(35)街への凱旋なのですよ!

 次の日は、朝から大仕事が待っていました。

 竜毛虫の解体に、荷運び用の荷車の組み立て。普通なら一日仕事になるところですが、そこは流石のガズンさん達、見る間に全てが片付いていきます。


「……なんか、やけに軽くれる様な……」

「一日経ってんだから、脆くなってるのかもだぜ?」


 荷車に使う木は、竜毛虫が薙ぎ倒した物が幾らでも有りました。当然こっそり魔力を抜いて、加工もし易く手を入れています。

 昏い森の木々からは暗緑色の魔石擬きが出来ましたので、採取ナイフの三代目か、剥ぎ取りナイフの植物用でも造りたいところです。

 もしかすると、斧や鋸に植物の魔石擬きを叩き込めば、態々木の魔力を抜かなくてもさくさくれる道具が出来上がるかも知れません。


 ですが、今はそんな物が無くても、ガズンさんとククさんの手に依り、瞬く間に倒木が木材へと形を変えていくのです。


「本当に、妖精シーじゃないんだねぇ……」


 ダニールさんは随分とメルヘンな人だった様です。

 正直、私は目の前に妖精が出て来たとしても、そうそう信じる事は出来ません。森狼ならまた別ですけれど、人の形をして出て来られると逆に警戒してしまいそうです。

 そんなダニールさんには蔦を集めて編み込んで貰っていますけれど、それもそろそろ必要な長さを賄えるところです。


 そして私は周囲の警戒です。

 朝一番に竜毛虫に刺したままだった毛虫殺しを回収して、その周りに屯していた黒毛虫達を大剣のままの毛虫殺しで殲滅です。

 なんと八匹も居ましたよ!?

 そのまま警戒を続けていたら、竜毛虫の死体に集まるのか、次から次へとやってくるので、警戒役は欠かせないのです。

 なるべくガズンさん達には負担を掛けたく無いですしね。


「……ああも簡単に狩られると、俺らの立場がねぇなぁ……」

「……気にするな。あれはもう相性としか言い様が無いぜ」

「やっぱり、妖精なんじゃ無いのかねぇ?」


 呆れた様に時々ガズンさん達が目を向けてきますけれど、今はたかぶる毛虫殺しを宥める為にも殲滅、殲滅なのですよ!


 まぁ、そんな合間にも竜毛虫の解体も進めるのですけれど。

 何と言っても毛虫のこと、近付いて来たら妙な違和感を伴うので、見張りも楽なものなのです。

 一晩毛虫殺しに吸い尽くされて、からからになってひしゃげた竜毛虫から、目星を付けていた魔石を魔力の腕で引き摺り出して、時折見つかる魔力を帯びた皮や爪も回収して。

 正直これだけ大きな竜毛虫ですと、皮も牙も何かの素材に成りそうなのですけれど、死んだ毛虫が骨も残らず土塊つちくれに成る事を考えると、余り大きな期待は出来ません。まぁ、それでも丸々持って帰る予定の竜毛虫の頭には、周りに黒い魔力を集めて覆ってみたりもしているのですけれど……。何処まで効果が有るかは疑問です。

 死ねば土塊に成る不安定な毛虫ですから、昏い森の魔力で包む事でちょっとは安定してくれるといいのですけれどね。

 そんな中、蔦を編むのが終わったダニールさんが、ちゃっかり黒毛虫の目玉を収集瓶に集めていたりもしています。今から集めなくても、持って帰れる量に限りが有るのですから、終わり掛けの新鮮な物にすればいいのにとも思いますけどね。


 ガズンさん達が荷車を組み上げる頃には、竜毛虫の魔石も粗方回収し終わり、後は積み込むばかりとなりました。

 私の魔力の腕とガズンさん達の力を合わせて竜毛虫の頭を持ち上げて、荷車の上に載せてみれば何とも厳つく素敵な戦利品です。

 空いた隙間に魔石や他の素材を詰め込んで、駄目に成るかも知れませんがガズンさん達の要望で黒毛虫の素材も片っ端から詰め込んで、更にはガズンさん達の荷物を載せて、私が竜毛虫の頭の上で音頭を取れば出発です。


 私が造るのと良く似た荷車のこと、凸凹道では度々車軸が外れそうになりますが、そこは私の魔力の腕でカバーです。行く手の木々と荷車を、魔力の腕で結んで引き寄せれば、ガズンさん達が小走りに成る程の速さでガタガタゴトゴトドゴンドゴン――


「おいおい、もうちっと加減しねえと、バラバラになるぞ!」

「大丈夫ですよ? ゆっくり行っても、バラバラに成る時はバラバラになるのです!」

「だぁー! 思ったよりも豪快過ぎんぜ、じーさんよお!」

「じーさん言うな! 名前で呼んでくれるのでは無かったのですか!?」

「ええい! やっぱじーさんはじーさんだわ! ゆっくり行けって!」

「毛虫が鬱陶しいので、早く昏い森を出たいのですよ! 今日中には!」

「そんな無茶な!?」


 何とこの間にも毛虫達は襲ってきているのですけれど、どれだけ縮んでも大剣より縮められなくなった毛虫殺しがどうにもやる気を出していたので、任せてみたら独りでに浮いて、今は単独で毛虫を狩って回っています。

 私を手本にしているのか、『隠蔽』が掛かった状態で首をすぱんですから、毛虫も大毛虫も黒毛虫も一溜まりも有りません。

 ガズンさんは荷車の補助をしていますけれど、ククさんやダニールさんが何をしているかと言えば、そうやって毛虫殺しが斃した毛虫共から素材を回収に走っているのです。

 どうやら小さい毛虫の頭の魔石は知られていない様でしたけれど、大毛虫や黒毛虫は研究も進んでいるのか、頭の魔石も腰の魔石もそれ以外も、余す所なく回収されて、どんどん荷車には素材が積み上がって行くのでした。

 この素材を無駄にしない為にも、やっぱり早く帰るのが一番だと思うのですよ。


 ですが、時々どうしても荷車では超えられない物体が邪魔をしていて、そこでは一旦停まるしか有りませんでした。


「ひ、人使いが荒いぜ、全く!」

「なんだか、あたしゃ、もう何も言えないよ?」

「てか、先から何体目だ!? じーさん来るまでにもどんだけ無茶をしてんだよ!?」


 全く、どでんと森の中に横たわる黒毛虫の死体にも、困ったものなのです。

 黒毛虫を魔力の腕で退ける間の僅かな休憩時間に、軽く食事を摘まみますけど、ガズンさんの言う事が贅沢でした。


「昨日の肉はもう無いのかよ? ありゃあ旨かった」

「駄目です。残りは母様と兄様達に上げるのですよ! ……ダニールさんには一切れだけでしたので、もう一切れ上げますけど」

「おや、いいのかい?」

「おあ! 俺にも欠片でいいから、な!」


 鳥の乾肉も美味しい物ですのに、意地汚いものです。

 黙々と鳥乾肉を食べるククさんを見倣って欲しいものですよ!

 でも、そんなククさんが休憩の終わりに大きく溜め息を吐きました。


「ああ? どうした?」

「いや……これだけ理不尽に仲間が斃されたなら、守護者の奴も随分焦ったのだろうなと、そう思っただけだぜ」


 その言葉に目を見開くガズンさんと、「ああ!」と納得の声を上げるダニールさん。

 何の事でしょうと首を傾げていると、帽子の上からガズンさんに撫でくられてしまうのでした。


 それから後はただ只管ひたすらに、時折休憩を挟む他は、昏い森の出口へと直走ひたはしります。

 進むに連れて毛虫共も現れなくなりましたので、満足気に戻って来た毛虫殺しをぱしんと片手で受け取りました。

 鍛え直せば再び刃を仕舞える様に成るのではとは思うのですけれど、暫くは鞘無しです。

 毛虫殺しに刃を潰しておく様に指示をして、瑠璃色狼と一緒に背負い鞄に括り付けたのです。


「『飛剣術』とかいう奴かねぇ? 魔術師の奥の手と聞くから、あたしにも使えればいいんだけどねぇ」


 ダニールさんが何やら勘違いしている様ですけれど、毛虫殺しが自分で狩りに出向いたというのは、言っていいものか分かりません。

 なので、少し誤魔化してしまいます。


「魔力の腕で掴めば、操れますよ? 剣を打つ段階で自分の魔力を練り込んでおけば、掴もうと意識をする必要も有りませんし」

「掴むって事は、『魔力操作』かねぇ。今もごろごろ荷車を動かしているし、それも朝からずぅっとだからねぇ。とんでもないよ」

「全くだぜ。魔力切れの気配も見えねぇぜ」


 そうは言われても、魔力切れを起こしたなんていうのは、相当に昔の話です。

 魔力の業で鍛冶仕事をしようとすると、とんでもなく魔力を消費するので、疾うの昔に鍛え上げられてしまっているのです。

 それはもう、魔力で無意識に肉体を強化してしまう為に、筋肉も付かないぐらいには。

 そんな魔力の腕の力も、今回の探索を始めた頃には大きな水瓶を何とか運べるくらいでしたのが、筋肉を鍛えたからかそれとも討伐を重ねたからか、頑張れば竜毛虫の頭を乗せた荷車を、少しばかり持ち上げられる位に強くなっていました。

