(97)私達の部屋ですよ♪

 思った通りに筋肉痛になりました。

 虚弱冒険者のディジーリアです。

 事務棟の階段を二階に上がるだけでも鈍痛がお腹に来ます。

 宙を行けば落ち着いていられるのでしょうけれど、筋肉を鍛えるこんな機会は逃せません。

 それに――


「さわさわさわ~」

「つんつんつん~」


 筋肉痛の私に面白がって伸びてくる、悪夢の様な手からは逃れられなかったに違いません。


「も、も、もうっ!? お、覚えておきなさいよぉ。酷いですからねぇっ」


 お腹に響かない様に小さな声で威嚇します。

 でも、見えているのにするりと入り込んで来るスノワリンの手も、絶妙に意識を逸らすフェイントで紛れ込んでくるレヒカの指先も、全く止まろうとはしないのです。


「さわさわさわ~♪」

「つんつんつん~♪」

「ふひゅ~っ、ふひゅ~っ」


 言っても、私も魔力の腕を使ってまで、防ごうとはしていないので、じゃれているだけでは有りますけれどね。

 多分、スノワリンもレヒカも、もう私の友人と言ってもいいのでしょう。

 友人とこんな風に戯れ合うなんて、学園時代にも経験は無くて、何だかとても楽しいのです。


 でも、いけませんねぇ、こんな事では。なんて思いながらも、どうした物かと悩み処です。

 笑い転げていただけでこれだけ筋肉痛になってしまうという事は、恐らく致命的に筋肉が足りていないのでしょう。特に私の様に、魔力で動かす動きに実際の体を沿わせる様な動かし方では、腹筋なんて然う然う鍛えられません。腕や足なら素早く何度も動かしていますから、少しは鍛えられているとは思うのですけれど、動かない部分の筋肉を鍛えるにはやっぱり力を込める事が出来ないとどうにもならないのですよ。

 そして筋肉を鍛えるには、私の場合魔力を枯渇させないといけないのです。

 けれど、それでは自分の身を守れませんよ?


 そんな気持ちを抱えながらも、階段を昇り切ったなら、ジグザグに悪い手を避けながら教室へ。

 そして教室には、既に多くの仲間達が集っていました。


「おう、来たな! それで、どうだったんだ?」


 私達を見付けたバルトさんが言いますが、一体何の事でしょう?

 でも、それは私では無く、追い掛ける悪い手への言葉だったのです。


「は! レヒカ隊員、帰着しました!」

「間違い有りまセん。任務完了デす!」


 振り返れば、右手の甲を額に当てるピシッとした敬礼の姿勢を取る二人。

 一体何が起きているのかと思う内に、スノワリンとレヒカが一つのペンを二人で掲げて言い放ちます。


「襲い来ル魔物の群れに分かたれよウと!」

「いと昏き深淵の闇に囚われようと!」


 え、ちょっと待って下さい!?


「「愛し合う二人は引かれ合う! 見よ! この光り輝く愛の力を!」」


 わ、わ、ちょ、ちょっと!?!?


「「愛のラブラブミラクルアルティメットスペシャルスラッーーーシュッ!!!!」」

「ぐひゅ~~~~っっっ!?!?!?」


 直撃です。立ってなんていられません。

 でも、何故なにゆえに!?

 そして何故なぜ、目を輝かせて皆集まって来るのですか!?


「いつもの所さぁ!」

「むほっむほむほ♪ むほほむほっ♪」

「飛翔! 流星斬り!!」

「おっぱいおっぱい!」

「おお! 毛虫禍よ!」

「今宵の毛虫殺しはケム血に逸っているわ!」


 ぎゃーー!! ちょっと待って下さい!? もしかして、皆さんを見てしまっているのですかね!?

 それは恥ずか死んで仕舞いますよ!?

 何と毛虫殺しの英雄剣士ディジーリア! 偽りの過去に殺されるとは!

 ……まぁ、剣士という訳では有りませんし、死んでもいないのですけどね!



 そんな感じで、あっと言う間に私がデリリア領で守護者を斃したディジーリアだという事が、級友達に知れ渡ってしまいました。


「……酷い目に遭いました……」

「あはは、あはは、英雄さんを斃しちゃったよ」


 今迄殆ど会話もしていなかった王都組の女の人とも、随分と仲良く成りましたけれど。

 でも、私の恥を晒したという訳では無いのですけれど、どうにも微妙な気持ちが拭えません。

 何だか朝から随分と汗を掻いてしまいましたよ?


「結局、手合わせを望んだバルトの目が確かだったという事か」

「学院が掴んで無さそうなのはどうしてかな」

「きっと、すらりとした女剣士と思い込んでいたのですわ」

「あの舞台を見て、英雄ディジーリアに想いを寄せていた奴らも多いってのになぁ」


 ライエさんや女騎士のミーシャさん、貴族息女のフラウさんの言葉はまだ良くても、王都組のハルカさんの言葉には頭を抱えてしまいますよ!?


「内緒ですよ? 私の正体を知った上で尊重されても意味が無いのです。滲み出る大物感で凄いと思われる様にならなければ」

「それは難しいんじゃねぇか? 玄人仕様とか言ってたが、つまり素人はやっぱ見た目でしか分からんわ。気配が無いのには俺ら程度でも気が付くが、言ってみればそれしか分からん」

「言っても信じて貰えないよね」


 ロッドさんの言い分には唸ってしまいますし、ルイルさんのあっけらかんとした言葉には悔しさを感じてしまいますが、どうにも上手く有りません。

 私にしても、冒険者協会で絡んできたおっぱい好きの冒険者に、怖いと感じるのは目上だったり実際の危険が迫っていたり得体が知れない場合だと論じたのです。私の場合筋肉は付いていませんし、魔力だって感じられないでしょう。なら、実際に実力を見せられなければ、私を理解される事も無さそうです。

 ちょっと方針を転換しないといけないかも知れませんね?

