』


 ランクがまた上がっているが、百体も仕留めれば『短剣術』も上がるという事だ。

 レベル関係無く列挙してみたが、暫く前に見た技能数からまた増えている。

 歪みを知覚する『歪異知覚』なんてものが有ると思えば、職人系技能の増え方もおかしい。『軽業』や『隠密』の様な複合技能も合わせて示したとは言え、その他の技能の増え方も十日に満たない間の成果には思えぬ。

 さては、『集中』と『常在戦場』が相互作用を起こして、えらい事になっているのでは無いかと思われた。


『…………物騒ね』

『…………うむ、物騒じゃな』


 『暗殺』『殺陣』『必殺』と、物騒な技能が並ぶのに、儂と“縫製の”は呆れるばかりだ。“剣の”でさえも微妙な笑いを浮かべている。

 因みに、『殺陣』は百体連続一撃必殺の祝福技能。今付いたところだろうが、大光石と同じタイミングで取得することが間違っている様に思えてならない上級の祝福技能だ。

 『同調』は、職人が自ら造った装備で実戦に出た場合に付く事が有る。装備を己の体の延長として、その状態を感じる事が出来る様になる。鍛冶をするにも実戦に出るにも、大いに助けになるだろう。

 『花緑』は花精フラウに生まれた者が持つ種族技能だが、恐らく前世からの継承だろう。“輪廻の”が傷付いた魂を、一度穏やかに暮らす花精に転生させるのは常套手段だ。益々確信が高まるが、何れ“輪廻の”に訊いてみる他は無い。植物の知識や扱いに関して、最上位に近い技能である。知識系技能とは違い、“司書の”が司る書庫に接続する必要が無いから、これも少女にとっては大いなる恩恵だ。


 それでも少女に関しては、まだ納得が出来る。

 呆けずには居られないのはそのナイフだ。


 ――ランク八【鬼喰刀】毛虫殺し

   『専属|(ディジーリア)』『魔剣』『妖刀』

   『鬼喰らい』『九十九つくも』『偽魂(102/1000)』

   『急所突き++』『流血』


 まず、小鬼ゴブリンを斃した際に、種別が【鬼殺刀】となり、『鬼族特効』の祝福技能が付く。が、元々付けていた『採取+』と反応して、『鬼霊狩』へと変化した。また、少女の側に『同調』が生じた事に対応して少女の『専属』となり、少女専用の装備となった事から生産者ボーナスも統合された。『流血』は『鑢刀』からの変化だが、これは採取用か戦闘用かの違いでしかない。

 そこから九十九回連続の一撃必殺で、知性持つ『魔剣』への切っ掛けとなる『九十九つくも』が生じ、既に『鬼霊狩』で蓄えられていた魂によって行き成り『偽魂』が発生した。これにより、既にしてこのナイフは意思を持つ『魔剣』となっている。更にこれに生物的な働きを示す『修復』が反応して、命ある刀『妖刀』へと変じた。剣なのか刀なのかは“司書の”奴らが判断出来るとも思えないが、命持つことになったのが何度も折り返し鍛え上げられた故とすれば、確かにこれは『妖刀』なのだろう。最終的には種別が【鬼喰刀】となり、『鬼霊狩』が『鬼喰らい』となって落ち着いた。


 行き成り『専属』が付いたのは、製作時点から少女の魔力に晒され少女の支配下に在ったが為。

 行き成り『魔剣』と成ったのも、偶々祝福で与えた『採取+』持ちのナイフが、奇運にて小鬼ゴブリン退治に使われることに成り、『鬼霊狩』に変化した上で斃した小鬼ゴブリンの魂を保持し続けていたが為。これも少女が鬼族以外に振るっていれば消滅していただろう技能である事を考えると、偶然と言うにも狭い道だ。

 『妖刀』などは、それこそ分からぬ。少女の魔力で満ちていなければ、『流血』により血に塗れていなければ、既に魔剣と成っていなければ、全てが一撃必殺でなかったならば、『修復』なんて技能が付いていなければ――

 凡ゆる「偶然」を潜り抜けて生まれ落ちた、奇跡の様な、或いは悪夢の様な一振りなのだ。

 魔化や妖化なぞ、ランクで言えばゼロ以上でしか見当たらぬ。

 ランク八でのそんな物は、まさしく冗談の様な代物だったのだ。


『おやおや、これは面白い事になっていますね』


 圧倒的な気配は唐突、或いは忽然として隣に現れる。しかし儂らには良く知る気配だ。


『“輪廻の”が態々見に来るとは、それ程珍しい事が起きているという事か』


 この神界の主。“輪廻の”はイメージばかりはひょろいあんちゃんなのだが、その気配は只管ひたすらに重い。


『ほうほう、ふむふむ、成る程成る程……』


 しかし、唯々興味の赴く儘に観察する“輪廻の”からは、少女を疎んじる様子は感じられない。その事に、儂は安堵の息を吐いた。

 まあ、“輪廻の”と出会える機会は少ない。今の内に、聞ける事は聞いておくべきだろう。


『のう、“輪廻の”。この者らはいい感じかの?』


 そう問い掛けると、初めて“輪廻の”はこちらへと振り向いた。


『ふむふむ、お前さん達、なかなかやりますね。いいものを見せて貰いましたよ』


 微妙に会話が繋がらないのはいつもの事だ。“輪廻の”は己の興味にのみ忠実だからだ。


『いや、偶然じゃよ。狙って出来るものでは無いわ。時にあれは六の姫では無いのかね?』


 気になっていた事を問い掛ける。いや、既に答えは分かっている様なものでは有るのだが。


『ええ、ええ、そう言えば鍛冶をたしなんでいたのでしたねぇ。愉しそうに鍛冶をしている様ですし、今度は上手く行きましたねぇ』


 その言葉に、おや? と思う。“輪廻の”は下界の惨劇にも心を動かす事など無かったのに、気に掛けているのが驚きだった。

 しかし、若い“裁縫の”フィズスロッテは、そうは思わなかった様だ。


『ちょっとねぇ! 何処が上手く行っているのよ! 家出して独りで暮らしているのが――』


 だが儂は、そっとフィズスロッテを押し留める。

 “輪廻の”を責めてもどうにもなるまい。寧ろ“輪廻の”が興味を無くしてしまえば、訊きたい事も訊けなくなる。

 穏やかに話してはいるが、この緊張感が分からぬものかと思いながら、儂はまた笑顔を崩さず問い掛けた。


『花精を経たにしては転生が早過ぎるのが気にはなるが、のう、これだけの逸材じゃ。どんな配置をしたのか教えてはくれぬかのう?』


 態々言及したのは賭けにも近い事だったが、作り物めいた感情ではあるが、思いも寄らず“輪廻の”は顔を曇らせて語り始めた。


『うむうむ、お前さんは知っての通り、あの者の魂は随分と傷付いていましたのでねぇ、少し休ませてあげる事にしたのですけれどね、折角の花精の森が、まさか焼かれてしまうとは思いもよらなかったのですよ』


 そして表情を明るくする。


『ですが、今回は大成功ですね。上手く行って安心しました』


 やはり、“輪廻の”との会話は、作り物めいてぎこちない。

 “裁縫の”もそれに気が付いたのか、何処か居心地が悪そうだ。

 しかし、心配したというその言葉は本当なのだろう。それだけで、少なくとも悪い事には成らないと安心する事が出来た。


『配置と言うなら生まれは重要じゃな。魔の森の畔にしたのはどういう訳じゃ?』

『いえいえ、六の姫は自由を渇望していましたからねえ。冒険者の国として再出発しましたラゼリア王国が一番なのですよ』

『両親の影響というのも大きそうじゃ』

『そうそう、母親は大陸を横断して更に旅を続けた旅人なんですよ。父親も元はと言えば王宮勤めに倦んで田舎暮らしを夢見ていた魂でしたからねえ。自由を渇望する魂の転生先としては望外の条件でしょう?』

