(95)サイファスさんの剣

 さて、玄人好みな大物のディジーリア十二歳です。

 今日は本当にいい事が有りました。何だか報われた様な気がします。

 何が原因でこんなにいい感じなのかは分かりませんけれど、最近色々と有りましたからね。ちょっとこの一週間十日間を振り返ってみましょうか。



 まず最初は、毒煙の治療の経過ですね。

 秋の一月一日の始業式の後で、サイファスさんに丸投げしたべるべる薬とばんばばん薬は、次々と各地へ送り届けられているみたいです。

 アザロードさんにも協力要請が出ていたらしく、デリラの街からの出荷はアザロードさんが受け取りに来ているのだとか。

 それで早速配達された先から、阿鼻叫喚の様相を示しているらしいですね。ノッカーでのオルドさんとの会話だとか、サイファスさんの剣を納品に行った秋の一月五日だとかに、その辺りの事情を聞きました。

 問い合わせだとか、その説は否定された筈だとか、そんな便りが“鳥”でばんばん寄せられているそうです。

 そんなの私の知った事では有りませんけどね。これまで王都の研究所が何を言っていたかなんていうのは、王城へ全部お任せです。

 王都にも当然魔法薬は配布されていますけれど、やっぱり騒ぎになっているみたいですね。これもサイファスさんの剣を持って行った時に、窓口を纏めているお偉いさんから礼状が来ているなんて話も聞いていたりしてます。まぁ、これは細かな話を聞く前に有耶無耶になってしまったのですけど、もしかしたら、今回の騒ぎが一段落した後に、纏めて礼状を貰う事になるのかも知れません。


 次は、どうでもいいと言えばどうでもいい事。

 デリラの私の研究所で無茶苦茶をした、横暴な王都の研究所員が戻って来たそうです。

 あれだけの騒ぎを起こしたのですから急いで王都へ戻るのかと思えば、のんびり贅沢しながら戻って来たみたいですね。

 それと、どうやら私の知らない内に、その研究者達に壊された証拠の家具も、王都に着いていたみたいです。家具の運び出しには時間も掛かった筈ですが、同時期に王都に着くなんて、王都の研究所員はどれだけのんびりしていたのでしょう。

 その話を剣の納品時に聞いて、その次の日に冒険者協会へと顔を出してみれば、私宛ての伝言が残されていました。

 まぁ、五日ばかりは協会へも用事が有りませんでしたから、数日のずれは仕方が無いでしょう。相手もそれくらいは見込んでいるに違い有りません。ノッカーが無いのに不便を感じてしまいますが、あれはそう簡単には渡せないのですよ。

 結局の所、横暴な研究所員については、全てお任せの案件なのです。


 で、この伝言ですが、王都へ証拠品を運んで来た人達の名前と宿が書いていました。

 協会の職員に、こんな名前の人が居たかも、なんてぐらいで、心当たりは有りませんけれど。

 その宿に行ってみれば、やっぱり見た事が有る様な職員です。


「あ、ディジーリア、今晩は。待っていたよ。

 支部長から王都に着いたら君と連絡を取る様に言われていてね。ディジーリアなら支部長と連絡が取れると聞いていたのだが、何の事か分かるかな」


 ……ノッカーでの遣り取りについては、そんなに広めたくは無いのですけれど、オルドさんが言ってしまったのなら仕方が有りません。

 それに、デリラの人達はもう既に私に慣れっこですから、騒ぎにもしないでおいてくれるでしょう。

 と、いう訳で、『りんりんりん♪』。


 そこからは、まぁ、オルドさんと吃驚している職員を交えての情報交換です。

 職員からの情報は、王城の御用口へと行ったら、あっさり用件が済んで、直ぐに担当者の連絡先や賠償金の支払い方法等の書類作成をする事になったとの内容でした。

 そこに私が王都へ行く道中でのゴブリン盗賊団からの話を補足して、既に王城が動いてほぼ解決している事を伝えると、オルドさんは「流石だ」と言ってノッカーの前で眉間を揉んでいました。でも、これに関しては私が何かをした訳では無く、悪徳研究者の自爆だと思うのです。


 毒煙の治療云々の話も、その時の会話で聞きましたね。

 で、この職員には、第三研究所と、デリラの冒険者協会と、お遣いライバルの居る孤児院と、あと職員への配送依頼分として、二百両銀塊一つ渡して適当にお土産を宜しく! と丸投げしました。流石に『亜空間倉庫』の口をデリラで開けば一瞬で荷物の遣り取りを出来るのは秘密です。

 まだ暫く職員は王都に居るでしょうし、何か有ればと連絡先も教えていますが、取り敢えずは一段落というところでしょうか。


 それと、その時寄った冒険者協会で、指名依頼が幾つか届いてしまってました。

 一つはクアドラ石の採掘ですね。“門”近くへ行く事が有れば、序でに採ってくる事にしましょう。

 もう一つ……というよりも二つ有りますが、おっぱいののろいを解いて欲しいというのと、おっぱいのまじないを掛けて頂戴というもの。ですが、荒んだ感じで一昨日来やがれと言ってもいいですかね? 私はおっぱい冒険者では有りません。


 学院生活については、ぼちぼちです。

 まだ何かを学んでいるというものでも無いので、結構適当に過ごしています。資料室へ行ったりなんかもしていますけれど、首席という事で役目を振られていなかったなら、だれていたかも知れませんね。

 講義を聴いている午前中は、『教養』の解説を聞きながら、学内拠点の作業場で遠隔操作での物作りをしていたり、第三研究所で所長人形を通じて指導していたり。

 クアドラ石の白板や、転回広場の模型は、いい気分転換になりましたけれど、それでも少し手持ち無沙汰気味なんですよね。

 その結果、『亜空間倉庫』の研究が進んだり、ディジー人形が増えたりとしてしまうのです。

 収穫祭の準備にしても、冒険者協会式に白板の使い方を決めてしまったら、後は私が関わらずとも物事は進行していますのに、何故か私の手柄の様に扱われて少し困惑気味なのですよ。


 ところでそのディジー人形。実はもう四体目です。

 一体目の冒険者ディジー人形は、今最新仕様に作り直し中。二体目の所長ディジー人形はステッキ振り振り第三研究所で指導中。三体目にディジー姫人形も作りましたけれど、これもその内作り直しです。四体目の“ディジルドラゴン”ディラちゃん人形が、収穫祭に向けて大活躍しそうです。


 このディラちゃん人形を作る時にも色々有ったのですけどね?

 御存知の通り、私の魔力は透き通る綺麗な赤色をしています。でもですね、鬼族の魔石が数種類有るのを見て、赤い魔力一つしか無いと決めるのは早計では無いかと思ったのが始まりです。デリラの秘密基地に置いている物に匹敵する様な巨大な赤い輝石を創り出して、それを細かく探って見付けたのが、ディラちゃん人形の髪や眼、それに翼やその他にも使っている、緑色の魔力だったのです。

 大体特大輝石一つに対して、小指の先程の割合で混じっている感じでしたけれど、見付けさえすれば単独で絞り出すことが出来ました。角だとか茶色い部分は、緑と赤の混ぜ具合で茶色い色を作り出し、深緑にも赤を少し混ぜています。腰の小物入れや足下のブーツも茶色い輝糸で編んだ特製品です。

 実を言うと、更に微量のまた性質の違った魔力が有りそうなのですが、まだまだとても取り出す事は出来そうに有りません。それに、緑の輝石を創り出しただけで少し私の感覚が狂っているところが有るのです。謎の魔力の出番はずっと先の、いつになるか分からない宿題なのですよ。


 そんな色違いの輝石を創れる様になったとは言え、それをディジー人形に使える様になったのは、輝石や輝糸を光らない様にする事に成功したからですけれどね。ぴかぴか光ったままでは、とても気軽には使えません。本当は赤と緑だけでは無くて色を自由に付けられれば、全て私の魔力で人形を創り上げたいとは思うのですけれど、中々難しい物なのです。


 で、残る出来事と言えば、サイファスさんの剣の納品でしょうか。

 これは結構色々と有りましたので、順を追って思い返してみましょう。



 あの日は前日から徹夜でサイファスさんの剣の仕上げをしていました。

 デリラの家とも秘密基地とも違って少し狭いのは仕方が有りませんが、剣を打つには充分な広さ。そんな真新しい鍛冶場で私の物では無い剣を打ちます。

 ちょっといらっとしますね。いえ、仕方が無い事では有りますが。

 ――なんて事をその時は思っていたのです。


 今から思えば、私もサイファスさんが本当に欲しい剣の姿を見誤っていたのですけどね。まさか、剣の形のびっくり箱を求めているとは気が付きませんでした。

 言ってみれば私が造った張りぼて剣と同じです。剣の形をしていて、或る程度剣としても用いる事が出来ても、欲しい機能はそれとは別に有ったのです。

 尤も、当時も今も、そんな剣は造れないのですけれど。

 あの日はまだそこまで思い至る事が出来無くて、大事にする気も無い剣を私に依頼したサイファスさんを見返してやりたくて――

 でも、そんな気持ちで剣を打っても、楽しさ半減処か苦痛が混じってしまうのです。


 兎に角不機嫌な気持ちを抱いたままに試食会へと出向いて、そこで甘いお菓子に癒されて、そしてまた憂鬱に沈みつつ王城へと出向いたのです。


 王城の正面門で騎士様に聞けば、別に御用門から入る必要は無いとの事ですので、前と同じく正面門脇から御用口へと向かう御用通路へ入ります。

 一応背負い鞄は背負っていますが、ディラちゃんもサイファスさんの剣も『亜空間倉庫』の中に仕舞っています。とは言っても、実験中の通常空間倉庫にですけどね。

 蹲った私が入れるかどうかの広さの実験空間ですけれど、“時空の”メイズ様も直ぐに駄目とは言わずに悩むくらいにはなってきているのです。

 どうも障りとなるのは、通常空間倉庫の出来では無いみたいですね。倉庫の中に通常空間を創って其処に私が入り込んだとして、倉庫の入り口を閉じた時にこの世界との繋がりが切れてしまうのではという、そんな所に問題が有るのだとか。

 なら、研究の方向性も変わってくるというものです。

 ただ、そろそろ私の荷物は全て、倉庫に入れてしまっても大丈夫かと思えるくらいにはなってきたのでした。


 そして辿り着いた御用口の窓口で、少し悩んでしまいました。

 サイファスさんの剣は「納品」の窓口でしょうし、ディラちゃんの飛行許可は「申請」の様な気がします。

 でも、どちらも訳有りですから、「相談」が正しい様な気もします。

 ですが、その「相談」の窓口がどうにも混雑気味で、しかも時折「毒煙が……」みたいな言葉が漏れ聞こえてくるので危険です。

 で、悩みながらも取り敢えず「納品」の窓口で、サイファスさんからの依頼書を見せて、「納品」だけれど調整も必要になるでしょうから直接手渡したい旨を伝えました。

 話が通るか通らないかは賭けみたいな物でしたし、実際窓口の人は訝しげに依頼書を受け取ったのですが、奥でその窓口の人に相談されたお偉いさんみたいな人がこちらへ目を向けると、そのまま立ち上がって窓口へと来たのです。


「お待たせ致しました。ディジーリア様、サイファスラム卿とお約束はございましょうか」

「時間までは会話していませんけれど、今日納品とはお伝えしています」

「畏まりました。お部屋へご案内致します」


 今度はお偉いさんに窓口の人が訝しげな視線を向けていますが、どうにもこのお偉いさんに見覚えが有ります。

 となると、以前褒賞を受け取りに王城へ来た時に、対応頂いた官吏の方の一人かも知れません。

 その人に窓口の横の扉から招き入れられて、私は小部屋に案内されたのでした。


「ここで暫くお待ち願います。他に御用はございましょうか」


 下にも置かないお持て成しに、どうにも居心地が悪くて、ソファの上で体を揺らしながら言いました。


「私、其処まで丁重に扱われる様な人間じゃ有りませんよ?」

「滅相もございません! 特級の方々へ敬意を払うのは当然でございますが、ディジーリア様は私が聞いている限りでも、街を二つ救って更に不治の病の治療薬まで齎してございます。既にして王城へは御礼状の数々が届いてございますぞ。その様な方に対して徒や疎かになぞ出来ましょうか。いいえ、出来ませんとも!」


 悪化しました。やっぱり、私の事はばれているみたいです。

 えーとですねぇ、そういう尊敬を込めた眼差しというのは、十二歳の女の子に向ける目付きでは無いと思うのですよ。

 ですからきっと、これは特級という事実に対しての眼差しで、私を見ている訳では有りませんね。

 そう思わないと、居たたまれなくてやってられませんよ!?


 そう思ったのですけれど、呼び止める形になってしまった為か、お偉いさんの眼差しが外れないのです。

 そこで、もう一つの用事についても、お願いする事にしてしまいました。


「では、飛行発着許可の担当の方とも話が出来ますか? 私自身空を飛びますし、“鳥”とは違いますけれど似た感じの使い魔の様な物を使う事も有りますし、許可を貰うのにどうすれば一番いいのか、話をお伺いしたいのです」

「ほう、空を……。承知致しました、暫くお待ち下さい」


 本っ当に! 居心地が悪いですねぇ。

 でも、諸々何とか成りそうで、その時はほっと息を吐いたのです。

 そして直ぐにやって来た飛行発着許可の担当者。

 先程のお偉いさんに続いて、凄いきびきびとした動きで部屋の中に入ってくるのはいいのですが、そこで私を無視して辺りを探るのは何でしょうかとか、紹介を受けたその場で表情を愕然とさせるのは失礼では無いでしょうかとか、まぁ、それに気が付いたお偉いさんが担当者を連れて一旦部屋を出る所までがお約束と思えばいいのでしょうかね?

