第137話 弱点

 そうしてしばらくの間、リリスの持ってくるアクセサリーを身に纏って、時にはポーズを要求される時間が続いた。


(今のところ普通ですね……。普通、普通です……)


 着脱はすべてリリスに委ねている。そのためルーミアは少し警戒しながら、リリスの手に注目していた。

 ネックレスなども付けてもらっているためその際の感覚で首を差し出して、何か怪しいものを付けられては堪らない。

 先程のリリスの言動が頭から離れないルーミアは自身の首を触る。そこには何にもないはずなのに、リリスの指でなぞられたところが熱を帯び、キュッと締まるような感覚に襲われる。


 その度にゾクゾクとした何かが背中を走り抜け、つい先程のリリスの表情が脳裏をよぎる。

 首輪というのはきっと冗談なのだろう。それはルーミアも分かっている。だが嘘を誠と信じ込ませる妙に据わった目付きが頭を離れない。


(首輪……ですか。リリスさん……どのくらい本気なのでしょうか?)


 いつ首元からカチャンと何かが嵌められる音が聞こえてきてもおかしくない。リリスを信じている。信じているからこそ、その幻聴が本物のような気がしてならないルーミアは身震いをして、少しだけ顔を赤らめていた。


 そんな事を考えて一人悶々としているとリリスが戻ってきた。


「ルーミアさん、かわいいペンダント見つけました〜。付けてみていいですか?」


「……はい、どうぞ」


「ありがとうございます。失礼しますね」


「ん……ひゃっ」


「あ、すみません。痛かったですか?」


「あっ……んんっ、な、何でもないです。少し……くすぐったい、ひゃんっ」


 ペンダントのチェーンを通す際にリリスの手が首筋を掠める。それに反応してビクッと身体を跳ねさせたルーミアは、ゾクゾクと迸る快感に嬌声を抑えられずにいた。


 そんなルーミアの反応に、どこか引っ掛けて傷付けてしまったかと心配したリリスは、ルーミアの首筋をペタペタと触り確認する。その度に甘い声を垂れ流しながら身体を跳ねさせるルーミアはこれ以上はまずいとリリスの手首を掴み引き剥がした。


「はぁ……はぁ、ダメです。それ以上は……」


「ルーミアさん、もしかして首が弱いんですか?」


 息を荒らげて顔を赤らめるルーミアにさすがのリリスも気付いた。意図せずだが触れていたそこが弱点であると知ったリリスは悪戯な笑みを浮かべる。


「な、何ですかその悪い顔はっ? 今はダメです! ダメって言ってるじゃないですか」


「えー、ルーミアさん今日は何でも言う事聞くって言ったじゃないですか? だから、この手……離してください」


「……っ! それは、確かに言いましたけど……これ以上やられたらおかしくなってしまいます……っ」


「おかしく? 何がどうおかしくなるんですか? ちゃんと教えてください」


 ルーミアの曖昧な言い方にリリスはさらに意地悪をする。

 ルーミアは今首がとても敏感になっている。リリスから受けた仕打ちと首輪の妄想で熱を帯びる首筋は、普通の接触ですら快感へと変換してしまう。

 そんな込み上げてくる快感を言葉にして説明などできるはずもなく、ルーミアは瞳をうるうるさせながら唸る。


「うぅ、意地悪です。本当にこれ以上は……」


「……分かりましたよ。もうしません」


「……本当ですか?」


 確かにルーミアは言った。今日はリリスの言うことを何でも聞くと口にしている。だが、ここで言う事を聞いてしまって手を離してしまえばリリスは自由になる。自由を得たリリスは間違いなくルーミアの首筋に狙いを定めて、手を伸ばすだろう。


 それをしないと確約されるまでその手は離せない。葛藤の末に必死の表情でそう訴えると、リリスも理解したのかやれやれと頭を横に振った。


 しかし、それはブラフ。リリスはまだ諦めていない。せっかく弱点が剥き出しになっているのに見逃す手はない。


 もう手は出さないとアピールするために、手の力は抜き、ルーミアに解放をお願いする。

 ルーミアが疑いながらも手を離し、警戒しているが、じっと見つめていると耐えきれなくなるのか目を逸らした。その一瞬の隙を突いて、リリスはルーミアの弱点を容赦なく責め立てた。


「隙ありですっ」


「ひゃああんんっっ」


 ルーミアはこれまでよりも一層大きく身体をビクビクッと跳ねさせて、力尽きたかのようにペタンと座り込んだ。

 冗談抜きで今首周りの感度が高まっているルーミアは、リリスに一撫でされただけでもう立っていられない。


 余韻に身体を震わせてフーっ、フーっと荒い呼吸をしながら、ルーミアはリリスを見上げる。見事を約束を反故にした彼女へ向けられるその視線はリリスにも覚えがあった。


(あ、やりすぎてしまいました……)


 その状態のルーミアがどうなるかはもう知っている。そのため、リリスは反省して心を落ち着かせるが、事はもう済ませてしまっているため時すでに遅し。


「ル、ルーミアさん?」


「フカーッ!」


「あっ、はい」


 確認の意を込めた呼びかけには威嚇が返ってくる。

 リリスの予想通り、ルーミアは盛大に拗ねた。



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