(85)逃亡冤罪婚約破棄悪役非令嬢スノワリン

 私の名前はスノワリン。

 皇国風に言えば、スノワリン=ビ=エルトワ=ラ=ド。

 つまり、エルトワ村の農夫の娘のスノワリン。

 誰が聞いてもそれに間違いは無くて、誰もそこを間違えはしないと思っていたのだけれど、それがそもそも間違いだったらしい。


「スノワリン、教師を買収して成績を稼ぐとは見下げ果てたものだな。そんな者と一緒になる事などはとても考えられん。貴様との婚約は、今この時を以て破棄させて貰おう!」


 村の期待、町の期待、領の期待を一身に背負って入学した皇立大学校で、二年目の成績が貼り出されたその日、第十四皇子殿下に呼び出された私に叩き付けられたのは、そんな不可解な言葉だった。



 ~※~※~※~



 シルギウス皇国は、大陸東部でも他に類を見ない実力主義の国だ。仮令たとえ農夫の子でも、村学校で飛び抜けた成績を示し、移籍した町学校でも実力を見せ付け、更に領学校でも優秀な成績を修めたなら、領主の推薦の下に皇都の大学校にも入る事が出来る。

 それは、あたかもスノワリンの様に。

 そして卒業後に成し得た成果次第では、爵位を賜る事も夢では無い。

 でも、まだ何も成し遂げていないスノワリンは、やはり未だ農夫の娘なのだ。


 そのスノワリンが呼び出された場所は、上級貴族達が社交場サロンとしていた集会場。蔑む様な視線に取り囲まれて、皇子の不可解な言葉を浴びせられ、何か良くない事が起きていると感じたスノワリンは、直ぐ様その場に平伏した。


「憚りながら奏上致します。農夫のの者が殿下とお近付きなど有り得ませぬ。わたくしが殿下にお声掛け戴いたのは今が初めての事でございますわ。きっと何かの間違い――」

「ええい! 五月蠅い! お前の顔など見たくも無いわ!!」


 スノワリンの言い分を聞こうともせずに激昂した、名前も知らない第十四皇子殿下に足蹴にされ、部屋の外へと蹴り出されたスノワリン。扉が閉められるまでの僅かな間にその隙間から見えた、どこか呆気に取られた様子の取り巻き達の姿に、余計に困惑が湧き上がってくる。何が起きているのか全く分からない。


 それでも逡巡は一瞬で、スノワリンは直ちに起き上がり、大学長室へと駆け出した。

 はしたないと言われても、今は一刻も早く大学長へと事態を相談するのが最優先と割り切って、人目も気にせず駆け抜けた。

 お嬢様風で少し嬉しくなる制服も、この時ばかりは裾の長さを煩わしく思いつつ、軽く裾をたくし上げて長い階段も一気に駆け上がって……。

 息を切らして大学長室に辿り着き、呼吸を整える前にノックをする。


「だ、大学長先生! 今、お時間宜しいでしょうか!?」


 直ぐに独りでに開いた扉に飛び込むと、胡乱げな大学長が椅子に座って待ち構えていた。


「何だ? 騒々しい」


 黒髪を短く刈り整え、体付きは文官だが、顔は武官と言っても通じそうな厳つい風貌の大学長である。

 成り上がりに寛容なシルギウス皇国は、それだけに身分の僭越には厳格だ。これだけ不機嫌を顕わにした大学長に物申せば、不興を買う事も覚悟しなければならない。

 それでも、皇子にどの様な目に遭わされるか分からない状況よりは、遥かにましだとスノワリンは直ぐ様床へと膝を付く。

 ラ=ドのスノワリンが、頭を上げて話を出来る様な相手では無いのである。膝を付いてこうべを深く垂れたままに、皇子殿下の不可解な言動についてを切々と訴えていると、知らず涙が滲んで来た。


「――それで婚約を破棄すると宣言されたのがつい先程でございますわ。そもそも婚約なんて有り得ませんのに!」

「はぁ? いやいや、言うに事欠いてそれは無かろう。そんな世迷い言を皇族がしたなどと」

「ですが! 現に――」


 どうにも腑に落ちない様子の大学長に何度も遮られ、その度に説明を加えた所為でかなりの時間が経過している。

 大学長の部屋に居る限りスノワリンに何かが起こる事は無いだろうが、時間が経てば経つ程に何かが手遅れになりそうで、スノワリンが焦燥に駆られていたその時、学舎の外から騒ぎの声が聞こえてきたのだった。


「――何事だ?」


 と、大学長が外の様子を窺う為に窓辺へと向かったのは、スノワリンの訴えに厭きてきたのも有ったのだろう。塔の様に突き出した大学長室からは、大学校内の様子が一望出来る。逆に言えばそれだからこそこの塔に大学長室が在るのだが――。

 騒ぎが聞こえてきたのは、方角的にも学舎の外に建てられた、女子寮の辺り。それに嫌な予感を覚えたスノワリンも、大学長の後から窓辺へと向かった。


「あれは何をしているのだ?」


 スノワリンが近付いて来た事に気が付いた大学長の、疑問の声に促されるまでも無く、大勢の大学生が寮から荷物を運び出しているのが見えた。

 ぞんざいに束ねられた荷物の間に見え隠れする、見覚えの有る文箱や縫い包み。


「あ、あれはわたくしの荷物ですわ!? こんな手で強引に追い出しを謀るなんて!」

「む……確かにあれはホンボシノ皇子??」

「し、失礼いたしますわ! 男の方の前にも荷物を晒すなんて!」


 話を聞いてくれない大学長にも既にあらましは説明しているとなれば、今は運び出されるスノワリンの荷物への対応が先決である。しかし、スノワリンが辞去を告げて駆け付けた女子寮の前には、既にスノワリンの荷物は全て運び出されていて、その前に立つ皇子が悪態を吐きながら歪んだ顔でスノワリンの荷物を踏み躙っているところだった。


「やめて! やめて下さい! お願い致します!」

「今直ぐ出て行ける様に荷造りをしてやっているのでは無いか、感謝するが良い」

「駄目! やめて! お願い! お願い致します!!」

「ははは、馬車は既に呼んである。良かったな、後はお前が出て行くだけだ!」


 皇子のする事に無理に止めに入る事も出来ず、スノワリンはただ打ち拉がれる事しか出来なかったが、直ぐに大学長をお伺いしていた事が功を奏したらしい。

 スノワリンの後を追って現れた大学長が、皇子に向かって問い掛けたのだ。


「ところで殿下、大学校内でこの様な事を為されるからには、私にも事情をご説明頂けるのでしょうな?」


 不快気に告げられたその大学長の言葉に、気付いていなかった皇子が一瞬ぴくんと揺れた。

 しかし、直ぐに取り繕うと、大学長へと事の次第を言い捨てる。


「この者は教師達を買収して成績を稼ぐ不届き者であるから、即刻の退去を命じていたところだ! こんな者をのさばらせておくなど怠慢であるぞ!」


 スノワリンは、大学長の前でも主張を崩さない皇子を見て、却ってこれで何とか成りそうだと、少し気持ちを緩める事が出来た。

 皇族だからと言って、穴しか無い主張ではどうにも出来ないだろうと、そんな期待を抱いたのだ。


「ふ~む、それは只事ではございませんな。何より儂の耳にその旨が届いていないのがまことにおかしい。殿下は何処でその様な話を耳にされたのですかな?」

「そんな事は聞かずとも分かるだろう! 己の怠慢の責をほかへ向けるものではないぞ!」

「いえいえ、位階に係わる不正は、皇族であっても除名に到る程の重大案件ですからな。それも高位貴族の教師達まで関与しているとなれば、徒や疎かには出来ませぬ。『判別』を使う法官の出番は最後の最後となるでしょうが、情報の精査を含めて慎重になるのは当然でございましょう。おや、そう言えば殿下はこの者を婚約者だと言い広めていたとか。何を思ってその様な世迷い言を仰る様に成ったのかは存じませぬが、まずは殿下の話をお伺いするのが良さそうですな」


 皇子へと厳しい視線を向ける大学長だったが、しかし結論として言うのならば、スノワリンの期待は裏切られた事になるのだろう。

 大学長の言葉に皇子は「黙れ! 不敬であるぞ!」と叫んで、誰が見てもそうとしか思えない形でつまりは逃げた。

 それで大学校にスノワリンが残れるのかと思えば、難しい顔をした大学長が言う事には、このままスノワリンが大学校に残るのも問題が有るらしい。


「ふむ、面倒な事になったな。ホンボシノ皇子は成績が伸び悩んでいる事から妙な言動が増えていると聞く。お主が大学校を出て行く必要は無いのだが、しかしああもおかしくなっているとなれば、一度郷里に帰った方が良いかも知れぬ。殿下も後になれば未熟だった頃の笑い話とも出来ようが、今は冷静さを失い短絡的になっている最中だ。お主の身に危険が降り掛からぬとも限らぬ。呼び戻せるのは殿下の身の振り様に裁定が下されての後になるだろう。籍はこのままにしておくから心配は要らんよ」


 そう大学長が保証してくれたとしても、今この時は郷里の期待に応えられなかった想いで、スノワリンは悄然と項垂れたのである。



 そんな経緯に対しての理不尽を幾ら嘆いたとしても、スノワリンの置かれている状況が変わる事は無い。本の少し救いが有るとするならば、それは学友達がスノワリンを見る目付きから、敵意が薄れて戸惑う様な詫びる様な気配が混じる様になった事だが、それも現状を打開する助けにはならない。

 結局皇子が呼んだ皇都回りの豪奢な馬車では無く、大学長から迷惑料込みだと戴いた馬付きのこぢんまりとした馬車で郷里への道を行く事になった。

 春の芽生えの季節だから雪で悩まされる事は無いが、それでも肌寒い道中を、時には商隊と轡を並べ、時には独り馬車は行く。一人旅する少女を商隊の庇護下に置く事に難色を示す者も居たが、ランク六で弓も使えると分かると、掌を返して護衛が増えたとばかりに歓迎された。


 何故と言えば、皇国に魔物は出ないが、盗賊までもが出ない訳では無いからだ。

 尤も、盗賊が居ると分かれば、実戦に飢えた軍人や、ランク零以上の超越者を目指す武芸者達が、討伐に群がる事になるだろう。襲われるとすれば襲撃が発覚し難い少人数の旅人であるが故に、旅人達は戦う力が無くても身を寄せ合って身を守るのが常だった。

 そこに、実戦の中で磨かれた物で無く、競技として高められた物だとしても、ランク六のスノワリンが加わるというのは、大きな安心を与える事だったのである。


 そもそも、一般人が武器を手に取り戦いの場に立つ事など無いのだ。

 辺境を除いて国々から魔物の巣が一掃されている為に外敵というものが居らず、更には国家間の戦いが政治で解決される様になって長い事から、民衆が戦争に駆り出される事も無くなっている。

 精々武器を持つのは狩人であり、行商人が下手な弓を握る程度。いや、弓を放てればまだましで、見せ掛けだけの槍を備えるくらいが関の山だ。

 一言で言えば平穏平和で安全という事なのだが、その様な情勢に到るまでには超越者達の働きが有ったのである。


 まずそもそもの根本となるのは、魔物の巣が一掃された事だ。原因には諸説有るが、有力なのは二つ。人の版図を広げる為に、各国が魔物の巣の討伐に力を入れたというのが一つと、誰が始めたのか超越者達のランキングが示される様になって、ランキングを上げる為に超越者達が魔物の巣を狩り尽くした結果、根絶やしにされたというものである。

 何れにしてもその流れは遠い昔に作られている事から、魔物の巣が消えた代わりに次第に超越者の数も減り続け、今現在大陸東部の超越者は百人少しを数えるばかりとなっている。


 その数少ない超越者は多くの場合辺境に居て、国家の中枢近くには殆ど居ない。

 それもその筈、大陸東部で戦う力が必要となるのは、辺境と呼ばれる人の支配地域の外縁部だ。

 魔物の巣が有ると分かっていても手が出ない海辺や、人には厳し過ぎる峻岳、既に恐ろしき魔物に支配されたそれらの地域と隣接しているのが辺境と言われる場所であり、今でも様々な魔物が出没するそれらの地域の厳しさと較べると、微温ぬるま湯が如き内陸部に超越者が生まれ出る筈が無い。


 そしてその辺境の実情を、微温湯の中に居た人々は理解出来ていなかった。

 辺境の暮らしを知らない一般人にとって、想像し得る強者はランク六。稀に飛び抜けた力を示しランク五に到った者が居れば、寧ろ恐ろしさを感じる程だ。軍人達もその枠から大きく外れる事は無く、国一番の勇士にしても良くてランク四、もしもランク三に到る者が居たとしたならば、神話の英雄にも譬えられたに違い無い。

 しかし、その神話の戦いは、辺境の日常なのである。


 仮令たとえ理解出来ていなかったとしても、強い力を持つ者が居ると分かれば求めるのが為政者というものだ。

 そして理解出来ていないからこそ、嘗ての王達はその手段を誤ってしまった。


 戦争の為、高が村人と侮って、強引に徴用しようと漁村へ差し向けられた軍は、たった一人の超越者の前に瓦解した。

 超越者を敵と定めて全軍を差し向けても、唯一人の前に城まで崩れ、砦は叩き潰された。

 稀に国家へ忠誠を誓う超越者も現れたが、寧ろそれを危険視した別の超越者達が相手に加わる結果となり、却って敗北が確定した。

 そんな事の繰り返しが、それまで魔物との戦いばかりに心と力を割いていた超越者達に、彼らの力は世の中を変える事も出来るのだと気付かせてしまう事にもなった。


 今では戦争に明け暮れた嘗ての時代は昔話の中の出来事となり、王や領主は悪政を敷く事がもう出来ない。

 全ては超越者という強大な抑止力の存在が齎した事である。


 その結果として、今の超越者の地位が有る。

 見える形での権力は無いが、王侯貴族とも対等に振る舞う事が出来て、国に縛られる事も無い。

 それは咎められる者が居らず、縛ったりなど出来ない事の裏返しではあったが、いつの頃からかどの国でも明文化して定められる様になっていた。


 その時から、超越者は一つの象徴となった。

 それは、どの国の法や思惑にも縛られずに、王と同じ位置まで成り上がる事が出来る唯一の道。

 殆どの者には関わりの無い、戦神へと到る道。

 それでいて、やはり普通の民衆には、遠い異国のお伽噺。


 勿論、スノワリンにも、それが手の届く事の無い夢だというのは分かっている。

 それに、スノワリンの想う村の皆への恩返しとも懸け離れている事も知っている。

 それでも、もしも自分が超越者に成れていれば、今こうして郷里への道を道半ばに戻る事も無かったのでは無いだろうか。

 そう思うと、スノワリンには超越者というその道が、現実味の無い只の夢物語だとばかりには思えなくなってしまうのだ。


 それに、超越者になるというのが、本当に不可能な望みなのだろうかともスノワリンは思う。

 揺れる馬車から遠く西方に煙る山峰こと分断山脈ギリークの向こうには、この東部よりも広い大地が広がっている事が、僅かながらも東西を行き来するキャラバンや、極稀に見付かる西方からの転生者によって知られている。

 魔物の巣をあたかも資源と見做して、魔物の素材から作られた数々の魔法の道具が店には並び、東では秘薬とされる様な神秘の薬も雑貨屋で手に入ると聞く。

 王や領主は当然の如く、町にも一人は超越者が居て、お隣さんも超越者かも知れない。


 それは魔境と言うのかも知れないが、同時に未来を見失ってしまった今のスノワリンには、煌めく様な希望に見えた。

 今の現状が違っていたかも知れないという一点で、とても魅力的に思えてしまったのだ。



 領主の子爵様や学校の先生方といったお世話になった方々へ頭を下げながら、辿り着いた郷里のエルトワ村。その村役場の手伝いをしながら、大学校からの連絡を待つ日々。

 せめてものをと今迄学んできた事を元に、村役場の仕事を整理して、掲示板なんかも見て分かる様に改良を施していく。

 役場の職員や村人達からは、分かり易くなったよと礼を言われるが、そこに混じる同情の眼差しがスノワリンには辛かった。


 子爵様からの遣いがやって来たのも、そんな村役場の手伝いをしている時だった。

 両親も兄弟達も農作業に出ていて、家ではスノワリンに仕事が無い。

 寧ろ幼い時から毛色が違ったスノワリンを持て余したのか、跡を継ぐ事の出来ない三女は、娘の望む通りに村内の智者へと預けられる事が多かった。

 その結果大学校まで進めたのだから、そんな扱いに不満も無ければ寧ろ有り難いものだったが、そうは言っても家族に報いるよりは村の皆に報いたいとスノワリンは考える様になっていたのである。


 だからこそ、子爵様からの遣いに領都の館への呼び出しと聞いて、直ぐ様遣いの馬車へと飛び込んだのは、事態の解決を期待しての事だったのだが――。

 流石に貴族様が使う馬車は脚が速くて、その日の夜遅くに領主の館へと辿り着き、一泊した次の日に領主の執務室へと案内されたスノワリン。しかし相対した子爵様は、何処か皮肉気に口元を歪めていて、スノワリンはその様子に身を強張らせるのだった。


「息災だったか? ……いや、ごたごたの渦中だったな。待ち侘びていただろう便りが届いたが、余り思わしくは無い。まぁ、読んでみるがいい」


 そんな子爵様の言葉と共に、大学長から受け取った手紙を読み進めるスノワリン。

 半ばまで読み進めて目を見開き、読み終わる頃にはへたり込んでしまっていた。


「……これは、つまり、私は大学校には戻れないと言う事でしょうか」

「うむ――いや、この件に関しては道理はお主に有る。相手が皇族と雖も告発は出来ようが……」

「皇族相手に告発なんかをして、本当に大丈夫かという事ですね……」

「うむ、大学生活にも支障を来すと考えると、大学校は諦めた方が良かろう。――それにしても、陛下はどうにも身内に甘いな。詫びとして包まれた金も、ラ=ドへ与える分としてなら過分だが、大学校で優秀な成績を修めた者が為し得るだろう事に対しては丸で足らん。況して皇族の除名を免れる為の物と考えれば話にもならんのだが……。

 これから専門に入るというところでの放校は大学校に入った甲斐が無いが、幸いにして基礎課程を終えている。大学校に相当する国外の学校への推薦は出来よう。中立を標榜するメジナ研究都市ならば、面倒な貴族への対応も要るまい。魔法を学ぶなら聖王国が良いとも聞くが、さて、どうするかね?」


 応接の為の椅子へといざなわれながら、勘気を感じさせない子爵様の言葉を不思議に思って見上げると、子爵様は再び皮肉気に口元を歪めて見せた。


「大学校を優秀な成績で卒業した場合、折角の人材も国に取られてしまうことが多いのだ。国が要らぬと言った人材を詫び金で留学させられるなら、領にとっては僥倖だと思わんか?」


 言いながら、テーブルの上に各国の硬貨を並べながら説明する子爵様。


「国外で学ぶのに薦めるのは、やはり都市国家群のメジナ研究都市だな。何を学ぶとしても外れは無い。我が国の大学校よりも正直に言って格は上だ」


 メジナ研究都市の硬貨は、塔が描かれた八角形の物だ。


「魔法を学ぶならシドリア聖王国と言われているが、どうにもこれは聖王国自体の宣伝に依るもので実態は怪しそうだ。魔法に長けた聖王国出身の超越者というのも聞かなければ、超越者とは言わずとも市井に聖王国で魔法を学んだ者の活躍というのは往々にして聞かぬ」


 シドリア聖王国の硬貨には、祈りを捧げる女性が描かれている。


「農業を学ぶなら、ガニアス王国という選択も有るだろうが、大学校まで進みながら属国の学校へ行くというのも勿体無いな」


 ガニアス王国の硬貨はシルギウス皇国の物と良く似ているが、麦穂の絵が何処かに入っているのが特徴だった。


「他に国外の留学生を受け入れている所は少ないが……うむ、そうだな、辺境にはなるがオステウス――何事だ?」


 三角の硬貨をテーブルに並べようとしていた子爵様が、館の中の慌ただしい様子を感じ取って、ふとその顔を上げた。

 そう言えば、馬車が入って来た様な音が聞こえていたとスノワリンが思った時、有り得ない事にノックも無しに執務室の扉が開かれた。

 ぎょっとした子爵様の様子を見れば、やはりとんでもない事だと理解出来たが、事はそれで終わらなかったのである。


「見付けたぞ! スノワリン! さぁ! 帰るんだ!」


 断りも無くずかずかと入って来たのは、今回の事で名前を覚えてしまったホンボシノ皇子。子爵様にただ一言の挨拶も無く、怒りを顕わにスノワリンへと近付く皇子には、恐怖しか抱けない。

 身を強張らせるスノワリンの様子に、子爵様は事態を把握した様子だったが、そこで何かを言う前に、スノワリンは拒絶の言葉を口にしてしまっていた。


「嫌! 来ないで!!」


 皇族にそんな口の利き方をして良い筈は無いのだが、郷里に帰ってすっかり口調が戻っていた上に、子爵様も言葉遣いを気にしない方だった為、咄嗟に取り繕う事を忘れてしまったのだ。

