第111話 介抱膝枕
温かくて心地いい。そんな微睡みの中に沈む少女を呼ぶ声が響く。
その声に少女――――リリスは顔を顰め、ゆっくりと目を開けた。
「あ、起きた」
「……ルーミアさん」
「はい、ルーミアですよー」
目を開けたリリスの視界に飛び込んできたのは控えめな山二つとその先に覗くルーミアの顔だった。
一瞬何が起きているか分からずにしばらくボーッとしていたが、これが膝枕であることに気付いたリリスはふと思ったことを口にした。
「以前同僚の子が胸が大きいと足元が見えないと言っていました。本当かどうか疑わしかったですが、どうやら本当らしいですね」
「こらー? 喧嘩売ってるんですか?」
「ここから顔が見えるのはそういうことです」
バスタオルで引き締められているからだろうか。普段より押さえつけられた二つの膨らみの先にルーミアの顔が見える。だがこの膨らみがこれよりも巨大だったならばどうなるか。そのような仮定の下推測を行ったリリスは一人納得したような表情を浮かべる。
寝起きがてら突如として喧嘩を売られたような気がしたルーミアはピキピキと笑顔のまま青筋を浮かべた。
思わず手が出そうになるが、意識を取り戻したリリスの意識を再び飛ばすような暴挙に出るわけにもいかない。ルーミアは何とか堪え手を押さえると、リリスが不安げに口を開いた。
「どのくらい寝てましたか?」
「ほんの数分ですよ」
「……そうですか」
「リリスさんが気を失っている間に
「多分大丈夫です。痛いところはありません」
ルーミアと共に倒れ込んだリリス。幸いにも打ちどころが悪く大きな怪我があったということもない。ルーミアの治療行為も念の為のものだった。
とはいえ、元はと言えば自分の行いが原因でこのような事態に陥った。ルーミアも多少自責の念を覚えている。
だが、それ以上に口元が緩んでしまうのは、彼女が慌てたような表情で必死に手を伸ばして――――掴んでくれたからだろうか。ルーミアはリリスの咄嗟の行動で胸が温まるのを感じていた。
「リリスさん、助けようとしてくれて嬉しかったです。ありがとうございます」
「結局何もできてないですけどね」
「リリスさんは頑張りました。よしよし、いい子です」
「子供扱いはやめてください。でも……もう少しだけ手は止めないでください」
ルーミアが倒れ込むのを阻止できなかった。それどころか一緒になって倒れ込み、不慮の事故はいえ手を出すような形になった。そして、こうして膝枕で介抱され、治療まで施されている始末だ。
物理的に手は届いたが望んだ結果には何一つ届いていない。
それを不甲斐ないと感じているリリスにルーミアは優しげに微笑んで、ゆっくりと頭を撫でた。
その際にかけられた言葉が子供をあやす様で気に食わなかったリリスは頬を膨らましてそっぽを向くが、その手の優しい温もりは受け入れていた。
「それで? 実際はどうなんですか?」
「どう、とは?」
「襲われるより襲う方が好みなんですか?」
「まだ言いますか! あれは事故です!」
「でも……手、出されちゃいました。先を越されてしまいましたね……」
「ぎゃあああ、忘れてくださいーー!!」
ルーミアは頬を染めながらニヤついた。今日という一日を振り返った時、ルーミアがリリスに迫ることはあれど、直接的に手を出したことは一度もない。
たとえ不慮の事故だとしてもルーミアの言う手出しが事実である事に変わりはない。リリスは忘れていた羞恥を思い起こされ、ルーミアの膝の上でゴロゴロと頭を転がした。
「嫌です、忘れてあげません」
「忘れろー」
「あんなに熱烈な視線で……手首まで押さえつけられて……私、ドキドキしちゃいました」
「うぅ、ルーミアさんの鬼ー、悪魔ー、ルーミア」
「はい、鬼でも悪魔でもありませんがルーミアですよー」
「巷で白い悪魔って呼ばれてるくせに」
「痛いところ突かないでください。あと……ちょっと恥ずかしいのでお腹側向くのはやめてください。あぅ、くすぐったいです……」
ルーミアの言葉責めに悶え苦しんだリリスは最終的にルーミアの腹に向く形で収まった。顔を見られたくないのか押し付けるようにしてリリスはくぐもった声をあげる。バスタオル越しに感じる吐息にルーミアは変な声を上げ、リリスの頭を掴んで引き剥がした。
「うう、見ないでください」
「顔を真っ赤にして恥ずかしがってもかわいいだけですよ。ほら、そろそろ起きてください。足が痺れてきました」
「……立てなくなるまで痺れればいいです」
「ほーら、そういうこと言わない。早くお風呂に行きたいのでさっさと着替えてください。それか……脱がせてあげてもいいんですよ?」
「っ! はいっ! 今起きました!」
「……ちぇっ、残念です」
珍しく子供のように不貞腐れているリリスだったが、ルーミアの魔法の言葉で迅速に起き上がった。据わった目で舌なめずりをする姿はとてもじゃないが冗談で言っているようには見えなかった。
背中にゾクゾクとした何かが走ったリリスは心地よかった膝枕から慌てて飛び起きた。
その様子を見て、離れた温もりを惜しむように、痺れ始めていた太ももをさするルーミアだった。
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