(72)ナチュラルハイっていうものですかね?

 眠いです。

 親分さんの町を出てから、ずっと地上を走っています。

 体を動かしているから起きていられますけれど、空を飛んでいたら墜落していたかも知れません。

 徹夜なんて何度もした筈ですのに、何だかとても眠いです。


 分からないでも無いですけどね?

 半日空を飛んできて、その後は坑道に突撃して、坑道の底を抜けた先で魔力枯渇寸前までの大討伐。其処から帰って来た後も、朝になるまで徹夜で戦利品の確認です。


 まぁ、確かに確認だけしていたのなら、ここまで眠くなる事も無かったのでしょうけれど。

 どうにも手が空くと、能力一杯までやる事を詰め込もうとしてしまいます。それで質が引き上げられる事も有りますけれど、今回ばかりは只の趣味で自業自得というものです。


 まずは、蟲鬼の死骸を置く場所を整えなければなりませんでした。

 と言っても、形さえ決めてしまったなら、後は魔力に物を言わせたごり押しです。

 「流れ」で粗く形を作って、「活力」を大量に与えて順に熔かし固めます。最初に与えた「活力」を、流れで操りながら順々に巡らせていけばいいので、消耗はそれ程でも有りませんでしたが、丁寧に仕上げ直しが終わる頃になると、魔力の八割方を消耗して朝までの三分の二が過ぎていました。

 『亜空間倉庫』を発動した際に区切られてしまった分の魔力はそのまま確保されていますので、それが使えれば余裕なんですけどね。

 ですが、その魔力まで使ってしまっていたならば、『亜空間倉庫』の中身がここにぶちまけられていたかも知れないと考えると、成る程確かに必要な処置なのかも知れません。


 でも、まぁ、そこまでは良かったのです。広範囲にわたる作業で、私も能力の限りを尽くしていたのです。

 ですが、粗方形が出来てしまえば、後は意識の片隅で飛ばした輝石で処理出来ます。残る作業は蟲鬼達の解体で、これに手を取られると思っていたのですけれど……。


『~~♪ ~~♪』


 思わぬ手助けが実に優秀で、繊細で気を遣う作業というものが私の手から離れてしまいました。

 ええ、“黒”と“瑠璃”が頑張ってくれたのですよ。

 “黒”は分身の剥ぎ取りナイフと一緒に縦横無尽に宙を舞って、まだ魔力の手を使うのもぎこちない“瑠璃”は私が幾つも造った石の長櫃の傍で待ち構え、“黒”が投げてくる素材をそれぞれ長櫃に仕分けして――。

 特に“黒”が見事な解体を見せてくれたものですから、私は守護者を三体手懸けた後は、流れ作業で『亜空間倉庫』から出した鬼族の死骸を積み上げていくだけで良かったのです。

 まぁ、角の髄ばかりは私が処理する必要は有りましたけれど、それくらいしか気を遣う必要は無かったのですよ。


 そうなると、余裕が出て来てしまうのです。それは気持ちが悪いのですよ。

 何も、移動する時までいつも全力疾走という訳では有りません。一生が命懸けとか言われたならそれは何処の貧民街の子供ですかと思いますけれど、一つ所に命を懸けるのは職人としては当然で、寧ろ何かを造ろうとする時にはそんな心構えが必要なのでしょう。

 こうやって腰を据えて作業をしている時に、手隙の状態というのは、私には本当に落ち着かないものだったのです。


 まぁ、それがどうして人手を増やす方向へ向かったのかというのは、不思議なところなのですけどね。やっぱり私も疲れていたのかも知れません。

 おお~、“黒”と“瑠璃”が手伝ってくれましたよ。もっとお手伝いさんが居ればもっと楽になりますかね。お留守番の警備鎧みたいな? そう言えばこの辺りの鬼族は甲殻を纏って警備鎧に似てますね。警備鎧までは要りませんけど、土でお手伝い鬼族さんでも創ってみましょうか~。

 ――って感じです。

 ですけど当然の事ながら、お手伝い鬼族っぽい土人形を創ったところで、動かしているのは私な訳ですから、楽になる筈が無かったのですが。


 そんな事にも気が付かないまま、数体創った土人形と踊って回ってハイタッチ。ぼふっと舞った土埃が、空回りする私の遣る気に水を差しました。

 それを無理矢理奮い立たせて、ほほうと唸ったその時の私。土人形は所詮土の塊だと言うのなら、焼き固めてしまえばいいのですよ! と、また間違った方向へ力を入れて――。

 迷走する私の思考は、思い付きの儘に暴走して、出来上がったのは焼き固められて関節も曲がらない鈍器です。

 後の展開は言わずもがな、と言いつつも言ってしまいますが、鈍器な像が幾つも増殖してしまいました。他にも小道具だとか看板だとか装飾だとかが増量です。小道具だと思いながら造った石の剣が、『鑑定』したら本当に【小道具】だったのには驚きましたが、どうやら道具の名前は製作者の認識が大きく影響する様ですね。


 その頃には空が白んできていて、到頭朝日が昇るに至っては、流石に私も焦りを覚えたのですけれど……。

 気が付いてみれば『亜空間倉庫』の中も殆ど在庫は放出されていて、素材も全て長櫃の中に選り分けられて満載です。至る所で鈍器な石像が小芝居なんかも繰り広げていて、疾っくに終わった窪地の整地と、役目を終えて戻って来ている輝石達。

 おや? 終わっていましたか?

