幕間その1 冒険者の基盤固め
(36)もっとよく見て下さい!! もっとですよ!!!!
なんて、そんな物語本が本当に発刊されてしまったなら、どうしようとも思いますけれど。
名誉に思えばいいのか、それとも引き籠もればいいのか。
まぁ、私の場合、目の前に居ようが引き籠もろうが、気が付いて貰えないのは同じですけれどね。
……いえ、そう言えば、今の私は気が付いて貰えています?
もしかして、今の私は『隠蔽』が切れている状態なのでしょうか。
それは大変です! 直ぐに冒険者協会へ行って、『識別』して貰わなければ成りません!
「討伐に、成功したのだな!」
しかし、見る間に表情を厳めしい大将軍への顔へと変えていく領主様に、辞去を申し出る事も出来ません。
そんな事を考えていたのですけれど――
「うむ! 十日後に功労者の褒賞を執り行おうぞ!! 併せて生誕祭を開催するぞ!! 街の者は祭りの準備じゃ! 冒険者は十日後迄に鬼族の残党を掃討せい! それ迄は城からも寸志を出そう! さあ! 気張れ気張れ!! 広報官は
街の住人は抱き合って喜び、冒険者達は雄叫びを上げます。
ええ、いい領主様です。好きになってしまいそうですよ?
でも、残念。いい
けれども、御陰で私は十日後迄は自由の身。今だって、さようならをしても大丈夫に成りました。
「ガズンさん、お先に上がってしまいますね? 今なら冒険者協会で『識別』して貰えそうなのですよ!」
竜毛虫の頭の上から覗き込んで、私はガズンさんに
「ああ!? ちょっと待てって――」
ガズンさんが引き留める間にも、背負い鞄を背負った私は竜毛虫の頭を蹴って、宙に向かって飛び立ちました。
きっと、私を『識別』出来る時なんて、然う然う巡って来るとも思えないのですから。
「だぁー! この頭はどうすんだよ!?」
「速いねぇ~。空を飛んでももう何も思わないねぇ。おや?
「
「気持ちは分からなくも無いが……あーったく! ディジーは『鍛冶』もやるから、売っ払っていいもんか分からねぇぞ!?」
「まぁ、のんびり待とうぜ? どうせ解体の仕方も分からん獲物だ。知ってそうなのは、そらそこの領主様くらいのもんだろうさ」
「うむ、よくやってくれたな、ガズンガル」
「お! これはライクォラス将軍。いやぁ、これは俺じゃあ無いんですわ。今日はもう何度説明したか分かりませんが、俺達は助けられた方なんですな」
「何じゃと? お主以上の豪傑がまだ居たというのか!?」
「豪も豪、見ての通り、只一撃で
「何と! ――うむ? その名には聞き覚えが有るぞ?」
「よっし! お前らも聞いて行けや! 俺らがどんな馬鹿をして、森の奥で死ぬところだったのかを! そこへ現れたディジーリアが、どうやっていとも
私が居なくなったその後で、そんな会話がされていたなんて、私は知りませんでした。
何ですかね? ガズンさんは私の居ない所では私のことをディジーと呼んでいるのでしょうか?
ですが、これは全て後で私が聞いた話。
その時の私は、ただ
空へと魔力の腕を伸ばし、そこで宙を掴んでは体ごと引き上げる。この宙を掴むというところが、何とも反則的ですけれど、慣れるととても便利なのでした。
『根源魔術』の「流れ」を使っても同じ事が出来そうですけれど、不思議と「流れ」だけでは浮く事は出来ません。びゅうびゅうと体の周りを風が吹き過ぎていくばかりなのです。
名前を付けるなら「空間」の力? まぁ、名前を付けるのはいいですけれど、あまりそれで名前に拘ると、本来持っているその力の可能性だとかそういうものを見逃してしまう様な気もして、まぁ、別に何でもいいかとも思うのです。
その「空間」と「流れ」を一緒に使えば、ぶら下がるのでは無くて、ぞりぞりと宙を移動出来る様な気もしますので、いずれ「飛行」とかそんな力に繋がる力なのかも知れませんけれど。
ですが、今はそんな力は使えません。なら、私は今の私に出来る全力で、只々進むだけなのです。
でも、まぁ、張り切って空に飛び出したのはやり過ぎだったかも知れません。
表通りから裏通りに入るのに、近道と言えば近道ですけど、他人の家の上を飛び越える時のあの気まずさと来たら……。
整えられた道なら走った方が早そうでしたので、今は裏道から更に外れへと回って農園地区との
普段の賑わいなら表通りも走る事は出来たのでしょうが、興奮した人達は次にどういう動きをするかが分からないから危なくて危なくて、表通りは今は大騒ぎでとても走れないのです。
幸い農園との境の道には人影が無く、全力で疾走する事が出来ています。
農園を渡る風もそれはそれで気持ちいいのでしょうけれど、今は私が走る勢いで暴風が叩きつけてきていますね。
それを魔力で逸らした隙間に体を放り込む様にして、どんどん加速していくのです。
たったかたったか走り続けて、辿り着いたリダお姉さん達の宿からは、今度は細い路地裏を冒険者協会へと駆け上がり、冒険者協会の裏手を回って、開きっ放しの正面扉から飛び込んだのでした。
冒険者協会の中は、いつも通りの朝の騒がしさで、まだ竜毛虫の討伐は此処まで噂も伝わっていない様です。
南門から入れば、冒険者協会までも近いのですけれど、私達のパレードを見た人は皆付いて来るか北門へと走ったかしたのかも知れません。
急いでリダお姉さんを探しますけど、見当たりません――って、居ましたよ!? いつも通り受付に座っているのに、大人しく俯いていたので分かりませんでしたよ!?
私は直ぐ様、リダお姉さんの受付へと駆け寄るのでした。
「リダお姉さん! 『識別』して下さい!! ほら! 早く! 早くっ!」
リダお姉さんの前で飛び跳ねていると、漸くリダお姉さんが顔を上げて私に気が付きました。
そんな丸で私に気が付いていなかった様な反応は、『隠蔽』が解けてこれから『識別』して貰おうという私に、とても失礼だと思うのです。
ですが、それも『識別』さえして貰えれば、赦せるというものです。
「ほら! 『識別』ですよ!! ほら! 早くぅ!!」
今にも『隠蔽』が復活してしまうのではないかと思うと、焦りも募るというものです。
「え? え? ディジー? 『識別』? 『識別』ね?」
丸で頭の働いていない様子のリダお姉さんですけれど、『識別』してくれるなら文句は有りません。
それにしても、『識別』には他の神様技能の様な、球に成ってから消え失せる魔力の流れが有りませんね? それとも気が付かないくらいに少ない魔力しか使ってないのでしょうか?
体の外に効果を及ぼすものと、体の内側に効果を及ぼすものの違いなのかも知れませんけれど、あの奇妙な魔力の変化が必須で無いなら、私にも使えて良いのにと思うのですけれど。
デリラの街の学園では、私の様に神様技能が発動しない人への指導の仕方を知っている教師は居なくて、自学で何とかするしか無いと諦めていたところも有るのですけれど、若しかしたら王都の学園なら何とか出来るのでしょうか?
そんなことを考えながら、私は『識別』の結果を待つのでした。
「…………駄目よ、見えないわ?」
でも、そんなリダお姉さんの言葉に目を見張ります。
「そんな筈は有りませんよ! 今は私の『隠蔽』が切れている筈なのです! もっと良く見て下さい! もっとですよ!!」
またリダお姉さんが集中した様子を見せますけれど、何時になく悄然とした様子で横に首を振りました。
どう言う事でしょう? もしかして、走って来る間にも、『隠蔽』が復活してしまったのでしょうか。
愕然としていると、冒険者協会の中に居たらしいドルムさんが近付いて来ました。
「おう、何だ? 騒がしいと思ったらじーさんか。というか、何だか
少し語気を強めるドルムさんでしたが、その時私は閃いてしまったのです。
そっとドルムさんの右手を掴んで私の右の腰に、左手を左の腰へと導きます。
背中越しにドルムさんを見上げると、こくこくと頷きました。
「さぁ! 今度こそちゃんと『識別』して下さいよ! ――ドルムさん! やって下さい!」
何だ何だと目を丸くしていたドルムさんでしたが、私が軽く体を揺り動かすと、何を求められているのかに気が付いたのでしょう。
私を軽く持ち上げて、そこでガクガクと私の体を揺さぶります。
「さぁ、あ、あ、あ、あ、あ! 今、で、す、よ、お、お、お、お!」
ガクガクと揺れる視界の中で、私はまたもリダお姉さんが集中し、そしてその集中を解くのを見ました。
私を揺さ振るのを止めてにやっと笑ったドルムさんと、二人でリダお姉さんを見守ります。
「だ、駄目よ!? 見えないわよお!?」
何と言うことでしょう!?
