第26話 迷子真っただ中

 名も知らぬ商人の女性と名も知らぬ冒険者と別れ、本来の目的のために奔走するルーミア。彼らとはまた会う約束をしてしまったため、サクッと依頼と試験を片付けて帰ろうと思っていた彼女だったが不意に木の上で立ち止まって顔を青くさせた。


「あれ? ハンスさんからもらった地図……落としちゃった?」


 森の地形などが簡易的に記された地図。それに盗賊団のアジトのマーキングがされていたのだが、改めて確認しようとしたところ肝心のそれがない事に気付いた。


「やば……盗賊団のアジトってどこらへんだっけ?」


 本来ならば地図を確認しながら森に入っていくつもりだった。だが、突如聞こえてきた悲鳴の元へ駆けつけるために、よく見る時間もなくそのまま足を踏み入れた。当然ルーミアの頭に地図がまるごと記憶されていることはなく、現在地がどこなのかすら怪しい現状にルーミアはしばし考える。


「あの人達を助けるためにどういう風に移動したっけ? あれ? ちゃんとした道を通ってきてないから分からないなぁ」


 森といってもまったく整備されていない訳ではなく、人や馬車などが通るための道がある程度は整えられている。しかし、ルーミアは木々を飛び移りながら順路を無視して彼らが盗賊団に襲われている場所までやってきた。そのため、現在地の逆算を行おうにも情報が足りない。つまるところ迷子になってしまったという訳だ。


「うーん、どうしよ? 一旦戻る? でも見つかったら恥ずかしいしなぁ」


 地図を無くしてアジトの場所が分からなかったから戻ってきました、なんて口が裂けても言えない。ならば、ルーミアの取れる選択肢は限られる。


「……よし、多分あっちの方だと思う」


 盗賊団がアジトにしているということは、人通りのある順路からは外れた場所であるということ。それだけは何とか覚えていたルーミアはたったそれだけの情報と己の勘を頼りに移動を開始した。




 ◇



「あれー、もしかして反対だったかな?」


 ルーミアは完全に迷っていた。適当に探し回ればすぐに見つかるだろうと高を括っていたが、一向に目的地に到達する気配がない。

 ルーミアは木の太い枝に足をかけて、こうもりのようにぶら下がりながら考える。


「とりあえずちゃんとした道に戻ろうかな。そうすれば看板とかもあるだろうし、一度入り口まで引き返して、方角の調整をしよう」


 ただひたすらに道なき道を切り開くだけではいけないということに今更ながら気付いたルーミアはようやく正攻法の手段を取ることにした。

 ユーティリスへの順路に戻り一度引き返し、覚えている限りの地図の内容と方角だけでも照らし合わせる。二度手間になってしまうかもしれないが、今どこにいるのかすら分かっていないのだから、ルーミアにとっての最善手に違いない。


 そうして方針を決めてさまようこと数分。

 ようやく人の歩く道に戻ってきたルーミアは拾った木の棒を振り回しながら鼻歌交じりに歩いていた。


「ふんふふーん。早く盗賊団壊滅させて昇格したいなー。昇格出来たらおいしい依頼を受けて、いっぱい稼いで美味しいもの食べたいなー……ん?」


 自身のささやかな欲望を歌に乗せて呟いていると不意に遠くから話し声が聞こえてきた気がした。ルーミアは少し迷う素振りを見せてから軽やかに近くの茂みに飛び込んで身を隠した。しばらくすると風で木の葉がこすれる小気味よい音に、何者かの会話が乗っかって聞こえるようになった。


「そういえばよ、北側の道を押さえてたグループと連絡が付かなくなったらしいぜ」


「は? マジで? あいつらヘマしたのかよ」


「数だけは一丁前に揃えてたけど、麻痺毒頼りの雑魚ばっかだからなー。連絡つかねーってことはもう捕まってんだろ」


 近付いてくる二人の男性は先程倒した盗賊団と似た格好をしている。

 話している内容から仲間である事が見て取れるので、ルーミアは息を呑んだ。


「そういやこの辺で何か変な音がしなかったか?」


「あ? いや、俺は何も気付かなかったけど……お前のそれ、よく当たるからな……」


「耳には自信があるんだよ。ちっせえ動物が出すような音じゃなかったと思うが…………なんだろうな? お、そこの茂みに誰かいるな?」


 自身の耳をとんとんとつついて自信ありげに言う男は、足元に落ちていた石を拾い上げて、ルーミアの潜む茂みへと放った。


「痛っ…………あっ」


 ちょうどよく石が頭にあたり、ルーミアは思わず声を出して立ち上がってしまった。

 盗賊団の男性と目が合う。


「おいおい、マジでいたぞ。こいつ、どうする?」


「見たところただのガキだが……俺達の話を聞いてたかもしれねえ。無事に帰して誰かに話されたら面倒だしな。一応捕まえてボスに引き渡すか」


「そうだな。金目の物を持ってなくても女は体が使えるからな」


 数歩踏み込めば詰められる距離感。

 そこはルーミアの得意の間合いだというのに、油断して悠長に話している二人をジッと見つめてルーミアは考える。


(私のことを舐めてくれてるから隙だらけですね。これならどっちもすぐに片づけられる。けど……)


 身体強化ブーストを施して間合いを詰めれば拳が一瞬で届く。倒すのなら今が千載一遇のチャンス。しかしルーミアが選んだのは――――――――。

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