第114話 寝不足少女に救済を

 翌日。

 再び馬車の二人旅。

 だが、ルーミアは対面のリリスの様子が気がかりだった。


「リリスさん……何で私の布団にいたんですか?」


「何でってそりゃ…………何ででしょうね?」


「私が聞きたいですよ。起きたらリリスさんがいたのでびっくりしました」


 結局一睡もできずに朝を迎え、げっそりとした様子のリリスはルーミアの質問に対し視線を泳がせはぐらかすように口ごもらせた。

 まさか、悪戯をしようとして返り討ちにあっただなんて口が裂けても言えない。


 しかし、ルーミアも意図してリリスを抱きしめていたわけではない。

 そのため、起床して彼女の存在が腕の中に在ると気付いて目が覚める思いだった。

 そんな疑問を解消するための問いものらりくらり躱される。


「まあ、びっくりしただけなので別にいいですが……もしや夜這いですか?」


「……な訳あるか」


 これがルーミアの言う通り夜這いだとしたらどれほど間抜けだろうか。

 実際にはそういったイタズラも選択肢としてあったリリスは核心を突かれて一瞬ドキッとするも、ポーカーフェイスで欺く。

 あくまでもスキンシップ的な意味で、ルーミアの言う『襲う』意味合いのことは想定していない。


「ふぁ……あ、すみません」


「本当に眠そうですね。大丈夫ですか?」


「今日の移動時間がどれだけになるかは分かりませんが、ずっと起きているのは厳しいかもしれません。途中で寝てしまうと思いますが……そっとしておいてください」


「そんな睨まなくても……何もしないですよ」


 自分の事を棚に上げてリリスはルーミアに視線で圧を掛けた。

 寝込みを襲われる覚悟はとうにできているとはいえ、それは今ではない。

 またしても密室空間でルーミアに支配されるのは勘弁願いたいリリスはあらかじめ釘を刺す。ルーミアが言う事を聞いてくれるかは賭けの部分が大きいが、それでも何も伝えずに寝落ちするよりは幾分かマシだろう。


 眠気が限界に達して、何度も可愛らしいあくびをするリリス。

 ウトウトと舟を漕ぎ始める彼女を心配そうに眺め、ルーミアは立ち上がった。

 それを見たリリスは眠そうな目をギョッと見開く。


「な、何ですか。もうさっき言ったことを忘れたんですか?」


「隣、失礼しますね」


「む、無視ですか。あっ、ちょっと……何ですか急に」


「肩か膝、お貸ししますよ。好きな方で寝てください」


「……いいんですか?」


 偶然とはいえ、リリスが目の下にクマを作ることになったのはルーミアの行動の結果だ。睡眠時の無意識行動とはいえ多少申し訳ないと感じているルーミアは、せめて何かしてあげられないかと思い、リリスの隣に座ったのだ。


「揺れて倒れたりしたら危ないですから。私が守ってあげます」


「あっ、ありがとうございます。では、お言葉に甘えて……」


 コテンと頭を横に倒したリリス。

 ルーミアの肩に頭を預け、目を閉じるともう微睡みには抗えなかった。

 瞬く間に寝息を立て始めたリリスに、ルーミアは安心したように息を吐いた。


「この重み……好きかもしれません」


 寄りかかるリリスの温もりと重み。

 それが愛おしく感じたルーミアは、顔が綻ぶのを隠そうとせずに、リリスの長い髪を愛でるように触った。

 そして、探るように手を動かして見つけたリリスの手に重ねる。

 指を一つ、二つと絡めていき、その温もりを共有した。


「ふふ、いい夢を」


 せめて今だけは安らかな時を。

 リリスの安眠を願って、ルーミアは繋いだ手に少しだけ力を込めた。


 ◇


 リリスが目を覚ました時、肩に重みと温もりを感じた。

 顔を動かすとルーミアの白く繊細な髪の毛が頬をくすぐる。


「ルーミアさん……あれだけカッコつけたのに。まぁ、ルーミアさんらしいですが」


 身体を預けたはずのルーミアが逆に身体を預けてきている。

 いつの間にか寄り添う形で眠っていた事にリリスは呆れたように笑った。

 長い時間似たような体勢で眠っていたからか、身体の節々が悲鳴を上げている。リリスはグッと伸びをしようとしたが、ふと手を引っ張られるような感覚に目を落とした。


「……恋人みたいな繋ぎ方ですね。妙に安心して眠れたのはこの手のおかげでしょうか?」


 その手を見てももう驚きはない。かつてのリリスならば驚愕で振りほどいていたかもしれないが、むしろ安心してしまうのは随分と毒されている傾向だろう。

 しなやかな指先の温もりを感じながら、ニギニギと柔らかいその手を堪能していると、ルーミアが声を上げた。


「んぅ、リリスさん……起きたんですか?」


「はい、おかげさまで気持ちよく眠れました。ルーミアさんは?」


「えへへ、最高の気分でした」


「調子のいい人ですね。ですが……否定はしません」


 結果的に寄り添うことでバランスは取れていた。

 馬車の揺れによって倒れ込むということもなく自然な目覚めを迎えられたのだから、リリスも責め立てる気はしなかった。


「ルーミアさんの手は……とても温かいですね」


「ふふーん、リリスさんならいつでもどこでもこの手を好きにしていいですよ」


「それは……素敵な特権ですね。では、遠慮なく好きにさせてもらいます」


「え……ノってくれるんですか。軽くあしらわれるかと思っていたので正直意外です……」


「言質は取りました。まさか今になって引っ込めたりしないですよね?」


「……もちろん。女に二言はありません」


 ルーミアは冗談のつもりで言った事だが、存外その手を気に入っているリリスはそれを分かった上で切り返す。その特権を思う存分に行使するという意志を示して、意外そうな反応をするルーミアに意趣返しの表情を浮かべる。

 とはいえ、冗談のつもりという言い訳はもう通用しなければ、そんな言い訳をするつもりもない。


 ルーミアは繋がれた手をギュッと握りしめる。

 それに対してリリスも同じように温もりを返してくる。

 言葉はいらない。沈黙の中繰り広げられる無言の応酬。

 それを楽しみ、慈しむ二人の寄り添う姿は、とても穏やかで――――幸せそうだった。



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