 そんな事を思っていると、扉の外が騒がしくなったので、サイファスさんも来たのですねと思っていたら王様まで居ました。


「ふむ、息災か?」

「いえ、今とても吃驚しています」


 ぷはっと笑う王様です。

 屈託無く笑われてしまうと、逆にこちらが狼狽えてしまいそうです。

 結局、元の部屋は狭いので、もう少し広い部屋へと移動しました。

 恐縮してカチカチの担当者が、勝手に自分達は後でなんて言ってますけれど、王様達が興味が有るから同席すると言っていて、まぁそういう事になりました。


「――それで、私自身空を飛べますので、竜種が許可を得ているみたいに門で降りずに街に入る事は出来無いかというのが一つ。

 もう一つは、魔術で荷物だけ飛ばして目的地に送る事も出来るのですけれど、竜種に頼む訳でも無いですから私が許可を持っていれば送る事が出来るのかというのが一つ。

 最後の一つは、荷物だけ飛んで来ても吃驚しますから、私が魔力で動かす人形を付けておいて、見た目では人形が配達しに来た様に見せる事が出来るのですけれど、その場合の許可はやっぱり人形では無くて私なのかというのが一つですね」

「ちょ、ちょっと待って下さい!? つまり契約した竜種の飛行発着許可を得に来たのでは無いという事ですか? それでは許可は下りませんよ?」

「それは何故です? 飛行発着許可が竜種限定とは何処にも有りませんでしたから、竜種で無くても良い筈です。空を飛ぶという事だけが条件では無いのですか?」

「いや、それは……」


 まぁ、初めから簡単な話では無いでしょうねとは思っていましたけれど、担当者が杓子定規な回答をして来ましたので、ちょっと突いてみたら答えに窮してしまっています。

 そこでお偉いさんが補足しようとしたのか口を開こうとしましたけれど――


「いや、待て。これはどうにも我が判断する案件だな」


 その前に王様が止めたのです。


「言ってみればアザロードと何も変わらん。相手にも依るが、空を自在に飛ぶ特級などという存在には、無意味な縛りを設けぬ方が余程利が大きい。だが、流石に王城へ直接出入りするのは認められんぞ。――おい、アザロードに渡した免状と同じ物を。

 まぁ、免状は渡すが、節度は守れよ」


 途中で待機している侍従に申し付けた王様が、ひたと私の目を見据えます。

 なので私はしっかりと頷きました。


「ええ、そこはこっそり見付からない様に気を付けます」


 そうでは無いと笑いながら王様は首を振りましたが、飛行発着許可については概ねこの通りに解決したのです。


 因みに、お偉いさんが口を挟もうとしていた事を聞いてみれば、発着場の目印が竜種には光って見える物を使っているとの事でしたけれど、竜種より頭が良ければ目印が光らなくても発着場は分かると王様に一蹴され、これからも竜種以外の申請も有るだろうから対応方針を決めておく様にと諭されていました。

 それと、ディラちゃん人形での運送についても、実は空を飛んで街へ入る事自体には罰則は無いとの事で、免状が有ればどうにでもなると言われてしまいました。あの決まりは、寧ろ空を飛ぶ“鳥”などの竜種は王城の許可を得て飛んでいるのだから、手を出す事が無い様にという、“鳥”などの竜種の運行を妨げない為に有るのだとか。

 ちょっと微妙な気持ちになってしまいましたけれど、王様が良いと言うなら良いのでしょう。


 それはそうとして、そちらの話が終われば担当者もお偉いさんも退室して、部屋の中には私と王様とサイファスさんが残されたのです。



「では、剣を見せて貰おうか」


 何故かサイファスさんでは無く王様が言います。

 王様が全ての元凶に思えてきました。

 いえ、元凶ですね。サイファスさんが新しい剣に何の興味も無いのに、態々私に発注してきたのには、王様のお節介な一言が有ったからでしょう。

 そんな気持ちを眼差しに込めながら、サイファスさんの剣を『倉庫』から取り出して円卓の上に置きます。

 鞘は半透明の淡い金色。サイファスさんの髪色と同じです。当然サイファスさんの魔力を練り込んで仕上げた角タールの鞘です。腰に付けたりする為の金具も付けられる様になっていますよ。

 剣の柄もやいばも同じく淡い金にうっすらと輝き、剣身の根元にはやはり淡い金色に輝く目映まばゆい輝石の宝玉が嵌め込まれています。

 装飾に迄は手は掛けていません。好きに鞘にでも色を塗ればいいと思います。ええ、そんな事にまで気を遣う気にはなれなかったのですよ!


 そんなもやもやとした気持ちで差し出した剣ですが、サイファスさんも王様も動きを止めてしまいました。

 その間に説明を済ませてしまいましょう。


「サイファスさんが使うならランクB、他の人なら三か四ですかねぇ。サイファスさんには勿体無いですけれど、剣を大事にしないサイファスさんですから、ちょっと強めです。装飾は何もしていませんけれど、そこは適当に鞘に色を塗るなりして下さい。柄も剥き出しですが、魔力を流す事を考えるとこの方がいいです。それでも柄革を巻くなら、魔力を通し易い物にするのがいいですね」

「……素材は、何だ?」

「鞘は鬼族の角とサイファスさんの魔力、剣は主に鉄とサイファスさんの魔力、嵌め込んでいる宝玉はサイファスさんの魔力を固めた物ですね」


 王様の問いに答えると、また沈黙が訪れてしまいました。

 暫くしてから、王様が視線でサイファスさんに促して、怖ず怖ずとサイファスさんが剣へと手を伸ばします。

 ちょっと顔が引き攣っています。少しいい気味だとか思ってしまいます。私は怒っているのです。

 柄を握りました。一段と輝石が輝き、ちょっと呆けた顔をしています。そのまま鞘を払います。

 息をしていますかね? どきどきと胸の鼓動が凄いです。ちょっとした達成感です。


「おい……目利きを呼べ」

「『鑑定』なら私が出来ますよ?」

「『儀式魔法』は使えないのでは無かったのか?」

「使える様になりました。と言うより、使えないと『亜空間倉庫』も使えませんよ?」

「なら、頼もう」


 そんな王様の言葉に応じて、『亜空間倉庫』から鉄球を取り出して準備します。

 そして『鑑定』して、紙への焼き付けですね。

 こんな感じになりました。


 ――ランクB【直剣】サイファスさんには勿体無い剣

   『専属|(サイファスラム)』『頑強+』『魔刃++』『脆壊』

   『蓄魔++』『魔法出力++』『魔力増幅++』


 ……おや?


「何だこの銘は!」

「……銘の付け方は今一つ分からないのですが、内心思っていた事が反映されてしまうのでしょうかね?」

「まぁ良い。……随分と魔法に偏った剣だな」

「それが一番鍛え易いのですよ。それに、上級者の使う剣なんて、『気刃』や『魔刃』を纏わせて使う物と思いますのに、サイファスさんはその辺りへたっぴな感じですから、意識しなくても『魔刃』を纏う感じが良いかと思いまして。――……でも、変な技能が付いていますね。『脆壊』なんて知りませんよ?」

「…………もしや、サイファスの魔力の性質か? 自分の装備のみならず、相手の装備も巧く壊すものだとは思っていたが」

「え!? 嫌な性質の魔力ですねぇ。……折角打った剣も壊れてしまうんですかね?」

「それは分からぬが……おい、サイファス! 呆けてないでそろそろ感想でも言ったらどうだ?」

「え!? あ! す、凄い剣だね!」

「…………それだけか?」

「いや、あ! 素振りをしてもいいかな!?」


 妙な言葉を吐き出したサイファスさんに苦笑しつつ、「こんな所で振り回さないで下さいね」と答えて、それで演習場に行く事になりました。


「――一の型、――二! ――三! ――」


 演習場で薄金色の軌跡を宙に引きながら、王国式剣術を繰り出すサイファスさんのドキドキが止まりません。

 剣を適当に扱う割に、型も何だか綺麗に見えます。


「随分と機嫌を損ねてしまったとは聞いているが、大目に見てやってくれ。彼奴は昔からよく物を壊してな。彼奴の分だけ玩具は壊れるわ皿は割れるわ与えられた剣も鎧も罅が入るわ、一時期は素行も疑われれば、実際にすさんでいた頃も有ったが……。彼奴が自信を持てる様になったのは、試行錯誤の末に思った様に物を壊せる様になってからだな。資質が何か関係しているのだろうとは思っていたが、魔力の性質だったか」


 王様からサイファスさんの無惨な事実を知らされてしまいました。これでは怒り続ける事が出来ません。

 え? でもちょっと待って下さいよ?