 それに、皇子に対する恐怖が大きかったのも有る。悲鳴の様に思わず飛び出てしまう言葉は偽れない。それは飾る事なきスノワリンの本心だったのだから。

 だが、そんな言葉が思わぬ効果を引き起こす。


「何? ――む! 貴様、スノワリンでは無いなっ!?」


 何がどうなって皇子がそういう結論に到ったのか分からないまでも、スノワリンは咄嗟にテーブルの硬貨を一枚拝借して、手に握り込んで胸に抱く。

 思った通り、皇子は「何を隠している」と、無理矢理スノワリンの拳を抉じ開け、硬貨をその手から奪い去った。


「やめて! やめて下さい! 知りません! 私は姫様なんて知りません! やめて! 姫様なんて知りません!!」


 スノワリンが懇願する様に叫ぶと、何を理解したのか皇子は目をぎらつかせて哄笑を上げた。


「影武者か! ふはははは、そんな格好をしていても、俺の目は誤魔化せんぞ! 待っていろ、直ぐに連れ戻してくれるわ!!」


 そのまま最後まで子爵様には声も掛けずに大股で出て行った皇子を見送り、暫くしてから馬車が去る音が聞こえてくる。


 咄嗟の機転と言えば響きは良いが、恐怖から逃れようとした挙げ句の駄目元の三文芝居である。

 それに乗っかった皇子に対して大丈夫なのかと思う気持ちが無いと言えば嘘になるが、こっそり窓枠の縁から覗いて見送ったスノワリンは、思わず小声で呟いた。


「何それ、怖い……」


 集会場に呼び出されてからの一連の出来事を通して、嘘偽りの無いスノワリンの想いだった。


「くっくっくっ……ところで、姫様とは何の事かな?」


 子爵様の笑い声にスノワリンが振り返ると、家令から頻りに頭を下げられている子爵様が、やはりそれ程憤慨している様子も無く、面白そうにスノワリンへと視線を投げ掛けていた。


「ですから、私は姫様なんて知りません」

「ははははは! 中々機転が利くでは無いか! しかし参ったな。あれでは何処へ留学させても、留学先へ乗り込みかねん。先程奪っていったコインは、……ガニアス王国か。ガニアスならばまだ良いが、他は、な。う~む……」


 スノワリンの身を案じて悩んでくれる子爵様に感謝しながら、同じくスノワリンも頭を悩ませていたその時、有ろう事かスノワリンは思い付いてしまう。

 東側のどの国へ行っても安心出来ないというのなら、それなら西側は?


 他国への留学という可能性を示されて、スノワリンは少し大胆な発想に思い至ってしまう。

 加えて東側の国々では難が有るとなった時に、郷里に帰る道程で遙か彼方に見晴るかした、分断山脈の姿を思い出したのだ。


「西側に、行く事は出来ませんか?」

「西側? いや、ここから西には大した国は無いぞ?」

「いえ、分断山脈の向こうには、遥かに広い大地と、数々の国が有ると聞きます。聞こえてくるのはお伽噺の様な話ばかりですけれど、こちらとは全く違う文化が広がっているとすれば、こちらの学校に入るよりも得る物が多いかも知れません」

「むぅ……しかし分断山脈を越えるのは、慣れたキャラバンの者でも命懸けと聞くぞ。――ふぅ、その目付きではとても翻意は促せんか。分断山脈を越えてしまえば、連絡を付ける事も出来まい。悪いが、死んだものと思って期待せずに待つ事としよう」


 それは本当にスノワリンが帰ってくる可能性は低いと考えていると見えて、流石の子爵様も僅かな苛立ちと、それにも増して憐憫の眼差しを向けられたが、スノワリンはそれに気付かずまだ見ぬ大地に心を浮き立たせるのだった。



 ところで、西側へ行こうというスノワリンだが、全く宛てが無い訳でも無かった。

 キャラバンの者以外は行き来もしない分断山脈だが、それだけに研究する者も多く居て、大学校になるとキャラバンが運んできた辞書の写本や数々の文献も揃っていたから、言葉だって分かっていた。

 東部でならどの国でも何処か言葉は似通っているが、時折似たフレーズが混じるとしても東部とは全く違った西部の言葉に、一時期スノワリンはすっかり嵌まり込んでいて、巷に溢れる人気小説の一つ、十二巻も出ているその物語が、元は西側から流れてきた本の翻訳だと知ってからは、原本を見付けて読破なんかもしてのけた。

 だから、会話は出来なくても、筆談で意思の疎通は図れるだろうと、そんな期待を持っていた。

 分断山脈を越える登山口も秘匿されている訳では無ければ、丁度この夏、キャラバンの一つが西へ渡るとの噂も聞いた憶えが有る。

 分からない事も多いけれど、キャラバンを捉える事さえ出来れば、それも解決するに違い無い。


 とは言っても、技術交流の名目で向かうのならば、こちらからの手土産というのも欲しくなる。お金だって東部のお金は使えるとは思えない。

 そんな事を含めて子爵様と相談して、手土産として研究書の写しを融通して貰いたいと大学長に手紙を送る事とした。言葉は違うが勿論推薦状もだ。

 西側での資金については、これはそれこそキャラバンの人に聞いてみないと分からないから、今悩んでも仕方が無い。


 そうして旅の準備が調えば、家族や村役場の皆に暇を告げて、大学長に戴いた馬車で再び皇都の大学校へと向かった。万が一にも皇子に出会わない様に、フードを被って顔を隠して、大学長と面会する。

 随分と疲れた顔をした大学長は、それでも一抱えもある研究書を、餞別だと言ってスノワリンへと渡すのだった。


 他にも必要になりそうな物を皇都で諸々買い漁ってから、スノワリンは分断山脈の麓へと向かう。子爵様が領への分とされていた詫び金の一部もスノワリンに渡してくれた御蔭で、それなりの物が揃えられただろう。未知の分断山脈越えではあるが、破格の条件で挑む事が出来そうだ。

 尤も子爵様からは、スノワリンに渡した分は、皇子の強襲分を請求するから気にするなと言われている。それがスノワリンを安心させる為の言なのかは結局分からなかったが、ここは甘えさせて貰う事にしたのだ。


 大学校で使っていた教本や餞別に貰った研究書は、活用出来るとしても西側の大学校に入れてからの話だ。それまでは大事に仕舞っておかなければならない。これはスノワリンだけの強みで、資金が尽きたからと言って売り払ったりしてしまっては、絶対に後悔するだろう。東に西の書物が入って来ている様に、西にも東の書物が流れているかも知れないけれど、内容を説明出来るスノワリンと一緒なら、きっと何倍にも価値が膨らむに違い無いのだから。


 上手く行っている、大丈夫だと、スノワリンは自分に言い聞かせながら、徐々に大きくなっていく大山脈へと馬車を進める。

 幾つかの国境を越えて、数十日掛けて辿り着いた麓の町で、確かにこの町が山脈越えをするキャラバンの寄り場となっている事と、もう直ぐ西へ戻るローンブル・キャラバンが訪れる頃だと聞いて、スノワリンはほっと安堵の息を吐いた。


 何と言っても全ては聞き齧った噂ばかりで、本当にこの町にキャラバンが訪れるのかについても確証なんて無かったのだ。

 言ってみれば、これだけ色々と準備をしていても、まだ受付さえ済ませていない、そんな無謀で心許ない状態なのだ。漸く受付会場を見付けたけれど、まだ開場前。実際に受付が始まったら、門前払いされてしまう可能性だって大いに有る。

