第49話 食後の薪割りチョップ
「ふぅ、いっぱい食べました。お腹いっぱいですよ」
「ルーミアさん、いい食べっぷりでした。美味しそうに食べてくれるので見ていて気持ちよかったですよ」
「……なんか恥ずかしいです。でも本当においしかったので、これからも通いたいです」
メニュー表を見ることもなくどんな料理があるのも知らぬまま次々と運ばれてきた料理。ルーミアは困惑しながも食べた。どれも絶品でルーミアの手と口は終始忙しかった。
そんな様子をまじまじと見られていたことにやや羞恥心を覚えるが、料理は本当においしく大満足だった。
普段外食もあまりせず、食に対するこだわりなどもないルーミアは当然キリカの両親が営むこの定食屋も知らなかったが、とても気に入ったためまた来ることを心に決めた。
「いつでも来てください。親も喜びます。もちろん……私も」
「はい、絶対」
「……ルーミアさんにつられて私も少し食べすぎちゃったみたいです。ちょっと食後の運動がてら今日のノルマでもやってきます」
「今日のノルマ? よく分かりませんが私も行きます」
食後の軽い運動に立ち上がるキリカ。
ノルマが何なのか気になったルーミアも続けて立ち上がり、キリカに着いて店の外に出た。
◇
カンッ、と小気味よい音が響く。
振り下ろされた鉈が薪を半分に割り、薪割り台から二つになった薪が零れ落ちる。
ルーミアは綺麗に割れた薪を眺め、思わず手を叩いた。
「すごいです! 上手なんですね!」
「慣れですよ慣れ。初めは上手くできず空振りしたり、斜めに差し込んでしまったりしてました。でも、こうして手伝いを重ねていくうちにコツを掴んで上手くできるようになったんです」
「コツですか?」
「はい。最初は力を込めて強く割り切るみたいにやってて全然上手くできなかったんですけど、力を抜いて軽く振るようにしたらスッと割れるようになりました。……お客さんにこんな事させるのもアレですけど、もし興味があるならやってみますか?」
「え、やります!」
話しながらでもテンポよく薪を割っていくキリカをどこかキラキラした瞳でじっと見つめるルーミア。
その視線にキリカも苦笑いを浮かべて提案すると、待ってましたと言わんばかりにルーミアは食いついた。
キリカが使っていない方の薪割り台の方へ行くと、キリカから鉈を手渡される。
「鉈ですか。思ってたより小さいですね」
「お父さんがやる時は豪快に斧で叩き割ったりしますけど、私はこのくらいのサイズがちょうどいいんです」
想像より小さく、小柄なルーミアの手にもフィットするサイズ感。取り回しも難しくなく、使い方は至ってシンプル。
薪割り台に薪をセットし、キリカがやっていたように振り下ろす。
だが、綺麗に割り切れることなく、やや鈍い音が響いた。
「あれ? ダメですか?」
「ちょっと力入りすぎですね。もう少し自然体で軽ーくで」
「こうですか?」
「まだ力が……」
「力を抜くのって難しいですね。もういっそ力めちゃくちゃ入れてやってみてもいいでしょうか?」
「えっ、あぁ……はい。やりやすいように」
キリカのアドバイスに従って何度か繰り返すもどうにも上手くいかない。
力を抜く。コツを掴んだキリカからすればできて当たり前のことかもしれないが、言われただけで完璧にやってのけるほどルーミアは器用ではなかった。
さらには、力を抜けきれないのなら敢えて全力で力を込めてみてはどうかという始末だ。キリカは自身の体験談的にそれは上手くいかないパターンなのではないかと思うも、ルーミアのやりたいようにやらせてみることにした。
「
「ちょ、何やってるんですか?」
流れるような魔法行使宣言。果たして薪を割るのにこれほどの強化が必要なのだろうかと思われる三重発動。バフがかかった身体を大きく躍動させ、振り下ろされた右手の鉈――――ではなく、何も持たない左手が綺麗に薪を叩き割った。
綺麗に割れたことに賛辞の言葉を贈ろうとしたキリカだったが、何かがおかしいことに気付く。鉈を持つ手がぶらりと垂れ下がっているのはその手が使われなかった証拠だ。
「はっ、つい癖で手が出てしまいました……! でも、綺麗に割れました!」
「ダメですよ! 怪我しちゃったらどうするつもりなんですか?」
「
何事もなかったかのように繰り出された手刀。その危険な行為にキリカはルーミアを咎める。いくら回復魔法に長けているからといって傷付くことを容認できる訳じゃない。
「じゃあ、こうですね。あっ、ブーツの踵部分がいい感じに刺さって割りやすいです」
「……うーん、それならいいのかな。というか鉈、使わないなら返してください」
踵落としで綺麗に薪を叩き割ったルーミアは何かしらコツを掴んだのか、次々に割っていく。せっかく貸した鉈が完全に置物と化しているのはどこか釈然としないが、完璧に割れている薪に文句のつけようがない。
キリカはルーミアから鉈を取り返し、対抗心を燃やして薪を割る。
割り方がどうであれ、初めてのルーミアが簡単に割っていくのがどうにも悔しかったキリカはまるでどちらが早く沢山われるのかを競うかのようにペースを上げた。
それを挑戦だと受け取ったルーミアも気合を入れ、結局封じていた手も解禁して
チョップと踵落としを繰り返す。
勝負がつく頃にはとうにノルマなど終わっており、たくさんの薪がそこら中に転がっているのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます