(107)楽しい事が一番ですよ?

 その次の日の講義は、午前中が農学と植物学、午後が錬金術と魔法薬学だったのですが、ちょっと残念な結果に終わってしまいました。


 まずは農学です。これは私に問題がありました。第三研究所の為にはなるでしょうと受講を決めたのですけれど、自分が大した興味を持っていない講義を受けても苦痛しか有りません。家庭菜園レベルでいいのですよ、私には。

 残念ですけどそういう訳で、農学も次から受けない事に決めたのです。


 そして植物学。これは今迄私が感じていた事や、知っていた事の裏付けが取れたという点では意味が有りますけれど、植物の研究者になるのでなければ、私の感覚で充分だと分かった以上、この講義も受ける意義が見出せません。


 期待していた錬金術は、想像以上に残念でした。錬金術の教本は、今もディパルパス様が残した書物が唯一の物で、その後の発展が有りません。難解な錬金術の書物を解読するのが錬金術学という物になってしまっています。こうなるともう経本ですね。

 講義ではディパルパス様の残した言葉を紐解きながらその解釈の仕方を解説すると言うのですが、それが正しければ私が錬金の神様に悩まされる事も無かったに違い有りません。

 錬金の神ディパルパス様は、私が神界に「問い合わせ」をすると、結構な頻度で横入りしてきて愚痴を溢していくのです。きっと、今神界に「問い合わせ」したら、彼の神の怒濤の主張を聞く事になりそうですよ?

 それに、どうにも『儀式魔法』で『錬金』するばかりにも見えますし、色々踏み込んでも面倒そうなので、ディパルパス様の著作を手に入れたなら、もう充分だと思えたのでした。


 『魔法薬学』も同じですね。「新しい魔法薬を作るにはどうすれば良いのでしょう?」との問いに、「然る可き時が来れば、錬金の神ディパルパスによる啓示が下るでしょう」では、確かにディパルパス様に同情してしまうのです。


 何より、どの講義も教本通りに進む事も、私の決定を後押ししたのでしょうけれど、兎に角八の日の講義も全て出席しない事を決め、その日の内に講師へも伝える事になったのでした。

 『農学』と『植物学』の講師達は残念そうにしていましたけれど、研究者になろうと言うので無ければ教本で充分だとの考えに理解を示してくれました。受講料自体は払う事にしていますから、向こうからしてみれば今後の実習などの準備が一人分浮く感じなんでしょうかね。残念そうながら余り引き留められる事も有りませんでしたよ?

 『錬金術』と『魔法薬学』の講師は同じ人でしたけれど、「今年の首席と雖も錬金術は難しいか。まぁ優秀なのは去年迄に出揃っているから仕方が無い」と的外れな事を言って悦に入っていましたが、本当の事を言える筈が有りません。すんなりと外れるのを認めてくれた事を喜ぶのが良さそうです。


 当然そんな講義でしたから、主な活動は裏で動いている冒険者ディジー人形になります。

 そのディジー人形で朝の講義の内に春風屋まで行って、目を丸くしている店主から問題無く刷字出来そうだとの言葉を頂きました。ただ、その時に心配されてしまったのが、これは劇場で上演中の舞台では無いかとの事でしたね。

 そこで明かした私の身の上。成り行きから王都に出て来てみれば、私がデリラの街で上演した独り舞台を改変した上で真実だと謳われていて吃驚した事。デリリア領としても釘を刺しておきたいが、抗議という形を取ると話が大きくなってしまうので、演目の真相を出版して知らしめる事で劇団に反省を促そうとしている事。初めに依頼しようとしていた二百頁の案件は、デリリア領から王都に提出した物語様の報告書で、これもデリリア領で製本を進めている事。当然領主も冒険者協会支部長も承知の事と伝えると、寧ろそんな面白そうな事に乗り損なうのは有り得ないとばかりに、乗り気になってくれたのは僥倖でした。

 そんな事で話は決まり、序でに表紙用の小さな原版に、題名を美麗に刻んで来たのですよ。


 その後はデリエイラの森で大猪鹿狩りです。この前オルドさんに会いに行った時に、ちゃんと事前連絡はしています。しっかり四十頭は狩りましたから、毛皮が足りないという事は無いでしょうけれど、大量のお肉の処分が悩み処です。まぁ、大猪鹿の魔石の追加は、『亜空間倉庫』の調整が進む今の状況では、とても助かっているのですけどね。


