第155話 人質救出

「ん……」


 リリスは痛みを感じて目を覚ました。両手を頭の上で縛られて、吊り上げるような形で拘束されている。気を失っていたことで直立もできておらず、体重がかかったことで肩が外れそうになっていた。


 足が浮いているということはなかったため、体勢を整え、少しつま先立ちをすることで過度に力がかかるということはなくなった。それでも自由の効かない拘束状態ではなんの気休めにもならない。ジンジンと痛む腕や肩をさすることもできずにいるリリスに、元凶となる男が声をかけた。


「目が覚めたか」


「……最悪の目覚めです」


「そうか。それは何よりだ」


 リリスが今このような状況に陥ってしまっている元凶の男、アレン。

 彼の姿を見て、リリスは気を失う前に自分の身に起きたことを思い返した。


(見たところ私の最後の抵抗は気付かれてないですかね。あとはルーミアさんを信じるだけですが……とりあえず引き出せそうな情報は引き出しておきましょうか。優位に立っていると思っているなら、またべらべら話してくれるかもしれません)


 ひとまずアレンがルーミアの白い鞄を持っていないのに安堵した。ルーミアに託すために隠した生命線をアレンに押さえられていないのは不幸中の幸いだった。


 しかし、あからさまに表情には出さない。

 それはルーミアに伝わればいい。目の前で歪んだ笑みを浮かべている男にわざわざ教えてやる必要もない。


 その上でリリスは会話を試みた。囚われの身でありながらも、できる限りの抵抗を続ける。すべてはルーミアを信じているから。ルーミアのためになるのならば、口も聞きたくない相手との会話も厭わない。


「ここはどこですか?」


「王都から離れたところに都合よくあった廃洋館だ。別に場所はどこでもよかったが……ここであいつを迎え撃つ」


(廃洋館……。王都の地理は詳しくないので場所は分からないですね。こればっかりはどうにもなりません)


 まずはどこまで連れ去られたのか。それによっては捜索の手間なども変わり、もしかしたら助けが来ない可能性もある。だが、アレンの目的はルーミアだ。そして、迎え撃つと発言していることから、リリスを人質にして逃走を図るというわけではない。現在地が不明なのはやや不安ではあるが、ルーミアなら必ず来ると信じているリリスは、まだ平静を保っている。


「あなたの目的は?」


「あいつを……ルーミアを手に入れる」


「それは……随分と無茶なことをしますね」


「無茶か。確かにそうかもな。だが……今が絶好のチャンスだ」


「チャンス? 寝言は寝てから言うものですよ?」


「……あまりイラつかせるな。人質だから殺しはしないが、痛めつけてやってもいいんだぞ?」


 口を滑らせたリリスは、アレンの目的と、今が好機と考えていることをつい鼻で笑ってしまった。

 リリスが聞く限り、ルーミアとアレンの格付けは既に済んでいる。故に、馬鹿げた目的であると半ば呆れていたほどだ。

 それを態度に出すとアレンは手を上げることはしなかったが、明確に悪意を持った瞳でリリスを睨みつけた。どろりとした視線がリリスに恐怖を与え、口の中を乾かせる。それは脅しでもなんでもなく、やる時はやると告げていた。


 ただでさえ、拘束されていて身動きが取れない状況で甚振られるのはリリスとしても避けたい。言葉選びには気を付けるよう慎重に尋ねた。


「……ですが、あなたじゃルーミアさんには勝てません。それはあなたも分かっているのでは?」


「勝つ? 勝負はもう終わっている。お前という人質を手に入れて……ルーミアの奴は今消耗している」


「……消耗……っ。まさか、この日を狙っていたんですか?」


 ハッとしたリリスに言葉は返ってこない。だが、アレンの浮かべる自信ありげな表情が肯定を物語っていた。


(やられた。確かにルーミアさんは消耗している。アンジェリカさんとの戦いで出し惜しみはしていないでしょうし、多少回復していたとしても万全には程遠い。それだけならまだしも私が人質になってしまったせいでルーミアさんは全力を……出せない?)


「意外とちゃんと考えているんですね」


「無策で挑んでもまたボコられるのがオチだ。今日という日は都合よくルーミアが魔力を消耗し、お前とも離れる機会が多かった。それだけだ」


「ですが……手に入れるというのは? 言っておきますがルーミアさんは頑固ですよ?」


「ルーミアの意思は関係ない。これを使うからな」


 そう言ってアレンが取り出したのは禍々しい装飾が施された首輪だった。それを片手でひらひらと弄び、リリスに見せつけるようにする。明らかにアクセサリーとは違う雰囲気を放つそれに、リリスは喉を震わせた。


「な、なんですか……それは……っ?」


「隷属の首輪。あいつにこれを着ければ終わりだ」


 リリスは絶句した。ここにきてルーミアへの絶対的だった信頼が少し揺らいだ。何をもってアレンがここまで自信満々でいられるのかが分からずにいたが、彼が用いる切り札を目の当たりにして、いよいよ本格的にまずいと思い始めた。


 隷属の首輪。その詳しい効果まで分からなくとも、隷属させられるという効果があることだけは確かだ。それが本物であるのなら、ルーミアを手に入れるという一見不可能に思える計画も現実味を帯びてきた。


 だが、まだ確実なものではない。

 一瞬揺らいでしまったが、それをルーミアに着けるというのがアレンの勝利条件ならば、まだ負けていない。ルーミアが大人しくそれを着けられるとは到底思えなかった。


「ルーミアさんにそれを着けられると思っているのですか?」


「……さあ、どうだろうな? お前に着けると言えば、大人しく着けてくれるかもしれないぞ?」


「なっ……?」


 リリスの想像通り、ルーミアが素直にそれを着用するはずがない。しかし、ここにきてリリスが人質として機能する。


「なんのためにお前を押さえたと思っている。これも安全にルーミアの奴を手に入れるための保険だ」


 極論、首輪をルーミアに着けるだけだったら、一番弱り切っているタイミング。つまり、アンジェリカとの戦いの後に、控室で待ち構えていればよかった。


 だが、ルーミアの余力がそれほど残されているかは未知数。それに加えて、会場内には多くの魔導師、つまり戦力がいる。そこでルーミアを捕えようとして騒ぎを起こし、戦力を集めて、計画を頓挫させるのが、アレンにとって一番避けたい事案だった。


 だからこそ、リリスを人質として押さえ、離れた場所でルーミアを迎え撃つプランを取った。

 仮にルーミアが言うことを聞かなかったとしても、ルーミアにとって大切な者を人質としているのはアレンにとって有利に働く。


「どうした、気分が悪そうだが?」


「そう思うのなら解放してくれませんかね?」


「それはできない相談だな」


 アレンの策が明らかとなり、リリスは考えを巡らせるが、雲行きは依然怪しい。

 早く助けに来てほしいと思う反面、ルーミアに来ないでくれと相反する想いを抱えてギュッと目を瞑るリリスだったが、背伸びする爪先が震え、廃洋館が大きく揺れたのを感じた。


 倒れ込まないように揺れに耐えていると、今度は近くで音が響き、壁をぶち抜きながら彼女は姿を現した。


「随分お早い登場だな。そんなに焦って何かいいことでもあったか?」


「殺しますよ……っ!」


 リリスはその姿を見て、その声を耳にして、安堵してしまった。

 来てほしかったけど、来てほしくなかった。でも、助けに来てくれたことが嬉しくて、どうしようもなく安心してしまった。

 涙を零すリリスの視線の先には、憤怒の表情を浮かべて、殺意を剥き出しにしたルーミアが立っていた。


 ◇


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