第152話 越える時
アンジェリカと真っ向勝負をするために、ルーミアはついに
だが、すべてにおいてプラスに働くわけではない。
まず第一に、魔力の消耗が激しい。いくらルーミアが恵まれた魔力強者であっても、これほどまでの強引な魔法行使は長くは持たないのは容易に想像がつく。
次に、身体性能の変化にルーミアがまだ慣れきっていないという弊害もある。強力な強化であるほど長時間の継続使用は難しくなり、それに伴って感覚の変化を体に覚え込ませる特訓も頻繁には行えない。
ルーミアも魔力を溜め込んで更なる
それでも使用したのはアンジェリカの思いに応えたいという強い気持ち。そして、今こそ越える時なのだと自らを奮い立たせるためでもある。
「さぁ……決着をつけましょう」
「ああ……こいっ!」
互いに切り札を使用し、消耗度外視で相対する。どんな結末が訪れるにせよ、決着はつくだろう。あとはと望む結末へと天秤を傾ける真っ向勝負。睨み合い――二人は同時に仕掛けた。
「っ!」
「速いっ……だがっ、まだ見切れるぞ」
ルーミアはアンジェリカに近付く必要がある。彼女が大好きと謳っている暴力が有効な距離に持ち込むことが第一前提。だが、それを易々と許すアンジェリカではない。
確かにルーミアは切り札を使用したことで神速の領域に足を踏み入れている。だが、アンジェリカが同じ領域にいるのも変わらぬ事実。ルーミアの高速移動を牽制することが可能な魔弾を操る事もさることながら、彼女自身も重ねた加速の魔法でルーミアのスピードについていく事ができる。
二発、三発と魔弾をルーミアに向ける。
その魔弾は着実にルーミアへと照準を合わせてきている。今は残像を穿つのみならず、ルーミアの髪や衣服を掠める事も珍しくなくなっている。
「その程度では……怯みません……っ!」
必殺の魔弾は警戒こそ必要だが、過度に恐れる事もない。
どれだけ強力な魔法も、当たらなければダメージは発生しない。ルーミアはこれまで鍛え上げてきた自身の回避能力を信じている。
だからこそ、足が竦んでしまいそうな場面でも、勇気の一歩を踏み出せる。
加速を手にしたアンジェリカの前で足を止めるのは愚策もいいところ。ルーミアもまた着実にアンジェリカへと肉薄して、己の間合いに近付けている。
「これならどうだ?」
後退しながらアンジェリカの指先が微かに光る。
ルーミアが少し首を傾けるとぶわりと風が通り抜けて髪の毛がパラパラと散った。
迫りくる魔弾を最小限の動きで躱し、時には叩き落とす様は、確実にアンジェリカの攻撃を見切り始めている。
「
氷結を纏い、最短を駆ける。
アンジェリカを掴まえるためには、魔弾の雨に飛び込むことも意に介さない。
氷結で縫い留められることを嫌ったアンジェリカは、迎撃の勢いをさらに強める。
「
「舐めるなっ! それはもう、知っているぞっ!」
「以前と同じだと思われているなら……心外ですっ!」
目には目を、歯には歯を。加速には加速で対抗するために、ルーミアは己の持つ魔法組み合わせのパターンの中から、もっとも速さに秀でた組み合わせを発動した。
それを受けてアンジェリカは冷静さを保ちながらも少しばかり落胆した。その選択はアンジェリカにとっては予想外の期待外れだった。
かつて、ルーミアの冒険者ランク昇格試験にて、アンジェリカはその技を一度見ている。だからこそ、初見殺しは通用しない。アンジェリカはそう考えているだろうが、実際はそうではない。
以前とは
「……っっ、らぁっ!」
ルーミアは咆哮のような叫びと共に、アンジェリカの視界から一瞬で消えた。
それはアンジェリカも分かっている。だからこそ、攻略の糸口はそこに見出せる。
いくら姿を消したように見えたとしても、実際に消えたわけではない。目視されないほどの速さで駆けているだけ。見えていなくても存在はする。
「これなら外さないだろう」
ルーミアの動きだしはギリギリ捉えていたが、完全に速さに乗った時、アンジェリカですらその軌跡を見失った。だが、地に足を付けて、駆けている。それを知っているアンジェリカは全方位に向けて、同時に弾幕を放った。
特に前方と後方に厚く、それでいて他の方向からルーミアが突撃してきても必ず迎撃が成功する。逃げ場があるとすれば空中だが、ルーミアに空中機動はない。もし空中に逃げるのなら、そこをじっくり狙い撃ちにすればいい。どちらにせよ、ルーミアが
(手応えがない……?)
ルーミアが爆発的な加速で近付くということは、アンジェリカが放った魔法に被弾するのも相対的に早くなる。だが、アンジェリカの魔法がルーミアを穿つ手応えはない。
それこそ、アンジェリカの魔弾は彼女を中心に舞台すべてを覆いつくすかの勢いで放たれた。逃げるとしたら空中。だが、それもアンジェリカが用意した逃げ道。せっかくの機動力特化の魔法を施して、その恩恵を捨てるなんてことはしないだろう。素早く目線を動かし、ルーミアの位置情報を捕捉しようとするアンジェリカだったが、ふと影が差した。
「そこか……っ!」
アンジェリカの頭上後方から揺れ動く影、そこに向けてアンジェリカは振り返ることなく魔弾を乱射した。ボッと何か貫く音がする。だが……それは人を穿つものでなかった。
「どうも、こんにちは。惜しかったですが……そっちははずれです」
「……どうやって?」
「特別なことはしていませんよ。アンジェさんの魔法が展開されるより先に、その内側に潜り込んでいただけです」
アンジェリカは困惑の表情を浮かべて、答え合わせを求めた。
それに応じたルーミアは、取った行動を説明した。
アンジェリカはルーミアを迎撃するために全方位に魔法を放った。それは上から見れば彼女を中心に描く魔弾の円だった。それが完成するよりも先に、ルーミアはその円の内側に到達していた。そして、コートを脱ぎ、アンジェリカの背後に分かりやすく投げ、それに反応した隙を突いてあえて正面に回り込んだ。
単純明快。圧倒的な速度が織り成す、ルーミアならではの力技だった。
「そうか……それほどまでに速かったのか。速さで張り合おうとしたのは……失敗だったみたいだな」
「そうでもありませんよ。私の魔力をほぼすっからかんにできたのですから」
アンジェリカはいつの間に目の前に姿を現したルーミアに抱き着かれていた。ご丁寧に足元は凍らされており、切り札の加速も封じ込まれた。そして、当然強化されたルーミアの腕が回されているため、逃げることもできない。纏う紫電をバチバチと迸らせる様子は、どこか既視感を覚える。
「以前と同じやられ方をするとは……不覚だ」
「まだ手があるなら使ってもいいんですよ?」
「ふっ……あいにくだが、こちらもすっからかんだ」
「そうですか。では……一応聞いておきますが、
「……いや、遠慮しておこう。君の勝ちだ」
かつてのやり取りをなぞるようにルーミアはアンジェリカに抵抗の意思があるかどうか尋ねた。この距離ならルーミアに分があるとはいえ、アンジェリカも一矢報いようと思えば、何かしらできる。
だが、すべてを出し切った上で付けられた決着に、水を差すようなことはしなかった。
その敗北宣言と、ルーミアを褒めたたえる言葉があり、会場がシンと静まりかえる。
その数秒後、大会一番の盛り上がりと共に、会場が激しく湧いた。
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