 因みに、ディラちゃんへの依頼もぼちぼち入って来ています。真面な人は、ちゃんと私が居る時に一緒に話をしてくれますね。白板も懸案を解決した上で、出来るなら小麦は産地で買った新小麦を使いたいだとか、エペルというお菓子のアクセントはザグダム領のギギの実じゃないととか、そんな拘りに応えて王国の中を飛び回っています。


 ――結局の所、仲間内での合議で雑貨屋としては縮小されてしまいましたからね。ただ、ライエさん達が作っている木彫りやなんかは今後も活かされる事になって、各机に剣士の像や各種騎獣の像を置いて、注文を取る時には「剣士の席のお客様~」みたいな感じで活用するのだとか。勿論、数を作ればそれだけ片隅の雑貨コーナーにお土産品として追加される事になりますね。


 逆に言えば、そういう形で無ければ雑貨屋の商品なんて用意出来る物では無かったのです。今の私なら木彫りや石像の百個でも千個でも一日で作れますけれど、職人でも無い人達に同じ事は求められません。そういう小物を大量生産している仕入れ先に当てが無ければ、とてもとても……。つまり、各地の駄菓子を手に入れようというのと、同じ話だったのですよ。


 状況を整理したらそういう事がはっきり分かって、貴族組や文官組が中心になってしっかりきっちり今後の方針を固めました。「首席は凄いと気圧されていたが、思ったよりも適当だった」なんて言われてしまいましたが、それから何だか彼らの目付きも変わってきた様に思います。

 眼光鋭く采配を振るって、出来る感じが出て来てますよ?


 私が纏め役になって作らなければと思っていた収穫祭の計画書も、彼らが纏める事になってしまいました。でも、私が作ろうと考えていた内容を踏襲した上で、更に立派な計画書になっていましたので、流石と思ってしまったのです。これを見てしまうと、私が今迄出していた論文や報告書も、もっと旨く作れたのではと考えてしまうのですよ。


『今迄殆どディジーに任せきりだったからな。収穫祭も部屋の事もディジーの力に頼り切っている所が大きい。これくらいは任せてくれ』


 快活な青年貴族のフィニアさんに言われて、良いのでしょうかと思いつつもお任せしたのですけれど、何だかそれからこれまで以上に上手く回り始めた様な気がして、ちょっと微妙な気持ちです。

 でも考えてみれば、私は動ける仕組みを作りはしても、そんなに纏めようとはしていなかった気もしますから、当然の事なのかも知れませんね。


 そうしてフィニアさんが打ち出した大方針の一つが、とことん私を活用するというものでした。

 とは言っても、特級だからこそ出来る事を前面に出してしまうと“グー拳”になってしまうのではという私の気持ちも汲んでくれていて、飽く迄ディラちゃんが可能な範囲の輸送能力と、作り置きの軽食を保存するだけの『亜空間倉庫』の利用に限定しての活用です。

 軽食屋に重点を置いても、数の確保は何とかしないといけない問題でしたからね。各地の生物なまものをそのまま保存するのは“グー拳”ですけど、これなら許容範囲だと思うのですよ。


 自重しなかったのは私ですね。各地へ飛び立つディラちゃんに、中央山脈も見えてしまう高空から、私の輝石を王国各地に散蒔かせてしまいました。散蒔いた輝石は誰かの物でも無さそうな街道沿いに、ちゃんと深く埋め込んでおきましたよ?

 つまり、小さな輝石でも「通常空間倉庫」の輝石越しなら反応を拾える今ならば、「通常空間倉庫」を介して何時でも何処へでも私の人形を送り込む事が出来る様になったのです。

 運悪く見られてしまった輝石は一つだけですし、それも大きな問題にはならなそうですから、まぁ構いませんよね?


 とまぁ、そんな事をしながらも、やっぱり一番手間が掛かるのは大猪鹿の解体です。予め仕入れておいた大樽では足りなくて、血をそのまま球状に浮かせて『亜空間倉庫』に入れなければなりませんでした。他と混ざる事は無いと知っていても、気持ち的に微妙です。時間の有る時にクアドラ石で長櫃でも造って、そこに移し替えておこうと思います。

 肝心の毛皮はこれ以上無く丁寧に剥ぎ取りしたのですけれど、やっぱり一頭一頭風合いが全然違いますね。明後日の会合では、そこも含めて相談になるでしょう。

 まぁ、着々と準備は進んでいるのです。


 解体が終わったのは、丁度学院の講義が終わる頃でした。冒険者ディジー人形は「通常空間倉庫」に回収して、「通常空間倉庫」内で収穫祭用のテーブルと椅子の見本を幾つか造ります。まぁ、見本ですから廃棄予定の辺材で、大きさも手に乗る程度の模型ミニチュアですけどね。

 それを持って放課後の部屋へと戻りましたら、またちょっと話が動きそうな様子を見せたのです。


「ディジー、それが?」

「ええ、出店のテーブルセットの模型ですね。色は自習室の赤っぽいのから、棚の焦げ茶、丸机の黒までの範囲なら。他にも案が有れば出して欲しいです」


 丸机の上に模型を並べながら興味を示したスノワリンに答えれば、やけに熱心に椅子の模型を見ています。

 ロッドさんも寄って来たので何でしょうと思っていると――


「なぁ、こういう組み立てる物なら、雑貨の商品にはならないか?」

「うん。私もそう思った。ちっちゃいテーブルセットとか欲しいかも」


 最近言葉に違和感を感じなくなってきたスノワリンと一緒に、組み立て品の模型ミニチュアを商品としての、雑貨屋の復権を目論んでいる様子です。


「成る程――ディジーが負担で無いならば、取り入れたいものだが」


 計画の纏めに入っているフィニアさん迄が、丸机の椅子に座りながらそんな事を言います。

 フィニアさんがそう言うという事は、今から組み込んでも計画を成り立たせる見込みが有るという事なのでしょう。

 私としても、雑貨屋が出来るなら、それに越した事は有りません。


「そうですねぇ。組み立て式で思い付くのは精々机や椅子それに家具類ですから、そういうのでもいいのなら。……でも、そんなのが売れるのでしょうかね?」

「間違いなく売れる。と言っても、貴族にならばというところだが。私の知る限り、多くの貴族は幼い頃に人形の友達を与えられている。男女に拘わらずな。これは単なる遊びの道具では無く、身代わりのまじないなんだよ。だからこそ、無事に幼少期を乗り越えた場合は、それらの人形は手厚く祀られる事になる」

「……それってバルトさんとかもですか?」

「ぅえ!? ま、父上も元は王都の騎士だからなぁ。しかし、歯形が付いたのをよぉ……」

「ん、――確かに地方によって風習は違うかも知れないが、王都の貴族の間では一般的な習わしであるし、その影響で王都民も人形を飾る者は多いと聞く」


 その言葉に、周りを囲む王都組の人達を見回すと、確かに頷く人が何人も居ます。


「ん~……分かりました。でも、それだと人形の大きさに合わせる必要が有ると思いますから、どれくらいの大きさなのか教えて下さい。大中小の人形に合わせて三種類くらい用意すればいいですかね?」

「そうだな。持っている人形や見た事の有る人形の大きさを、前の白板に描く事にしようか。だが、余り大きさに囚われる事は無いぞ。大体こういう物は特注品だ」


 そしてこの時の話し合いで、まずは私が思うが儘に、模型ミニチュアの家具を作る事が決まりました。デザインなんかも色々有ると思うのですけれど、私に任せた方が面白そうだと満場一致で可決してしまったのです。

 気が付くとバルトさんとフラウさんで魔王なお誕生日席を取り合っているのですから、そうなってしまうのも仕方が無いのかも知れませんけれど。

 多分デザインを考えるのに一番時間が掛かりそうですよ?

