(81)脳筋には王様も困っているのです。

 さて、ライザの森で夜の素材も集めた後の帰り道は、のんびり空を飛んで行きましょう。

 移動の時間が勿体無いので、“黒”と“瑠璃”に何かの際の対応をお願いして、寝ながら移動が出来ないかの実験です。

 ……まぁ、やるものでは無いですね。叩き起こされた時には、落ちてはいませんでしたが完全に地面に向かって飛んでいたりと、まぁ慌てる事になってしまうので、飛ぶなら飛ぶでちゃんと目を覚ましていないと駄目なのですよ。


 そんなこんなで帰り着いた王都の冒険者協会です。

 森でも素材を集めた上に、のんびり帰ってきましたので、流石の冒険者協会も受付だけに明かりが灯った夜中仕様です。

 ちょっと覗いてみましたけれど、受付の担当も少なくて、それでいて冒険者は何人か並んで待っていますから、何となく依頼も受けていない身では寄り難くて、その日は寮へと帰る事にしたのです。

 ここで明らかになるその事実。寮にはお風呂が有りませんでした。

 『浄化』で充分とか考えているのかも知れませんけれど、お風呂はまた格別なのです。仕方が無いので温めたお湯を浮かべて、体をくぐらせるだけでその日は我慢しましたけれど。

 この立派な学院の中にお風呂が無いとも思えませんので、一度じっくり探検しないといけませんね。


 その次の日。黒革鎧と背負い鞄の完全装備で早朝から部屋を出ました。『亜空間倉庫』の中に、寛ぎの空間を創る事が出来たなら、背負い鞄もその中に入れてしまうのですけれどね。いい加減『亜空間倉庫』の設定も弄り始めないと不便です。

 何はともあれ、今日の目的は各種ギルドへの挨拶です。鉄や銅を仕入れるのにも、魔石や魔晶石を手に入れるのにも、ギルドへの伝手が有った方が良さそうですし、何より鍛冶をするなら炉に使う特殊な粘土も必要です。

 まぁその前に、ライザの森で手に入れた素材の事も有るので、協会には行く事になるのですよ。


 学内寮に門限が無かったのは幸いでしたけれど、昨日の夜はつい学院の門を飛び越えてしまったのは拙かったでしょうか、なんて思いながら、門の脇の通用扉から外へ出ます。寮は普通に鍵でしたけれど、ここの扉は魔道具です。

 まぁ、門番は居ます。「お早うございます」と声を掛けてから、商業区画へと向かいました。


 そして出向いた王都冒険者協会で、或る意味待ちに待っていた展開が――


「おう、嬢ちゃん! こんな所に入って来て何してんだ? ああん!?」

「あ、この子は副長が呼んでいるので連れて行きますね」


 ――始まりませんでした……。


 凄んで見せた全身鎧の冒険者が呆気に取られている間に、私は受付嬢に抱えられて受付の奥へ。背負い鞄に完全装備で来ていますのに、結構な力持ちですよ?


「ちょっとちょっと!? 今のはいい所だったのですよ!?」


 そんな私の抗議の声に、副長だという『判別』持ちのいつもの人が、「何がでしょう」と返してきます。


「冒険者協会を訪れた若い冒険者に降り掛かる試練。『おうおうおう! ここは子供の遊び場じゃねぇんだ。家に帰ってママのおっぱいでも吸ってな!』『『『ぎゃはははは!』』』しかし冒険者は引き下がりません。『人を見掛けで判断してたら大怪我するぜぇ!』そこで始まる拳と拳の語り合い! 結ばれる拳友情! ああ! 折角のその機会が~!!」

「有りませんね。そんな妙な遊びは置いといて、ディジーリアに指名依頼が届いてますよ」


 いけずな副長さんから渡された紙は、確かに私を指名しての依頼でして、その内容はというと? ……おや、剣、ですか?


「……ど、どうしましょう!? どうしましょう!? どうしま――」

「王城へ行くのでは?」


 おおう。この副長さんには、言葉で『魂縛』する技能でも有るのでしょうかね?


「…………まぁ、そうですね。時間が掛かりそうですから、それも含めてお伺いしないといけないでしょうね」

「ん?」

「いえ、王都に来たばかりで鍛冶場も調えていないのに、剣なんて打てませんよ? そうで無くても学院生なのですから、七日七晩付きっ切りなんて事は出来ない訳ですし」

「ふむ。確かにそれを含めて依頼主とは話をするべきでしょうな」


 そうとなれば予定変更ですね。

 ですけど、鍛冶師としての依頼に、ドレスを着ていくのも何か変です。


「……この格好のまま行っても、大丈夫ですかねぇ?」

「む……」

「あら……」


 だからと言って今のこの完全装備はどうかと言えば、副長さんも受付嬢も言葉に詰まってしまうのでした。



 でも、そのまま行ってしまうのですけどね?

