第113話 ドキドキ就寝タイム
その後、ルーミアの拘束から抜け出せずにのぼせそうになるまで入浴していたリリスはぐったりとした様子で静かに横になっていた。同じ時間浸かっていたのにもかかわらずぴんぴんしているルーミアを恨めしそうに眺めながら荒い息を鎮めようと努めていた。
(うぅ……何でルーミアさんは元気いっぱいなんですか? 私だけのぼせかけてるなんておかしいです)
顔が赤い、足元がおぼつかないなどの症状が一切見られないルーミアに心の中で悪態をつくリリス。
部屋に戻ってきてからもルーミアの調子は良さそうで、リリスはそれがどうにも気に食わない。
「明日の出発も早いのでそろそろ寝ましょうか」
「……そうですね」
そんな中ルーミアが消灯を申し出た。
まさかルーミアの口からそのような殊勝な言葉が出てくるとは思いもしなかったリリスは意外そうに返事をする。
だが、目的地の王都に向かうために次の日も馬車移動が待っている。今日一日を通してこれが意外に疲れると再認識したリリスは、ルーミアの提案には是非もない。
だが――――。
(果たしてルーミアさんは寝させてくれるのでしょうか?)
ぼんやりとした思考でふとそう思った。
ここに至るまででどれほど身の危険を感じたかを思い出して心臓が跳ねる。
そして――――抵抗は無駄というのを理解させられてしまった。
散々襲うと宣言され、実際にその予兆もあった。
まだ何も起きていないのが奇跡と思えるほどに、いつ何時も気を抜けない状況が続くが、もう気を張りつめ続けるのは疲れてしまったリリスは投げやりに考える。
(ああ……もうどうにでもなれ、です)
すべてを諦めて、受け入れる。
それこそが楽になる近道なのだと悟ったリリスは、ルーミアの顔を横目で見つめてゴロンと寝返りを打った。
分岐点はどこからだっただろうか。
そう考えたときに、記憶は本日の出来事を超えて、過去に遡る。
でも、気付いた時にはいつも、リリスの心にはルーミアがいた。
一緒に住み始める、もっと前。
始めてデートをした、それよりもっと前。
もしかしたら、もしかしなくても、もっともっと前。
思い返してみても、結局いつから心を許していたのかは定かではない。
だが、大切なのは今、心を許しているのは確かで変えられない事実ということだろう。
馬車の中で呪詛を振りまいていたルーミアにかけた言葉は正しくも間違っていた。
それを――――認めるところから始めよう。
「リリスさん、消しますよ」
「はい、お願いします」
リリスは背中にかけられた声に返事をする。
ルーミアは部屋の明かりを調節する魔道具を弄り、就寝用の薄ぼんやりとした明かりに変える。
(……覚悟を決めたとはいえ、緊張しますね)
暗くなり視覚が制限されたからだろうか。
ルーミアの一挙手一投足の奏でる音がやけに大きく聞こえる。
彼女の足音、布団に潜り込む際の布が擦れる音、僅かな吐息の音。
敏感になった耳がたくさんの情報を拾ってしまう。
リリスは心臓をバクバクさせて、耳を澄ませていた。
次にルーミアはどんなアクションを起こすのだろうか。こっそり足音を消して忍び寄ってくるのだろうか。
そんな不安と期待の入り混じる想像を膨らませていると、聞こえてきたのはルーミアの規則正しい寝息だった。
(え……? ルーミアさんが素直に寝た? そんなバカな……!)
リリスはゆっくりと身を起こし、冴えた目を凝らしてルーミアの転がるベッドを見る。
暗くてどのような顔をしているのかは分からないが、彼女の寝息に合わせて上下する胸が掛布団をほんのわずかに押し上げている。
(私を油断させる罠です。寝たふりに違いありません)
ルーミアが仕掛けてくると信じてやまないリリスは目を疑った。
きっとこれも何かの策で罠なのだと一人納得し、再び耳を澄ます。
忘れたころに彼女は牙を剥く、そう思っていたリリスだったが――――。
(おかしいです。ルーミアさんが襲ってきません……。どうしたんでしょうか? やっぱりやせ我慢していただけで具合が悪いのでしょうか?)
