(83)大物感は出ていますかね?

 物語の中で語られる先輩冒険者から新人冒険者への洗礼には、幾つかのパターンが有りました。

 一つは、身の丈に合わない危険な仕事に就こうとする新人冒険者を、実は心配していたとのパターンです。口下手で恫喝している様にしか聞こえない人だとか、冒険者協会が後ろに付いていたりというのもこれに含みます。

 もう一つは、単純に何も彼も気に食わないという乱暴者が相手だったパターンです。

 昨日声を掛けてくれた人は、前者の様な感じでしたけれど、今回はどうやら後者の乱暴者パターンの様ですね。


 更に言うなら、新人冒険者側の対応にも幾つかパターンが有りました。

 一つは、本当に成ったばかりの新人冒険者で、虚勢を張る事以外は何も出来なかったところに誰かが助けに割って入るとか、あるいは屈辱をバネに成長していくとかいうものですが、これは今回はいいでしょう。

 もう一つは、新人と言っても既にかなりの実力者の場合です。私がこれに当て嵌ると考えるのは、自惚れでは無いと思いたいものですが。この場合は、先輩冒険者の行動により、更に対応が分かれて行きます。

 例えば訓練場に連れて行かれて「負けたら冒険者を辞めやがれ」なんて言われる場合も有りますが、どうもこの人はそんな雰囲気では有りません。

 その場でいちゃもんを付けて乱暴を働く様な相手には、実力を見せて撃退するなんてことから物語は始まったりもしますけれど、どうにも実際に相対してみると、何とも言えない気持ちが広がってしまうのです。


「出てけって言ってんだよ! ああん!? てめぇみてぇなガキゃぁ、帰って母ちゃんのおっぱいでも吸ってな! ぎゃははは!!」


 何となくですけれど、この人のランクは六かそこらでは無いですかね? まぁ、言ってみれば中級の入り口に立ったばかりという事です。と言っても、ランク六は下はソロで小鬼ゴブリンを斃せる辺りから、上は複数人で大鬼オーガを斃せる程度迄と幅広いですけれど。あのドルムさんだって、のんびり湖の傍から離れなかった所為も有るとは言っても、長い間ずっとランク六だったのです。

 私としても、ついこの間まではそれと同じかそれよりも低い立ち位置でしたので、余り偉そうな事は言えませんけれど、それでも大体私が“気”を使える様に成った頃が私もランク六だったのではと思うのですよ。


 と、言うのはですね、それ以前から私は小鬼ゴブリンを毛虫と呼んで斃していましたけれど、『隠蔽』が効いていた為に、普通の人が小鬼ゴブリンを相手にするのとは大分と違ったものになっていたのでは無いかと思うのです。相手が複数の小鬼ゴブリンであっても、ぼーっとしているところを首を斬って回るだけでは、ランク六の技量が有るとは言えませんよね? そういう事で、昏い森に潜り始めた頃にはまだ、ランク六に成っていたとはとても思えないのですよ。

 ソロで斃せればランク四との大鬼オーガにしても、同じくソロで斃せばランク二との黒大鬼くろオーガにしても、他の冒険者には大暴れして襲い掛かっても、私の前ではぬぼ~としているところしか見せません。

 ですから、技量という点で言うならば、私に限っては上位種一つ分くらいは差っ引くのが妥当です。つまり、『識別』さんがランクBだとかのたまっている現状を考えると、技量としてはランク一相当という事です。


 ですが、それでもランク一です。技量では特級に届いていなくても、上級の腕は有るという事です。

 そうなると、相手が見えてないのをいい事に、毛虫殺しを腰撓めに突撃するしか能の無い私でも、見えてくる物は有るのです。


 それは例えば、私とこの人では、恐らく勝負にすらなりはしないという事だとかです。多分、大して防ごうとしていなくても、この人では私の魔力を突破する事は出来ません。

 どんなに立派な筋肉を纏っている様に見えたとしても、私より遥かに体格が良かったとしても、そこには越えられない壁が有るのです。

 自負というものでしょうかね? 過ぎれば増長ともなりましょうが、自身の感覚を信じられないとしたら、その時は私も鎚を置かなければなりません。

 ですが、そんな事は起こり得ないのです。


「ぁあ? 良く見りゃメスガキじゃねぇか!? ぐひひひひ、もっと育ってりゃ、俺が使ってやったんだがな! おっぱいもねぇメスガキは目障りなだけよな! うひひひ!!」

(「何だ、あの馬鹿?」

「おい、止めてやれよ」

「いやぁ、止めるならお前が止めろよ? 俺は関わりたくねぇわ」

「まぁ、怯えてもいない様だ。もう少し様子を見よう」

「そうかぁ? ま、お前が言うならそうなんだろうがよ」)


 おっと、観察しながら考え込んでしまっていましたら、周りの冒険者達から囁きが零れていますよ? 普通なら聞こえない距離かも知れませんが、そこも私の魔力の支配領域下ですから、内緒話なんて出来ません。

 ですがまぁ、その様子からも、この人が私の感覚さえもたばかる事が出来るとの線は消えましたね。

 まぁ、どちらにしても変わりません。世の中上には上が居るものですし、仮令たとえ私には見分けが付かない人が居たとしても、この人みたいに見下す様な態度を取らず、丁寧な対応をしていれば、問題に成る事なんて有りませんよ。


 とは言え、物語ではよく有る状況シチュエーションですけれど、どうにもやる気が起きません。

 そもそも遥かに格下と理解した相手に態々それを突き付ける様な事をしたとして、面白くも有りませんし、それが他の人に見られているというのは私にとっても拷問ですよ?

