(144)剣の説得は王様の役目です。

 オルドさんとの会話を終えて、私は深く溜め息を吐きました。

 諦めは付けていたつもりでしたけど、改めて理屈含めて反論の余地無く突き付けられると、堪えますね。

 大物感というのは錯覚。或いは漏れ出た“気”や魔力の仕業と考えて良さそうです。


 王様も態と軽い『威圧』を仕掛けていると言ってましたし、恐らくそれで覆る事は無さそうです。

 となると、私が冒険者としての存在感を示す為には、最近決めた指針の通りに不可能依頼を次々片付けていくしか無さそうです。

 謎の大物感は発揮出来無くても、存在感を示す事は出来る筈ですからね。


 まぁ。裏で色々と準備していた事が無駄になりそうなのは残念ですけど、何の役に立つかも分かりませんからそれはそれで進めておきましょう。

 いえ、冒険者を見た目で判断する無意味さを突き付ける為に、実は動いていたんですよ。そういう意味での出番は無くなってしまったかも知れませんが、結構便利な小道具ですから、――う~ん、その内御披露目する事も有りますかね?



 さて! そうと決まれば、気持ちを切り替えていきましょう!


 今私が居るのは、「通常空間倉庫」に造り上げた、私の真なる秘密基地です。

 サルカムの木の良い所を集めて造り上げた二階建ての御屋敷は、デリラに作った張りぼて館と外観はそっくりですが、しっかり奥行きが有ってもう張りぼてとは言わせません。

 と言っても、箱状に区切った御屋敷用の「通常空間倉庫」にぴったり収めていますから、外観なんて見えないんですけどね。窓の外も白い靄にしか見えない壁で塞がれてしまっています。

 一度『亜空間倉庫』に丸ごと呑み込ませて、それから外に据え付ければ、一瞬で黒い御屋敷が建つ事になるでしょう。

 尤も、この御屋敷を外に出す予定は有りませんけど。


 此処で鍛冶をする訳では有りませんが、厨房もお風呂も据え付けて、『清浄』と『涼風』の魔道具で常に換気もしています。『清浄』の魔道具は悪い空気を何処かへ飛ば転移し、『涼風』の魔道具は清々しい空気を何処かから召還するので、「通常空間倉庫」の様な閉じた場所の換気には持って来いです。

 まだ私のお手製では無いのが少し残念ですが、それも春になる前には入れ替える事が出来ると思ってます。


 これと同じ様な「通常空間倉庫」の部屋を、実は幾つも用意していて、その中には当然の様に鍛冶をする為に設えた鍛冶場や、作業場用の「通常空間倉庫」も創ってます。

 そうした「通常空間倉庫」間の移動は、外から「通常空間倉庫」に入る時と同様に、「通常空間倉庫」の中からでも好きな場所に“入り口”を創って、別の「通常空間倉庫」の好きな場所に移動する事が出来るのです。