 そうなった時の事なんてとても考えられない。

 スノワリンはキャラバンが来る夏までの間を、脇目も振らず一心不乱に、短期の仕事をしながら待つ。仕事が無い日には山に合わせた防寒着や保存食を吟味して、何度も荷物を纏め直す。

 どうにも不安が湧き起こるのは仕方が無いが、身が震える様な希望と期待もそこには確かに有ったのだ。


 そしてスノワリンが町に来てからそれ程待つ事無く、キャラバンが来たとの知らせが町に届いた。

 その話を受けて、キャラバンが野営している丘陵へと赴いたスノワリンは、そこで呆気なく同行の許可を得る。

 そのキャラバンはローンブル・キャラバン。最も古き竜の一族が率いるアセイモス・キャラバンから分かれたキャラバンの一つであり、来る者拒まず、但し全ては自己責任という、ある意味とても厳しい主義の下に成り立っているキャラバンだった。


 これが商人達で構成されたラバーン・キャラバンならば、高額の運賃を取られる代わりにお客さんとして持て成されただろう。

 あるいは長命種の道楽とも言われているルドゥーヴィヤ・キャラバンなら、彼らに認めさせる事さえ出来れば、少なくとも同行している間の安全は確保されたに違い無い。

 だがスノワリンは、ローンブル・キャラバンで却って良かったと考えていた。

 キャラバンの人間が行き来していると言っても、それ以外の人間が行って戻って来た話は聞かない。命に関わる厳しい状況に行き合った時に、只の荷物と共に困難を乗り越えた仲間となら、どちらが信頼を得るのだろうかと考えたなら、本能的にお客さんで居る事には何とも言えない危機感が有ったのだ。


 その日から短期の仕事も辞めて、スノワリンはキャラバンの野営地へと通う。自己責任と言っても、それは何も教えず放置するという事では無い。分断山脈越えに必要な知識を、キャラバンの者達に事細かく尋ねながら、スノワリンは山越えの準備を完成させていく。

 そのまま使えると聞いた馬車は、馬だけ高地の獣、大人しい山鹿と買い換えた。

 馬車には毛皮を張り付けて、荷台の床には木の皮を敷いた。

 更には厚い毛布で出入り口を閉じて、馬車の中がもこもこに様変わりした。

 気が付かなかったのは弓矢の弦。これでは凍って使い物にならなくなると、低温にも強い弓と弦を教えて貰えなかったなら、スノワリンは本当に付いて行くだけの役立たずになっていたかも知れない。

 面倒な素人が混じるとキャラバンにも負担が掛かる筈なのに、気安いキャラバンの者達に深く感謝しながら、スノワリンは出発の時を待ったのだ。


 やがてその時が来る。

 既に寝起きをキャラバンの野営地に移していたスノワリンは、出発の号令と共に馬車に繋げた山鹿を歩ませる。

 スノワリンの馬車はキャラバンの中程だ。特に何も言われて無くても色々と気を遣われているのが瞭然で、そんな事にもスノワリンは決して間違った選択をした訳では無いのだと気持ちを昂ぶらせて――。

 新しく手に入れた弓を傍らに、夏の日差しが照り付ける中をキャラバンと共に西へ行く。


 スノワリンの胸は、まだ見ぬ西側の大地への、希望と期待とで高鳴っていた。



 ――そう、この時は、まだ。



 しかし、直ぐに現実を思い知る事となる。

 三日目までは、何事も無く過ぎた。スノワリンが登山と聞いて想像していたそのままの、標高が高くなる程気温が下がり、木々が小さく背が低くなる、その通りの道程だった。

 四日目には岩と瓦礫ばかりの荒涼とした風景の中を行く。どれだけ息を吸っても吸っている気にならない。眼の周りに僅かに開けた布の隙間だけでも、空気が冷たいと言うよりも痛い。

 五日目、次の稜線へ移る為、一度下った所で野営する。キャラバンの者が言うには、分断山脈の一番の敵は、山々の高さそのものだとの事だった。高地では空気が薄くなり、何をするにもゆっくり動かなければならないのだと、麓でさえ息切れをする様な動きをすれば、直ぐに窒息してしまうのだと教えられた。それ故に、少しでも尾根が低い場所を縫う様に、分断山脈は越えるらしい。

 六日目、再びの高地で、スノワリンは失敗する。

 雪が吹き付ける中で出会ったのは、巨大な一つ目を持つ牛の様な魔獣だった。他のキャラバンの者からも矢や魔法が飛ぶ中を、スノワリンもゆっくり弓を手に取って、引き絞って矢を解き放つ。それは狙い過たず一つ目の真ん中に当たったのだが、只の獣なら貫いた矢もこの魔獣の目には通じないのか弾かれて落ちた。

 しかし足止めする事が出来ないままに、馬車列に数歩の距離まで迫った魔獣が、撃たれた魔法に顔と目玉をぎょろりとそちらへ向けた時、スノワリンは其処に大きな隙を見出したのだ。

 殆ど目の前を通り過ぎようとする魔獣の、馬車列の先頭へと向いた顔と目玉。その瞼と目玉の間に僅かな隙間を見出したスノワリンは、素早い動きは厳禁だと言われていたのも忘れて、槍をその手に飛び出してしまったのである。

 そこから先の意識は無い。意識が落ちた瞬間、確かに自分は死んだのだと、スノワリンは思っていた。


 スノワリンが気が付いた時には、どれだけの時間が過ぎていたのか分からないが、やはり軽く生死の境を彷徨っていたらしい。意識を取り戻しても、目はよく見えず、頭は割れる様に痛く、荒い呼吸を止めた時には今度こそ死んでしまいそうな中、誰かがずっとスノワリンに声を掛け続けてくれている事だけを何となく感じていた。

 目の焦点が合う様になって、呼び掛けられた言葉が何を言っているのか分かる様になる頃には、三日が過ぎていたらしい。その間キャラバンは次の谷間から動かずに居たというのだから、スノワリンは恐縮するばかりだった。


 自己責任と言われて、無謀に付いて来た挙げ句にこの様なのである。

 しかも何の役にも立っていない。スノワリンは馬車を進ませる為に山鹿を駆るのみで、その間に配られるお茶も、食事の用意も、キャラバンの者達がやっていた。慌てて積み込んだ保存食を提供する事だけがスノワリンに出来た事だったのだ。

 そもそもが、あの魔獣に襲われたスノワリンがこうして無事にいるという事は、誰かが命懸けで助けに入らないと有り得ない。

 スノワリンは最早頭を上げる事が出来そうに無かったのだ。


 しかし、見舞いに来たキャラバンの代表は、スノワリンへと「良い根性ガッツだ」と笑った。気絶したのはどうにも締まらなかったが、ランクが少し足らなかったんだなと朗らかに言った。

 何の事だか分からなかったスノワリンだが、どうにも聞いてみれば、あの魔獣はスノワリンが突き出した槍で斃れたのだという事だった。無謀な特攻は、決して無駄では無かったのだと。

 それに、何も憶えていないが、スノワリンが生還出来たのも、結局はスノワリンの頑張りに依るものだと諭された。何でもスノワリンは譫言でも「死ねない」「こんな事で」と気合いを入れながら死に抗い、その気迫で自然と体を強化していた為に、生き延びる事が出来たのだろうと。