 手加減をして接戦を演じるというのも違いますし、ちょっと今迄読んできた物語の主人公達に、首を傾げてしまいそうな状況です。


 でもそうなると、どうするのがいいのでしょうね? なんて考えて、そこで思い出しました。

 そう言えば、誰にも侮られない冒険者になるのでしたかね? 王都の協会に泊まった時に、そんな事を考えた憶えが有りますよ。

 誰にも侮られないと言ってもどうすればいいのか漠然とし過ぎて悩ましいところでは有りますが、初見で侮られないとなればそこには滲み出る大物感というのが必要だとは分かります。

 でもそれが難しいのですよ。


 例えば酒場でクリウジュースを呷りながら、くだを巻いてみてもお馬鹿と言われてしまいます。ならばと渋く「若ぇの」と呼んで説教をくれてみても、得体の知れない何かに出会でくわしたが如く丸で反応が有りませんでした。

 つまり、大人の真似をしても大人には成れず、渋く語っても渋くは成れないのです。

 これまで私が考えていた大物感というものも、もっと深く掘り下げる必要が有りそうですね。


「邪魔だっつってんだろ!! おっぱいを育ててから出直して来いや!! と言っても育ちそうにも無いおっぱいだな!! ないぱいか? ないぱいだな! ないぱいだとよ!! ぐひゃひゃひゃひゃ!!」

(「……なぁ、やっぱり止めようぜ? なんか、辛いわ」

「あー、受付の目が怖ぇなぁ……」

「いや、ちょっと待て。何やら妙な事を色々と考えている様に見えるが、何を考えているのか気にならないか?」

「……流石俺らの斥候だ。俺には呆けている様にしか見えんわ」

「いやいや!? 表情は薄いが偽ったりはしていないんだ、分かるだろう!? 寧ろ分かり易いぞ!?」)


 おっと、聞き逃してしまいました!?

 何だか、筋肉むきむきのお兄さんを斥候だとか何とか言っていた様に思いますけど……。


 いえ、それよりも今は、大物の考察なのですよ。

 そうですね……大物と言えば、度量が大きいとか、器が大きいとか、兎に角大きいというイメージが有ります。狭量だとか吝嗇けちだとかとは、どうしたところで対立するものです。

 がっはっは、と笑いながら、大盤振る舞いに奢って仕舞えるのが、大物という感じがするのです。

 尤もそこには気前良く奢れるだけの稼ぎを得ているという厳然たる事実も存在していますけれど、奢った事が無駄になったとしても、きっとそれはそれと考える寛容さも有るに違い有りません。

 いえ、そもそも見返りを求めて奢ったりするものでも有りませんね。


 ですが、そうするとがっつり魔石を提供したり、オークションに大猪鹿を放出した私は、結構気前が良かったのではと思うのですけれど……。

 まぁ、大物としては自ら公言して誇るものでも無いでしょうから、知られていない事はそれはもう仕方が無いというものです。


 ――と、何だか大物の一つ目の条件が明らかになってきましたよ?

 ただですね、奢るとなればそこはやっぱり相手の求める物でなければならないでしょうし、私が放出出来る物で条件に当て嵌る物が有れば良いのですけれど……。

 この人は何を求めているのでしょうかね?

 なんて一瞬首を捻り掛けましたけれど、考えるまでも有りませんでした。


「成る程、理解しました。先程からおっぱいを連呼しているあなたは、相当のおっぱい好きと見ましたよ! ですが、女だからといって私にまでおっぱいで絡むのはどうでしょう? おっぱい切れで禁断症状が出ているのは分かりましたから、今はこれで満足して下さいな」


 その言葉と共に、宙に半透明のぷるんと形の良いまぼろしおっぱいを浮かべます。ぷるんぷるるんと宙を弾ませ、ぷるるるるんと汚いお顔をおっぱい挟み。

 ですがこの人、どうやらお気に召さないのか、奇妙に間延びした驚愕の表情を貼り付けるばかりです。


「おや? これでは満足出来ませんか? ……そう言えば、吸えるおっぱいをご所望でしたかね?」


 と、今度はお乳が一杯詰まっていそうなボインボインなおっぱいです。ボインボイインと宙を弾んで、ぷるるんおっぱいの代わりに崩れ掛けたそのお顔をボインボイン。

 ふみょー、と気持ちの悪い声が漏れました。


(「ぶふぉー!! な、ん、で、そうなる!?」

「えらい結論を出しやがったぜ」

「おい、声を出すなよ!? こうなったらどうなるのかとことん見守ろうぜ」)


 中々いい感じですね? でも、まだ満足はしてなさ気です。

 こうなったら物量責めですよ!

