第25話 商人救出

 爆速で駆けだしたルーミアは風を切って進む。少しでも見渡しがよくなるように木に飛び移り、自慢の機動力で素早く移動していく。


「どこ……いたっ!」


 ルーミアの視界に入った人だかり。荷物を乗せていた荷車らしきものと男性二人、女性一人が地面に倒れている。少し目線をずらすと一人の女性がいかにも盗賊らしい風貌の男性複数人に囲まれていた。

 女性はじりじりと後ずさるが、盗賊が包囲網を閉じるかのように距離を詰め逃げ場を無くしている。


「間に合った。身体強化ブースト――――――――二重ダブル!」


「ぐはっ」


 盗賊の持つナイフが女性の肌に届かんとした――――その時。その包囲網に割って入ったルーミアの蹴りが一人の男を吹き飛ばした。その男に巻き込まれて何人かも一緒に飛ばされた。残った者は突然の乱入者に驚いている。


「お前っ、いきなり現れて何者だ!?」


「何者ー? 特に名乗る異名とかはないしなー……どこにでもいる普通の女の子だよ」


「ふざけるなー!」


 一人がルーミアに突っ込んでくる。ルーミアは突き出されたナイフを最小限の動きで躱すと、伸びきった腕を押さえ、捻り上げる。


「いだだだだっ。くそっ、離せっ!」


「いいけど、それは置いてってね」


「ぐあっ!」


 ルーミアはナイフを持つ手を思いっきり握った。男は悲鳴を上げてナイフを落としてしまう。その後、離してもらったのも束の間、ルーミアのパンチが腹に突き刺さり蹲る。


「うん、今のは折れてない。このくらいかな……っと、危ないなぁ」


「くそっ、避けるなよ」


「いやいや、避けるでしょ。毒、塗ってあるもんね」


「なら、これはどうだ?」


「……やばっ、っと。ごめんね」


 この応酬でルーミアに近付くのは得策ではないと判断した者が毒塗りナイフを投げ付けてきた。ルーミアはそれを躱す。次々と避ける。しかし、身を翻したルーミアは慌てて一つのナイフを掴んだ。


「へへっ、刺さったな」


 ルーミアの右手は一本のナイフを受け止めていた。それはそのまま進んでいれば背後で座り込んでいる女性に向かう一撃。それを咄嗟に自分の身体で止めたのだ。


「終わりだな。それで刺された奴はすぐに動けなくなる。見ろ、そいつについてた護衛の奴らだってあのザマだ。多少喧嘩慣れしてるみてえだが、毒対策もしてない奴が一人で突っ込んできたのが運の尽きだったな」


 男は顎で倒れてる冒険者らしき者を指した。動けないでいる人たちには皆ナイフが刺さっている。動こうとしても身体を動かせないほどの麻痺毒。それが塗りたくられたナイフを素手で止め血を流すルーミア。


 腰が抜けたのか座り込んで動けない女性は泣きそうな顔でルーミアを見ていた。

 彼女と目が合ったルーミアは、フッと優しく微笑んだ。


「大丈夫です。必ず守るので、そこから動かないでください」


「でもっ、そのナイフで刺された方はみんな動けなくなって……!」


 ルーミアは女性を安心させるように声をかけるが、女性は泣き出してしまった。

 魔の手にかかり倒れ伏して動けなくなってしまった彼らのように、ルーミアもじきに動けなくなる。そして、その次は自分の番だ。絶望感が押し寄せて悪い予感を加速させる彼女だったが、ルーミアが倒れ込む様子は一切ない。


「おい、おかしくないか?」


「そろそろ効いてくるはずだぞ。ちゃんと塗ってあったのか?」


「しっかりと確認した。あれは確かに塗りたくられてたぞ」


「じゃあ、何で効いてない……っ?」


 突確かに身体の自由を奪うナイフはルーミアに傷を付けた。たとえ深々と刺さっていなくとも、かすり傷でも毒は回る。ルーミアの手から流れる血が、ナイフの刃が皮膚を裂いたことを証明している。そのはずなのに、彼女は未だ倒れることなく立ち塞がる。


「さっきの言葉……心外ですね。何勝手に対策してないって決めつけてくれてるんですか……?」


「何だって?」


「終わりなのはそちらってことです」


 ルーミアはまだ意識が残っている者を反撃させる間もなく素早く殴りつけて確実に意識を刈り取っていく。

 そして、万が一目が覚めても何もできないように、麻痺毒が塗られたナイフを拝借して彼らを薄く斬り付けた。


「大丈夫でしたか?」


「私は大丈夫ですけど……それよりあなたはっ? 彼らは無事なんですか?」


「安心してください。助けます」


 ルーミアは麻痺毒で倒れている冒険者に近付いて、触れて声をかける。


「ナイフを抜きますよ。回復ヒール――――そしてアンチ麻痺パラライズ


「ああ……動ける。それに傷の治療まで……本当にありがとう!」


「どういたしましてです」


 それを繰り返して全員分の治療を終えると、自分にも回復をかけて手の傷を塞いだ。


「あなたは……いったい?」


「通りすがりの白魔導師ですよ。とりあえずこいつらは全員……これで大丈夫かなっ?」


 ルーミアは持って来ていたロープで地面に転がっている盗賊団の手足を縛りあげていく。


「どうしよ? こいつら一回戻って引き渡した方がいいかな? 一応縛ったけど放置して逃げられたら嫌だしなぁ」


「あの……その方々を運ばないといけないのであれば、私に協力させてくれませんか? 助けて頂いたお礼になるか分かりませんが……せめてそれくらいはさせてください」


「え! いいんですか? ありがとうございます!」


 ルーミアはそれを聞くと嬉々して倒れている荷車を起こし、荷物を戻していき空いているスペースに盗賊を放り込んでいく。


「こんなことがあったので本当は町までついていってあげたいですが、私はこの盗賊団の根城に挨拶してこないといけないので、お手数ですがそいつらお願いしますね」


「……はいっ、確かに承りました」


 ルーミアはちょっとそこらを散歩してくるといったノリで話すが、言っている内容は中々に過激なものだ。


「あなたたちも最後まで彼女をよろしくお願いします」


「俺達を助けてくれてありがとう! あなたが帰ってきたら改めてお礼させてほしい」


「あなたたちも冒険者なんですよね? でしたら冒険者ギルドでまた会えると思うのでその時にでも自己紹介しましょう」


「では、その時はぜひ私も混ぜてください。必ずお礼に伺いますので」


「分かりました。楽しみにしてますね」


 助け助けられの関係だがお互いにまだ名前も知らない。本来ならここで自己紹介をしながら一息ついてもいいのかもしれない。しかし、ルーミアにはルーミアの依頼が、彼らには彼らの依頼がある。それらがすべて片付いたら、ゆっくり話そう。そう約束をしてルーミアは商人たちを見送る……その前に手を差し出した。


「握手をしましょう」


 商人の女性と冒険者の三人はその手に何の戸惑いもなく己の手を重ねた。

 その後、ルーミアの姿はすぐに小さくなってしまい、ユーティリスへの出向を再開した時、彼女達は妙に力がみなぎってくることに気付いた。

 それはルーミアが残した餞別だった。

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