(79)素材倉庫な宝物庫と記憶持ちの裏事情

 何故か王様達と連れ立って、宝物庫へと向かっています。

 あー、何だかちょっと目元が腫れぼったいですねぇ。


「ふむ、もう大丈夫そうだな」

「……お見苦しいものをお見せしました」


 王様達が、何となく感付いている様子なので、ちょっとだけ気が楽です。

 私の中の“泣いていた私”は、泣き疲れたのか今は大人しくしていますけれど、悩ましい事に変わりは有りません。

 非業の最期を遂げた恐らくは何処かのお姫様。私の中に居るそんな感じの“前の”私が、王様と出会った事で揺り動かされてしまったのでしょうか。


 でもですね、私はそんな“前の”私の事なんて、何も憶えてはいないのですよ?

 確かに毛虫殺しを生み出した『鍛冶』を知っていたのは“前の”私ですし、冒険者に成りたい気持ちを後押ししたのも“前の”私の自由を求める心では有るのでしょう。

 でも、感覚として覚えていても、記憶として憶えていなければ、何にこんなに揺さ振られているのかも分からないのです。

 全く、記憶が有れば有ったで碌な事には成らなかったのでしょうけれど、記憶の無い記憶持ちというのも儘ならないものですよ。


「……全く、ここが故郷という訳でも無いでしょうに……」


 学内寮を出た時からお嬢様気分でいた所為か、王城に着いた時には既に“前の”私が多少入り込んでいた様に思います。それでいて壮大な王城に驚愕していたのですから、少なくともラゼリア王国のお姫様だった訳では無いのでしょう。恐らくはもっとこぢんまりした小国の出に違い有りません。


「やはり記憶持ちか」

「……はい。記憶の無い記憶持ちですが。気付かず少し引き摺られて、燥いでしまい申し訳ありません」

「いや、それは良いが、記憶持ちが記憶に呑まれても良い事は無い。気を付けろ」

「それは、まぁ、大丈夫です。私の前世はどうやら何処かの小国のお姫様らしいのですけれど、鍛冶の業を知っているのと自由を渇望している他には、覚えている事は有りません。今回初めて王様に甘えながら護られていたいという願望が有る事が分かりましたが、それは私の望みとは懸け離れてます。呑まれる事は有りませんよ?」

「だが、甘やかす事を褒美に望んだでは無いか」

「そりゃあ、心残りが有るのなら、何とかしてあげたいとは思いますよ? でも、憶えてもいませんから何も出来ません。お墓参りくらいはしてもいいと思うのですけどね」


 そもそも、“前の”私が感じていた寂しさが、私にはちょっと分からないのです。全てを委ねてしまう様なそんな感情、私には関わりが有りませんね。

 何時いつか恋でもすればそんな想いも変わるのかも知れませんけれど、今の私には遠い話なのですよ。


 家族にしたってそうだったのです。

 父様の事はよく分かりませんが、もしかしたら“前の”私が望んだ様な、甘やかして手の内に護ろうとしていたのが父様だったのかも知れません。

 でも、父様は理想の“娘”は護ろうとしましたが、“ディジーリア”を護ろうとはしませんでした。ですから私は自分で自分を護らなければいけませんでしたし、そうして誰かから護られずにもやっていける私に成ってしまえば、今更護られる事を望むものでも有りません。


 もしも父様が兄様達の鍛錬に私が参加するのを許してくれていて、冒険者に成って依頼を熟していくのを嬉しそうに受け入れてくれる父親なら、違う未来も在ったのかも知れませんが、今はもしも父様が私の頭を撫でてこようとしたなら多分避けますし、今頃理解が有る様な言葉を口にされても警戒せずには居られません。

 話し掛けてこられれば返事はするでしょうけれど、煩わしいと思ってしまうのは最早どうしようも無いのです。


 そんな父親だったからこそ、独立心も養われて、こんな短期間で特級の冒険者に成れたのかも知れませんけれど、それとこれとは話が別です。感謝するものでは無いのです。


 今の私が父様に望む事と言えば、兄様達には私にした様な、可能性を撥ね付けるそんな振る舞いをしないでおいて欲しいですねぇ、という、そんな事ばかりです。

 尤も、兄様達ならそんな振る舞いをされたとしても、それこそ撥ね付けてしまうのでしょうけどね。

 もしも私を甘やかしてくれる人が居るとするなら、そんな兄様達の様な気はしますけど、それにしても兄様達にも私の全てを委ねて甘えていたりする訳では有りませんので、幼い子供の様に護られる安心感を望むこの感情とは合いません。まぁ、時々構って欲しくはなりますけど。