 大きなおっぱい、小振りなおっぱい、つんつんおっぱい、潤艶うるつやおっぱい、ぽよぽよふみゅふみゅつんつんうるるんと宙を弾んで周り中から押し付ければ、気持ち悪い人が気持ち悪く笑み崩れてしまいました。

 余りに気持ちが悪いので、ぷりぷりとしたおっちゃんの汚いおけつを混ぜてみても、ぶみょ~、と喜んでいるのですから、人のごうとは中々底知れないものが有りますよ?


(「ぷひ~っ!? やめ、苦しい!」

「ぐ……口を押さえたら耳に来た……」

「声を出すな、声を出すなよ!?」)


 でも、いい事をしました。

 そして奢ったとなれば、それで恩を売る事も無く去るのが大物です。

 初めの予定通りに受付の列に私もまた並ぶのですよ。


(「くくく、見たか、あのどや顔。やってやったって顔してやがる」

「だから分からねぇよ! て言うか、あの尻は退かせ!」

「言うな! 吹き出しそうだ!」

「おいおい、あの馬鹿どんな顔してやがんだ? 誰か見てこいよ」

「そんなもん、向こう側の奴らの表情見れば分かるだろ!?」)

「……気持ち悪ぃ」

(「「「「「あっ!?」」」」」)


 背後から雄叫びが上がったのは、その列が半分程進んだ辺りです。


「ふ、ふ、巫山戯んじゃねぇぞぉおお!!」


 何かを切っ掛けに、正気を取り戻しましたかね? まぁ、正気が正気とも思えませんけれど。


 後ろから殴り掛かってきたので、ひょいと頭を下げて避けます。

 足を蹴り上げてきましたので、すっと横にずれて躱します。

 大物としてのその二です。実力が有るのは当然ですよ?

 それにしても、あれだけ喜んでいたというのに、この掌返しは何でしょう。

 ですが、私は大物として、そこを理不尽と責めたりなんかはしないのです。


 おや? 剣を抜きましたね?


けんじゃねぇええええ!!!」

(「しまった!!」「マジか!?」「やべっ! 出遅れたっ!?」)


 流石にこれを避けたなら、床に穴が開いてしまいます。

 魔力の腕で止めると同時に、軽く伸ばした指先でその剣身を挟み取り、向き直ると同時に軽く剣を捻ってころんと大男を転がします。

 魔力の腕有りきの技と力ですね。


「もう、じゃれないで下さいよ」


 ……ぉおおおお!? 今のはかなり大物っぽく無かったですかね!?

 この見た目ですから侮られてしまうのも仕方が無いところは有りますが、それ故のギャップで大物感が増し増しです。

 駄目押しとばかりに、大男が手放してしまった私の手に残る剣を、ぽいっと大男に向かって投げてやれば、こちらを向いていた鞘口にジャリンと納まって元の鞘。

 一見凄い投擲の技の様に見えますが、実際には魔力の腕で鞘に納めるところまで導いているのは内緒です。


(「……無事だな」

「待て。あれを掴んで止めるか!?」

「投げた剣の動きも妙だった」

「……分からん。長命種も有り得るかもな」)


 でも、響めきは起きます。

 腰を浮かしていた人達も座り直して、駆け寄ろうとしていた人達も足を止めました。

 ふふふふふ。にまにまと口元が緩みそうになりますけど、ここでにやけてしまえば大物っぽく有りません。今の私はお澄ましディジーならぬお惚けディジーで行きますよ?


「な、な、何だてめぇは!! この俺にびびりもしやがらねぇ! 何をしやがったんだ!!」


 おっと、三つ一遍に来ましたね。


「何と言われても冒険者ですし、それこそ魔の領域で命の遣り取りをしている冒険者が、変な顔をして大声を上げるだけの人に怯える筈が有りませんし、何をしたと言われてもあんなに気配丸出しで迫られては、当たりに行く方が難しいですよ?

 それより、あなたの方こそそんなので大丈夫ですかね? 『隠蔽』まで行かなくても、『隠形』くらいは使い熟せないと、魔の領域では役立たずでしょうに。私も以前、深部へ行くなら“気”が使えるのは必須だと言われた事が有りますが、それ以前の問題です。

 腕力ばかりは自慢の様ですけど、そんな事では次から次へと魔物達が寄って来て、斃したはいいけど素材を回収出来ずに逃げ帰る事になっているんじゃ無いですかね?