私はドルムさんに掴まえられたまま、手足をじたばたと動かし、もっと激しくする様に促します。
首までガクガクする中で、何とか言葉を発しました。
「コ! ン! ド! コ! ソ! ハ! ハ! ヤ! ク! デ! ス! ヨ!!」
声が裏返ってしまうのは仕方が有りません。
ですが答えは無情だったのです。
「駄目、駄目、駄目なのよお~!! ディジーはあたしじゃ『識別』出来ないわ~!!」
リダお姉さんの目にも涙が光っています。
でも、今を逃せばきっと機会は有りません。
むむむ、とこちらも焦って頭を悩ませている私を下ろしながら、ドルムさんがぼやきます。
「だぁ~~! 疲れた! じーさん、もう諦めろって」
諦める事など出来る筈が有りません!
そもそも、どうして『隠蔽』で『識別』出来ないなんて事になっているのでしょう。
喩えそれが神様技能だったとしても、何かから私の情報を得ている筈なのです。
私の姿を捉える事が出来るかどうかでしたなら、リダお姉さんは既に私に気が付いていますので、きっとこれは違います。
錬金術屋のバーナさんや脳筋ライラ姫様が魔力を垂れ流しにしていた事から、魔力の可能性が高いです。
“気”は、私も最近使える様に成ったばかりで、それまでは街の人達とも変わりが無いと思いますので、きっとこれも違いますね。
“気”を当てられた事は無いのでその時どうなるのかは分かりませんが、思えば魔力を漲らせていたバーナさんも、意気揚々としたライラ姫様も、随分くっきりはっきり眩い程の存在感を示していました。
そんな存在感から情報を読み取るのだとすれば、魔力を漏らさない私を識別出来ないのも頷けます。
つまりは、リダお姉さんに、私の魔力を当てればいいのですよ!
――と、そんなことを思い付いていた私は、次の瞬間後ろに居たドルムさんに、引っ手繰られる様に羽交い締めにされていました。
「何考えてんだじーさん!?」
「『識別』するのに私の魔力を感じないといけないのならと、魔力を当ててみただけですよ!?」
「だぁー! それは『魂縛』だ! 金縛りを引き起こす技能だぞ!」
そんな私が見ている前で、リダお姉さんが受け付けの机に倒れ伏してしまったのです。
「ああっ!! リダお姉さん!! リダお姉さんっ!!」
私達の騒ぎに冒険者や協会の職員達が集まっていた事も有って、直ぐにリダお姉さんは職員達に介抱されています。
「うう……」と呻いていますので、きっと無事なのでしょう。大事にはなっていないと信じたいところです。
「おう! 済まんな! ちょっとこいつの頭を冷やさせてくるわ!」
「ああーーっ!! お姉さーん!! お姉さーんっ!!」
私はドルムさんに担ぎ上げられて、冒険者協会から追い出される事になるのでした。
「それにしても、『識別』が通じないのは分かっているだろうに、何だって今日に限って諦めの悪い」
ドルムさんの肩に担がれて、その背中に両手を突いて遠ざかっていく冒険者協会を見送ります。
嗚呼、リダお姉さんは無事なのでしょうか。
「毛虫の親玉を討伐して、ガズンさん達と街に帰って来たのですけど、その時いつもは気が付かない人達まで、私をしっかり見付けてくれたので、『隠蔽』が切れていると思ったのですよ」
それを聞くと、ドルムさんがぴたりと足を止めました。
くるりと踵を返して言います。
「それを早く言えって!」
冒険者協会まで小走りで戻ったドルムさんが、入り口直ぐから大声で伝えます。
「ガズンらが戻って来たそうだぜ! 守護者が斃されたなんて話も有るから、ちょいと見てくるわ!」
途端に騒がしくなる冒険者協会ですが、私は後ろ向きなので見えません。
再びドルムさんが振り返った時に、頭を振りながら応対しているリダお姉さんを見て、私はほっと息を吐きました。
ドルムさんが走ります。
ドルムさんの肩が当たって、ぐっぐっぐっと、お腹に来ます。
後ろ向きの視界の中で、冒険者協会から飛び出してくる冒険者達の姿が見えます。
「で、何処なんだ!?」
知らずに走り始めていたのでしょうか。結構うっかりなドルムさんです。
「北門直ぐですよ!」
それを聞いて、ドルムさんが足を速めます。
ぴょんぴょん跳ねる視界の中で、追い掛けてくる冒険者達に手を振ります。
何故か顔を顰めて手を振り上げられました。
