(31)躾。

 ガリガリガラリと煩く音を掻き鳴らす毛虫殺しに飛び付いて、直ぐ様黒毛虫の首から引き抜こうとしましたけれど、飛び出た棘が返しの様に引っ掛かっていて、中々引き抜く事が出来ません。

 棘はどうやら黒毛虫の体を貫いて下にまで飛び出ているのか、下に重なった黒毛虫達もすっかり萎びた様子です。

 黒毛虫達の血肉を啜って、この棘を生やしたのでしょうか。そしてその棘からまた、血肉を啜っているのでしょうか。

 血には鉄が宿るというのですから、有り得ない話では有りません。


「私に逆らうつもりですか!? ……僭越と知りなさい!」


 喩え私の手に因らず変容を遂げた物だとしても、私の刀に変わりは有りません。

 柄を手にすれば、私の魔力が変容したその隅々まで行き渡ります。

 ――っと、本当に棘が根を張る様に、三匹の黒毛虫を貫いていますね。

 でも、効果が無いとは言いませんけど、そういう技は私の趣味では有りません。


 いえ、これが赤蜂の針剣なら?

 針剣なら飛び出す刺々も有りかもと考えましたが、やっぱり毛虫殺しには似合わないのです。


 だから、お仕置きが必要なのです。

 『隠蔽』を掛けている時にも、カタカタ音を立てたりしました。

 血肉を啜って無分別に太ったりもしました。

 そして今、明らかに暴走しています。

 僭越が過ぎますね。少し甘やかし過ぎたのかも知れません。

 グディルさんにも宣言した通り、悪い子に成りそうなら躾ける事は大切なのですよ。


 そう思って、今度こそ毛虫殺しを引き抜きに掛かります。

 全身に未熟ながらも“気”を満たし、同時に魔力でも強化します。気と魔力が合わさって、私が上げる気炎は瑠璃色狼の炎に似て、しかし色は透き通る赤色です。

 毛虫殺しに通した魔力で、抗おうとする無数の棘を支配下に置いて、引き抜く動きを邪魔しない様にぐねりぐねりと棘の端まで操って。

 気合い諸共引き摺り出せば、――……まるで畑から作物を引き抜いた様に、細い根を未だ黒毛虫に埋める毛虫殺しが穫れました。

 二三歩後ろに下がって、そんな根っこも全て引き摺り出しました。


 毛虫殺しからは、混乱している気配を感じますけれど、これも全ては躾なのです。

 それより、こんなに根っこを生やして、本当のところ何をどうしようとしていたのでしょう? 私は鞭なんて使えませんよ?

 まぁ、私が鍛えた形を崩したその段階で、お仕置きからは逃れられないのですよ。

 こんなに醜く伸ばした根っこを、取り込もうとしたとでも言うのなら、是非とも取り込んで貰いましょう。

 尤も、今より僅かばかりにも太る事は不許可ですけどね。


 毛虫殺しに注ぎ込んだ私の魔力を、その捻じくれた棘の先まで押し込んで、その先端で「活力」に変えれば、あっという間に鋭く尖った棘の先のこと、金色の玉に熔けて棘の根元へと逆走ります。

 棘を全て呑み込んだ光球が、ベチャベチャと毛虫殺しの刀身に当たって、毛虫殺しを橙色の粘体で包み込みました。


 この高温の粘体が曲者です。


 私が打ち鍛えた鋼の真髄とは違う、魔鉄でも無い魔物の鉄です。

 黒毛虫の血肉に潜む鉄に、諸々の黒毛虫素材が濃密に融け込んだ魔性の鉄は、最早鉱物とはとても言えない代物です。

 それは、魔力を流せば鉄をも斬るという剣螂ソードマンティスの前肢の様に。

 地に伏せて、背負う様にした時にだけ、無謬の堅牢さを発揮する黒亀の甲羅の様に。

 魔物素材は通常素材では量れない性質を持っているのです。時に思いも寄らぬ形で、並の素材を凌駕するのですから、この魔物の鉄が普通の鉄で有る筈が有りません。


 まぁ、魔物素材と言いながら、鬼族でも闇族でも歪族でも無い生き物の素材だったりする事も多いのですけどね。

 魔の領域で生きた生き物達の、魔力や生命の結晶なのですから、同じではそれこそ困ってしまいますが。私だって、これだけの魔物の鉄を手に入れたのが今みたいな状況で無ければ、嬉々として鎚を振るって鍛冶に勤しんでいたに違い無いのです。