 なんて思いつつ、辺り一帯を見て回りました。

 守護者の素材は一匹分を残して、二匹分の目ぼしい素材は私が貰ってもいいですよね? 残りの素材は半分は残して、半分貰っていきましょう。勿論貰っていくのは魔力を帯びた素材や纏っている鉱物で、石の甲殻なんて要りません。それこそごみかも知れませんけど、まぁ置いておけば良い様にしてくれるでしょう。

 そんな事を考えて、私は自分の取り分を石の長櫃毎『亜空間倉庫』に仕舞い込んだのでした。


 流石に石の剣が【小道具】だというのは、がっかり感が酷いでしょうから、大量に有る低質の角タールで巨大な剣と槍を造っておきましたけれど、あれはどうなりましたかね? 実際に使えるサイズの剣や槍も、数本紛れさせておきましたので、宝探しの趣も有るでしょうけれど……。

 結局の所、角タールで出来た剣は魔力を通しませんから、何の役に立つのかは分かりません。そんな私の気持ちが溢れてしまったのか、『鑑定』してみれば種別が【張りぼて】になんて成ってしまっていました。魔力を通さない福次効果で、どうやら魔法を切ったりも出来るみたいですが、響きは【小道具】以上にがっかり感が漂いますよ?


 ――と、そんな置き土産に思いを馳せながら、街道を駆け抜けていたのですけれど、はっと気が付いたのが坑道の奥で採掘してきた鉱石類。あれ、お山が親分さんの持ち物なら、盗掘という事になってしまわないでしょうか?

 ……いえ、いえいえ、確か魔の領域は個人の領有が出来なかった筈です。私が採掘したのは坑道奥の魔の領域からだけですので、ぎりぎりセーフというところです。


 そんな覚醒と微睡みの間を行ったり来たりとしながらも、うとうとし掛けたら態とジグザグに走ったり宙返りを交えたりして変化を加え、木々が並ぶ様になったら魔力の腕は使わないでの木々渡り。

 これだけ眠いと本当なら体に力も入らないのでしょうけれど、私の力は九割方『魔力強化』によるものですから、走れてしまう訳なのです。殆ど魔力が為した事でも、全く筋肉を使っていない訳では有りませんから、腕も足も少し熱を持っていい感じです。ちょっとは冒険者らしい筋肉が付いてくれるかも知れません。


 気を付けなければいけないのは、自分の体だけでは無くて、しっかり装備や服に鞄なんかにも『魔力強化』が必要な事でしょうか。これをなおざりにしてしまっては、折角の装備や服が直ぐに擦り切れてしまいます。

 本当でしたら、ちょっとだけでも仮眠を取って、すっきりした頭で道を行く方が色んな意味でいいのでしょうけれど、動けてしまえるのが悩ましいですね。これはこれで意識が朦朧としている時の行動訓練だとか思えてしまうので、め時というのが分からなくなってしまうのです。


 でも、動かせていると思っていた私の魔力操作にも、実は結構綻びが有ったのでした。


「――うにゃ! ひゃっ!?」


 ぴょんと跳んだ一歩の着地点で、さっと魔力の道を通して、次の一歩は『瞬動』で。そんな事を織り交ぜていた時に、その事故は起きたのです。


「ひゃああああ!!」


 こう、『瞬動』の距離を伸ばしていた事や、『瞬動』に入る時の速さが嘗て無く疾かった事や、何より『瞬動』に入ろうとしながらも眠気で私の意識が一瞬途切れていた事によって、さしもの私と雖も『瞬動』の制御を誤る事となったのです。

 その結果何が起きたかと言いますと、到着点となる筈の場所で止まれず、うにょ~んと行き過ぎた上で、こんどは後ろにびみょ~んと引っ張られて……。

 結果、元々の到着予定地点との半分位の位置で、地面に手を突いて荒い息を吐く事になったのです。

 頭の天辺から足の先まで、冷たい強張りが走ると共に、一気に目が醒めてしまいましたよ!?


 でも、失敗して気が付きました。

 私は『瞬動』とは、魔力で作った道に“気”を纏って飛び込めば、魔力と“気”の謎の作用で魔力の道の出口へと一瞬で移動出来る、そういう技能だと思っていたのですけれど……もしかして、間違えていたのでは無いですかね?

 今の感じは、びみょ~んと伸びる魔力の手に近い感じがしましたよ?


 そうなると、魔力の道の役割が私の推測から変わってきます。「高速移動出来る通路」ではなく、単に「引っ張る力」が必要なのでしたら、こんなにしっかり魔力の道を作る必要も有りません。

 それならいっそ、ぐっと薄めて試してみましょうと、漸く落ち着いてきた呼吸に一つ溜息を吐いてから、よたりと私は立ち上がったのです。


 で、まぁ、いつも作っている魔力の道は、太目に作った魔力の腕の様な物なので、言ってみればかなり濃いです。一気に一割程度まで薄めてみても構わないでしょう。

 ――そう思って試してみたら、あっさり『瞬動』出来てしまいます。

 これは、薄い側から試した方がいいですかねと、索敵するのに広げている程度の魔力の薄さで試してみたら……

 ――出来、ましたね?

 『瞬動』っぽく移動出来たのは僅かな距離ですし、では無くそれなりに目で追える速さでしたけれど、しっかり『瞬動』は発動しています。


 それだけの遅さで観察出来るなら、色々と分かってくるものです。

 引っ張られている感じは有りませんけれど、魔力は私を引っ張っていますね? 祝福技能で染み付いた感覚で、無意識の内にも引っ張っていた様ですけれど、引っ張られている感じが無いのは……おお、成る程、全体を一様に引っ張ると、引っ張られている感じも無くなるのですね?

 腕だけ引っ張れば、腕が引っ張られている感じがするでしょうし、体の形に覆って引っ張っても、体の内側がその場に留まろうと偏って、やっぱり引っ張られていると感じるのでしょう。ですが、内側も含めて全身を一様に引っ張れば、体の何処にも負担が掛からずに、引っ張られている事も感じないで引っ張られる事になるのですね。

 確かに少し違和感は感じていたのです。黒毛虫の上に跳び上がる二段階の『瞬動』。あの二段目は、魔力の道に飛び込んでいないのに、ちゃんと瞬動が発動していました。何かが引っ張り上げてくれていなければ、宙に留まった其処から更に上に跳ぶ事なんて、出来る筈が無かったのです。

 そうなると、“気”が何をしているか、ですけれど……どうやら魔力で引っ張るその偏りを、どうもならしている様ですね。それと潤滑剤というか何というか、私が魔力強化でしている服や何かの保護とかを、“気”で賄っている様な気がします。


 何度も繰り返す内に、ちょっとずつ分かってきましたよ?

 つまり、この『瞬動』は、魔力の操作は余り得意では無い、近接戦の遣い手が編み出した技なのでしょう。自身を守るのは基本的に“気”で補い、魔力はそれ以外の便利な力という事ですね。

 こう、魔力を撃ち出して、その魔力で自身を引っ張っ……おや? ここで少し魔力が踏ん張っている感じが……。これは、もしかして魔力に「重さ」を与えていたりしませんかね? 撃ち出した魔力に途中で「重さ」を与えたら、重い魔力と繋がる魔力の手が伸びきった所で、当然引っ張られることになりますね。引っ張られると今度はその重い魔力と自身の位置が入れ替わった場所で、今度は後ろに引っ張られて停止する事になりますね。

 おお! 謎の魔力の働きに、理屈を付ける事が出来ましたよ!? やっぱり失敗から得る物は本当に沢山有るのですよ!


 つまり、本当の『瞬動』は、撃ち出した魔力を途中でおもりに変えて、びみょんと伸びた魔力の腕でその錘と私の位置を入れ替えて、丁度止まったその位置で魔力の錘を解除すれば――ほほう! 私の場合瞬動に“気”を使わなくても発動しましたよ?

 これを近接戦の遣い手が用いるなら、予備動作無くその位置を変えてくる恐ろしい技です。それに、魔力を撃ち出す瞬間から「重さ」を与えておいたなら――ほら! 魔力を撃ち出した方向へだけでは無くて、反動で逆へ動く事も出来ますよ!

 こんな凄い技なのに、何も理解せずに力任せで『瞬動』を発動させていたのですから、それは『瞬動』も矯正しようと頑張る訳ですよ。少し『瞬動』には悪い事をしてしまったかも知れません。

 でも、失敗させてくれない過保護具合が招いた事でも有るのですから、そこはお互い様というものですね。


 少し残念な事は、魔力に「重さ」は与えられても、私自身の重さを軽くする事は出来ないらしいという事です。それが出来れば色々と、他にも応用出来そうでしたが……。

 ですがまぁ、今分かった事だけでも、魔力特化の私に掛かれば、可能性は幾らでも。

 例えば私は探索に出る時には、索敵の為にも周りに薄く魔力を展開しています。魔力的にもこの中は私の支配領域でしたけれど、これからは物理的にも私の支配下となるでしょう。

 「空間」の力を使わずとも、魔力を展開したその中を、縦横無尽に飛び回る事が出来る様になったのですから。

 それに、『瞬動』の仕組みが分かってしまえば、態々停止するまでを一連の動作と決めてしまう事も有りません。加速も減速も同じ仕組みなのですから、別々に力を使えば動きたい時に動いて、止まりたい時に止まる事が出来ますよ?

 これなら態々敵の前で止まらなくても、斬捨て御免と駆け抜ける事も出来れば、――ほら! 「空間」無しで空を飛ぶ事だって、その途中での方向転換だって思いの儘です!


 ふはははは! これは楽しいですよ! 何処までも空に落ちていく感じが堪らないです!


 なんて少し興奮してしまいましたけれど、そうです、落ちている感じなんですよね。

 今は目が冴えていますけれど、興奮しているが為の一時的な覚醒状態でしょう。少し怖くなって、私は地上へと降りました。

 色々と研究し甲斐は有りそうですが、今は安全第一で行きましょう。


 新しい技を試しながらも、てってけてってけ地上を行きます。

 その途中で、デリラの街に残してきた輝石との接続が切れてしまいました。とは言え、切れたのは通常の小さな輝石の方だけで、研究所に置いてきた大型の輝石や、私の家の各所に置いた握り拳程の輝石、協会のノッカーなんかにはまだ通じています。それに秘密基地に隠している特大の輝石の反応には、丸で変化が有りません。煌々と輝く太陽の様です。

 それらの輝石を通じれば、小さな輝石だけでは無くて、研究所のプレートだって反応を探る事が出来るのです。まだ王都へは半分というところですけれど、王都へ着いても心配する事は無いでしょう。


 でも、一応向こうからの連絡が届くかどうかも、確かめておくべきでしょうかね?

 そう思って、まずはオルドさんは……ええ、協会に居るのを見付けました。


『オルドさん、オルドさん! ちょっといいですか?』


 問い掛けてみれば、ぎょっとしてから振り返ります。


『……お前なぁ、ベルの音を鳴らしてくれるのでは無かったのか?』

『あ、忘れてました。――やり直しますかね?』

『いやいい。……で、何の用だ?』

『あー、えーとですねぇ、そろそろこのノッカーも反応が弱くなって来ましたので、そちらからノックした時にこちらに伝わるか試して欲しいのですよ』

『む……それはいいが、今はどの辺りに居るのだ?』

『まだ半分も来ていませんよ? そろそろライセン領から出る関所ですかねぇ』

『……普通はまだ湿地帯だからな。まぁいい。このままノックすればいいのか?』

『あ、一度切りますから十秒後でお願いします』


 そしてノッカーとの接続を切って待つと、トントントンとノックです。

 でも、やっぱり遠いですね。協会のノッカーから直接届く物よりも、秘密基地の特大輝石を通じて届くノックの方が強いですよ?


『はいはい、今三回ノックしたので合ってますか?』

『ああ。しかし、まさかここからライセンの向こうまで届くとは……』

『あー。心臓を叩かれる様な力強さは無くなってしまいましたねぇ。作業小屋の扉をノックされている様な感じですから、何かに集中していたり眠っていたりすると気が付きませんよ? 何か用事がある時は、しつこいくらいにノックして貰うか、定時連絡の時間を決めておいた方が良さそうです』

『定期で連絡を取る様な事も無いな。連絡を取りたい時に取れるだけで望外だ。用事が有る時はこちらからノックしよう。誰かに言付けを頼む事が有るかも知れん。その時は依頼扱いにさせて貰うから宜しく頼む』

『こちらも色々お願いしたりしていますので、遠慮は無用ですよ? それでは、また何か有りましたら連絡しますね』

『ああ、王都に近くなれば魔物は少ないが、逆に盗賊共が出る。気を付けろよ』


 と、オルドさんとは無事会話出来ましたので、思い付きで創ったノッカーですけれどかなりお役立ちですね。

 協会のノッカーよりも研究所のノッカーの方が大きいので、そちらは態々確かめる必要も無いでしょうけれど、そろそろ商都からの依頼も届いている頃でしょうから、一度確かめてみましょうか。


『ファルさん! 丁度いい所に……って、それは商都からの依頼用ですか?』

『あ! ディジー、丁度良かったよ。今から連絡をしようと思ってたんだよ』


 研究所のノッカーに繋げてみると、丁度ファルアンセスさんが小瓶や薬草を用意してくれているところでした。小瓶が少し上等の物ですから、きっと商都向けの物ですね。


『一昨日の件で早速商都から依頼が届いてね。べるべる薬とばんばばん薬、それぞれ十本ずつ注文が来たよ。所員も冒険者の二人が早速拠点をこっちに移していてね、今も薬草を採取しに行っているから、夜にもまた連絡しても構わないかな?』


 流石の冒険者、身軽ですね。

 ですけど夜は――


『夜は無理かも知れませんねぇ。ちょっと徹夜していたりしますので、夜まで保っても遠隔で魔法薬を作るのは質が落ちてしまいそうです。この部屋に置いてくれれば、朝の内に作りますよ?』

『徹夜って……ディジー、大丈夫なのかい? 無理をしないで休む時には休んだ方がいいよ? 薬草はこの部屋に置いておくよ。商都に送るのは質のいいのを送りたいからね』

『そうですねぇ。治療に用いるのなら、ランクが高くないと効果も殆ど無い様ですし、研究所の皆さんにはランクが低い物の方がいいでしょうね。魔力を動かす感覚は充分掴めますし、魔法薬の効果で長く拘束されるのも大変ですから。あ! 出来れば纏めて作りたいので、大きい瓶も用意して貰えますか?』

『ああ、分かったよ。水の用意は要らないんだったね?』

『ええ、水は自分で何とか出来ますから』


 そうして用意された薬草を確かめてみたのですけれど、……何でしょうね? 商都で手に入れた物よりも力強さは有るのですが、本当ならもっと品質が良くてもいい様な気がします。

 首を傾げながら、質が良さそうな物を選り分けている内に、ライセン領からラトル領へ入る関所に辿り着いてしまいました。

 ……おや? ここの関所には関所の町が有りません。整備された街道を塞ぐ様に、大きな門が設けられていて、町の門と同じ様に皆さんそこを潜り抜けている様です。

 ここでもやっぱりランク六以上は一番左ですね。

 門を見ている騎士様には、一瞬顔を顰められてしまいましたけれど、『判別』の魔道具が青く光ったのを見ると興味を無くした様に他へと視線を移しました。

 何事も無く通り抜けたら、今度は緑豊かなラトル領です。

 『隠蔽』強めにたったか走れば、何台も獣車を追い抜く事になって、時折気が付く恐らくは『看破』持ちが、ぎょっと二度見をしてきます。

 街道を行く人も、少し増えてきましたね。もう少し行けば、親分さんの町へ寄り道する時に外れたデリリア領からの主要街道と合流しますので、そちらに出れば更に人は増えるのでしょうか。

 街道に人や獣車が犇めく様になれば、この勢いでは走れません。空を行くのは危ないですから、最後の手段に途中で宿を取る事も、頭に入れておきましょう。


 時折森の中を突っ切っていくラトル領の街道を行きながら、遠隔操作で選り分けた薬草を魔法薬へと「活性化」していきます。

 大瓶に纏めて作っても、どうやら問題有りませんね。

 品質が落ちている事が気に掛かっていましたけれど、恐らく採取の方法が少し拙かっただけの様ですから、それくらいは『根源魔術』の腕でカバーする事が出来ますよ。残念ながら今は『儀式魔法』が使えないので、『鑑定』なんかも出来ませんが、幾つか用意して貰った大瓶はランクAが殆どで、幾つかランク一が混じっている感じでしょうかね。

 商都にはランクAを送って貰えればいいでしょう。


 そんな魔法薬をファルアンセスさんに託しますが、気になるのは腑に落ちない採取の拙さです。

 見た感じ丁寧に摘み取っていて、そこから想定される品質と、実際の品質が感覚的に合いません。

 何が違うのかと私がやる場合を順に思い浮かべてみましたら、これ、もしかしたら道具の違いが出ていたりはしませんかね? 『鑑定』が出来る様に成って、片っ端から私の装備を『鑑定』してみましたけれど、二代目採取ナイフには植物特化と言ってもいい技能の数々が有りましたよ?

 恐らく研究所の状況から言って、採取ナイフは重要な仕事道具となるでしょうから、私が造ってもいいのですけど、生憎あいにく鍛冶に使う鎚は二本とも持ってきてしまいました。こんな事なら一本は残しておけば良かったですね。

 鎚造りから始めるとしても、鉄の手配は必要となるのです。素材の手配は協会ですねと、再びオルドさんに連絡です。


『りんりんりん……りんりんりん……』

『おいこら! ベルの音を鳴らすのと、ベルの音真似をするのとは違うだろうが』

『ベルの音真似を口でした様な音を鳴らしたのですよ?』

『ややこしいわ! ……で、何だ?』

『鉄を千両程手配したいのですよ。』

『ん? どういう事だ? 鉄なんて手配したところで、お前は街におらんだろう?』

『遠隔操作でも出来る事は有るのですよ。受け取りはお留守番の警備鎧が居ますから、渡してくれればいいですよ?』

『む……鎧……そう言えば、話に出ていたな。丁度いい、千両鉄なら備蓄が有るから、今から俺が持って行こう』

『え? そんな、支部長さんの手を煩わせる事では無いですよ?』

『序でだ、序で。お前の家の不穏な噂を確かめに行くのだ。お前が悪党共を捕まえてくれるのはいいが、化物屋敷だの何だの怯えてしまって話にならん。一度は確かめに行くつもりだったのだ』


 そんな事をオルドさんが言いましたので、お留守番の警備鎧に三角巾とエプロン装備で待ち構えていたのですけれど……。


『くくく……お届けご苦労。確かに受け取ったわ!』

『…………いや、お前、ディジーだな?』

『んん~? 何の事か分からんなぁ?』

『動きから何から、ディジーリア以外の何者でも無いわ! このお調子者め!』

『……まぁ、そうなんですけどね? お調子者扱いは酷いですねぇ』

『お前がお調子者で無くて、誰がお調子者だと言うんだ、全く……』


 ぶつくさ言うオルドさんが他にも見たがりましたので、玄関前まで案内します。


『な~に~よ~う~じゃ~?』

『ふふふ……覚悟は出来ているのかしら?』


 左右の巨人像にも喋らせて、軋む音を響かせながら影をゆらりと動かします。

 序でに光石もチカチカと。


『……成る程、これか。地獄の門番とか言われていたのは』

『ここで警備鎧を登場させて、凄ませながらお仕置きすれば、大体命乞いをして二度と悪さはしないと約束してくれますよ? ……掃除はちょっと面倒ですけれど』

『更生の機会を与えたと思えば温情でしか無いな。まぁ、大体分かったが、その鎧はどうやって動かしているのだ?』

『あー……自然と動いている様に見せているだけで、パーツ毎に細かく操作していますからねぇ。関節の曲げ伸ばしだけで動かせればいいのですけれど、今は私が操らなければ、ほら――』

『……確かに、これでは糸の切れた操り人形だな。器用なものだ。まぁ、普通の客まで驚かさん様にな』


 今は遠隔操作で鍛冶をする気分にはなれませんし、オルドさんが帰ってしまって会話も終われば、途端に眠気が蘇ってきてしまいますね。

 まぁ、ラトル領の街道は、緑豊かな森の中を行くのが多いので、色々と気になる物が多くてそれなりに目を覚ましても居られたのですけれど。ですが主要街道と合流して、更に道行く人が増えてくると、どうにもただ走るだけにも限界を感じてしまったのです。

 仕方が無いので街道の脇の木に登って、“黒”と“瑠璃”に見張りを頼んで仮眠です。

 そして本の一刻三十分ばかりでしたけれど、少し眠ればちょっと復活しましたよ? まぁ、一時凌ぎとは分かっているので、目が醒めている間に移動ですけどね。


 ラトル領の中の宿場町で美味しい野菜の昼御飯を食べて、ラトル領を抜けたらカントラム領へ。どうも王都へ近付く程に、関所が頑丈な門になっている様な気がします。空を飛んでいた場合は、やっぱり地上に降りた方が良いのでしょうか?

 そんな疑問を感じながらも、大農園が広がるカントラム領へと入ります。

 視界に必ず一台二台と獣車の姿が見えるのは、もしかして態となんでしょうか。前後から必ず目撃されるなら、獣だって警戒しますし盗賊も寄り付いたりはしないでしょう。

 そんなカントラム領の中では特に何事も無く、たったかたったか走り抜けて、お次はいよいよ王領です。


「もう日の沈むこの時間に旅人か? ――む、そのなりでランク六か。引き留めたいところだが、ランク六では何も言えん。この先は盗賊も多い。気を付けろよ」


 関所の騎士様に心配されながら、王領への門を潜り抜けます。

 この分なら、何とか今日の内に王都へ着く事が出来そうです。


 たったか走ると言ってはみても、足音なんて立てませんし、それでも並の獣車の十倍以上で駆けています。こうなると、魔力を広げての索敵も間に合いませんから、ここは魔力を見る目が頼りです。

 まぁ、それも私の様に魔力を完全に制御出来る何者かが相手の場合、きっとこの目にはその姿を捉えることは出来ないのですけどね。

 ですから探索するなら魔力も薄く広げるのですが、多少は星明かりも有りますので、街道を行くだけならば充分ですよ。


 そんな気持ちで走っていたのですが、思いの外に夜の街道も利用者が多いのでした。

 と言っても、人間では有りません。種類も様々な獣達が、歩き易い道を見付けたとばかりに、夜の街道を闊歩しています。

 ちょっと走りにくいですね。一般人の人間よりも、野生の獣の方が、漏れ出る気配も魔力もずっと小さいのです。獣達がこんなに歩いていると思いもしなかった初めの内は、何頭か蹴飛ばしそうになってしまいましたよ?


 今では引っ掛け魔力の業で以て、獣達の頭より少し高い宙を踏んで走っています。つい鍛錬とか思ってこんな技を組み込んでしまいますが、これが思いの外に新しく見出した「重さ」の魔術とも噛み合って、流れる様な疾走感を生み出したりなんてしています。

 只でさえ清々しい夜の道に、爽快さが加われば眠気なんて感じていられません。「ひゃわー」と駆けて、「たやー!」と跳ねるのです♪


 通り過ぎ行く幾つもの宿場町に灯る光石の明かりを横目に、そんな楽しいラストスパートに浸りきっていたかったところでは有りますが、他の人の十倍以上で街道を駆け抜けるなら、事件現場に行き合う確率も十倍以上になるのですよ。

 とは言っても、行き成りそんな現場に行き合った訳では有りません。始めに見付けたのは、街道脇の草っ原で、野犬を苛めていたお爺さんでした。


 ……いえ、お爺さんですよ?

 襤褸ぼろとは言えちゃんと服を着ていますし、小柄とは言え体付きもお爺さん以外の何者でも有りません。

 いえ、“黒”の主張も分かりますけど、これを鬼族と認めてしまうのはとんでもない事ですよ? ちりちりした違和感を感じるとは言っても、このお爺さんを鬼族と認めるのは問題です。

 何故なら、それは既に討伐されてしまったお爺さんが、何人も居るだろう事を示しているのですから。


 下手物食いのアブダさんなんて目じゃ有りません。丸っ切りお爺さんです。

 お婆さんと一緒に地元の名産品を王都へ売りに来たお爺さん。獣車をぽくぽく歩かせます。

 そんなお爺さんとお婆さんに、恐ろしい野犬の群が襲い掛かります。


『お爺さん! 危ない事は止しておくれ!』

『ええい! 婆さんはゴロンタの奴を走らせるんじゃあ!』


 お爺さんは獣車の荷台で棍棒を振り回し、野犬達を追い払います。

 悲鳴を上げながら、獣車を駆るお婆さん。

 そこへ駆けて来るのは冒険者の若者です。


『大丈夫か! 今助けるぞ!』

『早く、早く助けておくれ!』


 首を縮めて悲痛な顔で助けを求めるお婆さんの駆る獣車へ、駆け寄ってきた冒険者の若者は飛び乗って、『このゴブリンめ!』と手に持つ剣をお爺さんにグサリ。


『ぎゃーー!!』


 振り返ったお婆さんが見たのは、血を噴き上げながら断末魔の叫びを上げるお爺さん。


『何!? 赤い血だと!? ゴブリンの変異種か?』

『何を言ってるだ、この人殺しーー!!』


 目を見開き牙を剥いたお婆さん、目と口から血を噴きながら、草刈り鎌を手に――



 ……おや? 何か聞こえますね?

 お婆さんの豹変に慄然としていた私の元へ、剣戟の音が聞こえてきました。

 そう、事件は私の頭の中では無くて、街道の先で起きていたのです。



「絶対に近寄らせるなよ!!」

「伯父貴! 右から三匹!」

「おお!! 任せろ!!」


 足を延ばした先で襲われていたのは、一台の獣車と、護衛或いは獣車の主らしき三人の男達でした。

 どうやら獣車の中にも人の気配が有りますので、家族で旅をしていたのかも知れません。

 襲って来ているのは、先程のお爺さん達ですねぇ。同じ姿格好のお爺さんが十以上も群れを成して、グギャグギャ言っていれば流石にもう誤魔化す事は出来ませんよ?

 ですけど、どうにも様子がおかしいです。

 老鬼か爺鬼かそれとも翁鬼か分かりませんけれど、そんなゴブリンが十数体たかって来たところで暫くは大丈夫そうな様子に、一先ずそちらは置いておきます。

 気になるのは、集まってきた鬼族達が、一度森の縁で集合してからこちらに向かって来る事です。

 様子を探れば隠れている気配が四つ程。……いえ、少し離れた木陰にも一つの、合わせて五つの気配ですか? まぁ、怪しいなんてものじゃ有りませんね?


 そっと近付いて様子を窺えば、にやにや笑いの男達が四人、リーダーらしき一人が大鬼オーガの角の様な物を手に、くさむらの中に潜んでいます。

 ……手に持つその角が一際異彩を放っていますね。具体的には、大鬼オーガの断末魔の気配を常に放ってます。それに釣られて翁鬼ゴブリン達が森の中から出て来ますが……何だか頭が悪そうですねぇ? 何をしに出て来たのか自分でも分かっていない様子で、時折「グギャ」とか鳴き声を上げています。潜んでいる男達に気が付いた様子が有りませんが、『隠蔽』が掛かっている様にも見えませんから、彼等を仲間と思わせる様なそんな道具も持っているのかも知れませんね。


