第150話 同じ世界へ
各自の準備時間が終わり、この絶好の舞台の主役二人が顔を合わせる。
解説席からアンジェリカが出てきているという事で解説役がいなくなっているが、ここまでくると実況と解説の言葉はもはや不要だろう。元より、ここに至るまでのルーミアに実況解説が機能していない時がしばしばあった。それでも盛り上がりを見せているため、言葉が無くても問題はない。
むしろ、このカードの戦いに言葉を挟む方が難しいだろう。
かたや、この場にいるものなら言わずと知れた最強魔導師アンジェリカ。この大会のメインではないが、その知名度故に彼女を見ることを目的として足を運んだ者も多くいるだろう。
そして、優勝という結果で実力を示して、このエキシビジョンマッチまで駒を進めた異端の白魔導師ルーミア。彼女の知名度ももう十分引き上げられている。
この二人の戦いを言葉でどれだけ表すことができるのか定かではない。ならば、あとは黙って見守るのみだ。
「どうだ? 万全に準備してきたんだろうな?」
「もちろんです。アンジェさんこそ解説席で座っていて身体が鈍っているとかやめてくださいよ」
「なに、問題ない。むしろ私はお前の戦いぶりを見させてもらっていた側だ。私の想定を超えてくれないとお話にならないぞ?」
ルーミアのこれまでの戦いは当然アンジェリカも観測している。もちろん温存していたルーミアだが、ある程度の情報は与えてしまっている。
その想定を超えて、初めて五分の勝負として成り立つ。大会参加者と同じと思われて同様の戦法を取られるようなことがあれば興醒めだと告げるアンジェリカにルーミアは強気に笑った。
「そろそろか」
「はい。胸を貸してもらいますよ」
「ははっ、言葉と表情がまるで合ってないな。だが……そうでなくては」
強者との戦いで何かを得る。負けて上等。そのような口ぶりをしながらも、ルーミアの殺気立つ表情は負ける気などさらさら感じられない。
だからこそ、心躍る。
勝ちを純粋に追い求め、互いのすべてを絞り出す熱く燃え上がるような試合。それこそが、二人の望んだ最高の舞台。
互いに自然体で見つめ合う。
どちらも準備万端で開始の合図を待ち、神経を研ぎ澄ませている。
そして、開始の合図と同時に、アンジェリカがルーミアに向けた指が激しく火を噴いた。
「っぶな!」
アンジェリカがどのようなパターンで仕掛けてきてもいいように出方に全神経を注いでいたルーミアだったが、想定とはやや外れた攻撃に驚きを見せる。
ルーミアの視界を二つに割ったそれはさしずめ極大のバーナー。それを横なぎに振り回され、ルーミアは大きく回避行動を取ることを余儀なくされた。
咄嗟の回避に跳び上がってしまいそうになるのを堪えて、ルーミアは地面を転がるようにして火炎放射の下を潜り抜ける。空中に躍り出てしまえばルーミアに回避する術が無くなる。そんな隙をアンジェリカが見逃すはずもなく、容赦なく撃ち抜いてくるだろう。
だが、一度躱しただけで安心するにはまだ早い。
やり過ごした火炎の一閃が切り返してルーミアの背後から迫りくる。この火炎をただ避け続けているだけでは埒が明かないと判断したルーミアは取るべき対処法を変更した。
「
幸いにも舞台は広い。
ルーミアの機動力を持ってすれば、その火炎から逃げながら円を描くようにアンジェリカへ接近することが可能だ。
しかし、ルーミアがそう来ることは読めていたのだろう。また、その火炎を振り回すより、ルーミアの移動速度の方が早く、その背中を捉える事は難しいと判断したアンジェリカもまた対処法を変える。
「足を止めてくれると助かるのだが」
「嫌ですよ。そんなのいい的じゃないですか」
「……いや、ここから先は通行止めだぞ」
アンジェリカの指先が高速で動くルーミアのやや前方に向く。その直後、ルーミアの足元を激しく抉り、鼻先を掠める風の魔弾が通り過ぎた。
「そうやすやすと近付かれるのは困るんだ」
(鋭い……っ)
アンジェリカのスタイルは敵を近付けさせずに弾幕でコントロールし、一方的に穿つ超攻撃的なものだ。そういった意味では今まさにルーミアの動きはアンジェリカの手によってコントロールされていると言ってもいいだろう。
アンジェリカの想定から外れた一手を用意できなければ先を読まれる。
ただ闇雲近付こうとするだけでは通用しない。
しっかりとルーミアの動きを追えて、その上で対抗策も打ってくる。一筋縄ではいかない事にルーミアはどうしたものかと考える。
「
攻略法はまだ定まらないが、一つだけ確かなのは、完全に足を止めた瞬間に穿たれるということだ。ルーミアの高速移動にも匹敵する風属性の速射を見せられた今、僅かでも気を緩めることは許されない。
初手の火炎放射は虚をつかれたが、アンジェリカは線の攻撃よりも点の攻撃が真骨頂。ルーミアの視界を埋めつくさんとして、色とりどりの魔弾が煌めく。
ルーミアほどではないにしろアンジェリカもまた魔力強者だ。そんなアンジェリカの指先から放たれる魔弾は絶大な威力を誇る。