顔に手をやって、うにょ~、と頬を引き延ばして変な顔をしてみましたら、顔を歪めた冒険者が足を速めようとして転びました。
いけませんねぇ。運動不足に違い有りません。
「うお! 本当だな、人集りが出来てやがる」
大通りまで出た所で、ドルムさんが遠い北門を望んで口にしました。
胡麻粒以下にしか見えないでしょうけれど、それでも集まっている事くらいは見えるのでしょう。
ま、後ろを向いている私には関係有りませんけどね。
大通りを駆け下りるドルムさんの肩の上で、更に激しく揺さ振られながら、少しずつ遠ざかる冒険者達に向けて変な顔を披露します。
うに~……。
ふに~……。
にょは~……。
うね~……。
投げ付けられる罵声は勢いを増すばかりですけれど、ドルムさんとの距離は開くばかりです。
「……おい、じーさん。先から何やってんだ?」
「『隠蔽』が効いているかの確認ですよ? 『隠蔽』は外れていると思うのですよ!」
「そりゃ、俺に揺さ振られている様な状態だからじゃねーか?」
「おお!!」
言われてみればその通り。無駄な挑発をしてしまった様ですね。
「大体、そんなに大事な技能なら、他に頼ろうってーのが間違ってらーな」
「…………それは、まぁ、理解しました。リダお姉さんで駄目なら、自力で何とかするしか無いのですけれど……いえ、違いますね。自力で出来るものなら何とか頑張れるのですけれど、『識別』は自力じゃ難しいっぽいので難儀しているのですよ」
「はぁ?」
「ほら、技能って、自力で何とかするものと、神様に魔力を捧げて何とかして貰うものが有るみたいですけれど、神様が何処に居るのか、神様にどうやって魔力を捧げればいいのか分からないので、神様技能は私には発動出来ないのですよ。『識別』って、神様に教えて貰いでもしない限り分からない事を知る為の技能ですから、神様技能ですよね?」
「……『儀式魔法』の事を言ってんのか? 何処? ……何処!? ……言われてみれば、考えたこたねぇなぁ」
「他の人が使っているのを見ていても、球に集まった魔力が突然消え失せるので、何処に魔力を捧げているかなんて全然分かりませんよ。……まぁ、手応えが無い訳でも無いのですけれど、直ぐには出来ない事ですし、上手く行くかも分からないです」
「ま、取っ掛かりを見付けているなら、試してみるしか無いんじゃねぇか?」
そう言われても、私は溜め息を吐くばかりなのでした。
大猪鹿を追い立てたあの雷は、私の引き起こした神様技能の力によるものに違い有りません。
ですけど、あれを再現する為には、私自身が神様的な何かを感じられる様な、そんな状況を作り上げないといけないのです。
それを一体どうすればいいのか、私にはまだまだ分からないのでした。
遠く離れていく冒険者達を見送り、時折手を振る街の人達に手を振り返しながら、そんなこんなで丘からの下り道を駆け下りて、私を抱えたドルムさんが北門前まで辿り着くと、そこではガズンさんによる冒険譚の御披露目が行われていました。
「――でだ、この特別製の回復薬が物凄かった。体の奥底から溢れるばかりに力が湧いてきて、
「あたしゃ、あのディジーは暗黒地帯から遊びに出て来た
「俺らは森で毛虫を潰していると言っているディジーリアしか知らないからな。ふ……これはもう、笑うしか出来んぜ」
それを聞きつけて、ドルムさんがぎょっとした様に私を抱え直しました。
「おいおい、じーさんが守護者を斃したってーのか!?」
「毛虫の親玉ですよ?」
何度かガズンさん達の話題にも上っているので、成る程あれが守護者ですかとも思うのですけれど、今一つ実感が湧きません。昏い森の奥地には、あんな毛虫が闊歩しているのだと言われた方が、納得が出来そうです。
「おう! じーさん戻って来たな! で、どうだったんだ?」
「もう! 分かっていて聞いていますね!」
「うははははは! まぁ、じーさんと合流するまでは話しといたぜ! 今度はじーさんの話を聞かせてくれや!」
「……もう、仕方が無いですねぇ」
ドルムさんに下ろされた私は、ぴょんと竜毛虫の頭の上へと跳び上がります。
そして、私の冒険譚の御披露目が始まるのでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます