(42)生誕祭はもう直ぐです。

 柄にも無く取り乱したあの日、オルドさんに教えられて何度も報告書を書き直し、最後にはレシピの様な味気無い物になってしまいましたが、無事に報告書を提出する事が出来ました。

 その日からもう二日が経っています。

 つまりは私の冒険譚の御披露目から九日目。領城へと向かう小路をてくてく歩いているところです。


 冷静になって考えてみれば、あの時、毛虫殺しから注ぎ込まれる黒い炎を、何処迄も際限無く吸い込むかに思われた角タールの黒い玉が、突如手応えを取り戻し、恐らく黒い炎が内部を灼き尽くした時点で危機は去っていたのです。

 その後の惑乱は、街に毛虫の橋頭堡が築かれる危機に対してというよりも、既に怪しい毛虫の素材を使ってしまっている私の得物が、得体の知れない毛虫の黒幕の思念で疾っくの昔に汚されているかも知れないとの危機感に対してのものでした。

 幸いにして瑠璃色狼には魔石ばかりで髄まで打ち込んではいませんでしたけれど、毛虫殺しにその移し身たる剥ぎ取りナイフにはこれでもかと件の角の髄を使っています。鑢刀だった毛虫殺しから、こびり付いた毛虫の血肉をこそぎ落とす事が出来無かった様に、既に毛虫殺し達の一部と化している骨の髄だけを分離する事は最早叶いません。

 毛虫殺しを諦める事なんて到底考えられませんから、毛虫の素材を溶け込ませたまま、何とかするしか有りませんでした。


 そこからは焦燥に突き動かされての行動です。

 毛虫殺しに用いた角の髄が、私の魔力を練り込んだ剥ぎ取りナイフと同じ様に、遠隔でそのあるじの意思を伝える物だと言うのなら、私の魔力で塗り替えてしまえばいいのですよ。そう直観した私は、只管ひたすらにその作業に明け暮れていたのです。


 でも、それはどれだけやっても終わりが見えない、迷霧立ち籠める道でした。それこそ昏い森の深奥へと続く漆黒の闇を、鎚一つで叩き壊さんとするかの様な、無理難題の道無き道だったのです。


 まぁ、何とかしたから鍛冶場を離れてふらふらしていられるのですけれどね。

 と言っても、全てを遣り切った訳では有りません。毛虫殺しとその剥ぎ取りナイフを一塊ひとかたまりにして、灼き尽くす勢いで鍛え直しながら私の魔力で染め上げて、毛虫のあるじと繋がっていたとしてもその結び付きを断ち切れたと思える様になったので取り急ぎは安心です。

 そして、危険を承知で覚悟と共に呑み込んで、竜毛虫の角の髄をこれでもかと精製して、それを私の魔力で輝く程に染め上げて、私の毛虫殺し達に打ち込んだのです。今迄も大量に角の髄を打ち込んでいましたから、賭けと言うにも今更ですけれど、これでほぼ問題は潰せたと思っています。


 もしも毛虫の主側から接触してきたとしても、私の魔力で染め上げた角の髄が媒介するのなら、それが私に伝わらない筈が有りません。もしもそんな不届き者を感知したとしたならば、その時こそ接触してきた道筋を逆に辿って、滅びの焔で灼き尽くしてくれましょう。

 それに精製された髄の力を得た毛虫殺しならば、きっと毛虫の主からの働き掛けなんて、軽く撥ね除けてくれるに違い有りません。


 兎にも角にも半狂乱になりながらの試行錯誤と、暗中模索な手探りの中での七日もの鍛冶仕事には、取り敢えずの一段落を付けたのです。


 いえ、取り敢えずですよ?

 今の毛虫殺しは刀の形もしていませんし、本当に毛虫の主からの影響を排除する為に費やした時間だったのです。


 実際に毛虫殺しを刀として打ち直すのには、手応えからはまだまだあと一月二月ひとつきふたつき掛かりそうですからねぇ。

 ですから今は慌ててもどうにも成らないと、段取りだけは付けつつも、昨日はオルドさんの言う通りしっかり休みを取ったのですよ。


 鍛冶仕事なら一日二日いちにちふつか眠らずにいてもどうという事は有りませんが、心を苛まれてはやっぱり寝ないと駄目でしたね。

 しっかり眠った今は元気一杯なのですよ!



