第115話 王都到着

 その後、何度かの宿泊を挟み、馬車移動を繰り返してようやく王都へと到着した。

 座りっぱなしの長旅をひとまず乗り切ることができた喜び体いっぱいで表すルーミアは目を離すと今にも走って行ってしまいそうだった。


「ルーミアさん、気持ちは分かりますが落ち着いてください。まずはやるべきことを済ませましょう」


「えっと、宿ですか?」


「そうですね。まだ日も高く昇っているとはいえ、ここは王都セルヴァインですからね。活動する人の数も桁違いだと思うのでユーティリス感覚でゆっくりしていると泊まる場所を確保できなくなってしまうかもしれませんね」


「……それは困りますね」


「てっきりまた野宿を強行しようとするものかと思いましたが……意外な反応ですね」


「お外だと安心してリリスさんと寝られないですからね」


「……にゃっ、何言ってるんですかっ」


「あれ~? 今更恥ずかしがってるんですか? もう何度も熱い夜を過ごしたじゃないですか?」


「誤解を生むような事言わないでください! まったくもう、すぐそうやって意地悪な事を……。あんまりそう言う事ばっかりしてると嫌いになりますよ」


「それはそれは……ではそれを帳消しにするくらい好きになってもらわないといけませんね」


 ルーミアはリリスの前でくるりと回ってスカートの端を揺らす。

 かっこつけているのか、それとも可愛さを演出したいのか。どっちともとれるような動作を挟んで、おもむろにリリスに手を差し出した。


「エスコートしますよ、お姫様」


「……姫はあんたでしょ。暴力姫が」


「あー、酷い~」


「というかルーミアさん王都に来たことないのにエスコートなんてできるんですか?」


「……それは言わないお約束ですよ」


 リリスはルーミアのセリフを鼻で笑う。

 だが、その手を拒むということはなく、しっかりとエスコートを受け入れて……ふと思った。

 リリスは数度ではあるが王都を訪れたことがある。それに対してルーミアは通過こそしたが、実際に滞在したことはない。つまり、王都に関してはほぼ無知だと言って差し支えないだろう。そんな彼女にエスコートが務まるだろうか。いや、務まるはずがない。


 出鼻を挫く指摘にしょんぼりと表情を曇らせるルーミアの手が力なく垂れ下がる。

 リリスは仕方ないと呆れ笑いを浮かべ、ルーミアの小さな手を引いた。


「ほら、行きますよ」


「……はいっ!」


 たったそれだけでいい。

 ルーミアは笑顔を取り戻して、リリスの歩幅に合わせて楽しそうな足音を鳴らしていた。


 ◇


「どうしますか? まずは冒険者ギルドの方に行ってみますか?」


「どこでもいいですよ。もう私はエスコートを諦めました。すべてリリスさんにお任せすれば上手くいくと思います」


「そんな他力本願な……。じゃあ、とりあえずギルドの方に行ってみますか。もしかしたらオススメの宿などの情報なども聞けるかもしれません」


 全てを投げ出したルーミアはその手に引かれるがまま進むことを宣言した。

 この地において自分が役立たずである事を自覚し、受け入れる。自信満々に単独行動を取って迷子になるというのが最も避けるべき失態。それを事前に回避できるのなら、どれだけ他力本願でも構わない。

 ルーミアはリリスの背中にしがみついてでも離れないで行動すると心に誓っていた。


「何か依頼でも受けるんですか?」


「リリスさんもやれそうな依頼があるといいのですが……」


「……そんなに私を戦場に連れていきたいんですか?」


「もちろんです!」


「うわぁ……今日一番のいい笑顔ですね」


 以前からたまに話題に上がる、リリスの依頼同行。

 白魔導師のルーミアに仲間ができることをかつて誰よりも望んでいたリリスだが、まさかその枠に自分が加えられるとは露にも思わなかった。


 ルーミアの支援があれば戦闘初心者でも戦える、なんて自惚れはしない。できない。

 冒険者をサポートする立場で過ごしてきて、自信と慢心を履き違える者を幾度となく見てきたリリスだからこそ、ルーミアの提案を簡単には受け入れられない。


 ただ、それはそれとして置いておいて、ルーミアとの冒険が楽しそうであると思っているのも事実。今すぐにという訳にはいかないが、ルーミアに振り回される生活も悪くないかもしれないと思うリリスは己の心境の変化に気付いて苦笑いを浮かべた。


「気が向いたら冒険者登録してもいいかもしれません。ですが、その時は私が成長するまで色々教えてくださいね。先輩」


「っ! もちろんです! 一緒に暴力を極めましょうね!」


「…………やっぱり遠慮してもいいですか?」


「ダメです!」


 あるかもしれない未来を見据えてリリスは空を見上げた。

 その未来が訪れた時は、きっと隣にはルーミアがいるのだろう。ちょうど――――今この時のように。


 リリスの言葉にルーミアは繋いだ手をぶんぶんと振り回して喜びを表現する。

 だが、彼女のスタイルを極めるというのは手放しに同意できないリリスは、あまりにも嬉しそうにはしゃぐルーミアに顔を引きつらせた。

 その言葉を取り消そうにも、とてもいい笑顔での否定が待ち受ける。


 このままではいけないと思い何とか話を逸らそうとしたリリスは、少し考えてルーミアに問いかける。


「……そういえばアンジェリカさんとは会うんですか?」


「そうですね。せっかくなので普通に話もしたいです。冒険者ギルドに顔を出せば会えるでしょうか?」


 元々、王都にやってきた目的はアンジェリカとの再戦だ。

 大会に出場することで彼女と顔を合わせることはできるだろうが、それとは別にゆっくり話もしたいと思うルーミアはどうしたものかと考える。

 特にそういった約束などはしていないが、彼女もまた冒険者だ。

 冒険者が集う場所といえば真っ先に思い浮かぶのはそこしかない。


「じゃあ、行きましょうか」


「――――呼んだか?」


「え……あっ、アンジェリカさん?」


 ルーミアの思考を上手く誘導出来てほっとしたリリス。話を纏め、ルーミアの手を引いて冒険者ギルドへと向かおうとした――――その時。

 突如としてかけられた第三者の声。

 聞き覚えのある声の方に顔を向けると、たった今話題にあげていたその人――――アンジェリカが手を上げながら歩み寄ってきていた。

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