 周りからすれば迷惑な煽動者か、都合のいい囮でしょうが、冒険者としては素人もいいところですよ? “門”には行った事が有りませんが、他の魔の領域ではまず通じませんね」


 格好付けて言ってみました。

 実際、クアドリンジゥルの門がどんな場所かは知りませんけれど、デリエイラの森は兎も角として、ライザの森でもこの人は通じない様な気がするのですよ。鬼族の森でもひょっとすると危ないかも知れません。


「な、な、何だど、ごらぁあああ!!!」


 引っ繰り返ったまま恫喝されても、何とも格好が付きません。


「ん~……そもそも怒鳴り付けると相手が怯むと思っているのが間違いですねぇ。

 暴力に縁遠い一般人なら怯んでも仕方が有りませんが、命の遣り取りの中に身を置いている冒険者に対してそれは滑稽です。

 そうですね。ちょっと想像してみて下さい。次に挙げる三つの中で、どれが一番怖いかを。

 一つ目は、ぎろりと睨んで怒鳴り付けてくる協会長さん。

 二つ目は、何時の間にか後ろに立っていて無表情で見下ろしてくる協会長さん。

 三つ目は、ドレスを着てお化粧をした協会長さん。

 さぁ! もう答えは明らかですね!」


 周り中から、ブフッと吹き出す声が漏れました。


「では、周りの冒険者にも訊いてみましょうか。一つ目の怒鳴り付けてくる協会長さんが怖いという人は手を上げて!」


 ぱらぱらと上がる手は、比較的若い冒険者達ですね。


「では、二つ目の後ろに立つ協会長さんが怖いという人は手を上げて!」


 ここで結構な手が上がります。まぁ、真面目に答えればそうですよ?


「では、三つ目のドレスにお化粧るんるんるんな協会長さんが怖いという人は手を上げて!」


 ブフッと吹き出しながら上がる手は、何とか二つ目を超えてきましたよ?


「やはり、三つ目が怖い人が多いですね。

 では序でにそこの人! そんな協会長さんに出会ってしまったらどうしますか?」

「ぅぇえ!? 俺か!? そりゃ、顔を伏せて目を合わさずに出来るだけ遠巻きにするわな?」

「良い回答を貰えましたよ。

 因みに今の問いは、一つ目は機嫌を損ねるのが怖い目上への畏れで、やべっと頭を下げたり手を合わせたりしながらご容赦願う様な類の物ですね。まぁ、私はまだここの協会長さんに詳しく有りませんが、怒鳴り付けてくる内はまだまだ警告の様なものだと思うのですよ。

 二つ目は実際の身に迫る危険への怖さですね。何も心当たりが無い人なら吃驚させられたとどきっとするだけですけど、既にやらかした自覚が有るなら死んだと思ってしまうことでしょう。……二つ目で手を上げた人、結構居ましたね。何かやらかして隠しているのなら、早い所口を割った方がいいですよ?

 三つ目は得体の知れない物に対する怖さです。どんな理由で何をしてくるかも分からない理不尽の塊ですから、そこに尊敬なんて欠片も有りません。一つ目や二つ目と違って対処法が分かりませんから、目を合わさず関わり合いにならない他は有りません。ですが対処の仕方が分かりさえすれば、簡単に恐怖が無くなるのもこの三つ目です。女装した協会長には、同じ女装趣味の冒険者なら寧ろ気安く話し掛ける事が出来るでしょうし、理不尽な暴力なんて冒険者には日常茶飯事ですから怖れるものでも有りません。

 つまり、そこの恐れられていたつもりになっていたあなた!

 あなたを見る限り、あなたが恐れられていたのは三つ目の得体の知れない何かとしてですね? だとすれば、冒険者へ同じ怖れを抱かせたいと思っても、変な顔をして大声を上げたところで弱いのです。今迄と同じく怖れられる為には、ドレスを着て、お化粧するくらいの衝撃インパクトが必要なのですよ!

 ――大丈夫です。仕立て屋さんは、お客の風貌で仕事を選んだりはしませんとも。あなたにもきっとお似合いのドレスを仕立ててくれるに違い有りません。

 怖ければ、私が明日、一緒に仕立て屋さんまで出向いてあげても構いませんよ?」


 そう言って、安心させる様ににっこりと微笑みました。

 周りの冒険者達は口を押さえて、ぴくぴく震えながらどうやら耳を澄ませています。

 目を剥いていた大男は、荒い息を吐きながら後ろへと這いずって、途中で起き上がって只管ひたすらに駆けていきました。


「まぁ、恥ずかしがり屋さんですね」


 とか、取り敢えず言えば、何人かの冒険者が「ぶはっ」と息を吐き出しました。

 ふふふふふ、大物としてのその三ですよ? 何だかそれっぽい持論だとか蘊蓄だとかを披露するのも、大物に有り勝ちな事なのです。要は、芯の通った考え方を持っているかだとか、積んできた人生経験の顕れだとか、そういう感じなのですよ。


