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 疲労感で言えばビガーブでの出来事よりも遥かにぐったりする依頼を終えて、デリラの家でゆっくり夜明けまで休んでから、「通常空間倉庫」経由で学内拠点へ移動しました。

 お風呂は学内拠点の方が大きいですし、「通常空間倉庫」の中も快適に過ごせる様調えてはいますが、ゆっくり休みたい時はデリラの家が一番ですね。

 どうしてでしょう?

 まぁ、学内拠点はいつか手放す前提ですし、風の騒めきも鳥の声も聞こえない「通常空間倉庫」内拠点はどうしてか緊張してしまうのですよ。


 その点デリラの家では警戒心が溶けて消えてしまいます。余りにゆっくりし過ぎて寝過ごす所でしたが、そこは言われた事にはきっちり応えてくれる“黒”が起こしてくれました。


 因みに、冒険者協会にはまだ依頼の完了報告はしていません。

 今日の放課後にもう一度様子を見に行ってから、冒険者協会には寄るつもりなのです。

 もしかしたら何処かに浸み込んでいた粘液魔力が滲み出て来ないとも限りませんし、閉じた界異点が綻ばないとも限りませんからね。


 そんな一段落着いた依頼の事は取り敢えず頭の隅へと追い遣って、学内拠点を出た私は賄い用の食堂へと向かいます。

 学内拠点で暮らす様になってから、朝に誰かと擦れ違う事がめっきり減りました。

 今日は寝起きに時間を潰したりもしなかったからか、食堂にも一番乗りです。誰の姿も見掛けません。


 本当は、誰かに昨日の報告会の結果を聞きたかったのですけどね?

 学内寮を出てしまうと、タイミングが合わない時はとことん合わないのですよ。


「今日の朝飯は――失敗した焼き魚のほぐし野菜酢炒めだ!」

「ほー……到頭朝食に出すには誤魔化しが必要な新人さんの作品が出て来る様になりましたか」

「ははは、此奴こいつは味付けはしっかりしているが不器用でな! お前さんも今ならどれだけ失敗しても目立つ事は無いぞ。気軽に『調理』を受けに来い!」

「折角学院に入ったのですから、時間に余裕が出来たらその時は考えてみますね」


 『調理』の講義もいつか受ける予定ですが、それは九の日に受けている『料理』に合格してからですね。まずは基本が大事です。

 素材がいいからか、失敗作のアレンジ御飯と言っても美味しいです。でも、同じ賄いに出されるなら、アレンジ不要で、でもちょっと足りない程度に抑えたいものですね。


 どうも国の資格が関わる『調理』の講義なのに、基本となる『料理』を軽く見て受けずに受講する人が多いそうなのですよ。酷い失敗をする人というのは、大体そういう人達らしいです。

 『料理』で教わる内容だけでも、私の知らなかった事が色々と有るのです。それらを身に付けて、更に『調理』を受講すれば、何処でもお店に出せる様な美味しい料理を自分で作るのも夢では有りません。

 尤も、各地を巡りながらその土地土地の美味しい物を自分で料理して食べるのも、冒険の醍醐味の様な気がしますから、野営の時ぐらいしか出番は無いかも知れませんけどね。


 ローグ=ドンの森での冒険は、そういうゆっくり楽しむ旅先での御飯的な物が皆無でしたから、そういう意味でも余り冒険らしくは無かった様に思います。

 ちゃんと冒険、出来てたのでしょうか?

 ちょっと不安になってしまうのですよ。


 冒険者としての活動でなら満点ですが、冒険としては今一つ。

 私はちょっと頭を悩ませながら、私達の部屋へと向かったのでした。



 でも、其処でこんな惨状を目にするなんて、思っても見ませんでした。


「ん……んおっ!? もう朝か!?」


 私達の部屋へと入って、部屋の灯りを点けてみれば、毛皮敷の上に転がる幾つもの影。上階の仮眠室にも、当然の様に人の気配が有りました。


 お酒の匂いも漂っていましたから、まずは魔道具も動かして部屋の空気を入れ換えます。

 お酒を飲んだ後に窓が無い部屋で寝れば、朝の到来に気が付かなくても仕方が無いのかも知れませんけど、何と言うかだらしないです。


 呆れを感じつつも、何体もの転がる芋虫を避けながら、部屋の中を確かめます。

 新しく書き起こされた白板には、一昨日までとは違って気楽な六万両銀の遣い道が書き連ねられていますから、肩の荷が軽くなる方向で決着が付いたのかも知れませんね。その流れできっと打ち上げが始まってしまったのでしょう。

 参加出来無かった事には少し寂しくも感じますが、そんな日に仕事を入れてしまった私の自業自得です。それに母様とは違ってそれ程お酒に強くも有りません。グラスに三杯も飲めば、眠くなってしまうのですよ。


 ですからどちらかと言えばやれやれっていう感じなのですが、でも――


「お……ディジー、か?」


 目をしばたかせながら起き上がったバルトさんの、その私を見てのげんなりとした様子は何なんでしょうかね?