 ガズンさんが今も後ろから荷車を押してくれていますけれど、多分押して貰わなくても大丈夫です。

 いえ、寧ろ押さないでくれた方が、特訓になりますかね?


「お前ら、いい身分だな! ちょっとは手伝えよ!」


 そんなガズンさんが荷車に乗り込んだククさんとダニールさんに言いますけれど、乗ってもいいと言ってるのにそこを選んだのはガズンさんですよ?


 夕ご飯を食べて、また進んで、途中からはガズンさんも乗り込んで進み続けること数時間。到頭昏い森を抜けて、花咲き乱れる草原に辿り着いた時には、空は満天の星空となっていました。


 そのままごろごろ野営をした場所まで荷車を転がせば、色々と見越していたのか早い内から荷車の上で寝息を立てていたククさんがのそのそと起き上がり、見張りを買って出てくれました。

 私はびたんびたんと水浴びをして、久々の森犬寝袋です。

 余っていた果物や鳥乾肉で夜食を作って、軽く食べたらお休みですけど、何かをする度に突っ込みが入るのはどうにかして欲しいものですね。

 普段なら一つ一つ説明して自慢するのかも知れませんけれど、今は私も疲れているのです。


 明けて次の日。

 荷物が無ければ街までだって帰れそうですけれど、荷車を引きながらではどんなに頑張っても湖までで二日掛かります。それとも、昨日と同じく夜中に成るのを覚悟すれば、今日の内にも着けるでしょうか。


「んあ? いいんじゃねぇか? 守護者も討伐したなら鬼族共も湧いてはこんだろうし、今迄氾濫していた分、獲物も居ない退屈な道中だろうからな」

「あたしも賛成だね。折角の素材も悪くすると勿体無いしね」

「豊穣の森なら、飯も途中で調達出来るな。問題ないぜ」


 ですが、まぁ、そんなにのんびりとした道中にはならなかった訳ですけれど。

 荷車は昨日以上にかっ飛ばして、ガズンさんとダニールさんは既に崩れかけている多数の大毛虫の死骸から魔石を回収しに走り、ククさんは森に分け入ってはご飯となる木の実や鳥を集めたのです。


「本っ気で人使いが荒いぜ!!」

「いや、俺は氾濫を舐めてたわ。昏い森の外に、こんなに大鬼オーガが溢れていたとはな」

「あたしゃ、もう休ませて貰うよ?」


 素材やなんかは山分けにするつもりでしたのに、ガズンさん達は受け取れないと言うのです。

 それなら態々回収しなくても、『鍛冶』に使う分は十分確保しているのですが、率先して拾いに行ってくれるのがガズンさん達なので、私は困った顔で何も言う事が出来ません。

 そうしている内にも、昼が過ぎて、夕方も過ぎて、私が魔石を回収した最初の五匹の大毛虫の成れの果てを見付ける頃には、空にも星がぽつりぽつりと見える様になっていました。

 序でに言うなら、湖へ向かう冒険者の姿もちらほら見掛ける様になっています。


 そんな冒険者を置き去りに、荷車は湖へと急ぐのです。


「ふふふふふふ、ふはははははは、うははははははは!!」

「ちょっとディジー! 速度を落としなよ! 何で高笑いを上げてるのさね!?」

「うおい! どけどけ! 危ねぇぞおっ!!」

「くははは! 生きがいいぜ! 全くよお!!」


 爆走するディジー荷車は誰にも止められないのです。


 一つ悩んだのは、このまま街まで突っ走るか、湖で一晩過ごすかでしたけれど、流石に湖から街への道は夜でも人通りが多いと言う事と――


「朝日の中で派手に御披露目した方がいいじゃねぇか」


 そんなガズンさんの言葉で、湖での一泊を決心したのでした。


 ガダンゴドンと音を立てて、着いたその場でガズンさん達が散らばっては、湖の近くに残る冒険者達から収集瓶を集めたので、もの凄く目立ってしまいました。

 何だか瓶一つを一両金で買い取るなんて話をしていますけれど、ガズンさん達の自腹じゃ有りませんよね?

 やっぱり、ガズンさん達にも分け前が無いと、寧ろ私が心苦しいですね。


 ですが、あの大騒ぎには混ざれる様な気がしません。

 私達の荷車を追い掛けてきた冒険者達も合流していますので、もうてんやわんやです。

 そういうのは私には対応出来兼ねますので、まずは湖の近くでびたんびたんと水浴びをして、もう休む準備に森犬寝袋に着替えてしまいました。

 朝、置いて行かれる訳にはいきませんし、これだけ冒険者が集まって来れば下手な場所では踏み潰されてしまいそうですので、今日の寝床は竜毛虫の頭の上です。

 背負い鞄に黒革鎧を引っ掛けて、落ちない様に背負い鞄を頭の突起に固定したら、ぐぅと横になるのでした。


「――はぁ? あんたが斃せなくて誰が斃せるって言うんだ!?」

「だから、ディジーリアだと言っているだろう! 俺らは助けられた側なんだよ!」

「馬鹿言っちゃいけないぜ。何であんな半端者に贔屓するのか知らねぇが、下手な冗談はあんた自身の格を下げるだけだろう?」

「……相手の力量を見定められん奴が、人の恩人をよく扱き下ろす。賭けてもいいがお前では絶対にディジーリアには敵わんよ」

「な、あ、あんたの為に言ったのだろう!? そもそも助けられたってそいつは何処にもいねぇじゃねぇか!?」

「そこに居るぜ?」

「およしよ!? 見えていないんだから、何言っても聞きゃあしないよ」

「は! 『看破』も通じてないのに大口を叩く」

「誰も居ねぇじゃねぇか、よ――っと!」

「馬鹿野郎! 何をしやがる!!」


 ガズンさん達が騒いでいるのは夢現に気が付いていましたけれど、ガズンさん達も随分と付き合いのいいものですと思いながら、私はそのまま夢の中です。

 世の中には、どうしたところで言葉が通じない人は居るのですから、そこはもう仕方が無いというものなのです。

 幸い途中からは静かに成りましたので、落ち着いて眠る事が出来たのでした。


 ですが、朝目が醒めて私が目の当たりにしたのは、竜毛虫の頭を載せた荷車の前で、土下座をするようにこちらを向いて両腕を突いた、冒険者達の姿だったのです。

 何事かと思ってみれば、私の前には宙に浮かんで存在を誇示している毛虫殺しの姿が。

 はて? 鞄に括り付けた筈ですけれどと見てみれば、鞄には括り紐だけが残されています。

 柄を握れば『頑張りました!』との思念が伝わってきて、どうやら私の事を守ってくれていた様では有るのですけれど……。


「おお、じーさん、目が醒めたか? そろそろ勘弁してやってくれんかね?」


 荷車の脇から微妙な表情のガズンさんに声を掛けられてしまいましたが、今一つ状況が掴めなかったのです。

 そんな様子をガズンさんも感じ取ったのか、順を追って説明をしてくれました。


「まぁ、じーさんの『隠蔽』も無意識らしいから、そんな事も有るかもか……。簡単に言うと、ディジーが竜鬼ドラグオーガを斃した事を納得出来ない馬鹿が、『隠蔽』を『看破』も出来ん癖にディジーに向かって石を投げ付けたんだわ。で、その石はじーさんが弾いた様なんだが、その直後から猛烈な『威圧』が襲い掛かっていた様でな。俺らは何ともないが、他の奴らは一晩この通りよ。とばっちりを喰ったのも多くて、どうにもなぁ」


 それは毛虫殺しの仕業ですね。

 手の中の毛虫殺しを褒めた上で、関係ない人も巻き添えになっている事を伝えて、解除する様に指示します。

 途端に、何人かの冒険者が崩れ落ちました。

 まぁ、湖の冒険者で知り合いなんて、スカラタさんか髭の小父さん、それにドルムさんくらいしか居ないのですから、それ以外を十把一絡げにされてしまっても仕方が有りません。

 切っ掛けは向こうだったというのですから、これはもう事故ですよ、事故。

 そう割り切ってはみるのですが、辺りを見渡せば、巻き込まれずに尚且つ私に気が付く冒険者が、森犬寝袋の所為も有って、微妙な表情を投げ掛けてくるのでした。



 そんなこんなが有りましたが、朝食を食べればデリラの街へ向かって出発です。

 何故か、森犬寝袋のままでいる事を執拗にすすめてくる妙な冒険者も居ましたが、しっかり黒革鎧を着込んでの出陣です。

 ですが、どうしてこうなったのでしょう?


