(68)『祝福技能』の罠なのですよ!?

 お昼が近くなってから、近くの草原に降り立ちました。

 商都の周りやこの辺りにも、大きな草原が広がっていますが、ここには大猪鹿は居ませんね。所々に切り株が残っている様子から、人の手で作られた草原です。

 これでは人が森の敵だと“瑠璃”に怒られてしまいそうだと思いながら、美味しそうな鳥を捕まえ、野草や果物を採取して、迂闊に顔を出した丸兎を仕留めます。

 街でのご飯も美味しいですけど、こういうご飯もいいものです。


 こんな人気の無い場所に降り立ったのは、技能の検証の為なのです。

 思い通りにならない技能の、何が悪さをしているのか、しっかり見極める必要が有るのです。

 上空から見れば一目瞭然。人の行き来も少なくて、的になる大岩も有りました。

 此処なら人に見られる事無く、危ない技能も試せそうです。


 捕った獲物を軽く捌いて、果物野草と一緒に和えて、塩や果粒で味付けしたら、美味しい昼御飯の出来上がりです。ちびっ子達のお遣いの成果が、思いの外に大活躍です。残ったお肉に剥いだ毛皮は、近くの村で売り払いましょう。

 美味しくご飯を食べたなら、さぁ、それでは検証の開始なのですよ!



「『魔弾』!」


 別に口にしなくてもいいのですが、『儀式魔法』に詠唱は付き物です。言葉にする事で、よりはっきりと“技能”の存在を意識して、魔力を捧げ易くする効果でも有るのでしょう。でも、駄々漏れの魔力から回収していって貰うのならば兎も角として、しっかり意識して捧げる魔力も用意するなら、詠唱なんて要りませんね?

 取り敢えず一度くらいはと詠唱付きの『儀式魔法』で『魔弾』を使うと、輝く魔力の塊が、私の魔力の支配領域を抜けた先まで飛んでいって、標的の岩を穿ちました。

 次は自力で。色付きの私の魔力を玉にして、「流れ」を使って打ち出します。……まぁ、支配領域と思っていた範囲を抜けても魔力の玉は消えませんし、岩を穿つ事も出来れば戻って来させる事も出来ましたね。魔力を練り込んだナイフや、魔力を固めた輝石でも同じ事が出来るのですから、塊にした魔力で出来無い筈が有りません。只、意識を魔力の玉から外すと、支配領域の外ではナイフや輝石といった依り代の無い魔力は霧散してしまいましたから、自分の体を千切って投げているかの様な気持ち悪さが否めませんね。

 最後に色を抜いた魔力を玉にして、「流れ」と「斥力」も使って打ち出しましょう。すると、気合いを少し籠め過ぎてしまったのか、光り輝く魔力の玉が高速で打ち出されて、標的の岩を打ち砕いてしまいました。これが自力での『魔弾』なのでしょうかね。

 他にも『火炎弾』や『雷咬』といった『儀式魔法』での所謂『四象魔術』を一通り試してみましたけれど、『四象魔術』を『根源魔術』で再現するのが大変なだけで、全てでは無くとも自力で似た様な事が出来ない訳では無さそうです。ただ、この『四象魔術』は『儀式魔法』を『儀式魔法』で呼び出す二段構造になっていたりしていましたので、理解するのが大変でした。分析しようと思ったならば、一度は『儀式魔法』で放ってみるのが近道ですけど、それを自力で出来たとしても、ちょっと複雑過ぎますね。一段位は『儀式魔法』に頼っていいかと思いましたが、まぁ、自力でも出来ると言うのが大切なのですよ。

 そういう技能には引き摺られる感覚も有りませんので、問題はやっぱり祝福技能なのでしょう。


 『鍛冶』以外でここまで集中した覚えも有りませんでしたが、どんどん続けていきましょう。

 祝福技能に行く前に、一つ気になる技能が有りました。『陽炎』とかいう技能です。毛虫殺しの黒炎や、瑠璃色狼の白炎に影響を受けたらしいのですが、『儀式魔法』で使ってみても、辺りがゆらゆらと揺らめくだけで、特に何も起こりません。これなら「活力」でも幻ででも、同じ事が出来てしまいますよ?

 ですが、そう思って見れば、“黒”や瑠璃色狼に、私の影響を受けたというか、私から学び取った様な技能が幾つも有りました。なら、私が“黒”達の技能を憶えられない筈は無いですよね?

 そんな風にして試してみれば、瑠璃色狼の『華艶かえん』は使える様に成りました。塊乱蜘蛛チュルキスを灼き尽くした、あの白い炎です。“黒”の『鬼寄』や『鬼哭』も、少し形を変えて『呼寄』と、『制圧』に成りました。

 ですが、瑠璃色狼の、『識別』もされない『亜空間倉庫』擬きや、“黒”の黒い炎の『獄炎』なんかは使えません。魔力の性質そのものが関わっている様なので、大猪鹿や鬼族の魔石を使えば何とか成りそうな気配はしますけど、それをするなら瑠璃色狼や“黒”を通して使えばいいのです。研究はまた別の機会ですね。

 試すのも怖いのが、“黒”の持っていた『帰還』です。これ、“黒”に付いている祝福技能ですよ? 私の手元に転移してくる技能ですが、時々毛虫殺し時代に鞘毎縛り付けていたのを抜け出していたのはこの技能の仕業でしょうか。流石に私に付いていない祝福技能を分析するのは難しいですし、これも『四象魔術』以上に複雑に絡み合っている気配がするのです。もしも『転移』なんて技能が使えたなら、デリラと王都を行き来出来そうでしたけれど、そう簡単には行きませんね。


 そうして一通り技能の総浚えをしてみれば、やはり残るのは祝福技能になるのです。

 失われて影響が大きいのは、瑠璃色狼が出来る様に成ったと言ってもやはり『亜空間倉庫』でしょうかね。私が『亜空間倉庫』を使えれば、瑠璃色狼を其処に仕舞う事も出来ますが、瑠璃色狼頼りなら、そういう事は出来ません。それに対して『瞬動』なんて、再現するのも容易そうでは有りますが、失ったところで代替手段だって有るのです。

 他にも祝福技能は付いていますが、悪さをしていないのに生贄に捧げるのもどうでしょう。犠牲にするならやはりここは『瞬動』しか有りません。


 細かく『瞬動』しながらも、その過程を一つ余さずつぶさに見ます。その起こりから、最後の瞬間まで。幾度も『瞬動』を繰り返し、理解を深めていくのです。

 『瞬動』が求める通りに力を使えば、矯正される事も少ない様ですが、ならばと大きく外して力を使い、間違った世話焼きを浮き彫りに。

 魔力で引き剥がせない物ならば、“気”も歪も使って叩きのめしましょう。他の全ての技能も使って、問答無用で追い出しましょう。




 当然、その様子は神界でも見られていた。

 大笑いする“鍛冶の”と、困った顔の“剣の”、見守る“裁縫の”と、見物する“司書の”は、そんな集まりの常連である。


『ふはははは! “剣の”、お主の与えた『瞬動』が邪魔者扱いされておるぞ!』

『ぐむぅ。いや、いやいや充分に役立っていただろう? これはあれだ、『瞬動』が馬鹿なだけで俺では無いぞ!』

『もう! それだと技能自身が考えてるみたいじゃない』

『うむ? 技能にも心は有るぞ? 技能と言っているが我らと同じく神々の欠片だからな。意思を持って神界にまで至れなかった者や、想いの欠片という物だ。考えない訳が無いだろう?』

『ちょっと!? それって何だか気持ちが悪いわよ!?』

『あはは、普通の技能にはそんな心なんて残ってないですよ。活躍する人には、現界に残る欠片が集まってきて、力を渡してしまえば其処で満足してしまうものですからね! 言ってみればファンレターの山なんですから、悪さなんてしませんって』

『意思が無くても元々剣士だとかだった欠片だからな。剣の技を使い続ければ同じく剣士の欠片が寄ってくるものだ。欠片が集まれば、それに籠められた技を唐突に理解したりもするものだが、此奴は我流でことごとく何かが違うからな。使える様になった魔術の中には、その手の技も有るのだろうが、先人の魂との会話などは此奴には無縁の事だろう』

『元々人気の有った姫じゃからのう。自前の欠片も大きかったじゃろうが、それに加えて想いの欠片もそれだけ受け取っておったのじゃろう。受難の人生じゃったから、心配した欠片も多かろうし、並の欠片では影響など与えられまいよ』

『今は俺達も注目しているしな!』


 丸でそれこそが加護の様に言い放つが、確かに神々が注目しているという事が、何にも代え難き祝福だった。


『自前の欠片というのは、言ってみれば魂ですよ? 魔力は魂の生み出す精神こころの力ですからね! 魔術だって強くなるのは納得ですよ!』

『でも、あの『瞬動』は悪さをしているんでしょ?』

『うむ……通常の祝福技能は、力、つまり意思も無くした欠片に、条件を与えて渡すだけだからな。悪さの仕様も無いのだが、『瞬動』は俺自らを渡そうと見繕ってしまった。あれだけ複雑な技に成ると、思念もしっかり残っていたのだろう。……失敗したかも知れんな。あの『瞬動』は祝福に守られてしまっている。剣士を謳う奴らには、頑なに己の技に従わせようとする輩が居るが、その妄念が祝福の力も使って悪さをしている様に見受けられるわ。一生を掛けて編み出した技ならば分からん事も無いのだが、こうなると祝福では無く呪いだな』

『ねぇ、どうにかならないの?』

『元は与えられた欠片でも、既に一体化している物を取り除くなんて無理――』




 しっかりと敵を見定めましたら、使う事も無いと思っていた『確殺』に、鉄球から色の無い魔力をこれでもかと注ぎ込んで、憶えたばかりの『制圧』も『威圧』も引っくるめて、全力で破壊の意志を叩き付けるのです。そう、全力でですよ!


 ――壊れなさい!!


 プツッと何かが途切れる気配と、少しくらっとはしましたけれど、もしかして、これは旨く行きましたかね?




『『『殺したーーーっっっ!?!?』』』


 神界に、絶叫が響き渡る。


『ちょ、ちょっと待って!? これって大丈夫なの!?』

『い、今見てるから! こ、これは『瞬動』の意思は消えて『瞬動』も消えているけど』

『む、いや、待て。――ぬおお、一度試しただけで復活したぞ!? いや、だが、しかし、人には人の道が有ると、理解出来んかった者の末路と思えば順当だが――待て待て! 更に何をしようとしているのだ!?』

『あ、――一睨みで、他の祝福技能から、祝福の文字が逃げ出したぁ!?』

『否! 残っている! 残っているぞ! 『常在戦場』は祝福技能の儘だ!! 『亜空間倉庫』も残って――』




 おお! 『識別』したら一度は『瞬動』が無くなってしまっていましたけれど、試してみたら呆気なく再現出来てしまいましたよ? 『識別』にも祝福の気配が消えた『瞬動』が復活しています。

 引き摺られる感覚も無くなりましたし、――おお! 距離を伸ばす事も問題有りません!

 これは、大成功ですよ! これなら他の祝福技能も――


 そう思って私の内へと意識を向けてみたのですが、その瞬間、またプツンと何かが切れる気配が。

 『識別』してみれば、消えている技能は有りません。ですが、殆どの祝福技能から祝福の字が逃げ出してしまっていますよ?