 だからこそ、良い根性だったと、キャラバンの代表は笑うのだ。


 この時から、スノワリンはどうやらキャラバンの一員として認められたらしかった。

 それに、あの一つ目の牛は“山の死”と呼ばれるランク五の魔獣で、低地でならば兎も角、力が相当に制限される高地では最悪の相手だとかで、寧ろ助けられたのはこちらだと代表は笑った。なんでも、動きが遅い代わりに頑丈タフで何処までもしつこく追って来るのだとか。

 そんな話を聞いて、漸くスノワリンも弱々しく笑顔を見せたが、その実、内心では酷く追い詰められていたのである。

 あの魔獣をスノワリンが斃したと言われたが、その記憶はスノワリンには無い。譫言で気合いを入れていたとも聞いたが、それも丸で憶えていない。憶えているのは、魔獣の前で死を感じた、その冷たい感覚ばかりである。

 スノワリンにとって今回の出来事は、如何に自分がこの恐るべき分断山脈を越えるのには脆弱なのかを思い知らされる、ただそれだけの出来事でしか無かった。何と言っても、一歩踏み出すただそれだけで死んでしまう、そんな微妙な死の刃の上に今のスノワリンは居るのだと、気付かされてしまったのだから。


 その日の食事に“山の死”を煮込んだスープが出て来ても、スノワリンの心が晴れる事は無い。

 そのスープが生き返る程に美味しくても、人形の様に嚥下するばかりで笑顔が無い。

 普段のスノワリンなら、それがどんな時だろうと、死の山で斃した山の死のスープで生き返りそうだとか考えて、くすりと笑みを漏らしそうなものなのに。

 キャラバンの者達から仕方が無いなと眺め見られていた事も知らず、スープを飲み終えたスノワリンは再び体を休めるのだった。


 スノワリンが目を覚ました次の日から、再びキャラバンは動き始めたが、スノワリンはキャラバンの馬車の中だ。その状態で二日が過ぎ、三日目に自分の馬車の御者台に復帰した。

 それから山を抜けるまで二十日ばかり。

 踏み出すだけで死んでしまう場所なのに、魔獣に魔物、風雪、大地の裂け目、崩落、雪崩、身を切る寒さ。

 寒さだけでは無くがたがたと体を震わせて、スノワリンはただ付いて行く事だけに全てを注いだ。


 やがて目に見える風景に木々の緑が混ざる様になった時、スノワリンは知らず涙を流していた。零れる嗚咽は顔を覆う布に阻まれて、更に轍の音にも紛れて聞こえない。凍り付いていた顔布から、解けた雫が滴り落ちた。

 木々がスノワリンの背丈を超える様になっても、暑い防寒着を脱ぐ事が出来なかったスノワリンだが、人家が見える様になって漸くそれらへと手を伸ばした。すっかり解けて濡れた毛布を御者台の横につくねて、そこで体の力を抜いた。

 毛布を取っても冷気が侵食してきたりはしない。ここはもう死の領域では無いのだと。

 顔を覆った布を解き、震える手で手袋を外し、マントを外し、上着を脱ぐ。そこまでしても、凍り付く痛みは切り込んでは来ない。寧ろ、肌を撫でていく風が気持ちがいい位だ。

 それでも、背後に聳える筈の峰は見ない。そこには今も死が待ち受けていて、ここはまだその足下だ。服を脱いで目に触れる様になった手指や肌の、至る所が霜焼けで黒く変色してしまっている事が、何よりもその事実を示していた。


 スノワリンが霜焼けの痺れる様な痛みに耐えている内に、キャラバンは呆気なく麓の町まで辿り着く。

 すると、先んじて商店の一つに入っていったキャラバンの仲間に、緑色に光る小瓶を渡された。

 仲間に倣ってスノワリンが小瓶を呷ると、黒い皮膚が瘡蓋となって落ちる。丸で霜焼けなんて無かった様に。綺麗な肌に、痛みもすっかり消えていた。


 呆然とそれを眺めるスノワリンを、キャラバンの仲間が微笑ましく見詰めている。

 でも、スノワリンにはそれに微笑み返す事が出来なかった。

 死の象徴が幻の如く消えてしまった事で、死の山での出来事をも一瞬夢だったのかと思わせてしまったのだ。

 でも、夢だった筈は無い。証が消えてしまったのは、西側の大地が話に聞いていた通りに正しく御伽の国だった証左で、でもそれが余計に現実味を遠退かせている。

 現実感の無い死は、目に見えた脅威よりも性質たちが悪かった。どう対処すればいいのか分からず、何をしてもどうにもならない様に思えてしまうのだ。

 聳え立つ死の山。東へ戻る道を絶つ文字通りの分断山脈。

 きっともう帰れない。

 スノワリンには東の郷里が、果てしなく遠退いた様に感じたのだった。



 それでも無理矢理前へ進む。

 其処にしか道は無いから。

 キャラバンの一人が、西側の大国であるラゼリア王国の王都まで付き合ってくれたのは感謝に堪えない。道中で言葉の練習には付き合って貰ったけれど、まだまだ片言と筆談と身振りで何とか意思を伝えられるかというところだからだ。東側の言葉を知る者の居ない西側で、王城の御用口にまで同行しての通訳は、望んでも得られるものでは無い。

 恩ばかり積み重なる事を感じながら、窓口に留学したくて来た事を伝えたが、予想していた通りそう簡単には行かなかった。


 一番の問題はやっぱり言葉で、少なくとも日常会話が出来なければ話にならないと言われてしまうのは、仕方が無い事なのだろう。道中でキャラバンの人達に教えて貰ったと言っても、単語も出て来なければ発音だってまだまだなのはその通りなのだ。

 それに、詳しく聞いてみれば、大学校に相当する学院に入る為には、その前段階として学園の卒業資格が要るらしい。卒業していなければ犯罪者扱いにもされる学園では、法律等の基本的な事を教えているというのだから、学園を出ない訳にはいかない。


 それでも予想外だったのが、その学園に他国の者であるスノワリンが入学するのに、何の支障も無かった事だ。スノワリンはシルギウス皇国を実力主義の国と誇りに思っていたが、その主義の下に故国が後塵を拝する事が有るとは思ってもみなかった。

 もしかしたら研究都市に行くよりも、本当に良い選択だったのかも知れない。そうスノワリンは思ったのだ。


 ただ、時間が無い事ばかりはどうにもならない。

 東側の学校は殆どの場合春が始業の季節だが、ラゼリア王国の学院は秋が始業で入学試験は夏の終わり。教えて貰った受験の日までは二十日も無いことから、手続きも考えればもう来年に回すしか無いと、スノワリンも殆ど諦め掛けていたのである。


 キャラバンから付いて来てくれた人とも別れ、紹介して貰った学園に行く。応対してくれた職員は始め訝しげな様子を見せていたが、学園長を名乗る男と、『判別』を使うという小母さんが話に加わってからは、とんとん拍子で話が進み、何と住み込みで手伝いをしながらの勉強まで許された。


