(99)挨拶回りなのですよ。

 初めての武術講義を受けた後、スノワリン達は何故か焦った様にお風呂へと向かって行ってしまいました。

 私も誘われたのですけれど、蒸し風呂は余り好きでは有りませんし、どうせ入るなら寝る前に拠点のお風呂でゆっくりとしたいのです。

 でも、スノワリン達もお風呂好きですねぇ。一緒に行くのは侍女を目指している級友ですから、『浄化』だって出来そうなのに、ダッシュで走って行きましたよ?

 私はちょっとだけ呼び出した水にて、「流れ」を使って軽く流せばお終いです。

 さぁ! お昼を食べたら学院の中を巡りましょう♪



 初めての武術講義は、正直に言って大満足でした。嘗て望んで得られなかった真っ当な剣の指導です。加えてペアになったスノワリンとの打ち込み稽古も刺激的でした。変幻自在とはきっとスノワリンの剣の事を言うのです。

 魔力枯渇させた体に掛かる負荷も、今食べているお肉が筋肉になるのだろうという実感も、全ては私を一段上に引き上げる素晴らしい導きなのです。

 まぁ、すらっとした未来の女剣士を目指すならば、避けては通れない道なのですよ。


 特にお肉がいいかも知れませんね。遠隔でこっそり狩っていた大猪鹿の美味しいお肉には、力が溢れている様な気がします。きっと良い筋肉を育ててくれる事でしょう。

 ま、私としては瑠璃色狼に打ち込む魔石がそろそろ欲しくなっていた頃でしたし、第三研究所の大猪鹿牧場にこっそり追加を送り込むのも限界の様な気がしていましたから、狩るのに問題は有りません。市場しじょうに流さなければ、怒られる事は無いのです。


 そんなお肉を薄切りにして、大食堂でももぐもぐもぐ。

 でも、そろそろいい時間かも知れませんね。


 ラタンバル教官の武術講義が入っているのは、二の日と七の日になります。私としては一の日や六の日の休み明けが良かったのですけれど、週初めは騎士団でも色々有って二の日からになっているのだとか。

 どちらにしても、全力で鍛錬に臨んだ後で、講義を受ける元気なんて残らないと、午後一杯空きにした私は正解でしたね。鍛錬の続きをするにしろ、資料室へ入り浸るにしろ、使い勝手の良い時間に成りそうです。


 まぁ、一番の理由と言えば、家政学や歴史と言った興味の無い講義ばかりだったからでは有りますけど。

 そして今日は、そんな空いた時間を挨拶回りに使うのです。



「失礼します」


 ノックをしてからそう言って開けた扉は、事務棟に在る建築科の準備室。即ちドーハ先生の部屋の扉です。

 大工道具や仕口の見本が所狭しと置かれていて、木のいい香りが漂っています。


「おう――どうした?」


 今の時間は講義を受け持っていないと確かめてから来たので、部屋に居るとは思っていましたが、ドーハ先生は私の姿を見て戸惑うかの様に声を掛けました。


「ええ、建築の講義について、どうしようかと相談に来ました」

「おお? そいつは、あんな家を建てられちゃあ何も言えねぇから合格でいいぞ?」

「いえ、そこは余り気にしていないのですけれど、水回りだとかは資格が要ると聞きますし、魔力線なんてこれまで聞いた事が有りませんでしたから、これにも資格が要るのでは無いかと……。大工作業にしても、継ぎ手や仕口の遣り方を教えて貰った他には、特に師匠に付いて見習いをやっていた訳でも有りませんので、良い教本でも有れば教えて欲しいのですよ」


 と、ちょっとこちらの事情を話してみましたら、ドーハ先生は少し考え込んだのです。


「資格? ――施設管理者の許可の事か? いや、上水も下水も役所の管理だろうから、資格ってな形を取る事も有るだろうが、基本はその地域の役所の許可で、もし何かの施設を間借りしているなら施設管理者の許可になるな」

「ほほう……それなら、学院の中なら――」

「屋外なら事務局の環境課で、館内なら施設課じゃねぇかなぁ? 上水や下水との繋ぎ込みは、水路の場合も有れば導管の場合も有る。学院の上水は魔道具で、下水が暗渠だったな。講習は受けるだろうから、それが資格と言えば資格だが、施工するなら計画を提出して許可を得る必要が有るぜ?

 ただ、なぁ……。あの建てた家からは繋ぎ込める暗渠も無かった様な気がするんだよな。

 そん時は、出来るだけ『浄化』して使い回せる所は使い回すか、『蒸散』の魔道具で散らすしか無いが、風通しが良くないと『蒸散』じゃちょっとなぁ」

「ほうほう……本館内に貰った部屋なら施設課ですね?」

「……そうだが、多分下水には繋げられねぇぞ?

 まぁ、まずは事務局と相談してくれや。

 それと、大工作業の教本はこれ一択だ。いい本だぜ、これは!」


 出して来てくれた本の表紙を見れば、「大工作業要綱」との題名と、著者にオズロンドルとの名前。


「……棟梁と同じ名前ですね。――中身も大体教えて貰った内容かも知れません」

「ほあっ!? 棟梁ってーと、つまり、オズロンドル大先輩に直接教わったてのか!?」

「同じオズロンドルさんかは分かりませんよ?」

「この本に書いてある事を大体教わったというなら、偶然とは言えねぇぜ? 内容も大体理解して、しかも実践して家を建てられるなら、俺の講義に出る意味がなぁ。ま、何か有ったら頼ってくれればそれでいいだろうさ」


 そんなドーハ先生と別れて、同じ事務棟で環境課と施設課に赴きましたが、どうにも旨く有りません。

 環境課曰く、


「学内寮からは下水には繋げられません。嘗ての前庭まで暗渠を通せるならそれも構いませんが、暗渠の管理もそちら持ちですよ?」


 だとか、

 施設課曰く、


「いかんいかん! 部屋の利用は建屋を傷付けない限りと言われとるだろうが! 余計な事はするでないわ!」


 だとか、残念ながら私の希望には添いません。

 ただ、そこで落胆しなかったのは、ドーハ先生からの情報が有ったからでしょう。

 ちょっと魔道具への期待が、私の中で大きくなっていく出来事なのでした。



「失礼します」


 と、扉を開けた、こちらは本館一階の北西に在る機構学の準備室です。

 両脇に本棚が並んだ向こうに、右と左に壁を向いた机が二脚ずつ。巻かれた大きな紙が幾つも立て掛けられているのは、設計図かも知れません。私は使った事は有りませんが、大きな歯車も幾つか転がっています。


「おや、君は……今年の首席新入生少女じゃないか? どうしたのかい?」

「ええ、受講科目を決めるのに、まずは相談出来ないかと思いまして」

「そう言えば、受講申請だけして質問が有る時だけ伺いたいとか言ってたわね」

「だとしても、今ここに来る理由は何だ?」

「キッコ君の構造をちゃんと良く見たかったのと、機構学の教本が有れば教えて欲しかったのですよ」

「ふーん……教本は受講料に含めているけれど、教本だけでも購入は出来るね。と言っても、今年の分はまだ刷って無いだろうけれど、去年の余りが有れば購買に売っているよ。他の講義の教本も、購買に行けば有るだろうけれど、まずは資料室でどんな物か確かめた方がいいんじゃないかな?」

「機構学の教本はこれね。『基礎機構学』に基本的な機構と計算の仕方が書いて有るわ」

「それを理解した後は、歯車等の要素の詳細を望むのか、実例を求めるのかで違ってくるな。俺としては『事故事例集』がお薦めだ」


 手元や本棚からぽんぽんと渡された何冊もの本。

 ぺらぺらと捲ってみますが、中々興味深いです。

 歯車の存在は知っていましたけれど、あの独特の形に意味が有るとは知りませんでした。


「『基礎機構学』は買いですね。他は――おお! この『事故事例集』は凄い本ですよ!! これも購買に売っているのでしょうかね!?」

「はは、一目でその本の良さが分かるとは中々だね。職人だとも聞いていたからそれでかな? でも、残念。流石にそれは購買には売っていないんだ」

「書店通りは知っているか? 特産通り近くの東ム坂通りには多くの書店が集まっている為に書店通りとも言われている。研究所の出版物もあの辺りで印刷されるから、行って損は無いだろうな」


 と、それは本好きには嬉しい情報です。

 ほうほうと軽く目を通した本は先生方に返却して、いよいよキッコ君との対面です。

 流石に分解して見せる事は出来無いとは言われましたけれど、魔力を浸み込ませて見てみれば、中身は複雑に絡み合った歯車やベルトの塊です。


「ほうほう……ぜんまいが……ここで右足……おや? ……もしかして、バランスを取っていたのは先生達が支えていましたか?」

「……開けもしていないのにどうして分かるのかと思うけれど、そうだね。でも、歩いて跳んだのはキッコ君の力さ」

「魔力で視ているのですよ。でも……凄いですね。魔力を使った仕掛けが一つも有りません」

「貴女の方が凄いけれど、そうね、それが私達の誇りかしら」

「誰でも使えるという事が重要な事なのだ」


 でも、分かってしまいました。とても興味深くは有りますが、今、私が求める物では有りません。


「その様子だとお気に召さなかった様だね。うん、いいよ。受講申請だけして、質問が有る時だけ来るのでも。でも、折角だから、機構学に何を期待していたのか、それぐらいは教えて欲しいかな」


 まぁ、機構学に興味が無い訳では有りませんし、貴重な情報も頂けました。それに隠す事でも有りませんから教えてしまってもいいでしょう。

 私は何処からとも無くディラちゃん人形を取り出して、私の頭に載せたのです。

 直ぐにディラちゃん人形は体を起こして、片手を上げて元気に挨拶をするのですよ。


『ディラ!』


 目を丸くしている先生方に、説明も必要ですね。


「私の使っているディラちゃん人形です。人形なので生きている様に見せようとすると、パーツの一つ一つを全て私で操らないといけないのですけれど、毎回それでは大変なのですよ。手を抜く所では抜きたいので、何かヒントになる物は無いかと思ったのです」


 立ち上がって軽く踊っていたディラちゃん人形を操るのを止めて、宙でぷらぷらと揺すったりもしてみました。


「……ちょっと嫉妬しそうになったけれど、これは確かに人形だね。突っ込みを入れると追い付きそうに無いけれど、これは解剖学の範疇じゃ無いかな?」

「機構学の範囲で無いとは言いたくないがな。生き物の構造は機構学にとっても良い手本だ」

「でも、今の動きを再現させようと思っても、知っている機構だと無理が有るわ」

「ああ。動きを制限して自由度を下げる代わりに、力の伝達効率を上げたり安定させたりしているのが現代の機構だ。何でも出来るは制御出来ん」


 と、やはり機構学では難しそうではあったのですが、そこで先生がくすりと笑いを溢したのです。


「ふふ……少し古い話になるけれど、自在台車の発表を思い出したよ。今の自在台車は、車輪とその台座で二つの回転軸を持たせて、前後左右どちらにでも進める様にしているけれど、球を受けに嵌め込む事でどの方向へも自由に動ける車輪部分を創ろうとした研究が有ったね。球と受けの間の摩擦が減らせなかったのと、真球を作るのに費用が掛かり過ぎる事から頓挫したけれど、君がやろうとしている事は、どうにもそういう根本に根差した事の様に思うのだけれど、どうだろうか?」


 結局それ以上のヒントは得られなかったのですけれど、最後の言葉は重要な視点の様に私には響いたのです。

 ええ、そうですよ。私が作りたい人形は、良く出来た人形では無く、人と見分けが付かない人形です。だとすれば、私が調べなければならないのは、人形の作り方では無く、人間の体の仕組みだったのかも知れません。

 つまり、指摘された通りに解剖学ですね。


 幸い、解剖学も受講申請していますから、受ける事は出来るでしょう。問題は、それが私の望む内容かという事ですが、それは受けてみないと分かりません。

 でも、当初の予定の充分なヒントは得る事が出来ました。やっぱり機構学の先生に話を聞きに来たのは正解だったのでしょう。


 ただですね、機構学の話を聞いて、ちょっと不思議に思う事は有るのですよ。

 デリラの街に在ったあの巨大な水車。それにトロッコ。

 騎士の緊急出動の為の物だったのなら、別にトロッコで無くても街の北側に在ったのと同じ巨大な滑り台で良かったのでは無いのでしょうかね?

 それなら、トロッコを引き上げる為の水車だって、要らなかった様に思うのですよ。

 毎年夏には嵐が来るあんな場所で、風に曝される巨大な構造物。本当はどんな役目が有ったのでしょうかと、そんな事を考えてしまったのでした。



 さて、次にやって来たのは購買です。場所は本館の地下に在ります。

 北側中央の階段室を地下まで降りると、その階段室の壁際と、西側の部屋が購買になっています。

 階段室の壁際は、持ち運びし易い様に包んだ軽食です。結構色々な種類が有って、今も買い求めに来た学院生達がうろうろと物色しています。

 西側の部屋に入ると、各講義で使う道具類が、棚毎に分けられて置かれていました。面白い事に学院生の作品に見えるまだつたない工具が、木工の道具として格安で並べられたりもしています。もしかしたら、何処かで買取もしているのかも知れません。

 私が求める教本類は、奥の書棚に纏めて置いてある様です。ですけど、まずは店員さんに聞いてみる事と致しましょう。


今日こんにちは! ちょっと今いいですか?」


 客の相手をしていない時を見計らって、店員さんに声を掛けます。


「え、あ、はい! どうされましたでしょうか」


 何故か焦り気味の店員さんも、学院生に見えますね。

 入学説明会で寮の斡旋をしていたのも学院生のお兄さんでしたし、学院の中でも色々とお小遣いを稼げる様になっているのでしょう。

 スノワリンも、外の仕事を探さなくても良かったのかも知れません。


「新入生なのですけれど、講義で使う教本のリストでも有れば見せて欲しいのですよ」


 と、それが機構学の先生方と話をした直ぐ後で、私がここに来た理由ですね。

 購買で教本が売っていると聞いて、いっそ興味が有る講義の教本は揃えておこうと思ったのです。

 棟梁が書いた本も気になりますが、何と言っても今直ぐ手に入れなければならないのは、魔紋や魔法陣、即ち魔道具の教本です。

 学院に来た一番の目的なのに、魔力線の存在すら知らないでいたなんて、丸で予習が出来てません。こんな調子では、話を聞きに行く事すら失礼でしたと、漸く思い至ったのです。


「え、り、リスト? 在庫表でいいのかな?」


 不慣れな様子で店員さんが見せてくれたリストには、各講義で使用する教本の他に、現在の在庫状況が載せられていました。

 それを手持ちの紙に『根源魔術』で焼き付けて写し、店員さんにお礼を言ってリストはそのまま返します。

 驚いている気配を背後に、私は教本の書棚へと向かうのです。


「――『基礎機構学』――有りました――棟梁の本も、有りますね――現代魔術概要? ……『儀式魔法』の解説本ですか。要りませんね――あ! 『魔紋解読』と『魔法陣学』それに『魔道具作成技術』、全部買いですね!」


 他にも解剖学や農学に、造園学、気候学と、ぺらぺらと捲って不要と思わない限りを買い漁ってしまいました。

 教本以外にも王都の案内書なんていうのも有って、全部合わせると二十両銀近くにもなってしまいましたけれど、後悔は有りません。孔版印刷が開発されて、刷字体での本が出回る様になる前ならば、二十両銀なんて一冊分でしか無いのですから。

 それに、正直全然手持ちが減った様な気がしないのです。特級冒険者に吝嗇けちは無用というものですよ。


 「釣りは要らねぇぜ。取っときな」とぺちりと二十両銀出した御蔭で、あわあわしているお姉さんを残して購買を後にします。荷物は『亜空間倉庫』の中ですね。『隠蔽』が掛かっていると、『亜空間倉庫』にしまう時にも要らない人目を引きません。

 そのまま階段を上がって、元は謁見の間としか思えない資料室へと向かいます。

 まぁ、夏の余り月になる前からも、何度か通っていますから、もう此処にも慣れたものです。借りていた本を『亜空間倉庫』から取り出して、司書の居る受付に返した後に、私は返却した本の続きになる書架の近くの机へと向かいました。

 この資料室は学内寮からもとても使い易い場所に在るのです。演習場に面したテラスの入り口から入れば、そこが階段室で、一つ扉を潜れば資料室なのですから。

 サイファスさんが訊ねてきた後だとかに、入り浸るにもとても都合が良かったのです。


「もう閉館よ?」


 と、何時もの司書さんに言われた時には、他にはもう誰も居なくなってしまっていました。

 淡い色合いの髪を腰まで伸ばした、本好きの司書さんです。私が本に齧り付いて読んでいるのを、いつも微笑ましそうに見る人です。


「おお!? もうそんな時間ですか? 時間が過ぎるのが早過ぎますねぇ~」

「何を言ってるのよ。見る度に違う本を読んで、今日は何冊読み進めたの? 本当に一年も有れば資料室の本を読み尽くしてしまうんじゃ無くて?」

「何冊読んだかは数えていませんけど、色々と面白い本は見付けましたよ」

「もぉ~。……面白いのはいいけれど、読書カードに書いてくれたこれは本当? 『ハプクシナの王政礼賛』と『ミヒムの嘆願書』の作者が同じで、二つ合わせて読めば実は痛烈に当時の王を批判してるって」


 私は司書さんが見せてくる、私の書いた図書カードに目を落としました。

 資料室で本を借りると、管理用の図書カードに日付や名前を書き込むのですけれど、そこに感想も書ける様になっているのです。

 で、書いてしまったのですね。本当なら知り得ない事を。


 『ブラウ村のステラコ爺』が出鱈目だったとか、魔術の常識が私の常識と違っておかしかったりだとか、医療の分野でも魔力が見えない為におかしな常識が蔓延していたりだとか、世の中で正しいと信じられている事も正しいとは限らないと知った私は、一つの対策を打つ事にしたのです。

 私の足下に転がるのは、『儀式魔法』を使う為の私の鉄球です。

 神々に聞いた所によると、神々へ魔力を捧げて貰わなければ、神々もそう簡単に地上に影響を及ぼす事は出来ません。ですが逆に言えば、魔力さえ捧げれば、結構融通を利かしてくれるのです。

 尤もそれには条件が有って、魔力を捧げようとしている相手の神が、私に注目していなければいけないそうですけれど。まぁ、気が付いていない時に捧げ物をされても、それは仕方が無いのも当然ですね。

 私の場合、誰かしら気に掛けてくれている神々が居るらしくて、それで神々へと問い合わせをしても結構答えて貰っているのですが、それの応用で本を読む時には神々に解説をお願いする事にしたのです。

 その結果知ってしまった、知り得ない筈の蘊蓄だったりするのですよ。


「……らしいですよ? 生憎どちらも写本なので、筆跡を見比べる事は出来ませんが、『ハプクシナの王政礼賛』が原本に忠実な写しですから色々と面白いですよ? 頁によっては、行の終わりの文字を逆から読んでいけば、襤褸糞に書いていておかしいのです。そういうのがばれて処刑されてしまったらしいですけどね」

「ど、何処の情報よ!? ――ま、待って! 『ハプクシナの王政礼賛』を取ってくるから!」


 慌てて取りに行く司書さんを見送って、私も読み終わった本を片付けます。

 読みかけの本に加えて、貸し出し限度の十冊を選ぶ前に、司書さんが戻って来てしまいました。


「何処よ!?」

「えーと、大体そういうのは章題の近くや、大嘘を書かされた近くに有るみたいですね。写本なので偶に文字がずれている様ですけれど――ここですね、章題が“素晴らしき王”で、その頁の行末を逆に読むと――」

「“くたばれ悪逆の王”……ええ!? 本当に!?」

「これをどうやって見付けるかと言いますとねぇ……えー、そう言えば『儀式魔法』は神々に魔力を捧げて、神々に代わりに魔法を使って貰いますけれど、その時捧げているという魔力が殆どの場合ちゃんと捧げられていなくて、垂れ流しにしている魔力から適当に回収されているものだっていうのは知ってますかね? ――いえ、そうなのですよ。それを、ちゃんと自分で神々に捧げる様にしながら、神々に本の解説をお願いすると、『識別』で見える文字盤の様な感じで神々の司書が『解説』してくれたりするのです」

「……は? ……え? ……あの?」

「まぁ、神々に聞いた所で、それが正しいとは限らないみたいですけれどね。神々の司書は元々地上の本好きらしいのですが、時々解説してくれている所に主張の異なるライバルが乱入してきて、文字盤の上で大喧嘩したりしますから。

 でも、ハプクシナ=ムヒミ=ラビヤーカの様に、思い残しが有ると、全然関係無い時にも出しゃばってきて煩いのです。

 私は本は好きでも、昔の人の想いまで拾おうとは思いませんので、そこはこういう話にも共感出来る人が対処してくれればいいのではと思うのです。

 ミームさんはどうですか? 『解説』は神々の司書が誰かしら注目していてくれなければ応えが返って来ませんけど、ハプクシナの想いを晴らして上げれば多分気に留めてくれる様にもなると思うのですけどね。

 ちょっと考えておいて下さいな」


 会話をしながら書架から抜き出した本を合わせて十冊分、貸し出し台帳に記帳して、私は司書のミームさんに背を向けました。

 酷い無茶振りをした自覚が有りますから、こういう時は直ぐに退散するに限ります。

 思った通りに後ろから「えーーー!?」と叫ぶミームさんの声が聞こえてきます。

 でも、ええ本当に、何とかして貰えたなら本当に助かるのですけどね。

 ――と、そんな事を考えながら、私は学院内の拠点へ向かって歩みを進めるのでした。

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