第153話 終わりの始まり

 その後、無事大会は閉会した。

 本音を言うのならばすぐにでも控え室に戻りたいルーミアだったが、大会優勝者へのインタビューやエキシビジョンマッチの感想受け答えなどで、アンジェリカと共にあちこち引っ張りだこだった。


 それらをすべて終えて、ルーミアはややぐったりとした様子でとぼとぼ歩いて控室に向かっていた。その隣を歩くアンジェリカもやや疲労が窺えるが、ルーミアと比べると比較的マシに見える。このワンシーンだけ切り取ってみると勝敗が逆転しているかのようにも思える。


「しかし……アンジェさんも思い切ったことをしましたね。私を封じ込める方向で動くのではなく、同じ土俵で戦ってくれるとは……」


「君のトップスピードと反射神経は侮れないからな。対抗策の一つとして用意していたが……使わずに済むならそれが一番だった。まぁ、使った上でそれも通じなかったわけだが」


「ふふん、昇格試験の時にあえて見せた技で挑んだのが功を奏しました」


 ルーミアがアンジェリカを下すことができた要員の一つでもある、進化した技の使用。アンジェリカに知られているからこそ、過去の時点でのワザとのギャップがいい方向に作用した。

 アンジェリカとしても油断しきってしまうということはなかったが、ある程度技スペックの上限に見切りをつけていたのだろう。その予測が想定外を誘発させて、アンジェリカの動揺を誘ったのもルーミアにとっては僥倖だった。


「だが……最後のはよくなかったな」


「最後? 感電抱擁エレキ・ハグですか? あの距離までいったらあれで詰めるのが一番だと思ったのですが……」


「そんなほいほい誰にでも抱き着いていたら……リリスが嫉妬してしまうぞ?」


「あっ……えっ、やばいですかね?」


「……ああ、やばいな」


 ルーミアが決め技として選んだ感電抱擁エレキ・ハグはその名の通り、相手に抱き着いて動きを封じながら、付与エンチャントサンダーで纏った雷属性を密着した相手に流し込む技だ。雷属性を流すだけならば別に密着の必要はないが、全身を使って効率よく感電させるといった意味では、抱き着きも合理的な行為。


 だが、それは攻撃手段としてであって、それを快く思わない者がいるかもしれないという考慮は一切されていない。


 特に、アンジェリカはリリスがルーミアに送った髪飾りに込められている意味についてなんとなく察しがついている。そのことも引き合いに出して、ルーミアの慌てふためく姿を楽しんでいるのは、試合でしてやられた意趣返しでもある。


「……ふぅ、落ち着くんです。とりあえず入ったら土下座しましょう」


「結局怒られるのか」


「……分かりませんが一応謝っておきましょう。アンジェさんも一緒に謝ってください」


「……仕方ないな」


 アンジェリカのからかいによって、ルーミアは初手謝罪の一手を決め込んでいる。そうするように仕向けてしまった責任からアンジェリカは渋々頷いた。

 心の準備をしながら控室に向かい、ようやく待ちに待ったリリスとのご対面だ。

 褒めて、好きなだけ甘やかしてくれるのか。それともアンジェリカが叩いた軽口のようにお怒りのリリスが控室にいるのか。


 そんな期待と不安が入り混じる揺れる心情を抱えて、ルーミアは恐る恐る自身に割り振られた控室の扉を開けた。


「え…………」


 元々想定していたのが天国と地獄だとするのなら、ルーミアの視界に映りこんだ光景はそのどちらでもなく――むしろ、地獄であった方がまだマシであった。


「な、なんですか……? リ、リリスさんっ? リリスさんはどこですか……っ?」


「落ち着け、何があった? これは……酷いな」


 ルーミアの慌てように、アンジェリカも中を覗き絶句した。

 予選通過者に与えられる控室は、休憩などにも使われるため、それなりに設備が整えられていた。だが、彼女達が目にしている部屋の光景は、一言で言い表すならば無残。


 そこにリリスの姿はなく、もぬけの殻。

 それだけならば少し席を外しているだけという可能性も考えられるが、控室の酷い荒れ様がその可能性を除外する。リリスだけでは到底起こりえない惨劇を目の当たりにして、ルーミアは酷く混乱していた。