「走れ! 走れ! 凱旋だあ!!」


 私が動かす荷車の横を走りながら、右手を振り上げて煽るのはガズンさんです。

 それに合わせて、周りを走るむくつけき冒険者達が、「おおー!」と鬨の声を上げます。

 湖を出る時には、其処に居た殆どの冒険者達が同行しました。それだけで三十人近く居ます。

 森の入り口へと向かう道を走る間にも、街から向かって来ていた冒険者達が次々と合流し、彼らには街へと戻る方向だというのに一緒になって走り出します。


「オラオラオラーー!! ディジーリア様のお通りだぞおお!!」


 何故だか泡まで吹いて土下座していた冒険者までが、率先して声を張り上げています。

 荷車の前にはダニールさんとククさんが乗り込んで、手には何処からか集めてきたサシャ草の束を持って、ダニールさんは楽しそうに、ククさんはゲラゲラと笑い転げながら、盛り上げる様に振り回しています。

 そして、その荷車に載せた竜毛虫の頭の上で、私が踊っているのです。


 本当に、何でこんな事になったのでしょう。


『ふふふふふー♪ ふふふふふー♪』


 出発した最初の頃は、竜毛虫の頭の上で体を揺らすだけでした。

 ですが、普段から人通りは多いとは雖も、竜毛虫の頭の上まで有る様な荷物が通っていた訳でも無く、払われずに残っていた枝や葉が右から左からと現れて、私の邪魔をしてくるのです。