「お、来たな。良し、ふらついてもいないな」


 冒険者協会まで辿り着いて扉から覗けば、其処には既にオルドさん達が待ち構えていました。

 知っている人だけでもオルドさん、リダお姉さん、ディナ姉、ゾイさん、グディルさん、ドルムさん、ガズンさん、ダニールさん、ククさんと大所帯です。

 そこまでのんびり来たつもりも有りませんのに、何故だか最後になってしまいました。


「では行くか」


 先導するオルドさんが、扉を出る時に軽く頭を撫でていきます。

 何だか久々に普通の撫で撫でで、何とも言えない感動です。


「あー、だりぃ」

「グディルさんまで。皆さんお揃いですね?」

「阿呆ぅ。お前が主役やぞ? 合わせも無しの一発勝負やなんてきっついわ」

「……??」


 雑談しながら歩いていると、冒険者協会から領城までは直ぐです。

 詳しい話を聞けないままに、辿り着いてしまいました。


 そうです。十日目の明日、功労者の褒賞と、生誕祭の開催が宣言されるのに合わせて、これから領城で行われる最後の打ち合わせにお呼ばれしているのでした。


 どんな話をするのかなんて、事前に聞いてはいなかったのですけどね?

 でも、それも直ぐに分かったのです。


「うむ、実はお主の冒険譚に触発されて、演劇を行う事になってな」


 領城の入り口でも軽く頭を下げるだけで、既に何度か通い慣れた風な皆さんと一緒に辿り着いた大会議室。まぁ、石造りで最低限に紋章や旗が飾られた無骨な部屋です。

 そこで腰を下ろしたオルドさんから告げられたのが、そんな言葉だったのです。


「お主には出演の他にも、大通りでも披露したという幻を使っての盛り上げを頼みたいと思っている」


 今回の生誕祭は、とてもとても楽しみにしていたというのに、一番楽しい準備のお手伝いが、あんな事も有って何も出来ないでいました。もうその辺りは諦めて、兄様や母様達と一緒にお祭りを歩くだけでもいいかと思っていたところでも有りました。

 そこに来て、催し物のお誘いなのです。


「やりますっ! やりますよ!! 任せて下さい!!」


 嬉しくない筈が有りませんよ!?


「まぁ、慌てるな。他にも褒賞式も有れば、夕方になれば大通りでの独り舞台ももう一度披露を頼みたいと思っている。まずは時間の掛からないものから片付けていこうか」


 そして始めに取り掛かったのが、私の冒険譚への駄目出しです。

 と言っても、内容というのでは無く、名前に関してが主でしたけれど。


「おっぱいは諦めても、おっぱいとガズンを合体するのはやめてくれぇ」

「ガズンさんがおっぱいを諦めるんですか!?」

「黒岩豚も飛び立ちそうだぜ」

「そうじゃ無くてだな!?」

「もう……おっぱいガルガルではどうですかね?」

「ぅおおい!? それも止めてくれぇ!? うちの親が弟にリリンガルと名付けておいて、ガルガルの上だとか下だとかで呼び分けんだぜ? 直ぐにばれらぁ!?」


 今になって知りましたが、リリンさんはガズンさんの弟でしたか。何となく見覚えが有ると感じたのも頷ける話です。


「じゃあ、ガガルで決まりだぜ?」

「それも俺の呼び名だぜ!?」

「諦めな。身内の中でも極一部の呼び名に拘っても意味が無いぜ」

「ククさんはどうなのですか?」

「俺か? 俺は好きにしてくれていいぜ。ククでもクククククでもな」

「あたいは名前でいんじゃね? 誰かなんてばれてるしぃ、折角の名前を売る機会さね」

「――じゃあ、ガズンさんがガガルになって、ククさんは好きにして、ダニールさんはダニールシャで?」

「ああ、いいぜ」「それでいいよぉ」「~~っ! ……はぁ、仕方ねぇ」


 一番揉めたのがガズンさんでしたけれど、他にもちょこちょこ修正を要求されました。

 丁度買い出しで舞台を見ていたらしいディナ姉からは、“給仕娘”という風に名前を出さないでと。

 リダお姉さんは、ずっとオルドさんの姿を目で追い掛けていますよ? ……何をしたのか知りませんけれど、流石ゾイさんです。背筋が寒くなる程です。久々のブラウ村ステラコ爺語録曰くの『情報を制するものが支配する』なのですよ。