 『瞬動』の様にとは言いませんが、こんな根性の無い技能ばかりで、本当に大丈夫なのでしょうか?

 少し心配になってしまいます。


 『気弾』……は、実験にしか使っていませんでしたが、何かの際に使っていたら、もしかしたら不具合でも有りましたかね?

 動きから気配を殺すらしい『気殺』については、そもそも誰も気が付かない私ですから、元から技能が息をしていません。

 『鍛冶打ち』なんて、武具を長持ちさせると言っても、薄く魔力を纏わせるだけですから、そんな事をしなくても私の武具はもっと強く魔力を纏っているのです。


 よくよく見れば、祝福技能で無くなったのは、まぁ根性なんかが身に付きそうに無い技能ばかりです。技能としては残っていますが、祝福さんには今迄ご苦労様でしたというところでしょうかね?


 そうして少し根性を出して、祝福技能として残ったのは、六つばかりの技能でした。

 『常在戦場』さん、あなたはとても優秀ですよ。祝福の儘で残っていて貰いましょう。この技能が無かったとしても、その時は“黒”に警戒なんかは頼り切りになるだけですので、この手の技能は育ちそうに有りません。それに気が付かせてくれる『常在戦場』さんには、とても助けられている様に思うからです。




『よし! よし、よし! 『常在戦場』は優秀だとよ!』

『他は全滅じゃろうが。今の問題はそれじゃ無いじゃろ? 大人しく見んか』




 『英雄』さんと『超越』さんは、まだ悪さをしていませんし、どうやって再現すればいいかも分かりませんからね。頼らねばならない時は、切羽詰まっている様な気もしますけれど、ここで討ち取る程狭量では有りませんよ?

 『殺陣』さんにも大いに助けて貰っていますね。探索で疲れを余り感じないのは、きっと貴方のお陰ですね。

 使い所が難しくて、物騒では有るのですけど、これから頼りにさせて貰うのは『確殺』さんです。ふふふふふ、無粋な技能は『確殺』さんと一緒に、成敗して差し上げるのです。

 そしてやっぱり問題なのが、まだ素性の分からぬ『亜空間倉庫』さんです。さて、まずはそのお顔を見定めさせて貰いましょうか!




『うん? これは何をしているのかな?』


 見守っていた神々の下へ、ふらりと現れたのはいつもの様に笑みを湛えた“享楽の”だった。


『おや? “享楽の”』


 だが、そんな緩んだ空気が、一呼吸で一変する。


『…………へぇえ? 技能の祝福を壊して回ってるのかい? ――それで、次は『亜空間倉庫』の番なんだね?』


 笑みを貼り付けたままの“享楽の”が、そのままで違う何かへと変わっていく。

 目の前に居る“享楽”では無い何かに対して、神々は必死に震えを抑えていた。


『……………………ひぃ!?』

『“享楽の”!? 目が笑っておらんぞい!? それに、その気配はやめるんじゃ!』

『そうだ! まだ何も決まってない! 決まってないぞ!』




「『亜空間倉庫』ですよ!」


 宣言と共に、鉄球から色を抜いた魔力を、今度は『亜空間倉庫』に注ぎ込みます。

 ――と、おや? 注ぎ込むと同時に、私の魔力が一部別枠で区切られてしまった様な気がしますよ?

 ……あなたも勝手をする技能なんでしょうかね?




『へぇえー……』

『“享楽の”! やめるんじゃ!』

『おい、“司書の”! こっちから警告は送れんのか!!』

『魔力を捧げてくれないと、無理ですよぉ!!』


 焦る神々の声は誰にも届かず――




 いえいえ、『亜空間倉庫』は特級で貰える祝福技能なのですから、短絡的に判じるのは早計です。何か思惑が有るのかも知れません。

 これは取り敢えず置いておいて、まずは使ってみましょうか。


 ――と、『亜空間倉庫』の技能が教えてくれるままに、その入口を開いてみますけれど……。

 空中に、黒い穴が開きましたね。穴と言うより、丸い闇ですが。手を入れると、入れた先が闇に包まれて見えません。

 穴の縁に木の枝を押し当ててみましょうか。……縁で押し返されますね。「斥力」に近い力が働いている様です。これが無ければ何となくスパッといってしまいそうですので、安全対策が施されているのでしょうか。

 穴の中に私の輝石を放り込んでみましょう。――ぽいっと。――……よく分かりませんねぇ。魔力的には、大量の物を入れられそうな感じがするのですが、何処に入るのかが分かりません。結構奥に投げ入れた筈ですのに、手を入れると其処に輝石が有ります。奥行きが無い様な感じですよ?

 というより、手を入れると中に入れた物が『識別』の様に表示されるのですね。一つしか物が入っていないなら、手を入れればそれが手元に現れますが、幾つか別の物を中に入れれば、その表示から選んだ物が手元に現れるようですね。右に投げ入れても、左に投げ入れても、全部同じ場所に出て来ますよ?

 ちょっと中がどうなっているのか入ってみようと思いましたが、手足以外は入りません。これも安全対策なのでしょうかね。

 『識別』によると、『亜空間倉庫』の中で起こる変化は、随分とゆっくりになるようですけれど、いえ、何でしょう? そんな物を私は求めていませんよ? 変化の速さを変える事も、何だか出来そうに有りません。


 どうやら荷物を新鮮なままに、大量に運ぶ事に特化した技能の様ですけれど、何とも悩ましいものですねぇ。

 私にポーターをする予定は有りませんので、獣車一台分の荷物が仕舞えればそれで充分以上ですけれど、この『亜空間倉庫』は過剰です。

 変化が緩やかになるのもいいのですが、それより私は中を小部屋に改装して、宿の様に休める様にしたいです。

 ……でも、瑠璃色狼を真似てそんな小部屋を作ろうとしても、全てこちらの『亜空間倉庫』に引き摺られてしまうんですよね。

 私の思う『亜空間倉庫』にするのには、これも一度壊してしまうしか無いんでしょうか?


 そうですね。ここはやっぱり――

 ――と、私は鉄球から色の無い魔力を注ぎ込んで、


「――……




『ふんふんふ~ん♪ ふんふんふ~ん♪』

『ああ!? やめるんじゃ! やめるんじゃ!!』

『――ああ! 神様!!』

『俺らが神に祈ってどうする! よく見ろ! あれは『確殺』じゃ――』


 ――笑顔の“何か”は止まらない。

 しかし、その時神界に、その声が届いたのである。


『『亜空間倉庫』を司る神様! ちょっとお問い合わせはいいでしょうか?』


 動きを止めた、“鍛冶の”に“剣の”に“裁縫の”に“司書の”。

 きょとんと目をしばたいた、元享楽の“何か”。


 その“何か”がやがて小さく肩を震わせ、少しずつ大きく体を揺すり、そしてその次に爆笑した。


『く、くふふふ、あはははは、あはははははは! ――いいよ、いいよ! この“”メイズが、答えようじゃないか!』

『おお……文字で無くてお喋り出来るのですねぇ……。それでは『亜空間倉庫』の機能について、まずは教えて下さいな?』

『あはは、あれはね――』


 重苦しい気配を霧散させた“何か”改め“時空の”が、現界の少女と会話を繰り広げるのを見ながら、其処に居合わせた神達は、荒い息を吐いていた。


『やべぇ、今のは飛び切りやばかった。マジでやばかったぞ!』

『ねぇ、ねぇ“時空の”って?』

『いや、知らん。儂らは何も知らんぞ!?』

迷宮ダンジョン造って遊んでいるなら、確かにそうなのかも知れねぇが……それで呼ぶんじゃねぇそ』

『『……えっ?』』

『“裁縫の”も“司書の”も、それで呼ぶ事を許された訳では無いじゃろ。儂らにとっては“享楽の”だということじゃよ』

『あー、それにしても、本当にやばかった』

『運命の分かれ道じゃったな』


 そんな彼等がほっと息を吐く頃には、少女と“時空の”の遣り取りも、終盤へと入っていたのである。


『――では、別の『倉庫』を創ったりは出来ないのですか?』

『やめておいた方がいいよぉ? 干渉したら何が起こるか分からないからね?』

『それでは、小部屋で区切って設定を変えたりとかは』

『そうそう! そういう工夫が大事だよね!』

『自由に弄ろうと思ったら、一度壊すしか無いんでしょうかね? ……壊してしまってもいいですか?』

『あはははははは! それは絶対に許可出来ないね! でも、自由に弄れる様にはしてあげよう。……だけど、そこから先は自己責任だよ?』

『ぉおお!! ありがとうございます!! メイズ様!!』

『あははははは! “時空の”メイズだよ? 何か有れば聞いてくれればいいよぉ。じゃあねぇ』


 会話を終えて雰囲気を戻した“享楽の”は姿を消し、神界には静けさが訪れたのだった。




 ちょっと感動です。神様と会話してしまいましたよ?

 やっぱり分からない事は、聞いてみるのが一番ですね!

 稀にお仕事中なんて事も有りますけれど、聞いてみないと始まる物も始まらないのですよ。


 そんな気持ちで身を震わせたりもしたのですが、時空のメイズ様との会話で色々教えて貰った結果から言うと、思った以上に『亜空間倉庫』に使われている技術は複雑で、一筋縄では行かないようです。

 安全対策がこれでもかと張り巡らされていて、下手な手出しは身の破滅ですね。幸い弄ってもいいとの許可は貰えたのですから、焦らずじっくり調えていきましょう。


 そうと決まれば出発ですが……その前に。


「瑠璃、私の鉄球と鎚も、仕舞う事は出来ますか?」


 そう問うてみれば、鉄球と鎚が消えました。

 今頃多分、金塊の山の横に転がっている筈ですね。流石に邪魔になってきたのですよ。


 瑠璃色狼の中から鉄球の魔力を捧げる事は出来そうに有りませんが、『儀式魔法』に頼らなければならない事も、そう多くない事が分かっています。

 『識別』を使うとしても、その土地土地の美味しいお肉の情報と、後は王都への道程みちのりくらい。

 それ以外は、『儀式魔法』が無くったって、何とか成るっていうものですよ?


 まぁ、今夜の宿は既に決めているのです。

 もう夕方に近くなってしまいましたけれど、この近くの村には温泉が湧いていると聞きました。お湯に浸かるお風呂の気持ち良さを知ってしまった私としては、訪れない訳には行きません。

 手土産とばかりに狩りと採集にも手を割きながら、さぁ! そろそろ行きましょうか!



 そうして辿り着いた山麓の近村きんそんですが、何て言うか、デリラの近くにも在る様な普通の村です。

 周りは畑が広がる中に、ぽつぽつと平屋が建っている感じです。

 家も方向が定まっていないので、あっちを向いたりこっちを向いたり。

 そんな中を村人達が、のんびりと歩いているのです。

 辺りを見回してみても、湯気の類は炊煙しか見えません。

 温泉だったらもっと靄が掛かっていると思うのですが、温泉は何処に有るのでしょうね?


 温泉が有るというならもっと栄えていそうですけど、鄙びたままでも特に不思議は有りません。

 まぁ、デリラの街でもそうでしたけれど、誰も温泉に入ろうとはしないのでしょう。

 此処に温泉が在ると教えてくれた研究者さんも、「態々お湯に茹でられに行く人も居るそうだ」なんて呆れた風に言っていましたので、まぁ大体はそういう認識なのです。

 まずは、お湯に浸かるという習慣が有りません。『儀式魔法』が使えるならば、『洗浄』なんてのも有りますし、少々寒い季節でも、きっと鍋に沸かしたお湯で体を拭いて、それで満足しているのです。

 とは言え、噂で聞こえて来るくらいなので、温泉は確かに在るのでしょうけどね?

 まぁ、まずは今日の宿を確保してしまいましょう!

 とは言え、宿も無さそうな村ですから、野宿だとしても構いませんよ?


「すみませーん! この村に、宿は有りますかー?」

「んあ!? ねぇよ! 村長に聞いてくれ! そっちの赤い屋根の家だぁ!」


 畑仕事をしていた人に聞いてみれば、案の定です。

 平屋の家が建ち並ぶ村の中に、魔物の襲撃を警戒している様子が欠片も無いのが、逆に不安になりますね。ですが、魔の領域から遠く離れていると、こんなものなのかも知れません。長閑で平和という事なのでしょう。

 聞いた赤い屋根の前で、村長さんを呼んでみました。


「村長さ~ん! いらっしゃいますかー?」

「ぅほーい! なんぞ、って、おお嬢ちゃん、どっしたね?」

「温泉が在ると聞いたのですけれど、何処か泊まれる所は無いかと思いまして」


 そう聞くと、顔を曇らせた村長さん。

 おや? 何か有りそうですね? 旅人が偶々訪れた村里で事件ですかね!?

 どきどきわくわくしながら待っていると、


「客人用の空き家は有っが、古馴染の客が来とってな。温泉の在る山は今魔物が巣くっとるってっのに、あんお調子者は任せぇなんて言って行っちまっだ。特級だか何だか知っねぇが、丸腰で何が出来っで言んだよ!」


 ……何でしょう、何とも言えない感じです。

 こんな長閑な場所に出る魔物に、素手だとしても特級の人が梃摺るものとは思えません。

 魔物の脅威が無いというのは、冒険者の実力も分からなくさせてしまうのですね。


「おさんも、そっだ格好して、魔物とも戦ったこた有っだら? 様子見でくっだっでや!」


 様子を見てきてくれっていう事ですか?

 おや……自分で言うのも何ですけど、子供に見られてしまう私に対してまでそんな事を言ってしまうなんて。

 でも、まぁ、冒険者として頼られたのなら、否やは言いませんけどね?


「まぁ……見に行くのは構いませんけど」

「行っでくれっが!? なん、空き家は山側ん端だで! 近うのやっさ聞っでぐれ!」


 あー、その古馴染さんと一緒に空き家に泊まってくれという事ですね?

 まぁ、取り敢えず行ってみましょうか。


「任せっだでや!」


 激しく手を振るお爺さん村長を後にして、てくてく山の方へと向かいます。

 まぁ、何て言うか、家々も整然とは並んでいない村なので、今歩いているのも道なのか家の敷地なのか実のところ分かりません。獣道の様に人の通った跡を歩く感じです。

 そして山側の家が後二三軒といった所で、山を見上げるがたいのいい小父さんと出会いました。


「すみませーん! この辺りの空き家ってどれでしょう?」

「ああ!? 空き家はそれだが、使ってっぞ?」

「ええ、村長さんに聞いたら、一緒に使ってくれって事みたいですね」

「爺っさまか! なぁら、山の様子も見でぐん様に言われだんでねぇが? あん爺っさまは要らねっでんのに心配性だがんよ!」

「ほほう! では、見に行った人っていうのはやっぱりお強いんですね?」

「そっだども! 何ともえーらんくで、特級ちゅーだが、山角羊も一発っでだが、凄ぇもんだ!」


 おっと、判断基準が動物ですね。魔物がいないのならそれも仕方有りませんが、これは何とも判断為兼しかねます。山へ入ったお調子者の先行者。本当のところ果たしてランク幾つなのでしょう?

 取り敢えず、手土産のつもりで持ってきた、獲物やらはここに置いておきましょう。

 そう思って空き家の扉を開けようとしたのですけれど、家の中に誰かの気配を感じます。もしかすると、山へ行ったお調子者のお連れさんかも知れません。

 そう思いながら、トントンと扉を叩くと、内側から扉が開かれました。


「あら、どうしたの?」


 空き家の中から出て来たのは、ふんわりと癒し系の美人さんです。細いのに、大きいです。それに何だかとっても柔らかそうです。腰に軽く手を当てたら、くにゃっと曲がってしまいそうです。

 喩えるのなら……何でしょう? ちょっと思い浮かびませんね。

 冒険者の街デリラでは、こんな柔らか生き物を見た事なんて有りません。冒険者協会の受付嬢とは、対極に居る生き物です。一番近くてディナ姉ですけど、それでも全然違います。

 そうですね、力仕事なんて全然した事無さそうで、甘い果物と花の蜜だけで育てられれば、こんな柔らか生き物が出来上がりそうです。

 でも、そんな生き物が特級の冒険者と一緒に居られるとは思えませんから、先行した冒険者の腕前が、どうにも見えてきませんよ?


「おお……」

「ん?」


 あ、疑問は有れど、このくにゃくにゃ具合はちょっと感動もので、少しばかり柔らかお姉さんに見惚れてしまいましたね?

 ですが今は、宿の確保が先決なのですよ!


「温泉に入りに来たのですけど、村長さんに言ったら、空き家には客が入っているけど一緒に泊めて貰えと。山の様子も見て来て欲しいと頼まれましたので、取り敢えず荷物を置かせて欲しいのですよ」

「あら? そうなの?」


 穏やかに首を傾げた様に見えますが、何でしょう? 何だかねちっとした思念が絡み付いてきます。

 このお姉さんも、見た目通りでは無いのでしょうかね。軟らかい中に硬い棘を隠すは吸血樹。果たしてこのお姉さんが柔らかさの中に隠すのは?


「だがら、ホルテの奴ば大丈夫だっで! 爺っさまの言うごだ放っどげばいいだ」

「そうよ? バンは強いんだから!」


 ほうほう……ホルテとバンで、ホルテバンですかね?

 その人の事を話す時は、純粋な喜びが来て、それからねちっと絡み付いてきます。その人に他の人を近づけさせまいとする様な? いえ、他の女、でしょうか?

 あ……ねちっとした視線の正体が分かりました。成る程、これが女の視線っていう奴ですね。私には縁の無い物でしたけれど、物語には惚れた腫れたは付き物です。成る程、こういうものなのですか。

 怖いものですねぇ~……。癒しのお姉さんなのに、胸の内に魔物を飼っています。いえ、胸もぷにぷにで魔物ですが。湿地帯のお山に名前を付けても良さそうな、ぷにぷにのぽにょんぷにょん具合ですけどね?

 そんな恋に目の眩んだお姉さんが、強いと言ってもこれは予想が付きません。何と言っても、年の功が有りそうな村長さんは、祈る様に古馴染の帰りを待ち続けているのです。

 ええ、もしかしたら、特級のお調子者なのかも知れないのですよ!?

 これは、急いで見に行った方がいいかも知れませんね。


「ちょちょっと見に行くだけですよ? 私も温泉に入りに来たのですから、少し下見に行くだけです。荷物はここに、暫く置かせて貰いますね?」


 問答無用で狩った獲物や果物を置いてから、ささっと走って出たのです。

 勿論置いて行ったのは手土産だけで、鞄は背負ったままですよ。


 そして山に入った三合目。その頃には、これは心配する事は無かったかも知れませんと、私も思う様になっていました。山の頂上付近には百匹近い魔物の気配はしますけれど、対峙する圧倒的な力の持ち主は丸で歯牙にも掛けてません。気配を捉える間にも、どんどん魔物は数を減らしていくのです。

 おっと、折角の特級かも知れない人の戦いです。じっくり近くで見てみましょうか!

 そんな気持ちで急いだ私が、木の間の陰から見た物は――


「うおりゃー!」


 派手な掛け声と共に、眩い閃光が宙を薙ぎます。

 ――ピキッ!

 蝙蝠の様な黒い魔物が、閃光を放ったそれに打ち砕かれました。


「せいっ!!」


 裂帛の気合いと共に、閃光が宙を貫きます。

 ――プキィッ!

 閃光に穿たれて、体に風穴を開けた黒い魔物は、そのまま塵と化しました。


 ええ……全ては閃光を放つ、全裸男のち○ち○の仕業です。


 ち○ち○が魔物を打ち砕きます。ち○ち○が魔物を両断します。ち○ち○が魔物を薙ぎ払います。ち○ち○が魔物を穿ちます。ち○ち○連弾が魔物を殲滅していきます。


 私は何を見せられているのでしょう?

 山の頂上に在ったのは、こぽこぽとお湯が噴き上がる、丸い形の泉でした。ちょっと離れ過ぎていますけれど、どうやらおっぱい山の亜種でしょう。

 周りに木々が立ち並んでいますが、隙間も多くて、温泉に入りながらでも遙かな地平を見渡せるのでしょうね。

 お湯の温度も良さそうで、これぞ絶好の温泉場所だと思いますのに、そこで繰り広げられるのは特級変態男のち○ち○踊りです。

 温泉には、ち○ち○男のち○ち○汁が混じっているのでしょうか。こんな温泉に、私はこれから入るのですかね?


 ちょっとそれはお断りです。

 ここまで折角来たというのに、これは流石にあんまりです。

 来なけりゃ見ないで済んだのでしょうが、知らずに入るのも寒気がします。


 ああ、もう! この怒りはどうしてくれましょう!

 そんな怒りを込めてち○ち○男を睨み付けようとしたのですけれど、私が現実逃避をしている間に、ち○ち○男がち○ち○と共に、両手を突いて項垂れていました。

 おや? 毒でも回りましたかね?


「俺は! 俺はどうしたらいいんだ!!」


 私はこのち○ち○男をどうしましょうか?


「ああーー!! 俺はっっっ!!! ――……は!? き、君は!?」


 おっと!? 失敗しました!?

 本当に特級なら、流石に気を抜いた私を見付けられない訳が無いですよね。

 でも、見られた私が本当の私とは限りませんよ?


「――我は怒りのち○ち○砕き……咎人はただ震え砕かれるがいい……」


 ごろごろと大小様々な岩が噛み合い砕き合う幻を背後に浮かべ、ち○ち○を滅する私は、一歩前へと踏み出しました。

 そんな一歩より十倍速く、ち○ち○男が這い寄ってきます。幻は気にならない様ですね?


「お前か! お前の仕業かぁあああ!!」


 這い寄るち○ち○が何かを言っていますが、何の事でしょうかね?

 私が本気で不思議に思っているのを、ち○ち○も敏感に感じたらしく、「違うのか?」と四つん這いのまま肩を落とすのは、流石ち○ち○というところです。


「お、俺の、祝福技能に選択肢が出て、一つは『格闘術』、もう一つは――」


 あ、何やら説明を始めましたね?

 そんな事より、服を着ませんかね? 本当に砕いてしまいますよ?

 まぁ、そういう事を気にしないのは田舎者です。デリラの街でも水浴びなんて、人目を忍んでこっそりとですのに、丸で気にした様子が無いのが、田舎者だと示しています。

 デリラを田舎に入れるのは間違いなのかも知れませんけどね。説得力なんて有りませんが、あれでもデリラは領都なのですから。

 ですがつらつらとしたそんな考察は、田舎ち○ち○の次の言葉で吹き飛んでしまったのです。


「――『ち○ち○』と出たんだよー!!」


 ……はて?

 始めに思ったのは、ち○ち○が『ち○ち○』という技能を持っていて、何がおかしいのでしょうという事でしたけれど、よくよく考えればおかしい様な気もします。

 ……いえ、おかしく有りませんね? 私がち○ち○と認識しているという事は、即ち他の人からもち○ち○と見られてもおかしくないということで、そんなち○ち○の技能に『ち○ち○』が有っても当然の様に思います。

 いえ、まだ技能になっていないのでしたか? 祝福技能で選択肢? って、何でしょう?

 それに、祝福技能には厄介な所が有るとは言ってみても、まだ選択出来るのなら何を嘆いているのか分かりませんよ?


「……つまり、そこなち○ち○は、祝福技能に『ち○ち○』を願うか否かで悩んでいると? 選べる祝福技能が有るとは知りませんでしたが、笑止千万! その様な怪しき祝福など、鼻で嗤って撥ね付ければ宜しかろう!」

「男なら! ここで悩まずになんかいられるものか!!」


 私は女ですけどね?

 まぁ、それでも女の場合として考えてみるなら、


「……『おっぱい』とか、選択肢に出てくる様なものですかね?」

「そう! そうだよ! 分かってくれたか!?」


 おっと、思わず口から出てしまいましたが、確かに麓の柔らかさんみたいなおっぱいと言われれば、何も思わない事は有りません。

 ですが……


「――無いですね。おっぱいで魔物を斃すなんて、そんな事が出来そうなのは、お乳の垂れたお婆さんが鞭か何かの様に使うくらいしか思い浮かびませんよ? 大体おっぱいは急所な心臓の近くですから、曝す馬鹿は居ませんね!」

「う、裏切り者ぉおおおーー!!」

「酷い言い種ですね。そもそも嘆いている時点で答えは決めているでは有りませんか。己が心から目を背ける愚か者よ! 汝が望みは汝の内に有ると知るがいい!!」

「お、俺の……俺の、望み!? 俺の、望みは!! あ、ああ、ぁあああああああ!!」


 そのあと、お馬鹿ち○ち○の意識がプツリと途絶えた感じで、土下座をするようにその場に頽れました。

 そこからは、丸でぴくりとも動きません。

 ……まぁ、もう今日は温泉に入る気分でも無かったのですけどね。

 ええい! 世話の焼ける土下座ち○ち○なのですよ!



 魔力の腕で持ち上げて、シャツとズボンだけ着せたなら、ち○ち○の荷物らしき物をその上に載せて、宙に浮かせて運びます。


 ――ぴょこ! ぴょこぴょこ! ぴょこ!


 ……ぴくりとも動かないと言いましたけれど、それは間違いでしたね。

 ち○ち○の股座で必死で暴れるお馬鹿毛虫が、どうにもこうにも目の毒です。一旦荷物を浮かせたら、ち○ち○をうつぶせにして見えなくしてしまいましょう。

 まぁ……ぴょこぴょこ動いているのは魔力で見えてしまうのですけどね。


 それなりに軽く跳ねるようにして麓に着いたてみれば、夕方までもまだまだ余裕の有る時間です。

 ち○ち○を、そのまま地面に降ろせば、俯せの儘に横たわります。

 その上に載せていた荷物は、そっとち○ち○の横へと降ろしました。


「ど、どっしだだ!?」


 慌てて駆け寄ってくるのは、がたいのいい小父さんです。

 その声に釣られて、空き家の扉も開きました。

 この人達に、事情を説明するのは気が重いですねぇ。


 そんな暗い表情を、何と勘違いしたのか、小父さんがち○ち○へと伸ばそうとしていた手を止めました。


「話をしない訳には行かない様ですね……」

「そ、そんだ、ホルテに何が有っだだ!?」

「う、嘘!? バン! バン!!」


 ……おっと。バンバン言われて、思わず自分用に確保していたばんばばん薬に、一瞬気を向けてしまいました。

 軽く首を左右に振って、馬鹿な考えを追い出します。


「そ、そんな! 嘘よ! バン!!」


 おや? また勘違いさせてしまいましたか?

 早く説明してしまうのが良さそうですね。

 そして私は、語るのも面倒な温泉での出来事を、気も重く話し始めるのでした。


「私が頂上の温泉に辿り着いた時、このち○……人と魔物との闘いは既に終盤へと入っていました」

「あ、ああ」

「そうよ! バンは強いのよ! ……グスッ」

「対峙する魔物とへんた……この人。腰の捻りが生み出した破壊力は、閃光と共に魔物共を打ち砕き、踏み出した力強さは余す所なく、閃光と共に魔物共を穿ち、薙ぎ払い連打する閃光が、魔物共を殲滅していったのです!!」

「ああ、そうだ! ホルテは最強だっだだ!!」

「バン! バン! 私のバン~~!!」

「そう! 閃光を放つそのち○ち○で!!」

「………………は?」

「え、え!? ……グスン」

「ですが、最後の魔物を打ち倒したその瞬間! 全裸変態ち○ち○男はその場に両手を突いて頽れてしまったのですよ!!」

「……は、はぁ?」

「え? え? バンは、生きているの?」

「毒でも回ったかと思いましたら、嘆いた言葉が、祝福技能で『ち○ち○』が選べる様になったがどうしたらいいんだ、ですよ! その結果が、それなのです!!」


 そこで私は俯せのち○ち○を仰向けへと転がしました。

 そのズボンの下の股座では、小父さんと柔らかさんの声を聞いてから、一段と激しくぴょこぴょこ動く何者かが。


「ぶふぉおおお!!」

「バン? バン、バン!? バン、バン、バン!!」

「折角温泉に入りに来たというのに、其処であんなち○ち○踊りを見せられて、こんなち○ち○は滅んでしまえばいいのですよ! ええい、我が説法を受けて成仏するがいいのですよ!!」