「では、もしもサイファスさんに打ったあの剣が壊れたりしたら……」

「――暫くサイファスには休みをやらねばならなくなるだろうな」


 な、何という無茶振りですかね!? 『脆壊』の効果も分からない内に、酷い責任を負わされてしまいました。

 でも、やはり魔力の性質には個人差が有るみたいですね。“黒”や“瑠璃”が容易く扱いながらも私には間接的にしか使えない時空の力が有る事から、何となく気が付いてはいましたけれど、それが知れたのは収獲なのでした。


「――九十九! ――百!!」


 休みの日とは言え、日が出ている内の騎士団の演習場ですから、遠巻きながら見学者が増えてきています。

 サイファスさんはその中で型の百にて剣を納めた姿勢のまま、余韻に浸っている様でした。

 多分、美男子で姿勢も美しく絵になる光景なのでしょうけれど、王様の話を聞いてしまうと何処か哀愁が漂います。

 ここでたっぷり『脆壊』の魔力が籠められた剣が、ピキッと言ったりしたら!?

 嗚呼~~――


「サイファス、それでは物足りんだろう。此奴と手合わせでもしてみればどうだ?」


 ……ちょっと、何を言ってくれるのでしょうかね?

 もしかして、非道な事を考えていたのがばれたのでしょうか。やっぱり王様も心を読んだりするのかも知れません。


 そして、もしかするとこの時既に、私は気が抜けていたのかも知れません。ディラちゃんの件も解決し、サイファスさんの剣も渡し済みで、抱えている物が無くなっていたのですから。


「え!? いや……しかし……」


 王様の呼び掛けに気が付いたサイファスさんも、何だか煮え切らない様子です。

 私にしても、剣はドルムさんやガズンさんに少し教わっただけですから、ちょっとサイファスさんの正面に立つのは怖いのですけどね。でも、王様が態々促すという事は、前に騎士達を相手にした様な『隠蔽』を駆使して刺激を与えて欲しいのでしょう。

 それなら、まぁ何とかなるかもとは思っていたのです。


 尤もそれもサイファスさん次第。こんな事まで遣る気が無い人を相手にしたくは有りません。

 ――と、思ったのですけれど。


 サイファスさん。言われたからという訳では無いのでしょうが、少し考えた後にきりっと顔付きを改めて、待ち受ける姿勢になっています。


「それでは、お願い出来るだろうか」


 言葉遣いも革まって微妙ですねぇ~。

 王様を思わず見上げてしまいますけれど、正直私がサイファスさんの相手をする意味が良く分からないのです。剣術がそれなりに使える人が相手ならば兎も角、私ではそもそも剣を交わす状況へ持って行かないのが勝負の全てですから。

 ライラ姫との稽古が楽しく無かったとは言いませんけれど、多分実戦で剣を重ねる事になれば、恐らくその時点で私の負けは決まりですよ?


 ですが、そんな私と目を合わせた王様は、意外と稚気を感じさせない様子で私に言ったのでした。


「頼めるか? 上げて落とすのもどうかと思うが、サイファスの仕事は街の治安維持だ。折角磨いた殺さず拿捕する技の数々も、今の彼奴ではただ殺すだけの技に成り兼ねん。我が思うにお主には力は無くとも、サイファスに討ち取られる玉とは思えぬ。一度翻弄されて我を忘れればそののちには冷静にもなろう。騎士では逆に果たせぬ事なのだ」


 どうやら王様の提案は、これもサイファスさんを思い遣っての事の様でした。

 ……でも、言っている事は何だか凄い事ですね。

 つまり、真面に相手をしなくても大丈夫と、サイファスさんで存分に遊べと、王様の言葉をそう私は理解したのです。


 いえ、そんな事を言われたら、ねぇ?


 ――と、この時私は、自分の気が抜けている事も気が付いていないままに、その後の対応を決めてしまったのです。

 何かを抱えていない時の私は、どうやら少しお調子者の気が有ると自分でも気が付いていた筈なのに。


 乗り気に成り切れなかった諸々の事も、必要な事と諭された上で、更に楽しんで来いと送り出される訳ですから、ちょっと、色々と、……ええ、そう、困ってしまうのですよ?

 ――なんて、何処かうきうきと乗り気な感じで、前へと足を踏み出していたのですよ。


 生憎手元に訓練用の剣は有りませんが、別に真面に剣を振る訳では無いのですから、適当に足下の土を熔かして石の剣でも造りましょう、と、ジュジュッと熔かしたのを割れない様に巧く冷やした石剣は、そのまま魔力の腕で掴んで私の生身の手元まで。

 背中に背負った背負い鞄も、流石にこの場にはそぐいません。今は通常空間倉庫に放り込んで、後でまた背負い直す事に致しましょう。

 歩きながらそうして準備を調えて、私はサイファスさんの前に立ったのでした。


「この様な素晴らしい剣を有り難う。手を煩わせるが、一手手合わせ願いたい」

「素晴らしい剣かはまだ分からないので様子見ですけど、王様にもお願いされたのでお相手します。騎士でも無ければ剣士でも無いので、流儀に反した事が有ってもそこはご寛恕下さいな」


 お互いに二十歩程離れて、剣を構えました。

 サイファスさんは中段に、私は真っ直ぐサイファスさんに石剣を突き出した形で。

 そして私は剣を突き出したまま、じりじりと前進するのです。


 じりじりと前進します。もう半分進みました。

 じりじりと前進します。疾っくにサイファスさんの間合いの中です。

 じりじりと前進します。もう少しできっさきでサイファスさんをつつけそうです。

 じりじりと――


「え、ちょっと?」


 戸惑うサイファスさんが、私が突き出したままの石剣を払おうとしましたが、サイファスさんの剣は私の石剣に触れ得ず擦り抜けます。サイファスさんには私の幻が見分けられていません!

 今ですよ!


「たぁー!」


 私の石剣がサイファスさんのお腹をつつきます。


「いや、ちょっと!?」


 サイファスさんの剣が戻り様にその腹で私の姿を打とうとしますが、擦り抜けます。


「外れですよ!」「やぁー!」


 消え行く幻と、新たにサイファスさんの視界の隅に現れた私が、殆ど同時に声を上げます。

 サイファスさんの腰に、二撃目の突きが入りました。


「ええっ!?」

「とー!」


 サイファスさんの剣の剣腹が、二人目の私を掻き消して、同時に上方から飛び降りてきた私がサイファスさんの肩を打ちます。

 まだ宙に居る私に、サイファスさんが柄を打ち込んで来ますけれど、それも私を擦り抜けて、新たな私がサイファスさんの胴を打ちます。


 『隠蔽』と幻を併用しての小技ですけど、一応サイファスさんへの一撃はちゃんと石剣を使っています。

 真面な立ち合いをするのなら、一度仕切り直すものかも知れませんけれど、サイファスさんを翻弄するのが目的なのでここでは手を緩めたりはしません。

 ……見えないというのは、ここまで優位に立てるものなんですね。それだけに、見える人と相対した場合を考えると、経験が無いだけに不安しか有りません。

 まぁ、それをこれから学院で学ぶという事なのでしょうけれどね!