 一昨日振りの王城です。門の中で、騎士様に依頼書を見せて、どうすればいいのか聞いてみる事にしたのです。


「お忙しいところ失礼します。冒険者協会を経てこんな依頼が届いたのですけれど、このままお城へと向かって宜しいのでしょうか?」

「む……蔵守卿の剣だと? 『判別』は青か……ならば、其処、入り口は狭いがその御用通路に入って、王城の横手まで行けば御用口が有る。そこでお伺いを立ててくれ」


 そんな言葉に案内されてみれば、門のアーチに少し被る様に飛び出た右側の垣根の隙間が、実は御用聞きがお伺いを立てる時に使う通路の、入り口となっていました。

 入ってみればそれなりにすれ違える広さの通路です。右手側は壁、前庭に面した左手側は垣根となっていて、賓客の目からは隠されているのでしょう。

 暫くは無人でしたが、少し行くと右手の壁に別の入り口が見えてきます。御用聞きの人達は、こちらの門を普段は使っているのでしょうね。見ている間にも何人か行き交っています。


 そのままてくてく進んで、角を折れてまた真っ直ぐ。

 商人らしい人達と擦れ違う時には、怪訝そうに見られてしまいますけれど、子供にしか見えない見た目の一族というのも世の中には居る御蔭で、特に何を言われる事も有りません。

 御用通路の出口まで来たと思えば、そこはもうお城の右手、この前手続きをした建物の側面に来ていました。


 垣根はそこで建物と接して広がっていますから、前庭を見る事は出来ませんが、この場所にも庭園の様な憩いの空間が作られています。花壇が整えられていて、彫刻の施された長椅子が幾つも並べられていて、御用聞きに来た人達が思い思いに休憩しています。

 そこに面した両開きの扉は開け放たれていて、今も人の出入りが有りますね。これが聞いていた御用口に違い有りません。


 外の人達も順番待ちをしている様には見えませんでしたので、私も扉へと向かってみれば、入って直ぐに番号札を取るように書かれた注意書きが有りました。その直ぐ傍らに、観察する様な騎士様。左手と正面に有る扉はお城の中へと続いているのか、そこにも騎士様が立っています。そして右手は幾つも長椅子が並べられた控え室になっていて、その正面に窓口が並んでいます。

 窓口は、手前から順に「納品」「納金」「払出」「申請」「証明」「相談」です。近い所から直ぐに用事が済みそうな窓口になっているのでしょうけれど、お城の物資がこんな窓口で賄えるとも思えませんので、大口の納品は獣車ごと入れる別の場所が有るのでしょう。


 私の場合は、まだ依頼を受けるとも言っていませんので、「相談」窓口でしょうかね。

 そう思った私は、窓口から少し離して置かれていた番号札を一つ取って、大人しく背負い鞄を下ろしながら長椅子に座るのでした。




 それから暫し――いえ、かなりの時間が過ぎました。

 今はもう昼を迎える一時二時間ばかり前になります。

 場所は移って王城裏手の演習場が見える辺り。演習場には騎士団の精鋭二百余名が、皆きりりと表情を引き締めて王の御前に整列しています。

 それぞれの間隔を十尋は開けて、全身鎧の完全装備。剣も真剣ですから、とても迫力が有りますよ。


「王国式剣術一の型! 始め!!」


 騎士達に相対あいたいする様に身を置いた一際立派な騎士様の号令で、騎士達が一斉に剣を振るいます。

 前列に居る騎士様程、動きも剣速も速いです。次から次へと技が繰り出されていくのは、見ているだけでも壮観です。

 でも、私は何でこんな場所に居るのでしょう?



 窓口で私の番号を呼ばれたのは、椅子に座って直ぐの事でした。

 早朝から寮を出て来たのですから、まぁ並んでいる人が少なかった事も有るのでしょう。

 そこで事情を説明して、注文主で有るサイファスラム様――要は、王様とお会いした時にご一緒していたサイファスさんと繋ぎを取って貰おうとしたのですけれど、――そこからが長かったのです。

 延々待っても音沙汰無くて、後から来た人が先に捌けていくのを見送って、そんな私を見兼ねたのか、何か分かれば外に居ても伝えるからと言われて、外の花壇を見て回って。

 外で休んでいる人達の事情がそれで何となく分かりましたけれど、結局三時間以上待ってもサイファスさんの居場所は分からなくて。

 一昨日来た時には、書棚に幾らでも興味深い書物が有りましたので、時間を潰すのに苦労する事は有りませんでしたが、今は暇を持て余し気味です。ついつい遠隔操作でデリラの鍛冶場用の鎚が出来上がってしまうくらいに、やる事が有りません。

 今日はもう帰ってしまって、別途約束を交わしてからお伺いした方が良いのではと思い始めた頃に、すらりとした女性騎士が、見張りに立っていたっぽい騎士様を連れて、漸く私の下へと来たのです。


『こんな不親切な依頼書を残すだけ残して、行方を晦ますなどと――』


 憤慨している女性騎士ですが、サイファスさんは王様の前でもざっくばらんな態度を取れる人でしたので、多分とても偉い人だと思うのですけれど……。

 流石にこの時間から始まる騎士団の演習には参加している筈と言う女性騎士に、そんな場所に行き成り顔を出す訳には行きませんと渋る私は押し切られて、追い遣られてしまったのがついさっき。交替の序でに案内役を押し付けられた見張りの騎士様が不憫です。

 正直私は依頼が有るからと言って、騎士団が演習している場にのこのこと出向くのは無いと思っていたのですが、案内されて来てみれば、そこに王様の姿を認めて益々その思いを強くしました。

 でも、案内を任された騎士様はそうでも無いのか、王様の近くに居る侍従らしき文官の下へと歩いていってしまいます。


 ……何だか少し興奮している様子でしたけれど、まさか精鋭騎士の訓練を垣間見れるかもとか思っての事では無いでしょうね?

