第151話 移動砲台

 アンジェリカが対ルーミアを想定して用意していた秘策が炸裂した今、戦況は一気に分からなくなった。

 ルーミアと同じ速さの領域に足を踏み入れたアンジェリカはもはや隙が無い。アンジェリカの基本戦術である相手を近付けさせない戦い方だけでも手を焼いていたルーミアだが、加速という切り札によって近付くことが困難になり後手に回る。


「そんな強引な重ね掛け……どこで覚えたんですか……っ?」


「……今私の目の前で翻弄されている白髪の小柄な少女だな」


「教えた覚えはないんですけどね……っ」


「盗ませてもらったさ。消耗は激しいが……戦況を覆す一手にはなるな」


 これがただの加速ならばまだよかった。

 だが、アンジェリカという魔力強者が繰り出す重ね掛けの加速は至高の領域に達している。そこに至るヒントを自分から得たというのを嬉しく思う反面、今の状況は喜んでいられるものではない。


 これはいわば魔力の暴力。

 魔力強者にのみ許された、強引な魔法行使。

 そんなスマートは程遠い一手をアンジェリカが取ってくるとは思いもしなかったルーミアだが、いざ使われて納得し思い出した。アンジェリカもまた魔力強者。魔力という力の源を惜しみなく使うことが許されている魔導師であると再認識し、その加速の恩恵の大きさを思い知る。


 ルーミアの生み出す速さと本質が異なる速さ。

 それを手にしたアンジェリカに対するルーミアの評価は移動砲台だった。


(まずい……? 攻撃の出処が読めなくなった)


 これまでルーミアがアンジェリカの魔法を回避することができていたのは、魔法の起点がアンジェリカであるという前提があったからだ。

 どれだけ速い魔法も、初めはアンジェリカの近辺で生成される。だからこそ速射であっても軌道さえ読めれば反射神経で躱すことができていた。


 だが、今のアンジェリカはルーミアの視界から外れるように高速で動き回る。

 その上で直撃したら一たまりもない強烈な魔法をドカドカと撃ち込んでくる。まさしく移動砲台。そんなアンジェリカの猛攻にルーミアは苦戦を強いられていた。


「考え事か?」


「……っ、ちょっとは手を緩めてくれないですかね」


「それはできない相談だ。あいにく、こちらも余裕がないんだ」


 ルーミアからすればただでさえ強いアンジェリカがさらに手を付けられなくなったものだ。だが、それでもかろうじて対応できるのはルーミアもまた同じ速さの領域にいるからだろう。


 そして、本来ならば切り札を切った時点で勝負を決める心づもりだったアンジェリカはクールに振舞う裏では焦りを抱え始めていた。

 ここまでしてようやく同等。普段からルーミアがどれほど強引で無茶苦茶な魔法行使をしているのかとアンジェリカは舌を巻いた。

 魔力消耗の激しさもさることながら、魔法や肉体の制御にもかなりの意識を割かなければいけない。これを日常的にやってのけるルーミアがどれだけおかしいことをしているのかと、いざ同じことをやってみたアンジェリカは感心した。


(速さは強力な武器だ。だが……無敵の力じゃない。ここまで扱う者の器量が試されるとは……)


 アンジェリカの姿がブレる。すかさずルーミアの背後に回り込んで、風属性の速射で無防備な背中を撃ち抜こうとする。

 だが、背中に目が付いているかのような反応速度で振り返ったルーミアの拳が魔法を叩き落した。


 そして、その勢いのままアンジェリカに迫る。

 アンジェリカは無秩序に魔法をばらまいてルーミアの行く手を塞ぎながら距離を取って立て直す。


「……やっぱり」


 それをやり過ごしながらルーミアは一つの仮説を立てる。

 その仮説を裏付けるために、ルーミアはアンジェリカが再び視界から消えるのを待った。


「様子見とは……余裕だな」


「いいえ、そうでもないですよ」


 アンジェリカの姿が消えると同時にルーミアも姿を掻き消す。

 そして、移動したはずのアンジェリカに肉薄するルーミアは確信した。


「なっ……んだと」


「単調ですね。小回りが利かないと見ました」


 アンジェリカの加速は確かに速い。だが、その速さを生むために動きは単調で読みやすい。挙動さえ捉える事ができればどのような軌跡を描くかは容易に予想できる。それに合わせて動けばルーミアはアンジェリカに近付くことができる。


 だが、アンジェリカの移動先を予測できたとして、彼女の放つ魔法に被弾することは許されない。だからこそ、距離を詰めすぎる事はルーミアにとってリスクある行動なのだが、これもまたルーミアの予測の範疇。


「加速も単調……攻撃も単調ですね。いくらアンジェさんといえど、同時に制御するのは難しいですか?」


 攻撃から多彩さが失われている。

 加速が生み出す恩恵は大きいが、無条件で行使できる力ではないと見抜いたルーミアは、アンジェリカがばら撒く魔弾を躱しながらどう動くべきか考える。


(魔力量の差で根競べは私に分がある。重ね掛けの加速でがっつり魔力を消費しているだろうし、退き気味に戦えばどこかで魔力は尽きる。でも……)


 結局、魔法は魔力がなければ発動できない。

 今のアンジェリカが高速移動砲台なのも、彼女の魔力をふんだんに使用しているからこそ成り立つ時限式の強化形態。


 故に、強化形態が終わるのを待つのが最適解。

 だが、そんな消極的な戦い方で得られるものがあるのか。

 真に楽しめたと胸を張って言えるのか。

 わざわざ王都までやってきて、念願の再戦を実現させて、そんな呆気ない終わり方を望んでいるのか。


 己の胸に問いかけたルーミアは首を横に振った。


「全部ぶち抜く。そうやって勝たないと意味がありません。身体強化ブースト――十重ディカプルッ!」


 勝つなら全身全霊を持って、すべてを打ち破る。

 出し惜しみは無しだとルーミアもまた切り札を宣言し、アンジェリカとの真っ向勝負を選んだ。

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