『父親は随分と凝り固まった思想の持ち主の様ですけど?』

『いやいや、田舎暮らしを望んでいた筈ですのに、結局の所のんびりとは暮らそうとしない。本当に人間とは面白いものですよねぇ』


 これ、と窘める間も無く“裁縫の”が口に上らせたが、“輪廻の”が気にした様子を見せないのに安心する。

 しかし、やはり話が通じている様で、通じていない。

 問答を続けている様な気になりながらも、会話が途切れる事に対して儂は焦りを感じていた。

 話題を繋げようとして口にしたが、それは丸でそれまでの流れとは違う素朴な疑問になってしまったのである。


『ナイフが意思を持ったが、ナイフも技能を使うのじゃろうか?』

『はいはい、勿論使いますよ? 行使主体としてと、装備としての技能は異なるのですけれどね』


 そこで、話題が途切れてしまった。

 間が空いてしまうと、別の何かに興味を誘われたのか、“輪廻の”はふいと姿を消してしまった。


『ふむー。“輪廻の”は相変わらずだな』

『……“剣の”、お主も何ぞ喋らんかね』

『あれを相手にするのは疲れるのだ』


 気が抜けた安心感もあって、“剣の”と軽口を叩き合う。“鍛冶の”と“剣の”という間柄から、実のところ昔から親しくしている友人同士だ。

 へたり込んだ“裁縫の”にとっても、“輪廻の”との邂逅はいい経験になったに違い無い。否応無く、神とは何かについて、考えずには居られなくなるのだから。


『のう、“裁縫の”。あれが“輪廻の”よ。人では無いものに人の道理を説いても仕方無かろう』

『人で無しだからな』


 そんな軽口に、“裁縫の”の気も紛れたのか、ぷっと小さく吹き出した。


『上手い事言った気になっているのでしょう』

『くくく…………まぁ、思ったよりも“輪廻の”が気に掛けていた事に驚いたの』

『ああ、有り得ない配慮だった』

『じゃが、心配は無かろう』

『うむ、問題ない』


 少なくとも、“輪廻の”が気に掛けていて、疎んじていない。それだけで、理不尽な障害は取り除かれた様なものだ。


『おお! “鍛冶の”! 言われた通り見てみたら、そこの湖の亀は武器としては『混乱』が付いているぞ!』

『なぬ! むぅ~~……そうか、人に装備としての『技能』が無いのは柔過ぎるのかも知れんのう!』


 ちょっとした想いから神界に留まった儂だが、今になって心震わせる未知が儂らの前に立ち現れる。

 先に降りた奴らには悪いが、随分得難い経験をしていると、儂らは心から笑ったのだ。



 だが、まあ、それだけで済んでしまうなら、ここ迄の駆け足が、継承技能と偶然と幸運の為と思えたのだろうか。

 それから数日後、森で今迄斃した小鬼ゴブリン共の魔石と、花畑では蜂の素材を手に入れた少女は、やはり常識とは違う道を歩んでいる様だった。


『……なんじゃこれは? 『鍛冶』の様で、『鍛冶』では無い……』

『おおお……! 『錬金』のわざを継ぐ者が現れたかと思えば、何という才能のほとばしり!』

『へぇえ? 凄いもんだねえ。面白い、面白いよ!』


 それが始まって直ぐに、慌てた様に駆け付けた“錬金の”。それに付いてきた“享楽の”。

 “錬金の”が食い入る様に見詰めているのは、少女のする蜂の針の加工だ。『鍛冶』では無いのに、『鍛冶』の様に幾本もの針を纏め上げていくのを、“錬金の”は高度な『錬金』の術だと興奮している。


 儂が下界を去ってより数百年の後、『根源魔術』の使い手であった生前の“錬金の”ディパルパスは、その力によって有りと凡ゆる物質の成り立ちを明らかにしようとしておった。その副産物として赤茶けた石から軽銀を取り出したり、魔石による武具の強化を見出したりと功績も多い。

 何故か甲虫から忌避される軽銀は、魔の領域での装備に革命を齎した。武具には使えないが、使い捨てにしなくてもいい軽い鍋釜コップの類、地味な役割だが非常に重要なちょっとした金具の類。

 技術の世界に変革を齎した事では、儂に並ぶと言っても良いだろう。


 しかし、『鍛冶』の業とは違い、『錬金』の業は、理解出来る者が少なかった。ある意味儂らが過保護にし過ぎたのかも知れんが、『儀式魔法』が諸々を肩代わりしてくれる世の中にあっては、『錬金』のことわりの深みを学んで用いようとする者も少ない。学舎まなびやで教えるのも、如何に効率よく『儀式魔法』で『錬金』を行うかばかりに留まるのだから、世界の仕組みの解明に打ち込んできた“錬金の”はふて腐れるばかりで、最近ではもっぱら“享楽の”とつるんで遊び暮らしていると聞いていた。

 そんな訳で“錬金の”が内在する人格はディパルパスのみ。そんな“錬金の”が、興奮を隠そうともせずに齧り付いている。


 因みに、“享楽の”は良く分からぬ。下界で何を為したかも分からず、捉え所が無い。それでいて、儂らの中では数少なく、要請が無くとも下界に干渉する力を持つ。

 儂が知るのは、既に異核を破壊され、守護者も討伐された界異点の残滓を造り替えて、迷宮ダンジョンと呼ばれる訓練施設を創っているという事だ。

 界異点は、異界に通じる扉だ。その姿は種々様々で有り、鬼族の界異点は黒い球体、妖精シーの界異点はそれこそ小さな木の扉。他にも木の虚や、空間に空いた穴の様な界異点も存在する。

 界異点の中は、直接別の世界へと繋がっている訳では無く、異界と呼ばれる独立した空間が広がっている。そこから更に別の世界へと通じている扉が、異核と呼ばれてる何かだ。界異点と同じ様な姿形の場合も有れば、光り輝く結晶であったり、或いは何も無い様に見える空間の一部であったりもする。しかし、歪みを感知出来るならば、一目瞭然だ。既にこちらの世界とは異なる法則で満たされた異界の中に有って、歪の発生源でもある異核を見逃すことは無い。


 ランク0以上で無ければ界異点の討伐が出来ないというのは、ひとえにこの辺りの事情が絡んでくる。

 要するに、違う法則の絡む異界では、それなりの祝福を持っていないと無事では済まないのだ。特に、異核を壊して崩壊していく異界からの帰還には、ランク0での祝福である時空の力が必要になってくる。その力に代表される『亜空間倉庫』は、ただ便利な入れ物では無い。


 そうして討伐された界異点は、消滅するというのが一般の認識だが、実は“享楽の”によって回収され、迷宮という遊びに使われていたという訳だ。

 魔の領域から離れた場所に突然配置される事の多い迷宮は、歪の無い安全な模擬界異点として、訓練や探索に用いられていた。

 とは言っても、元々は異界を模した物だ。数段弱体化しているとは雖も、出現する幻影の魔物は手強く、魔の領域から離れた地域での死因の上位を占めている。

 それでも、斃せば魔石を落とす幻影の魔物や、時折見つかる宝箱を目当てに、古くは国の兵士や傭兵団が、最近では冒険者達がこぞって探索に励んでいる。

 それを見ながら悦に入っているのだから、儂らは“享楽の”と呼び習わす事とし、“享楽の”もそれを受け入れたのだ。


 しかし、“享楽の”は儂らにとってただ遊び呆けるだけの相手ではない。

 知らぬ内に、儂が打った幻想の剣が、実体化して迷宮の宝箱から出てきたのを見た時には目を疑ったものだ。“裁縫の”や他の職人系の神々も同じ様なものだろう。

 “錬金の”が“享楽の”と連んでいるのも、そこに愉しみを感じているからだろう。“錬金の”の後に続く者がいないとなると、ここに“錬金の”が居なくなれば彼奴が一生を掛けた知が無意味な物に成ると感じて、おちおち下界に降りるという事も出来ないに違い無い。

 “錬金の”が“享楽の”と協力した迷宮は、“錬金の”が創る高品質の薬剤等を餌に、水の成り立ち、火の成り立ち、有りと凡ゆる物質の成り立ち、そういったものを学べる迷宮となっておる。俗に言う「謎掛け迷宮」。しかしまだ、“錬金の”の心を受け取れる様な者も出て来ぬと聞いた。