 流石に私にはそんな度胸は有りませんでしたので、離れた場所に残って見送りました。


 そして案の定案内の騎士様は叱られて駆け戻って行きましたが、何故だか私は逆に呼ばれてしまったのです。


「……何故ここに居る? ――いや、いい。此奴こやつには褒美で直奏を許している。――お主も跪いたりするなよ。ややこしくなるだけだ」


 演習を続ける騎士達から目を離さずに、問いを投げ掛けた王様でしたけれど、声を荒げようとした侍従を抑えたり、跪くのが当然と動こうとした私を牽制したりと、王様というのも大変そうです。


「ドレスでも無い今日は跪くのが当然と思いますし、何をしに来たかと言えばサイファスさんから指名依頼が来ていたので事情を伺いに来たのですけれど、何故私が今ここに居るのかは分かりません。出直しますと言ったのですが、良く分からない女性の騎士様に押し切られてしまいました」

「…………成る程。理解した。サイファスは物腰と言動が甘い所為で妻子も居るのに矢鱈ともてるが、あれでも王都の治安を任せている蔵守の長だ。大方これを話題にお近付きになろうとでも目論んだのだろうが、そんな輩には甘さを見せん。ご愁傷様だな」


 私でも状況が分かってませんでしたのに、よく有る事なのか王様は納得してしまいました。

 紆余曲折は有りましたが、結局ここにもサイファスさんは居ませんでしたから、無礼をした上に無駄足です。やっぱり、出直す事にしてさっさと帰っていた方が良かったですかね。

 上手く行かない日は何事も上手く行かないものですので、やっぱり帰りましょうと「失礼しました」と王様には淑女の礼をしてみたのですけれど、そこで王様に押し留められてしまったのです。

 騎士達を見ているままですが、悪い笑みを浮かべていますよ? ……やっぱり帰らせてはくれませんかね。


「三十六の型! 始め!!」


 そんな私達が見る前で、型練習も三十六まで来ました。王様が言うには、百迄有るそうです。

 提唱も編纂も王様がしたのだとかで歴史はとても浅いのですが、王様自ら戦乱の時代を生き抜いた剣から、必要最低限を抜き出した物だそうです。

 基本となる十の型と、その応用。つまり、打ち込みの型や防御の型と、咄嗟の場合に動ける様に、状況を想定した幾つかの動きを組み合わせた物です。

 動きの意味を理解している人は相手の動きもしっかり想定しているからか、見えない敵の動きまでもが見える様ですのに、百も型が有ると時々理解出来ていない型が出て来るのかおかしな動きも混じります。

 ほら、それは重い一撃を受け止めて、受け流しながら裏を取る動きと思えますのに、受け止めたのを無い物の様に軽く扱っては意味が有りませんよ?

 そんな事を思いながら演習を眺めていると、感心した様に王様が言ったのです。


「随分と目もいい様だ」

「え? ……まぁ、他は分からなくても、受け流しに関しては一家言有りますので、動きを見れば何となくは……。私も百迄憶えたら、強くなれますでしょうかねぇ」


 そう答えれば、王様は、ふんと鼻で嗤います。


「我は態々百の型などなぞらんぞ? あれは只の準備運動か、敵を思い描けぬ者の為の補助の様な物だ。己の道を既に持つ者には余り意味が無ければ、守護者を斃す者を弱いなどとは誰も言わん」

「私の場合は相性の良い敵としか出会っていないので当てになりませんよ? 鬼族には私の姿を捉えられた事は有りませんし、それ以外には大した魔物と出会ってもいませんし。ですけど蜂や蜘蛛の虫系には見付かってしまいますから、『隠蔽』が効かない場合も考えないといけないのですけれど、そうなると私は無力です。王様にはどうやっても近付く事すら出来そうに有りません」

「だが、我の騎士が相手なら何とかなると。ふん、お主の所為で妙な言葉が王都に流行り出しているが、言い得て妙だ。東部を受け持つ黒狼隊はそうでも無いが、今日演習している西部を受け持つ白嶺隊は、それこそお主の言うだろう。先程の型を崩していた者共も、型の意味を知らぬのでは無い。大抵の攻撃は弾けると思って侮っているから、あの様な事になる。西部はクアドリンジゥルの門を含む事も拍車を掛けているな。“門”も余程深く潜らねば出現する魔物は人と体格がそう変わらん。想像が出来ないのも無理からぬ話では有るが――」