「ぅう……東の果てから中央山脈を越えて……」

「帰れぬ覚悟で知の探求に出向いた者を無下には出来ん。いいだろう。ここで存分に頑張ってみなさい」


 涙乍らに迎え入れられたスノワリンも、自分が東側の学校の人間で、ぼろぼろになった西側の人が訪ねて来たなら似た様な対応をしそうだと思いながら、冷静を装って彼らと話を続けていた。

 しかし、内心では何処か感動に近い興奮に、その身を震わせていたのである。


 彼らと一緒にやって来た小母さんは、見た目は普通のそれこそ何処にでも居そうな小母さんだった。そんな小母さんが、『判別』を使うと言うのである。

 東側でそんな事が出来るのは、国でも数少ない法官ばかりであるというのに、誰でも使える訳では無くても、市井に居る普通の小母さんに見える人がそんな魔法を使うのだ。

 これでは何も彼もが違っていてもおかしくないと、スノワリンは一旦自分の常識を忘れる事にしたのだ。


 ところがである。

 学園で三日を過ごしたら、スノワリンは呆気なく卒業資格を手に入れていた。

 喋る事はまだ出来ていなくても、元々読む事は問題無く出来ていたスノワリンである。どうにも言葉が少し古めかしいと言われながらも、ちゃんとした教材の有る学園で学べば、直ぐに書く事も出来る様になった。そうなれば学園で学ぶ最低限の一般常識なんて、さして厚くも無い本一冊に収まるのだから、一日も有れば読破出来る。後は理解を深める為に使っても、三日で余裕だったのだ。

 スノワリンと面談をした学園の三人も、大いに驚きつつも納得した様に首肯する。

 そうで無ければ大山脈を越えて学びにまでは来ないのだろうと、そう理解したのである。


 そしてその三日間は、スノワリンがただ資料室に籠もるだけの三日間では無かった。

 日中は学園に来る子供達の相手に、午前と午後でそれぞれ二時間。スノワリンの出自を聞いて、好奇心の塊となった子供達の怒濤の質問攻めが、スノワリンの会話能力を日常会話レベルに引き上げたと言えるだろう。

 そしてその子供達との交流で、スノワリンは東と西との決定的な違いを目にする事になる。


 それはふとした時に目にした魔術訓練の講義だった。

 どの子も幼い子供達が、掛け声一発次々に魔法を放って、的をぼこぼこにする光景。

 東側では有り得ない、御伽の国の学校の姿がそこに有った。


 そもそも、スノワリンが真面な魔術の行使を見たのは、山の死に追い掛けられた時が初めてだった。

 三日学ぶ中で、西側では『判別』の様なものは技能と呼んで魔法とは区別をしている事を知ったが、それらを引っ括めても経験が無い。

 ……いや、三人に一人は素質が有る、リグニ式と言われる生活魔法ならスノワリンも使えるが、それを魔法と言う者は東側にも居ない。

 だからこそ、魔法らしい魔法なんてお伽噺の中にしか無い物だと信じられてきたのに、目の前では色取り取りの魔法が宙を飛び交っていた。

 子供達でさえこんな有様なのに、魔法が真面に使えないスノワリンが西側の学院には入れるのだろうか。そうスノワリンは心配になるのだが、そんなスノワリンを見て、学園の職員は笑うのだった。


「特級でも魔術が使えない者は居るのですから、心配は要りませんよ?」

「デモ……」

「ふふふ……今居るのは魔術の講義を受けている子供達ばかりですからね。それで無くても『儀式魔法』は派手ですけれど、『儀式魔法』が苦手な子供達の間では、貴女が教えてくれた『生活魔法』が大人気なんですよ? 不思議な事に『儀式魔法』が苦手な子の方が『生活魔法』に適性が有るみたいで、あの子達のあんな笑顔が見れたのですから、貴女に講師をして頂いて本当に良かったですわ」


 職員の言葉を聞いて、スノワリンは指先に玉にした魔力を、指を鳴らす様に弾いてみた。ぽっと一瞬火が灯る。リグニ式の火種だ。

 他にも魔力の玉を握って絞り、手を洗う程度には充分な偽水にせみずを呼び出す事も出来る。

 後にスノワリンは知る事になるが、東側では魔物の巣と呼んでいる魔の領域が一掃されている事で、魔法の発動にも足らない程に西側の人々や動植物の持つ魔力が低下していたのである。

 その中で磨かれたごく僅かの魔力で発動する『生活魔法』は、直接魔力を制御する『根源魔術』側の技術であり、『儀式魔法』が苦手な方が適性が有るというのも、その辺りが関わっていたのだろう。


 何より見た目が格好いい。

 ピシッと指を鳴らして火を付ける。

 そんな変わり種の魔法が、城下町に静かに広がっていったのである。



 無事学園の卒業資格を得た事で、学院の受験に向けて本格的に準備を始めるスノワリンだったが、やる事は変わらない。子供達の相手をしながら資料室に籠もる日々。寮に入れる様になるまでは、学園の軒先を借りていて良いとの事だった。

 山鹿の牽く馬車で王都まで来たスノワリンだが、その大人しい種類の山鹿は、既に学園に買い取って貰っている。

 今も寝床は馬車だったが、そこにはそれなりに広い宿直室よりも、狭い馬車の中で東側の品物に囲まれている方が安心出来るとの気持ちが有ったのだろう。既に愛着が出て来てしまっているが、学院に入学出来たなら手放さなければならないとは、スノワリンも覚悟している。ただ、東の技術で作られた馬車なのだから、それを活かしてくれる所に買い取って貰いたいなと、そんな事を考えていた。


 そして入学試験の当日である。

 一度下見に訪れもした学院は、大勢の人で埋もれ返っていて、何の優遇も配慮も無いままスノワリンの試験は進む。淡々と回答欄を埋めていくが、予め聞いていた事では有るけれど、埋められない回答欄がとても多い。焦りながらも分からないものは分からないと諦めて筆をく。この後にも選択式の試験が控えていて、それでいて時間配分は受験者任せなのだ。分からない事に時間を使っても仕方が無いというのが、受験のこつだと教えられていた。

 当然魔術の試験には手が出ないから、受けられる科目は相当に目減りするが、こちらの常識と多少違っても、スノワリンには東側で蓄えた知識が有る。そう気持ちを奮い立たせながら、スノワリンは試験に挑んだ。


 魔物や魔獣が出るという土地なのに、一番手応えを感じたのが武術の試験だった事に首を傾げながらも、受験を終え発表を待つスノワリンに呆気なく合格の知らせが届く。

 その事に、寧ろ西側の技術は遅れているのかと訝しんだスノワリン。別れを惜しまれながらも学園の職員が伝手で手配してくれた学内寮へと入寮し、そこでも真顔で悩んでしまうスノワリンだった。

 壁に残る雨漏りの後と、隙間が見て取れる部屋の壁。

 王都の大学校に相当する学校の寮で、これは無い、と。


 馬車から運び込んだ荷物を寮の部屋に調えて、馬車も車輪と幌を外して小さく纏め、寮の裏手に置かせて貰った。

 山の死を斃した事で貰った握り拳程の金塊は受験費用に消えてしまったが、幸いな事に山鹿を売った代金と、少ないながらも学園の手伝いで貰った賃金が有る。東側でのスノワリンが未だにラ=ドで有る様に、試験に合格したと言っても手続きもしていない今はまだ学院生とは言えないだろう。馬車や東の金貨を売るのは今じゃ無いと思いながら、受験で騒がしい学院の裏で幾日かを過ごす。

