(78)ご褒美は、なでなでで。

 気を取り直して、ガルディアラスはやって来たその美形の男、サイファスラムへと問い糾した。


「それで何の用だ? サイファス」

「は! 例のゴブリンを使う盗賊団について、新たな証言が得られたので報告に」

「……成る程、噂の英雄を見に来たか。来客の対応をしているというのに、そんな理由で割り込むお主では有るまい。幾つになっても悪戯小僧は変わらんな。だが、お主が見に来た英雄はこれだぞ?」


 そう言ってガルディアラスは件の英雄を見下ろしたが、今はもふもふのその謎の生き物は、先程までと違って不自然に大人しかった。

 訝しむ様にガルディアラスが眺めていると、躊躇いながらもサイファスラムが告げる。


「あの、確かに報告は口実でしたが、その、得られた新たな証言というのが、ゴブリンの盗賊、ゴブリン友の会が壊滅したその時、現場をしれっと通り過ぎる赤髪の少女が居たという、獣車に乗っていた子供の証言でして――」


 二人で見下ろす謎の生き物が、顔を隠す様に背けるのを見て、朗らかにガルディアラスがサイファスラムへと告げた。


「よし、お主も乗れ! サイファス」

「は! お供仕ります!」


 ガルディアラスが詰めたディジーリアの背中の上に、靴を脱いでサイファスラムも上る。

 少女の上に大の大人が二人。

 言い訳の出来ない状況が生まれようとしていた。



 ~※~※~※~



 私の上に、何故か王様と側近ぽい男の人が乗っています。

 ばれてしまっては仕方が有りやせんが~……この後はどうすればいいのでしょうと、お悩みディジーリアなのですよ?

 何が理由か分かりませんけど、王様と出会ってしまってからどうにも少し変ですね? 何故だか浮かれ気味というか、はしゃぎたい気持ちというか、妙に不自然なのですよ。

 それは兎も角、このどうにもならない状況を打開しないといけないのですけれど。その内正気に戻って、ただ無言で降りるだけでは侘しいのではないですか、ね……と、おや?

 救世主の到来を感じ取って、私は新たなる一歩を踏み出したのです。


「お!? 動くのか?」

「ははは、強いぞ!」


 なんて背中の二人が褒めているんだかいないんだか分からない言葉でじゃれていますけれど、そんな二人に悲劇は襲い掛かりますよ?

 もふもふもふっと歩みを進めて、魔力の腕で音も鳴らさず扉を開けて、そのまま私は扉の外に。当然私の背中の二人も扉の外へ。

 そこで右を向いて一吠え。


「Grrrrroooooowwwwww!!!!」


 猛獣の咆哮は響き渡り、ワゴンを押していたメイドさんは「きゃあ!」と悲鳴を上げて尻餅を突き――

 私の背中から降りた二人が両脇から私を抱えて、出て来た部屋の中へと運び入れたのです。


「何を考えているのだ! 何を!」

「くくく……『きゃあ』って叫ばれてしまったよ。本当にこれが守護者殺しの英雄かい?」


 ソファまで運ばれた私は、両側を王様と側近の人に挟まれて詰問を受けていますけれど、甘いですね? ここは私の御蔭で窮地を脱したとも言えるのですよ?


「ふぅ……分かっていませんねぇ。今のはメイドさんが扉を開けた先で見付けたか、扉を開ける前に見せ付けられたかの違いしか有りませんよ? 私としては閉じられた部屋の中で如何わしい遊びをしていたと思われるよりは健全だと思うのですが」

「メイドの気配にぐらい気付けるわ!!」

「ちっちっち、私が『隠蔽』するのでそう簡単には行きません」

「するな馬鹿者! 大体――……おい。何時の間にもふもふを消して澄まして……まさか!?」


 あ、気が付かれてしまいましたね。

 でも、先程ですら直ぐ其処まで来ていたのですから、予想は出来る筈ですけどね。

 ほら、直ぐにメイドさんが扉をノックしますよ?