 母様なんて、つい最近までよく分からない謎の人でした。何が起こってもにこにこしていて、私が冒険者を目指しているのを否定はしませんが、私が冒険者に成る事を拒絶する父様の事も受け入れていて、結局のところ、賛成なのか反対なのかは分からない、頼っていいのか駄目なのかも分からない、そんな母親です。何であっても受け入れてくれるから、そこに甘えもしますし、警戒も緊張も抱きませんが、護ってはくれない、そんな感じの人でした。

 もしかしたら、キャラバン流というものなのかも知れませんね。足が立てば一人前という事です。母様には一杯褒めて貰った想い出が有りますので、褒めて育てるのがキャラバンの遣り方なのでしょう。母様には、また一杯褒めて欲しいと思うのです。


 そう考えると、やっぱり家族に対して思う気持ちにしても、全く違っているのです。


「記憶持ちと言っても、前世と今は、やっぱり違うものなんですねぇ」

「だからこそ前世持ちと言わず、記憶持ちと言うのだがな」

「記憶有りの記憶持ち程、折り合いを付けるのに苦労するらしいね、でも、同じ記憶を別の人が持っていたという事例も有るから、そこはやっぱり只の記憶なんだろうね」


 まぁ、納得です。


 そんな感じで歩いている途中で、王様が侍る侍従を呼び止めたり、或いは呼び止められたり。やっぱり王様は忙しいのでしょうと思うのですけど、どうも私がゴブリン友の会の情報を持ってきた事で、その分の時間が空いた事にして調整させている様子です。


「ここが宝物庫だ」


 と言われた時には、既に幾つ見張り付きの扉をくぐり抜けた事でしょうか。

 四人の見張りが付けられたその扉は、宝物庫という名前からイメージする様な大きな物では無く、寧ろ人一人が何とか通り抜けられる小さな扉でした。

 おまけに見た目は両開きのアーチ扉で蝶番らしき物も見えているのに、鍵を開けた王様がぐっと力を入れると引き戸です。引き開ける時に、ガキガキと凄い音がここだけでは無く遠い場所からも聞こえます。

 ほうほうと感心しながら王様に続いて中へと入るとまた扉が。側近の人が入ってきた扉を閉めるのを待ってから、今度は横へ転がす様にして次の扉を開けました。

 その度にガキガキと音が響いて、成る程これでは宝物庫に侵入出来ても、逃げ果せる事は出来そうに有りません。

 入ったその場で王様が壁の突起に魔力を流すと、部屋に光石の明かりが灯りました。


「まぁ、宝物庫と言っても大した物は有りはせん。財宝の類は改革の時代に相当に目減りした。それ以外は年々技術が向上して、後生大事に仕舞って置いても時代遅れになるだけだ。褒賞の為にその時々の良い物を集めているというのが実情だな。それ以外の王家に伝わる物などはまた別の場所だ。察しろ」


 そんな王様の声に見渡せば、大会議室程の広間には種類毎に分けられて、所狭しと様々な宝物が並べられています。

 入って直ぐ左は宝飾品のエリアです。私自身で身に着けるのはお嬢様している時だけですが、作るのも飾るのも実は結構好きですね。作る時の参考含めて、じっくりと鑑賞します。

 魔力的には力の無い宝飾品の次には、魔晶石や宝魔石、宝晶石をあしらった宝飾品です。宝飾品は堪能しましたので、石だけじっくり見たいですよと思えば、その次のエリアに石だけ綺麗に並べていました。

 いいですねぇ~、と、しっかりじっくり見させて貰います。こういう物ならご褒美に欲しいものですが、まぁ私の場合は欠けていても問題無いので、宝飾屋さんの訳有り品で充分ですね。


「……小さくても女は女か。長くなりそうだ」

「視線が……どうにも違いますけれどね。色気の類が感じられない」

「ふむ、職人としての興味というところか」


 何やら言われていますけれど、お次は文官エリアですね。

 文鎮、インク壺、鋼筆、羽根ペン、等々、文官が喜びそうなのが揃っています。

 宝石をあしらった物も有りますけれど、実用品には邪魔ですね。全体的に古めかしくて、今の世の中にはペン軸にインクを仕込んだ物も有る事を考えると、時代遅れとの言にも頷けます。

 そこからも、絵の道具、楽器、布と続いて、部屋の突き当たりにはサルカムの丸太が有るのにはちょっと笑ってしまいました。

 折り返したら美術品エリアです。金銀で出来た置物、実用に成らなそうな甲冑、宝石を塗した剣と、煌びやかに並んでいますけれど、一般庶民の家にこんな物が有っても浮いてしまいますよ?