 ま、今は殆ど私室と鍛冶場、それから作業場しか使ってないのですけどね。

 此処は学院を卒業した時の為に準備している様な物ですから、今は学内拠点を使えばいいのですよ。

 尤も、鍛冶場ばかりは狭い拠点内の鍛冶場では無く、これからの主力となる場所として調えたつもりでしたが、中々そう旨くは行きませんね。


 私の武具を打つ分には変わりませんが、誰かの為の武具は此処では打てません。

 まさか輝石を武具に打ち込む際の衝撃が、輝石の持ち主に伝わるなんて思いませんでしたからね。

 「通常空間倉庫」は神界に近い特殊な場所に存在してるらしく、地上で打つよりこちらで打つ方が、ダイレクトにその衝撃が持ち主に伝わりそうです。


 実際の所、此処は静か過ぎて落ち着けないので、「通常空間倉庫」の鍛冶場を使う際には、地上に移設してから鍛冶を始めるかも知れませんけどね。


 そんな感じで、ぼ~っとするにも集中するにも若干向いてない秘密基地ですが、考え事をするには、適度な緊張感が有るこの場所が意外と向いていたりしています。

 この秘密基地には、諸々の設備の拡張や充足の為に来る事が殆どですが、今は此処には考え事をする為に来ていました。


「王様にもう少し堪え性が有ったなら、あなた達も王様を感じながら試練に挑む事が出来たんでしょうねぇ」


 目の前には王様から預かったオセッロとロンド。

 残念ながらオセッロやロンドが王様を感じ取れる場所では、王様の剣を打つ事が出来無いと分かりました。

 それで一度デリラへと連れて行ったのですけれど、流石に王都から王様を感じる事は出来無いのか、その時は少し心細そうな雰囲気を帯びていたのですよ。

 そんなオセッロやロンドと落ち着いて対話するのにも、オセッロとロンドが僅かなりとも王様を感じ取れる「通常空間倉庫」の中の方が、都合が良いのも有ったのです。


 まぁ、殆ど魔剣と言ってもいいのでしょうね。

 “黒”がまだ毛虫殺しだった頃と較べると、何やら感情を宿している様に思えた時期の一歩手前がロンド、明確な自我を宿して暴走した頃と同程度なのがオセッロです。

 毛虫殺しとは違って暴走もせずに大人しくしているのは、木から削り出された剣だからでしょうか?

 それがライザの森の動く木でしたら自分で動きもしたのでしょうが、王樹ラゼリアバラムですからどっしり不動のままなのでしょう。

 それくらいに、結構な意思を感じるのです。


 ですから、私もしっかり対話する必要が有るのですよ。

 私の振るう鎚や、叩き付けられる魔力を拒絶されると、慣れた鍛冶でも失敗しかねませんからね。


「王様も気の無い振りで呆気無くあなた達を渡してきましたけど、今頃はうろうろと落ち着きを無くしているのではないでしょうかねぇ?

 まぁ、その分見違えた貴方達を見て貰って、吃驚して貰いましょうか。

 いいですかね? 今の貴方達はそのまま鍛え直す事は出来ません。オセッロは無理が祟って正直言いましてぼろぼろです。歪みの蓄積も有れば、魔力のむらも有りますから、まずは其処を整えてしまいましょう。ん~……探ってみた感じでは、ラゼリアバラムの特性も活かしたいですから、ちょっとラゼリアバラムの剪定もしたい所ですねぇ。王様にちょっと相談してみましょう。

 でも、幾ら整えた所で、素材としては寿命です。オセッロにはその全てを魔法に変じさせて、ロンドと一体になって貰います」


 “黒”や“瑠璃”が相手なら、念じるだけでも既に意思の疎通が可能ですが、流石にオセッロとロンドを相手にして同じ様には通じません。嘗ての私の反省を籠めて、念じると共にちゃんと言葉でも語り掛けて、オセッロに理解を促します。

 まぁ、奥底では色々と思考を巡らしているのでしょうけれど、持ち主でも無い私に感じ取れるのは、感情くらいしか有りません。

 ですけどその感情だけでも、ちゃんと説明すれば分かってくれているのは感じ取れるのですよ。


 それで読み取る限り、どうやらロンドと一体に成るというのには、まだ抵抗が有るみたいですね。


「ん~、ロンドと一緒になるのは嫌ですかね? でも、それをすると今迄と一緒で、あなたオセッロはいざと言う時の為に仕舞い込まれてしまう事になるのですよ。更に言うならそう大きく鍛えられない魔物素材の剣とは違って、鉄の剣はかなり劇的に鍛え上げる事が出来ますから、今は格下に思えるロンドが直ぐに貴方に肩を並べる事に成りますよ? そうなったらオセッロは有り難い骨董品として丁重に飾られて目を楽しませるばかりになるのでしょうかね?」


 と、そこでそんな事を言えば、流石にオセッロも焦りを見せます。

 と言っても、オセッロとロンドを別々に鍛えた場合の、かなり確度の高い予想だと思いますよ?


「それに、余りロンドを嫌うものでも有りません。あなたと違ってロンドはロンドで、最後の最後には頼って貰えないと、やるせない思いを抱いていたみたいですし。あなたの事はどうやっても敵わない、王様の真の相棒と思っているみたいですね。一度じっくりと語り合うのがいいと私は思いますよ?

 ――おや? 分かりませんかね? ふむ……私の“黒”と“瑠璃”は、練り込んだ私の魔力を介してお互いの意思を通じていたみたいです。貴方達もきっと王様の魔力を介して、お喋り出来ると思いますよ?