 ――コンコン♪


「うむ、入れ」


 王様は威厳を込めて許可を出していますけれど、今、私を両側から挟んでソファに座っていたりと、とても不思議な集まりになっています。

 案の定、やって来たメイドさんはびくりと震えて、一瞬固まってしまいました。不自然ににこやかな王様と私と側近の人が、肩を並べてメイドさんの一挙手一投足を見守っていれば、当然の反応と言えるでしょう。

 震える手で置かれたお茶のカップ。きっとあれでも私が入れるよりは美味しいのでしょうね。並べられた焼き菓子もとても美味しそうですよ。

 そんなメイドさんが、お辞儀をして踵を返して、部屋から見えなくなるその直前に――


「Grrrooww!!」


 ちょっと軽く一唸り。


「きゃあ!」


 いい反応ですよ!! と、私が喜んでいましたら、左に座った側近の人が、ぶふっと噴き出していたのです。


「くっくっくくく、ぶふっ、ぶははははは!!」

「おい、笑うな。英雄を労いに来た筈なのだが、我も何をしているのか分からんわ。本気で孫より遠慮が無いぞ?」


 ……何となく、王様に畏まった態度を取り続けられるとも思えませんので、それを容赦して貰うのを褒美にして貰うのも有りでは無いかという気がしてきました。


「あー。では、それがご褒美という事で」


 それに、何故だかこの王様の前では、つい空気も読まずに燥いでしまいたくなるのです。一体どうしたというのでしょうかね?


「む? 我に遠慮無く接する権利か……。それを欲しがる奴らは居るが、そういう奴らともお主は違うな。付随する何かが目的の輩には高値を付けるが、遠慮しない事そのものを目的にされては、どう値を付ければ良いのか分からん。……人前で無ければ、おまけで遣っても良いぐらいだな」


 そんな私に振り回されている筈なのに寛大な決定を下す王様に、「おお!」と感謝の気持ちを込めた感嘆の声を笑顔と共に伝えれば、何故だか王様が奇妙に顔を歪めてしまいました。


「……何故そんな顔で笑う? 全く、そんな顔をされては怒れぬわ」


 私は普通に喜びの表情をしていたつもりでしたのに、王様は私の何を見てそんな事を言ったのか、私には結局分からなかったのです。


 そんな微妙な空気を打ち破ったのは、側近の人でした。


「それはそれとして、君は何を知っているのか、教えてくれるかな」


 半身をこちらに向けて、元悪戯小僧な側近さんが真面目な様子で言いますので、私も表情を真面目に整え、重々しく頷いたのです。


「そうですね。私も然るべき所に申し出るつもりではいましたので、私の知る限りをお伝えしたいと思います」


 それを聞いて、王様もこちらへ半身を向けようとしましたが、それを制して机の上へとその視線を誘います。

 ここに、少し変則的な私の冒険譚の御披露目が、その幕を開けたのでした。


「それは頑張ればその日の内に王都へ辿り着けそうな、夜の街道での事でした。

 只管ひたすら王都を目指してライセン領はビガーブの村より駆け続け、星の瞬く夜に出会ったのは、襤褸ぼろを着て野犬を苛めるお爺さんでした」


 その言葉と共に、テーブルの上に並んだカップのその後ろに、野犬を苛めるお爺さんの小さな幻が立ち上がります。

 両脇の男の人達が、小さく息を呑みました。


「直ぐ目の前に居る私には目も呉れず、何の恨みが有るのか執拗に野犬を苛めるお爺さん。私の感覚はそのお爺さんを老爺の姿をしたゴブリン爺鬼と捉えているのですが、見た目がそれを裏切ります。お爺さんにしか見えません。その時、私の脳裏をぎったのは、毎年爺鬼ゴブリンと間違えられて討伐されていくお爺さん達の姿だったのです」


 野犬を苛める幻の爺鬼ゴブリンの背後に、更に薄く幻の様に、疾走する獣車の荷台に乗って追い縋る野犬を棒で打つお爺さんの幻を、そして『今助けるぞ!』と駆けてきた冒険者が、獣車に飛び乗りお爺さんを『このゴブリンめ!』と討つ姿を流します。