 と、潜んでいる男達のリーダーが、その黒い角を角笛の様に口に当てて、ぷぅっと吹く様な素振りを見せました。

 すると集まっていた翁鬼ゴブリン達、一斉に角笛の指し示す方向へと体を向けて、グギャグギャ言いながら前進します。

 その向かう先に、襲われている獣車が居るのです。


 あ、駄目ですね。これは有罪ギルティです。

 誰がこんなろくでもない道具を考えたのでしょう? にやにやしている男達とも思えませんから、背後関係を洗わなければいけませんよ? まぁ、怪しいのは木陰から監視する男なんですけどね。

 取り敢えず、木陰の男のズボンの裾に、小粒の輝石を石でコーティングしてから放り込みます。夜の間は“黒”に監視を頼みましょう。

 現状襲われている獣車については……成る程、倒木で道を塞がれてしまっているのですね? 道を外れて迂回しようにも、岩や木の根で丁度面倒な場所です。

 これが自然と溢れた鬼族なら、殲滅を優先するので正解かも知れませんが、黒幕が居るとなると話が別です。黒幕の手に因り際限無く敵勢が追加されるとなっては、消耗を免れ得ません。そうなってはじり貧です。元を絶たないといけないのですよ!


 とは言っても、ここで私が姿を見せては、どう転んでも時間を取られる事必至です。

 ならば、彼等自身に動いて貰う事にしましょうか。


『伯父貴! あそこだ! 叢の中に隠れている奴らが居るぞ!』

『何!? ええい! 魔術で焼き払ってしまえ!』

『火炎弾を撃つ! 五秒集中させろ!』


 まずは先制。襲われている人達の声真似を、襲撃者側だけに響かせます。

 焦った襲撃者達、目配せしながら立ち上がりましたが、そこで再び襲撃者側に幻の声です。


『何!? 盗賊だと!!』

『ちぃ! 嵌められたか!』


 その幻の声に応えて襲撃者のリーダー曰く、


「中々鋭い奴が居る様だが、気付かれたからにはここまでだ。生きて帰れるとは思うなよ!」


 はいはい、何やら言っていますが、私が襲われていた人達に届けるのは別の声ですよ?


『我らゴブリンと生きしゴブリン友の会! ぐぎゃぎゃ! 貴様らの物は我らの物! 我らゴブリンの友に捧げるが良い!!』

『『『ぐぎゃぐぎゃぐぎゃ!』』』


 そんな事を言われては、注目せずには居られません。


「何だと! これは貴様らの仕業か!!」


 おっと、これはそのまま伝えても問題有りませんね?


『何だと! これは貴様らの仕業か!!』


 ちょっと一拍遅れてしまいますが、そのまま襲撃者達に伝えます。


「くくく……ゴブリンと雖も無尽蔵に襲われて、果たして無事で居られるかな? 生きながら喰われてしまえ! 行けぇ!!」


 おっと、これもそのまま伝えても良かったのでしょうけれど、直後に角笛を咥えられては仕方が有りません。角笛を口から離したところで台詞を伝えてしまいましょう。

 口元の動きが見えない夜だった事が幸いですね。


『行け! 兄弟達よ! ゴブリンの地平に恵みを齎すのだ! ぐぎゃあ!』


 後はもう大丈夫でしょうかね?

 少しばかり擦れ違いが有ったとしても、勢いで誤魔化せてしまえそうです。

 私はちょちょっと全体が見渡せる中空に引っ掛け魔力の業でとどまって、“黒”を抜いてタイミングを計ります。


「くそぉっ!! 卑怯者共め!!」

「くははは! 御代りはまだまだ有るぞ!」


 何度目かとなる角笛の出番で、到頭その時が訪れました。


「さぁ! 行け! 行って奴らを殲滅しろ!!」


 命令と共に、音も無く吹かれる鬼の角笛。

 それと同時に、“黒”に『鬼哭』を爺鬼ゴブリンに絞って一当てして貰います。

 ピシリと音を立てそうな唐突さで動きを止めた爺鬼ゴブリンの体を支えるのは、それは私の魔力の手です。

 ……と、おや? 爺鬼ゴブリンの動きが止まればいいと思っての『鬼哭』でしたが、既に爺鬼ゴブリン達が事切れていますね。お爺さん大量殺人現場ですが、回復薬でもそうでしたけれど、魔力を乱されて死んだ場合は崩れるのも早いのか、ちょっと体が崩れ掛けです。


 そんな爺鬼ゴブリン達を一斉に襲撃者達に振り向かせて、同時にその口元を操りました。


『『『『何故ギャ?』』』』


「「「「ふんおー!?」」」」


 襲撃者達が、妙な叫びを上げて仰け反ります。

 分からないでも有りませんが、お楽しみはここからなのですよ。


「な、何だ!? ゴブリンが喋りやがった!!」

「何が起きている! こっちを見るな、糞がぁ!!」

「従え! 従えよ!!」


 何度か口に宛がわれる角笛も、歪をほどいて角タールへと変えてしまいます。

 どんな細工が施されているのか気にならないでも有りませんが、こんな道具を残しておくのはそれこそ良くない事になりそうです。


「と、溶けやがった!」

「こ、こっちに来るぞ!?」


 そんな風に襲撃者達が焦っている間にも、獣車の周りの爺鬼ゴブリン達は次々と討ち取られています。

 獣車の周りから生きた爺鬼ゴブリンが居なくなると、彼等は追撃をするのでは無く、すっと気配を抑えて、若者を一人残して倒木へと向かいました。


「……く、怪しいとは思ったが、伐り倒されていたか」

「鋸を持ってきたぞ」

「ああ、今の内に切り離すぞ。撥ね上がりに注意しろ」


 小声でそんな遣り取りをしている人達を余所に、場面は盛り上がっていくのです。


『儂らも充分働いたと思うギャ』

『契約分は熟したグギャ』

『そろそろ対価を貰う時だギャ』

『『『対価だギャ! 対価だギャ!』』』


 当然そんな爺鬼ゴブリン共に、襲撃者達の刃が埋められますが――


『何ギャ、これはグギャ?』

『これがお主らの答えかグギャ?』

『『『儂らをたばかったグギャーー!!!』』』


 爺鬼ゴブリン達が一斉に叫ぶと同時に、襲撃者達の目前に爺鬼ゴブリン達が駆け寄って、その駆け寄る勢いの儘に互いに衝突し、その勢いで体は崩れ、混ざり、練り上げられ、粘土細工の様に元の姿とは似ても似つかぬ大男へと変貌を遂げていきます。