 そこで王様は私を見ました。


「鬼族の上位種は大抵大きな体をしていますよ?」

「――その通りだ。だが、お主はそれらを下している。引き留めたのは、何度言っても分からん馬鹿共に、力だけでは無い高みが有る事を教えて遣って欲しかったのだ。我が何度も叩きのめすよりも、お主に一度負かされた方が骨身に沁みるだろう。頼まれてはくれぬか?」

「……私が、騎士様の相手を?」

「何も叩きのめせとは言わん。そうだな――」


 と、ここで今度は傍に控えていた侍従の人に声を掛けます。


「――おい、いつもの印判を出せ。――うむ、これだ」


 と、侍従の人から判子を幾つか受け取って、それを私に渡しました。


「この印判も軸にインクが仕込まれている。「却下」「再提出」「許可」の三つを渡しておこう。好きに評定するが良い」

「いえ……下手に評定なんかしたら恨まれそうなのですけど」

「彼奴らを思っての我の采配でお主を逆恨みするとなれば、馬鹿では済まん。懲罰房行きだな。お主は気にせず思うが儘に遣れば良い」

「もう! 好き勝手に言いますねぇ!?」

「くくく、お主に遠慮無く物言いする権利を遣ったのだ。我もお主に遠慮無く物を言っても良かろう?」

「むぅ……どうにも反論しがたい事を言いますねぇ。でも、そういう事なら仕方有りませんか」


 何だか妙な手伝いをする事になってしまいましたけれど、そもそもはサイファスさんに会いに来たのです。そんな事を言えば、


「サイファスなららんぞ。暫くは手も空くまい。時間が出来たら訪ねる様に言っておこう」

「いえ、お手を煩わせるのは心苦しいです。剣を一本依頼されたのですけれど、どんな剣が欲しいのかも分かりませんし、そもそも鍛冶場が調っていませんので直ぐに受けられる物では無い事をお伝えしに来ただけですから。また余り月になれば私からお伺いする事にしますよ」


 と、暫く忙しいみたいなサイファスさんに、態々来て貰うのは心苦しいので、また来る事を伝えました。


「八十の型! 始め!!」


 型練習も終盤迄来ましたね。今のは真っ向からの振り下ろしです。

 でも、それを見て私はちょっと首を傾げてしまいました。


「……どうした?」


 こちらも見ずに言う王様は、私と同じく魔力や気で物を視ていたりするのでしょうかね? 魔力で視ても私は見えないと思いますが、気ではどうかは知れません。あるいはそれこそ私と同じく、感情なんかを感じ取れたりするのでしょうか。

 何にしても、流石は王様という事なのでしょう。


「いえ……今の振り下ろしもそうですけど、斬撃が飛んだりはしないのですね、と」

「……お主は飛ぶのだな」

「はぁ。いえ、私の場合は武具が頑張ってくれているのかも知れませんけれど」


 何と言っても、魔力の籠め過ぎで、うぷっとなっている毛虫殺しを振っていたのだから、参考にならないかも知れません。“黒”となった今なら、飛ばすも飛ばさないも自由自在なのかも知れませんけれど。


「……今一つ読めんな。『隠蔽』特化かと思ったが、斬撃も飛ぶか」

「ですから、武具の御蔭ですよ? 自力ですと“気”では叢を揺らすくらいしか出来ませんので、出来て『魔刃』を飛ばすくらいでしょうかねぇ」


 でも、今一つ『魔刃』というのが良く分からないのですけどね。魔力で切るというなら態々刃を伸ばさなくても出来ますし、飛ばすというなら『魔弾』を刃の形にでもするのでしょうか? まぁ、確かにビガーブではそんな感じでしたかも知れませんけど。

 良く分かりませんねとそんな事を考えている内に、型練習は百迄完了していました。


「――これにて、王国式剣術百の型全了! 陛下に敬礼!!」


 号令を掛けていた人も共に向き直り、片手の甲を額に押し当てた敬礼で、王様へときりっとした顔を向けますけれど、……まぁ、やっぱり私にも視線が飛んでくる訳ですよ。

 私の『隠蔽』を突破出来ない冒険者達より上と考えれば流石と言ってもいいところですけれど、実際は私が『隠蔽』の効果をかなり下げれる様になっているのが大きいでしょう。

 流石の私も、こんな状況ではきりっとした顔で返しますよ?


「ご苦労。鍛錬の程を見せて貰ったが、まだ力だけで何とか成ると思っている者が居る様だ。我が言っても分からぬ様だからな、今日は偶々顔を出したこの冒険者を相手に、何処までやれるのか見せて貰おうか」


 それで王様がこちらにちょっと視線を送ったので、数歩前に出て自己紹介します。

 私に任された様に思ったのですけれど、何故だか王様が私に手を伸ばしたのは何でしょうかね?

 何だか随分と持ち上げられてしまった所為か、敵意に近い物がぶつかって来ますけれど、やれるだけやってみようと思いますよ?


