第2話 身体強化魔法
パーティを追放されたルーミアはアレンのパーティから逃げるように街を出た。
彼らが冒険の拠点にしている場所に自らも留まって、もう会いたくもない元パーティメンバーたちと何度も顔を合わせることになるなんて御免だった。
幸いルーミアは金遣いも荒いというわけでもなく、むしろ積極的に節約、貯金をしていたためお金はそこそこあった。
その貯めたお金を少しずつ切り崩して、馬車を乗り継ぎ遠く離れた西の町、ユーティリスにやってきたルーミアはそこを活動場所に決めた。
しばらくはのらりくらり暮らしていけるだろうが、収入がなければ資金はいつか尽きる。
早いところ再起を図りたいというのが本音だが、 そんなルーミアは現在途方に暮れていた。
「どうしようかな。このまま一人でやっていくのか。それともどこかのパーティに入れてもらうか。だけど……また追い出されるかもしれないしなぁ」
白魔導師の仕事は支援。仲間がいなければ本領を発揮できない。
ルーミア単体では大きな活動はできないと理解していても、自身の欠点と過去が大きく立ちはだかる。
また同じ理由で突き放されたらどうしよう。
それならば一人の方がマシ。
そう考えてしまうのも無理はない。
「このまま低ランクの依頼をやっててもしばらくは生きていけそうだけど……どうしよっか」
何も戦うだけが冒険者ではない。
採取や調査だって立派な仕事だ。
ただ、戦闘が絡む依頼と比べると華もなければ実りも少ない。
とはいえ、一人で戦うことのできないルーミアが悩んでも仕方のないことだった。
「うじうじ悩んでいても仕方ないか。今日も薬草採取で乗り切ろう」
まだ迷いは晴れない。
それでも人は生きている限りお腹はすくし、お金がなければ生きていけないのだ。
◇
「よいしょ、っと。ふぅ、結構集まったね」
ルーミアは持参した簡易的な籠に敷き詰められた薬草を見て一息ついた。
薬草採取は戦わずして行える活動。
今のルーミアにはぴったりだろう。
とはいえ、完全に危険がないとは言い切れない。
ルーミアが薬草集めの場所に選んだユーティリスを出てすぐの森。
自然豊かでレアな植物が多く見られるだけでなく、快適な環境を住処にする動物や魔物も生息する。
人の住んでいるユーティリスの町が近いからか、動物たちは比較的森の深いところにいるのだが、だからといって少し入った浅いところが完全に安全というわけではない。
「あれ……? 少し奥に入りすぎちゃったかな……?」
ルーミアは薬草を取ることに集中していたせいか、いつもより深いところまで来てしまっていた。
行動範囲は入り口近辺に留めておこうと注意していたが、調子よく手に入れられる薬草につい楽しくなってしまったルーミアは無意識のうちにより多くの薬草が手に入る森の奥へと足を進めていたのだ。
「ちょっと奥に来ちゃったけど、まだそれほど深いところじゃない。変なのに遭遇しないうちに急いで引き返さないと……!」
幸い早めに我に返ったことで、奥に入りすぎたわけではない。
魔物と戦闘になることは是が非でも避けたいルーミアは、そそくさと元来た道を引き返そうとした。
その時だった。
「っ! 嘘っ?」
がさりと葉っぱが擦れ、バキッと何かをへし折る音。
視線を向けた先には大きな影。
運の悪いことにルーミアのすぐそこまで脅威は迫っていた。
◇
ルーミアはすぐさま駆けだした。
目にしたのは大きな熊。
後方支援職の白魔導師が立ち向かっていい相手ではない。
しかし、肉食の動物にとって人間はエサ。
立ち向かうでもなく背中を向けた者は特にだ。
その巨体からは想像できないほどの勢いでルーミアを追いかける。
「まずい、逃げ切れない」
ルーミアは木の間を縫うようにして素早く走るが、熊は木々をなぎ倒しながら距離を詰めてくる。
どんどん近づいてくる轟音を振り払うように必死に足を動かすものの、とてもじゃないが逃れられるとは思えない。
今はまだかろうじて捕まっていないが、ルーミアの限界も近い。
普段から鍛えているわけでもない細い体は全力疾走を長いこと続けることはできない。
「はぁ……はぁ……」
息も上がってきてペースも落ちる。
完全に力尽きてなすすべなく食べられてしまうくらいならばと、ルーミアは覚悟を決める。
逃げるのをやめて立ち止まり、荒れた息を整えるために大きく深呼吸。
状況は最悪だが頭を落ち着かせ、今の自分にできることであがく。
「今の私にできることはこれしかない。やりたくはなかったけど……仕方ない。
これまで他人に使ってきた支援魔法を自分に行使。
可能性の一つして考えていたことだが、まさかこんな切羽詰まった状況で切る事になるなんてルーミアも想像してなかっただろう。
だが逆に言ってしまえばこれしか方法はなかった。
普通に逃げているだけでは駄目。
初めての試みでどう転ぶか分からなくてもやらざるを得なかった正真正銘最後の切り札。
ある意味での諸刃の剣。
こんなひ弱な白魔導師を強化したところでどうにもならないのではないかという疑問。
やるならやるで体術や武術を少しでもかじっておけばマシだったのではないかというないものねだり。
魔法の有効範囲の狭さは仲間を支援する白魔導師として致命的だった。
しかし、そんなルーミアでも自身に施す支援魔法においては無条件で行使できる。
「……身体が、すごく軽い」
そしてルーミアは知らなかった。
今初めて知ったというのが正しいだろうか。
自身に支援魔法の
その感覚が初めて味わうものなのも当然だろう。
何せこの力は今まで他人に対して使われてきた力なのだから。
確かに欠点はあった。
だが、その欠点込みでもルーミアの支援魔法は格別なものであると彼女自身もまだ気付いてない。
それでも施された支援魔法は遺憾なく効果を発揮する。
ルーミアは自分の想像以上に自由に動かせる身体に少し違和感を感じながら決断する。
「こいつはここで倒す」
逃走ではなく対峙。
今逃げれば撒ける自信があった。
だが、この状況を打開する力が自分に宿っていることを確認できれば、再起を図るきっかけとなる。
溢れだす力と高揚感がルーミアから冷静さを奪い、危険な選択肢を取らせたがそれでもよかった。
「格闘の基本は分からないけど……とりあえず殴ればいいのかな?」
ルーミアは見様見真似、よく分からないところは想像で補完して構える。
そして――――熊の懐に入り込むことを意識して一歩踏み出した。
「えっ? ちょっ? うわあ!」
ドンという地面を鳴らした音と想像を超えた勢いで身体が前方へ動き出したルーミアは驚きの声を上げた。
しかし、止まろうにも止まれない。
強化された身体能力から繰り出されたその一歩は、運動音痴とまではいかないが身体を動かすことはあまり得意ではないルーミアにとってはとてもではないが制御できるものではなかった。
制御不能。修正不可。
前のめりにずっこけるように突っ込むルーミアは意図せずとも大きな熊に体当たりを行い、自分も尻もちをついた。
「いった……くはないけど、びっくりしたなー」
ルーミアはぶつけた頭を軽くさすりながら座り込んだまま身体を起こす。
痛みを感じなかったのは、身体強化による恩恵。
身体機能の向上は単純な攻撃力だけでなく、防御力にも応用が利く。
「あっ! そういえば熊は…………えっ?」
一瞬忘れかけていたが、すぐに我に返ったルーミアは辺りを見渡して息を呑んだ。
視線先にはなぎ倒された木々の無残な姿。
そしてその少し先にはピクリとも動かない熊が横たわっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます