(7)デリラ第十七防衛小隊長とその娘

「旦那様、お産まれになりましたよ」


 暫く前から、私が砦に勤めている間の妻の話し相手を兼ねて、雇う事にした手伝いの女性が扉を開けて私を呼んだ。


「うむ」


 三人目となっても、この瞬間は緊張するものだと思いながら、扉を抜けて清潔に保たれた部屋へと入る。

 幸せな笑みを浮かべた我が妻が、産声を上げる愛しい我が子を抱いて、部屋の中で待っていた。


「見て見て、女の子よ? ほら、私の指を放してくれないの」


 笑顔を蕩けさせている妻に、力強く頷いた。


「ああ、よく頑張った。元気な子だ。この子は私たちの娘、ディジーリア=ジール=クラウナーだ」



 時の過ぎるのは疾風はやての如く、ディジーリアはすくすくと大きくなった。


「父様、父様! リアが歩いたよ!」

「あんよは上手♪ ほら、こっち、こっちだよ!」


 息子達も、年の離れた妹が可愛いのか、いつ見ても付きっきりで構い倒している。


「ディオールだよ。ディオール!」

「ニオー?」

「僕はデュルカだよ、デュ・ル・カ!」

「ニュニュカ? ニュニュ……ニュニュカ! ニュニューーっ!!」

「ディ・オ・ー・ル♪」

「ニオ? ニオニューっ! ニーっ! ニュニュー!!」


 それにしても、負けん気が強い子だった。この時も夜中までぐずっていたかと思えば、次の日には息子達の名前をしっかりと呼ぶ様になっていた。

 そんな負けず嫌いな性分の為か、息子達よりも随分早くに言葉も喋る様にもなれば、遙かに早く走り回る様にもなっていた。


 だが、考えてもみて欲しい。膝丈程しかない子供が、ちょこまかどころでは無く駆け回っているさまを。


「リア、リアはいいから、離れていなさい」

「え~、リアも父さんの剣を教えて欲しいんだよ」

「そうだよねー、リアー?」

「駄目だ。リアはまだ小さいのだから、剣を持つには早過ぎる」

「ええー」「ええー」


 上の子は十歳。下の子も八歳になった頃からせがまれて始めた剣の稽古に、まだ四歳のディジーリアが混ざろうとした時も、余りの危なっかしさに私はディジーリアには剣を教える事はしなかった。

 尤も、ディジーリアと一緒に稽古をする事を楽しみにしていた息子達とは違い、ディジーリア自身はその時は随分と聞き分けが良かったのではあるが。


「いいです。お勉強してきます」

「ええー?」

「いいの? リアー?」

「お勉強して、今の内にうんと賢くなっておけば、大きくなってからは全部の時間を剣のお稽古に使えるのです」


 四歳にして冷静に未来を見通すその有り様に、私は背筋に冷たいものを感じていた。


 結局その時は、徹夜して書斎に入り浸っていたらしいディジーリアが、朝方本を広げたまま倒れる様に眠っているのが見つかり騒ぎになったりもしたが、それ以上に大きな出来事も無く、また書斎が娘の居場所になったのもこの時からだった。

 しかし、一日砦に泊まり込めば、次に家に帰ればもう言葉遣いが違っている、そんな娘の変化の早さに私はきっと焦っていたのだろう。

 四歳の内にデリラの街で教える初等教育の全てを終えて、五歳になって意気揚々と木剣を持って稽古をせがむ娘にも、結局私は何も教える事はしなかった。


 否、そうではない。生き急ぐ娘の為を思っての事だと思い直した。駆け足で生きていくなら、きっと何処かで蹴躓く時が来る。

 そう思えばこそ、息子達が娘に剣を教えようとしているのを見てしまった時に、カッと頭に血が上ったのだ。


「お前達は何をしているんだっ!!」

「何って、リアに剣を教えているんだよ! リアだけ仲間外れにするなんて可哀相じゃないか!」

「馬鹿を言うな! 怪我でもしたら、どうするんだ!!」


 持っていた木剣を子供達から奪い取って、投げ捨てた。

 食事の席で、しっかりと言い聞かせる事にした。


「いいか、リアは女の子だ。男とは体付きも力も違う。まだ剣を振る様には体が出来ていないんだ」

「そんなこと無いよ! 父さんもリアに教えてみればいいんだ!」

「リアはすっごい上手なんだから! 気が付いたら、潜り込まれちゃうんだよ!」


 我が息子ながら、情けない言い分だった。

 娘と遊びたいのは分からないでも無いが、ここははっきりとさせておくべきだろう。


「ふー……オーリ、ルカ、自分の未熟をリアの所為にするものでは無いな。女の子はお淑やかでいるのが一番なのだ」


 だが、息子達はその言葉に非常に微妙な表情を返してくる。


「お淑やかって……」

「この街の何処にそんな人が居るんだよ!」


 何とも失礼な息子達だった。

 横目で見た妻はいつもと変わらずにこにことしているが、ここは言っておかねばならない。


「リカが居るではないか!?」


 当然の事と言い放ったその言葉に、しかし息子達は残念なものを見る眼差しだ。


「…………母さん、この前商店街で、酔っ払った冒険者を投げ飛ばしていたけど」

「父さん、ちょっと夢見過ぎていない? …………キモチワルイよ」


 隣に座る妻を見る。

 妻は頬に両手を当てて、いやんいやんと体をくねらせている。

 こんな可愛らしい妻を見て、なんという事を言う息子達なのだろうか。


 だが、やはりここでも物分かりの良すぎる娘の一言で、この話題は終わりとなった。


「いいのです。力が無いのは本当ですから、今は体力作りなのです。見ているだけでも勉強になりますし、他にもやる事は一杯有るので、大丈夫ですよ?」


 実際に、娘はそれから稽古に加わることも無く、ただ隅の方で眺めるばかりとなった。それ以外の時間と言えば、街の中を走り回っているという話を噂話では聞いていたが、何をしているかまでは知らなかった。


 そんな娘の動向が明らかになったのは、娘が六歳になり、倉庫の片隅にガラクタが増え始めた頃の事だ。


「ガラクタでは有りません。あれは私の装備を作る材料ですよ?」


 暫し娘の言葉を胸の内で噛み砕き、また危ない事をしようとしているのかと声を荒げようとしたところで、息子の言葉に遮られた。


「父さん、いい加減にしてよ! ここは魔の森の隣と言ってもいい街なんだよ! 父さんの言う様な何も出来ない女の子は、何か有った時に大怪我じゃ済まないかも知れないんだからね!」

「父さんの言うお淑やかな女の子って、ランク二十とかそういうのかな? うわ、駄目だね。辺境で生きていけるとは思えないよ。王都にでも引っ越したら?」

「一人でね!」「一人でね!」


 他の事はいざ知らず、娘の事に関しては随分と息子達の信用を無くしてしまっていたようだ。実際問題として、街壁の中に魔物が入り込んだ場合を考えると、確かに私の理想とする娘では魔物の犠牲となってしまう事しか想像出来なかった為、それ以上の反論も阻まれた。