「ご紹介に与りました、冒険者のディジーリアです。

 私にも、何故私が今ここでこんな事をしているのか良く分かりませんけれど、力以外での戦い方を見せて欲しいと王様に頼まれましたので、微力を尽くしたいと思います。

 見ての通り、私には力も無ければ剣の腕も有りません。そんな私が冒険者をしていられるのは、ひとえに魔物に見付からない様に気配を隠して、死角からの急所突きで斃す事が出来ているからです。

 その業で、今から皆さんの相手をしようと思います。

 その為に、先程王様から渡されたのがこの三つの判子。「却下」「再提出」「許可」の三つが有りますので、気付かせずに斃せそうな人には「却下」を、斃せても気付かれそうな人には「再提出」を、斃すのは難しそうな人には「許可」を、そもそも近付く事が出来そうに無い人には判子無しで押していきたいと思います。

 私が『始め!』と言って手を打ったら始めますよ? いいですか? 気を抜かないで下さいね。

 それでは――始め!!」


 そして私はペチンと手を打ったのです。



 ~※~※~※~



 白嶺隊の中でも古株の一人、戦亀砕きのリョーズハイクは困惑していた。

 陛下が仰る事も分からぬでは無いが、それで迷い込んで来たとしか思えない子供を引っ張り出して、何がしたいのかが分からない。

 最前列に並ぶ大隊長達には見劣りするかも知れないが、リョーズハイクはこれでも数百の部下を束ねる中隊長なのである。


 ラゼリア王国での騎士団の編制は単純だ。

 二十名程度迄の部隊を小隊とし、これが最小の単位である。一人小隊などという言葉が有る様に、一人でも小隊扱いだ。

 小隊が数十集まった数百名程度の部隊が中隊であり、多くの任務での中核となる部隊である。

 大隊は条件がまた少し異なり、特級が率いる中隊以上の規模の部隊となる。『亜空間倉庫』を使える特級が一人加わるだけで、輜重隊は不要となり、行軍速度が段違いに向上する。

 この他にも、数個大隊規模の部隊を連隊と言ったり、連隊と同規模ながら特級が一名乃至ないし居ない場合に旅団と言ったり、地方へ行けば規模も各隊長の力量も大分と落ちる事にはなるだろうが、基本はこんなところである。


 尤もこの様な編制になったのは歴史にも新しい事だ。陛下が剣闘奴隷を解放し、政治的な序列で団長や隊長を割り振られていた騎士団の体制が見直され、そこで漸くにして実力で団長や隊長が決められる今の形になったのだ。


 実力者が正しく騎士団を率いる様になれば、戦の在り方も変わってくる。寧ろそれまでの中級程度の実力が有ればましと思える団長に率いられた騎士団を考えると、帝国との睨み合いが続く中で良く無事だったと思える程に騎士団は強化された。

 何と言っても、それまで膠着状態だった帝国との戦争を一気に押し返し、周辺国とも連携して拍子抜けする程に呆気なく帝国を解体する事が出来たのだ。その事からも、それまでがどれだけ非効率な事をしていたのかが窺えるだろう。

 下級騎士の中に埋もれていた実力者を拾い上げ、真面な装備を与えるだけでそれなのだから、騎士団は実力主義で有るべきなのだと、その時から強く認識される事になったのだ。


 そんな騎士団の中隊長なのだから、リョーズハイクも一騎当千。見たところランク七も有れば良さ気な少女が勝負になる筈が無い。

 只でさえランクが三つも違えば大人と赤子ぐらいの実力差が有ると言われるのに、ランク二のリョーズハイクからすれば五つは違う。

 下手に動けばその余波で撥ね飛ばしかねないあんな少女に、陛下は一体何を期待しているのかと、リョーズハイクは首を捻った。


「それでは――始め!!」


 その子供が見た目通りに力強さの欠片も無く手を打つのに、一度は剣を握って身構えたが、結局それで何の動きも無いものだから、構えた剣も下ろしてしまった。

 始めと言えば開始すると言った子供は、変わらず前で声を張り上げている。


「ちょっと、何をしているのですか!? 私は、始め! と言いましたよ?

 ああもう! 構えもしない、警戒もしないでは、話になりません。王都の近くは知りませんが、私の知る魔の森では、敵はあからさまに気配を示して目の前に立っていたりはしませんよ? 強敵程大体気配は薄いのです。

 駄目ですねぇ~。見えない時点で「許可」に到るのは難しいですけど、これでは皆さん「却下」になってしまいますよ? 分からないでは無いですけれど、ちょっと目だけに頼り過ぎですねぇ~」


 全く以て姦しい事だ。口先だけかと失望し、一体陛下は何を見ているのかと、陛下の視線に目を向ける。

 陛下は少女へ呆れた視線を投げ掛けて、それから順繰りに整列する騎士の姿を一人一人追っていっている様に見える。

 ……もしや、今のこの状況も、陛下にとっては想定通りという事なのか?

 あの様な迫力の欠片も無い少女を前面に立たせて、陛下は一体何をしようとしているのか。

 そんな想いに囚われ掛けていたところに、更にその少女の声は響いたのだ。


「あ、もしかして、私の事を甘く見ていますね?

 確かにこんな見た目ですけれど、ちゃんと立派に冒険者をしているのです。

 そもそも王様の推薦なのですから、侮るなんて以ての外です。皆さんが中々理解しようとしない事を教える為に、今私がここに居るのですから、これまでの皆さんの常識で私の力量を量ろうとするのは無意味です。王様が言うのだから凄いのだと割り切って対応する方がましですよ?」


 リョーズハイクが考えていた事を言い当てられた様で、ぎくりと少し体を揺らす。

 しかし、衝撃はその次に来た。


「こんな私でも、手を振れば――」


 少女がシュパッと手を振った。

 ――ギャーーン!!

 罅割れた音が鳴って、手を振った延長上の地面が裂けた。


「――斬撃が飛びますし、

 足を踏み下ろせば――」


 少女がその足を振り上げ、振り下ろす。

 ――ダァーーーーン!!!!

 少女の周りの地面が凹み、離れていた騎士達までもが大地の揺れに足を取られて体勢を崩す。


「――地面だって揺れますよ?

 ……ああ、もう! そうやって私に注目する事が、そもそも術中に嵌まっているというのに」


 リョーズハイクを含めた騎士達は、愕然と目を見開いて少女を見ていた。

 リョーズハイクが陛下はと目を遣ると、丸で少女を見ていない。

 こんな事は陛下にとっては当然の事だったのだと思って、リョーズハイクは目が醒めた。

 自然とその手を上に挙げていた。


「……おや? どうしましたか?」

「俺達の相手をするという事なら、まずは俺がお相手仕ろう。だから、その大きな荷物を下ろすが良い」


 列から抜けて、少女の前へと歩み出た。

 訓練用の剣を掲げて少女と対する。

 慈善事業のつもりで王都の学園に赴く事は有るが、それと較べても小柄な少女を相手にすると、遣り難さが半端ではない。

 だが、陛下がここから得る物が有ると考えて寄越したものならば、何かしら学び取るのが陛下に仕える者の務めだと――


 その時、少女がにこりとんで、リョーズハイクの胸元を指差した。


「趣旨とは違いますが、その心掛けは買いましょう。「却下」から「再提出」に格上げですよ」


 言われて見下ろした鎧の胸元に、二重線で消された「却下」の印影と、押されたばかりに見えて濡れて光る「再提出」の印影を見付け、リョーズハイクは目を見開いた。

 その視界の隅に、突然手の甲に現れた「却下」の文字に驚倒する文官の姿が映り込む。

 はっとして整列する同僚達へと目を向けると、その全ての胸元に赤い印が付けられている。


「全滅……だと?」


 今更ながらに既に自分達は負けていたのだと、リョーズハイクは掠れた呟きを漏らしたのだった。



 ~※~※~※~



「それでは――始め!!」


 その声が聞こえてから、二拍遅れて巨人斬りのガルッケンクは、右斜め後ろへと飛び退すさっていた。

 直ぐ近く、それこそ触れ合う程の近くに、得体の知れない何かを感じたからだ。

 最前列に居たガルッケンクならば、その前にはハマオーライト団長か、陛下とその連れしか居ない。今は何やら小さな子供が出張ってきているがと思いながら、何気なく何かを感じた胸元近くに這わせていた指先に、濡れた感触を感じ取ってガルッケンクは視線を下げた。

 そこで体を強張らせる。

 這わせていた指先は赤く染まり、鎧には指で撫でた跡が残る「許可」の印影。

 いや、「許可」は斃せない者だと言っていたが、明らかに気が付かないままの一撃を貰っている。いや、どの印判を押すのかを判断するだけの何かをしていたのだとすれば、余裕が有るというものでは無い。既に何度もとどめを刺されていてもおかしくない状況。何をどう判断されたのかは知らないが、これは確実に「再提出」の状況だ。

 それでも体は動いてくれたのだから、これは『直感』様々だと思いながら、そこで違和感に気が付いた。


 今、ガルッケンクは大きく飛び退いたが為に、今は寧ろ右斜め後ろに居た者の近くに居る。

 にも拘わらず、誰も何も反応しない。

 振り向いて見た同僚は、胸に「却下」の印影を貰いながらも、何も気が付かずに訝しげに少女へ目を向けている。そう、目の前で手を振るガルッケンクにも気付かずに。


 体を揺さ振ろうと手を伸ばしても、筋肉が強張る程に力を入れても、間抜けな同僚は微動だにしない。寧ろ僅かな身動ぎにガルッケンクの体が持って行かれるに至って、ガルッケンクの中で焦りが膨れ上がっていく。

 足を踏み下ろしても音がしない、荒い呼吸の筈なのに何も聞こえない、寧ろ呟いた筈の言葉でさえも耳に届かない。

 焦りに支配されながら、何か無いかと周りを見渡したガルッケンクは、そこでおかしな物を見た。


 ガルッケンクが居た筈の場所に立っているあれは誰だ?


 近寄って見てみれば、それはガルッケンクそのものだった。窺う様に見る仕草、詰まらなそうに鼻から漏らす息、顔を殴りつけても、勢いを付けて蹴り倒そうとしても、ガルッケンクの形をした鉄の塊でも有るかの様に何の影響も及ぼせない。


(うおおおあああああああああ!!!!)


 ガルッケンクは音の無い絶叫を上げて、前で講釈を垂れる少女へと飛び掛かった。その顔面を拳が打つも、少女は何も変わらな――いや! 少女がちらりとガルッケンクと目を合わせた。やはりこの化け物の仕業なのだ!


 訓練用の剣を抜き放ったガルッケンクは、そのまま少女の頭へと振り下ろす。

 剣は音も無く止められる。

 打ち込み、払い、突いて、薙ぐ。

 城壁だろうと何の強化もされていないならば、崩れざるを得ない連撃を前に、やはり何も通じない。

 だが、何も感じていない訳では無いのか、時折少女は立ち位置を変えて、また時折恐ろしい何かを『直感』してガルッケンクは跳び離れる。

 そんな事が幾度か続き、ガルッケンクはこの化け物を相手に只の攻撃では意味が無い事を理解する。


(死んでも恨むなよぉ!!)


 二つ名でもある巨人斬りの元になった技能、『気刃』。訓練用の剣では一撃が限度だろうが、どうせいつもの装備を手に取ろうとしても、拾い上げる事すら出来ないのだろう。

 どんな技能で『隔離』されてしまったのかは分からないが、解決する手段はこの少女の姿の化け物を討ち取る他には思い付かない。

 訓練用の剣に“気”を籠める。剣が光を放ち始める。

 そしてガルッケンクはその一歩を踏み込んだ。


「こんな私でも、手を振れば――」


 何事かを言って手を振っている少女へ、袈裟懸けに剣を振り下ろす。

 ――ギャーーン!!

 罅割れた音を鳴らしながら、何故か剣は抵抗無く少女の体を引き裂いた。

 少女の体の向こうで、大地に深い溝が刻まれる。


(なっ!?)


 期待はしていても信じてはいなかった結末に、ガルッケンクは大きく跳び離れた。

 だが、そこで何も変わった様子を見せない少女を見て、漸く少し思考に冷静さが入り込む。

 その目の前で――


「足を踏み下ろせば――」


 そんな言葉と共に少女が足を踏み下ろしたと同時に、轟音が辺りを揺るがすのを見て、益々認識のずれを意識させられる。

 何か、何かを自分は間違えていると、ガルッケンクは暫し静観する事にしたのだった。



 ~※~※~※~



 「始め!」と言って始めたならば、それはもう当然の如くその瞬間に「加速」です。最近は『瞬動』として発動するよりも、動きの起点だけで「加速」する方がずっと動き易い様に感じます。

 シュパッと右端最前列の騎士様の前に移動しましたが、どうにもどの判子を押せばいいのか悩みますね。――と、見ている内にも引き攣った顔で何事かしようとしましたから……取り敢えずここは「許可」でしょうかね?

 最前列に居る彼らが恐らく一番ランクも高いのでしょうから、「許可」の判子をここで押しても、後で「再提出」に直したいと思う事は無いでしょう。


 そう思って直ぐ左隣へと「加速」で移動したのですけど、こちらは何の反応も有りません。私が囮に残した私の幻ばかりを見ていて、危機感がちょっと足りませんよ? 「却下」ですね。

 そんな人が何人か続きましたが、体躯の大きいその次の人は、「ぐおお!」と叫んで仰け反りました。……「許可」、と。こんな反応を示す人が増えてしまうと、誤魔化すのも大変です。

 再び続けて「却下」「却下」……目の前に居るのを見ているだけに、警戒心が働かないのかも知れませんけれど……。お、この人は魔力を張り巡らせていますね? 「再提出」と押して、また「却下」「再提出」「却下」「却下」「再提出」「再提出」「再提出」「却下」。

 と、ここでもまた反応した人は、特に魔力を張り巡らせてもいない騎士様で……もしかして『看破』とか『直感』でしょうか? そんな事を思いながら、「許可」「却下」「再提出」と押して、最前列が終わりました。


 でも、正直最前列から始めてしまったのは失敗ですね。三人にも気が付かれてしまって、これを誤魔化していくのは大変です。

 そう思った私は列の最後尾まで宙を飛んで……ええ、やっぱり後列の方が技量も下がってしまいますね。「却下」「却下」と続きますが、自分の技量が劣る事を自覚している人なんかは、こんな場でも警戒を緩めないのか、思ったよりも「再提出」が混じります。


 もう直ぐ半分というところで、最前列に居た騎士様達の動きが激しくなってきました。

 一人目の騎士様は、目を凝らして騎士様達の間を巡っているだろう私を探しているだけなのでまだ大人しいのですけれど、二人目の騎士様は行き成り私の幻に殴り掛かってくる乱暴者です。何故か三人目の騎士様は、自分の姿をした幻に向かって殴り掛かっていますけど、動きを止めるのも、足音を消すのも、他の人に『隠蔽』を掛けるのも、正直言って面倒なのです。

 でも、王様に頼まれてしまった事ですから、仕方が有りません。それも脳筋な騎士達を心配しての内容ですし、私に出来る事で私を頼りにされてしまっては、どうして断る事が出来ましょう。

 いえ、出来ません。ですから、私は鍛えられた舞台度胸で、全力で王様のお手伝いをするのです。


 と思っている内にも、三人目まで私の幻相手に参戦してきましたね? 大木を何本も持ち上げる事の出来る私の魔力の腕ですから、こっそりと私の魔力を騎士様達の剣や鎧に通してしまえば、単に魔力で壁を作るよりも楽に止める事が出来ました。

 生身の拳で殴り掛かられたりすればその限りでは有りませんが、大木を粉砕する様な威力でも無い限りは、着ている鎧を通じて勢いを殺せば何とかなります。


 ……ですが、どうにも攻撃が激化気味ですね。何をやっても大丈夫だなんて思われてしまっても、それはそれで危険な事になりそうです。これではその内――

 とか思いつつ、整列している騎士様達には須く判子を押し終わって、見えてそうに無いのにどうにも近付けない号令の人へと何度目かの挑戦をしている時に、事態は動いてしまったのです。


『ぅうおおおおおおお!!』


 いやいや、三人目の騎士様が剣に“気”を込めている様ですけれど、そんなのは防げませんよ? 元より魔力で“気”は防ぎ難いというのに、そんな無茶はしないで欲しいものですよ。


『どりゃぁあああああ!!』


 って、二人目の騎士様まで、そんな大きな体で大ジャンプです。

 ちょっと本気で私を踏み潰すつもりですかねぇと思いながらも考え方を改めて、ここは防ぐ事無く誤魔化してみれば、そしたら二人とも頭が冷えたのか大人しくなってくれたのは怪我の功名というものでしょうか。

 それなら号令の人に集中出来ると思ったのですけれど、そこで出て来た善意の人? いえ、そんな人が出てくるという事が、そもそもこの催しの終わりを告げているのでしょう。

 さっくり号令の人に判子を押すのは諦めて、明らかに私を見ている王様にも試す前に首を振り、趣旨を理解していないながらも、心意気というものを見せ付けた善意の人の評価を改め、最後の締めと侍従の人にも判子して、それで任務は完了です。


「全滅……だと?」


 と、愕然とした様子で善意の人が呟きますけど、これも相性というものです。

 少なくとも、鬼族の守護者を相手にするよりは、厳しい任務だったと思いますよ?


「いえ、整列している騎士様達なら三名は「許可」の判子でしたよ? 号令の騎士様と王様には近付く事も出来ていません。ですが、まぁ、王様の言いたかった事は、充分伝えられましたかね? それではこれで終了です!」


 そして私は、再びぺチンと手を打ったのでした。

 それと同時に幻も解除して、私の幻を挟んで対峙していた二人目と三人目の騎士様だとか、かなり場所を移動していた一人目の騎士様、胸の判子に気が付いて項垂れていた幾人もの騎士達が顕わになります。

 私の幻が消えてみれば、実際には侍従の人に判子を押すのに後方まで下がっていた私が姿を現しますが、代わって王様が前へと足を進めました。

 そして怒号が飛びます。


「この馬鹿共がーー!!!

 負けるにしても負け方が有るだろうが!! 警戒すらしなかった者は恥を知れ!!

 まだ何が起きているか分かっていないものは己の胸元をよく見てみろ!」


 そこで漸く動揺による響めきが起こります。

 元から気が付いていた騎士達はより項垂れて、気が付いていなかった騎士達は愕然としてますが、中には唇を噛み締める騎士様も。


「ハルギス! ……何か不満が有りそうだな?」

「いえ……油断、したのは、事実、ですが、油断さえしなければ!」

「戯け者め! 死体がほざくな! お主はこの鞄を背負ったままの巫山戯た子供を相手にそれをかすのか!?」


 飛び火しました? ですが、ちょっと聞き捨てなりません。


「こ、この鞄はいい鞄ですよ!? それに、冒険者としては鞄を背負ったままなのは当然です! 深い魔の森の中で鞄を無くしてしまうなんて、死活問題ですよ!?」

「ええい! 黙れ!! お主も特級なら『亜空間倉庫』を使え!! 態々己を危険に晒す真似はするな!!」

「ああーーー!!!! 今、私の造った背負い鞄を否定しましたね!? ああ、何という事でしょう、私の大切な背負い鞄を馬鹿にするなんて! 異界に入れば『亜空間倉庫』も使えないのですよ!?」

「ならば異界に入る時だけ背負えば良いでは無いか!」

「あー、知りません、知りません! 神様の都合でいつ突然使えなくなるかも分からない神様技能に頼る人の気持ちなんて分かりませんよ! 私の可愛い装備をあんな何も無い冷たい空間に閉じ込めたりなんかしませんし、そんな事をしておいて都合のいい時だけ宥めすかして使う様な真似は出来ませんよ!」

「何を言っている? お主も手紙は『亜空間倉庫』に入れて持ってきただろう!?」

「ああ!? 大切な装備と只のお手紙を一緒にするなんて! 知りません、知りませんよ~。自分の装備に見捨てられても知りませんよ~」


 一度は静まった騎士達が、どうしてか再び騒つき始めていたりもしましたけれど、自分の装備を大切にしない人への教育的指導は、生産にも携わる私にとっては責務なのですよ!

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