 若くても魔剣としては先輩ですから、“黒”と“瑠璃”にもここに詰めていて貰いましょうか」


 若いと言っても“黒”と“瑠璃”は『亜空間倉庫』に仕舞ったりしませんでしたから、案外そんなに差は無いのかも知れませんけどね。


「ロンドも私からすると色々と粗い所が有るのですけれど、そこはさっくり鍛え直して、まずは素の状態でランクを幾つか引き上げておきましょう。そうしてロンドを土台――つまりはオセッロの受け皿としてから、一欠片余さず魔力へと変じさせたオセッロを練り込んでいく事になります。ここでオセッロが私を信じず身を委ねてくれなかったり、オセッロとロンドが反発し合う様でしたら、失敗が目に見えていますから、そもそも鍛冶に入れません。ですから蟠りが無くなるまで、しっかり話をして貰うのは、必須とも言えますね。

 一旦大剣の形で仕上げますけれど、直ぐに其処から素材に戻す勢いで徹底的に鍛え上げて、最終的には二振りの双剣に打ち上げます。王様から銘も伺ってますよ? 双剣オセロンド。それが貴方達の新しい姿となるでしょう」


 でも、こんな風に語り掛けても、オセッロもロンドも私の剣では有りませんから、今一つ伝わっているのかが分からないのですよ。

 何処かに壁が有る感じなのです。まぁ、練り込まれている魔力が王様の物ですから、それも当然かも知れません。

 やっぱりここは王様に頑張って貰わなければいけないのでしょう。

 幸いラゼリアバラムの枝が欲しいと思っていたところですし、そちらは一日仕事になりそうですから、その間王様に一旦返してしまうのが良さそうです。


 流石に大怪我をした今日は休むとしても、明日王様の輝石を練り込んで調整すれば、王様との話もし易くなるでしょう。その次の日は講義を入れてませんし、更にその次の日は五の日の休みです。この間にラゼリアバラムの剪定に向かえば、時間も無駄になりません。



 と、そんな方針を決めたので、早速次の日にオセッロとロンドを調えて、王様を訪ねてみました。

 学院が終わってから直ぐにデリラの家で鎚を振るったとは言え、既に夜と言って良い時間です。

 案内されたのは当然の様に王族の居所です。

 どうやら晩餐までの間をまったりと過ごしていたらしいですけれど、これもまた当然の様に私の分も追加されてしまいました。


「……斬新な髪型だな」


 そして当然の様に王様と顔を見合わせてしまえば、右側面を刈り上げた私の髪型に言及されてしまうのです。


「ああ、本当にどうしたんだい?」

「ええ!? 女の子がそれはいけませんわ!?」


 他の方々からも声が上がりますが、余り人の失敗に言い及ぶのは如何と思いますよ?

 刈り上げられた部分は寧ろ糊で尖った感じに固めてみて、ちょっと危険な冒険者チックに決めてみたのですけれど、どうやらお后様のお気には召さない様子です。

 ティアラ様は嬉しそうに手を振っていて、気にもしないでいてくれているのですけどね。


「これはですねぇ~、ちょっと失敗しての事ですので、余り突っ込まれたくは無いのですよ~」


 なんて言ってみますけれど、王様には通じません。


「ふん、この王都に特級を害する者が居るというのは、とても看過出来んわ!」


 と、ちょっと苛立たしげに言われてしまいましたから、もう説明するしか有りませんでした。

 でもやっぱり、オセッロとロンドが手元に居なくて、少し苛々としているみたいですね。

 そして説明を終えれば、それはそれで色々と話題にされてしまうのです。


「……中央山脈の向こうには魔力が無いのか。東との交流はバルグナンの悲願だが、それが叶ったとしても課題は多そうだな」

「事故だからって、女の子の髪がこんなに!?」

「でも、怪我をしている様には見えませんわ?」

「「活力」を与えてないのに、あんなに爆発するなんて思いませんでしたからねぇ。魔力に属性が有るなんていうのは、魔力の性質の本の一部分でしか無かったのかも知れません。回復薬が髪に効かないのも、今の内に知れたのは僥倖でした。魔力が枯渇気味の時の事故でしたから完璧に防ぐ事も出来ませんでしたけれど、回復しきった後でしたらどんな大爆発が起きたものか分かりませんし、幸運だったとしか思えませんね」

「前向きなのは良い事だけれど、君は人に心配を懸けなければ生きられない生き物みたいだね」


 何だ彼だと話のネタにされてしまうのですけれど、まずは今日の目的が有りますから、王様の家族には一旦失礼して、ちょっと王様に時間を都合して貰いました。

 王族の居所の中に有る、王様の部屋へと移動します。

 そこで一刻ばかりの時間を費やして、これからどうオセッロとロンドを打ち直すのかを説明し、王様にお願いしたい事を話したのです。


「――という事でですねぇ、やっぱりオセッロとロンドをその気にさせるのは、王様の役目だと思うのですよ。剣と話をするこつはですね、変に取り繕わずに本音で向き合う事ですかね。『念話』が出来ないなら、声に出して話し掛けるのがいいみたいですよ? 逆に私は何も伝えなかった事で、私の愛刀を混乱させたりしてしまいましたから。只の剣なら兎も角、魔剣に成り掛けている剣なら、話し掛けて想いを伝えるのは基本ですね」


 そんな言葉を聞いて、王様は表情を消した後、おもむろに問い掛けてきました。


「ふむ……魔剣が人を支配して凶行に至る話も良く聞くが、実際にはどの程度の知能が有るのだ?」

「そうですねぇ、私の“黒”は今で五つか六歳程度でしょうか。やんちゃ盛りですけどいい子ですよ? でも、“瑠璃”は群れを率いる大森狼の魔石をベースに鍛えたからか、大森狼の魂を引き継いで数十年生きた落ち着きが有りますね。王様のオセッロで三歳児に満たないくらい、ロンドは一歳児にもならない感じでしょうか」

「……それは思っていたよりも賢いぞ? もしかしてこの会話も理解しているのか?」

「それはどうでしょうねぇ? イメージで想いは伝わりますし、私の“黒”はそこそこ会話も理解している様子ですけど、“瑠璃”からはそんな様子は窺えませんし。

 何が言いたいのかも分かりますし、伝わっていると思いますが、言葉が分かっているかと言われると分かりません。でも、こちらから語り掛ければそれに対する反応は返してくれると思いますから、意思の疎通に問題は有りません。ですけど、私の剣では無いオセッロとロンドにはどうも上手く伝わっている様な気がしなくてですね、それにこれは先程も言いました通り王様の役目だと思うのですよ」

「…………我はそんな幼子を、『亜空間倉庫』に閉じ込めて放置していたというのか」

「まぁ、剣ですから感性は人とは違うと思いますけどね? 私が『亜空間倉庫』を便利に使うのを嫌がったのも分かってくれましたかね?」

「――ふん、それは時と場合によりけりだな」


 そうして王様も素直で無いながらも了解してくれましたので、私も王様にオセッロとロンドを引き渡します。散々色々語ったにも拘わらず、「通常空間倉庫」から取り出した仕草が恐らく王様には『亜空間倉庫』から取り出した様にしか見えなくて、じとっとした目で見られてしまいましたけれど。

 まぁ「通常空間倉庫」の事はおいそれとは話せませんから「場合によりけりなのでは?」としらばっくれるしか有りません。

 王様もオセッロとロンドを持ち歩く事は出来無いと理解していますからそこはそれで収まりましたが、サルカムで造った仮の鞘に納められたオセッロとロンドを手に取って、そこで王様は驚きから目を瞠りました。


「おい……これはどういう事だ?」

「ん~、多少整えましたけど、ランクは変わっていない筈ですよ? そこまでの手出しはまだしていません。ですけど曇り硝子が晴れ渡る程度には手を入れましたから、聞こえ難かったオセッロの声も王様になら届くのではと思うのですよ。流石にロンドの声はまだ無理の様な気がしますけれど、その時はオセッロに説得して貰えば良いのです」

「…………クク、これでは期待するなと言う方が無理が有るぞ」


 長い間、鞘から引き抜いたオセッロとロンドを見詰めていた王様は、少し物騒な笑顔を浮かべながらそう言ったのでした。

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