 ちょっと失礼なのですよ?


「ディジーか、では有りませんよ、もー。お風呂に入って、お酒の匂いを抜いた方がいいですよ? そんな事をしていれば、もういい時間です。――朝ですよー! 起きましょー!」


 私はそう言うと、小厨房のお鍋を手に取り、その底をお玉で叩いたのでした。



 ちょっと勘違いしていたのは、泊まり込んでいたのが貴族組の人達と思っていた事です。でも、実際に仮眠室から出て来た人達は、寧ろ不思議な事に貴族組では無い人達の方が多かったですね。

 それでも全員合わせて二十人には満たない感じです。恐らく学内寮の仲間達も昨夜の打ち上げには参加したのでしょうし、泊まらず帰った人も多いのでしょうから、もしかしたら殆どの人が参加していたのでは無いでしょうか?

 そう考えるとちょっと残念な気持ちも芽生えてくるのですが、そんな気持ちに水を差すのが――


「う!? でぃ、ディジー……」

「あー、ディジーちゃんだぁ~」


 ……何ですかね!? 後ろめたそうに目を逸らしたり、呆れた様な笑いを浮かべたり。

 さぞや昨日は私をネタに盛り上がったに違い有りません。


 まぁ、今日の私には昨日の疲れも残っていますから、そんな事で怒ったりなんかしません。

 今日の私は一日ぼーっと過ごすと決めているのですよ!


 そんな私の決意を向こうに、バルトさんが気不味気な様子で状況を教えてくれました。


「あー、何だ? 報告に行ってみれば、儲けた金の遣い道は俺達の好きにすれば良いと諭されて、――後はそこの白板に書いた通りだな。

 ……確かに匂うか? 風呂に行くか……」


 バルトさんがお風呂へ行くと、何人も後に続いて部屋を出て行きます。

 何故か多目的室側に転がっていた人達に貴族組が多いですね。普通は仮眠室に入りそうなのに、仮眠室に居たのが貴族組以外というのは、何だかあべこべな感じがします。

 尤も、女の人は全員仮眠室でした。当然ですね。


「寮のベッドよりぐっすり眠れた……」


 出て行く人達からそんな言葉が漏れ聞こえてきますから、貴族組が使っていた間は遠慮していた貴族組では無い人達が、報告会の終わったここぞとばかりに泊まってみたって感じでしょうかね?


 鉄球を浮かせた私がお酒臭さを『浄化』し切る頃には、小厨房周りで侍女組の人達が、白板を衝立にフラウさんの身繕いも済ませてました。

 お酒臭くなる程に呑んでしまうのは男の人の方が多いのですかね? 女の人の中にもイクミさんやミーシャさんみたいにお風呂へ行った人は居ますけれど、涼しい顔してそれを見送るお嬢様然とした人はちゃんと居てました。


 私の印象ですと、フラウさんこそ涼しい顔をしたまま次々に盃を空けそうでしたけれど、しっかり淑女の礼を保ってます。

 付き従っている侍女組の人も澄まし顔ですから、こうなると見込んで夜の内にしっかり身辺を整えていたに違い有りません。


「それで、ディジーは昨日、どう過ごされてましたの?」


 なんて、すっかり手慣れてしまった侍女組の用意した軽食を、これも当たり前に摘まみながらフラウさんが私へと問い掛けます。

 お労しや……まぁ、学院生なんですから、これも早いか遅いかの違いでしか無いと思いましょう!

 貴族組とか関係無しに学院に泊まり込むのが有り触れた風景になってしまうのは、御実家からどう思われてしまうのかは分かりませんが、きっと王城だとかの就職先候補からは諸手を挙げて歓迎されるに違い有りません。


 それでネタにされるのが私の噂話というのには業腹ですけれど、何をネタにしていたのかは兎も角として、皆で盛り上がっていた時に首席が不在にしていた理由は説明しておくべきでしょうね。


「昨日と言うより、一昨日から北部王領域での依頼を受けていたのですよ」


 端的に説明すると、フラウさんが何故か慌てた様子を見せました。


「ちょ、ちょっと待って? 昨日、お見送りにはいらしたわよね?」


 ……つまり、私が朝に顔を見せたから、居る筈の私が何処にも居ないともしかして捜索されたりしていたのでしょうか?

