第123話 お楽しみ?

 王都に到着したその日はリリスにとって目まぐるしい一日となり、鮮烈に記憶に刻まれた。

 意図せぬ冒険者登録から始まった怒涛の一日。

 その最後を彩ったのはルーミアとの共同作業。そこですべての力を使い果たし眠りについたリリスが目を覚ました時、時計の針はぐるりと回っていた。


「……知らない天井です」


「あ、起きました?」


「ルーミアさん……ここは?」


「宿ですよ。アンジェさんが使ってるところを紹介してもらって、何なら部屋もアンジェさんに取ってもらいました。いやー、すごい高そうな所ですけど、アンジェさんが奢ってくれました」


 リリスがダウンしたことで、宿の手続きなどはルーミアに任される事になったが、アンジェリカの助力もあり、無事に野宿は避けることができた。

 Sランク冒険者も利用する位の高い宿にタダで滞在できることになり、ルーミアはホクホクと嬉しそうにしている。

 そう言われて部屋の様子や、たった今身体を沈めていたベッドの高級感などに気付いたリリスは、やや身の引き締まる感覚を覚える。いわゆる高い金を払って泊まることのできるスイートルームのようなものだろう。そう認識して、ベッドに腰掛けて座るルーミアをジトーっと半目で眺める。


「な、何ですか、その目は……」


「……いえ、当たり前のように同じ部屋なんだと思いまして」


 当然のように隣にいるルーミア。

 アンジェリカに部屋を確保してもらっている身としては何も言えない。

 それでも、意識のない状態で肉食色欲魔獣ルーミアと同じ部屋に放り込まれた事には若干の異議を申し立てたいリリスは頬を膨らませる。


「何ですか、そのかわいい顔は……? アピールですか?」


「違うわ!」


「では、いったい……?」


「もういいですから! ところで、今の時間って」


「朝ですよ。夜が明けて翌日です」


「結構寝てたんですね……」


「とっても頑張りましたからねー。あ、素敵な寝顔ごちそうさまです」


「……バカ」


 リリスは耳を赤く染めてそっぽを向いた。

 そんなかわいらしい仕草はルーミアを煽るだけなのだが、どうしても羞恥には抗えない。

 とはいえ、こうして宿まで連れて休ませてくれたのもルーミアだ。

 それくらいならば許してもいいだろうかとリリスは葛藤し、しばらくしてハッとして布団を捲った。


「……変な事は……されてないですね」


「さすがに勝手に脱がすのは悪いと思ったので、浄化の魔法だけかけてそのままです。綺麗にはなってると思いますが、不快感などありましたらシャワーかお風呂か行ってくださいね」


「……ルーミアさんが常識的だ……。まさか偽物?」


「本物ですっ! そういう事言うなら次から容赦なく剥きますよっ!」


「ご、ごめんなさい……」


 リリスは布団の下に隠されていた自分の身体を確認した。

 見たところアンジェリカからもらった冒険者服に変わりはなく、どこか脱がされたといった様子もない。

 意外そうな反応を浮かべているリリスにルーミアは補足説明を行い、何もしていないことを明かした。


 至って普通の対応をしてくれたことのへ感謝三割、あまりに常識的な対応をしてくれた事への驚愕七割の感情で、つい本音をこぼしてしまったリリスにルーミアは「シャーッ」と猫のように威嚇をする。

 この手の話題に関して一切の信用がないのはルーミアの自業自得であるが、普通の気遣いすらも疑いの対象になってしまうのは彼女としても本意ではない。

 その怒った姿すら冗談であるが、リリスは素直に謝罪をして、迫るルーミアから距離を取った。


 リリスに逃げられたルーミアは仕方ないといったように笑い、咳払いを一つして話を変えた。


「ところで……今日のリリスさんの予定は?」


「私ですか? 昨日はルーミアさんに振り回されて何もできなかったので、今日こそはギルドの視察でしょうか。取って付けられたようなお仕事ですが、与えられたからにはきちんとやらなければいけませんからね」


「じゃあ、私もそれですね」


「……アンジェリカさんとのお話はいいんですか?」


「アンジェさんとはリリスさんが寝てる間にお話できました」


「……私が頑張ってる時もほったらかしにしてお喋りしてましたもんねー」


「そっ、それはごめんなさいですけど……うぅ、そんなに根に持たなくてもいいじゃないですか……どうしたら許してくれるんですか?」


「別にもう怒ってないですよ。ルーミアさんはちゃんと来てくれましたので」


「リリスさん……っ!」


「ルーミアさん、お座りです。待てです」


「……私、犬じゃないんですけど」


 許しを得たルーミアが嬉しさのあまり立ち上がり、リリスへと飛びつこうとする。

 その予兆を一足先に感じ取ったリリスは、ルーミアにステイの指示を飛ばした。

 まるでペットのような扱いを受け、ルーミアは不服そうに座り込むが、しっかりと言いつけを守っているのはどことなく面白い。リリスはクスクスと笑ってルーミアを見つめていた。


「今日は私と一緒にいてくれるんですか?」


「はい、今日もリリスさんと一緒にいます」


「そうですか。じゃあ……よろしくお願いします」


「はい!」


 本日の二人の予定が定まったところで、ルーミア達は身支度を済ませ、部屋を出た。

 それと同時に隣の部屋の扉も開き、そこから顔を出したのはアンジェリカだった。


「お、おはよう。昨日はよく眠れたか?」


「はい! こんな素敵な部屋……本当にありがとうございます!」


「そうか、王都にいる間の君たちの滞在費は私が見よう。呼んだ身としてそれくらいはさせてくれ」


「ありがとうございます! お言葉にめちゃくちゃ甘えますっ!」


「それでいい」


 本来ならば遠慮する姿を見せるのが普通だが、ルーミアは一切の躊躇もなくアンジェリカの好意を受け取った。

 人のお金でいい部屋を取っているということに若干の申し訳なさを感じるリリスだったが、快適に過ごせるのなら是非もない。

 ルーミアに続いてアンジェリカにお礼を言い、頭を下げたところで――不意に耳打ちを受ける。


「ところで…………昨日はお楽しみだったか?」


「え……お楽しみ、昨日……はっ?」


「激しくするのは構わないが……これ以上は気を付けた方がいい。それか、防音の魔法をかけてやろうか?」


「ふぇっ? あっ……えっ?」


 リリスは顔を真っ赤にさせ、ぎぎぎ、とぎこちない動きで振り返る。

 そこには満面の笑みを浮かべて佇むルーミアの姿があった。

 その瞬間、リリスはルーミアに詰め寄り、彼女の胸倉を掴んでぶんぶんと前後に揺さぶった。その素早い動きは魔剣の加速を引き出した時のものに匹敵する。

 正気を失ったリリスにこれでもかというほど頭を揺らされてグロッキー状態になったルーミアはリリスとは対照的に顔を真っ青にさせて声を絞り出した。


「嘘ですよね? 嘘って言えこのバカッ!」


「嘘……です。ドッキリ……ッですから、ちょ……死ぬぅ」


「……は? ドッキリ?」


 リリスの手から力が抜け、激しくシェイクされたルーミアがどさりと床に倒れ落ちる。

 その後、この短時間で与えられた情報量に脳がオーバーヒートしたリリスもプシューと湯気を上げて倒れた。

 二人仲良く重なるように倒れた姿を見て、唯一立っているアンジェリカは心情を吐露する。


「やはり君ら……仲良しだな」


 倒れ込んでなお無意識の内に互いが互いの手を探し、いつの間にか結びついている。

 そんな二人を引き剥がさないよう慎重に部屋に押し込んで、アンジェリカは何事もなかったかのように宿を後にするのだった。


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