 涙ぐましくも痛ましいと言わざるを得ない。

 そんな目の前に、無自覚ながら『錬金』の業を高度に使っているらしき者が現れたのだ。


『おおおおお…………』


 噎び泣く様に打ち震えるのも、分からぬものでは無かったのだ。


 そんな“錬金の”に対して、“享楽の”はどうやってか少女にまつわる過去の経緯いきさつを確認して、手を打ってははしゃいでいる。

 寧ろ、儂らよりも“輪廻の”に近い振る舞い。

 儂らの様にふるい神々が溶け込んでいるだけの神も居るならば、旧い神の性質をそのまま受け継いだ神も居るのだろうと、今ではそう理解している。

 そんな神が、この神界にもまだ何柱か存在する。“天候の”や“海洋の”、“地殻の”といった神々だ。

 儂が言うのも何だが、まさしく触らぬ神に祟り無しを地で行く彼の者らであるから、儂も余り付き合いは無い。敢えて言うなら、“地殻の”に有用な鉱物についてを訊いてみた事が有るぐらいだろう。


 そう思う内にも、少女は蜂の針の剣を造り上げる。

 と思えば、直ぐ様【鬼喰刀】へと手を付け始めた。

 『鍛冶』の業なら儂にでも、と思ったが、叩き込まれる数多くの魔石、『魔鍛冶』の名の如く用いられあやなす『根源魔術』。儂にはさっぱりと分からなんだ。


 すっくと立ち上がった“錬金の”は、すっきりとした表情でこう告げた。


『うん。『鍛冶錬金』と名付けようか』

『いやいや、待て待て、儂にも分からぬものを『鍛冶』と名付けられても儂が困る』

『何と! お主もか!?』


 儂は“錬金の”と向き合って、やがてお互いの肩を叩き始めた。


『くくくくく……ふははははは……』

『ふふふふふ……ははははははは……』

『『うわははははははははは!! くはははははははははは!!』』


 何とも愉快な気分だった。



 そして、また少女がやらかした。


『“鍛冶の”! “鍛冶の”! もう直ぐだぞ!!』

『分かっておるわい! ほれ四百九十! 四百九十一! ……』

『『四百九十八! 四百九十九!』』

『『『『五百!!』』』』


 まさに喩えでは無く毛虫……いや、小鬼ゴブリン共の屍山血河は築かれて、大地は汚い緑の血に塗れようとしていた。

 儂、“剣の”、“錬金の”、“享楽の”そして儂らに合流した“司書の”が合唱となってその数を数える横で、“裁縫の”が呆れた様にその様子を見ている。


『うおおおお!!!! 全部一撃とは有り得ねぇええ!!!!』


 “剣の”は今や大興奮である。

 いや、一撃どころか、数匹纏めて屠っていたりもするのだから、既に一撃必殺を超えた何かである。祝福の設定もされていないのが非常に拙いのだが、今は儂もこの興奮に身を浸していたい。

 既に決まった技能なら、その説明は“司書の”らが纏めているのだろうが、今は未踏の五百連続一撃必殺。更に数が重ねられるのが確実と有って、少女の『必殺』技能の詳細欄はえらい事になっていた。

 まあ、今のところ少女自身も、他の何者も、見る事は出来ない記載なのだから、問題は無いと開き直った。

 これは祭りだ。少女を祝福する祭りなのだ。


 ――『必殺』:累計…五百殺 連殺回数…五百 重殺…五

   ※祝!! 到五百殺!! 次は千じゃぞ!!

    次まで残り五百殺! 頑張れよ!!


『おおおお!!! これが英雄の道程なんですね!! 感動ですよ!!!!』


 余りに儂らが無茶をしていたせいか、様子を見に来た“司書の”の一人。だが今は結局一緒になって騒いでおる。

 “司書の”は、書物が有れば幸せと感じる者共であったからか、職人達とは違って、殆ど下界に戻ろうとはしない。

 然も有りなん、“司書の”が司る幻想の書庫こそが世界最大の図書室。書に埋もれて狂いながら死ねれば本望だという“司書の”らにとっては、こここそが楽園に違い無いのだから。


 そんな“司書の”もそれぞれ性格というものは有るが、今隣で騒いでいるのは、書物になった物も好んではいるが、生の歴史を観戦する事も楽しみにしている、そんな者の様だ。

 何と言っても、儂らの落書きの様な書き込みにも、必殺回数の計数機能を付けて、カウントダウンを一緒になって楽しんでいるのだから、何をか言わんやというものだ。


 並べられているのは、どこからか“享楽の”が持ってきた酒や肴の盛り合わせ。まさか神に成ってから、こんな旨い物が食えるとは思ってもみなかった。


 つまりは、誰憚らぬ大宴会なのである。


『おい! “鍛冶の”! 早う祝福を与えてやらんか!』

『そうですよ!! 英雄には英雄たる力が有るものなんです!!』


 飯を食いながら、適当に少女への祝福を決めたらしい“剣の”が、早う早うと儂を急かす。“司書の”は何ともこう言っては何だか正直うるさい。


『しかしのう、何をやればいいのやら……』


 少女は既に、祝福なぞ無くても、丸で空に落ちるかの様に駆け上っている。

 そしてその物騒なナイフには、正直言って手を出したくない。


 そんなナイフは、今こんな物と成っておった。


 ――ランク一【鬼哭怨刀】怪蟲獄牢死けむしごろし

   『忠誠|(ディジーリア)』『魔剣』『妖刀』

   『鬼喰らい++』『九十九つくも』『亜魂(500/1000)』

   『刺突+++』『斬撃+++』『急所突き++』『鬼哭+』『魔刃+』

   『鬼血回復』『鬼殺活性』『獄炎』


 【鬼喰刀】から打ち直した時点で頭のおかしいランク二【鬼哭刀】。種別も銘もナイフ自体が決めよった。『流血』が消え、『刺突++』と『斬撃++』が増え、諸々『+』が付いたのは順当なところだろう。『鬼哭』は鬼族に対する『威圧』の様だが、今迄一度も使われてはいない。

 それが今、『偽魂』が五百殺で『亜魂』となり、種別も【鬼哭怨刀】となりランクが一となった。『専属』は『忠誠』となり、諸々『+』が付いた上に魔力で出来た『魔刃』を形成することが出来る様になった。尤も『魔刃』はナイフの側に技能が付かなくても、少女の側でやろうと思えば出来た筈だ。今迄技能が付いていなかったのは、偏に少女が常に隠密に事を運び、魔力の放出を完全に抑えていたからだろう事は言う迄も無い。『鬼血回復』と『鬼殺活性』は少女の側で『同調++』に上がった技能を通じて伝わって来た『殺陣』の影響が有ると思える。『同調』を通じてこれからもお互いの技能を交換していくとするなら、これもまた恐ろしいと言わざるを得ない。『獄炎』なんぞは炎でも出るのだろうが、少女がそれを使うとも思えず、そこだけは安心出来た。


 しかし、最早『亜魂』まで得たナイフの主人は少女のみである。幾らランク一になった上に五百殺を決めたナイフに祝福が必要と言っても、儂らが横から手を出すのはナイフにとっては業腹だろう。


『決められないなら選んで貰うという手も有るよねぇ』


 とは、“享楽の”の言葉だ。


『おお! それはいい! 意思有る武具なんだから、選んで貰えば良いんだな! 俺も良くやる手だぜ』


 と“剣の”が言うからには、儂が知らないだけでよく知られた遣り方なのだろう。

 自分で選ぶというならば、ナイフも臍を曲げずに済みそうだった。


 結果、“享楽の”の協力つうやくも有りながら、纏めて【鬼哭怨刀】に選ばせたのが『帰還』『鬼寄』『飛刀』の技能だ。主人が望めば転移してその手の元に馳せ参じる『帰還』。渡して良いか非常に悩ましい鬼族寄せの『鬼寄』。自ら動ける力を望んだ『飛刀』。まあ、ランク一の武具が持つ技能としては相応しいだろう。


