第122話 共同作業
各々が好きに動く。だがまったくもってお互いに干渉しない訳ではない。
特にリリスの風属性の力がルーミアの支援で強化されたことで、通常時よりも飛ばす斬撃が拡張されている。
ルーミアも自分の力でブルースライムを弾けさせるのは可能だが、今傍にはリリスという相棒がいて、彼女が効率よく倒す術を持っている。
それならば、その斬撃を利用しない手はないだろう。
「リリスさん、こっちに2発くらいください」
「りょーかいです。当たらないください、よっ」
ルーミアはリリスにサイクロン・カリバーの飛ぶ斬撃を要求する。
その声に反応したリリスは地面を二度なぞるように剣先を滑らせ、ルーミアを見ることなく斬撃を送り込む。
あとはその射線上に敵を押し込むだけで一刀両断。ルーミアはスライムを蹴り込むだけの簡単なお仕事だ。
「ルーミアさん、剣を軽くしてください」
「はいはいっと」
ルーミアがリリスに要求するように、リリスからルーミアへの要求も飛び交う。
示し合わせたかのように互いに距離を詰め、すれ違いざまに支援を施す。
得た速さを殺すことなく、互いのスペックを最大限発揮していく姿はとても息の合ったコンビだ。
「おや……いつの間にかブルースライム以外の魔物も寄ってきてますね」
「ルーミアさんが派手に暴れるせいです。謝ってください」
「ええ……どう見てもリリスさんの方が暴れてるじゃないですか。飛ぶ斬撃であちこちなぎ倒してますし、それが原因では?」
「じゃあ私にこれを持たせたルーミアさんが悪いので、やっぱりルーミアさんが謝ってください」
初めはブルースライムだけだったはずだが、ルーミアとリリスが奏でる激しい戦闘音に寄せられていつの間にか他の魔物も集まってる。
アンジェリカが率先してリリスでは荷が重い魔物を処理してくれているからか、寄ってきているのはリリスだけでも対処は可能。だが、リリスにはルーミアが付いている。
肉体的なバフだけでなく精神的なバフも獲得したリリスは剣の腕こそ壊滅的だが、視野も広がり、サイクロン・カリバーの加速の領域に至ったことで一動作にも余裕が見られる。ついには戦闘中に軽口まで叩けるほどになっている。
ルーミアはリリスの調子が上がってきた様子にクスリと笑みをこぼす。しかし、調子を上げているからこそ気を付けないといけないことがあり、それをよく知っているルーミアはリリスをきちんと気にかける。
「リリスさん、あとどのくらい戦えそうですか?」
「どのくらい……とは?」
「とぼけないでください。飛ぶ斬撃も加速も魔力を大きく消費しているはずです。リリスさんの魔力量はアンジェさんの半分とちょっとってことは普通に戦う分には問題ないと思いますが、魔剣の力をそう乱発はできないはずです」
「なるほど。初めてなのでよく分かりませんが……あと少しだけってことでしょうか」
リリスの魔力量は並み以上だが、それ以上に魔剣の強力な性能を引き出すのは魔力を要する。
剣を手にするのが初めてなリリスは、純粋な剣術では戦えない。
特に、ルーミアにほったらかしにされて余裕のなかった対面では、魔剣を振り回して、その力を頼りに切り抜けていたため、通常よりも消耗していると考えた方がいいだろう。
魔力消費に関しては人一倍鈍感であり、敏感でもあるルーミアはリリスに魔力残量が気がかりだった。
「分かりました。だったら……最後に一発大きくかまして、綺麗に終わらせましょう」
楽しい時間には終わりがくる。
それならばその終わりを惜しむだけでなく、より良いものに彩る事こそがルーミアのすべきこと。
ルーミアはバッと振り返ってドカドカと魔法を乱射しているアンジェリカに尋ねる。
「アンジェリカさん! 魔物はどれくらい寄ってきていますか?」
「もう大方片付いている。今見えているので最後の波だ」
「ありがとうございます! 私とリリスさんで一掃するので、援護頼みます」
「いいだろう。任された。私は何をすればいい?」
「とりあえず適当に水属性の魔法をまき散らしてもらって……地面から離れてもらっていいですか?」
「ふむ、分かった」
ルーミアはアンジェリカさえも戦力に組み込んでやりたいことを実現させようとする。
その内容について心当たりのあるリリスはやや困惑した様子でルーミアを見つめている。
「避難もした。好きにやってみろ」
「はい、リリスさん。抱っこです」
「ええ……やっぱりそうなりますよね」
薄々は察していた。
アンジェリカに避難勧告があって、なぜ自分にはそれがないのか。
リリスは笑顔で両手を差し出して近付いてくるルーミアに呆れたようにため息を吐き――その手を受け入れた。
「よっし、しっかり掴まってるんですよ」
「……もう好きにしてください」
瞬く間にルーミアにお姫様抱っこされたリリスは、ルーミアの首に回した腕に力を込める。
その状態でルーミアは左足を大きく振り上げて、ドンっと踏み込んで地面を揺らした。
「――――
王都に至るまでの道中。
そこでレッドバイソンの足止めをした時と同じ方法で、周囲の魔物の足を凍らせていく。
「アンジェさん、魔力障壁をください。それを足場にして跳びます」
「なるほど……ほら、使え」
「ありがとうございます! リリスさん、行きますよ!」
「え、えっ、ちょっ……」
本来ならば攻撃を防ぐために使う魔法の壁をルーミアは贅沢にも足場にして、リリスを連れて空へ駆け上がる。
陽光を背にして輝きを見せるルーミアはリリスの手を握ったまま宙に躍り出て、標的を見定める。
急に空に連れ出されて、アワアワと地上とルーミアを交互に見るリリスの手を強く握りしめ、ルーミアは笑った。
「さ、一緒にやりましょう」
「……このバカルーミア。こういうのはするなら事前に教えてくれないと困ります」
心の準備も何もなく連れ出されたリリスは屈託のない笑顔で見つめるルーミアを深緑の瞳で睨みつける。
口を尖らせて不満を漏らすが、その小さな手に安心感を覚えてしまうリリスはいつの間にか薄く笑みを浮かべていた。
「よーく狙って、全部斬ってください。足りない分は私が補います」
「……分かりました。力を貸してください」
「じゃあ、いきますよー。
「……
リリスの手元が幾度となくブレる。
ルーミアの支援で得た速さに、魔剣の加速も組み合わせて、剣を神速で振るう。
もはや何度振ったか分からない剣だが、認識が追い付かなくても振った事実は無くならない。
その数だけ解き放たれた斬撃が、雨となって地上に降り注ぐ。
緑色の光が空を斬り裂き、地面を穿ち、氷を砕く旋律を奏でた。
それで終い。ルーミアの要求通りにすべてを斬り刻んだリリスは力を使い果たしたのか瞳から深緑が消え失せ、元の綺麗な赤色に戻っていた。
そんなリリスを空中で拾い、抱き直したルーミアは労わりの声をかける。
「お疲れ様です」
「……それはもう、とても」
「ふふ、ゆっくり休んでくださいね」
耳元で囁かれる甘い言葉に、リリスは心地よさそうに目を閉じた。
それを見届けたルーミアは、なるべく音を立てないよう静かに着地を決めるのだった。
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