 そのゾイさんは朗らかに、グディルさんは苦虫を噛み潰した様に、折角の名前を売る機会に偽名は勿体無いと口にします。


「グディルさんはグディルファサって正称でも格好いいですけれど、ゾイさんは二文字しか無いじゃないですか。威厳を出すには苦しいです」


 そう難色を示したところ、


「正式にはゾイタークだからな!? ゾイで名前全部じゃ無いからな!?」


 そんな風に怒られたりもしながらも、中身を詰めていったのです。


 今ここに居ない人についても、そこは抜かり無く対応していました。

 まだ来ていない領主様は、名前を出さずに領主様で。ライラ姫もライラライラでいい様です。リリンガルさんもリリンジーヤですね。

 明日に褒賞式と生誕祭を控えていると有っては、流石に警備やらの調整で今日は時間が取れず、予めオルドさんが確認したとの事でした。


 そんなこんなを確認したら、次は演劇の最終打ち合わせです。


「――とは言っても、こんな短時間で稽古が出来る訳も無ければ、こいつらが覚える筈も無いからな。俺が語り手となって、流れを導く事にした。今日はその筋書きの確認だ」


 と、そこで今迄に纏めてあった筋書きを教えて貰いました。

 色々と興味深いお話を聞く事が出来ましたが、やっぱり一番引き込まれたのはガズンさん達の冒険です。

 ガズンさん達は、随分と自分達の浅慮を悔いている様ですけれど、多分私も同じ状況なら、「ほほう!」と言いながら昏い森に突撃しているに違い有りません。

 実際にガズンさん達を捜しにいく名目で、突撃したのも事実なのです。

 だから、ガズンさん達の不幸は、単純に魔力や歪を見える人が居なかったからというのが大きいのでしょう。黒い魔力や歪を見れば、魔物に対する物とは違う警戒もしますし、避けようともした筈です。魔石病で苦しむ事も無かったに違い有りません。

 そうして万全の態勢で挑んでいたなら、きっと満身創痍な状況には陥っていなかったと思うのですよ。


 私にしても、ここ最近で魔力が見える様に成りましたので、世界が違って見える程なのです。特に、帰って来てからの鍛冶仕事が別物です。見えないのと見えるのとでは、凡ゆる事柄で隔絶していたのです。


 そんな事を思いながらも、細かな所に口を挟んでいきます。

 初めは、何でディナ姉まで居るのかとか思っていましたけれど、コルリスの酒場での噂話なんかも含めて、書き連ねているからみたいです。

 ゾイさんやグディルさんに、一番星なんてのも含めた冒険者達には、当時の森の詳細な状況を。

 私達とは別に会議室に来た街の住人には、噂を含めた街の状況を。

 ――といった感じです。


 そんな中でも謎に包まれたままだったのが、私の動向というところでしょうか。

 何となく私の冒険譚から推測はされていても、毛虫扱いの始まりだとか、実際の小鬼ゴブリンの発生状況だとかは私にしか分かりません。

 ……ええ、もう小鬼ゴブリンでいいですよ。私の毛虫呼びが知られてしまった今となっては、毛虫呼びをするのに恥ずかしさが伴います。それに、私にとっての小鬼ゴブリンである、竜毛虫はしっかりと討ち取りましたので、もう毛虫呼びに拘る必要は無いのです。

 だから、まぁ、小鬼ゴブリンと呼んで説明したのです。――もう! 態々「毛虫じゃないのか」とか突っ込まないで下さいよ! 恥ずかしいのですよ!


 そうやって最後の詰めを進めていく中でも、別枠で来ていた錬金術屋のバーナさんに、期限切れの回復薬や瓶を再利用した効率的な回復薬作りのヒントを与えた少女だと気が付かれたり、それのお礼で渡した三本の回復薬がガズンさん達を救ったのだと分かって、歓声と共に劇に取り入れられる事になったり。

 塊乱蜘蛛チュルキス討伐での初めての『瞬動』や、その後の森狼ウルマ兄弟との遣り取り、昏い森の裏口で出会った森狼達との邂逅なんていうのまで、思い付くままに語っていますと、感心した様な声が聞こえる中でオルドさんの呻き声も聞こえてきます。


「初級の奴らへの教育にもいいが、大森狼クォウルマの魔石に言及すると馬鹿をした傭兵団の件にも話が及ぶ。余り他国の奴らを扱き下ろすのは拙いのだが……」


 悩みつつも、教育の為だと取り入れられる事になりました。

 そうして、今はオルドさんが作成中の冊子しか有りませんが、纏め上げた後には印刷して製本し、氾濫の記録として、また王都への報告として、更に住民の娯楽として供されるとの事です。

 私にはレシピの様な報告書を書かせましたのに、読み物でいいのでしょうかとの疑問を素直に呈してみましたら、


「守護者の討伐に定石など無い。何かしら有効な手を生み出したとしても、次には大抵対策されていると聞く。そんな意味の無い報告書を読まされるくらいなら、楽しく読めた方が気も紛れよう」


 と、まぁ分からないでもない話です。

 それはいいとしても、本になるかもというのは益々気恥ずかしいですね。せめて味気無い刷字体では無く、流麗な古字体にして欲しいものですけれど……。

 薄い鉄板を魔術で打ち抜いた刷り板を用いての孔版印刷は、大量印刷には向いていますけれど、丸く繋がった輪が表現出来ない為に、新しく刷字体というものが作られました。でも、私は古くから在る本で使われている、趣の有る古字体の方が好きなのです。


 そんなこんなの話をしている内に、あっと言う間にお昼です。

 砦の様だと言っても、そこはやっぱり領主のお城。出て来た食事は豪勢でした。

 自由に取り分けての食事に感動していると、領主様もそこにやって来ました。

 一緒に食事を摂りながら、オルドさんと談笑しています。


「将軍はな、冒険者協会の支部長と、コルリスの酒場のマスターの二人と組んで、昔は大暴れしていた猛者なんだわ」


 そんな事を、ガズンさんが教えてくれました。


「ほほう! マスターもですか!?」

「おう。破城鎚のライクォラス将軍に、槍弓のオルドロス、槍騎士フィズィタールってな、俺達の二つ三つ上の世代にとっては憧れの的だった訳だ。それが俺らのガキの頃に起きた氾濫でな、守護者が森の際の所まで出張ってきて、それを久々にトリオを組んだ将軍達が迎え撃ってな、俺らはガキだから見に行く事は出来ねぇが、遠く離れた街の中まで将軍達の戦う轟音が聞こえてくる訳よ。あれは魂から痺れが走るってもんだな」

「それであたいらやその上にとっちゃあ、将軍達こそが英雄なのさね」

「それが今度はディジーさんが英雄になって、髭の親父や暑苦しい脳筋が追い掛けるのさ。酷い絵面だぜ」

「酷いですねぇ!? それに英雄なんて柄じゃ無いですよ!?」

「まぁ、じーさんにとっちゃ、気の向くままに散歩してきただけなんだろうからなぁ。やっぱのんびりが一番だな!」


 じーさん呼ばわりはもうどうにも直してくれませんけれど、ドルムさんの言う事が一番心情にも合っています。散歩をしていたのに英雄だなんて! ……まぁ、あれですよ。使命感とかよりも好き勝手した結果なのですから、困惑してしまうのですよ。


 そんな食事の時間も終わって、少しのんびり休憩していますと、領主様が机を回ってこちらへとやって来ました。そして少し身を屈めて、私の手を取りました。


「よう来たな、ディジーリア殿。随分と消耗しておると聞いておったが、息災で何よりじゃ。お主の御陰で此度の氾濫は鎮圧された。改めて礼を言おう。ありがとう!」


 丁寧な言葉に目も体も泳ぎますが、何とか返礼したのです。


「身に余るお言葉、かたじけなく」


 途端に表情を崩す領主様。


「くく……学園で礼儀作法は習わなんだか? よいよい。儂も堅苦しいのは面倒じゃ。普段通りに喋ってくれればそれで良い」


 それを聞いて、慌てて椅子から立ち上がってから、一瞬軽く腰を落として淑女の礼を返します。

 領主様は破顔して、優しく頭を撫でてくれました。


 それにしても、淑女の礼はどういう意味が有るのでしょう? 偉い人の前で、一瞬膝を曲げて重心を落とすのです。飛び掛かるか飛び退くかの予備動作としか思えませんけれど、重心の掛け方からすると、飛び掛かる方なのです。

 目が合った瞬間、すっと重心を落としてからは徒手空拳の大激闘が始まるのです。これは拳友情の推進策なのでしょうか。

 ライラ姫がほぼそのままなので、迂闊にそんな筈は無いと否定する事も出来ないのですよ。


「うむ、本当はもっと話をしていたいが、生憎あいにくそこまで時間が取れんのじゃ。ずばり聞くが、竜鬼ドラグオーガ討伐の褒賞には何を望む? お主が鬼族の魔石を提供してくれた御陰で、危うかった物資も賄えた。氾濫の後に有りながら、此度の生誕祭は豪勢なものと成ろう。魔石の値段込みでの褒賞じゃ、大抵の事は叶えられるぞ」


 領主様が褒賞の話を出してきましたので、用意していた言葉を口に乗せます。


「では、南地区に家を建てたいので、私の望む土地が欲しいです!」


 それが妥当な褒賞かは分かりません。リダお姉さんと、土地の獲得について相談するつもりだったのですけれど、結局後回しにして相場も分かっていないのです。

 本当に大丈夫でしょうかとは思いつつ、領主様の言葉を待っていると、特に悩む素振りも見せずに首肯しました。


「うむ、良いぞ。だがそれだけではまだ足らぬ。他には無いかの?」


 褒賞は一つという頭が有りましたので、少しびくりとしてしまいましたけれど、思い付く限りを並べ立ててみます。


「い、家は私が建てますけど、水は家まで引きたいのです」

「良いぞ」

「トロッコです! 南門に続くトロッコの一日乗り放題です!?」

「く……うむ、良いぞ」

「大通りの滑り台も滑ってみたいです!」

「うむ……くふ……よ、良いぞ。いっその事生誕祭の間は解放しよう」

「ほ、他、他は――」


 そこで、ピンと思い付いたのです。


「――あ、嵐が来た時に、領城の上で盛大に篝火かがりびを焚きたいです! 立ち入りは禁止で!」


 嵐の夜に砦の上で轟々と燃える炎。これなら神々を感じられそうです。儀式魔法の検証をするのですよ!

 ですが、領主様は到頭吹き出してしまったのです。


「ぶあっはっはっは!! 何をするつもりじゃ!? まぁ良い、良いぞ。しかし、それでは丸で報いた事にはならぬ。何ぞ報い甲斐の有る望みは無いのかの?」


 そんなことを言われても困るのですと思っていると、優しげながらも仕方が無いという目付きで、領主様が言いました。


「まぁ、職人は自ら造るものじゃからの。何が欲しいと言われても、欲しければ造るか。珍しい素材と言われても今はまだ分かるまい。魔石の釣りをしかと返した上で、借りが一つというのが妥当なところかの。何か思い付いたら遠慮無く言いに来るが良い。それで良いかの?」

「はっ! 有り難き幸せにございます!」

「ぶふっ……うむ、では、その様に取り計らおう」


 いつの間にか傍にいた文官に領主様が目配せをすると、文官は控えていた書き付けを手に、何処かに走り去っていきました。

 領主様自身も腰を上げると、「皆も宜しく頼む」と立ち去ろうとしたのですが、ふと思い出したかの様に私へと視線を向けます。


「そう言えば、お主の父親は、領内の村へと見舞金を届けに走らせておる。お主の託した宴会費用も一緒にな。生誕祭の内には帰って来れぬかも知れぬが、まぁ、大事な役目じゃ。分かってくれるな?」


 そんな事を言われても、微妙な反応しか示せません。領主様も答えを期待していた訳では無いのか、言うだけ言ってすたすたと去ってしまっています。

 困って辺りを見回すと、何故か生温かく見守られていて、どうにも居心地が悪いのでした。



 午後になってからは、オルドさんが手早く纏めた台本を元に、細かなところの摺り合わせです。

 確認が終わった人から解散しているので、舞台に出る人以外で残っている人も疎らになってきました。

 そんな人達が残っている理由というのも、例によって好奇心というもので、その狙いは今迄参加していなかった私になってしまうのです。


「のう、ディジーよ。今日は毛虫殺しとやらは持ってきておらんのか?」


 一時期、炉を使わせて貰ったり、鉄屑を貰ったりしていた鍛冶屋のラルク爺です。

 ですが、生憎と毛虫殺しは鍛え直し中です。


「毛虫殺しは鍛え直し中なので、今は鉄の棒ですよ?」

「あちゃー!? 何時鍛え終わるよ?」

「付きっ切りで二ヶ月ですかねぇ? 素材から鍛え直しているので、こればかりはどうにもなりませんよ」

「見せて貰いたいもんだがなぁ」


 そう言われても、秘密基地には招待出来ません。そう思って口をつぐむしか無かったのですけれど、ラルク爺は秘術を明かせないが為と取ったみたいです。


「むぅ、見せられんわなぁ……」


 まぁ、魔術で打っている様なものなので、見せても分からないだろうというのも有ります。


 そんな話をしていると、カリカリと筆を走らせていたオルドさんが顔を上げました。


「何だ。噂の妖刀はほったらかしか。盗まれても知らんぞ? それは兎も角、妖刀無しに幻やらは大丈夫なのだろうな」


 私は少しだけ想像してみました。……まず、問題有りませんね。

 鍛え直し中とは雖も、今の毛虫殺しにちょっかいを出すのは命取りです。私に似て悪戯好きの実験好きに育ってしまっている様な気がしますから、生きている方が酷い事になりそうなのが、何とも言えない妖刀具合です。

 なので何も気にせず置いてきた訳ですけれど、何か問題が発生したとしても、やっぱりこれも問題有りません。

 秘密基地に置いたままの毛虫殺しへそっと意識を向けると、大人しく留守番をしている毛虫殺しの意識が流れ込んできます。

 この七日ばかりの鍛冶仕事で私の魔力を練り込んだからか、特別な絆が出来上がったのか、距離が離れても毛虫殺しの事は把握出来る様になっていました。

 でも、そんな事は言わない方が良さそうですね。


「元より劇の立ち回りに、毛虫殺しは使えないですから、何の問題も有りません。と言うより、劇で真剣を使うのですか?」

「……言われてみればそうだな。迂闊だったか? まぁ、いい。ここの備品を借りるか」


 そんな事を言いながら、オルドさんは紙の束を揃えて立ち上がりました。


「良し、後は野となれ山となれ、だな。まぁ、一通りやってみよう。中庭に出るぞ」


 リダお姉さんを連れてどこか若返ったかの様なオルドさんに続き、残っていた街の人と一緒に領城の中庭へと向かいます。城と言ったり砦と言ったり領城と言ったりしますけれど、まぁ、それはその時の気分ですよ? 窓の外は既に太陽がそれなりに傾いてきたのが分かる頃合いですが、ここまで余り騎士様達と擦れ違う事も有りません。替わりと言っては何ですが、昨日歩いた街の中では、生誕祭の準備に大童おおわらわな大通りの|其処彼処《そこかしこ》でいつもより遥かに多い騎士様達の姿を見ました。きっとそちらに人手を取られているのでしょう。警邏の他にも、櫓を組んだりというのにも動員されている様でした。