 そこで私はさっと足下の小枝を拾い、気合いと共に言葉を叩き付けたのです。


「汝、元来頭有り、胴有り、手足は無いが口は有り、人では無いが人に似るは即ち人もまたち○ち○也。そのち○ち○を武具でも無いのに武具に用いし無分別が、人にして汝をち○ち○に変えたと知り、そのままち○ち○として果てるがいい! 喝!」


 拾った小枝で、ぴょこぴょこ動く股座を、ぺしぺしぺしと叩きます。


「ぶほっ、ぶほっ、ぶぶふぉおおおお!!」

「ああ! やめてやめて! バンを苛めないで!!」


 私を止めようと柔らかさんがしがみついてきますけれど、すっごい柔らかでぷにゅぷにゅでいい匂いでいい気持ちなだけですよ!


「ええい! 温泉元来体を休める癒しの場也。汝癒しの場にていやらしくもち○ち○踊りを踊りたらん。ならば踊れるち○ち○と成りて、心行くまで踊るがいい! 喝!」


 ぺしぺしぺしぺしぺしー!!!!


「ぶほはぁああ、ぐぼっ、ぶぶふぉぁあああ!! やめ! 死ぬぅうう!!」

「バンに酷い事しないでぇ!! ああ、バン!! ……バン?」


 小父さんが吹き出しながらのたうっても、柔らかさんが気持ちいい体を押し付けながら揺さ振ってきても、今の私は止まらないのですよ!


「ち○ち○踊りなど見苦しき物は人に見せぬが世の道理也。見せれぬ物を見せたが故に、隠されしが今の姿と知るがいい! 喝!」


 ぺしぺしぺしぺしぺしぺしぺしぺしぺしー!!!!


「ぐひゅっ、ぐひゅっ、ぐひゅう、ぐひぃい、か、勘弁、ぐひゃっ!? げはっ」

「バン……バン? バン! ちょっとあなた! 何でこんな女の子に叩かれて、そんなに興奮しているの!! バン! こらぁ! 動いちゃ駄目!! バンっ!!!!」


 ああ、私の温泉は、ち○ち○踊りの現場と化してしまったのです。

 話に聞く温泉って感じでは有りませんでしたけれど、楽しみにしていたのは確かなのですよ!


「汝を打つはウニマの小枝。醜く爛れて腐れるがいい! 見たくも無きを見せられし、我の怒りを知るがいい! 喝!」

「ぅおおおい!? それはいけねぇ!!」

「や、やめて! バン! 起きるの!! 起きるのよ!!」


 そこで初めてち○ち○男の両の頬が引っぱたかれて、「ぶはぁっ!」と漸くち○ち○以外に刺激を受けたち○ち○男、跳ね起きる様にして目を覚ましたのでした。

 これが本当にウニマの小枝としたところで、ち○ち○男の腐れち○ち○、纏う気に遮られ毒など届く筈も無いのに、全く大袈裟な事なのですよ?



 それから後は済し崩し的に、空き家の一室を借りて泊まる事になりました。

 宿を借りるのも旅の醍醐味と思っていましたけれど、どうにも思っていたのと違いますね? 別の部屋に引っ込んだお二人とは会話なんて有りませんし、多少分け合ったりはしましたけれど、食事も結局自炊です。

 そうして落ち着いてしまえばどうにもやっぱり気になるのは、酷い祝福技能の事なのです。

 瑠璃に鉄球を出して貰って、神々に問い合わせてみれば、震える文字の回答が、直ぐに返って来ましたよ。


 ――『武具一本でそれなりの規模の魔物の群を殲滅した際に、その武具に関した祝福技能が授けられる事が有る。例えば『剣術』を持たない者が、剣を使って魔物を斃す。『弓術』を持たない者が、弓を使って魔物を斃す。その様な初級者への祝福だ。そんな初級者が魔物の群を討滅する頃には、大抵技能は付いているだろうが、才能も無く頑張った者への褒美として設定されたのがこの祝福技能だな。この時与えられる祝福技能では、その武具を広い範囲で捉えた技能か、狭い範囲で特化するかを選ぶ事が出来る。例えば『剣術』として広い範囲の祝福を得るか、『フルーレ』や『サーベル』等に特化するかだが、特化した場合はその武具に特化した『同調|(フルーレ)』といった祝福技能も合わせて授けられる。これが基本だ。徒手空拳の場合には『格闘術』が付き、指一本しか使わなかったなら『一指拳』、蹴りだけならば『蹴撃』と特化技能を得る事が出来るが、それらは己の体で有るが故に、『同調』は付かず特化技能が強めに与えられる事が多い。例の男の場合だが、普段は剣を使い無手で戦う事が無かったが故に、『格闘術』は持っていなかった。加えて一物だけで魔物を討ち斃したが、あんな闘いで『格闘』が着く筈も無い。結果祝福技能が与えられる条件を満たし、『格闘術』と『ち○ち○』から選択する事となった。さて、ここで『ち○ち○』だが、これを武具として扱い切ったのは、この者が初めてとなる。即ち創始者であり、祝福が与えられても、恩恵が殆ど無い。また、ち○ち○は自らの思い通りに成らぬ物と判定され、他の武具と同様に『同調(ち○ち○)』が付いていた為、特化技能の恩恵が無い分、この『同調(ち○ち○)』にその分より強い祝福が与えられ、あの男の様な仕儀となったものだな』


 何と!? 悪戯な神の悪巫山戯かと思いきや、何とこれが仕様ですか!?

 全く、『儀式魔法』と来た日には、油断も隙も有りませんよ。

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