 ですが、本格的な鍛冶も出来ないこんな場所では、鉄を越えて扱いも難しいと分かっているこの粘体は、余計なばかりのお邪魔虫なのでした。


 ふっ、と意識を重く集中させます。

 『隠蔽』している時の、自分の気配を薄く軽く霧消させるのとは真逆の在り方。

 今この一時だけ、私は振り下ろされる鎚と成ります。


 毛虫殺しの内側からは、「引力」の力で全てを引き込み、

 毛虫殺しの外側からは、単純な魔力の圧力に、「斥力」も合わせて全てを押し込み、

 「流れ」をぶつけ、“気”をも纏わせ、全てを押し潰さんとばかりに唯々力を込めていきます。


 ギシギシと音を立てても赦しはしません。

 ミチミチと軋みを上げても緩めはしません。


「そんなに私の鍛えた形は気に入りませんでしたか?」


 刀を振るうのは振るい手なのです。

 得物に合わせて扱いを変える人も居るかも知れませんが、その人に合わせてあつらえた得物に手を入れるのは、それこそ手入れの時か、体格が変わった時、得物の扱いを変えた時くらいしか有りません。

 いつだって、振るい手が選ぶものなのです。


 まぁ、形を変えるのはそれが魔物素材の装備の特徴だと言うのかも知れませんけれど、こと私が鍛えた刀に限っては、私が絶対的上位者なのです。

 いいえ、そうで無くてはならないのですよ。


 鍛冶師としての矜恃としても、コルリスの酒場で教えられた冒険者の心得としても、こればかりは譲れないのです。

 得物に振り回されるのは戴けません。得物を振り回すのも駄目です。得物を振るうのが一人前というものです。

 酒ならば、人が飲んでる内は通。酒が酒を飲む様に成れば半人前。酒に呑まれるのは愚か者。そういうものですよね?

 自分勝手に振る舞う毛虫殺しは、私を愚か者にしようとしているのですよ。


「私の手から離れたくなったのですか?」


 そんな憤りも込めて、再びそう声を掛けながら力を強めたのですけれど……。


 毛虫殺しからのいらえが有りません。

 混乱して感情を撒き散らしていた筈なのに、今は全く毛虫殺しの感情が聞こえません。

 緩める訳では有りませんけれど、ギチギチと締め付けるのに向けていた意識を、今少し毛虫殺しに向けてみれば、聞こえてくるのは小さな小さな囁きの様な想いです。


 泣いています。

 毛虫殺しが泣いているのを感じます。

 哭いているのでは無く、泣いているのです。

 そんな気配を感じるのです。


 良かれと思って為した事を、責められた幼子の様です。

 立ち向かう事も出来ずに、啜り泣く子供の様です。

 ふと思い出すのは、泣く事も出来なかった嘗ての私。

 泣けるだけ、毛虫殺しは幸せなのだと思ってもいいのでしょうか。


 でも、本当なら、毛虫殺しが泣く様な事なんて、何も無いと思うのですよ?


 誰しも、その手に合った得物の形というものが有ります。

 私にとって、それは私が打ち上げた毛虫殺しの形でした。

 冒険者に成ることを夢見ていた時から、何度も握りの形を調整し、刃の長さもバランスも、全てを練り上げて創り上げた形なのです。

 瑠璃色狼も理想では有りますけれど、それはいつかの私にとっての理想です。今の私には、少し手に余るのも自覚している話なのです。


 ですから、今の私に一番理想的な刃は、私が打ち上げたままの毛虫殺しの他には無いのです。

 それを誇りに己を研ぎ澄ませればいいところを、安易におかしな方法で力を求める必要は無かったのです。


 まぁ、何となく分かります。

 冒険者協会に屯する、若い冒険者に有り勝ちな事です。

 振るうならば強い剣。強い剣と言えば大きな剣。大きく重い猛勇の剣。見るだけで圧倒される豪猛なる剣。


 振るえるものなら振るってみよ、とも思うのですが、そういった冒険者の振る舞いは、只単に背負って歩いているだけの様子でも、剣の重さに流される様なぎこちなさが有りました。

 私も人の事を言えたものでは無いのですけれどね。鍛冶を始めた初めの頃、手に合わない大槌を手に取ったのは痛い思い出です。

 身の丈に合わずとも、武器なら振るえば敵を斃す事も出来ましょうが、合わない道具で造られた品は、言い訳の一つも許さずゆがみ捻じくれ割れて欠けます。

 自分に合った道具を求めて、何度私の鎚も造り直したものか自分でも憶えていません。

 手に馴染むかどうかは、とてもとても大切な事なのです。


 その形から自ら外れようとする事。それは私の下を離れたいという意思表示でしか無いと思ったのですけれど――


 伝わってくる、瑠璃色狼への嫉妬の感情。

 大毛虫の首を掻き斬るにも足りない刀身への焦り。

 それに加えて、何だかよく分からない焚き付ける様な圧力が、波打つ様に加えられて訳が分からなくなっての最後の暴走だったのだと、啜り泣く感情が伝えてきます。


 ……瑠璃色狼は、そろそろ扱えるでしょうかと思いながら、はっちゃけちゃったのは確かです。

 短い刀身故の不安を抱かせてしまったのも、私の至らなさというものでしょうか。

 波打つ様な圧力……回復薬に加えていた「活性化」の実験ですかね?

 どうにも毛虫殺しばかりを責める訳には行きません。


 正直、拍子抜けしたところも有りました。

 私自身、毛虫殺しが離反する予感に、焦りを感じていたところが有りましたけれど、気が削がれてしまいました。

 どうやら毛虫殺しは、私の手を離れ狂い刀に成り下がったという訳では無くて、今もまだ私の毛虫殺しで在る事には変わりは無い様です。

 途切れ途切れに伝わる意思からは、役に立ちたかったという感情が読み取れるのです。

 やり方はどうあれ、健気です。


 どうやら私も気持ちを改める必要が有る様です。


 少しばかりの気不味い想いに、驚きと、安堵と、愛おしさにも似た気持ち。

 ですが、手を緩める事は出来ません。

 思惑はどうであっても、太ってしまったのは事実なのですから。


 既に毛虫殺しの一部と化している体を削ってしまうのも論外ならば、割り取って小刀を作っても、既に毛虫殺しが有るのですから出番なんて有りません。

 そんな状況では、何とかしてでも無理を通す外には有りません。


「気持ちは分かりましたが、やり方がお粗末ですよ。何より私の刀で有るのに、私の意向を無視しているのが戴けません。……無意味に大きな刀は、扱いが難しくなるだけです。【妖刀】毛虫殺しはそのままが一番なのです。為出しでかしたことは、自分で何とかするのです」


 口にしたその時の私は、きっと微妙な表情をしていた事でしょう。

 瑠璃色狼への反省にも聞こえる言い口でも有れば、子に言い聞かせている風でも有りますが、自分の為出かした事を余所に置いて毛虫殺しだけに責任を負わせている様な気持ちがしたからです。

 でも、私に出来る事は限られているので、やれる事をやるだけでは有るのですけれどね。

 後は無言で、私は毛虫殺しに圧力を掛け続けました。


 ですが、まぁ、押し込んだからと言って、鉄が縮む筈が有りません。

 それでも執拗に力を掛け続けたのは、何かしら予感めいたものを感じていたのでしょうか。

 変化が現れたのは、圧力を掛けるのと併せて「活性化」を試みた時からです。

 それまで、丸でびくともしない金床に毛虫殺しを押し付けている様な心持ちだったのが、じわりと沈み込む様な手応えを感じる様になってきたのです。


 それを感じた私は、魔力で加える圧力はそのままに、より強く「活性化」を掛ける事にしたのです。

 「流れ」や「引力」「斥力」を用いて圧力を掛けても、正直素直に魔力を押し付けるより効果が有る様には感じませんでしたので、それらをやめてただ魔力でぎちぎちと締め上げる様にしてからは、寧ろ密度も圧力も却って増した様な気がします。

 高圧の魔力と極限まで高めた「活性化」。それに加えて恐らく毛虫殺し自身の意思と、毛虫殺しを支配する私の心が、その時一つに重なったのです。


 毛虫殺しを太らせていた魔物の鉄が、ずぶりと毛虫殺しの中に沈み込むのを、私はしっかり感じたのでした。




『ぬぉっ! 何をしたんじゃっ!?』

『お? どうしたよ、“鍛冶の”』

『今、無理矢理刀のランクを引き上げよったぞ!?』

『ほほー! ふむー、どれどれ…………んお?』

『何じゃ!? どうしたっ!?』

『んむ? ……んん?? “司書の”、何かしたか?』

『え? 何ですか? 何もしてませんよ??』

『ええい、勿体振らんと、早う言えい!』

『ふむー……説明書きを見てみるが良い』

『ええ!? 何ですか、もう。えーと、「ランクA【刻鬼刀】怪蟲獄髏屍けむしごろし 採取ナイフとして生まれしは仮の姿。我こそは偉大なる主の手に因り魂を与えられたケム死の化身。大いなる闇の運命さだめ。必殺の毛虫殺し。主と共にケムの死を積み上げる者。其処の所、夜露死苦、なのデスよ!」…………え?』

『…………は?』

『ふむー……』




 何かが起ころうとしていた事に、その時の私は少しも気が付く事は有りませんでした。

 ただ、予感とも言えない無茶振りに、解決を見出せた事にほっと安堵していたのです。


 それと同時に、私の毛虫殺しも再び安定した様子を見せ始めていました。

 最近の焦った様な不安定さが皆無です。

 ただ、それが一仕事壁を乗り越えて、満足している子供の様に見えるのが、らしいと言えばらしいのですけれど。

 ええい! 私は子供では有りませんよ!? ――なんて、自分の身に還って来そうですけれど、全く、誰に似たものかと思ってしまうのですよ。


 最後に押し込めた私の魔力に、呻きながらも毛虫殺しから伝わってきた感情は、唯々私の役に立ちたいという一心でした。

 それではもう、私は怒る事なんて出来ないのです。


 何処か状況に酔っている様にも見える毛虫殺しは、今はもう棘を生やしていた一瞬前の事なんて、欠片も感じさせません。私の鍛えた刃の輝きに上乗せする様に、怪しげな張り詰めた輝きを宿しています。

 これからは、毛虫の血肉を啜ったとしても、無意味に太る事は無いでしょう。

 まるでランクが上がったとでも言う様に、艶めかしさすら感じさせ始めた毛虫殺しには、それを信じさせる落ち着きが有りました。


 ならば、私もそれに応えなければなりません。

 毛虫殺しに心配させることの無い様、余裕を残して毛虫を狩れる所を見せ付ける必要が有りました。


 そう思って、魔力も気も充分に込めた一撃の特訓を始めたのですけれど……。


「…………そんなに私が信用出来ないのでしょうか?」


 魔力と“気”を込めた一撃は、初めの内こそ黒い炎を噴き上げるばかりでしたが、あれからまた二匹三匹と黒毛虫を仕留める内に、刀を振るうその瞬間に僅かに毛虫殺しが刀身を伸ばしているのを感じる様になりました。

 そんな私が浮かべた疑問に対して、ぶんぶんと横に首を降る毛虫殺しの感情も流れ込んで来るのですから、穿ち過ぎでは有ったのでしょうけれど。


 ですがこれは困りものです……なんて言いたいのですが、今のところ問題は生じていません。

 それどころか、少しばかり毛虫退治が楽になっているのも事実です。

 どうやら黒毛虫よりも毛虫殺しの方がずっと格上に座しているのか、それとも刃で斬る前に纏う気炎が斬り裂いているのか、懸念していたなまくらの弊害が表に現れません。

 それに、振り切る瞬間、一瞬刀身が伸びても、次の瞬間には毛虫殺しが頑張って引っ込めているので、取り回しにも難が出る様な事になっていません。


 何と言っても、毛虫殺しから伝わる感情が、丸で食べ過ぎに苦しむ阿呆の子です。

 毛虫殺しに力を込めて振るう度に、漏れてはいけない何かをこらえて、ぐふぅと呻きを上げています。

 ちょっと、責める事が出来ません。


「毛虫特化に鍛えた分だけ、多少なまくらでも通じてしまうのでしょうかねぇ? でも、なまくらで有る事を知りながら、何もせずにいるのは鍛冶師としても名折れです。

 ……街に戻れば打ち直しの鍛え直しです。ですが今でも、焼き入れくらいはしてしまえますかね?」


 そんな言葉を聞いて、毛虫殺しが、フシャー! と、草原猫の様な反応をしましたけれど、威嚇している訳では有りません。

 妙な興奮の仕方をしないで欲しいものです。


「自在にやいばを出し入れ出来るのでしたら、鎚や槍に鍋釜までも毛虫殺しに任せたいところですけれど、毛虫以外の相手をさせるのは、毛虫殺しの理念に反してしまいますからね。ここは他は気にせずともいいので、毛虫のことは任せましたよ?」


 こればかりは本気で残念なところが有りますけれど、毛虫特化の祝福を失う位なら、多少の不便は仕方有りません。

 まぁ、そんな無茶振りを考えてしまったのも、今の私が毛虫殺しに瑠璃色狼、鎚に鍋に折り畳んだ六尺棒とを身に着けて、ちょっとばかし置いてけ森の盗賊の様な姿になってしまっているからでしょうか。世に聞く剣槍蒐集家のハギムの様と言ってもいいかも知れませんが、こんな調子で得物が増えていくと、どんどん身軽な冒険者からは遠退くばかりです。