 でも、準備が調うには、今暫くの時間が必要なのでした。


「でも、これで分かったな。色々と持ち込んでいたのは、『亜空間倉庫』の力だったか」


 またバルトさんです。いえ、『亜空間倉庫』を使わなくても、魔力の腕で掴めば運んでくるのは簡単なんですけどね。『亜空間倉庫』の中に「通常空間倉庫」を展開出来る様になった今なら、『儀式魔法』の『亜空間倉庫』も、それ程忌避する気持ちも湧いてこなかったりはしますけれど。


「……まぁ、便利に使っている自覚は有りますよ? 『儀式魔法』は余り好きでは無いのですけど『亜空間倉庫』ばかりは仕方が有りません」

「それはまたどうして?」

「『儀式魔法』は神様への丸投げですからねぇ。神様へ問い合わせなければ分からない事なら兎も角、『四象魔術』みたいな物を『儀式魔法』に頼るのは進歩が有りません。ですけど、元々自分の魔力だけでは出来ない事を、何とかしてしまえるのも『儀式魔法』で、『亜空間倉庫』はその最たる物なのですよ」

「私は『四象魔術』も良く分からないですわ。でも、『亜空間倉庫』は特級の代名詞の様な物ですから、一度お目にしたいとは思っていましたわ」

「……まぁ、この後、午後には移動になるのでしょうから、今の内に片付けてしまってもいいですね。――こんな感じですよ?」


 言って、並べられた諸々の下に亜空間倉庫の丸い闇を展開して、全ての荷物を一気に引き込みました。あっと言う間に片付いて、見ていた級友達が息を呑みます。

 魔法の話になって集まって来ていた女性陣も、言葉が出なくなっていますね。

 でも、女の人ってやっぱり魔法の方が好きなのでしょうか。商人の卵な雀斑そばかすのピリカも、貴族の雰囲気が濃いフラウも、どちらも魔法の話が始まるとこっそり近寄ってくるのです。


 まぁ、私も色々と便利に使ってみせましたからね。

 とは言っても、『根源魔術』は一人一人違う感覚に依存しますから、自分で感じ取って貰う外には、教えるのも中々難しい物なのですよ。


 そんな事を考えている内に、時間が来てしまっていた様です。

 騒ついていた教室の中に、ガラリと扉が開かれる音が響いたのでした。


「む、どうしたのかね? ――ふむ、気が早いな。もう荷物を引き上げたのか。それは良いとして、早く席に着きたまえ」


 棒立ちになっていた級友達はその言葉に我を取り戻し、私が唇に指を当てながら席へと向かうのに、くすくす笑いながら同じく唇に指を当てて、思い思いの席へと向かうのでした。



 で、まぁ、結局の所、午前中は秋の間に受けたい講義の申請です。

 今の時期はお試しみたいなものらしいですけれど、冬から始まる本格授業のクラス分けも兼ねているというのですから、御座なりには出来ません。


「ほぼ全員が武術か体育の講義を取るのですねぇ……」

「それは、な。職人共が入ってくればまた違うだろうが、それこそ貴族の嗜みだ」

「女性にも武術とまでは言いませんけれど、身を守る力は必要でしてよ」

「商人にもね!」

「でも、これだけ希望して、上手く振り分けられるのでしょうか?」


 既に受講希望の講義は決めて来ていますけれど、希望したからといって全員が受講出来る訳では有りません。講義毎に受けられる人数が決まっていて、そこから溢れると受講出来無いのです。

 優先順位は入学試験の成績順ですから、私の希望はすんなり通りそうでは有りますけれど、成るべくならいがみ合う事無く振り分けられる事を希望しますよ。


「それは大丈夫だろう。体育を希望する者は別として、例年獣人達は同じく獣人のガルア教官だ。それ以外で一撃の強さを求めるならイグネア教官、巧さを求めるならラタンバル教官だな」

「そうだね。私達は連携を鍛えるのだよ!」

「イグネア教官は、まぁ、あれだ。女傑だな。筋骨隆々の筋肉親父では無くとも、強力な一撃を放てるという証の様な方だ。まぁ、俺の希望はイグネア教官だ」

「ほうほう……そんな情報は何処で手に入れるんですかね?」

「そりゃあ、俺らは王都の騎士だからな。教官達にしごかれていれば嫌でも分かるさ」


 レヒカは王都の騎士では有りませんけれど、ライエさんやロッドさんは一応所属は王都騎士団らしいです。尤も下っ端は、王領の中の街々を巡回している事が殆どらしいですけれど。

 騎士で学院生の方は他にも居るのですけれど、大体会話する人はいつも同じになりますね。周りでも似た様な話をしながら、それぞれの希望を書き込んでいってます。

 近くに居た仲間内では、レヒカ達獣人組がガルア教官、ロッドさんやバルトさんがイグネア教官、私とスノワリンとライエさんがラタンバル教官です。

 それを横目で見て、ライエさんが何やら意味深げに頷いてましたけれど……そう言えば、入学説明会で声を掛けられたのは、ラタンバル教官だった様な気がします。


「一撃の強さにモ興味は有るんだけどネ、きっと魔力を使っテ何かをするんだと思うと、きっと私には付いていく事は出来無いかラ」


 スノワリンのそんな言葉に、それはまぁ、確かにそうかも知れませんとは、私も思ったのでした。



 そんなこんなで午前中一杯時間を使って、……どうでしょう? 上手く振り分けられたのですかねぇ?

 どうにも私が選ぶ講義の傾向と、他の人が選ぶ講義の傾向が違うので、調整が出来たのかが分からないですね。

 スノワリンや商人組とは比較的近いのですけれど、極論すれば自分の装備を進化させたいだけの私とは、やっぱり求める物は違うのです。


 まぁ、興味が出てくれば二年目に回してもいいのですから、焦る必要は有りません。

 そう私は思うのですけれど、この場には焦らずには居られない人達も居たのでした。


「ウプルもクラフもハキアも、今日でお別れだね」

「うん。三人が抜けた穴は、きっとディミ達が埋めてくれるから、心配しなくても大丈夫だよ」

「俺達の事、忘れるんじゃねぇぞ! ……くぅっ」


 私達が大食堂で昼食を取るその横で、獣人組が別れの儀式をしていました。

 王領組の新顔の獣人達も、後は任せてと真面目な顔をしています。


 残される三人の絶望の表情も、別れを告げる獣人達の真面目具合も分かるだけに、忍び笑いが途切れません。

 レヒカですら――


「ううん、私は信じてるよ! ちゃんと任務を終えて合流してくれるって! ――でも、駄目だったその時は残念だけど……」


 本当に悲しそうな表情でそう言うのです。

 彼らの純真さが現れている一幕ですが、それが獣人というものなのでしょう。


 まぁ、私は首席ですから、何かフォローを入れないといけないのかも知れませんけどね?