「美術品には興味無しか……」

「いえ、装飾品には齧り付いていましたが……」


 更に入口前で再び折り返すと、ここからは武具エリア、なのですが……。

 鋭い刃の大剣や、鱗を編み込んだ帷子かたびらなんかが立て掛けられていますけれど、全く育てられていないので、大した事が有りません。


 と、そんな片隅に珍しく鋼の得物が有りましたので、見てみれば鞘に納まった刀です。


「おお、刀が有ります」

「ふむ、良く知っているな」

「私も刀を遣うのですよ」

「何? ……それも自分で打つのか」

「ええ、自慢の愛刀なのですよ」


 抜いてもいいかと目で問うと、頷いて了承頂きましたので、鞘から半分抜いてみたのですけれど……。

 他の得物が素材頼りなのに対して、しっかり打ち上げたいい刀なのは確かなのですが、魔力が籠められてもおらず、育ってもいない刀はランクで言えば四か五か。――多分、五ですかね? 遣い手次第でランク四や三並には遣えると思いますけれど、まぁ、扱いが難しいのが刀です。

 今や“黒”の毛虫殺しも、“瑠璃”と呼んでる瑠璃色狼も、魔力を練り込み育て上げたが故の特級ですから、何もされていないこの刀は言ってみればの素材の様な物。そう思って見てみれば、他に置いてある武具もこれから育てる前提なのかも知れません。ドレスでは無く布が置いてあったり、サルカムの丸太が置いてあったりする事からも、その考えで間違い無さそうです。


 置いてあった場所に刀を戻して、また部屋の奥へ。部屋の奥には色々な金属のインゴットが積んでました。そこから折り返して最後の直線です。代わり映え無く素材風味な武具達ですけれど、体に合わせた形状や鎧の関節部分なんかはとても勉強に成りました。


 と、一通り堪能した私が、はふぅと溜め息を吐くと、律儀に付き合ってくれていた王様達から声が掛かりました。


「それで、何か良い物は有ったのか?」

「……え?」

「え、とは何だ、え、とは!?」

「いえ、そういう視点で見ていなかったので……。そうですねぇ、武具も文具も装飾品も、いい形をしていてとても勉強に成りました。魔銀なんかは初めて見ましたけれど、いい素材が揃っていると思いますよ?」

「いや、何か欲しい物は無いかという意味で聞いているんだよ?」

「ぅえ!? そ、そういう意味でしたら……布ですかねぇ」

「おや? 鍛冶をすると聞いたけれど、布なんだね?」

「それは、まぁ、私が使うとするなら魔鉄ですけど、魔鉄なら態々ご褒美で貰わなくても魔力を込めて鉄を鍛えれば出来上がりますからねぇ」

「……それで布か。まぁ、良いぞ。見ての通り布の類は産地から折々送られてくるにも拘わらず、望む者が少ない為に溜まりに溜まっている。好きなだけ持っていくが良い」


 そんな言葉に、「本当にいいのですよね」と念押しして、どきどきしながら十尋ずつ各種布を切り取りましたが、「そんな量でいいのか」と不思議がる王様達には吃驚です。

 忘れずに糸巻きに巻かれた糸もしっかり手に入れておきましたよ?