 おっと、途中少し流れが悪くなりましたけど、私の順番が来ましたね。

 受付の前に立ってみれば、おや? どうやら顔見知りの受付嬢さんです。

 ちょいちょいと手招きをして、その耳元に口を寄せました。


「大物感は、出ていましたかね!?」


 どきどきしながら訊いてみましたら、何故だか受付嬢さん、両手で顔を覆ってしまいました。それを周りの冒険者達も、固唾を呑んで見守っています。

 暫くして復活した受付嬢さん。悩んでいる様な笑っている様な奇妙な笑みで私の頭に手を伸ばし、ごしごしと何故かしっかりめの撫で撫でです。

 戸惑いながらも用向きを告げると、受付嬢さんに連れられてそのまま無言で倉庫まで。

 自分で使う分を確保した残りの素材を放出し、首を捻りながら最後に商人ギルドに寄って、その日の一日を終えたのです。



 さて、次の日。

 拠点を建てる準備は全て終わったと思っていたのですけれど、実は一つ忘れ物が有りました。

 デリラならば、足の下に在るのは使い切れない瓦礫でしたけれど、ここでは土台を造るにも何処かで石を調達して来なければいけません。

 空を飛んでいると、時々何処から転がって来たのかという大岩が見付かる事が有りますが、こういった物は何かの目印になっていたりしますので、勝手に貰ってくる訳には行かないのです。

 魔の領域の中でなら、その辺りを気にする事も無いのですが、ここはもう正攻法に則って、石切場へと出向く事に致しましょう。

 昨日は早目に帰れましたから、学院生を連れて学内寮の手直しを続けていたドーハ先生に、何処の石切場の石がいいのかも、予め教えて貰っているのですよ。


 ただ、ちょっと遠いので、今日も朝からお出掛けですねと寮の部屋を出ましたら、そこで同じ寮の住人とばったりと出会う事となったのです。


「お早うゴザイマス、ディジー」

「あ、お早うございます――」


 確か、入学説明会でも会いました。山脈の東から来たと言っていたのは覚えているのですけれど、名前がちょっと出て来ません。

 それでちょっと悩んでいたら、自分の胸を指差して「スノワリン」と教えてくれましたので、私も笑みを浮かべて頭を下げたのです。


「今日モ、お出掛け?」

「ええ、自分の鍛冶場だとか拠点を造ってしまいたいので、学院が始まるまでが勝負――と言っても、今日でお出掛けは片が付きそうなのですけどね」

「自分デ建てル、凄いネ」

「言葉が違う国に来て、もうお喋り出来るスノワリンも凄いですよ」

「言葉、少し、似てル。分かル、大丈夫」


 そんなスノワリンに、国の言葉で喋って貰いましたら、やっぱり全然分かりません。

 分かりませんよと笑いながらも、世界中を冒険するなら、私も世界中の言葉を勉強しないといけないのだと、その時初めて気が付いたのでした。

 でもまぁ、馬や犬や猫も冒険者をしているのですから、言葉の違いなんて気にする物では無いのかも知れませんけどね。


 整った容姿をしていると言っても、どう見ても普通の少女のスノワリンですから、態々留学してくるなんてきっと何かが有ったのでしょう。今も、お仕事を見付けないとと気合いを入れている感じですから、苦学力行の徒といったおもむきです。

 それなら役に立つのではと、一度部屋に戻ってから焼き付けで写しを取ったギルドの配置の地図を渡します。


「地図は渡しますけれど、仕事を探すのは学院が始まってからにした方がいいですよ? ラゼリア王国の学園では、理解していれば幾らでも飛び級が出来ましたから、きっと学院も同じです。説明会で貰った教材を読破して、学院に入ってからの時間を空けるようにしないと、折角学院に入ったのに受けたい講義の有る時に仕事が入ったりしては目も当てられません」

「うん……でもネ……」

「……まぁ、ギルドは修行を含めて所属している人が大半ですから、短期で働くなら冒険者協会か商人ギルド。商人ギルドは登録料が高いので、冒険者協会一択でしょうかね。それも素材採取が手っ取り早いのでしょうけれど、……如何せん遠いのですよ。王都を出るだけで半時では済まないでしょうし、そこからまた魔の領域まで行くのは……。山脈を越えて来たというのなら実力は有るのでしょうし、冒険者がお勧めなんですけどねぇ」


 何ともならないものですねと言い合いながら、別の日ならお付き合いしますよとスノワリンに告げて、私は寮を出たのです。



 さて、王都から出る方法ですが、南と東西の大門の他にも当然色々な場所に小さな門は設けられています。

 学院からは、学院の北西の角から騎士団の演習場に抜けて、その直ぐ近くの通用門を使うのが一番近いのだとか。

 街の中でもこっそりと飛んでいますけれど、外へ出ればそれこそ高速で移動出来ますので、方角が違ったとしても結果的には早くなりそうです。

 今回は、方角も北西と揃っていますので、昨日聞いたばかりの通用門へと向かってみましょう。


 まぁ、場所は迷う様なものでも有りません。学内寮は学院北東の壁際に有りますから、そこから壁沿いに学院の演習場の北を抜け、西側の壁に突き当たる所で通用門へと続く小径へと行き当たります。

 壁に設けられた木の扉と、その脇の縦に細長い覗き窓。


「お早うございます! ここから外に出られると聞いたのですけれど、使っても構わないのでしょうか?」


 ノックをして、出て来た顔にそう告げ、ます、が……。


「あーー!! あなた、私を王様の前に置いて逃げた騎士様ですね!!」


 ぱっと騎士様の顔が消えて、次いでガラガラドガシャンと凄い音が鳴り響いて、それからがやがやと人の集まる気配がして、暫くしてから最後に扉が開かれました。

 私の頭の上を素通りしてから、私へと降りてくる視線。もう! そんなに小さくは無いですよ!?