 ……でも、いいえ、それはお任せしても構いませんよね? 流石に我が道を行くタイプの私が、ゾイさんの様に人と人との仲を取り持つ様な事は出来ないのですよ。

 それとこれとは話が別という事です。


 それに、焦らずには居られない様子を見せていても、冬になるまで本格的な講義が始まらないのなら、まだまだ余裕は有る筈なのですから。



 くずおれる三人を後ろに、大食堂から私達の物になった部屋へと向かいます。

 学院の一階中央西側に大食堂が有って、扉を潜って短い廊下を抜ければ、一階中央吹き抜けの広間サロンです。

 吹き抜けなので、ここをぴょんと二階に跳んで回廊に降り立てば直ぐに私達の部屋なのですが、面倒な事に少し歩いて、恐らくは元使用人用の階段を使って二階へ上がらないといけません。

 まぁ、その階段も私達の部屋の前に出るので、それ程遠回りでも無いのですけどね。


 狭くて渋滞を起こしそうな石壁剥き出しの螺旋階段を、てくてく昇って二階まで。元は扉が嵌められていたらしき出口を抜けると、廊下の途中に顔を出す事になります。その廊下の両端に見えている扉が、私達の部屋への扉です。


「扉の魔晶石に手を当てればいいんだよね?」


 レヒカが首を傾げながら手を当てると、カチャリと扉の鍵が外れる音がします。学院の通用門と同じ仕組みですね。

 扉は二つしか無いと聞いていましたが、もしかしたらそれは魔道具の数を節約する為かも知れません。

 そして扉を押し開けて中へと入れば、そこには軽く百人分以上の机を並べられそうな、広い空間が広がっていたのです。


 そこが私達に割り当てられて、四年間使う事を許された私達の部屋。

 これからの学院生活の拠点となる、私達の領域なのでした。



 ところで、部屋は手に入れました。

 でも、どうしましょうか。


 そんな事を考えていたら、バルトさんから先に話し掛けられたのです。


「で、どう使うよ?」

「……私の拠点は学院内に有りますので、それはもっと此処を活用したい人達で決めるのでは?」


 この広い部屋を見たその時には、これからこの部屋をどう改造しましょうかと興奮にも似た気持ちを覚えた物ですが、よくよく考えるとそれは使う人達が決めるべきでしょう。

 それに、私には既に学内拠点が有るのですから、今更自分の為に使うイメージが湧きません。四方の壁には窓も無く、鍛冶をしたくても換気が出来無い部屋なので尚更です。


 皆と過ごす部屋と考えてみた場合でも、大きめの教室の短辺を繋げた様な随分と細長い部屋に、ただ机を並べてしまうのは酷く勿体無い様な気がするのです。


 私達が入った扉は、広間サロン側の廊下の端。そこから見た部屋の中は、半分までは何も置かれておらず、半分から向こうの三分の一程に、くの字形の机が何十脚と重ねられています。


 それ以外には、驚く程に何も有りません。高い天井から吊り下げられた光石灯が、唯一装飾も煌びやかなのを除いては、壁紙も単調な蔓草模様で、飾りの一つも有りません。

 中々に思い切ったその有り様が、これからがこの部屋を創り上げるのだと突き付けて来ている様な気がして、ぞくぞくとした感覚が体を奔る様にも思いましたけれど、それもこの部屋をどうしたいのかが出尽くさなければ形にはならないのです。


 ただ、そんな私の逡巡も、特に仲間達には関係が無かったみたいで、「半分は作業場でいいんじゃ無いか」とか、「奥の方が静かそうだから自習室にしましょう」とか言ってます。

 なんでしょうかね。私の領分では無いと少しでも感じてしまう事からは、尻込みしてしまう悪い癖が出てしまいましたかね?

 そんな遠慮も学院では無用と新たに心に刻み込んで、「それはいいですね!」と私も話に加わります。

 自由に出来る大きな部屋には、創作意欲が刺激されるのですよ。私自身も入り浸りたくなる様な、そんな素敵なお部屋を目指しましょう♪


「夜会が出来る様にはしなくても良いな」

「いいんじゃねぇか? 少なくとも、俺はそんな部屋に興味は無いな」

「外から客を呼ぶなら兎も角、仲間内なら無粋だね! 交流だって絞られるさ」

「ま、俺らの代には王族もいないしな。役に立たない社交の場よりか、自習室が正解か」

「ふふふ、案外わたくし達が際立った成績を修めることになって、却って覚えが目出度くなるかも知れなくてよ?」


 ですが、額を付き合わせて検討しているのは、恐らくそれなりの立場の貴族家の者ばかりですね。

 そんな人達に端から部屋の検討は任せ切りな人達や、迷いながらも収穫祭の準備を優先する事にした人達が急かす声に促されて、部屋の検討をする声に耳をそばだてながら、事務棟から回収してきた手製の白板や素材の山を配置していきます。


「……作業場側にはもう白板が並べられ始めているからそれで良しとして、問題は自習室側だな」

「全員分は、要らないんじゃ無い? 部屋に戻って自習しているのなんて、半分居ればいい方だよね」

「確かにな。だが、俺としては自習室としてよりも、荷物置き場として活用したいのだが……」


 人が集まると色々な意見が出てくるものです。

 如何にも貴族的なダンスホールにしなくても良さそうなのは助かりますけれど、でも、それで諦める必要も有りません。

 作業場側も荷物を片付ければそれなりに広いのです。何にでも使い回しは出来るでしょう。

 そうですね。一先ず広間サロンに近い半分は、やっぱり作業場になるでしょう。

 作業場と言うなら、机や椅子も欲しくなりますが、今の所は細かな作業は奥の自習室でするのが良さそうです。

 イメージを補完する為にも、奥の自習室側に積まれていた机を並べてしまいましょうかね? 魔力の腕で並べてみても良いのですけれど、ここは手伝いをしたそうに残っている人達に任せてしまいます。


「ねぇ、結構並べられない机が出て来ちゃったけれど、どうする?」


 向かい合わせで何列か並べてみれば、分かっていた事ですけど三分の一程の机は並べ切れずに積んだままです。


「そのままでいいですよ? 足りなければ、使いたい人が並べればいいのですよ」


 そんな風に答えれば、机を並べていた侍女志望の人達や獣人達も、白板の依頼を熟す為に、それぞれの場所へと向かう事になるのでした。


「なぁ、事務棟みたいに、壁一面を白板にとかは出来るのか?」


 そんな声で呼ばれて、再び部屋の検討へと戻ります。


「出来無くは有りませんけれど、難しいと言えば難しいですよ? 壁紙を剥がして石壁と一体化出来れば話は別ですけれど、それは駄目でしょうから……。

 まぁ、でも、出来無くは有りませんね」

「ふむ、ならばそれも採用だな。しかし、荷物の置き場か――」

「ああ、絶対に必要だろうな。講義で使う道具や武具、後になればなる程どんどん増えていくだろうから、今の内から考えておくのが先決だ」

「用意されているとは思いますけれど、更衣室も欲しいですわ」

「作業場は作業場で確保したいよねぇ」

「椅子には座って休みたいよ?」


 兎角思い思いに語られますが、取り急ぎは部屋の案を書き出す為の白板が足りませんね。

 『亜空間倉庫』から取り出したジークの端材で脚付きの木枠を作って、小分けにしておいた一抱え程のクアドラ石の玉も取り出して、どろりと「活力」で熔かしたならば、板状にして木枠に被せて一体化します。表面を滑らかに整えれば、追加の白板一枚出来上がりです。


「「「「…………」」」」


 おや? 話し声が止まってしまいました。


「俺は今、酷い物を見た気分だぜ」

「職人達の立つ瀬が無いね」


 良く分からない感想まで言われてしまいました。

 ちょっと訂正しておきましょう。


「職人ですよ? 私は。言ってみれば特級の職人ですね。私自身が私の造った物に、ランクで負けているくらいですから」

「……成る程な。特級の騎士は理解出来ない強さだと思っていたが、職人も特級になれば訳が分からなくもなるか」

「しかも特級の冒険者なんだよね」

「ええ。大体その二つがあれば、困る事は有りませんよ? キャラバンなら役割分担もするのでしょうけれど、私は大抵独りですから、何でも出来るのは大事です」


 ライエさんや雀斑そばかす商人のピリカは感心してくれますけれど、悔しがっている人はいいとして、薄気味悪そうに見てくる人にはちょっと心が疲れてしまいます。

 それはそうとして、今の間取りと出て来た意見を白板へと書き込んでしまいましょう。


「う~む……分からん!」

「欲しい物が一杯有っテ、こんなに大きな部屋なノに全然足りないネ」

「冬から来る奴らが一緒に使うので無くて良かったぜ」

わたくしのところでは――床下を活用しておりましたわね……」

「実家なら、狭いくらいなら建て増しするか、新しい小屋でも建てたな」

うちのメイドに聞けば、物置に詰め込むこつでも教えてくれそうだけど――」


 部屋の検討を纏めていたバルトさんが投げ出して、偶々戻って来ていたスノワリンが悩んで、手伝いに残っていたロッドさんが溜め息を吐いて、貴族のフラウさんが気が抜けた顔をして、興味深そうに話し合いを眺めていたライエさんが無茶を言った後に、発言した女騎士のミーシャさんが私へと振り向きます。


「――まずは、ディジーに決めて貰うのが良いんじゃ無いかな?」

「確カに、あの狭い隙間に家を建テたディジーなら、いい考えも浮かぶかモ」


 そんな風に注目されて、ちょっと慌ててしまいました。


「いえ、ですから私が決めるのはどうなんですかね!? 必要な物が有るなら、作りますよ!? でも、決めるのが私って、何かおかしくないですかね!?」


 この部屋が皆の部屋で、そこをどうするのかも皆で決めるというのなら、私に出来るのは自分の意見を言う事と、首席として出て来た意見を纏めてみるくらいです。それも、首席で無ければ纏めようとはしないでしょう。

 皆の中では私の意見は呆れる程に小さくて、出される結論には寄与しなくて、だからこそ私は自分の事なら自分で決めてしまうしか有りませんでした。だからこそ、皆の事ながら私が何かを決めるなんていうのは、想像の埒外だったのです。


 デリラで冒険者を目指した私の事情。私に剣を教えようとしなかった父様の事情。私の研究所を作ろうというのは領主様の事情でしたが、“私の”と言う時点で既に私の事情です。ですから、第三研究所には職員や所員が居ますけれど、第三研究所自体は私の持ち物。学院からの招待状は学院長の事情ですけど、偶には上手く私の事情と噛み合う事だって有るのですね。首席としての取り纏めなんて、出て来た意見を集約しているだけですから、決定権が有ると言えるかは微妙です。

 ジョカのグー拳と言われて然も有りなんとは思いましたけれど、それは私の意見に人を動かす力が無いと踏んでの裏方勤めを自任したものですので、決定権を委ねられるという事には思いの外に衝撃を受けてしまっていました。

 で成し遂げよう。力をよう。首席という事で取り纏めはしていますけれど、本来そんな学院で私が取り仕切る場面なんて無いと思っていたものでしたが、どうも後に続く皆さんの言葉を聞くと、私の方が考え違いをしていたのです。


「要望は出したぜ?」

「私達が部屋の模様替えをするとしたなら、同じ様に要望を出して、学院生の中の職人か、街の工務店に見積もりを出させるからな。仲間内で済ませられるなら寧ろ有り難いものだ」

「趣味も能力も違う者が集まるのが学院だからね。本来なら高位貴族の家の者が学級内を取り纏め、商人の子らが調達に走り、手に職を持つ者が必要な物を造り、そうやって役割分担をするのが上手く回す秘訣だと聞いたよ」

「実践の場にもなりますわね」


 私の動揺に対して随分と軽く言い放ってくれますけれど、学院の事情に詳しそうな貴族の人達の説明を受けて、私も成る程と思ったのです。

 皆を必要な水準まで引き上げる学園の基礎課程の次に、それぞれの特性に合わせて特化させた学園の専門課程。学院はそこから更に進んで、既に細別された能力の持ち主達が集まる場所なのです。

 “皆で力を合わせて”は、ここでは一緒の事を手分けするのでは無くて、能力に応じて仕事を割り振る事なのですね。

 ですから、それが私の領分で、得意とする所だと認めたならば、お任せする事を渋る事も無いのです。


「ですけど、高位貴族が取り纏めるのが当然なのだとすれば、私が取り纏めをするとおかしな事にはなりませんか?」

「それは俺達の不甲斐無さだから気にする事は無いが、例年だと初回の『教養』試験を突破出来るのは新入生の半数くらいだぞ。年によっては三割に満たない事も有るらしい。首席が取り纏めるというのは順当だよ」

「正直、あの復習テストが無ければ僕も落ちていたよ。クラスの仲間とも親交を深められたし、これもディジーの御蔭だね」

「くくく……出来る奴らは去年一昨年の奴らで、俺達は落ち零れだなどと言われて来たが、結果を見れば何方どっちが優秀かは一目瞭然だな」

わたくしも本当は優雅に学院生活を楽しみたいと思っていたのですけれど、そうも行かなくなりましたわ」

「ははは、楽しそうに言うね。まぁ、特級にもなれば伯爵相当。ディジーがここの最上位者なんだから、何も問題は無いんだよ」


 会話をしている間にも、再びスノワリン達が部屋の外に出て行ったり、戻って来た人達がそわそわと白板の依頼を手にまた抜けていったり、初日なのに随分と入れ代わりが激しい部屋ですね。

 そんな中で、職人としての自分も何時の間にか認められていた事に、何とも言えない嬉しさを噛み締めながら聞いていましたら、女騎士なミーシャさんに思わぬ事を言われて、「えっ」と驚いてしまいました。


「うん? そう言えば明文化はされてないね。侯爵の子供は侯爵では無いし、伯爵の子供だってそう。でも、貴族には違い無いからある程度優遇されたりもするのだけれど、その目安は有るんだよ。

 王族なら伯爵以上の扱い、公爵の子なら子爵相当、侯爵の子なら男爵、伯爵以下の子なら一応貴族の体面は有るけれど男爵以下の平民以上。嫡嗣だったり何かの手柄を立てていたりで多少は上がりもするけどね。

 平民の場合も上級なら男爵相当、特級に到れば伯爵相当として扱われるのさ」

「単にその位の者と対等に扱うというだけで、権力は無いから、その辺りを勘違いさせない様に、公布はされていないのだろうがな」

「我らの中に既に当主を継いだ者はおらず、伯爵相当の者とためを張る王族の者は上級生にしか居ない。つまり、君は君の好きにしたところで、誰もそれに異は唱えられないという事だ」


 立て続けに教えられた事は、聞いた事の無い貴族の常識らしいです。

 でも、肩書きで意見を抑えるというのは、ちょっと私の趣味では有りません。


「意見が有るなら言って欲しいですね。黙らせるというのは私の趣味では有りません。私も自分の好きにしているのですから、皆さんも言いたい事が有れば率直に意見を言って欲しいです」

「ああ、それでいいさ」


 まぁ、そこに栄誉や特権、義務にしがらみなんて物が入り込んで来ないなら、それは特級に到った者へのご褒美でも良いかも知れません。

 聞く限りでは、特級に到った者として尊重するという以上の意味合いは有りませんから、これをも拒絶するのはちょっと違う様な気がするのです。

 悩ましい所ですね。

 でも、私が学院に来るに当たって、多少なりとも警戒していた貴族絡みの揉め事に対して、特級の肩書きは思った以上の効力を持っているみたいです。

 何故なら、私を疎んじていると見える貴族からも、私が特級と知れた途端に距離を置かれるだけに留まっているのですから。

 随分と過ごし易い学院生活になりそうな予感に首を傾げながら、それなら私が部屋の改造案を示すのも、おかしな事では無いのでしょうと納得する事が出来たのです。


「まぁ、話は分かりました。出されたお題に沿って、まずは模型を作ってみますから、模型を元に形を整えていきましょうか」


 そう言って、魔力を広げて写し取ったこの部屋の中の形を、熔かしたクアドラ石に流し込みます。

 あっと言う間に机や椅子を含めて、現状での部屋の模型ミニチュアが出来上がりました。


「……凄いな」

「ええ、この技だけで覚えも良くなりましてよ」


 妙な感嘆の言葉に妙な気分になりながらも、模型作りを進めます。


 まぁ、どう見ても部屋の半分だけの活用では、荷物の置き場が有りません。自習室にこんなに高い天井は要らないので、上三分の一に床を張って物置兼仮眠所にしてしまいましょう。

 と言っても、そこに置くのは大きな荷物だけで、普段の荷物置き場も欲しい所です。

 でも、ちょっと自習用の机が大きくて邪魔ですよ?

 そんな事を思わず唸っていたら、机は好きに改造しても良いと教えられました。


「説明でも言っていたわよ。傷を付けたりしてはいけないのは部屋だって」

「使わなければ使わないで回収するだろうが、元より木工科で造った課題の机だ。出来映えにもばらつきが有るから気に入らなければ自分で造っても良い。二つ上は王族が居るからと高級品を買い揃えたと聞くぜ」


 情報を有り難く思いつつも、それはまた随分と息苦しそうな話です。

 まだお目に掛かっていない孫姫様ですけど、王城へ出向いた際にお古のドレスを一着頂いてしまっています。その時に孫姫様の話も色々とお伺いしましたけれど、どうにも聞こえてくる話は王様にも遠慮しないお転婆姫様です。

 木登りした時にドレスを引っ掛けてしまってびりびりにしたとか、こっそり王冠を被ろうとしたら首まで王冠が落ちてしまって、抜けなくなって大騒ぎになったとか、そんな話がぽろぽろと出てくるお姫様です。

 どうにも居心地の悪い思いをしているに違い有りません。


 なんて益体も無い事を考えながらも、それならばと、くの字の机をそのくの字の部分で切り分ければ、丁度いい小さな机が二つ分になりますね。

 ええ、これなら何とか出来そうです。

 必要な情報が揃ったそこからは、私の頭の中で構想を練り上げていく時間でした。


 まずは自習室側です。こちらは本当に詰め込むだけ詰め込んだ感じになってしまいます。

 自習室側の扉を入ったなら、真っ直ぐ壁沿いと廊下側の壁沿いに、細い通路を設けます。

 真っ直ぐの通路の突き当たり右の引き戸を開ければ、女性用の荷物置き場。鍵付きのロッカーを左右に並べましょう。

 一つ手前の引き戸を右に入れば男性用の荷物置き場。男性の方が少し女性より数が多いので、丁度作業場との境目までに収まる様に、棚を並べていきましょう。

 因みに、作業場から直接荷物置き場には入れません。壁で閉じてしまいます。

 言ってみれば、自習室側の扉は荷物置き場に行く為だけの扉ですね。細い通路の壁には、その内、絵でも飾れば華やかになるでしょうか。


 二辺の通路と荷物置き場でコの字に囲まれた内側が自習室です。荷物置き場と通路が部屋の半分を占めてしまうので、かなり狭くなってしまいました。

 作業場から入って奥に向かって四列、両端は壁を向いて、真ん中の二列は向かい合わせに、合計四十脚の机を並べる事が出来そうです。

 机の間には仕切りを立てて、集中出来る空間を作ります。明かりだけは用意しなければいけませんが、光石灯なら私が作るのでも構いません。


 さて、女性用の荷物置き場は、人数が男性よりも少し少ない為に、奥行きが少し短くなっています。その凹んだ分を、作業場から入れる小部屋にして、ここは商人組が管理する金庫室です。この部屋だけは、周りの板材をサルカム材にしても良いかも知れません。詳細は、商人組と詰めましょう。


 上階へと上る階段は、男性用荷物置き場の突き当たりが壁で閉じているので、その前に設ければ良いでしょう。上階は奥の半分の四分の一ずつを壁で仕切り、それぞれ女性用の仮眠室と男性用の仮眠室です。それ以外は特に仕切りを設けず大型の荷物置き場ですね。

 私なら立って歩ける程度の天井の高さ、他の人は中腰にならないといけませんが、役割を考えれば充分です。

 因みに、作業場側に柵は設けますが、撤去も可能にするのがいいですね。超大型の荷物は、階段だけでは上げ下ろしも難しいと思うのですよ。


 頭の中だけの幻で、ほぼ配置を決めてしまえば、後は一気に熔けたクアドラ石に幻の形を流し込んで、模型の形を創り上げます。

 上階で中腰になるバルトさんと、木箱の模型はおまけです。


 さて、お次は作業場――


「ちょ、ちょっと待って!? ちゃんと見たいわ!」

「この床の下はどうなっているんだ!?」


 途端に周りが騒ぎ始めますけれど、後少しなのでちょっと待って貰います。


 そうですねぇ、金庫室の前には、小さな厨房を設けましょう。排水ばかりは無理そうですけれど、桶に溜めて捨てに行くのでも構いません。作業をしているとお腹が空くのは当然ですし、きっと優雅にお茶会だってしたくなると思うのです。


 壁一面の白板が悩み処ですが、奥の壁沿いに折れる様にして、くの字の形に支えを付ければ、何とかいけるかも知れません。木枠はサルカム一択ですかね? 支え側にはコルクを貼って、掲示板にしてしまいましょう。


 お洒落に大きな丸机を二つ、自習室に寄せて配置したら、その周りには可愛い椅子を並べましょう。きっと楽しいお茶会が出来る、憩いの場所になりますよ?


 廊下側の壁際は、足下から天井まで、一面の棚ですね。きっと色々と遣い道は有るのです。

 そして邪魔にならない壁際に、事務棟でも使った白板を並べれば、大まかな形は出来上がりです。


 でも、模型ではちょっと作れない大切な事が一つ。

 広間サロン側の入り口と、自習室側通路からの出口周りに四角く靴脱ぎ場を書き込んで、そこを除いた作業場の床と、自習室の床には「ふかふかの絨毯」と書き込みます。

 そうです。廊下側の壁に作った棚は、靴箱でも有るのです。

 他にも靴脱ぎ場には「『浄化』必須」だとか、それぞれの場所の説明を書き込んだら、私の好きに考えた改造案の完成です。


 角度を変えて見渡して、イメージが難しい場所には級友達の像を設置して。

 更衣室兼用の荷物置き場で鎧に着替えるディノーシスさんや、自習室で資料を広げるミーシャさん。広い作業場で踊るフラウさんに、寝転がるルイルさん。

 仮眠室にも何人か寝かせて、丸机ではお茶会です。

 靴脱ぎ場で靴を脱いでいる人も作れば、イメージも掴めるに違い有りません。


 そんな風にして像を設置する際には一度持ち上げてから戻した自習室側の上階でしたが、再び見学者に持ち上げられてしまいました。


「ふ~む……説明を頼む」


 バルトさんに促されて、こういう形にした理由を説明していきます。


「まず、私達の部屋に求められているのは、荷物置き場と自習室、それからまず確実に仮眠室も必要になると考えました」

「いや、仮眠室はディジーだけでは……」

「有れば便利なのが更衣室ですけれど、これは荷物置き場を男女で分ければ兼用出来ると考えて、そういう固定の設備をまず自習室側に詰め込んでいます。荷物置き場は全員分と予備が有りますけれど、机は流石に全員分は並べられませんでした。誰かしら講義に出ていると考えれば、全員が自習室を使う事は無いと思いますけれど、もしそうなった場合には作業場側の丸机を利用して貰えば何とか成ると考えています」

「席は決まっていないのね。荷物置き場の割り当てはどうするのかしら?」

「交渉次第ですけれど、最終的には成績順ですかねぇ……。私は一番奥でも構いませんし、学内寮組は寮に荷物を置いてしまうかも知れませんので、やっぱり交渉するしか無いでしょうねぇ」

「で、ここに入らないものが有れば上の階に置くのだな」

「ええ。荷物置き場のロッカーは、鎧一領入る程度は想定していますから、上に置くのは学級での催し物関係になるとは思いますけどね」

「鎧を着ていると擦れ違うのが難しそうだな」

「……天井に雲梯でも付けますか? 体を引き上げている間に、下を擦り抜けて貰うとか」

「くふっ……笑わせてくれるねぇ、もう! ――でも、付けて貰えるかい?」

「…………訓練に使えるな」

「変な無茶はしないで下さいよ!? ……でも、まぁ、分かりました」

「自習室の真ん中の列に仕切りは不要だよね。無い方が融通も利くし、仕切りが欲しい人は壁側に行けばいいしさ」

「――となると、机は長板で造り直しですかね。まぁ、その方が却って手間は有りませんが……。不要な机を確かに引き取って貰えればいいのですけれど」

「そういうのを白板に書くのでは無くって? 貴女の提唱した素晴らしい方法ですわよ?」

「取り敢えず、白板はもう一枚作っておきますかね」


 しっかり考えた筈なのに、納得せざるを得ない駄目出しが次から次へと出て来ます。

 その都度直して、新たな形で粗が無いかを検討して。独りで考え付く事なんて大した事は無いと思い知らされてしまいますけれど、でも、よくよく考えれば指摘されているのは“皆”だからこその部分が多いですね。

 そこは私に経験の無い部分ですから、致し方の無い事かも知れません。


「こんな所か。自習室側で残っているのは、明かりと施錠と警報……どれも魔道具になるのか」

「送風の魔道具も欲しいですね。浄化もでしょうか。私は学院に魔道具を習いに来ましたので、自分で作れる様になれば作ってしまうのですけれど……」

「今は出来合いで充分だろうな。――で、作業場側は?」

「ええ、作業場側は、作業場と名付けはしましたけれど、余り私の様にがっつり作業をする人は、そんなに居ないのでは無いかと思うのですよ。なので、休めて寛げる多目的室のイメージで考えました。

 何にでも使える広い空間は確保しておきながら、軽いお茶会や軽食も取れる様に、小さな厨房と丸机を設けました。壁一面の白板は、それを支える掲示板とセットです。で、残った部分に事務棟でも使った白板を並べるとこんな配置になりますが、これでは体を休めようにも椅子が足りません。だからと言ってソファを増やせば折角の広い空間が潰れてしまいます。

 ですから、ここは寛ぐ場所と割り切って、靴を脱いでごろごろしてもいい場所としました。『浄化』を掛ければスリッパも要りませんね。

 私の拠点もそんな感じですけれど、これが中々楽なのですよ。

 足りていないのは厨房の設備と、排水をどうするかですかね。観葉植物でも置いておけば、排水を水遣りに使えるかも知れませんけれど、多分桶にでも溜めて定期的に捨てに行かなければいけないでしょうね」

「えっ? えっ? ご、ごろごろしてもいいの?」

「うはぁ! それは最高だねぇ」


 ごろごろは、女の人にこそ大人気みたいですね。


「いや、ちょっと待て。聞き流してしまったが、足りていないのは木材も含めた何も彼もだろう?」

「それは私が適当に拾ってくるので大丈夫ですよ?」


 何と言っても、輝石を飛ばして回収だって出来るのですから、出掛ける事すら要りません。

 ですからそんなに気にしてもいなかったのですけれど――


「でも、まぁ、そこはスノウと商人組の、値付けと管理に任せましょうか」


 ええ、ご免なさい、スノワリン。

 でも、そんな面倒そうな事に、私は関わりたく無かったのですよ。



 それでも細かな部分を気が付くままに手直しする内に、散らばっていた皆さんも部屋へと戻って来ました。

 私の説明を聞きながら模型を見て、感心もしてくれますけれど、そこでもやっぱり駄目出しが出ます。


「作業場で無くテ多目的室? それと自習室の間にはカーテンが欲しいよネ。天井かラ吊せば、ごちゃごちゃしテいるのを隠せるよ?」

「それなら自習室と多目的室の間は、壁が無い方がいいよ。その方がすっきりするから」

「自習室の明かりは、天井の光石灯から魔力を引っ張って来れないのかな。学院の中は王城と同じで、魔力線が張り巡らされていると聞くよ」

「魔力線を利用出来るなら、スイッチが有れば何とか出来るよな」


 カーテンみたいな納得な意見がスノワリンから出れば、魔力線なんて聞いた事が無い物について商人組から出て来たりもします。

 まぁ、何となく分かりますけどね。あんな高い位置の光石灯に魔力を注げる人も限られているでしょうから、どうやら魔力を伝える紐の様な物が入り口脇の魔晶石までの間とか、至る所に張り巡らされている様なのです。

 これが使えれば確かに便利そうでは有るのですけれど、何となく水回りと同じ様に、これも資格が要りそうですね。


 因みに、私が苦労して見出した光る光石の作り方ですが、どうやら王都では常識として知られていました。王都で買った大袋の光石が、見るからに態と熔かされて同じ様に固められた光石だったのです。

 これは推測になりますけれど、デリエイラの森はクラカド火山が在る御蔭で、そのままでも光る光石が至る所に自然と落ちていたのでしょう。

 王都の場合は近くに火山も在りませんから、砕けて光らなくなった光石ばかりなのかも知れません。

 自然な形で光る光石を手に入れられないからこそ、光石を光らせる技術が磨かれる事になったのでしょうね。


 昔からそうだったのなら、商人達がその技術に詳しい事も頷けます。

 収穫祭の準備も大切ですが、そこは皆さんにお任せして、私はまずは拠点を優先して詰めていくのが良さそうです。

 何と言っても、特級である事はばれてしまいましたし、暫くは収穫祭絡みの私の仕事はディラちゃんとしてのお遣いになりそうですから。


 そんな事を考えていたからでは無いでしょうが、ディラちゃんの事にも言及されてしまいました。


「ねぇ、ディジー、ディラちゃんは?」


 この人は、行儀見習いを主な目的にしている下級貴族のイクミさんです。

 と言うよりも、女性の半数近くがイクミさんと同じ様な立場の人です。

 侍女やメイドとして静かに控える性分なのか、普段は全然話し掛けてはくれないのですが、ディラちゃんの事は気になるのか縋る様な眼差しで問い掛けてきます。随分と気に入られてしまいましたけれど、ディラちゃんを動かしているのは私だと、伝えた方がいいのでしょうか?


「ここは外に出るのに幾つも扉を抜けないといけませんから、ディラちゃんの発着は私の拠点からと思っていたのですけれど――直接ディラちゃんに依頼出来無いのも確かに不便ですね。白板と掲示板の角に、ディラちゃんの巣を置いておきましょう」


 結局それは明らかにしないままにしてしまいました。

 ええ、そんな目をされては仕方が無いというものですよ?

 それで大体駄目出しも終わったと思ったのですけれど、最後に雀斑のピリカが疑問の声を上げたのです。


「でも、これって誰が作るの」


 ――って。


「それは当然、他に造りたい人が居れば別ですけれど、私が造るつもりですよ? 今は収穫祭が本命ですから、これも裏方の仕事ですね。――まぁ、勿論分からない部分は協力をお願いしますけれど。商人組とは色々と相談したい事も有るのですよ」

「う……相談は、私もしたいけれど、でも、これはちょっと何をすればいいのか分からないよ」

「それに、他に造りたい人ったってなぁ」

「いえ、居ますよね? 『建築』の講義を受ける人が居た筈ですよ!?」


 ええ、それも有るので、貴族組の人達のお墨付きが有っても、今一つ私が決めてしまう事への抵抗が有ったのですが――


「待った! それは私の事か!? 遠征に出た先で長期間の野営をするくらいなら、小屋を建てられるならその方がずっと良いと受講を決めたが、職人と言われたならば私が困る」

「そもそも職人がここには居ないって。趣味で木彫りなんかを愉しむ程度なら居るみたいだけどね。ほら、我こそ職人なりって人は手を挙げてごらんよ! ――ほらね、居ないんだよ、職人は」


 そんな事を言われて、益々戸惑ってしまうのです。


「職人達は冬からですわ。魔法の素養が有ったり他にも学ぶつもりでしたら別ですけれど、わたくし、ディジーみたいな職人とはこれまで会った事は有りませんわよ?」

「で、でも、本職で無くて趣味だとしても、拘りとか……」

「そこは残念ながら、やはりまだまだ趣味なのだな。今迄にも無理矢理木の上に小屋を架けたりした事も有ったが、体重の掛け方を間違えればそのまま崩壊しそうな酷い物だったよ」

「俺も木彫りをするが、十作って一つ出来が良ければ御の字だ。そんな状態で仕事として受けようとは思わん。出来が良い物は売りに出そうと色気も出すがな」

「馬鹿な貴族だった私として言わせて貰うなら、そもそもディジーがやろうとしている事が、嘗て無くレベルが高いんだよ。

 二つ上が孫姫様の為に調えられた部屋になっているのは既に誰かが言っていたけれど、一つ上も同じく孫姫様を招待する為の部屋に設えたそうだよ。でも、そんな事が無ければ大抵積まれていた机を並べるだけ。そしてその内、自分の机だけを高級品と入れ替える貴族が現れ出して、張り合う様にして各自が勝手に自分の周りだけを調え始めるだろうね。そしてそこに平民出身の学院生が居れば、問答無用で小間使いさ。私が今年の入学で無かったなら、一朱銀を投げ付けて拾わせるところまでが想像出来るよ。情け無い事にね。

 そんな部屋の居心地が良い訳が無いから、交遊室が独占されたというのは、つまりは、まぁ、そういう事なんだよ」

「ふふふ、そういう意味では、ディジーの描いた部屋の構想は、何だか賢くなれそうだし、皆とも仲良くなれそうだよ。合宿だってしたくなるよね」

「グレンの萎び具合で時間を計るのは御免だがな!」


 こう、そんな話を聞いてしまうとですね、皆の部屋だからという事で少し落ち着いていた私の気持ちが、再び沸き立ってくるのですよ。

 つまり、私は仲間達の間で唯一の職人で、この部屋をどうするのか決めるのは、取り纏めると言うよりも依頼を受けて私が提案するという事なのです。

 そこには大きな隔たりが有るのですよ!

 言ってみれば改造した部屋は私の作品で、その出来映えで仲間達の満足度合いも変わるのですから、職人冥利に尽きるというものです。

 ちょっと滾ってきましたよ!


「で、でも、こんな部屋にしようと思っても、お金が無いと何も出来ないよ!?」


 雀斑のピリカがまた叫びましたが、まぁ、それも道理です。私が造る分には問題有りませんけれど、魔道具も、絨毯も、出来合いの物を仕入れてくるにはお金が必要です。

 でも、それも――


「ああ? そんなのは気にすんな」

「ええ。わたくし達の部屋なのですから、過ごし易くするのに対価は惜しみません事よ」


 ――ですよね?

 収穫祭の資金にもぽんと大金を出してきたり、気前のいい貴族が多くて、そんな面でも過ごし易そうなのですよ。


「ええ、そうですね。お部屋の事は、収穫祭とは違って収支を気にしない趣味の様な物ですから、そういうのは出せる人が出せばいいのです。

 さっきまで私が言われていた事ですけれどね。学院は役割分担だそうですよ?

 例えば私はお金の管理なんて面倒なので全部丸投げですし、『儀式魔法』は苦手なので部屋に掛ける『浄化』もお任せです」

「冒険者協会式の白板は、そういう意味でも優秀だよね。誰が割り振る訳でも無いけれど、自発的に得意分野で協力する形が出来ているよ」

「でも! お駄賃が欲しいときも有るわ」

「それなら――」


 そこからの議論も白熱しました。

 結論として、部屋には妥協しない事になりましたね。と言っても、学院生で対応できる範囲でですけれど。

 私が用意できる物は、予定通りに私が何とかする事になりました。その代わり、不要になって売り払う時は私の懐に入りますね。

 魔道具は貴族組で出し合って貰う事になりました。出来合いの魔道具を私自身は使わないのでこれに関しては助かります。

 ふかふかの絨毯は私の拘りポイントですから、他の人には譲れません。絨毯が無いとその上の物も据え付けられませんから、調達含めて私が確保する事になりました。

 自習室と多目的室を隔てるカーテンは貴族組です。派手な物より清らかな感じでと要望は出しましたけれど、きっと違和感の無いお洒落なカーテンを選んできてくれると信じています。必要なら、ディラちゃんだって出張しますよ?

 小さな厨房は実際に使う人達で店を回る事を決めてみたり、墨石みたいな小物の買い出しは定期的に商人組が出向く事を決めてみたり、仲間内の依頼用白板には予算欄を付けてみたり、依頼待ち白板も作って希望の報酬を書く事にしてみたり。

 まぁ、白板は足りない感じでしたので、既に作ってある白板の裏側にもクアドラ石を張り付けて、両面使える様にしましたよ。


 でも、そんな細々とした事よりも、私にとって大事な事。


「うん、分かった! それじゃ、売れる物が出来たら、私が高く売ってくるよ!」


 それを言った雀斑のピリカは、直ぐに抜け駆けをするなと問い詰められていましたけれど、おや? ちょっと待って下さい? つまり、それは私が好きに作品を創れば、いい様にしてくれるという事ですかね?

 正直それがどれだけの稼ぎになるかなんていう事には興味が有りませんが、私の創った作品を気に入って貰えるかについてはとても興味が有るのです。

 まぁ、ピリカの言葉に反応しているのは、私だけでは無くてライエさんとか他にも何人か居るのですけどね。


 ですけど、言ってみればピリカの言葉で、この部屋が私の作品の展示室を兼ねる事になったとも言えるのです。

 始めに感じていたのとは、随分違ってきましたねぇ。私は偶に見回るくらいで、活用するのは学内寮の住人では無い人達と考えていましたけれど、これは入り浸る事になりそうですよ?


 戯れ合う事の出来る私の友達。皆と創り上げる皆の部屋。特技を活かして協力して。

 ソロの冒険者のままでいたら、知り得なかった数々の事に触れて、心が何処か揺さ振られます。

 でも、その感覚が嫌では無くて、私はこれから始まる学院生活に、祈る様に期待を捧げるのでした。

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