 そんな感じで慎ましく過ごしていたつもりなのに、服や暦表カレンダーや筆記具の様なちょっとした日用品を買うだけでも、どんどんお金が減っていく。毎日の食事だってお金が掛かる。

 まだ余裕は有るとは言え、想定以上の早さで減っていくお金にスノワリンは危機感を募らせる。

 何とかしないとと学園まで相談に行ったり、商業区画まで足を延ばしたり。


 別の見方をするならば、そうやって悩みに忙殺されながら動いていないと、不安に押し潰されそうだったのである。東の事を考える度に、そこには死の影がちらついてしまう。ふとした拍子に思い出して、体が震えてしまうのだ。



 騒がしかった入学試験も終わりを迎え、それに合わせてスノワリンも入学説明会へと足を向けた。

 そこでスノワリンは首席の小さな女の子と出会う事になる。


「――そんな友人達の有り難味を実感しながら、私はまたこの学院も学園と同じ様に、駆け抜けていくつもりでした。私に必要な部分だけを糧にして、それ以外には見向きもせずに。必要な知識や技術を身に付けたなら、卒業なんてしなくてもそのまま学院を離れればいいと、そんな事さえ考えていました――」


 それは、魔物の巣の直ぐ近くで暮らしていた女の子が、冒険者を目指した話。ただそれだけに目を向けて、周りを顧みなかったその子が、それではいけなかったのだと心を改めようとするそんな話。

 村への恩返しの為と突き進んでいたスノワリンにも重なりながら、一人で頑張ってきたその物語は、スノワリンが目を逸らし続けてきた郷里への想いと、今迄スノワリンを助けてきてくれた数々の人を思い起こさせて、スノワリンの胸を詰まらせた。

 そう、思い出したのだ。一人で諦めようとしていたスノワリンは、何人、何十人もの人々の助けを得て、今ここに居るのだと。

 そこに思い至れば、もう目を逸らし続ける事なんてとても出来ない。


「――まぁ、でも、結局の所、私は私の好きにするんですけどね?」


 そんな言葉で締め括る強かな女の子に、思わず泣き笑いを浮かべたスノワリン。

 東側には帰る。いつか必ず。スノワリンはこの時そう決めたのだ。



 でも――、と、スノワリンは内心そう呟いた。

 あの不思議で謎の多い女の子、ディジーリアとも仲良くなって、仕事先として冒険者協会の手伝いをする事になったその初日の今日だ。命懸けでここまで来たつもりだったが、本当はまだ自分は東の大地に居て、目の前のこれは夢でも見ているのでは無いのだろうか、と。


 ディジーリアの助言も有って、仕事先なら商人ギルドか冒険者協会と考える様になったけれど、東側に戻る事を前提に前向きに仕事を考えたなら、持ち込む側では無くて受け付けする側がいい。それも東には無い冒険者協会なら、何か得る物が有りそうだと思って相談に来たら、ランク六なら問題無いし、お手伝いなら寧ろ願ったりだと、すんなり仕事が決まったのだ。

 それで買い取った素材の整理だとかの雑用をしながら、あの冒険者はランク三だとかランク二だとか、東では冗談としか取られない様な事を教えられながら半日が過ぎた時、冒険者協会の入り口辺りで騒ぎが巻き起こったのである。


「少ないけれど、協会で騒ぐ冒険者も居ない訳じゃ無いからねぇ~。受付嬢にもそれなりの腕は必要なのよ~」


 退屈そうに言い放つ先輩に付いて、一応入り口が見える場所へと行ってみれば、はち切れて脱げない全身鎧を無理矢理脱がせて貰ったばかりの、巨で、の、冒険者の姿? が、有った。


「…………ガイスロンド? ……何あれ?」

「ん……お仕置き」

「くふふふ、あの子におっぱい一つって一両銀差し出したのよ! すっごい馬鹿!」


 そこに居た受付嬢と情報交換する先輩の会話から、どうやら巨漢の冒険者が女の子の冒険者をからかった結果、お仕置きされているらしいと分かったけれど、ちょっとそのお仕置きが訳が分からない。

 お伽噺の悪い呪いでも、巨乳の呪いなんてそんな呪い誰が掛けると言うのだろうか。


「うおおおお、こ、こ、こんな物ぉおおお!!!」


 恐慌を起こしながら自らの巨乳を引き千切ろうとしている巨漢を見ると、戦慄すべき状況なのではと思うのに、どうにもそんな気になれそうに無い。

 先輩達は気にも留めて無い様子だが、これが日常とでも言うのだろうかと、寧ろそれに慄然としていると、ブチッと大きな音がその場に響いた。

 見れば巨漢が、自らの巨乳を一房引き千切ったところだった。


 引き千切られた乳房が光の粒となって消えて行く。

 残った乳房も同じく光の粒と変わり行く。

 そして巨漢に頭上から光が差し込んだ。

 そこには天井が有る筈なのに、何処から光は降りてきているのだろう。


 動きを止めていた巨漢が、愕然と口を開く。


「託宣が、お告げが来た……」

「おう、何だ?」

「お、俺の……俺のボインとの縁が、今切れた」

「…………そうか」

「お、俺は、俺は、何て事をしてしまったんだーー!!!」


 目を血走らせた巨漢のその目が、もう一人鎧を剥ぎ取られて横たわっていた男へと向いた。


「そのおっぱいを寄越せぇええええ!!!」


 横たわる男にも、其処だけ見れば顔を赤らめてしまいそうな、形の良いおっぱいが付いていた。

 飛び掛かった巨漢がそのおっぱいを掴み、暴れる男から無理矢理引き千切ろうとする。

 傍目からは、嫌がる男のおっぱいを無理矢理揉み拉いている様にしか見えない。


 スノワリンの表情は動かない。

 スノワリンにとって、分断山脈の西側は、超越者達が闊歩する英雄の土地だった。

 今目の前に居る巨漢も、もう直ぐランク一に成ると見られていると聞いている。超越者にも、もう手が届く高みに居る英雄の一人なのだ。

 それなのに、どうしてだろう?


「さっさとそのおっぱいを寄越すんだよぉおおお!!!」

「やめ、やめろ! 触るな!! 触――んぁあ!?」


 ――高めていたこの気持ちが、どんどんこぼれていってしまうのは。


「んぼぁあああ!?」


 男のおっぱいを揉み拉いていた巨漢が、奇声と共に跳び離れた。


「こ、今度はどうした!?」

「……お、俺の、おっぱいとの、絆が、結ばれた」

「ほぉ、良かったじゃねぇか」


 スノワリンにとって、西の大地はお伽噺の魔法の国だった。そして実際、魔法の道具が溢れる、魔法の一大文明が築かれていた。

 恐らくきっと、今目の前で繰り広げられている光景にも、スノワリンには理解出来ない偉大な魔法の力が働いているのだろう。

 それはきっとわくわくどきどきする様な、そんな光景に違いないのに。

 それなのに、どうしてだろう?


「雄の、ぱいで、雄っぱいだ! こんな絆はいらねぇ!! いらねぇんだよぉおおお!! ぅあああああああ!!!!」


 ――こんなにやるせない気持ちが、あふれてきてしまうのは……。

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