 行き先掲示板にはちゃんと書いつもりですが、もしもそうならそれは悪い事をしてしまったかも知れません。


「パパッと戻って来て、お見送りだけしてパパッとまた行きましたよ?」

「……そうでしたわね。北部王領域と言われると距離感が合わなくて混乱しますけれど、ディジーには一っ飛びでしたわね」


 その一っ飛びが、今や空を飛ぶのでは無く、「通常空間倉庫」経由での移動になっていたりしますけどね。


「冒険者なのに、冒険らしい冒険が最近出来てませんでしたから、手応えの有りそうな依頼を見繕って受けてみたのですよ。……思っていたよりも手応えが有って疲れました」


 そんな事を言いながら、私もお茶を淹れて貰ってほっと一息。

 外は大分肌寒くなってきましたが、学院の中は程良く暖められていて快適です。

 いいですね。ぼーっと過ごすとは決めていましたけれど、実に優雅にぼーっと過ごせてしまえそうです。

 尤も、優雅な一時にはどうやらお喋りは欠かせない物みたいですね。


「冒険ねぇ。昨日はわたくし達も随分な冒険をした心持ちでしたわよ?」

「私の方は結構な冒険をした筈なのに、冒険した気がしないのですよ。何でですかね?」


 と言うよりも、フラウさんが自然といいタイミングで話題を振ってきている様な気がします。

 侯爵令嬢のお茶会スキルというものでしょうか?

 どうもその辺り、“前の”私は頼りになりませんから、感心する他は有りません。


 暫く、と言っても十日程度ですけれど、報告書に掛かり切りの貴族組の人達とは気の抜けた会話というのもしていませんでしたから、最近は何だかちょっと貴族組の人達との間にぎこちなさが有りました。

 でもそれが落ち着いた様子のフラウさんと二言三言言葉を重ねる内に、妙な緊張感と合わせて剥がれ落ちていきます。


 完全にフラウさんの侯爵令嬢スキルが、私に炸裂していますね。

 でも、悪い事では有りません。

 もふもふの毛皮敷やティーセットといった小道具なら私も用意出来ますけれど、私ではこんな居心地の良い雰囲気を作る事はきっと出来無いに違い無いのですから。


 なのに窺い見ると、どうも私の答えが思惑とは違ったのか、ちょっと唇を尖らして拗ねた様子のフラウさん。

 何でしょうね? どんな答えを期待していたのか分かりませんが、フラウさんがそんな表情をしていても、何故だかとても癒される感じがするのですよ。


 部屋の外での目付き鋭く凜然とした気高き侯爵令嬢の姿も中々ですが、お茶目なフラウさんはそれ以上です。

 それを知るのは、この部屋の仲間しか居ませんけどね♪


 本当の所を言うと、私達の部屋の仲間を纏めているのは、首席の私では無くバルトさんとフラウさんです。

 首席の役割は、それで拾い切れない貴族組以外の人の旗頭になる事くらいしか有りません。

 でもそれだけでは無くて、フィニアさんに、レヒカ達、スノウ、ピリカといい人達ばかりが集まったから、こんなに楽しく学院生活を送れるのでしょう。

 これが一年ずれていたらと考えると、この巡り合わせに感謝するしか有りませんよ。


 そんな事を考えていると、フラウさんが独り言の様に言いました。

 いえ、いけません。ここは感謝を込めて二人でお喋りを続けるのですよ。


「ふーん、ディジーはディジーでお仕事でしたのね。ちょっと色々言いたい事も有りましたけれど、間違いでも有りませんしもどかしいわね」

「?? ――私は危うく歪ディジーになっていたかも知れませんので、無事に戻って来れてほっとしてますね?」

「…………歪ディジー?」

「ええ。歪化作用の極めて強い場所でしたから、私の魔力まで気付かない内に侵食されているのを見付けた時は、思わず悲鳴を上げて雲の上まで飛んで逃げてしまいました」

「そ、それは大事おおごとなのでは無くて!? 洒落になってませんわよ!?」


 やれやれ参りましたよと、解決したからこそそんな気持ちで軽く告げた言葉でしたが、フラウさんが仰天して叫び声を上げてしまった為に、私達はわらわらと戻って来た仲間達に取り囲まれる事になったのです。


 それにしても、皆さんお風呂から戻って来るのが早いですね?

 もしかして、水だけ被って戻って来てたりしませんかね?

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