 そんな訳で、宝物庫での用事が済んだ後は、少し遅いが昼食にするとの事で、食堂へと向かいました。


「悪いが色々と予定が押していてな。昼食の後はこのサイファスラムに任せているから従ってくれ。サイファスも必要な情報は今の内に確かめておけ。時間との勝負に成るぞ」

「は! ゴブリン友の会改め不届きな研究者並びに学院関係者の捕縛任務、謹んで遂行致します」

「お忙しい所失礼致しました。ご褒美まで頂いて、本当に有り難うございます」

「……言っておくが、今回渡した褒美にはライセン領での分は入っていないぞ。ライセンからも正式に褒賞されるであろうし、王城でも別途機会は設けるぞ」

「もう、要りませんよ? ビガーブの村での事は話が付いていますし、ライセン領としてお礼がしたいと言われても、アザロードさんが王都に来た時にでもご飯を奢って貰えれば充分です。大体ビガーブでは貴重な素材を山の様に手に入れましたから、これ以上は貰い過ぎですよ」

「む、アザロードとは知り合いか?」

「空の飛び方を教えて貰った仲ですね」


 なんて、配膳されるまでの間にお話ししましたけれど、もし本当に呼ばれてしまったならどうしましょうかね。礼をしない訳にはいかないなんて事情も分からないでは無いですが、正直に言って面倒です。

 私がするのは私がしたい事だけなんて、そんな生き方を夢見てみても、中々儘ならないものですよ。


 そして少し待てばお城のご飯です。

 食べられるなら何でも食べますけれど、やっぱり美味しいご飯は嬉しくなります。

 楽しくご飯を食べていると、他の人達の手が止まるのも、何故だかいつもの事ですけれど。


「……前世が姫というのも本当かも知れんな」

「記憶は無いと言っていたけれど、どうして姫だったと分かったんだい?」

「それはですね、デリラの街には御領主様の娘のライラ姫様がいらっしゃるのですけど、自由気儘に闊歩して丸で姫様らしくないのですよ。それで何故だかそのライラ姫に捕まって領城に拉致されそうになった時に『あなたが姫様な筈は有りません! 偽物ですね!』って遣り合って、その時の感情とかから恐らく前世は姫様だったのだろうと、そう思う様になったのです。まぁ、証拠なんて有りませんし、前世は前世で今の私とは違うのですから、調べる事でも有りませんけどね」


 とは言っても、そもそも鍛冶をしている姫様というのが謎ですから、今まで気にもしてはいなかったのですが、今回で少しだけ考えが変わったかも知れません。

 あんな寂しさを隠していたというのなら、少しだけ、そう、偶然“前の”私に関わりが有りそうな何かに行き合ったなら、首を突っ込むくらいは良いかと思う様になりました。

 まぁ、何のヒントも有りませんから、関わりが有るかどうかも今の私には分からない事ですけれどね。


 そんな昼食が終われば、側近のサイファスさんと話をしながら、お城の右側に在った建物へと案内されて、そこで暫く待つ事になりました。

 メイドさんが運んできたお茶を頂きながらサイファスさんと待っていると、入れ替り立ち替り数人の官吏の人がやって来て、『判別』の魔道具に手を置いたり、幾つもの書類にサインを書いたり。一応全ての書類に目を通しましたので、半時一時間近い時間が掛かってしまいました。

 それで手に入れたのが、各種の許可証です。

 王国発行の売買許可証、王国管理素材の優先交渉権、特級の通行手形発行許可証。他にも王都での各職人ギルドへの紹介状と、商人ギルドへの紹介状も付いています。

 それで今度こそ王城での用事は終わったのですけれど、サイファスさんには付いて来て貰って助かったかも知れませんね。何故だか官吏の人達からは凄く訝しげに見られていたのですよ。


「じゃあ、今日はここ迄だね。これからの王都での活躍を期待しているよ」


 右側の建物の扉からそのまま外に出て、正面の階段まで石畳を歩いた所でサイファスさんがそう言いました。


「こちらこそ、いい布を沢山頂き有り難うございました。暫くは学院の寮に居ますので、学院や研究所の事で何か有りましたら、学院か或いは冒険者協会にお伝え頂ければ対応致しますので、よろしくお願い致します」


 そして最後に淑女の礼で頭を下げてから、階段を降りていきます。

 階段の下まで着いたら、影から攀じ上る様に巨大草原猫の幻を呼び出して、そのまま私は猫の背中へ。


 門へと続く道を振り返りもせずに進みながら、猫の背中で私は思います。

 疲れました……と。

 いえ、本当に。

 ご褒美が貰えるというのでそれにかこつけて王都研究所の横暴を訴えに来ただけの筈ですが、“前の”私が感情を暴走させたり、それを“前の”私の所為とするのにお嬢様状態を維持したりと、何だかとても疲れました。

 猫の幻を維持する方が、遥かに簡単なのですよ。

 でも、ご褒美にお土産を一杯貰いましたし、今日の残りは何をして過ごしましょうかね。

 盛り沢山過ぎて選べないまま、私はぼんやりと猫の背中で揺られたのです。



 ~※~※~※~



 ディジーリアを見送ったサイファスラムが、諸々の手配を終えて王の執務室を訪れたのは、既に夕方の日差しが窓を染める頃となっていた。

 書類が積まれた王の執務机の前には、文官達の机が向かい合わせに二列になって並べられ、今も王の机の書類の山を高くする為に手が動かされている。

 尤も、その山も今は殆どが処理済みの山だ。

 そこへ近付くサイファスラムに、王の方から声が掛けられた。


「戻ったか。それで、あれからどうなった?」

「特に何事も無く、許可証を受け取って退出しましたよ。それにしても凄いものです。勝てると断言出来ないとは思いませんでした」

「ふん、そんな事を言っている様では確実に負けるな。あれの特徴は恐らく高レベルの『隠蔽』だぞ? 今日見せられた幻と合わせられたなら、何も分からぬ内に首を刈られるわ」


 その言葉と共に王は今日の執務は切り上げると立ち上がり、同じ部屋に机を並べる宰相へと後を託して、サイファスラムと共に執務室を出る。


「その幻というのが何かすら私には分かりませんでした。帰りは前庭の道を、影から呼び出した大猫に乗って帰っていきましたよ。そんな技能など聞いた事も有りません」

「ふむ、それは見てみたかったな。『隠蔽』持ちだとてそれだけで守護者が斃せるものでは無い。他にも手は有るのだろう。――我には通じんがな。

 気付いたか? 宝物庫の武具に落胆していたぞ? 形は良いとは言っていたが、良い物とは言わなかった。案外彼奴あやつに剣を発注するのも面白いかも知れん。

 サイファス、試しにお主の剣を造らせてみよ。ラゼリアバラムの剣も良いが、我が思うにあれは上品過ぎる。他を知らねばそこ止まりだぞ」

「は! ……ですが、あの小さな手で、本当に剣が打てる物なのでしょうか」

「それも含めての試しだろう? 報告を楽しみにしているぞ」

「はは!!」


 背を向けるサイファスラムを見送ってから、王ガルディアラスは小さく呟いた。


「……刀は西方三国で生み出され、歴史もまだ百年少しと浅い。西方三国はバラム帝国に滅ぼされたが、刀を生み出した刀匠は存命だと聞く。……答えはほぼ決まっている様なものでは無いか」


 だからと言ってそれを調べる事など出来る筈が無い。

 記憶持ちによる災厄の多くは、封じられた記憶が曝かれた時に起きている。記憶の無い記憶持ちはその多くが凄惨な前世を送っている。その記憶を思い出した時に生じる発狂と暴走は、徒人ただびとで有っても家屋の一軒やそこら吹き飛ばす程だ。それが英雄とも呼ばれる者となると、どれだけの被害が起こるか想像も付かない。

 本人に自覚が有り、前世の記憶との折り合いを付けようとしているだけ暴走の危険は小さいのだろうが、寝ている竜の鼻先を突く真似を態々しようとは思わなかった。

 となれば、後は見守る他は無い。


「幼い分だけ記憶に呑まれかねないと思ったが、どうにも記憶も幼く見える。特級まで到った今世が記憶に負けるとも考えられん。何より神々の加護も大きい特級が暴走したという話はまず聞かん。ふん、成る様にしか成らんな」


 足を止めて考えていたガルディアラスは一人納得すると、再び歩き始めるのだった。



 ~※~※~※~



 王城を辞去してから、そのまま学院へは戻りませんでした。

 今の私は冒険者協会の資料室で、お勉強のディジーリアなのです。

 魔力の腕でぺらぺらと、立てた資料の頁を捲っていきますけれど、椅子に座る体勢はぐでぇと力が抜けています。


「――そういう訳で、大変だったのですよ~。ずっとお嬢様していないといけないのにも疲れましたけれど、前世の記憶が騒ぎ立てて、そのフォローで余計にお嬢様しないといけなくなってですね、あれなら謁見の間で一瞬で済んだ方が、大勢に見物されたとしても楽でしたね~」