 そして、数多く出たデザインの中から、優秀作品六種を選び出して、実寸版を造るのです。

 他にも組み立て出来る物が有るなら、要望も出すし、提案してもいいとの事でした。


「ところで、私の作品も置いていいのですかね?」

「え?」

「いえ、客寄せに高額商品も~、なんて話も出たと思うのですけれど」

「あ、ああ……いや、限度は有ると思うのだが、幾らの物を考えているのかな?」

「そうですねぇ、相場はもっと高いところを二百両銀の特別価格で! と言うところですかね」

「……ふむ、それくらいなら。やはり剣なのかな?」

「いえ、今考えているのは上級の包丁ですね。剣も面白い事が出来る様になれば考えたいとは思うのですけれど」

「包丁? ……上級の、包丁?」

「魔獣だろうと骨ごとザクザク料理出来る様な感じのですね。一応他には無い様な物で考えてますよ?」

「それなら、大丈夫、かな?」


 大枠が決まった後で、気になっていた事をフィニアさんに聞いてみました。私が雑貨屋を乗っ取ってしまうのは論外ですが、そうでなければ私の作品を幾つか置いてもいいと思うのです。

 まぁ置くとするなら一風変わった物になるでしょうし、それならばとフィニアさんには言って貰えたのでした。



 そしてその次の日。

 一齣目は空き時間です。ドーハ先生に付き合って貰って施設課に行ったりしていたのですけどね。私の拠点と女子寮を行き来出来る様に改装しようとしたのですけれど、まぁ面倒な事でした。裏側でだとか空いた時間で模型ミニチュアの部品を作って、木槌と一緒に置いておきます。

 二齣目の『料理』では、私の知らなかった基礎を色々教えて貰って、とても有意義な時間でした。料理本を見るだけでは、分からない事も多いのですよ。

 そして昼からの三齣目と四齣目。待ちに待った『魔道具』の講義が始まるのです。


 場所は本館三階、位置的には大食堂の上方に在る、一番大きな教室の一つです。

 長方形の部屋の真ん中前に教壇が有り、そこから扇形に席が設けられています。

 当然私は最前列に陣取って、『魔道具』の講師が来るのを、今か今かと待ち受けていたのですよ。


 そして講義の始まるきっかり五分前に現れたのが、黒髪に白い物が混じり始めた男の先生です。

 ですが、入学説明会で見た先生には、観察しているかの様な鋭い視線が有ったのですけれど、今現れた先生は何故か酷く疲れ気味です。

 私と目が合って、益々肩を落とした様に見えたのですけれど、気の所為ですかね?


 そんな一幕が有ったりもしましたけれど、講義に入ると真面目一辺倒という感じです。


「私が『魔道具』の講師を勤めるロルスロークだ。『魔道具』の講義にこれだけの者が興味を抱いてくれて嬉しく思う。『魔道具』はまだ若い学問だ。何と言ってもこの私よりも若い。私が生みの親だから当然の事では有るが――」


 でも、そう見えて、ぼそりと冗談を入れ込んで来ます。中々やりますね?

 初回の講義だからという事も有るのでしょう。ほぼ、教本に書かれている『魔道具』の歴史そのままに解説されています。

 と言っても、多くの人はまだ教本を手にしてはいません。『魔道具』は近年の技術革新の最たる物だけに人気は高いけれど、人を選ぶが故に、教本を購入するかどうかは『魔道具』の概要を解説した上で、受講者に判断を委ねているとの事でした。


 そんな概要の説明が整然と進められていきます。

 二十年前から始まった魔紋の研究。それはいかづちを放つ魔法剣の研究から始まったとの事です。

 どうにかして魔物素材のその剣の力を再現しようと力を尽くした結果、剣身に浮き出た紋様と同じ物をその魔物の魔石で以て別の剣に描き、更に要所にその魔物の魔石を埋め込み、加えて埋め込んだ魔石にも剣身に浮き出た紋様と同じ物を刻み込んで、その上で『魔刃』の遣い手に剣を振るわせて漸く雷がほとばしったとの事でした。

 ですが、一旦成功すれば後は成功を重ねるだけです。

 それまで解析すら儘ならなかった魔物素材の武具の特殊能力を、次から次へと移植する事に成功し、この時点でロルスローク先生は成功者の名をほしいままにしたのです。


 ――と、ここまで聞いて思い当たるのは、初期の毛虫殺しに浮き出ていた謎の紋様ですね。あの紋様に何か特別な力が有ったのかは今を以ても分かりませんが、もしも何らかの力有る紋様だったのならと思うと、惜しい気持ちは有るのです。


 この、魔紋の再現迄が約十年前。しかし、そこで或る出会いが大きな飛躍を研究に齎す事になるのでした。

 即ち、『魔力視』技能保持者の協力を得ての、『儀式魔法』の魔道具化です。

 ――と、実は教本で予習した時に、この辺りから良く分からなくなって来ました。

 『魔力視』技能保持者によると、『儀式魔法』は一瞬の魔力の高まりが発動直前に生じ、それによって魔術が顕現するとの事より、まずは発動を遅延させる仕組みを必要としたと教本には書いていましたし、今も先生はその通りに解説しています。

 ……おかしいですねぇ。私の知る現象と異なっています。何だか、『魔力視』で見えないのは魔力が無いからだ! とか思っているくさいですよ?