 しかし、決められなかったのは、ランク一のナイフを生み出した少女への祝福だ。少女は既に儂の理解を飛び越えていて、何を渡せばいいのかさっぱりと分からなかった。


『さっさと決めて下さい! 決められないなら、力をそのまま渡せばいいじゃ無いですか!!』


 うるさい“司書の”の言うことには、単に渡した力は大抵『+』補正となり、稀に持ち主に合った力となることも有るから、迷ったらそのままの力で祝福するのが一番早いとのことだった。

 それならそうと、始めに言えと思いながら、少女に技能となる筈だった力を受け渡す。

 言われた通りに殆どの力は『+』に変化したが、残った力がナイフと反応し合ったのか、『浮遊』と『陽炎』に変化した。何ともまた斜め上で、笑いが零れる他は無い。


『うわああ~~!! 小鬼ゴブリンじゃない!? ここまでかぁあ!?』

『良し! ナイフは使えないぞ! そこで『気弾』だぁー!!』


 少女の快進撃は今も続いていて、しかし次の相手は歪豚オークの様だ。

 “司書の”は煩く騒ぎ、“剣の”は渡したらしい祝福を使う様にと叫んでいる。

 しかしその後の顛末に、“享楽の”は笑い転げ、“錬金の”は膝を叩き、“裁縫の”は呆れて笑い、“剣の”は肩を落とし、“司書の”は固まって動きを止めた。

 そして少女はランク五になった。



 そんな少女が、愛刀とすべく造り上げた刀の姿。

 行き成りのランク三は、打ち込まれた大森狼の魔石の力も有るのだろうが、恐らくは今の少女の実力と考えていいのだろう。【鬼哭怨刀】は技能を得て魔剣妖刀の類となっているからおかしくなっているが、刀そのものとしては同格。いずれこの新たな刀もランク零に向かって駆け上がると決まっているので、今のランクなどは当てにならないと諦め気味だ。

 何と言っても、まだ魔剣妖刀の類では無いというのに、既に自らの種別を自分で決めているのだ。


 ――ランク三【華艶かえん刀】瑠璃色狼るりいろおおかみ

   『専属|(ディジーリア)』『霊剣』

   『霊核(116/1000)』

   『刺突++』『斬撃++』『気刃+』

   『華艶かえん


 いや、既に『霊剣』が付いておる。一度も振るわれていないのに『専属』でもある。

 一言で言うなら、またまた少女がやらかしたというところか。


 恐らくは、霊獣とも呼ばれる大森狼や、多くの動物・・の魔石を多く取り込んだ為であろう。魔剣妖刀の類を造り上げた為か新たに少女に付いていた『まぶい打ち』との技能も関わっているに違い無い。


『世界は広いのう……』


 神界から見れば、この星の上に散らばる界異点は数万を超える。その全てが敵性という訳では無いが、つまりはこんな田舎では数少ないが、世の中にはそれらを討伐する数多くのランク零がいて鎬を削っているのが実情だ。

 ランク零と言えば、一言で言うなら理不尽の塊だ。ランクBでしか無いこの地の領主でさえ、鎚を振るえば大地が震えると言われたのだ。

 少女は、そんなランク零への道を、今まさに駆け上っているのだろう。

 それが鍛冶師に連なる者だという事は、どうにも誇らしい気持ちだった。


 それから森へと向かった少女は今、森の湖の畔で大男の冒険者と別れ、遙かなる森の深みへと足を向け、両手を空へ掲げている。


「天よ轟け~~! 森よ唸れ~~! 今ここから私の冒険が始まるのですよ~~!!!!」


 儂らは一斉に目を見開いた。


『な、何じゃ!?』

『『儀式魔法』、だと?』

『ええい! どけい! 儂じゃ! 儂の『鍛冶』の業で!!』

『はははは! 届ける技も無い“鍛冶の”は引っ込んでおれ! 今こそ剣の技を!!』


『そ~れ、『稲光いなびかり』ぃい~~』


『『『『『嗚呼っ!! “天候の”!!!!』』』』』


 少女が無自覚に発動した指向性の無い『儀式魔法』に皆が競奔する中、さらりと現れた“天候の”が稲妻を落とすだけ落として去って行った。

 下界では、少女が目を丸くして感動を露わにしている。

 何とも悔しくて成らないが、しかし、しかし――


 どうにもこの少女からは目が離せそうに無い。

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