 暫くじっと見られてから、ちょいちょいと手招きされましたので、付いて扉をくぐりました。

 かなり分厚い壁を抜けると、その向こうには引っ繰り返った逃亡騎士と、しゃがみ込んで頬杖を突いて呆れた顔をしている騎士様、椅子に座っている騎士様も居ます。


「で、どうしたんだ、これは」


 私を招き入れた騎士様に聞かれましたが、自業自得と言えばいいのか。

 取り敢えず、一昨日の王城での話をしてみましたら、三者三様に呆れた表情でがっくりと肩を落としました。


「取り敢えず、こいつは阿呆だな」

「ああ、阿呆だ阿呆」

「うむうむ」


 共通認識が出来上がってしまった様です。


「で、外に出たいのか? 記名をすれば出るのは別に構わんが、何も無いぞ?」

「いえ、移動の技能が使えますので、外に出てしまうのが手っ取り早いのですよ。目的地も北西ですから問題有りません」


 差し出された記名帳に名前を書けば、なんだか普通に案内されて、扉を潜れば外でした。

 おや? 演習場は経由しないのですね。どうやら三方の壁の交わる所に詰め所が在ったみたいです。


「ま、何も無いとは言ったが、学院の奴らが色々と造っていたりはするな。この投石機なんかは良く出来ているぜ? 俺らも偶には遊ばせて貰ってらぁ」


 一緒に外へ出て来た騎士達が言う様に、壁を背にした草原には、家や小屋、獣車の残骸、投石機、噴水の様な物や彫刻なんかが転がっていて、更に結構離れた場所に要らない物を的にしたのか打ち砕かれた諸々の残骸が散らばっていました。

 その残骸を作り上げた投石機。中々ロマン溢れる良い造りをしています。


「こいつはこのハンドルを回し、て、引き、絞って、だ、な!」


 騎士様が、巨大なハンドルを回して投石機を引き絞ると、石を載せる巨大な匙が降りてきます。


「で、こいつに投石をセットして――」


 その匙部分に、騎士様が転がっていた大石を載せました。私は「ほうほう」と言う声だけを騎士様の斜め後ろに付き従わせて、私自身はその大石を除けた代わりに匙の部分に蹲ります。


「で、このロックをハンマーで叩けば! ロックが外――」

「たぁああああーーーーーー!!」


 ガゴンとロックが外れると、勢いよく匙が起き上がって私を加速していきます。

 そして、飛翔!!

 素晴らしいですよ!!


 何だか凄い勢いで追い駆けてくる騎士様がいましたので、行って来ますと手を振って、私は遠い石切場へと空を飛んで行くのです。



 ところで向かう先の石切場ですけれど、実はクアドリンジゥルの門と同じ台地に存在しています。

 上空まで来て漸くその姿が見えましたが、ここからでもはっきりと分かる巨大な台地です。

 見る感じでは台形というよりも、嵌め込んだ何かを少し引き出した様な、断崖絶壁に囲まれた大地なんですけどね。

 その壁面の一箇所に、奥地まで刻まれた裂け目がクアドリンジゥルの門と呼ばれる魔の領域です。


 ですが、実際はその台地そのものが魔の領域らしいのですよ。

 その壁面から石を切り出せば、クラカド火山の金塊の様に、時間と共に元の状態へと回復していくらしいです。

 質も上質でクアドラ石なんて呼ばれ方をするその石は、王城を建てるのにも使われている石なのだとか。冒険者協会や商人ギルドの依頼にも常に貼り出されていたりする資材ですから、お土産含めて多目に確保してしまいましょうか。


 そんな事を考えながら行く空の道行きですが、見えているのに遠いです。迷う事は有りませんけどね。周りがほぼ森の中、そこだけ飛び出た影はどうしても見失い様が有りません。

 ですが、何と言ってもゆっくり獣車で行って十日です。空を行っても一時二時間ばかりは掛かるでしょう。

 そんな時間で私はデリラの輝石を遠隔操作し、豊穣の森へと飛ばします。第三研究所の所員用採取ナイフを作る為に、植物の魔力を集めて輝石へ変える必要が有るのですよ。


 そんな内職を続けながら、漸くクアドラの台地前に辿り着いた時、私はその壮大さに声を失う事になりました。

 森の中から突き出た、灰色の壁。何処まで見渡しても、灰色の壁です。

 遠目では影しか分からなかったものですけれど、近くに来れば一目瞭然。緑色の森の中に、異質な灰色石の領域が広がっていました。


 まだ少し離れている為に小さく見えるクアドリンジゥルの門は、確かに“門”と呼ばれるのが納得の荘厳な佇まいです。峡谷の両側に精緻な彫刻が施されていて、見るからに神殿か何かの門にも思える威容ですが、その彫刻に見える鎧騎士がぱらぱらと地上に落ちて冒険者に襲い掛かっているのを見ると、ここが高難易度の魔の領域というのが良く分かります。

 壁際は落ちてくる鎧騎士がいるから寄れず、壁から離れれば地上を埋める鎧騎士と同じだけの数が居そうな冒険者との乱戦で、もうしっちゃかめっちゃかです。

 これ、冒険者も元鎧騎士の装備を着用している所為で、敵も味方も分かりませんけど、同士討ちとか大丈夫なんですかね?


 そう思いながらも空から近付いて行けば、森の中に町が出来ていたので、降りて訊いてみることにしました。


「……どうやって来たんだ? ったく、子供連れで門なんぞに来て、何か有ったらどうすんだか……。ああ、同士討ちだったな、偶に有るぞ? だからまぁ、声を上げたり飾り布を付けたりしているが、その辺りは自己責任だ。他の奴らが戦っている場合は近付かない、不意討ちをしない、ってのがここの暗黙の了解って奴だな」


 おおう、何とも私とは相性が悪そうな場所ですよ!?

 内職しながらですから特に気にしていませんでしたけれど、引っ切り無しに冒険者達の獣車が王都との道を往復していて、気になるお店も多いのですが、今日はとっとと石を切り出して王都へ帰る事と致しましょう。


 そして、町で教えて貰った石切場。大きな体のお姉さんが、場所を取り仕切っていました。

 でも、別に許可だとかは要らないみたいですね。どうも話を聞くと、石を切り出しやすい場所は限られていて、そこで変な形で石を切り出す人が居ると迷惑だからと、大手の業者に雇われて監督をしているみたいです。

 言われてみれば、断崖絶壁に見える灰色の壁の中でも、ちょっと足が出ているのがこの石切場の様ですね。


「小山になっている瓦礫は貰って行ってもいいのですか? それと、壁から直接切り出してもいいのですよね?」

「ああん? 瓦礫の山は邪魔なだけだから、持って行って貰えるのなら寧ろ助かるね。足からで無けりゃ壁の何処から切り出そうが、それは私の知った事じゃないさ」


 そんな事を言われたので、瓦礫の小山の前に陣取って、ここからは私の仕事です。

 魔力を通した感じでは、本当に瓦礫だけでしたので、まずは手で掬える程度の瓦礫に「活力」を与えます。

 あれですよ、「活力」で熔かす事も出来ずに、それどころか燃えたり気化しても使えませんからね。無駄手間に成らない様にまずは性質を調べてみたのです。

 まぁ、問題無く熔けて丸い玉に成りましたけれど。「活力」を抜けば固まりましたから、充分この石は使い物に成りそうです。


 ならばと、どうせ邪魔者らしいですから、この小山は纏めて頂いてしまいましょう。

 目を丸くするお姉さんを余所に、与える「活力」を多目にして、ですけど無駄にはならない様に順繰りに「活力」を回して石の玉を大きくしていきます。

 到頭瓦礫が無くなった時には、大鬼オーガの背丈を越える大きな石の玉が――って、あああ、転がらないで下さいよ!?

 慌てて転がる玉を捕まえて、『亜空間倉庫』へと仕舞いました。


「え、ええ!? ど、何処……ま、まさか『亜空間倉庫』!? 特級かい!?」


 もう充分な量を確保した様な気もしますけれど、ちゃんと依頼通りに切り出した石も用意したいものですね。

 なので、壁へ向かって、魔力で探って、鬆の入っていない場所を見繕って、切り出したい形に「活力」で熔かして、ずりずりと引き出したのは二階建ての家程も有る真四角の石。これもお土産に持って帰りましょうと、『亜空間倉庫』に入れました。


「それではお先に帰りますね!」


 と、ぴょんと飛んで空の旅。


「ええーーー!?」


 と、追い掛けてくるお姉さんの声に手を振って、私は王都へ帰るのです。



 さて、一時二時間掛からず来れると分かったなら、帰り道は寄り道天国です。

 久しぶりに鉄球を出して、『識別』なんかも活用しながら、ひゅんひゅんひゅんと森の中を抜けていきます。

 花精フラウであった頃を思い出したが為も有るのでしょうか? 植物に関する感覚が、前よりも鋭くなっている様に思います。

 試してみれば、植物には『鑑定』も使える様に成っていましたけど、『花緑』の感覚の方がずっと確かな気がしますね。『識別』も『鑑定』も神々の書庫に収められた既に知られている知識だとすれば、自身が植物に近い花精の感覚の方が優れているのにも頷けます。

 まぁ、美味しい果物が分かるのは、実に有り難い話なのですよ。


 そんなこんなで戻って来たお昼過ぎ。ぽけーっと壁の外で見張りをしていた騎士様の前に降り立つと、慌てた騎士様に怒鳴られてしまいました。


「お前……お前なぁ! 吃驚するだろうが!! 投石機は乗りもんじゃねぇぞ!!」


 扉の中へと入ると、そこでも疲れた騎士様に「お帰りー」と投げ槍に言われてしまいます。

 な、何だかご心配をお掛けしてしまった様ですよ?

 お詫びとばかりに森で採れた果物を積んでみましたら、何故だか益々疲れた顔付きになるのはどうしてでしょうかね?


 そんな騎士様に別れを告げて、学内寮にも寄らずに再びやって来た冒険者協会。

 さて、扉を開けて入ろうとしたところに、中から出て来た冒険者が「お!?」という顔をして、何故だか私の頭を撫でていきました。

 え? ちょっと行き成り何なんでしょうか? ちゃんと手は洗っていますかね?

 困惑しながら入った冒険者協会の中、奥の方に何やら人集り……いえ!? あ、昨日の冒険者が女装をしていますよ!? あ、こっちを向い――


 ひぇっと私は目を逸らして、顔を合わせない様に俯かせて、大回りで受付を目指しました。

 偶然にも昨日の受付嬢の受付が空いていたので、そこへ駆け込んで目で訴えましたら、お仕置きをされているところだと教えてくれたのです。


 ……良かったです。自分からあの格好をしているのではないと分かって、ちょっとだけほっとしました。

 そんな私の頭を、何故だか何人もの冒険者達が撫でていくのですけど、ちょっとやめて下さい、本当になんですかね、これ。

 むっと睨みを利かせる為に、思わず輝糸の付け髭を生じさせてしまったら、受付嬢に「何それ」と訊かれてしまいました。


「威厳を出してみたのですよ!」


 あ、ちょ、ちょっと待って下さい!? 何で撫でる手が増えているのですか!? あ、受付嬢さんも集まらないで、ちょっと、これでも私は特級なのですよ!?

 ああ、もう本当に! 大物感ってどうやって出せばいいのでしょうかね!?



 ~※~※~※~



 冒険者協会受付嬢のリタは、既にマスコットの地位を不動の物とし始めている少女が、大量のクアドラ石を納めに倉庫へ連れられていくのを見送って、ほうっと小さく溜め息を吐いた。


とうと過ぎて死にそう」


 うっとりと余韻に浸っていたところに、声を掛けてきたのはにこやかな大男だ。

 “クアドリンジゥルの門”の攻略を目標とする冒険者集団、『破門衆』。その取り纏めでもあるその男、ガイスロンドは、陽気で大らかなカリスマの持ち主だった。


「何を言ってんだか。――……内の若いのが迷惑掛けたな」

「……ええ、本当に」

「うはははは、相変わらず容赦ねぇ! だがよ、助かったのは本当だぜ? 何を言っても分からない馬鹿野郎は多いが、お仕置きのつもりで女装させて立たせてみたらよ、言われた通りに目を合わせずに避ける様子が、武張って見せていたつもりの時と同じだってんでな? 目を逸らされる度に泣きそうになってて、まぁ傑作だ!」

「……趣味が悪い」

「ま、直ぐに囃し立てられる様になるだろうから今だけだろうが。……なぁ、あの嬢ちゃんは何者だい?」


 それを聞いた相手がリタ――無口な受付嬢のリターナヤンで無ければ、また別の展開も有ったのだろう。

 冒険者協会では、特に冒険者の情報を開示していない訳では無い。何故ならば、信頼という点において、依頼を受けた冒険者のこれまでの依頼達成率や、どんな依頼を受けたかという情報は、とても重要な判断材料となるからだ。

 しかし、リタはガイスロンドをじっと見て、それからフッと鼻で嗤った。

 ガイスロンドはリタへと向かって迷惑を掛けたと言ったが、実際に直接的に迷惑を掛けられたディジーリアへは何の謝罪もしていない。お仕置きをされている冒険者にも謝罪をさせようともしていない。それに加えて、リタ達受付嬢が驚倒した情報を、只で教えるのがどうにもそれは癪だったからだ。

 そんなリタの想い――と言いつつ、実は口を開くのが面倒だっただけかも知れない――を受け取って、共に並んで座る受付嬢達も諒解の意思を籠めて頷き合う。


「分かった分かった、詮索は無しにしておくさ。嬢ちゃんには悪かったと伝えておいてくれや」


 冒険者協会の受付嬢が開示を拒み、それを王都でもそれなりの勢力を誇る冒険者集団の纏め役が認めた事で、謎の少女に関する詮索をしない事が王都冒険者協会での暗黙の了解となった。

 こうしてディジーリアの情報は、今暫く秘匿される事となったのである。

 そう、今暫くは。

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