 変異の途中とでも言うのか、何十もの寄り集まった足を一つの足として、何十もの枝分かれする腕を振り上げて、顔には何十もの目と鼻と口。

 その口が開かれると、何重にも重なった声が一つの言葉を紡ぎます。


『『『よくも謀ってくれたグギョオ!!』』』


 目の前の変異爺鬼ゴブリンだけでは無くて、横も後ろも爺鬼ゴブリンに囲まれては、襲撃者達も逃げられません。

 そんなクライマックスだというのに、見ているのが木陰の監視人と若者一人だけなのですから、ちょっと淋しいものですよ。


「ひぃっ!? な……何をそんなに怒っている!? お、俺達は仲間だろう!」


 苦し紛れか手が有るのか、胸元から鬼族の角で作ったらしい首飾りを取り出して、そんな事をのたまう襲撃者リーダー。

 ……あれが鬼族に仲間と思わせる道具なのでしょう。さっきの角笛とは違って、こちらは色々と旅の役にも立ちそうです。

 でも、悪足掻きは感心しませんね。ここは一気に終劇です。


『『『仲間グギョ? 仲間……おお! 仲間グギョー!!』』』


 その言葉と表情に、ほっとするのはちょっと早合点が過ぎますよ?

 仲間だと歓喜の声を上げると同時に、出来損ないの大鬼オーガ男は、幾つもの爺鬼ゴブリンの腕に枝分かれしたその腕で、素早く襲撃者達四人を捕まえてしまいます。


「な!? く、糞っ!! 離せ!!」

「ぐあああ!! 何て力だ!! このぉおお!!」

「ぐふぅ、ぐむ、ぐふぅー!!」

「離せ! 離せよう!!」


 暴れようが何をしようが、実際には私が操っている元爺鬼ゴブリン土塊つちくれの腕です。私の魔力に対抗出来なければ振り払う事は出来ませんし、剣で突き刺そうが噛み付こうが何の痛痒も有りません。


『『『仲間グギョウ♪ 仲間グギョウ♪ 共にさなぎと成りて、新たな地平へと到ろうグギョウ!!』』』


 襲撃者達は大鬼男の体の中へと埋め込んで、胸元に顔だけ出しておきました。


「や、やめろ! やめろ! やめグギャ……グ、グギャ!? グギャーー!?!?」

「動けねぇ!? ぎゃー! んあ、何をグギャ!? グギャ!?!? グギャーー!!」

「「グギャオ!? ギャギャ!? グギャオグギャーーー!!」」


 思った以上にやわですねぇ? 彼等の声を響かせず、代わりにグギャグギャ言わせたら、それだけで気絶してしまいました。

 ですが、逃がさぬ様にもう一手間。出来損ないの大鬼男の体表を、「活力」で熔かして焼き固め、石像の様に変えてしまいます。流石に襲撃者達が蒸し焼きになんて成らない様に、「流れ」を使って熱は遮断しましたよ。


 最後に残る木陰の監視人へと、数体の爺鬼ゴブリンを練り合わせた化け物をそっと近づけて、『『仲間グギャ?』』とか言わせれば、この大捕物も終わりですね。

 顔を引き攣らせて闇の中を逃げ去った監視人が、何処へ報告を持ち込むのか。

 まぁ、どちらにしてもこの場で出来る事はもう残ってないのですよ。


「――倒木は退けた。直ぐにも出れるが……おい、どうした?」

「うぇ……。奴ら、自分が呼び寄せたゴブリンに取り込まれて、ゴブリンの一部になっちまった」

「何!? ……ゴブリン友の会と言っていたが……」

「ふん、一方的に利用しているつもりだったのだろうさ。が、状況が落ち着いたなら、調べてから出発するか?」

「……いや、行こう。どちらにしても、騎士が来ねば何も出来ん。私達は王都へ急ぐのが先決だ」


 そんな会話をしている横を、悠々と通り抜けます。

 おっと!? 獣車の隙間から見ている目と、目が合ってしまいました。全て終わったと『隠蔽』が緩んでいましたかね? それにしても、気付けるのはリダお姉さん並みの『看破』ですかね?

 『隠蔽』を強めると、目を見開いて見失ったみたいですが、折角私の存在を誤魔化したのですから、気を付けないといけません。


 そんな現場を後にして、再び私は宙を駆ける疾走者へと。

 風を切ってびゅんびゅん進み、気付けば行く先に白く輝く大樹の姿が見えてきました。

 聞いていた通りなら、あれは王都の郊外直ぐに立つ、王樹ラゼリアバラムの威容です。

 王都が見えてきましたよ!



 と、そんなこんなで王都へ辿り着いた私でしたが、そんな道中での思い付きの行動が、結局の所何を齎すかなんて事は、その時の私には丸で分かっていなかったのです。

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