「ふむ……この部屋に防音の魔法がかかっている。これでは部屋の中でこれほどの事があっても外には気付かれないだろうな」


「防音……魔法? リリスさんはそんな魔法使えないはず……」


「だとするとやはり第三者が関わっているな。防音魔法は比較的安価なスクロールも売っているから、使ったのが大会参加者の魔導師とは限らないが……他に手掛かりはないか?」


 酷く慌てていたルーミアだが、冷静に状況を見るアンジェリカがいてくれたおかげで次第に落ち着きを取り戻し始めた。

 ここで取り乱して嘆いていても情報は好転しない。そういう意味でもルーミアが一人でなかったのは幸運だった。


「見たところ戦闘があった形跡ばかりですが……これはっ、私達がお揃いにしている髪飾りです」


「お前もリリスもそれは大切にしていた。落としたことに気付かないなんてことはない。何者かと戦闘になり、その際に落としたと考えるのが妥当だな」


 ルーミアが真っ先に見つけたのは、無造作に床に転がっていた小さなアクセサリー。それはルーミアにとっても、リリスにとっても大切なお揃いの髪飾り。その片割れである白い髪飾りをルーミアは優しく拾い上げる。


 その髪飾りに込められた想いは並々ならない。故に、不注意で落として、そのまま放置しているというのは考えづらい。この小さなアクセサリーも状況を限定付ける要因になるとアンジェリカは判断した。


「この斬撃のような跡……この前見た魔剣のモノに似ている気がするな」


「何者かが押し入って、リリスさんが応戦したということでしょうか? あ……このソファに刻まれた跡……もしかしたら文字?」


「簡易ベッドの下から白い鞄が出てきたぞ。これはお前のバッグだな?」


「はい、そうです。アンジェさん、これ読めますか?」


 ルーミアが倒れていたソファをひっくり返すと、腰掛ける部分に不自然に刻まれた跡がある。そして、アンジェリカが物色していた休憩用の簡易ベッドの下からはルーミアがリリスに預けていた白いマジックバッグが出てきた。


「これは……斬撃で刻まれているから読みにくい……が、『アレン』と書いてあるようだ」


「アレン……ッ!」


「落ち着け。その怒りはまだ取っておくんだ。リリスがここまでして繋げてくれたんだ。お前を信じているから、犯人の名を残し、お前の鞄を守るように隠したんだ。その信頼を裏切るんじゃない」


「……はい、すみません。ありがとうございます」


 読み上げられた名を聞いて激昂しそうになったルーミアだったが、即座にアンジェリカに咎められた。リリスがいないことから連れ去られたとみるのが自然だろう。だが、リリスはルーミアのためにできる限りの抵抗を残していた。


 バレないように名を刻み、分からないようにひっくり返した。

 そして、ルーミアが疲弊して戻ってくることを考慮して、魔力ポーションや予備の魔力結晶などが入っているバッグを隠した。それは咄嗟に起こした行動にしては、十分すぎる抵抗だっただろう。


「少し待て。すぐに魔力を回復させる。お前もちょっとでも回復に努めろ」


「分かっています」


 ルーミアはリリスが残してくれた鞄を漁り、魔力ポーションを取り出し、いくつかをアンジェリカに渡した。

 激戦の甲斐もあり、今は互いに空っぽの状態。そんな状態では何も為せない。

 それらを一切の躊躇なく呷り、ルーミアは力強く呟いた。


「リリスさん、必ず助けます」


 その誓いと共に、白い薔薇の髪飾りをギュッと大切に握りしめた。


 ◇


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