いつまでたっても彼女が動き出す気配はない。
リリスはルーミアの様子が心配になり、冴えた思考とは裏腹に気だるげな身体を起こした。
想定とは違う流れに困惑を隠せない。ルーミアの振る舞いが空元気だったのではないだろうか。そんな風に考えて、静かにルーミアの眠るベッドへと近付いた。
「……寝てる?」
すやすやと寝息を立てるルーミアの姿に思わず声に出してしまった。
ハッとして口元を押さえるも、ルーミアが起きる気配は無い。
ここまで来て、ルーミアが熟睡しているという事にリリスは心底驚いた。
(まったく……人の事を散々振り回して、人の心を散々弄んでおいて、自分だけ熟睡とは恐れ入りますね……。しかし……本当に気持ち良さそうです)
色々と文句をぶつけてやりたい衝動に駆られるリリスだったが、あまりにも気持ちよさそうに寝ているルーミアを眺めているとそんな気も失せてしまった。
暗い部屋だがここまで近くに来ればその寝顔もよく見える。
リリスはあどけなくも凛々しく見えるかわいらしいルーミアの寝顔に自然と頬が緩ませる。そして、無意識のうちに手を伸ばしていた。
「んっ……」
リリスの指がルーミアの顎先を掠める。
それがくすぐったかったのかルーミアはその指先から逃げるように顔を動かした。
顔を顰めて声を漏らしたがまだ起きる素振りはない。
(もう少しイタズラしてもバチは当たりませんよね?)
ここらで一つ仕返しでもしてこの胸のもやもやを晴らすのもまた一興。
リリスはルーミアの眠るベッドへと身を乗り出して、再度穏やかな寝顔へ標的を定める。
(かわいらしい鼻をつまんであげましょうか? それとも……その無防備な唇に……?)
吐息がかかりそうなところまで近付き、リリスはじっとルーミアの寝顔を見つめた。
長いまつ毛、柔らかそうな頬、小さくかわいらしい鼻、ぷっくりとした唇。どこにどんなイタズラをしようかと頭を悩ませていた。
そのため、不意に伸びてきた魔の手への反応が一瞬遅れた。
「えっ?」
突如、腕を掴まれて倒れ込むように引き寄せられる。
驚いた頃にはもう遅く、リリスはいとも容易くルーミアの腕の中に収まることになった。
(しまった……やっぱり罠だったんですね)
捕らえられたリリスは己の軽率な行動を悔いた。
ルーミアの吐息を首筋に浴び、背中をゾクゾクと震わせる。
温もりと悪寒のせめぎあいに忘れていた緊張を思い出したリリスだったが、こうなってしまってからできることはそれほど多くない。
ギュッと目を瞑って、モゾモゾと動く悪魔の囁きに耳を傾ける。
「むにゃむにゃ……見てくださいこの圧倒的な暴力ぅ……。わたし、さいきょーですぅ」
「……え? もしかして、寝言?」
「えへ、えへへへへ〜。リリスしゃん、もっとほめてくだしゃい……」
「ふふ、まったく……どんな夢を見てるんですか」
むにゃむにゃと回らない呂律で綴られた言葉は寝言と思われる。それに気付いたリリスは呆れたように笑った。
しかし、変わったのはルーミアの意識があるか否かで、リリスが身動きできないことには変わりない。
その拘束から抜け出そうともがいてみるも、優しくも力強い抱擁から脱する兆しは見えない。
「んっ、このっ、……何で寝てるのに
そうしているうちにとうとう上半身だけでなく下半身も封じられたリリスに残された道は一つ。大人しくルーミアの抱き枕に収まるしかない。
(うぅん……こんなの寝れる訳ないじゃないですか。ずるいです……。でも……温かい、です)
ドキドキと高鳴る鼓動がうるさくて、安眠とは程遠い。
だが、それに甘んじるリリスの表情は、それほど不満そうには見えなかった。
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