 海魔の水衣や毛虫の蔕と同じ様に鉄を自在に変形させられたなら、計り知れない恩恵が齎される事でしょう。まずは荷物が減りますね。それに色々な状況にその場で対応出来る様にもなりますね。

 今でも似た様な事は出来ますが、鉄を鋳熔かして形を造り替えるのには、結構な時間と魔力が必要なのですよ。

 毛虫殺しがその刀身を伸ばす様には行きません。


 尤も、毛虫の鍋で煮炊きした料理を食べようという気には成れないので、やはり毛虫殺しに求める事では無いのでしょうけれど。

 毛虫殺しに頼らずに魔物の鉄を集めるなら、豊穣の森の魔獣達をそれだけ血祭りに上げなければならないのでしょうけれど、砂鉄を集めるよりも遙かに苦労しそうです。


 それにしても、少しばかり後ろめたさを漂わせる毛虫殺しは、今やどれだけの物事を考えているのでしょう。

 今は感情ばかりが伝わってくるだけですが、お喋りし始めるのもそう遠い未来の話では無い様な気がするのは、気の所為でしょうか。

 いいえ、既に毛虫殺しは暴走に近くとも、一度は私の手に因らない自分の意思を示したのです。

 喋る口を付けるだけで、話し掛けてくる様な気がしますよ?


 そんな私の予感を裏付ける様に、私が促せば毛虫殺しはその身の内に納めた魔物の鉄をやいばの形に伸ばします。

 元の刀の形に悪影響が出ない様に、鞘の様に周りを覆った剣姿では有りますけれど、そこにも私とは違う個性があらわれています。


 私ならば、鞘や魔石色の筋には手の込んだ装飾を入れても、刀の形其の物はシンプルに仕上げるでしょう。

 すっきりとした剣姿妍姿こそが、得物にとっての美しさです。

 ですが、毛虫殺しが理想とするのは、形からして装飾過多に、炎か何かをかたどった、見るからに禍々しい姿です。

 そこにギャリギャリと魔力で打ち上げて、簡易に焼き入れを施します。

 街へ帰る迄だけの姿ですので、今は見逃しますけれど、やっぱり振るい手の事を考えていません。

 まぁ、毛虫殺しは刀なので、振るい手がどう扱うかを理解出来なくても仕方が無いのかも知れませんけれどね。


 『隠蔽』は切らさず、目に付いた薬草は採取して、覚えた「活性化」で回復薬の研究を続けながら、視界を横切る毛虫達はみなごろし

 そんな事を繰り返す度に、魔物の鉄の剣先は伸びて、到頭私の身長に届きそうになった頃に、行く先から遠く木々の薙ぎ倒される音が聞こえてきました。


 実験を続けた回復薬は、「活性化」で消費期限を延長したバーナさん製が一本に、マール草を使った特製傷薬を「活性化」して作った特製品が一本、特製品に更に黄蜂蜜を加えて「活性化」したら黄金色の輝きを宿す様に成った謎回復薬が一本です。

 特製品は味見をして問題ないことを確認していますけれど、謎回復薬は試してもいない謎薬です。試してみるには覚悟が必要でした。


 今や黒毛虫も危な気無く退治出来ている私ですが、それもこれも『隠蔽』有っての事です。初めから暴れられていたなら、きっと近付く事も出来ません。

 木々を薙ぎ倒す毛虫となっては、流石に相手に成らないでしょう。

 強く「活性化」して効果も高いと思われる回復薬ですが、正体不明な物も合わせて三本ばかりでは、何かが起きた時には間に合わないかも知れません。


 暴力の気配にそんな不安を抱えながら、まだその毛虫の姿も見えていないのに、嘗て無く体も意識も研ぎ澄まされていきます。

 ですがぼうっと待っているのは下策です。取り急ぎ私は地面を蹴って、手近な木の上へと跳ね上がったのでした。

 黒い魔力と蜘蛛の巣の様な歪が満ちる昏い森の中よりも、木の上からの方が状況が掴めると考えたからです。


 そして木の上に登った時、私が目にしたのは、思ったよりも近くでかしいでいく木々の姿でした。

 見てみれば、更にその向こうに、今迄も倒れていたのだと言う様に、木々の間隙が道の様に奥地へと続いています。

 どうやら、黒い魔力と蜘蛛の巣な歪みは、光だけでは無く音も随分と遮っていた様です。


 そして、その倒れる木の根元を走る影。


「――……置いて……行け……」

「出来るわきゃ、ねぇーだろー、がぁ!!」


 微かに聞こえる声が、捜し者の無事を私に伝えてきたのでした。

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