 続けて遅延術式により『儀式魔法』の形が明らかになったと言ってますけれど、私が知る『儀式魔法』は球状に魔力が現れますし、どれも同じ形です。遅延術式と言っている物が、実は違う働きをしているのではと思うのですよ。


 そんな風に首を傾げていたら、随分と鋭い視線がちらちらと私に投げ掛けられて来るのですけれどね。目障りに思われているのかも知れませんが、疑問に思う事を止める事は出来ません。

 で、そんな私を置いてけ堀に、「『魔力視』技能保持者との協力により、今後も『魔道具』は更なる発展を遂げるだろう」との、何とも言えない結論になっていたのが少し残念でした。

 多分、その『魔力視』の人は、見えているだと思うのです。


 講義の内容は基礎技術からその応用へと移り変わり、装置の構成へと進んでいきます。

 直接魔力を供給する必要が有った開発当初。『魔力制御』が出来無ければ装置が作動すらせず、蓄魔器の開発が急がれた時代です。

 蓄魔器の開発では、ここでもまた数々の派生技術が得られたそうです。光石の加工法もその一つ。王都に光が溢れる様になったのもこの頃からみたいですね。

 ですが、結局『魔力制御』が出来る者が少ない状況では魔道具も然程の広まりを見せず、今の様に何処にでも魔道具が溢れる様になるには、蓄魔器と同時並行して研究が進められていた魔石の利用が可能になるのを待つ必要が有りました。


 ……つまりですねぇ、世の中に出回っている魔道具は、蓄魔器以外ではもう魔力を込めたりする構造にはなっていないみたいなのですよ。魔力に反応するスイッチなんかは色々有りますけれど、自然と漏らしている僅かな魔力で充分反応する物で、籠めたりする物では無いのだとか。

 まぁ、私の場合は僅かにでも込める必要が出て来るのでしょうけれど、今迄壊さずに済んだのは運が良かっただけかも知れませんね。


 こうして誰でも使える様になった魔道具は、人々の生活や冒険者の武具に活用される事となったのです。


 さて、ここで出て来た魔道具をお浚いしましょう。

 まずは魔紋を用いた魔道具です。ですが、どうやら魔紋は中々扱い辛いらしく、先に出て来た魔法剣擬きも使い捨てとなれば需要も無く、最も良く知られている物でこれも使い捨ての爆裂釘と呼ばれる道具くらいしか有りません。

 その爆裂釘も私は錬金術の産物と思っていたのですけれどね。デリラではバーナイドさんが取り扱っていましたから。

 今にして思えば、バーナイドさんが扱っていた物は、多分に魔道具も含んでいた様に思います。いえ、そもそも水の魔道具を手に入れたのもバーナイドさんの店でした。魔道具屋を名乗っても全然おかしく有りませんね。

 それを知っていたならと今にして思いますけれど、その時はもしかしたら学院に来ようと思わなかったかも知れませんから、まぁ気付かくて良かったのでしょう。


 次に『儀式魔法』を魔法陣化した魔道具です。これは、魔石に魔法陣を刻む専用の魔道具をロルスローク先生が開発した事で、既に大量生産が実現されています。

 更に先生の凄いのは、その魔石に魔法陣を刻む魔道具自体を秘匿せず売りに出したところです。

 まぁ、魔法陣を刻むと言っても、設定した同じ魔法陣しか刻めませんし、魔法陣を刻む技術にも進歩が有りますから、年々効率の良い核となる魔石――魔道核――が世の中に出てくる事になります。

