第二章 人形遣いの学院生

(73)間一髪でした!?

 森の切れ目から抜け出すと、一気に展望が開けました。

 ずっと樹間から見えていた、王樹ラゼリアバラムの威容が際立ちます。

 でも、何て言うか、下手な剪定をされた様な、そんな不格好さが有りますね? あの枝とあっちの枝は、もっと根元近くからばっさりとやらないと、王樹の側にも負担が有りそうです。

 そんなラゼリアバラムを横目に見ながら、たたたたたーっと既に閉められた王都の門前まで走り抜けましたら、通用口らしき扉の前で騎士様に槍を持って迎えられてしまいました。

 まぁ、私が停止したのを見て、槍は下ろされましたけどね?


「凄まじい健脚だな。冒険者か? 城下町ではそんな勢いで走るなよ」


 そんな言葉で済んだのは、私が地上を走っていたからかも知れません。宙を蹴って走っていたなら、もう少し取り調べも厳しかった気がします。それも偏に森を抜けたら獣の姿も見えなくなったからではあったのですけれど、まぁ運が良かったという事なのでしょう。

 王都もどうも夜は門を閉めているみたいですので、ランク六以上だと申告して、通用口から入った小部屋で魔道具が青く光るのを確認しました。


「そう言えば、獣車が一台王都へ向かっているのを見掛けましたよ? とても慌ただしかったので、何か有ったのかも知れません」


 軽く情報を入れてみれば、「そうか」と考える素振りを見せましたけれど、それを横目に私はぺこりとお辞儀をしてから、王都の中へと入ったのです。


 王都ですよ! との意気込みにも拘わらず、門を通り過ぎた其処に広がるのは一面の畑です。

 少し拍子抜けしてしまいましたけれど、空を飛んで来なかっただけに、次の門の向こうにも何が広がっているのか分かりません。

 これはこれで楽しみですよと思いながら、軽い走りで畑の中をうねる道を走り抜けると、見えてくる次の門は流石に最外壁より規模は落ちますね。作り自体も簡素ですので、ここは初めから農園地区に考えていたのかも知れません。開け放たれた門を、そのまま潜り抜けました。


 次の区画は、まだまだ農園地区という趣で、納屋やら何やら備えた家々が、ぽつりぽつりと畑の中に点在する様は、やっぱり王都らしく無いですね。周りを囲む街壁が無ければ、長閑な農村風景にも見えてしまいます。

 それとも、こんな農園地区が街壁の内側に有ると言う事が、王都らしいということでしょうか。デリラの街壁の内側にも在る農園地区は、ここまで農園という感じでも有りませんでしたので、やっぱり王都という事なのかも知れません。

 時折明かりが灯る家も見受けられますが、殆どが寝静まってます。静かな農村を横切る立派な道を、私は足音も無く走り抜けるのでした。


 そして辿り着いた三つ目の門は、初めの門と同じくらいに立派です。ちゃんと騎士様が控えているその門を潜って、ここで漸く王都らしい眺めとなったのです。


 遥か遠くにお城の姿が見えていて、その手前、目の前には整然とした街並みです。商都よりも遥かに大きいと思われますが、区画だとかがしっかり区切って有りますので、ずっとすっきりと見渡せて、成る程王都だと思わせるそんな景色です。

 もしかすると、街外れには貧民街が在るのかも知れませんけれど、在るとしても、そんなに酷い生活をしている様には思えませんね。この街並みには、表向きだけ取り繕っている様なそんな感じの物では無くて、街外れまでずっと同じ様に整備されているのだろうと、そう感じさせる何かが有るのでした。

 それに、あれだけ近くに爺鬼ゴブリン共の魔の領域が有るのですから、働き口には困りません。きっと朝早くには冒険者協会の貼り紙に、子供達が大挙して群がっているのでしょう。そして初級にも入れない子供達は、直ぐ様街の中に散らばって、様々な街の手伝いに精を出し、それなりに初級に足を踏み入れた子供達は、採取や魔物の討伐に勤しんでいるのに違い有りません。


 門を潜り抜けた直ぐ近くに、デリラの支部程有りそうな冒険者協会の建物が有りますが、大きく見えてもこれは協会の出張所みたいですから、私の予想も外れた物では無いと思いますよ? ただ、もうこの時間に成ると、冒険者協会の出張所と雖も静かなものです。ここにも食事処は併設されていそうですが、王都だけ有って冒険者協会で食事を摂らずとも、いい店が何軒だって在るのでしょうね。

 用が有るのは中央の協会ですので、ここはさっさと先へ進みましょうか。


 大通りの両脇には様々なお店が建ち並んでいる様ですが、殆どが閉まってます。時折明かりが灯るのは、酒場か何かでしょうかね。路地の奥からは、時折耳に残る特徴的な音が物悲しげに漏れ聞こえてきますから、もしかしたら住宅街の中には屋台が店を開いているのかも知れませんが、どうにも賑わいというものは夜の城下町とは無縁そうです。

 王都なのに変ですねぇと思いながらも、デリラへと意識を向けて、やっぱり繋がる特大輝石を通じて魔法薬を作ったりとしていましたら、行く手にまた次の区画への門が見えてきました。

 門の間から見える次の街並みを見れば納得ですね。どうにも門で区切られた区画毎にがらりと様相が変わります。番をしている騎士様に、ちらりと見られながら門を潜れば、その辺りでは全体的に家の大きさが大きくなって、裕福そうな佇まいです。一つ前の区画とはまた違って、通りに面して家々が立ち並び、時折お店が有る感じです。花壇なんかも作られていて、目にも嬉しい感じですね。


 つまり、栄えているのは中心部ということなのでしょう。繁華街とかいうのも、中心部近くに在りそうです。デリラにしても、居住区にはお店も無ければ夜も早かった様に思いますから、こういう辺りは何処いずこも同じという事なのでしょうね。

 街並みにしても、区画を移って平民の街並みから商家の街並みに変化しましたが、まだまだ貴族の邸宅という感じでは有りませんので、まだまだ上が有りそうです。


 なんて推測を裏付ける様に、またもう一つ門を潜り抜けてみれば、其処はどう見ても商業地区です。夜にも拘わらず光石の光で照らされて、ここだけはまだまだ夕方の賑わいですね。

 歩いているのも商人の様な身形の人から、鎧を着込んだ戦士まで。騎士には見えませんが、どうも鎧持ちが多いです。王都近くの魔物の領域であるクアドリンジゥルの門では、それこそ全身鎧の魔物達と息吐く暇も無く戦い続ける事になるそうですから、これが王都の冒険者の一般的な装いなのかも知れません。

 デリエイラの森の中では重鎧でなんて活動出来ませんので、今迄は金属鎧は騎士様が着る鎧でしか見た事は有りませんでした。それこそ騎士と冒険者は役割が違うのですから、冒険者が軽装なのは当然なのだと思っていたのですけれど……。


 ですが、王都で冒険者として活動するなら、私も鎧を誂えた方が良いのでしょうかね? 郷に入っては郷に従えと言いますし、それが必要な装備というのなら、新調するのも吝かでは有りませんけれど、まぁ、必要なら自分で作りますし、その方がいい物が出来そうです。大体私の体に合った鎧なんて、何処の店でも置いてそうに有りませんよ?

 ただ、何も見ない内から決めてしまう事も無いでしょう。ランク二の異名ともなっている“クアドリンジゥルの門”。それが異名の通りにランク二の狩場なのだとしたら、態々合わない重鎧を見繕わなくても私でも対処は出来そうですから、それを確かめてみてからでも、きっと遅くは有りません。


 そんな事を考えながら、更に次の瀟洒な門が見えてきた頃に、全身鎧と筋肉達のアジトでもある冒険者協会――というにはとても大きな建物が、大通りの左手に見えて来たのでした。

 ナイフと薬草と動物の皮の看板、どうにも建物の規模と似合いませんね? これだけの建物なら、剣と大木と竜の鱗くらいは必要でしょう。いえ、建物だけでは無くて、出入りしている冒険者からしてそうです。全身鎧の冒険者。其の手にナイフと薬草では、どうにもバランスが悪いですよ?

 そんな事を思いながら、冒険者筋肉が出入りする扉を開けて、私も協会の中へと入ったのでした。


 建物が大きくても、協会の中の印象は変わりません。受付が有って、休憩所が有って、多分二階に上がれば資料室が有るのでしょう。そのどれもが、建物一つ分は有りそうなくらいにとんでもなく大きかったりはしますけれど。

 其処を利用する冒険者には体の大きい筋肉達しか居ませんね。ガズンさんが標準で、そこから更に筋肉を上乗せされた冒険者達が結構居る感じです。

 私が協会の中に入って、それなりに『隠蔽』は働いている筈なのですけれど、どうにも視線が追い掛けて来ている様な気がします。

 何でしょうね? 森で探索は出来なさそうと思いましたが、鋭い人は結構多いのでしょうか。

 並み居る冒険者達は、どうにも初級冒険者という感じのしない人達ばかりですから、デリラの街の『一番星』と一緒にするのは失礼だったかも知れませんね。


「御免下さいな」


 受付の台が高いのは、体の大きな冒険者しか居ない王都の協会の弊害ですねと思いながら、引っ掛け魔力で宙に立って、受付の人へと声を掛けます。

 目をしばたいて私を見たのは、眼光鋭い男の職員でしたけれど、その目が私を捉えた途端、戸惑う様にその目付きが緩みました。


「ん? お客かな? ――いや、違う。依頼か? ――でも無い。……何の用かな?」


 自問自答しながら訝しげに眉を顰めていくその職員。背後の視線達も首を傾げているのを何となく感じながら、私は用件を告げたのです。


「預けているお金を下ろしに来たのです。王都で報酬を預かって貰う事にして受けた依頼がもう完了している筈なのですよ」

「む……ふむ、そうか。認識証が有るなら出してくれ」


 合点したとの様子で頷いた職員でしたが、差し出した認識証を見てまた固まってしまいました。引っ繰り返して裏書きを見て、そこで一旦また眉を顰めましたが、その後に大きく目を見開きます。

 何でしょうね? そういう気配は無いのですが、何か技能でもって調べられているのかも知れません。


「……『識別』を受けたのはいつだ?」


 あ、やっぱり何かずれが有って、それで眉を顰めていたみたいです。

 道中色々有りましたから、『識別』結果に変化が有ってもおかしくは有りません。書かれている事は少ないので、対鬼族暫定となっていたランクでしょうか。


「『識別』したのは十日近く前ですかねぇ? もしかしたら、今なら暫定が取れているかも知れません」

「…………その様だな。ふむ、奥の部屋へ行こうか」


 その言葉を予想していた私は、大人しく職員の後に続きました。

 何と言っても、王都へ送った二頭目の大猪鹿です。一頭目よりはずっと安くなるでしょうけれど、それでも数万両銀は堅いでしょうから、こんな窓口で渡せる物では無いですよね。

 そう思っていたのですけれど――


「改めて聞くが、君がデリリア領の鬼族の氾濫で守護者を討伐し、王都へ大猪鹿二頭を送ったディジーリアで間違い無いな?」

「ええ、そうですよ?」

「……よし、確認した。ここで暫く待っていて欲しい」


 なんて言葉と共に職員さんが出て行って、暫くするとワゴンを押してやって来た女性職員が、不思議そうに私を見ながら果実水と焼き菓子を置いて行ってくれました。

 果実水が無くなる頃に、ドタバタと音を立ててやって来たのが多分王都の協会長です。


「すまん! 待たせた……な?」


 焦った表情で飛び込んできましたのに、私の姿を見てから呆けた顔で職員さんへと振り返るのは失礼ですね。

 職員が頷くのを見て益々目を丸くして凝視してくるのは、背の高さを含めて体自身が大きい、疵痕だらけの筋肉巨漢なのですが……多分、魔術もかなり遣うのでは無いでしょうかね? 殆どの人が垂れ流しにしている魔力が、しっかり纏め上げられていて、こんな見た目なのに気配が野生の獣よりも薄いです。


「ディジーリアです。協会長さんでしょうか?」


 ちょこんと膝を折って淑女の挨拶をしてみると、益々協会長さんは挙動不審に職員さんへと視線を行き来させます。


「あ、ああ、王都協会長のダルバインだ。……本当にお嬢さんが、なのか!?」


 どうにも言葉になっていませんが、お嬢さんと言われましたので、ここはにっこりと微笑んでみます。

 ふふふふふ、お嬢様なディジーリアなのですよ。


 魔術も遣いそうとは思ったのですけれど、結局は筋肉信者らしい協会長さんは、居心地悪そうに目の前の椅子に腰を掛けました。

 …………そう言えば、何で協会長さんが来たのでしょうね?


「で、何の用だ?」

「え? 私は預けているお金を下ろしに来ただけですよ?」


 思わず協会長さんと顔を見合わせて、それから職員さんへと顔を向けると、焦った様子の職員さんが目を逸らしました。

 何だかぐだぐだですけど、丁度いい機会かも知れません。


「でも、折角の機会ですから、ご相談してもいいですか?」


 ええ、相談事は色々と有るのです。

 そうして話したのが、当初の予定の大猪鹿の代金。ですが、これは王都に着いたばかりで、研究所で解体してからオークションの流れらしく、まだ現金化されていなかったみたいです。

 それならと二百両金塊五つを両替の為に“瑠璃”に出して貰ったのですけれど、「『亜空間倉庫』を使えて、何故鞄を背負ってるんだ?」と不思議がられてしまいました。

 “瑠璃”が使う、名付けるならば『箱庭』は、『亜空間倉庫』とは全くの別物ですけれど、実際に私は『亜空間倉庫』も使えるのですから、言われてみれば確かに尤もな指摘です。

 幾つか否定する言葉は頭に浮かびますが、否定しようとする事自体が答えの様なものですね。要は私が嫌だったのですよ。

 荷物を全部『亜空間倉庫』に入れてしまうという事は、私が各部の構造から考えて作り上げた背負い鞄を、自らの手で御役御免にしてしまうという事なのですから。

 まぁ、界異点の中では『亜空間倉庫』を開けられませんでしたし、出番が無いとは言いません。ですが、王都では界異点への突入なんて考えても居ませんし、そうなると学院生活では背負い鞄が活躍する事も無いでしょう。


 ……だからと言って、『亜空間倉庫』に入れるのは考えてしまうのですけどね。『亜空間倉庫』に入れた輝石からは、丸で何も無い凍った空間に閉じ込められた様な感覚しか伝わって来ませんでした。只の素材なら兎も角として、“黒”も“瑠璃”もそんな場所に仕舞い込んだりなんてしたくは有りませんし、他の大切な装備達もいつ喋り出すか分かりませんから、やっぱり『亜空間倉庫』に仕舞うのは気が咎めます。“瑠璃”の箱庭の片隅を空けて貰うのならまた違うのですけれどね。

 早く『亜空間倉庫』を改造して、“瑠璃”の箱庭の様な空間を作り上げなければいけないみたいです。

 ともあれ、千両金は無事両替出来て、手数料を引いて千八十両銀。銀塊では無く銀貨で貰いましたので、暫く王都での暮らしには困らないでしょう。いざとなれば金貨が使えない訳では無いのですから、まぁ充分なお金です。


 次に相談したのが、王様への謁見です。

 王城へ行けば受付でも有るのかも知れませんけれど、どうにもすんなり手続き出来る様には思えません。

 そんな事を言えば、「それはそうだ」と力強く肯定されてしまいましたので、残念ながら予感は実際に起こり得ると確定してしまいましたけれど、どうにも失礼です。

 ですが、冒険者協会からなら無下にされる事も有るまいとの事ですので、王城への手続きはお任せです。まぁ謁見出来るとなっても、明日明後日の話でも無いとの事ですので、明日は学院を見に行く事にいたしましょう。


 こちらからの相談とかお願いとかに対して、協会長さんからも貴重な特級冒険者に指名依頼も有るだろうから、滞在先を教えて欲しいなんて言われましたけれど、王都の研究所員のデリラでの悪行や、王都の研究所が行いを革めない限りは王都研究所からの指名依頼も受けないつもりでいる事を伝えると、随分と難しい顔をしてしまいました。

 どちらに対して憤慨しているのかは分かりませんでしたけれど、強気に出れるのは私にしか出来ない事を求められているからだと思えば、そういう強みも煩わしいだけとは言えませんね。

 ただ、宿の場所を伝えるのは吝かでは無いのですが、そもそも宿が決まってません。

 どこかいい所を教えて欲しいと告げると、ご飯の美味しい所を紹介してくれるだけで良かったのですが、こんな時間から宿を探すのはお勧めしないと、職員用の宿舎の客間を借りられる事になりました。

 筋肉地方の宿舎ですから、少し心配は有ったのですけれど、女性職員用となると普通に綺麗にしてましたね。まぁ、『儀式魔法』が使えるなら、『洗浄』なんてのも有りますし、本部の協会職員がそれを使えない筈も有りませんけれど。

 嬉しかったのは、職員用のお風呂も使わせて貰えた事ですが――


「あら? 誰の子かしら?」

「うわぁ、お肌すべすべ。ほっぺぷにぷに」

「わわ、な、何をするのですか!? ちょ、やめて下さい!?」

「は~い♪ お背中流しましょうねぇ♪」

「ふにゃーー!?!?」


 ――って、何だか女性職員さん達に、寄って集って可愛がられてしまいましたけどね!?

 まぁ、それも次の日の朝の職員食堂での会話で、納得してしまいました。


「ここに居てると、むくつけき筋肉男ばかりしか視界に入らないからね」

「そうそう、可愛いは正義よね~」


 そんな事を言いながら集まってくる女性職員達によって、私のお皿の上にデザートが追加されていったのです。


 お風呂の時も御一緒した職員さん達ですけど、皆さん美人揃いです。それでいて、恐らく中級冒険者くらいの力量は有りそうです。一緒にお風呂に入ったのですから鍛えられた体をしている事は知ってますよ?

 リダお姉さんもそうでしたので、冒険者協会の職員になるには、そういう条件でも有りそうですね。


「王都の冒険者は、バランスが悪そうですからねぇ。殴り合いは出来ても、探索は出来そうに有りませんよ?」

「そうなのよ! “門”にも貴重な薬草が生えているっていうのに、誰も採ってこないんだから!」

「ゴブリンの森産の薬草が有るから、最低限の薬は揃うけれど、だからって“門”の薬草を無視する理由にはならないわ」

「討伐が上で、採取は下って、決めつけてるのよ」

「“門”にしたって討伐ばかりで、探索はまだまだ穴だらけよ!」


 そんな彼女たち自身がそれなりの冒険者でも有るからでしょう。探索を顧みない脳筋冒険者への鬱憤が溜まっている様です。

 説得出来ない事に対する忸怩たる思いも有ったみたいで、次から次へとぽんぽん愚痴が飛び出してきます。

 でも、いい事を聞けました。王都まで走ってくる間に気が付いた事ですけれど、やっぱり魔の領域の外の薬草には力というものが有りませんから、薬草の補充に少々不安が有ったのです。

 環境が違えば生えている薬草も変わってきますが、きっとゴブリンの森にはシダリ草やマール草が生えているのでしょう。ですがそれではべるべる薬もばんばばん薬も作れません。

 ゴブリンの森とは違う魔の領域が、採取も手付かずに残されているのなら、仮令たとえべるべる薬が作れなかったとしても新たな魔法薬に期待出来るのです。


「ほほう! いい事を聞きました。“クアドリンジゥルの門”には興味も有りませんでしたが、行ってみるのも良さそうですねぇ」


 ですが、そんな私の思いは、どうにも職員さん達的には受け入れ難いものの様ですね。


「え? ……駄目、駄目よダメダメ! あそこは筋肉共専用の狩場なのよ!?」

「それっぽい格好をしても、あなたじゃ挽き肉にされてしまうわ」

「これは全部私の手作りですよ?」

「……それは、凄いわね。――じゃなくて! “門”に出るのは鎧騎士だとか動く石像だとかが殆どなんだから、魔法だって効き辛いし、力が無いと打撃も通らないわ」

「すばしっこさや鋭さが役に立たないんだから無理よ!」

「そんな事は無いと思うんですけどねぇ?」

「「「絶対に無理よ!」」」


 結束を深めた女性職員達に、食堂を利用していたらしい協会長までもが混ざります。


「だよな? このふにふにの腕じゃ無理だよな?」


 もう! 食事中に腕を取らないで下さいよ!

 それに、貴女達もそんなこくこくと同意しないで下さいよ!


 この時、学院で学ぶ為に王都へ来た私に、もう一つの目標が出来ました。

 ええ、物語でだって、冒険者に成って直ぐの主人公が思うだろう事ですよ!

 学院に通っているその間に、誰にも侮られない冒険者に成って、見返してやるのですよ!


 まぁ、その為には、まずは学院に通える様にならないといけないんですけれどね。



 とことこと、獣車が何台も行き交う大通りの端を歩きながら、見えていた瀟洒な門を潜り抜けます。

 すると一気に街並みが変わって、御屋敷と言った方が良さそうな建物が建ち並ぶ通りになりました。

 地図によると、この奥の一画に王都学院は有るのです。


 朝食直ぐの時間帯ですから、これから職場に向かう人達が数多く通りを歩いています。その人達は大体三方に別れて行きますね。

 一つは真正面に在る豪奢なお城です。お城だけでデリラの街がすっぽりと入ってしまいそうです。平屋も在れば塔も在る、凄く立派な宮殿です。お城の奥には庭園や騎士様の演習場なんかも在るそうなので、文官だけでは無く騎士様達も大勢して城へと向かっています。

 もう一つ、城の右手には研究所が在るそうです。色々と思うところが有る曰く付きの場所です。ここにもお呼ばれしているそうですが、行くには対策を立ててからで無いといけませんね。まずは王様に直訴してからになるでしょう。

 そして最後の一つ、城の左手に、王都学院が在るのです。


 その三つの場所へは、門を潜った直ぐから通りが三方向へ分かれていますので、学院へ向かう左の通りへ進みました。

 小走りで進む私はいつも通りの装備です。街中ですから普段着の方がいいのかも知れませんけれど、やっぱり『亜空間倉庫』に思い入れのある品物を入れるのには抵抗が有るのです。『亜空間倉庫』の中をお部屋の様に調えられたなら、また話は別なのですけれどね。

 王城へ向かう大通りより幾分細い通り沿いは、住人達の息吹がより感じられる様ですね。今は貴族と言っても平民が成り上がれる地位では有るのですが、この区画で暮らしているというそれだけで背筋に芯が入るのか、庭先を掃き清めている使用人までが姿勢を正して誇らし気です。

 所々に公園が配置されていて、揺れる緑も目に楽しいです。呼吸が楽になる感じですね。


「お早うございます!」

「おや? お早う」


 つい、デリラの街でお遣いをしていた時の癖で挨拶をすると、気持ちいいお返事が返ってきます。

 これから暫く暮らす事になるだろう王都ですけど、楽しくやっていけそうですよ。


 そうして走っている内に、研究所からは商都へ魔法薬を送ったという連絡が有ったり、何故かゴブリン友の会を監視していた人が王都へ入って来たので、その人が向かう先の面会者の裾にも輝石の欠片を仕込んだり。

 乗り合い獣車を追い抜いたりしながら辿り着いたのが、外からは大貴族の邸宅にしか見えない王都学院の門前でした。


 まぁ、門までならそんな感想でいいのでしょうけれど、門の中まで見える所に辿り着くと、ちょっと表現に困ってしまうのですけどね。

 元は公爵の邸宅と聞いた通りに、門構えは物凄く立派です。元は煌びやかな庭園だったと思われる、前庭の向こうに見える邸宅も丸でお城のようです。ただ、今はちょっとその前庭に左右から挟み込む様に建つ無骨な建物が有ったり、行き交う人達も文官とも思えない雑多な有り様で、全体的に見ると貴族の邸宅とは何かが違って見えるのです。


 何て言うか、煌びやかな宮殿のホールでも、事務机と腕章を付けた職員を用意すれば、一気にお役所になってしまう様な感じです。


 何気なく、その立派な門から覗き込めば、門扉も開け放たれたその学院の敷地直ぐ内側の右手に、元は守衛所らしき小さな小屋が在りました。

 そこで私は、思いも掛けない物をこの目で見てしまう事になるのでした。


 小屋の前に立て掛けられた一つの看板。そこに書かれたその言葉。


 ――王都学院入学試験最終日。本日午前中受付締切。


 文字の意味が頭に浸み込むまでの数秒間。

 それが過ぎた直後に、私はひゅっと喉を鳴らして、文字通り跳び上がりました。


「わぁあ!? ちょっと待って下さい! 入学希望ですよー!!」


 慌てて私は、その小屋前へと『瞬動』したのです。

 確認せずにいた私も私ですけれど、締め切りなんてものが有るのなら、お手紙にもちゃんと書いておいて欲しかったのですよ!?


 こうして私は、王都学院の入学試験に、間一髪潜り込む事が出来ました。

 本当に、本当に危ないところだったのですよ!?

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