 歯噛みする思いを抱えたまま、黙認するしか無かったのだ。


 月日が経つ内に、同僚や部下達、上司からも噂話が聞こえてくる様になった。


「娘さん、頑張っているみたいだねぇ。花屋の手伝いをしているのを見たよ」

「は? はぁ……」

「おう! 俺は鍛冶屋で見たぜ? あの厳ついラルクのじじいの蕩け具合と来たら無かったぜ!」

「む、むぅ」

「古着屋でも見掛けたがぁ、ありゃ、早いとこ冒険者登録しといた方が良うないかね?」

「あ~、駄目だ駄目だ、冒険者は十歳からだからのう。ディジーリアちゃんはまだ八つやそこらじゃ無かったかね?」

「い、いえ、七つに成ったばかりですが」

「ほほう! そりゃ、随分としっかりとした嬢ちゃんだ」

「この街には子供が少ない分、ああいう元気のいい子を見ると、こっちも元気が湧いてくるねぇ」


 知らない内に、娘は街の噂に上る程に成っていたらしいが、花屋の手伝いといった街の雑用になぜ冒険者登録が絡んでくるのだろうか。

 白状するなら、私は冒険者というものに余り良い感情は持っていなかった。

 だからこそ、その後時間の空いた際に、冒険者協会を訪ねてみて驚いたのだ。


 入って直ぐ正面には受付の並ぶカウンターが在り、各種素材を持ち込む冒険者達が列を成していた。

 意外な事に、力を誇示する様な粗暴な振る舞いの者はほとんど見受けられない。鎧の様に筋肉を纏った巨漢も、妖しいローブに身を包んだ魔術師も、皆、大人しく列になって順番が来るのを待っている。

 これならば、村や街の悪たれ共の方が、素行に難が有るとはっきりと言える。


 右の壁に張り出されているのは、街の中の雑用依頼。成る程、大きな街に成ると、冒険者協会が雑用依頼も取り纏める様に成るのかと納得しながらも、まだ冒険者登録が出来ないという娘がどうやって花屋の手伝いが出来たのかと首を捻る。


 入ってきた扉がある大きな壁の一面に張り出されていたのは、各種素材の買い取り価格表だ。

 魔の森で採れるという素材も載ってはいるが、半分程は馴染み深い草原などでも採れる野草や野鳥の卵といった代物である。

 見上げている者達の中には、上の息子と変わらぬ歳の子供らもいて、冒険者というものに抱いていた野卑で粗暴という印象が、一秒毎に崩されていく様だった。


「そうだな、ここはライクォラス将軍のお膝元だからな。砦の在り方からして質実剛健。冒険者も自然と身の振る舞いが革まるのだろう。虚勢を張るより分かり易い指標も有るから下手な大風呂敷も広げられんよ」


 左手の奥は軽食も出来る待合室になっていたが、そこにカウンター側から出てきた壮年の紳士がそう教えてくれた。騎士団長と並んでも引けを取らない引き締まったなりに思わず目を奪われていると、紳士が張り出した紙を見ていた男達からどよめきが上がった。

 張り紙の横では先程受付に並んでいた大男が、響めきに合わせて筋肉を見せ付ける様なポージングをしている。


「よっ! ガズン! いいぞっ!」

「次も期待してるぜ!」

「ランク三、見えてきたな!」


 何かと思えば、張り紙の上には『競売会議予定』とあり、張り紙には『黒大鬼 三体』とあとは日時が記されている。

 それを見て、思わず唸った。


 成る程、こうして成果物を掲げられては、虚勢を張るばかりの輩は太刀打ち出来まい。

 私を含め、騎士ですら黒大鬼など見た事も無い者が殆どなのだ。

 否、騎士が冒険者に劣るという訳では無い。もしも黒大鬼が森を出て来たとしても、相棒である黒岩豚に騎乗して、集団で突撃すれば、何の犠牲も出さずに討伐する事は出来るだろう。

 だがしかし、森の奥深くまで探索した果てに、果たして相対する事が出来るかと言えば、やはり唸る事しか出来はしない。


 ともあれ、私がこれまで思い込んでいたものと、冒険者というのは、どうやら違う様だという事が分かった一時ひとときだった。

 ここに居るのは、私の生まれた村に来た冒険者達とは違うのだ。


 私の生まれたのは、デリラの街から少しばかり西に行った場所に在る、小さな村だ。

 砦の最上階からならば、辛うじて見えるかも知れないその村には、冒険者協会は建てられていない。狩りは大人の仕事で、採集や村の雑用は女子供の仕事。それで何事も無く回っていた。

 定期的に回ってくる、冒険者協会職員による無料の『技能識別』の他は、旅人の寄り宿にもならない様な村だ。今から思えば、時々村にやって来た乱暴者共は、それこそ冒険者とも言えない破落戸だったという事なのだろう。


「リアは冒険者を目指しているのかい?」


 夕食の席でそう聞くと、娘は何処か緊張した面持ちながら、しっかりと私の目を見て告げてきた。


「はい。そうですよ?」

「――うむ、騎士団でも噂になっていたよ。随分と頑張っている様だな」

「…………はい。私は冒険者に成るのです」


 随分と久しぶりに、娘の笑顔を見た気がした。


 それからも月日は流れ、私は六人の小隊を任される様になった。

 十歳になって正式に冒険者登録をした娘の噂は留まる事を知らず、街を歩けば見ず知らずの相手から礼を言われたり、挨拶をされる事も増えてきた。

 私もそれに背中を押される様にして、一層日々の任務に打ち込む様になっていた。


 しかし私は分かっていなかった。

 冒険者に成るという事がどういう事か、全く分かっていなかったのだ。


「父様も私が冒険者に成りたがっているのを知っていたのに、どうして今になって反対するのですか!?」

「馬鹿を言うんじゃない! 大人になってからならともかく、リアはまだ子供じゃないか!」

「私ぐらいの冒険者なんて一杯居ます!!」

「男と女では体の造りが違う!」

「私くらいなら、女の子の方が体も大きくて力も強いです!!」

「そんな細い腕で何を馬鹿な事を言っているんだ!! いい加減にしなさい!! 私が毎日どれだけの訓練をしているのか分かっているのか!!」

「父様の分からず屋!!」


 冒険者協会には度々訪れ、そこには街の雑用や採集依頼の他に、討伐依頼も有るのは知っていたというのに、女子供はそういうものには係わらないと、何故か思い込んでしまっていたのだ。


「全く、子供を魔の領域に送り出すなんて、冒険者協会は何を考えているんだ!」

「あらー、少年騎士っていうのも、結構居たと思うんだけどねー?」


 暫く前から冒険者協会受付の紅一点として見掛ける様になっていた女が、呆れた様にそんな言葉を口にした。

 街の外での依頼を娘に禁ずるための交渉でも、のらりくらりと躱すかの如く要領を得ないいらえばかりで、確約させる迄に随分と手間を取らせた。その約束にしても、「ええ、森での依頼をこなせる実力を身に付けるまでは、森の依頼を受けさせない事をお約束しますよー」なんて、丸で誠意の無い約束だ。


 こんな何を考えているのか分からない冒険者協会の受付嬢など当てに出来ない。せめて娘が装備の材料と集めていたガラクタを処分すれば、娘も街の外へ出ようなどという考えを思い直すかも知れないと、ガラクタを置いていた倉庫の隅を検めて見れば、其処には既に縫製を終えて身に付けるばかりとなっている小さな革鎧が鎮座していた。


「やめて!! やめて下さい父様っ!! やめてっ!! やめて下さいっ!!!!」


 股の間から突き抜ける傷みに体を折ったその目の端で、装備や材料一式を抱えて走り去る娘の後ろ姿を見送る事となった。


 その日、娘は家に帰って来なかった。

 次の日には帰って来たが、私を見る目付きには警戒心が溢れ、少しでも近づく素振りを見せれば一目散に身を翻して逃げていく。

 家の中からは一日毎に娘の持ち物が消えていき、妻に問いただしても「あらどうしたのかしら」と、にこにこと微笑むばかり。

 息子達は初めから娘の側に立っていて、「鏡を見て考えれば」と生意気な口を利くばかり。

 街を捜しても娘の隠れ場所は見付けられず、必ず訪れるだろう冒険者協会にも娘は姿を見せず。

 それでいて、街の噂は途切れる事無く続いている。


「娘さんはもう資格有りなんじゃ無いのー?」


 冒険者協会の受付嬢が、そんな私に言い放ったのも、その頃の事だ。


「……何?」

「だって、娘さんが身を眩ませたら、隊長さんには見つけられないんでしょー? それって、或る意味娘さんの方が、隊長さんより上手うわてって事よねー」


 恐ろしかった。

 ここで私が娘を止める事が出来なければ、娘は他の何に止められる事もなく、魔の森へと足を踏み入れてしまうのだろう。

 狩人だった父が死んだのも、魔の森から溢れた狼の歪族にやられたからだ。

 そんな魔物が闊歩する森に、娘を追い遣る訳にはいかなかった。


「くっ……そ……その気になれば、リアを見つける事など訳無いわ!」

「あら、そー? じゃー、頑張ってねー」


 このところ娘とは言葉を交わす事も無く、顔を合わせる事も殆ど無くなっていた。何処に隠れているのか街での隠れ場所も見付けられず、そんな所に冒険者協会での遣り取りだ。

 しかし、焦りが有ったとは言っても、娘を部屋に閉じ込めようとしたのは先走り過ぎていたのかも知れない。

 閉じ込めた筈の娘は姿を消し、それから家には帰らなかった。

 いつもにこにことしていた妻も、この時ばかりは表情を曇らせて、何かを言いた気に見上げてくる事が多くなった。


 娘は何処だと勤務後も毎日日が暮れるまで街を歩く。

 目に付くのは粗悪な革鎧とも言えない防具を身に付けた子供らだ。

 命を粗末にしているとしか思えないその振る舞いに苛立ちが募る。

 いつもの様に、窘める言葉がつい口を出る。


「はぁ!? おっさんに何でそんなこと言われなあかんのや! さっきからガキガキガキガキと人のこと馬鹿にしてんのか!」

「何だその口の利き方は!! 大した腕も無いのに森に入るなど、親に申し訳無いとは思わんのかと言っておるのだ!!」

「おぅ、分かったわ、おっさん喧嘩売ってるんやな? ええよ、買ってやるから掛かって来いや」

「馬鹿にしているのはどっちだ!! お前如きが騎士にかなうとでも思っているのか!!」

「馬鹿にしてるのはおっさんやろ? あ? ええから、早来い!」


 割って入ったのは、何時ぞやの大男だった。


「待て待て待て待て……お前らこんな往来の真ん中で何をしている?」

「む……」

「ガズンさん! ……いえ、これは俺の喧嘩ですから、ガズンさんは引っ込んでて下さい」

「いいから、待て……そいつには、俺も言いたい事が有るからな。少しだけ話をさせてくれんか?」


 そう言って、こちらを向いたガズンとやらには、呆れの色が色濃く見えた。


「さて、隊長さん、だったか? あんた、何で騎士をやっているのかね?」

「何故、とは?」

「あー、普通は大切な奴らを守りたいとか、剣の腕で成り上がるとか、そういう志が有ってのもんだよな? だとしたら、隊長さんの言い種は、そういう志の有る奴らをこき下ろすものだな。隊長さん自身を含めてな。何でそういう事を口にするのかが分からねえ」

「む……ぐ……」

「志も何も無くて騎士をやっているんだとすりゃな、そんな奴の言葉は薄っぺらくて意味が無いわな。つまり、隊長さんはのべつ冒険者ってもんを侮辱して回る鬱陶しいおっさんに成り下がっている訳だな」


 余程子を心配する親の気持ちを思い量れと言いたかったが、言葉が悪かったのも八つ当たりが混じっていた事は自覚していた為、口を噤むしか無かった。

 口を歪めた子供の冒険者が舌打ちをする。


「で、だ。ここからが重要だが、騎士さん達が集団での連携を重視しているのと同じでな、冒険者ってのも個人主義に見えて横の繋がりってのが重要なんだわ。――なぁ、こいつの子供が冒険者に居て、助けてやろうって思うか?」

「はっ! 何で俺がこんな奴のガキを助けんとあかんねん!!」

「――と、言う訳でな、隊長さんは全力で自分の子供を殺しに掛かっている訳だが、そこのところどう思うかね?」


 気が付けば、噴水広場のベンチで、呆然と座り込んでいた。

 日はとっくに沈み、人通りも疎らになっていた。

 足取りも頼りなく帰り着いた家で、心配した妻と何やら話した覚えは有るが、何を話したのか憶えていない。

 数日気持ちを落ち着けてから訪れた冒険者協会で、敵意を隠さない受付嬢に諭された。幻の様に現れた娘が元気そうだったのに安堵した。


 練兵場の端で、苦虫を噛み潰したかのような中隊長が私に告げる。


「お主には期待していたのだが……儂の目も曇ってしまったのかの」


 ただ、申し訳有りませんと、頭を下げる。

 秋になる前から娘が家出している事、その前からも娘との間が上手くいっていない事が、今になって上役に知れたのだ。


「ディジーリアちゃんは街でも人気者だからな。もうお前を街の警邏には出せん。ほとぼりが冷めるまでは外回りに回って貰うぞ」


 どっと疲れた様な中隊長に、引き継ぎの為に砦の中を連れられていたところに声が掛けられる。


「む、そこの、暫し待て。もしや、最近冒険者達を侮辱するのに忙しいと噂のディルバ殿か?」


 姫騎士とも姫将軍とも名高い、領主の御息女がそこには居た。

 よわい三十過ぎにして、ランク二の実力者が、冷ややかな眼で見下ろしている。


「…………おや? 私には何も無いのか? 女子供を嬲るのもお手の物だと聞いていたがな。…………まぁよい。ドルバルールに行きたければ、いつでも紹介状を書いてやろう。何、お主にはお似合いの国だ、遠慮する事は無いぞ?」


 言うだけ言い置くと、用は済んだとばかりに、マントを翻して去って行った。


 外回りを続ける様になって、数ヶ月が過ぎた。

 狼煙が届く距離を保って点在する村々を廻る日々。外回りの連中には街の噂も遠いのか、そこまで居心地が悪いという事も無かったが、砦に戻ってきた時に向けられる視線の冷ややかさには頭がふらつく思いがした。


 仲間から嫌われた騎士がどうなるのか、思い知らされた気がする。

 娘は無事なのだろうかと思うその頃に、その娘が書斎に現れた。


「森の依頼を受けますよ?」


 疾うの昔に、森に入り込んでいると思っていた娘に、そう言われて他に何と答えるすべが有るだろうか。


「そうか」


 そう口にした私の前で、いつかの様に娘はその姿を消した。

 同僚から教えて貰った事だ。『隠蔽』なんていうものは、余程深い絶望を負って、全てを拒絶する様にでもならないと発現はしない、と。


 私は娘を守るつもりで、打ちのめすばかりだったのだと、それを目の前で見せ付けられたのだ。


 そんな日からも十日が過ぎた。

 今日も私は外回りが終わった後に夜遅くまで扱かれて、疲労困憊のままに家に帰り着いた時、最近にしては珍しく曇の無い笑顔の妻に手招きされて、娘が居なくなってからそのままにしていた娘の部屋を覗き込んだ。


「うふふ、やっぱりリアは、私達の可愛い天使ね」


 そこには私達の娘が、柔らかな布団にくるまって眠っていた。

 踊る様な足取りで、妻は笑いながら私達の寝室へと姿を消した。


 再び目を遣ったディジーリアの部屋の中では、はだけられた掛け布団が揺れるばかりで、娘の姿は消えていた。



 何処で間違えてしまったのか、私には分からない。

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