 しかし魔道具は多少の魔道核の性能差よりも、魔道核の組み込み方や大本となる道具に、性能は大きく左右されます。

 この事により多くの魔道具ギルドが立ち上がり、それぞれの工夫を凝らした数々の魔道具が世の中に送り出される事となったのです。

 王都の中の魔道具ギルドでも、出来の良いギルドと悪いギルドが有る理由は、この辺りに有るのですね。


 さて、三つ目の魔道具は、魔紋と魔法陣の複合の魔道具です。『儀式魔法』を魔道具化しても、結局は『儀式魔法』なのですから、魔術師にとっては目新しい物では有りません。ですが、世の中には何をどうしているのか分からない、魔物や魔獣の使う魔術も存在するのです。

 有名処では、ベルの魔道具です。魔物素材である共鳴石が、言ってみれば魔紋が刻まれた素材です。『拡声』の魔道具にも、魔紋と魔法陣が使われていました。ガズンさん達が黒大鬼くろオーガの目玉を集めたのも、それが魔道具の材料になるからです。デリラの街で鬼族の解体を公開したのも、新たな素材を見出す為でした。

 この種類の魔道具はまだまだ新しくて、ベルの魔道具以外は一般には広まっていないみたいですけれどね。教本に書いていない事も、まだまだ有りそうなのでした。


「さて、色々と語ってきたが、ちょっと残念なお知らせだ。私が『魔道具』の教本を必須としなかった理由でも有る。

 君達は、ここ迄の講義を聴いて、疑問には思わなかったかね? このまま『魔道具』を学んで、それを何に活かせば良いのかと。

 魔紋も魔法陣も魔石に刻む方法は既に確立されており、更には魔法陣が刻まれた魔石も魔道具で作り出す事が出来る。知られている『儀式魔法』はその多くを既に魔道具で再現可能だ。だから、単に魔道具を作りたいだけならば、ここで『魔道具』の講義を聴いているよりも、魔道具ギルドに弟子入りした方が余程近道だ。商品の作り方はこの講義では教えない。

 もしも第三の魔道具に期待しているなら、根気とセンスが必要だと言っておこう。『拡声』の魔道具を作り上げた天才も世の中には居るが、それでも一朝一夕で成し遂げられるものでは無い。また第三の魔道具には、元となった魔物や魔獣への深い理解をも必要とする。学院を卒業後、研究室に入って何十年も研鑽を積まねば成果は出ないものと覚悟する様に。

 最後に、全く新しい魔法陣を創り出すなど、基礎研究で貢献したいならば心しておく事だ。魔法陣の研究は『魔力視』を持つ協力者無くしては成り立たない。研究とは別の場所で多くの苦労を背負い込む事になるだろう。それでも突き進むというならば、それだけの意欲と情熱が必要だ。それだけの熱量が自らの内に有るのか、その胸の奥に問い糾してみて欲しい。

 君達に、私達と同じ熱い思いが宿っている事を願っている」


 ほうほうと頷きますが、まぁ私の気持ちが揺らぐ事は有りません。

 今日で前振りは終わったみたいですから、次からは本格的な内容へと入っていくのでしょう。

 そんな事を考えてうきうきしながら、後ろの席の人達がけていくのを待っていると、先生から声を掛けられたのです。


「君は『儀式魔法』を嫌っていると聞いていたが、『儀式魔法』を使っている魔道具を忌々しく思ったりはしないのかね?」


 入学説明会では途中で引き上げてしまったロルスローク先生ですけれど、私の事は憶えてくれていたみたいです。


「『儀式魔法』に思うところは色々と有りますけれど、自分に使えない筈の魔術も呼び出せる『儀式魔法』が有用なのは認めていますし、決まった事しか出来無い融通の利かなさも魔道具には適していると思います」

「特に嫌悪はしていないのか……。思うところとは具体的には?」

「そうですねぇ――過保護が過ぎるところと、『儀式魔法』使いには魔術の成り立ちを理解していないのに何故か偉そうな人が多い事ですかね。

 喩えるなら、お早うからお休みまで家事の全てを完璧に熟してしまうお手伝いさんが居るお嬢さんな感じです。着替えるのも顔を洗うのも、ぼーっとしてるだけでお手伝いさんが全部やってくれるのです。ご飯を食べるのも口を開けたらお手伝いさんが匙で掬って食べさせてくれて、家事なんて何もする事は有りません。そうやって甘やかされていたからか、あれをしろこれをしろと言うのばかりは偉そうな、お手伝いさんへの感謝もしない我が儘お嬢さんの出来上がりです。こんなお嬢さんが家事の事なんて何一つ分かっている筈が無いでしょう?

 それでいて家事を出来無い人を見掛けたら、こんな事も出来無いのとばかりに、自慢気にお手伝いさんの使い方を講釈垂れるのですよ。

 私から見た魔術を取り巻く状況もこんな感じですね。私はみっともないと思いますし、自慢気に神々の使い方を解説されるのも煩わしいです。

 魔道具は分からないなりにも自力で神々の業を再現しようとしているのですから、何も出来ないのに偉そうな人とは違って、素晴らしい偉業だと思いますね」


 そう言うと、ロルスローク先生は考え込んでしまいました。

 私の周りには部屋の仲間達が集まっていて、成る程とうんうん頷いています。

 再び口を開いたロルスローク先生の声には、何処か念押しに確かめる様な響きが有りました。


「君は、『儀式魔法』使いは、魔術を理解していないと考えているのだね?」

「それはそうですよ? もしも魔術を理解しているというのなら、先生が見付けた魔法陣も、それぞれの部分にどんな意味が有るのかしっかり解説出来なければおかしいでしょう? 出来無いのですから理解だってしていません」


 以上、証明終わりです。

 ロルスローク先生は、今気が付いたと言う様に、少し呆けた顔を見せました。

 しかしその後教室から去って行く時には、初めに来た時とは違って随分としっかりした表情をしていたのです。



 私達の部屋へと戻ると、貴族組や侍女組が何人か、自習室を使っていました。

 私の姿を見付けた侍女組のイクミさんが、私を見付けて大きく手を振ります。


「ディジー! 木槌が、木槌が全然足りないよぉ!」


 何をしているのかと思えば、皆して模型を組み立てていました。

 「お?」なんて声を出して、今戻ってきた人もそれに加わるのですから、確かに木槌が足りません。


 ささっと増量と思ったのですけれど、何と無く嫌な予感がして全員分の数を揃えたら、直ぐに木槌は持って行かれて今度は模型の部品が足りません。

 そして模型の部品を増量していたら、今度は模型に合った人形も組み立てたいとの要望が飛んで来ます。


 暫くすると、『武術』から戻って来た獣人組達までが加わるのですよ。

 何ですかね? この大盛況っ振りは。


 果たしてこれだけの人数で作った模型は誰の作品扱いになるのかと、鉄球を取り出して『鑑定』してみましたら、或る物は私、或る物は組み立てた人、或る物は王国歴百二十七年度の新入生とばらばらです。

 これは拙いと私達の作品に銘を定める事としたのです。


「王国歴百二十七年度の新入生では駄目なのか?」

「冬にも入ってくる人達が居るのなら、ここに居るの銘を定めてもいいと思いますよ?」

「……下克上組」

「……一廉いっかど隊」

「……俊英団」

「おい待て。気持ちは分かるが聞き苦しいぞ」

「そうですわよ。その様なのは分からぬ様に秘めるものですわ」

「……竜娘団」

「……ディラちゃん組」

「ディラちゃんは私の使い魔ですよ?」

「――小竜組!!」

「いえ、ですから――」


 何故かディラちゃん推しが出て来たのを押し留めようとしたら、これだとばかりに勢い良く出て来たのが同じ様な名前です。

 なのに、何故かバルトさんやフラウさんは納得の顔をしたのです。


「いや――案外、良い名なのでは無いか?」

「ええ。ディラちゃんもディジーも思わせれば、わたくし達は竜だとも宣言している良い名前ですわ」

「差し当たってはあれだな。――よし、ディジー、組長か隊長か団長か、どれがいい?」

「え、え、そ、それなら隊長ですかねぇ!?」


 そうして私達は、王国歴百二十七年度の“小竜隊”という事になったのです。

 出来上がった模型達をちょこちょこ木槌で叩いて手直ししながら検品すれば、ちゃんと『鑑定』結果にも“王国歴百二十七年度小竜隊”と出る様になりました。

 それにしても、皆さん今日はいつまで組み立てを続けるつもりでしょうかね?

 何だか明日の休みも皆さん出て来そうな気がして、私も延々と部品作りをする事になるのでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る