 とは言っても、サイファスさんにしたっていつまでも集中を切らしている訳では有りません。

 つんつんつんと周り中から滅多刺しする私の石剣に対抗しようと、苦鳴を洩らしながらも気配を探ろうとして――でも、見えない人にはどうしても見えないのでしょうけれどね。

 到頭無理矢理仕切り直す為か、ぐるっと一回転しての全周攻撃を仕掛けようとしました。

 王国式剣術八十八の型の動きですね。チャンスです。


 一回転するという事は、魔力で視る事でも出来ない限り、全方位に死角に入る一瞬が有る訳です。

 その一瞬がぐるっと一周回るその瞬間に、死角にずらっと怪しいオババを配置します。

 大体サイファスさんを中心として三十歩位の円周上に、二十体のオババです。灰茶色のローブを着て、フードを深く被り、手には捻じくれた杖を掲げて「「「ヒ~ヒッヒッヒ!」」」と奇声を上げるオババです。

 三歩進んでまた「「「ヒ~ヒッヒッヒ!」」」。サイファスさんが跳んで位置を変えようとしても、同じく二十体のオババが一斉に「「「イヒー!」」」と跳ねて、サイファスさんを中心から外しません。

 そしてサイファスさんは私だけに集中する事が出来無くなって、どんどん剣筋が乱れていくのです。


 そして更なる追い打ち。

 サイファスさんをつんつんする度に、動揺を招く言葉責めです。


「知りませんでした」

「サイファスさんが直ぐ物を壊してしまう事に苦しんでいたなんて」

「以前は随分酷い事を言ってしまいました」

「サイファスさんの魔力を練り込んだ剣」

「『脆壊』なんて技能が付いていました」

「脆くなって壊れるのですよ!」

「折角サイファスさんが喜んでくれたのに」

「今にも壊れてしまうのですよ!」

「ボロボロに」

「崩れて」

「嗚呼ーー!!」


 そんな事をしている間にも、オババ達は間合いを詰めて来ます。


「「「ヒ~ヒッヒッヒ!」」」


 サイファスさん迄は後十歩。

 そこでオババ達が一斉に跳び上がって、サイファスさんに殺到――


 ――出来ませんでした。

 …………いえ、ちょっと追い詰め過ぎましたかね?

 サイファスさんの剣に集まる一瞬の魔力の高まりを感じて、思わず反射的に上空へと「加速」で逃れていました。

 その判断は正解だった様です。

 巨大な魔刃が弧を描いて、更に剣を離れて飛びました。危ないので上方へ逸らして、更に魔力を掻き混ぜて散らします。

 巻き込まれた前方のオババの幻が何体か消し飛びます。前方で残っているオババも、体の何割かが消し飛んでいるので、そのまま砕けた石の様な幻に変えて転がしておきましょう。

 剣を横薙ぎにしたサイファスさんは、何故か振り切った所で剣を捨ててしまいました。落ちた剣がザクリと地面に刺さります。その頃には、身を翻したサイファスさんが拳打や蹴りで後ろから飛び掛かっていたオババ達を叩き落としていました。

 斬り捨てない様に剣を手放したのかとも思ったのですが、どうにも引き攣ったサイファスさんの表情からそんな余裕は見て取れません。


「「「イヒ~ッ!!!」」」


 尤も、叩き落とされたその感触付きオババも、それだけでは終わりません。

 うつぶせに叩き付けられたその状態から、低めの四つ足で気持ちの悪い虫の様にサイファスさんの周りを高速で這い回り、死角から「イヒー!」と飛び掛かっては叩き落とされています。

 あ、サイファスさんが地面に刺さっていた剣を取りました! 片っ端から斬り捨ててしまいましたよ!?


 これはそろそろ私の出番の様です。

 そう思って再び地上へと降り立った私が口を開きます。


「ああ~! 何て事を! 言葉を喋れないオババは、オババで無くてディジリンかも知れないのですよ!?」


 更に混乱させる為の私の台詞でしたけれど、自分で言って背筋が寒くなりました。想像してはいけませんね。

 ただ、サイファスさんが大変な事になっています。

 オババ達を斬った後に再び取り落とした剣が地面を転がり、強張った顔に目は大きく見開いて、激しい呼吸は中毒でも起こしそうです。


「ち、違うんだ! 私はこんな事がしたかったのでは無いんだよ!」


 そして、そんな事を言ってその場から走り去ってしまうサイファスさん。

 ……もしかして、逃げてしまいました?


「遣り過ぎだ! 馬鹿者!!」


 王様が野次を飛ばしてきましたけれど、幸いな事にサイファスさんが駆けて行ったのは、演習場に引き出されていた剣架の下で、そこから訓練用の剣を一本引っ掴んで戻って来たのです。


「私がやりたかったのは、こうだよ!」


 まぁ、そこでその剣に魔力を注いで振り抜くとは思いませんでしたけれど。

 振り抜いた瞬間に、驚愕がサイファスさんの顔を覆うとも思いませんでしたけれど!?

 どうやらサイファスさんは、まだまだ錯乱中みたいです。

 王様の言う通り、遣り過ぎてしまった様ですね。


 ですが、私の造った剣でならば兎も角、訓練用の剣で繰り出される魔刃なんて、流石に怖いとは思いません。気刃なら別ですけれど、魔力の技なら私がサイファスさんに後れを取る事は無いと、そんな自信が有ったのです。


 でも、そこは流石のサイファスさんです。飛んで来たのは、訓練用の剣が砕けたおびただしい数のつぶてでした。

 尤も、魔刃を受け止めるつもりで待ち受けていた魔力の護りは、そんな礫も受け止めて、軽々と越えさせたりはしませんけれど。受け止めた礫は宙を舞わせて、私の前に向かい合わせの大きな人形ひとがたを創ります。人形の大きさに対して流石に礫が少ないので、何となく分かる感じでしか有りませんが。

 サイファスさんに背を向けているその剣の人形に、重々しい声で語らせます。


『貴様……己が何をしたのか理解しているのか?』


 剣の人形を、サイファスさんと同じくらいにまで縮めながら密度を高め、そしてサイファスさんへと振り返らせました。


『若き騎士達の血と汗と涙、そして想いが我には込められていた事を知っているか?』


 剣の人形に一歩前に踏み出させます。サイファスさんが一歩後退あとずさりしました。


『知らぬと言うならば、教えて遣ろう。我に籠められた騎士の魂を! その熱情を! そして貴様は思い知るがいい!! ――王国式剣術! 一の型ぁ!!』


 そんな叫びと共に、剣の人形が左腰から礫が寄り集まった剣を抜いて構えました。

 直ぐ様、その剣を今度は右の腰へと下げました。


『二の型ぁ!!』


 今度は右腰のその剣を、右手で逆手に抜き放って構えました。

 そして直ぐ様、その剣を背中の後ろに背負いました。


『三の型ぁ!!』


 背負った剣を引き抜いての抜剣からの構えです。

 そして腰を捻って今度は腰の後ろに納めます。


『四の型ぁ!!』


 腰の後ろから抜き放つのは、私の“黒”と同じですね。

 でも、そこでサイファスさんが動きました。


「うわぁあああああ!!」


 私が打った剣を拾い上げて、サイファスさんが振り下ろしたその剣は、剣の人形の頭に当たってそこで甲高い音を立てました。剣に当たった人形の礫が砕けて崩れていますから、成る程『脆壊』とはそいう力なのですね。

 でも、サイファスさん、混乱し過ぎです。王様が頭を抱えてしまってますよ?


