第91話 欠陥

 新居が決まり、引っ越し作業も片が付いた。

 ルーミアはっ得に荷物も多くなくその身で乗り込むだけ。リリスの作業もルーミアの手伝いもあり、時間をかけることなく終わらせることができた。


「いやー、今日からですねー」


「……その話、何回目ですか? もう少し落ち着いてください」


「えー、テンション上がりません?」


「……否定はしませんが、これからこれが当たり前になるんですからそのうち慣れますよ。ほら、仕事です。行ってきてください」


「あ、はーい。いま行きまーす」


 ルーミアはリリスの隣で、そわそわと落ち着きのない様子で座っている。

 ガントレットが壊れ、新しいものが完成するまでは回復魔法を主に使うヒーラーとして冒険者ギルドに待機しているところだ。


 引っ越し作業も終わったため今日から帰る場所が同じになる。

 そのことに対してルーミアは何度目か分からない言及を行い、リリスは呆れたように息を吐いた。


 新居にて同居人と暮らし始めることに気持ちが昂るのは分かる。

 リリスとて何も感じない訳ではない。

 それでも、仕事中に何度も同じ話をされるというのにはそろそろ飽き飽きしてきた頃合いだ。


 そんな時、ルーミアの仕事が舞い込んできた。

 冒険者ギルドとしては、回復魔法の出番がない事の方が好ましいが、魔物討伐など危険な仕事も絡んでくる中でそうも言っていられない。

 だが、しばらくはルーミアという優秀な白魔導師が常駐してくれる。


 それなりに大きな負傷であっても治す自信があると豪語している彼女を送り出してリリスはふと日記の事を思い出した。


「……欠陥白魔導師、ですか。あんなも優秀なのに……」


 リリスの視線の先には、負傷している冒険者達へと治療を施すルーミアの姿があった。

 彼女の行使する回復魔法は洗練されていて、まるで挨拶を交わすついでかのように治していく。

 それこそルーミアにとっては片手間で行える簡単な仕事なのかもしれない。だが、確かな実力があり、一切の不手際も感じさせない。

 やはり純粋な白魔導師としても一級品。白い少女に秘められた力に感心こそすれど、欠陥だなんてリリスは思えなかった。


「ふぃー、今日は結構出番がありますね」


「お疲れ様です。確かにそうですね。ですが、ルーミアさんがいるので不幸中の幸いといったところでしょうか」


「お仕事なのできっちりやりますが、やっぱり暇なのが一番です」


 サクッと仕事を終えてリリスの隣に戻ってくるルーミア。

 白魔導師としての力を存分に発揮させ、冒険者ギルドに大きく貢献する姿はとても頼もしい。


 ギルドにとって冒険者の存在は資本だ。

 どれだけ依頼があっても冒険者がいなければ、冒険者ギルドとしての運営は難しくなってしまう。

 怪我で離脱や引退などで戦力を失うことは避けるべき事項。

 それを回避する手段を持ち合わせているというだけで安心感が違う。


「難しい顔をしてどうしたんですか?」


「……ルーミアさん」


 リリスは尋ねるべきか迷っていた。

 別に知る必要はないと思っていた。

 それでも気になる。気になってしまった。


 白魔導師として優秀な彼女が、自信なさげな表情で、自身を欠陥と自虐する理由はどんなものなのか。

 彼女との距離が縮まれば縮まるほど深まる彼女の大きな謎。

 それを暴いてしまいたいと思ってしまった。知りたいと思うことは何ら不思議ではない。


 今がいい機会だろう。

 リリスはその欲に従って、閉ざしていた唇をゆっくりと開いた。


「……ルーミアさんの言う、欠陥白魔導師っていったい何ですか?」

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