「それで貰ってくるのが布切れとはな。冒険者なら武具一択と思ったが」

「調整前だからとは思いますけど、大した武具は無かったですよ? 特級の武具が一つも有りませんでしたし、どちらにしても私の体には合いませんし」


 おお、王都近くにも魔の森が、と、その場所を頭に入れながら、別の資料でその場所に出る魔物も調べてと、資料を三つ四つ開けながらの雑談です。


「そりゃあ無茶だぜ。特級の武具なんざ、ラゼリアバラムを使い続けるくらいでしか手に入らねぇわ。だが魔物素材の武具は使わずにいると逆に劣化するからな、宝物庫に仕舞い込んだりはしないだろうよ。……って、嬢がライセンに置いてきたのはランクBだったか? 剣の形の張りぼてがランクBとはどう扱えばいいのかと、随分と悩ませているらしいぜ?」

「……ふぅ、宝物庫に有るのに素材の儘はおかしいと思いましたけれど、あれで完成なのですね。悩み事が増えてしまいましたねぇ。

 ライセンの張りぼては、まぁ物が大きければそれだけでランクが上がるみたいですからねぇ。置いてきた物ですから好きにすればいいと思いますけれど、折角飾りに作ったのに、無くなってしまうと侘しい物が有りますねぇ」


 資料によると、王都の近くには別の種類の魔の森が、三つ四つ在るみたいですね。近くと言っても泊まり掛けになりますが、空を飛べば日帰りだって出来るでしょう。

 “クアドリンジゥルの門”も王都から行けますし、他にも魔の領域は在るようです。冒険者の狩場には苦労しなさそうですよ?


「何やら暫くは展示したままにするらしいぞ? 写し絵が送られて来たが……どうやったんだこれは? 安全の為にも急いで水を溜めているらしいが、無茶をするもんだぜ」

「ちょっと無茶でしたけれど、頑張った御蔭で学院の入学試験に間に合いました」

「いや、そもそもこんな大構造作る意味がな……」


 どうやら王都近くでも、魔の森の素材の採取には制限が無い様ですし、これは明日にでも行ってみるのが良さそうですね。

 ドーハ先生から女子寮の隣に私の住まいを建てても良いとは言われましたが、未だ正式な許可は出ていません。実際には何処に建てる事になるかはっきりしていませんけど、どうせ自分で建てるのなら、今の内に建材を確保しておくのも手ですよ。


「手頃な剣の張りぼてもランク二だ。ランク二の武具は最低数百両銀はするぞ? それを放置とはちょっとは考えろ」

「……『鑑定』でもされてしまいましたかね? どう見てもお飾りの剣擬きが、話の種に持って帰ったお調子者が使ってみれば、実はそこそこの武具だったというのが理想だったんですけど、『鑑定』されては面白味が無いですよ?」

「確信犯じゃねぇか! ったく、ライセンでは展示後にオークションに掛けるんだと。結局は嬢の懐に戻ってくる事になるな」

「ふえっ!? い、要りませんよ!? 十分じゅっぷん掛けずに適当に造った物ですから、オークションに出す様な物じゃ無いです。張りぼてですよ!? そんな事されると情け無くて恥ずかしいですから、私なんて関係無い物としてくれないと困りますよ!?」

「……そうは言ってもランク二ではな――」

「魔力も通しませんから、剣として使うのは癖が強過ぎますし、材料は廃棄される鬼族の角です。剣のつもりで買われては文句を言われてしまいますよ!? ――あ、そ、そうですよ! 私の名前なんて出さずに、寄付してしまえばいいのです! ビガーブ辺りでは毒の大地で耕作する為の研究をしていた筈です。全額寄付ですよ!!」


 あ、危ないところです。探索に行く魔の森を調べていたら、何ですかそれはと吃驚びっくりしましたよ!? どうして上げた物を無理矢理返そうとしてくるのでしょうかね?


「そんな事をしようとしても、ライセンからの褒賞が大きくなるだけだと思うがな」

「そんなのは、アザロードさんが王都に来た時にでも、美味しいご飯を奢ってくれればいいのです! ちゃんとそう伝えて下さい、絶対ですよ!」


 協会長さんに念押しをして、私は読み終わった資料を閉じました。


「無駄だと思うがなぁ」


 ええい、知りません! 不吉な事は言わないで欲しいものですよ!

 私はそんな面倒事には関わらず、平和に生きていくのです!

 そう思いながら、私は資料室から飛び出していったのでした。

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