『ぬぅぁあああああ!! 貴様! 貴様! 抜剣の型稽古中に面を打つとは何事か!!』


 剣の人形は頭を抱えてふらつきながら、声を荒立てます。

 そして再び剣を左腰に下げて――


『五の型ぁ!!』


 左腰から抜いた剣を、そのままに振り抜きました。

 サイファスさんが跳んで間合いから逃れます。


『六の型ぁ!!』


 右腰から逆手に抜いた剣でそのまま斬り払います。

 サイファスさんは様子見をしています。


『七の型ぁ!!』


 七の型は背中では無く腰の後ろです。

 抜いた後の動きは六の型に近いです。


『八の型ぁ!!』


 これは背中の剣を抜いたそのままに斬り下ろします。

 サイファスさんが困惑しています。


『九の型ぁ!!』


 抜剣の最後も、背中からです。

 これは腰を捻って剣を腰の横をぶん回す様に前に持ってきて、そこから撥ね上げ、最後に斬り下ろす一連の流れです。

 抜剣の最後に相応しく、ちょっと派手ですよ!


『十の型ぁ!!』


 そして十の型からは斬り下ろしです。

 私が出来るのも、こういう単純な動きばかりかも知れませんね。

 スノワリンとの手合わせで、ちょっと思い知りました。


『十一の型ぁ!!』


 と、ここで剣の人形が待ちの姿勢です。

 サイファスさんが、眺めるばかりになっています。これではいけません。


『……十一の型ぁっ!!!』


 剣の人形が叫びます。

 サイファスさんがびくりとしました。


『貴様っ!! 十一の型と言っているでは無いか!! 何故動かぬ!!』


 言われたサイファスさん。言われるがままに、受けてから斬り下ろす十一の型の動きを披露しようとして――


『そうでは無いわーー!! 受けて、斬り下ろーす!!』


 サイファスさんの斬り下ろす先に潜り込んだ剣の人形が、サイファスさんの剣を受けてから斬り下ろしました。

 泡を食って飛び退くサイファスさん。まだまだ冷静では有りません。


『十二の型ぁ!!』


 この頃になると、見物人の方が状況を理解しています。

 「何だあれは!?」なんて初めの頃は言っていましたけれど、今では囃す様に野次が飛びます。


「隊長~! 型の十二ですよぉ! 中段で待ちの構えですよぉ!」

「いひゃひゃひゃひゃ、色男が呆けてるぜ! 写し絵の魔道具持って来ぉい!!」

「サイファス~、頑張れ~」

「しっかり見とけよー。冷静さを欠いたら、蔵守卿でもああ成るんだぞー」


 声援? に釣られて、サイファスさんが剣を中段に構えます。


『払って――斬り下ろーす!!』


 その剣先を、剣の人形が同じく剣先で払ってから斬り下ろします。

 転がる様にサイファスさんが避けます。

 その途端、外野で笑い声が弾けました。


「動作が遅いぜ! 一呼吸でやれ一呼吸で!」

「隊長~! しっかり~!」

「そこはパッヤーじゃなくて、パヤーだ。いや、寧ろピャーだ!」

「キャー! サイファス様に何してんのよーっ!!」


 そんな野次を受けながらも、漸くサイファスさんも周りに目が向けられる程に、落ち着きを取り戻して来たみたいですね。

 なので私も役目は終わりと、王様の下へと戻ったのです。



「……遣り過ぎだ。翻弄しろとは言ったが、し折れとは言って無いぞ」


 ちょっと考え事をしていたので、王様に言われて一瞬呆けてしまいました。

 ですが、直ぐにきりっと表情を引き締めます。


「サイファスさんは、自身と同じタイプが苦手だったのですね! ですが、今回で自らの手札の恐ろしさを知ると共に、その強さを知る事になりました。この試練を乗り越えた時こそ、サイファスさんはより頼もしくなった姿を見せてくれるに違い有りません!」

「……今のは真面目な話なんだがな」

「大丈夫ですよ。それはサイファスさんも斬り捨て御免とした事には多少ショックも受けている様ですけれど、所詮は幻です。錯乱したのは私を舐めて掛かっていたのがそもそもの根本ですね。

 それにもしもこれが実戦なら、逃げの一手ですよ? どうやっても見る事も感じる事も出来無いなら、正解は見る事の出来る応援を呼ぶしか無い様に思うのですよ。

 いえ、サイファスさんには限りませんけど」

「ふん。お主レベルの『隠蔽』の遣い手が然う居て堪るものか。……よく避けたな。少し焦ったわ」

「私もちょっぴり冷やっとしました」


 私達の眺める先では、サイファスさんと見物人が一緒になって、剣の人形に指導なのか駄目出しなのかをしています。

 それを見ながら、つい先程まで考えていた事を呟いていました。


「サイファスさんが欲しかったのは、剣では無かったのですね。ちょっと納得です」

「いや、待て。どうしてそんな結論になった!?」

「だってですねぇ、追い詰められた時に頼った技があれですよ? 多分、普段は剣の形をしていても、変形したり合体したりする様な、そんな何かが好みなのですよ。そんなのはまだ造れないのですけどね」

「だから待て。確かにサイファスが好みそうだが、今回は剣で正解と我は思うぞ?」


 王様が言いますが、多分分かっていないのですよ。

 追い詰められた時に咄嗟に出てしまうのが、その人の根本に根差す物だと思うのです。


 ぼんやり剣の人形の型稽古を見ています。

 別の視点では、剣の人形としてサイファスさんを見ています。

 何て言うか、思った以上に私はへたっぴみたいですねぇ。動かない的を斬ったり突いたり、避けて斬る分には何の問題も無いですし、受けるだけ、払うだけ、受け流すだけも問題無いのですが、それを繋げる事が出来ません。

 型稽古を見て受け流しの動きがおかしいとかは分かっても、実際に動くとなると相手の動きを待たないといけない分、難しいのですよ。もう待たずに、ぶち当たる勢いで突撃した方が早そうです。

 でも、それでは結局力業です。私を見る事が出来て私よりも速い相手に対した時に、活きて来るのはやっぱり剣の術理を知っているか否かだと思うのです。

 それに、これは私が望んでも受けられなかった剣の稽古です。

 同じ王国の騎士なのですから、兄様達も同じ稽古を受けて来たのでしょうか。

 そう思うと、何処か懐かしい様な切ない様な、そんな気持ちになるのでした。


 振り下ろされる剣を受けて、斬り返す。そうでは無いと駄目出しを受ける。

 突き出される剣を擦り上げて、巻き返す。もっと速くと指導される。

 そうでは無い、こうだと、見物人が見本を見せる。大分と持ち直したサイファスさんがゆっくりと動いてみせる。


「――見る限り、良い剣だ。お主はあれに幾らの値を付ける積もりだ?」


 王様に声を掛けられて、そちらに意識を戻します。

 ですけど、実はまだサイファスさんの剣には値が付けられていません。


「代金は出来映えで、サイファスさんが適当と思う金額を払って貰う事にしていました」

「何だそれは――待て、それでは上限も無いでは無いか!?」

「まぁ、私は造りはしても値段なんて分かりませんから、参考に聞くだけ聞いて、そこから適当に半額にでもしようとは考えてはいましたよ? 途中で面白くも無い仕事だと気が付いてしまったり、逆にここに来てサイファスさんの事情を聞いてしまったりで、今は全くどんな値付けがいいのかも分からなくなってしまいましたけれど。――『脆壊』の魔力がたっぷり練り込まれている影響がどう出るかも分かりませんし、様子見でお任せするしか有りませんかね?」