どれも直撃したらひとたまりもない夥しい弾幕の雨だが、ルーミアは視界に入るそれに即座に優先順位を付ける。
(風……と雷っぽいのはやばいかな)
かつて昇格試験の際にも見せられ、先程もまた再認識させられた風属性の速射。今でこそ分かりやすく指先を向けるという予備動作を残してくれているが、その気になればノーモーションでいつでも狙えると言うことをルーミアは知っている。
故に、アンジェリカの一挙手一投足は見逃せないが、そればかりを信じ続けるのも悪手。指先が示す攻撃方向をあてにしてはいけないのだ。その指先の示す先に視野を奪われてしまったら、それこそ認識すらできずに蜂の巣にされてしまうかもしれない。
「結局、やることはこれまでと変わりませんけど……ねっ!」
避ける。避ける。撃ち落とす。避ける。そして駆ける。
ルーミアはインファイター。結局近付かなければ何もできない。
どれだけアンジェリカがルーミアの接近を拒もうと、ルーミアにはそれしかない。
「
冷気を纏う足を地面に踏み込む。
そこを起点としてパキパキと冷気が地を這い、凍り、ゆっくりとアンジェリカの足元へ迫る。
「足元からか。悪くないが……そんな薄氷じゃどうにもならんぞ」
アンジェリカの指先が蛇のように忍び寄る氷に向くと、次の瞬間それらはすべて焼き払われた。だが、本命はこれじゃない。
アンジェリカの魔法を攻撃ではなく迎撃に使わせれば、一瞬でも弾幕が薄くなる。
その隙間を掻い潜ることがルーミアの目的。
「
纏う氷属性を雷属性に切り替え、雷鳴を轟かせる。
雷が落ちたかのような衝撃を放つ踏み込みと共に、ルーミアは一気にアンジェリカへと肉薄する。
この加速にはいくらアンジェリカと言えどもついてはこられない――などとは思わない。だが、アンジェリカより一瞬早ければそれでいい。懐に潜り込むのが僅かでも早ければ、ルーミアの間合いに持ち込む事さえできればそれでいい。
(いける、とったっ)
この勢いのままいけば届くそう思ったのも束の間。
ルーミアの視界は一瞬で弾幕で埋め尽くされた。ここにきて警戒していたノーモーションの弾幕生成。そして、ルーミアの動きを誘導して、十分に引き付けてから一気に放たれた凶弾。ルーミアを迎え撃つには十分だった。
思えばアンジェリカは得意なスタイルで戦いながらも、ルーミアへ有効な攻撃を要所要所で織り交ぜている。
ルーミアは機動力と回避能力がずば抜けて高い。そのため、ルーミアに攻撃を当てるためには、ルーミアの行動を予測する、もしくは誘導するということが必要になる。
だが、それは点の攻撃ならの話。
アンジェリカが織り交ぜる線や面の攻撃はルーミアの機動力を持ってしてもどうにもならない事も多々ある。
回避が可能なのは躱す空間が僅かでも残されていてこそ。それらを埋め尽くす面の攻撃は、タイミングよく決まれば対処不可能な攻撃になる。
ルーミアはアンジェリカに向かって加速しているが、それを阻むように風属性の速射が迫る。それは点ではなく面。回避行動を取れない。
「
纏う冷気が熱されて、水蒸気となって視界を埋め尽くす。
どうせ攻撃を受けるのなら受けた後の無防備な状態を隠してしまう方がまだ得策だと判断したルーミアは、アンジェリカの視界を奪った。
魔力感知で居場所を探るつもりならそれでもいい。その一瞬さえあれば立て直せる。
さらに撒き散らした熱で風を浮かせる事で、ルーミアに着弾する弾を少しでも減らす狙いもあった。
「ぐっ……何とか……ギリギリ」
頭を守って地面を二度、三度跳ねたルーミア。穿たれた身体の節々が痛むが、意識さえ刈り取られていなければまだ戦える。
即座に回復魔法で肉体を万全な状態にして、立ち込める煙の中揺らぐ影を捉え、狙いを定める。
「
ゴッ、と吹き荒れる風で立ち込める白い蒸気を払いながら、ルーミアは目にも留まらぬ速さでアンジェリカと思わしき影に突撃した。
そして――ようやく拳が届く。そう思ったルーミアの手は、無情にも空を切った。
「なっ……?」
「……これを使うつもりはなかったが……やはりお前と張り合うには速さが必要だな」
「ま……さか」
「そうだな。お前風にいうのなら……
ルーミアの一撃を躱したアンジェリカは、いつの間にルーミアの背後に回り込んでいた。その際にブレた影の動きはルーミアもよく知る動きで、アンジェリカの解説で疑問は確信に変わる。
「まったく……それ、ずるくないですか?」
「なに、ただの加速魔法だ。魔法だから何も問題はない。さ……第二ラウンドといこうじゃないか」
ルーミアへの対抗策。
その切り札を最高のタイミングで披露したアンジェリカに、ルーミアは困ったように乾いた声を漏らす。だが、アンジェリカの手札を一つ引き摺り出したことも事実。楽しい時間はまだ終わらない――そう意気込んで、ルーミアは獰猛な笑みを浮かべた。
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