第88話 適材適所の役割分担
各々、自分達が住むだろう家に対しての心持ちに僅かながら差はあるものの、意気揚々と不動産へと乗り込んだルーミアとリリス。
そこで行われる物件の紹介と条件の擦り合わせ。
結論から言ってしまうと、リリスの独壇場だった。
彼女は普段から書類仕事に手慣れていて、情報の精査、選別なども素早く行える。
ザックリとした要望を言い、用意された物件内容を素早く読み通し、リリスのお眼鏡にかなうものとそうでないものに仕分けしていく姿は、ギルドのカウンターで見せるできる仕事人モードと何ら遜色ない。
リリスの隣に座り彼女をただボーっと眺めるだけのルーミアはもはや何のためにいるのか分からないほど何もしておらず、置物状態だった。
時折、横から投げかけられるリリスからの問いかけにも、きちんと返事をすることができずに、曖昧な生返事をすることしかできないルーミア。
それでもリリスの手は止まることはなかった。
「これは要らない。これは……いったんキープ。これも無し。あっ、これは有力候補ですね」
大雑把な条件絞りで該当物件が多くあるため、すべてに目を通すだけでも相当な時間を要する。
それに加えて家を選ぶという大きな決断、情報だけを見て決めるわけにはいかない。
購入者が求める条件や値段などによって頭を悩ませ、判断を鈍らせる。
そのはずなのだが、爆速で書類を捌いていくリリスに対応した担当者も目を丸くしている。
「あの……ちゃんと見てます? 大丈夫ですか? もし必要なら助言などもできますが……」
「問題ありません。きちんと目を通した上で選別していますのでご心配なく」
傍から見れば適当に見て適当に仕分けているようにしか見えない早業。
置いてきぼりを食らっているのはもはやルーミアだけではなかった。
「よし、ざっとこんなもんですね。ルーミアさん、終わりましたよ」
「……ふぁ? あっ、寝てないですよ?」
リリスが最後の一枚を指で弾く。
有力候補、一応キープ、ナシの三つに選別する作業を終え、横を向くと白い頭がコクコクと舟をこいでいた。
バレバレな嘘を吐きながら慌てて誤魔化すしてももう遅い。
リリスの冷たい視線とため息が襲い掛かるが、それも束の間。
「……まあいいです、これからしっかり働いてもらうので」
「……ほえ?」
もとより、それほど期待はしていなかった。
リリスは自身の得意分野を担当した。
まさに適材適所。ここから先はルーミアの力が役に立つ。
◇
「大丈夫ですか?」
「……少し恥ずかしいですが問題ありません」
リリスが担当したのは最低条件を設け、それをクリアする物件を選別する。
つまり、実際に内見するべく物件を選び出す作業だった。
これから住む家を情報の文字列だけで決めるわけにはいかない。
実際に外観や内観を見て、気に入ったところをピックアップしていく作業が必要になる。
そのためセオリーならば条件を足して詰めていき、二、三件ほどに絞るのだが、あえてリリスは条件を緩いままにして、そこまで絞ることはしなかった。
となると当然内見に赴く手間というものが発生する。
絞っていればいざ知らず、リリスが実際に見てみたいと感じ弾かなかった物件は一時キープを含めると両指の数では収まらない。
とてもじゃないが一日で回りきれるとは思えない量。だが、リリスには秘策があった。
「軽いですね。ちゃんとご飯食べてますか?」
「食べてますし、ルーミアさんが馬鹿力なだけです。ほら、無駄口叩いてないで早く発進してください」
「発進て……まあ、いいです。しっかり掴まっていてくださいね」
それがこの二人が密着している状況。
リリスはルーミアの腕に背中と膝裏を支えられる、所謂お姫様抱っこをされていた。
やや恥ずかし気に顔を朱に染めながら、リリスはルーミアの背中に腕を回した。
少女一人くらい軽々と持ち上げられるパワー。
その上であちこち跳び回れる機動力。
ルーミアの能力を足として運用することで、より多くの場所を回ることができる。リリスはそういう算段があったため、より多くの内見候補を残していたのだ。
リリスはリリスでやれることをまっとうした。
これは頭脳労働と肉体労働の役割分担。
「さ、寝てた分しっかり働いてくださいね」
「分かってます。ナビは任せますよ」
印を付けた地図を手にするリリスを抱えてルーミアは走り出す。
より多くの物件を見定めるために、ルーミア号は勢いよく発進するのだった。
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