「ああ! 何と言う事でしょう! 王都近くでは、きっと何十何百というお爺さんが、変異種の爺鬼ゴブリン扱いされて死んでいっているのに違い無いのです、と」

「……おい、この導入は必要なのか?」


 折角の語り出しに水を差した王様。そんな突っ込みは冒険譚には不要です。

 もっといい反応の仕方リアクションを、あのメイドさんにでも学んで欲しいものですよ。


「もう、せっかちですねぇ。いいですか? 爺鬼ゴブリンは喋りません。ならば、喋る爺鬼ゴブリンはお爺さんかも知れないのですよ!」

「な、何!? 何だと!?」

「え、ええー!? まさか!?」


 そうそう、そういう反応が必要なのです。


「――という冗談は置いといてですね、そんな想像に戦いていた私の耳に届いたのが、街道の少し先から響いてきた剣戟の音だったのです。

 えーと、こんな配置でしたかね? 街道の先に木が切り倒されていて、獣車が一台立ち往生していて――」

「――おいこら、さらっと流すな」

「突っ込みが遅い上に、話を止めるだけなのは戴けませんよ?」

「ぐぅう……おまけで良いとは言ったが、こうも遠慮が無さ過ぎなのは安売りし過ぎたか!?」

「良いご褒美を貰いました! ――と、こんな感じで獣車が爺鬼ゴブリン達に襲われていたのです」

「……こちらを向いている幻達がポーズを付けているという事は、これは実際に有った光景を再現する技能では無いんだね?」

「ええ。私が光を操って像を結ばせた宴会芸ですね。

 で、こんな現場に出会でくわしてしまいましたが、見たところまだ襲われている側に余裕が有りましたので、暫し観察する事にしました。

 状況を掴みやすい上空から見るとですね、森の境の叢に四人の男が隠れていてですね、爺鬼ゴブリン達はその周りに一度集まってから、獣車へ襲い掛かっていたのです。

 で、この隠れている男の手元です。ちょっと大きく映しますね」


 『近寄らせるな!』とか『伯父貴!』とか声を上げる被害者と、ぐぎゃぐぎゃ騒がしい襲撃者。そんなわちゃわちゃしている現場のミニチュアの背後に、襲撃者を操る男の手元を大きく映しました。

 何もしないでいると、男達の周りに寄るだけ寄ってくる爺鬼ゴブリン達。

 操る男が角笛の様な物を口に当て、音は無くとも吹き鳴らす様な素振りを見せると、爺鬼ゴブリン達は一斉にその指し示す方向、つまり獣車へと向かって侵攻を始めます。


「恐らくは、オーガの角を使った道具です。

 それとは別に、爺鬼ゴブリンを寄せつつも敵として見られなくなる様な道具も持っていました。

 爺鬼ゴブリンが寄ってくると、角を吹いて侵攻させる、単純ですけれど放置出来ない道具です。

 特にこの角がいけません。王都研究所に報告書も出していますが、鬼族の角は界異点の元、異核と成るその仁の様な物です。実際にビガーブの鉱山深くの界異点には、角を異核とした守護者が居ましたし、小鬼ゴブリンの角も数を集めれば異核に成り得る事が分かっています。

 つまり、鬼族の角は異核の向こうの異世界にも繋がっているのです。そんな物を刺激する道具なんて、災いを招くとしか思えない物です。見逃す事が出来る筈は無いですよね」


 内容が真面目になって、王様と側近の人も目元も厳しく私の幻を見ています。

 ……やっぱり下手糞な観客ですよ? こういう時こそ、「う~む、そうなのか!」みたいな合いの手というものが必要でしょうに。

 ちょっと残念に思いながらも、私は拡大していた操る男の幻を消して、現場の状況解説を進めるのでした。


「ですが、この時の私には、他にも優先する事が有りました。前の日に徹夜をしてから、木の上で仮眠を取っただけでしたので、とっとと王都へ行って休みたかったのです。私が介入して襲撃者諸共黒幕も取っちめれば、その場は治まるかも知れませんが、後始末だの何だのと駆り出されるだろう事は必至です。なので、この場は襲撃されている人達に解決して貰って、そのまま報告までやって貰う事にしたのです」