 その中に父様は居ないらしいですが、兄様達やライラ姫もそんな街の中を走り回っているのでしょうね。兄様達に会えないのは残念ですけど、ライラ姫が出て来ないのは少し安心です。

 まぁ、兄様達とは昨日実家で再会して、涙混じりに怒られて、母様達と皆一緒に幻の大猪鹿のお肉を愉しんだりもしていますから大丈夫ですけどね。


 そんな事を考えながら中庭に出てみれば、ガズンさん達冒険者組が、私もライラ姫と遣り合った中庭の練兵場で、模擬剣使っての立ち合い中。楽しげに暴れ回っていました。


「おら! しっかり強化しとけよ!」


 と、ガズンさんが数人纏めて軽く吹っ飛ばせば、


「ん~……」


 と、顎に手をやるドルムさんが、片手の木剣で打ち掛かってくる一番星達の剣を巻き取り撥ね飛ばしています。

 極めて対照的にも見えますけれど、斥候のククさんや魔術師のダニールさんまで、木剣片手に一番星達を相手にもしないのですから、第一線のガズンさん達とそれ以外には明らかな実力の違いというものが有る様です。


 ……脳筋ライラ姫騎士様は、ランク二と聞いた事が有ります。という事は、少なくともガズンさんを圧倒出来る力が無いと、脳筋仲間に誘おうとするライラ姫を撃退する事も難しいという事です。脳筋仲間では無いのに、強さを求めてしまいそうです。

 だからと言って、ガズンさん達の鍛錬に混じるのも違う様な気がします。身を隠して死角から急所を強襲する私とは、ジャンルが違うと思うのですよ?

 いえ、ドルムさんならいい特訓になるのでしょうか。ライラ姫よりももっと余裕を持って、『隠蔽』で身を隠した私に対処していたドルムさんです。ドルムさんにも気が付かれない『隠蔽』を身に付ければ、ライラ姫の不意を衝く事が出来そうです。

 まぁ、それも魔力並みに“気”を操れる様になってからの話ですが。でも、七日間の極限状態での鍛冶仕事で、魔力と“気”の扱いは数段研ぎ澄まされた様に思うので、遠い話では無いのですよ?


「おう、出来たぞ! 通しで流れだけ掴んで貰うからな。まぁ、集まれ」


 そんなオルドさんが、街の成り立ち含めて読み上げる事暫し。冒険者で成り立っている街と示す、一番星やガズンさん達の討伐シーンが終われば私の出番です。


「――そんなデリラの街で、この春から魔の森へも探索に出る様になった冒険者の少女が、魔の森へ向かう為に街の門を潜り抜ける」


 その言葉に合わせて登場する私ことディジーリアです。歴戦の冒険者の如く、胸を張ってのっしのっしと歩きます。


(「ぷっ」「くく……」)


 と、そこへこの為に残っていたのか門番役の騎士様――って、いつもの南門の門番さんですね――が、いつもの様に声を掛けてきました。


「今日は何処だい?」


 いつもの様に返す私。


「いつもの所さぁ!」


(「ぷふぅ!」「くくっくっくっ……」)


 ……笑いを噛み殺すなら、しっかり殺して欲しいものですよ! 失礼ですね!

 兎に角、オルドさんは、私が森へ入った初日からでは無く、私が森へ行く様になって十日程度から始めるつもりの様でした。

 そうで無いと、氾濫を征した冒険者達のお話では無く、ディジーリアの日常生活、になってしまいますからね。

 私の冒険譚と組み立ては変わりますが、まぁ間違ってはいないと思うのです。


「――何れ英雄となる少女ディジーリアは、一人前の冒険者たらんことを望む只の子供だったのである」

「ちょ!? ちょっと待って下さい!! 私は一人前の冒険者ですよ! 訂正を要求します!!」

「――と、言い張る子供だったのである」

「訂正を!! 訂正を要求しますよっ!?」


 不幸な行き違いも有りましたけれど、冒険者達の動きや街の出来事、領主の判断や冒険者協会での調査等々含めて、私達はこの氾濫の顛末を、最後まで演じました。

 その時は、皆さん真面目に演技をしていたのです。

 そう、その時は。

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