 それを魔力や“気”の業で、押し退け、払い、跳ね上げて――と、そんな事をしている内に、楽しくなっていたのでした。

 何時の間にか立ち上がって、右、左、右、上――と、踊る様に掻き分け撥ね除け進んでいれば、目のいい冒険者達の手拍子が何時の間にか加わりました。


『ふふふーたぁー♪ ふふうにゃやー♪』


 ダニールさんとククさんの手元にサシャ草が揺れる様になったのもこの頃でした。

 豊穣の森の入り口を抜けたら、掻き分ける木の枝も無くなりましたが、私の踊りは止まりません。

 竜毛虫退治の立て役者、今は食べ過ぎ大剣の毛虫殺しを足下に置いた背負い鞄から引き抜いて、剣舞を交えて舞い跳ねるのです。


「おら! 声出していけよー!!」

「「「「「うおーーー!!!!」」」」」


 今は進路も道形みちなりに、一先ず昏い森の入口方面へ向かって草原を爆走中なのです。

 草原まで出てしまえば、至る所にサシャ草は生えていて、何故か皆さんサシャ草を毟っては、束にして振り回しながら付いて来ます。


 放り投げた毛虫殺しを、受け取り様に“気”と魔力を込めながら一回転。


「たぁー!!」


 私の周りに黒い炎の輪が出来ます。


「「「「「うおおおーーーー!!!!」」」」」


 野太い響めきが上がりました。


 両手で柄を握りながら、右に二つ、左に二つ、大きく斬り払い飛び跳ねて、足場が足りない空中を、宙に足下を固定して歩いてみれば、また――


「「「「「うおおおおおおーーーー!!!!」」」」」


 森の道で合流した冒険者を含めて、五十人には膨れ上がった集団が雄叫びを上げました。


 ちょっとした技を見せる度に、大きな反応を返してくれる冒険者達に気を良くして、私の踊りも止まりません。


 昏い森の入り口まで来てみれば、そこに居た冒険者達が数十人。


「何の騒……守護者かっ!? ガズンガルがやったのかっ!?」

「違ぇよ! 頭の上にいる英雄様をよく見やがれ!!」

「……?? 毛虫殺し人がどうしたんだ??」

「馬鹿野郎! ディジーリア様と呼べやー!!」

「ぐぁっ!? …………てっめぇーっ!!」


 ここで大きく方向転換して街の方向へ切れ上がる為に速度を落とした荷車の横で、そんな騒ぎが起こっていましたけれど、気にせずどんどん進むのです。


「さぁー! 街までもう少しですよー!!」

「「「「「おおーーーー!!!!」」」」」


 もう、ここまで来ると、率いられる冒険者達の殆どがサシャ草を装備していました。

 それだけでは無くて、ずっと同じ調子でサシャ草を振るダニールさんに合わせて、右に左に揺らしている人が半分位居ます。

 そうですね。私と違って走りながら振っているのですから、下手な振り方をしてもしんどいだけです。走りに合わせて振るのが楽なのでしょう。

 なので私もダニールさんに合わせて、一回二回と掲げた毛虫殺しを揺らしてから、ぴょんぴょんぴょぴょんと技を決めて、また一回二回と揺れてから、くるくるくるりと黒炎を散らして、そういうことを繰り返す内に、全員の動きが合ってきました。

 足音もザッザッザッと足並み揃って、丸で訓練された行進です。


「やっやっやっとぉー♪ ……やっやっやったぁー♪」


 なのでそこに決まったタイミングでジャンプを誘えば、皆合わせて歌って踊って、パレードの様な大行進になりました。

 毛虫の氾濫の所為で今は話も出て来ませんけど、これは少し形を変えた春の生誕祭のパレードなのです!


 そこに加えて、嬉しく楽しく飾り立てる為に、「活力」を集中させた魔力の塊を私の周りに散蒔ばらまけば、朝の光のその中でも、輝く星が生まれました。

 触れば火傷では済まない星ですが、見た目の煌びやかさはもうお祭りの日です。


「「「「「「「「うおおおおおおおおおーーーー!!!!」」」」」」」」


 一際大きな歓声と共に、狂乱の渦は冒険者達を巻き込んで、大きく華やかに広がります。

 冒険者達を吸収しながら南門のきわまで行けば、そこから大きく街壁の周りを迂回して、大きな北門へと向かいます。

 既にザッザと足音を立てる冒険者の数は、百人以上は居るでしょうか。

 跳ねて飛んで宙を蹴って、黒い炎に赤い炎。

 いつもは私に気が付かない冒険者達も、私の姿を捉えているのは、私がうきうきしているからかも知れません。

 大行進は続くのです。


 遂には北門に辿り着き、驚愕に目を見開いた門番の横を擦り抜けて、街の中へと帰還した時、其処には息を切らした領主様や、慌てて追い掛けてくる騎士様達、その様子を見て集まってくる街の住人達が待ち構えていたのです。

 そうして現れた私達に、引き攣った驚愕の眼差しを向けるのでした。


 さぁ! ここが正念場です。

 長らく続いた毛虫の宴。既に死者まで出ていると聞くのです。

 街の不安を消し飛ばす、勝利宣言を致しましょう。


 ここに毛虫禍は終わりを告げて、春の生誕祭が始まるのです。


 さぁ! 竜毛虫の頭の上で、一歩前へと踏み出して、

 毛虫殺しを掲げた両手を高く空へと突き上げて、

 声高らかに、災いの終わりを告げるのです!


「竜毛虫! 仕留めました!!」











「「「「「「「「「「毛虫かよっ!!!!」」」」」」」」」」


 ガズンさんにククさんに、もしかしたらダニールさんも、それに率いてきた冒険者達に、待ち構えていた領主様、ごつい鎧の歴戦騎士様に、革の鎧の若手騎士様、口を開けた門番さんに、目を見開いた街のおばさん、心配して出て来ていたらしいリールアさんとこのイリスにアリー、それに他にも学園に向かう途中の子供達に、続々と集まってくる街の住人達、その皆に突っ込まれて、私は鬼族相手ならデリラの街一の冒険者、守護者だろうと毛虫扱いする必殺の毛虫殺し人ディジーリアとして、名を馳せる事に成ったのです。


 後に多くの物語本や痛快な談義本洒落本戯作本、異本別本雨霰と発刊された怪傑痛快毛虫殺し人ディジーリアの物語。筆豪モローウズは木々をも杖とす見上げるばかりの巨人として描き、幼女剣筆フクロマクラは大剣を振るう三歳みつとせの幼女として描いたそのディジーリアの、始まりの始まりの物語はこんな風に始まったのです。


 さてその毛虫殺しのディジーリア。南へ行ってはクラカド火山の炎で巨大焼肉を炙り上げ、東へ行っては大海で怪魚の躍り食い、西の霊峰を氷菓子に、北の荒野でうんちをする。

 まだまだその活躍は語り尽くせぬ事ですが、一先ずこれにて一巻の終りと致します。


 ぴしゃり!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る