「ま、待って。色々と言いたい事は有るんだけれど、この木陰に居るのは何だい?」


 と、側近の人が、木陰の監視人へと言及しました。


「おお! 漸く突っ込みましたね。スルーされてしまうとどうしようかと思いましたが、木陰には襲撃者を監視する者が居たのですよ」

「それだけ踊らせれば気が付くわ!」

「気が付いていたなら突っ込みはその場で入れて欲しいですねぇ。観客が下手糞だと、演者も困ってしまうのですよ?」

「ぬぁああ!?」


 王様が唸ってしまいましたけれど、気を取り直して進めますよ。


「ここからは、暗くした側には明るい側の声が聞こえていないと思って見て下さい。

 被害者達に解決させる為には、操っている人達を被害者に見付けて貰う必要が有りました。

 ですので、被害者の側には聞こえない様に――操っている人達だけに聞こえる様に、声を流しました」


 と、幻の被害者側を暗くして、襲撃者側に『伯父貴! あそこだ!』といった、襲撃当時に私が流した声を響かせます。

 これは、当時も音をそのまま響かせていましたね。昨日の協会長への連絡では、耳の中の膜を直接震わせて協会長だけに声を届けたりしましたが、この時はまだそんな方法は思い付いていませんでした。

 そしてそのまま当時の再現を流していけば、衝撃的なゴブリン友の会爆誕のその場面も目にする訳でして。


『我らゴブリンと生きしゴブリン友の会! ぐぎゃぎゃ! 貴様らの物は我らの物! 我らゴブリンの友に捧げるが良い!!』

『『『ぐぎゃぐぎゃぐぎゃ!』』』


 嘗て無い名場面だと思いますのに、側近の人は顔を覆い、王様も頭を抱えてしまいました。


「我は此奴を捕まえた方が良い様な気がしてきたぞ」

「何の罪で?」

「騒乱罪でだ」

「騒ぎを起こしたのは別の者で、この子は引っ掻き回しただけ。情報を混乱させたと言っても、被害は私くらいだから、無いに等しいね。――『ゴブリン友の会対策本部』とか大々的に打ち立てちゃったよ~、も~……」

「もう、何を言っているのですか。情報を混乱させたのは黒幕に対してですので、それ以外は不可抗力ですよ? それより、しっかり見ていないと折角の名場面を見逃しますよ?」

「…………見よう」

「うん。証言が全て操作されていたと分かれば、娯楽として見れるかな~……ははは……」


 そこからは怒濤の展開です。

 タイミングを見計らっての『威圧』が、思いも寄らず爺鬼ゴブリンを斃してしまっていた事からの、即興アドリブの嵐です。

 遂には操る者達が合体爺鬼ゴブリンに仲間認定されて取り込まれ、被害者達が無事逃げおおせるまでを見届けてから、王様達は長い長い溜め息を吐きました。


 まぁ、王都に届いただろう報告の裏話としてはここ迄ですので、一纏めにするとすれば、


「もうお分かりですね。言葉を喋った爺鬼ゴブリンはお爺さんでは無く、その声がでぃじーさんのものだったのですよ!」


 その一言に尽きますかね。


「落ちを付けるな、落ちを!!」

「え~と、何だって? つまり、喋るゴブリンは居ない。ゴブリンが集合してオーガに成るというのも作り事。ゴブリンを操る道具は有る。ゴブリンとの契約らしき物も嘘――」

「後は、黒幕らしき者が居る、という事で、後半行きますよ~?」

「何!? 続きが有るのか!?」


 少し慌て気味の王様達の前で、王都への報告には無かっただろう続きの披露を始めました。


「折角突っ込んで頂いたのに、お忘れらしきこの人の足跡そくせきを追ってみましょう」


 その言葉と共に、謎の監視人へと幻は迫り、合体し掛けの爺鬼ゴブリンに『仲間グギャ』と言わせて、監視人が幻の範囲外に逃げたなら森のシーンは終わりです。


「さて、この逃げ出した監視人には、追跡用の細工をちょちょいと施しておきました。夜も遅いので近くの村へでも行くのかと思いましたが、……来たのですよ。流石にその日は森で野営した模様ですが、次の日の朝に、王都でその人の反応が有りました」


 再び展開したのは、上空から見た王都の姿です。まぁ、私の輝石を上空に飛ばせば、実際に飛んだ事が無くても見て取る事に問題は有りません。

 ですがそんな幻を前に、王様達は、うっと言葉を詰まらせていました。


「まさか……黒幕まで既に辿り着いている?」

「……後始末をするのが煩わしかったのでは無いのか?」

「その場に残ることを要求されそうだったから、表に出ない様に立ち回っただけですよ? 実際に足止めされていたら、学院には入れなかったでしょうし。ですが、関わってしまったのですから、その場に居なくても対応出来る分には、多少の面倒は仕方が有りません」

「……成る程」

「ですけど私もこの日は訪れた学院で、行き成り入学試験の最終日だと言われて忙しかったものですから、細かく様子を窺ったりはしていませんでしたが、状況は把握しているつもりですよ?」


 そして王都の幻を見下ろしながら、説明を加えていきます。

 監視人が王都について直ぐに言付けした家の場所。夕方の約束を取り付けた後の足取り。夕方の依頼人との会合で、足蹴にされている様子。酒場で、隠そうとしている様だがどう見ても上流階級の危ない客に逆らえない旨を愚痴っている様子。そして下町の定宿にエメロンの名で泊まるまでの一連の流れを。

 それとは別に、監視人に付けた輝石から分離増殖させた輝石を、言付けした相手や更にその相手が接触した相手に付けていっては入手した情報も開示します。

 言付けの相手がその上の人への連絡に用いている方法。使われている合い言葉。やって来た依頼人との会話の内容。監視人との会合が終わってからの独り言。そして言付けした相手と依頼人それぞれの住所と名前。更に依頼人に関しては、その屋敷のやばい物が隠してある金庫の場所と開け方までおまけです。

 因みに、説明の途中で側近の人が地図を取りに戻ろうとしましたけれど、紙が有ればと伝えると、部屋に備え付けの紙を渡してくれました。その紙に幻に映した王都の見取り図を焼き付けて、序でに説明書きやら人相やらも焼き付けながらの説明でした。

 一度席を立った側近の人は、向かいの椅子に座り直して両側から幻を囲んでの、密度の高い時間だったのです。


「そして何と一番の肝はですね、この依頼人のラゼッポスは、昨日普通に王都の研究所へ出勤していた事ですよ! 初めの話に戻りますけど、王都の研究所は駄目駄目ですねぇ。これでは指名依頼を受ける事だけでは無くて、研究報告を王都研究所に提出するのも考えてしまいます」


 がっくりと項垂れた王様と、口を開けた側近の人。

 後半は黒幕の顔を極悪人顔にしたくらいしか突っ込み処も無く、淡々と進めただけに、重々しく受け止めてしまっていますけれど、そういう事では無いと思うのです。


「あー、でもそれは、王都研究所の綱紀粛正が適えば、地方が秘蔵している諸々が王都にも流れてくるという事かも知れませんねー。私の研究所でも大猪鹿の飼育と繁殖を試みていますから、いずつがいを売り出す事も考えていましたが、王都だけ省かれるという事も無くなりますかねー」


 ちょっと態とらしくなってしまいましたけれど、少し顔色は良くなりましたかね?


「全てが分かっていても、証拠にはならないか。私の腕の見せ所という訳だね」

「ふん。大分と大掃除したと思っていたが、しつこい汚れが残っていたか。……学院や研究所で幅を利かせているというのが業腹だが、必ずや粛正を果たして見せよう」


 と、ここで王様の掌が私の頭に乗せられました。

 撫で撫でです。それも、恐ろしく優しい撫で撫でです。

 ぐりぐりとかごりごりとかいう擬音が当て嵌らない、なでなでな撫で撫でです。

 胸が詰まる感じがして、そこで私は漸く理解したのです。


 王様に出会ってからの、このどうにも胸を騒がせる感情は、の物では有りませんね。

 それを理解して漸く私は、私の心が私の気持ちとは別の何かから揺らされている様な違和感に、納得する事が出来たのです。


「これも褒美を与えねばなるまい。全く、金品で報いられてくれれば手も掛からぬものを」


 口調は忌々しげですが、撫でる手は飽く迄優しくて、私はその撫で撫でに身を任せます。

 向かいに座った側近の人が、目元から表情を消して、私へと言いました。


「どうして、泣いているんだい」


 その言葉に、そっと頬に手を当てると、言われた通りに濡れていました。

 私の様子を窺おうとしてか、私の頭から離れようとする腕を掴んで、再び私の頭へと乗せ直します。


「これは違います。違うのですよ。私が泣いているのでは無いのです。

 だから、これは心配せずに、ご褒美は今だけ私を甘やかすのでお願いします」


 王様の動きが一瞬止まってしまいましたが、ゆっくりと撫で撫でを再開してくれました。

 私の胸の中の、私では無い隙間が、じわじわと満たされていくのを私は感じていたのです。

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