第112話 裸の付き合い
紆余曲折あり、やっとのことで入浴まで漕ぎ着く事ができたルーミアとリリス。
公共の浴場ではあるが現在の利用者は二人だけの貸切状態だ。身体を清めてルーミアから少し離れた場所に腰を下ろし、肩まで湯に浸かったリリスはほぅ、と息を吐いた。
視線を横にずらすとルーミアの姿がある。
ここでも何かしでかすのではないかと警戒心を持っていたリリスだったが、大人しく湯に浸かるルーミアに思わず目を丸くした。
(意外ですね……。ルーミアさんのことです。最低でも泳ぎ出すくらいはすると思いましたが……大人しくお風呂に入れるなんてえらいです。成長しましたね)
いくら貸切状態とはいえ、公共の場でのマナーがある。
そんな一般常識も守れないわんぱく少女というのがルーミアへの認識。そんな彼女の落ち着いた様子に感動したリリスはほろりと涙を零した。
しかし、そんな平穏の時間も束の間。
リリスの認識は大いに正しく、いつまでも大人しくしている彼女ではない。
何かを思いついたといった様子で声を上げ背筋をピンと伸ばした。
「
「ル、ルーミアさん? 何を……っ? ちょ、熱いですって! 私を茹で上げるつもりですかっ?」
「あ、熱かったですか? すみませんすぐに下げますね」
ルーミアの周囲の湯が沸き立つようにボコボコと音を立て始めた。ルーミアは自身の身体を魔法の媒体として使用し、湯の温度を上げようとしている。その温度変化の影響は同じ浴槽に身を沈めているリリスの方にまでやってきて、その熱さに堪らず退避を余儀なくされたリリスはキッとルーミアを睨みつける。
抗議を受けたルーミアはすぐに湧き立たせるのを止め、魔法を変更した。
「
「ちょ、バカバカバカっ! それはやりすぎですって!」
「……氷風呂も悪くないですね」
「何でそう両極端なんですか……早く元に戻してください!」
「ひっ、鬼がいる……」
風呂の表面に薄く氷が張りだしたのを見て、先んじて逃げておいてよかったを心の底から思ったリリスは悪びれもせず出来上がった氷風呂に浸かる少女を一喝した。
笑顔だが目がまったく笑っていない、高圧的な視線に縮み上がったルーミアはすぐさま復旧作業を開始した。
◇
「まったく、せっかくの憩いの時間が……」
「そんなに怒らないでくださいよ~。リリスさんが熱い湯が苦手だなんて思わなかったんですよ」
「……そもそも、利用者が他にいないからって好き勝手しすぎです。誰か入ってきてたらどうするつもりだったんですか?」
「……それは、もう逃げの一択です」
「まごうことなきクズですね。見損ないます」
「わー、嘘です嘘です。ちゃんと元に戻しますって」
復旧が終わり癒しの時間は再開したがリリスのお小言が続いた。
隣でへらへらと笑う彼女に冷たい視線を向ける。さすがのルーミアもそこまではしないと思いつつも、心を鬼にしてやってはいけない事をきちんと咎めるリリスはやや不機嫌そうに見える。
「せっかく大人しくしてると思って感心したのに……あなたはどこに行っても本当に落ち着きがないですね」
「うぅ、ガチのお説教モードはもう嫌です……」
「……私が悪い事しているみたいな気になるのでその顔はやめてください。ずるいです」
しょんぼりとした顔で俯くルーミアを見て少し言い過ぎたかもしれないと思わず口をつぐんだ。リリスはなんだかんだルーミアには甘い。彼女の悲しそうな顔を見ると何だか罪悪感がこみあげてくる。たとえ自分に非がないとしても、悪いことをしているような気がして、モヤモヤするリリスは大きくため息を吐いた。
「ルーミアさんも反省してるみたいなのでこの話はこれでおしまいにしましょう。今回は失敗しましたが、帰ったらまたやってみてください。温度調節、水風呂、氷風呂、電気風呂、サウナ、色々できますもんね」
「……また、一緒にお風呂入ってくれるんですか?」
「……襲わないなら、考えておきます」
「リリスさんっ!」
「ぎゃあああ、襲うなって言ってるでしょ! 離せバカ抱き着くなっ」
「嫌です! あと二時間は離しません!」
何もルーミアのやろうとしたことをすべて否定したいわけではない。時と場合を考えろということで、リリスは慰めるように優しく声をかける。
その言葉に顔を上げ、潤んだ瞳を向けるルーミア。
目を逸らしながらぶっきらぼうに返事をすると、真横からの衝撃がリリスを襲う。
リリスに飛びつき力強く抱きしめるルーミア。
言った傍から、といった様子でリリスは絶叫しながら身じろぎしようとするも、もはや何度目の痛感か定かではないが、ルーミアに力では敵わないことを再認識させられる。
こうなってしまったら受け入れるしかない。
リリスは重なる肌の心地よい温度を意識しないように努めることしかできない。
それでも――――。
(ああ、とても温かくて……とても熱いです)
すぐにでものぼせそうなほどに頭がくらくらしてしまうのはどうしてだろう。
ルーミアが弄ったお湯がまだ熱いからだろうか。それとも、彼女がこんなにも近くにいるからだろうか。
その理由は茹るほど顔を真っ赤に染め上げて、口元をキュッと引き締めているリリスのみぞ知る事だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます