第149話 待ち人は来たる

 ルーミアの優勝が決まって会場は大きな盛り上がりを見せた。

 その盛り上がり方は魔法の応酬を楽しむこれまでの大会のようなものではなかったが、ルーミアの圧倒的な勝ち上がり方に盛り上がり、場がしらけるということはなかったため、想定とは異なる形だがこの大会もおおむね成功を収めたといってもいいだろう。


 だが、ルーミアの優勝という結果で大会の結果は決まったが、まだ全過程が終了した訳ではない。

 ルーミアにとっても、観客たちにとってもむしろここからが本番といっても過言ではない。

 今大会優勝者と前大会優勝者のエキシビジョンマッチが残されている。


 そのため、会場の熱はまだ冷める様子はない。

 前大会優勝者のアンジェリカの実力は言わずもがな。そして、今大会優勝者のルーミアの対魔導師特攻の能力も優勝という結果で示されている。

 そんな二人の戦いがどのようなものになるのか。その楽しみがまだ残されているため、席を立つ観客は少ない。


「優勝おめでとう」


「アンジェさん……ありがとうございます」


「お前なら来ると思っていた」


「ひとまず期待に応えられたようで何よりです」


 アンジェリカがルーミアの優勝という結果に賛辞の言葉を贈る。

 ルーミアを大会に招いた者としてアンジェリカは、彼女との再戦を心待ちにしていた。だが、ルーミアの仕上がりや他の参加者の実力、時の運。勝敗を決める様々な要素が存在し、勝負に絶対はないのだと知っているアンジェリカにとって誰がこの頂点に辿り着くかはきっぱりと明言できるものではなかった。


 それでも、待ち人は来た。

 本気の再戦を望んだ少女は、他の魔導師たちを圧倒的な力で押しのけてこの場にやってきた。期待通りにここまで来たのだ。故に、アンジェリカもまた、最高の舞台での再会に心を躍らせている。


「この後舞台の復旧と少しの休憩時間を挟んだら私達の時間だ。それまでに体力や魔力の回復に努めておけ」


「分かっています。では……またあとで」


「ああ」


 解説席で座っていたアンジェリカと違い、ルーミアはここまで連戦で勝ち上がってきている。ルーミア自身消耗を避ける戦法を取ってきてはいるが、魔法を行使しているからには少なからず魔力も減っている。


 それを回復させるための休憩時間。

 万全なアンジェリカに挑むために、ルーミアもまた万全を期す必要がある。

 そのため、長々と話し込むことはせずに、短く要件を伝えて二人は切り上げる。この場で多くを語らずとも、時が立てば二人が得意とするもので語り合える。


 すべては最高の時間を共に過ごすために。

 二人の魔導師は最善を尽くす。


 ◇


「ほら、頑張って飲み干してください」


「うぇ……これ以上はもう入りません」


「入ります。早く飲まないと吸収されないですよ」


「あっ、自分で飲みますからぐいぐいやらないでください。まずいの過剰摂取で死んでしまいます」


「死にません」


 控室に戻ったルーミアは、リリスに介護されている最中だった。

 当たり前のようにリリスの膝に座るルーミアは口元に運ばれる魔力ポーションを必死に拒んでいる。リリスの手で飲ませてもらうことで幾分か拒否感を軽減できるかと思いきや、やはり魔力ポーションはルーミアにとっての天敵。中々飲み干すことができずに時間だけが過ぎようとしていた。


「アンジェリカさんと戦うんですよ。そんなていたらくでいいんですか?」


「……うぅ、ダメですけど……せめて何かご褒美を……」


「はいはい、分かりましたから頑張って飲んでください」


「……頑張ります」


 休憩時間が設けられているとはいえ、観客たちの熱が冷める前に最後の大一番を行う関係上いつまでもグダグダと無駄な時間を過ごしていては、万全とは程遠い状態でアンジェリカと相対しなくてはいけない。そのため、魔力を回復させるために魔力ポーションをなんとかして飲み切らなければいけないのだが、ルーミアは本日の中で一番の苦戦を強いられているといっても過言ではない状況で苦しそうにうめいている。


 リリスに発破をかけられてなんとか頑張ろうと試みるも手が震えて怖気づいてしまう。その震えを押さえ込むためにルーミアはリリスへとご褒美を要求した。

 回復アイテムを服用した暁にご褒美が必要とはいったいどういう事なのだろうかと疑問が湧き上がるリリスだがもはや口にする事はない。ルーミアという少女への適応力ならば右に出るものはいない。


 ご褒美を授けてあげるだけでルーミアがすすんで回復に努めてくれるというのならばむしろ安いものだとすら思っている。そのためリリスは間髪入れずにその要求を了承した。


「うっ……ぇ、っ……の、飲みました」


「はい、よくできました。えらいですね」


「えへへ」


 嫌いなものを食べることができた子供を褒めるかのように甘やかされるルーミアは苦虫を噛み潰したような表情から一変させ、天国に辿り着いたかのような安らかな笑顔を浮かべる。


「ルーミアさんが魔力消費を抑えた戦い方をしてくれたので一本で済みましたが、もっと魔力を消費していたら二本目もあったかもしれないですね」


「考えたくもないです」


「でも、さすが有言実行です。ちゃんと優勝して、アンジェリカさんとの再戦を実現させて、ルーミアさんはすごい人です」


「ありがとうございます。このために王都まで来たんですからね。もちろん優勝で満足するつもりはありません。アンジェリカさんもしばき倒してみせます」


「豪語しますね。でも、楽しみです」


「はい。楽しみにしててください」


 リリスは後ろからギュッとルーミアを抱きしめる。

 自惚れでなければ、こうしてあげることでルーミアの元気をチャージできるはずだと思っての事だ。

 背中に伝わる柔らかくて暖かいぬくもりにルーミアはとてもリラックスした様子でくつろいでいる。わざわざ言葉にして要求しなくても、してほしいことをしてくれるリリスに心がキュンと高鳴るのを感じて、ルーミアは頬を緩めた。


(本気のアンジェさんを……超えてみせます)


 待ち受ける最難関。

 それを超えるために、今は英気を養う時。

 ルーミアはエキシビジョンマッチが始まるまでの時間をリリス式充電にあてて、激戦に備えて可能な限り力を蓄えるのだった。

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