第27話 一名様ご案内

「おい、きびきび歩けって」


「痛っ……」


 ルーミアは足を蹴られながら早く歩くように催促される。

 盗賊団男二人に挟まれるような形で渋々従う彼女だったが、両手を後ろで縛られている。なぜこのような事態になっているのか。みすみす捕まってしまうような状況ではなかったはず。しかし、これはルーミアが選んだものだった。





 分岐は数分前。彼らと対峙した時。

 ルーミアは自身をただの少女と侮り油断している彼らを素早く仕留めようとしていた。身体強化も施して、突撃する用意は万端だった。しかし、彼らが取り出したものを見て、反射的にピタリと動きを止めた。


(ロープ? それで私を捕まえるつもり……?)


 ルーミアから見て左の男が取り出したのは何の変哲もないロープ。

 それを見てルーミアはある事を思いついた。


(ボスのところに連れていくってことは……アジトに連れて行ってもらえるってことだよね? えっ、本当? 助かるー)


 地図を無くしてたどり着けなくなってしまった目的地。そこに連れて行ってくれるというのならば少しの間の我慢、甘んじて受け入れよう。

 ルーミアは迫りくる男の手から逃れようと後ずさり、躓いて転んだ……。怯えたような表情を貼り付けて、上手く事が運ぶように彼らを欺いた。





 そうして、ルーミアは捕まった。後ろ手にロープで縛られその先は男の手に繋がっている。傍から見ればいたいけな少女が拘束されて逃げられずにいるというもの。しかし、この状況はルーミアの想定通り。


(うん、このくらいのロープなら簡単に引きちぎれる。変なことされそうになってもいつでも逃げ出せる)


 元々二人を倒すつもりでいたルーミアがこうしているのは、拘束されてもさほど問題はないと思ったからだ。ルーミアの身体を縛るものが頑丈な手錠、枷や鎖などだったら、大人しく捕まるなんてことはせずにサクッと暴力で黙らせていたはずだ。だが、こうしていつでも抜け出せるような普通の拘束ならば何も問題はない。


 とはいえ、ルーミアも年頃の少女だ。

 下衆な考えを持つ男に身動きできない(ように見える)格好で主導権を握られているため、当然警戒はしている。

 今のところ特に何もされていないが、性的な接触などが行われそうになった瞬間、その仮初の拘束を力で解き放ち、反撃する準備はいつでもできている。


「ボス、気に入ってくれると思うか?」


「期待はしない方がいいだろ。顔は整ってるがいかんせん貧相だ。ボスのお眼鏡には敵わないかもしれないな」


 それを聞いたルーミアの手に力が籠る。それは本当に無意識だった。みちみちと嫌な音が鳴りそうなところで我に返ったルーミアはゆっくりと息を吐いて心を落ち着かせた。


(危ない危ない……つい手が出るところだった)


 まだその時ではないのに、ロープを引きちぎり殴り飛ばしてしまいそうだった。何とか堪えたもののルーミアはやり場のない怒りで肩を震わせている。


「おい、見ろよ。こいつ、震えてやがるぜ」


「まじかよ。まあ、これから何されるか嫌でももう分かるだろ。恨むなら俺達に見つかった自分を恨むんだな」


「あんまりいじめてやるなよ。泣き出しちまったじゃねえか」


 男達はルーミアの様子を都合よく勘違いしている。まさか、囚われの少女が絶体絶命の状況にて怒りで震えているとは思いもしないだろう。

 それにルーミアの頬を伝う涙。それも偽物で勘違いに乗じたウソ泣きだ。


付与エンチャント――――――――ウォーター。まさか自分の顔に付与することになるとは……人生何が起きるか分からないものですね……)


 それは属性付与によって生み出された水滴。本来このような使い方をする魔法ではないのだが、ルーミアは偽りの涙を演出するためだけに己の持てる力を活用したに過ぎない。

 だが、おかげで彼らはルーミアの演技を信じ切っている。

 俯いたまま、ルーミアは笑いをこらえるのに必死だった。



 そうして、しばらく歩かされていると木々の隙間から洞窟のようなものが見えた。


(あれが……! てか、全然反対だったじゃん……案内してもらってよかったぁ)


 ここまで連行されるのにかなり歩かされた。ルーミアのいた場所はアジトの真反対といってもいい場所だった。


「さ、ボスに気に入られて手元に置いてもらえるか、それとも奴隷として売り飛ばされるか……。お前次第だな」


「……残念ですが、どちらもお断りです。身体強化ブースト――――――――五重クインティ


「なっ? こいつっ!」


「遅すぎます!」


「がっ」

「ぐあっ」


 ここまでくればもう彼らは必要ない。ルーミアは身体強化を施して己の身を縛るロープを容易く引きちぎった。ロープをちぎるのに五重も重ね掛けするのはやりすぎだったが、ルーミアにそうさせるほど彼らは怒りを招いてしまったのだ。


 突如として拘束を無効化したルーミアに目を剥いた二人。再度捕えようと動き出すがやはりそこはルーミアの間合いだ。彼らがルーミアに襲い掛かるよりも、ルーミアの拳が彼らの顎に突き刺さる方が断然早い。やつあたりの意味も込めてあまり加減されなかった一撃は、容赦なく二人の意識を刈り取った。


「まったく……貧相とか好き勝手言ってくれますね。本当はあと五発くらいしばきたいですが、ここまで案内してくれたお礼としてこれで勘弁してあげます」


 どさりと倒れ落ちた二人に本当だったら追い打ちをしたいルーミアだったが、迷子の自分を目的地まで連れてきてくれたため、役に立ち助けになってくれたことに免じて追加の暴行はしなかった。

 しかし、身体の事でとやかく言われて不機嫌だったルーミアは、回復ヒールを彼らに施すことはしなかった。

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