「……サイファスの剣の代金は我が支払う心積もりであった。お手柔らかに願いたいものだな」

「ですから、値付けはお任せですよ? それに納得が出来なければ、次の仕事を受けないだけです。そもそもサイファスさんは数打ちの剣でも頼むかの様なぞんざいな注文を寄越して来ましたから、次を受ける気にはなれませんけれどね。諸々事情が有ったとしても失礼です。

 ……その元凶は、気の無いサイファスさんに妙なお節介を焼いた王様に有るのではともちょっぴり思っているのですよ?」

「む……それは済まなかったな」

「全くもう……王様がサイファスさんに与えたかったのなら、王様が依頼してくれれば良かったのです。それなら多少は気持ちも納まるというものですよ。

 でも、今回ので面白くない仕事は苦痛でしか無いと分かってしまいましたから、余程面白い仕事か知り合いからで無ければもう受けませんけどね。それが知れただけ儲け物ですかね」


 型稽古はそろそろ四十を超えて逆構えへと移ろうとしています。

 野次ばかり飛んでくる型稽古ですけれど、その御蔭で少しだけ分かって来た様に思います。

 私がへたっぴなのは、動きを止めてしまうところに有るみたいですね。受け流してから次へ移るのでは無く、受け流しながら次を行う。そんな感じに流れを止めずに動く事が大事みたいです。そうで無ければ、私が動きを止めてしまったその瞬間に、相手は逃げるか斬り掛かって来るかしているのですよ。

 流れと言えば『根源魔術』で大規模に魔力の「流れ」を操る私ですから、私以外を含めた動きの「流れ」を掴むのも感覚を掴めない訳では無いのですけれど、それに合わせて動こうとすると益々私の動きが操り人形の様になってしまいます。

 ぐっと足を踏ん張るのでは無く、魔力でくんと突っ張る感じ。振り抜く剣も、振り回しているのは腕の筋肉では無く魔力の腕です。

 もしかしたら、達人というのも同じく自分の体を操り人形の様に、しかし私と違って筋肉で動かしているのでしょう。それを意識せずとも自分の思うが儘に動かせる故の、達人というものなのかも知れません。

 私の場合は、筋肉を使うよりも魔力で動かす方が意識もしないでいられるので、こんな事になっているのでしょうかね。


 でもですね、これを有りとしてしまうと、色々と本末転倒になってしまうのです。

 魔力の腕で動かす事を認めてしまえば、そもそも剣術を学ぶ意味が有りません。相手の剣を剣で受け流してからの斬り下ろしも、魔力の腕で相手の剣を受けてしまえば何も気にする事無く剣を斬り下ろす事が出来てしまいます。

 そしてもしも魔力を封じられたりしてしまえば、何も出来なくなるのですから、これは剣術に見える魔法でしか有りません。私を見る事が出来る人への対処には多少役に立つのかも知れませんけれど、言ってみればそれだけです。

 私が思う剣術とは、何かが違う様に思うのですよ。


 むむむと考え込んでいましたら、暫く口を閉ざしていた王様が、声を落として言いました。


「……サイファスに真面な剣を与えたいというのも嘘では無いが、その出来次第で我の剣も頼みたいと思っていたのだがな」


 私はちらりと王様を見上げました。

 期待している様に見えて、何故か沈んだ表情をしています。

 いえ、しんみりと、と言えばいいですかね。


「面白ければ受けますし、面白くなければ受けませんよ」

「うむ。――これが我が剣、白剣オセッロだ。ラゼリアバラム随一の部材から三年掛けて削り出した逸品だが、我の全力には恐らくもうえられぬ。恐らくランクBが限界のラゼリアバラムを騙し騙し使って何とかランクCまで頑張ってくれたが、ここ迄だろう。お主にはこれに代わる剣を打って貰いたい」


 王様が『亜空間倉庫』から取り出した剣を横目でちらりと見ます。鞘に納めていない抜き身の剣は、燐光を放つ直剣です。飾り気が無いのに優美に見えるのは、金属とは違う木の色合いがそう見せているのでしょうか。

 白剣オセッロ。確かランク五の異名になっていた筈です。

 とても気になるのですが、今は詳しく調べる事が出来ません。


「……鞘が無いのは?」

「有るぞ? 『倉庫』に入れている時は抜き身だがな。お主も実戦を考えるならば、無用な拘りよりも実用を考えよ」

「……私の場合、拘ってこその今が有る様に思いますので、忠告有り難く、という感じですかね?」

「それは応じる気が更々無い者の答えだな。それではいずれ死ぬぞ」

「ん~……例えば私の二振りの刀には魂が宿っていて、独りでに動いて敵を斃してくれたり、失礼な人達を『威圧』してくれたりと、色々私を助けてくれます。夜の見張りもお任せです。そんな風に育ってくれたのは、偏に私の拘りが有ったからだと思うのですよ。そんな子達を冷たく時間の止まった『亜空間倉庫』に閉じ込めようとは思いません。同じく、私が大切にしている装備には何時いつ喋り出すかも分からない物が多いので、そういう物は『亜空間倉庫』に入れようとは思いません。

 まぁ、ご心配頂いている『倉庫』については、最近設定を弄って『倉庫』の中に通常空間を作れる様になりましたから、もう少し研究を進めればちゃんと荷物も倉庫の中に仕舞おうかと思っているので大丈夫なんですけどね。

 でも、これって言ってみれば、どんな立ち位置スタンスなのかという話でしか無いと思うのですよ。王様や騎士様は敵を斃さないといけないのに対して、冒険者の私には敵なんていません。魔の領域の中に在るのは、魔物も薬草も極論すれば素材です。素材を剥ぎ取るのに魔物を斃す事も有りますけれど、逃げちゃってもいいのです。

 で、逃げるだけなら先程の様に、必要なのは魔力だけです。背負い鞄を背負っていようが、刀が鞘に入っていようが関係有りません。それに、刀にしても必要ならば、自分で抜き身になって飛んで来ますから、益々関係有りません。

 ですから、無用では無い拘りなら、そちらを優先するのは当然なのです。

 それでも敢えて言うなら……無用な拘りというのは、ああいうのかも知れませんけどね」


 私を気遣ってのお節介なのでしょうけれど、会う度に苦言を呈されるのも気が詰まるので、言いたい事を言ってみました。王様相手ですけどね。

 最後に剣の人形を指し示してみましたけれど、どうも王様は何を言いたいのか分からなかったのか、首を傾げています。


「……我はこうも会話に疲れる相手を知らなかったが、概ね分かった。つまり、拘ったが故に今のお主が居るという事だな。納得は出来ぬが理解した。

 だが最後が分からん。そのお主が言う無用な拘りかも知れぬ物とは何だ?」

「あの剣の人形ひとがたは、只の演出ですからいっそ幻と置き換えてしまってもいいのに、細かな礫を一つ一つ操って人形にしているのはそれこそ無用な拘りでしょうかね。とは言っても、あれだけの礫を操って自然な感じに動かすのは、魔術の訓練としては過酷ですから、無駄という訳でも無いのですけれどね」

「操って、だと? …………序でに聞くが、もしもこれが実戦で、サイファスでは無く魔物が相手だとしたらどうした?」

「そうですねぇ……討伐するのなら、あそこは私の魔力の支配領域下ですから、如何様いかようにも出来てしまいますね。斬るのも燃やすのも捩るのも。でも、それだと私の鍛錬にはなりませんので、大体刀で斬りに行きそうですね」


 言っている間に、型稽古は七十番台。振り返らずに背後の敵を斬ったりという、特殊な動きに入っています。

 これは相手が居ないと動きの意味も分かりませんので、野次を飛ばしている外野が見本を見せてくれるのは助かりますね。

 でも、そのままの動きでは私の役には立ちません。大人ならば胸を斬り裂くその一撃も、私が繰り広げれば跳ぶだけで避けられてしまいそうです。


「……成る程、聞いた話では何れも剣で勝負を付けている故、曲がり形にも剣士かと思えば……。言わばサイファスの同類か。そこを剣士の感覚で五月蠅く言ってしまえば煙たがられても仕方が無いか」

「いえ、私は剣士でも有りたいと思ってますから、そんな話では無くてですねぇ、今迄自学自習の我流を突き詰めて来たので、何を取り入れて何を取り入れないかは私の判断だというだけですよ? ほら、型の七十四を私がしても、どうにも意味が無さそうなのと同じです。

 よく言われる言葉で言えば、冒険者は自己責任ですが、騎士が自己責任とは余り聞きません。指示に従わない騎士は害悪かも知れませんが、言われるがままの冒険者は役立たずです。

 感覚の違いというならば、寧ろその辺りに有る様な気がしますかね」

「むぅ……」


 唸ってしまった王様ですけれど、そう言えば随分と話が逸れてしまっています。


「あ! 王様の剣はそこそこ面白そうですし、興味も出て来たのですけれど、先程言いました通り今は礫を操っていて手が付けられません。後で見させて貰いますね!」


 そんな事を私は王様に言い放つのでした。


 そして、型稽古も最後の一幕へと移るのです。


『九十九の型ぁ!!』


 九十番台の型は、それまでの型の集大成となる一連の動きになっています。

 流石に相手を交えるのは怖いので、剣の人形が独り舞うと、外野から威勢のいい声が飛んで来ます。


「おう! 良くなってるぞ!」

「集中~!」

「最後締めていけよ!!」


 そして、最後。


『百の型ぁ!!』


 姿勢を正して、丁寧に腰に剣を納めます。

 何処からとも無く、天上からの光が剣の人形を照らし上げました。


『分かったか? もう理解しただろう? 我に籠められた騎士の想い! 騎士の魂! その熱量を!! 染み付いた血と汗と涙を!!

 ならば心を改めるが良い! 武具に感謝を!! 武具職人に敬意を!!

 おお! 騎士の誓いはラゼリアの花と共に!!』


 叫びと共に、剣の人形はその形を崩し、その足下に砕けた礫の山を作りました。

 ……何気にサイファスさんの剣の魔力を受けて、礫の形を保つのにも一苦労だったのですけどね?

 今もサイファスさんの剣自体は形を保っているので、案外サイファスさんの魔力を練り込んで馴染ませた剣そのものには影響は無いのかも知れません。


 そんな礫の小山を前に、胸に右拳を当てたサイファスさんが跪きました。

 何故か外野で野次っていた騎士達も、その後に続きます。

 頭を垂れて祈りを捧げている様にも見えますけれど、う~ん……


「さ、終わりましたから引き上げましょうか!」

「お主っ!? それは無いぞ!? 酷い奴め!」


 そんな事を言われましても、私にはどうする事も出来ませんよ?

 私は気にせず、さっさと踵を返したのです。


 そんな呆れた王様を伴って、再び同じ部屋の中です。

 円卓の上に並べられたのは、白剣オセッロとその鞘、それから普段遣いの大剣ロンド。大剣ロンドは、白剣オセッロの前にでも大切に扱っていた剣は無かったのかを聞いてみたところ、全て鋳熔かして練り混ぜて造られたのがこの剣だと教えられた物です。

 現状のオセッロが手加減しても気を遣わざるを得ないが故のロンドだそうですけれど、ここで残念なお知らせです。


「あ~う~……これ、白剣オセッロは、王様の『亜空間倉庫』の中に普段仕舞っているのですかね?」

「うむ。オセッロを得た時には既に特級に到っていた故に、常に『倉庫』に収納していたが、それがどうした?」

「えーとですねぇ、魔物素材や植物系の素材から造られた物には、『修復』とかの技能が付いている事が多いのですよ」

「知っている。それを期待して、使った後には休ませているぞ」

「『亜空間倉庫』の中でですか?」

「そうだ。――……いや、待て!?」


 ええ、そうです。時間の動かない『亜空間倉庫』の中では、『修復』なんて働く筈が無いのです。


「まさか……」

「何て言うか……凄まじい激戦を『修復』する余裕も与えられないままに戦い抜いてきた剣に見えますねぇ」

「ちょっと待て――」

「待っても結論は変わりませんので、私の条件だけお伝えしておきますね。

 私が造るとすると、集中して取り組みたいので、早くて秋の余り月です。それまではサイファスさんと同じ様に、魔力を提供して貰う必要が有ります。

 それと、剣の素材にオセッロとロンド、それとその鞘も欲しいです。

 ロンドを元に造るとなると、長剣なら二本出来てしまいますが、どうするのが良いか考えておいて下さいね。それと、銘も予め考えておいて貰えると、変な銘が付くのを多少は防げるのではないかと思います。

 後は、その日が近付いて来たら、剣の形を決めたりバランスを調整したりとお時間をお取りする事になりますので、そこは承知置き下さいね」

「…………まじか」


 私が条件を話しているのを聞いていない様な、王様の答えが返ってきたのでした。

 それから暫くしてからサイファスさんも戻ってきて、項垂れる王様に白剣オセッロの真実を聞いて奇妙に顔を歪めたり、神妙な様子で鎮魂の祠を造る事になったというサイファスさんに、王様があれは私の仕業と暴露して、再び愕然とする様子を眺めたり。

 そんなサイファスさんの百面相を眺めた後、空を飛ぶ免状とやらも手に入れた帰り際にサイファスさんから聞いたのが、王都へ戻って来た研究者とデリラからの証拠の便の話です。


 結局王様の剣については熟考するとの事で保留になったのですけれど、秋の一月五日の休みはこんな風に過ぎて行ったのです。




 ええ、こうやって思い返してみても、結局何も分かりませんね。

 それから僅か二日の後に、どうしてあんなに敬われる事になったのか。

 色々と為出かしてはいますけれど、殆どは王城の中の出来事です。

 ですから私はどうしてあんなに幸せな事が起きたのか、本当に分からなかったのですよ。

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